あなたのココロ、治します。 -27ページ目

今日の日記「脳みそドライブ」

こんばんみ!
今日も元気だばっきゃろー! 好調維持です。

今日のニュース。
差し止めの仮処分申請へ ライブ、株主権侵害と主張
 ニッポン放送がフジテレビジョンに新株予約権を与えると決めたことを受けて、ニッポン放送買収を目指すライブドアは24日、同日午後に新株予約権発行の差し止めを求める仮処分を東京地裁に申し立てる方針を明らかにした。(共同通信)

堀江さんもなんだかなあ。すんなり野球チームを持てていればこんなやっかいなことにはならなかったんですよねえ。株価が下がっているそうですね。手を引いたほうが賢明じゃないのかなあ。

今日の自分。
朝4時まで作業していました。出版予定の原稿の推敲。どうしても今日の午前中に出版社へ郵送したかったんです。そうすればつくのは明日。土日を挟むと遅くなりますからね。郵便局から帰ってきてすぐ寝ました。午後に起き出して点字の勉強を再開したのですが、いまいちノリが悪い。今頭の中は出版モードなんですね。

どうしても偏差値小説を書きたくて、PCの中で検索をかけたらありました。以前に書いたものが。95枚の作品。本にしたらだいぶ薄いものになりますが、費用は安く済みます。それの推敲をしようとしたところで夕飯になる。右京散歩もして。夕飯は鯖のみそ煮など。

皿洗いした後一眠りして今にイタ飯。今後の予定は小説の推敲か点字学習。頭がドライブしています。気持ちいいです。そんなところでしょうか。それではナイス金曜を。

今日のお言葉
刺激がほしけりゃバカになれ!
(オレンジレンジ。特に意味はない)

エッセイ161「三つのライフプラン」

 将来の選択肢は今思いつく限りでは三つです。
一つ目の選択肢は「がんばって普通に働く」というものです。自分一人ならこの選択肢はあまりいらないし、できればこの選択肢は避けたい。でも彼女と結婚するような口約束はしているからそれが現実になると何とかして人間二人分食っていくだけのお金を稼ぎ出さなきゃいけなくなります。

 二つ目の選択肢は「働かない」というものです。これが最有力です。現実的かつもっとも魅力的。そううつ病に十九歳のころからかかってかれこれ八年になります。だから大学を卒業するのも六年かかって死にものぐるいだったし、新卒で就職した会社も三カ月でクビになりました。それ以来今は一年以上フリーターをやっています。

ここ半年くらいは調子がまあまあなので週二、三回アルバイトをしています。今のところこれで調子がいいくらいなのでサラリーマンみたいに週五日も働くのはたぶん無理。僕が提唱したいのが「働かない」という選択枝。僕の場合父は病死していて家族は母と兄と僕の三人。兄は今は家にいるけどいずれは結婚して他の場所で家庭を築く。そうするとこの家は母と僕だけになる。

母はもう年金と貯金の生活に入っているから経済的心配はない。だから僕はそのすねをかじらせてもらおうという魂胆だ。贅沢しなければ母の年金で一生食っていける。母が死んだら保険金なり財産相続なりがあってまたお金が入ってくる。それで細々と生活していけばいい。そのお金がつきるころには僕も結構いい年だろうしこっそり死んじゃっても誰も文句は言わないだろう。

あと完全に母に頼らなくても国に頼るという手もある。公的扶助とか障害者年金といわれるものだ。知り合いの知り合いに精神障害者と認定されて年金を支給されている人がいると聞いてそんな選択肢があることを知った。何でもかかっている医者に大げさに書類を書いてもらって認められればいいそうだ。障害者という烙印を一生押されるわけだが僕はあまり抵抗感を感じていない。

就職などにも問題ないという知り合いの話がどこまで本当かは分からないが障害者ということで足かせがあった方が僕にとっては都合がいいんじゃないかという気がする。人生あきらめがつくから。ああ、だめ人間でもいいんだ。むしろそれが当たり前なんだと。

健常者だとやれ結婚しなきゃいけない、仕事して出世しなきゃいけない、幸福な人生でなければいけない、と誰かがいうわけじゃないけど自分自身がプレッシャーをかけてくる。障害者年金が精神的にも金銭的にも自分を救う。

三つ目の選択肢はお坊さんです。これは可能性は低いかな。彼女の実家がお寺なのです。これは京都の本山で一年間修行しなくちゃならない。修行に耐えられるのかも心配だし、精神病者が修行する資格があるのかも分からない。仮に坊さんになれたとしても実務をこなせるかかなり不安。基本的に接客業、サービス業なわけだから僕がもっとも苦手な分野。

それに彼女の弟が寺を継ぐことが決まっているから僕は副住職という立場になる。基本的にはいなくてもいい人材なわけだし、弟夫婦とうちらで金銭問題が絶対絡んでくる。田舎だし新参者を受け入れないっていう体質も強くあるだろうし。家はすごく大きいし金銭的にも裕福。周りも自然がいっぱいで気持ちいいんだろうなあ。

お坊さんになるかならないかは別として参考程度に今仏教関係の資料を集めてるんだけど、その中で岡野玲子著の「ファンシイダンス」というマンガがあった。彼女に薦められて読んだけどあまり面白くなかった。そのマンガを原作とした映画が本木雅弘と鈴木保奈美主演で作られていたのでそのビデオを借りてきてみてみた。

映画としてもこれが一般の人が見て面白かったのかどうか疑問。キャスティングばかり豪華なものだったが、参考にしたかった京都本山での一年間の修行光景があまり興味をそそられるものではなかった。意味も分からない経典を毎日読み、訳も分からずいたずらに厳しい修行をしてそれがいったい何になるんだろうという。

その精神的な悩みと肉体的な限界が頂点に達して、境内の木から首を吊って自殺しようとする自分が想像できてしまった。

結婚はできればしたくないですね。子供はいりません。ある本を読んでいて伊藤比呂美という詩人・エッセイストの存在を知り、彼女のエッセイ「良いおっぱい悪いおっぱい」に関心を持った。それで文庫を書店で発注すると同時に映画化されたものをビデオで見てみた。

育児エッセイなので内容を知りたかったわけではないんだけど、どうしてエッセイが映画に起こせるんだろうっていう疑問と物書き業にほんのりと関心を持っているので、今後の参考になるんではないかと思って。でもその本来の趣旨からえた収穫としては、コメディー育児エッセイという新しいジャンルの作品だから世間に受けたのだろうという程度。

むしろその内容、所帯を持つこと、子供を育てることってなんて嫌なことなんだろう、なんで世間の人たちは当たり前のように平気でそれをするのだろうっていう気分でブルーになってしまった。主人公の女性が「なんで子供なんて作っちゃったんだろう」っていう台詞にそうだろうって共感してしまった。

「妊娠しちゃった」「おろすのも何だし生もうか」ってそんなに簡単でいいのか? 子供にとってもそうだけど自分自身だって一生子供に縛られて疲れたおばさんおじさんになっていって子供が自立するころにはもう老後ですよ。

こういう考え方するのは僕の家庭環境が良くなかったからかなあ。普通の愛に満ちた両親の元で育てられた人は純粋に自分の種を保存していきたいとか、温かい家庭を築くことが幸せなんだって考えてるんだろうなあ。

今日の日記「萌え萌え出版」

こんばんみ。
好調キープだコンチクショー。

今日のニュース。
4年の実績、揺るぎない技術=「新たな壁」求めるイチロー-米大リーグ・キャンプ
 【ピオリア(米アリゾナ州)22日時事】米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手が22日、当地でメジャー5年目のキャンプに入った。昨年は大リーグの年間最多安打記録を84年ぶりに更新する262安打。「(理想の自分を)追いかける自分はもういない」と打撃技術に一層の自信を深めて新シーズンに挑む。(時事通信)

おそらく最大の目標だったであろう最多安打記録を更新してしまったら、次は何を求めるのでしょうか。ホームランバッターではないし、モチベがなくなっているのではないでしょうか。今年もワクワクさせてほしいです。

今日の自分。
徹夜で小説を書き終えました。77枚。短期間でよくやりました。もうちょっとモチベが長続きすると長編小説も書けるのかなと思うんですけどねえ。

午前中は寝ました。これは徹夜とは言わないのか(笑)。午後はダイソーと本屋で買い物。公募ガイドを久しぶりに買ってきました。知りたいのは公募情報ではなく、自費出版系出版社のこと。もう出版モード萌え萌えです。良さそうな出版社が3つありました。

そこへ電話をかけたり、ホームページを見たりする。その結果、自費出版ではだいたい32~33万円くらいかかるようです。昨日のB社から電話がかかってきました。150万円かかるんですって。アホくさ。母に状況を説明する。「試しに150万円やってみるか!」なんて言い出す。母もノリノリだ。さすがにその話はなしにしましたけど。

30万円だったら倹約すれば何とか1年くらいで返済できる計算です。母は10万円出してくれると言っています。何とか今年も本を出版できる幸運に恵まれそうです。幸運っていうか買収(笑)。そんな作業をしていたらもう萌え萌えで、暑くてTシャツ一枚になっちゃいました。

実際今日の千葉県は19度くらいあったそうです。それにしても脳内ホルモン出まくりで、基礎代謝が高かったです。体の中から熱が発せられているのが判りましたもん。A社は注文はインターネットでいつでもできます。C社は資料を請求しました。D社はとりあえず原稿を送ってよこせということでした。

滅多にない出版チャンスですから、一番の自信作を出したい。そこではたと悩む。大金を出してまで出版するに値する作品を持っているのかと。今朝まで書いていた小説は全然ダメ。講師が考えた話で、あまり魅力を感じません。虎之介の話でやるつもりでしたが、フィクションでもいいなあと思う。

僕のお気に入りは偏差値小説。偏差値大好きです。でもPCの中を検索したのですが、昔書いた記憶があるヤツがない。ラヴィがフリーズしまくっていたちょうど去年の今ごろ、バックアップをとって修理に出したつもりでしたが、紛失してしまったのかも知れません。

そんなわけでやっぱり虎之介の話にします。推敲しなければなりません。それも出版社からの情報が出そろってからの話ですね。今は待つこと、点字の勉強をすることです。点字の勉強がしたくて一生懸命小説を片づけていたのですが、出版萌え萌えモードのおかげで点字がかすんでしまった(笑)。

気持ちの整理もついたので今から勉強をはじめます。右京散歩して、夕飯は焼き魚とか、ニラの卵とじとか。今後の予定は点字。その前に原稿印刷だ。明日の予定はやっぱり点字。第1回目の添削課題を片づけようと思います。

そんなところでしょうか。それではナイス木曜を。明日は風が冷たいそうですよ。

今日のお言葉
萌え萌え。
(賢)

エッセイ160「僕の労働観」

 こんにちは、皆さん。お仕事は楽しいですか? きっと楽しくて仕方がない方も、嫌々働いている方もいらっしゃるのでしょう。今回は皆さんにお願いがあります。この三十歳にして無職という不甲斐ない男にできそうな仕事の情報を教えて欲しいのです。まあ人間やろうと思えば何だってできるはずですが、選り好みが激しいのでなかなかうまくいきません。

具体的にいうと・・・
一.スーツをきて電車に乗って、息が詰まりそうなオフィスで、という仕事はできればもうしたくありません。新卒で就職した会社もそういったところでした。

二.やはり対人恐怖症だからサービス業は向いてないです。一人で車を運転するトラックの運転手とか。大きい車は怖いし体力も自信ないけど。SOHOできるほどコンピュータに詳しくないし、ビジネス手腕もない。今のところこれだ、っていう職業は見つかってないね。先のことは分からないって感じ。でもできれば誰にも会わないで一人でできる仕事がいい。好きな時間に起きてひげも剃らず髪もボサボサのままでいいような。

 サラリーマンみたいに週五日も働くのはたぶん無理。一日八時間も十時間も働いてられない。通勤のための電車に乗っている時間やスーツを着たりする身支度の時間もかかるので一日が仕事するだけで終わっちゃう。つまり自分の時間がもてるのは土日だけ。人生の八割以上の時間を労働に費やしてるわけ。

それで人生っていえるの? なんのための人生なのってかんじ。人間は労働するために生まれてきたのかっていう。世の中の人は経済に貢献しすぎているわけですよ。自分が将棋の歩をやらされていることに気づいてない。働きづくめでお金は貯まる一方だから家を買ってみたり車にお金をかけてみたり、無意味な消費をさせられていることに気づいてない。

自分の時間を大切にしようとか自分の本当にやりたいことを世間体を気にせずやってもいいんだってことを受け入れられたら、そんなにたくさん働く必要はないしお金もそんなにかからない。

なーんて、生意気なことをいっていますね。なんだかんだ理由を付けて、僕は働くのが嫌いなのです。

今日の日記「復活&ノリノリ」

こんばんみ!
久しぶりに元気復活だコンッチクショー!

今日のニュース。
川口能が全治約1カ月 右指骨折でW杯予選微妙に
 Jリーグ1部(J1)磐田は22日、日本代表GK川口能活が同日の練習中に右手人さし指を骨折し、全治約1カ月と診断されたと発表した。(共同通信)

能活ピーンチ! 次の試合は6月じゃありませんでしたっけ? 全治1カ月なら大丈夫なはず。日本の勝利は能活にかかっている! ってさ、いつの間に磐田に移籍してたんでしょう。知らなかった。海外へ行って帰ってきたのかな?

今日の自分。
実はですねえ、長々と日記を書いておりました。保存していない状態で間違ってブラウザを閉じてしまいました。ということで2回目の日記、モチベ低いです(笑)。
今日の日記は4本立てです。
1.点字の勉強始めた
2.小説を書き進めた
3.出版社から協力出版を提案された
4.家庭教師のトライのホームページを見た

1.昨日の夜から点字の勉強をはじめました。やるかやめるかかなり迷っていたのですが、何となくやる気がでてきました。始めてみたら面白くって、徹夜で勉強しちゃいました。

2.調子がよくなってきたので小説を書けるかもと思って書いてみたらきちんと書けました。夕方まで小説。20枚以上書きました。午後にしえすたしたっす。

3.虎之介に関するエッセイを出版社に送っていました。審査の結果、協力出版を提案されました。書き手も費用を負担します。母がさっきの封書は何だ? と聞くので事情を説明したら「2,30万円なら出してもいいよ」と言ってくれました。僕もコツコツお金を貯めて50万くらいでできるならやろうかなという気持ちになっています。

4.お金を貯めること考えて、バイトでもするか、という気になりました。真っ先に思いついたのは家庭教師のトライ。まとまったお金にはなりませんが、とにかく楽なんです。早速ホームページを見る。以前はたくさん生徒がいたのですが、新しいサイトになってヒットする生徒の人数が大幅に減りました。ちょうど受験が終わるシーズンだからでしょうか。

夕方右京散歩へ行く。夕飯はくりぃむしちゅう。まあこんな感じで今にスパニッシュ。今後の予定は小説書きです。今日中にあと25枚書いて終わらせたい。無理かな。小説を書き終わり次第、点字の勉強に戻ります。明日の予定は点字勉強。あと公募ガイドを買ってくる。

そんなところです。それではナイス水曜日を。

今日のお言葉
点字が楽しくてしあわせ。
(賢)

エッセイ159「僕が会社を首になった理由」

 就職活動は出版社や学習塾を中心にしていましたね。あと公務員試験も。理系だったけど、自分の理系的才能の無さにうんざりしていたので、学科にとらわれずに受けたいところを受けようと。でも全部おちて結局大学の就職課に相談に行った。

成績だけはよかったので、「こりゃもったいない、あんたにいいところを探してあげよう」って職員の人がいってくれて、特許事務所を紹介された。特許なんて興味なかったし、仕事も難しそうだったのであまり気乗りはしなかったけど、職員の顔を立てるつもりで行ったらすんなり受かった。もうひとつ受かっていた小売業の仕事よりは体力的に楽かな、ということで特許事務所に行くことにした。

 特許については何も知らなかったし、興味もなかったけど、内定がでてからは指定された本を読んでレポートを送れとか、直の上司となる人から勉強ビデオと宿題が送られてきたりして。卒研のクライマックスの時と重なったけど、一生懸命課題をこなしました。液晶ディスプレイの仕組みを理解しなさいとか、工業所有権法の概略を理解しなさいとか、全然興味のわかない内容でした。でも世の中の皆さんは自分の興味と関係ない仕事をしている人がほとんどでしょうね。

この会社を選んだ理由として「転勤がない」ということが大きいです。大学の推薦枠を使えば、なんせ成績優秀だったんで大きな会社に入ることはできたと思います。でも大企業は必ず地方転勤がある。かれこれ七年も一人暮らしをしていたのでもう嫌だったんです。精神的にも落ち込むし。父が生きていたらどっちを選んだかわかりませんが、大学三年の時に他界していたので実家で居心地よく暮らしたいという想いがありました。だから小さい会社、転勤のない会社を選んだわけです。

しかし、実家から通えるといってもかなりしんどい。行きも帰りも立ちっぱなし。世の中そんなのは当たり前なのだろうが、なんせ僕は体力がない。病気だからすごく疲れやすいのだ。僕の場合、往復三時間の通勤は「通勤範囲」とか「自宅から通える」とは呼べない。通勤だけで既に疲れ切っているのだから、仕事のクオリティーも上がるはずもなく、モチベーションもとびきり低い。要は仕事にならないのである。

就職活動の時に買ったのはスーツだけ。ネクタイとシャツは兄に借りた。この辺で既にやる気の無さが伺える。シャツの首周りがきつく、肩と首がすごくこった。これ自身がストレスになってやっぱり仕事にならなかった。仕事の最中にしょっちゅう首周りを気にしていた。ネクタイも大嫌いだった。なんで首を絞めなきゃならないんだ? 世間の人はよく平気でいられると思う。いつか僕が仕事を選ぶとしたら絶対にスーツを着なくていい仕事にする。

その会社は古くさく、人と人が机を向かい合わせて仕事をする会社だった。ノートパソコンしか目の前にないから、目の前の直属の部長を常に意識しなければならない。これは対人恐怖症の僕にとってはものすごくつらいことだった。常に部長の顔色をうかがっているので仕事にならない。部長はとても人柄のいい人だったが、それでも僕はだめだった。

暗いヤツだと思われたくなくて変な人、面白い人を演出した。同期入社が二○人いて、そのうち一七人が女性だったことも大きい。やはり女性に嫌われたくないと言うのはある。だから白シャツはおやじ臭いからほとんど着なかった。イエロー、ブルー、ピンク、カフスまでして「おしゃれ」を演出した。その背伸びが疲れた。ストレスになった。

朝起きるのが嫌で嫌で仕方がなかった。完全にうつ状態だった。入社して三カ月は仮採用期間で、絶対に遅刻や欠勤はしてはならないとされていたが、それぞれ二回ずつくらいした。それくらい会社に行きたくなかったのだ。

特許法に関する研修も延々と続く。国際出願だの、中間アクションだの、どうでも良い話ばかりだった。だからよく寝ていた。注意こそされていなかったが、こんな人間雇わなくてよかったと思っていただろう。

一般の研修の他に、技術者には技術研修というものがたんまりあった。技術者は特許を申請したいと思う企業の権利範囲をできるだけ広くとってあげるための、特殊な「技術明細書」というものを書けないといけない。これがまたどうでも良いことを延々とA四に三○枚くらい書き連ねる退屈な作業だ。当然僕はやる気が全くなかった。同期五人中一番できが悪く、やる気がなかった。研修員にもそのことはしっかり把握されていた。

技術明細書の書き方というのは大まかなフォーマットがあるだけで、一○○人いたら一○○通りの明細書ができるくらいの曖昧な仕事だった。だから僕が書いた明細書を部長や研修員に読ませると、真っ赤に赤ペン添削されて返ってくる。「なぜ自分の表現じゃいけないのか」それは「添削する側の長年の経験に基づいたフィーリングにあっていないからである」と言うわけである。こんなんじゃやる気出る分けないでしょ? 

何が正しくて何が間違っているのかわからないんだから。よく明細書は職人的仕事と言われる。つまり陶芸なんかといっしょで「どうしてその茶碗の風合いはよくて、これはよくないのか」明確じゃないんです。要するに何年も会社に勤めてその「フィーリング」を体で覚えろと言うことらしいんですよ。やる気出ますか?

技術者は六○歳の退職まで延々とワードを打ち続けることになります。しかも目の前に部長や課長がいる席で。魅力的なお仕事ですか? 僕がここに決めたのはワードでの文書作成というところが楽で良いかなと言う理由だったんですが、さすがにこれを三五年間も続けろっていわれたら死にたくなりません? じゃあなにがやりたいのかっていったら特にないのですが、これはサラリーマンの息子であり、大学受験を人生の目標に掲げてしまった人間の定めですね。

僕、人生の時間計算をしたんですよ。まず、最低週四○時間は会社で人生を過ごすことになるわけです。さらに出勤時間が往復三時間。朝の身だしなみや帰りのつきあいなんかで、二時間はとられるでしょ? そうすると一日に
一三時間=(最低労働時間八h)+(通勤三h)+(出社支度時間他二h)
もとられるわけです。それで一日ぐったり疲れて八時間睡眠じゃとても足りないけれど、それ以上寝てられないから、一日二四時間中八時間は寝る。すると、

一六時間=(一日二四h)ー(睡眠八h)
が行動時間な訳です。その中の一三時間を労働にとられる。つまり、
一三h÷一六h=八一%
何と、人生の八○%以上を労働にとられているわけです。これが人間の本来生きるべき人生なんですか? そんな人生に生きる価値があるのですか? 人生をお金に換金しているだけなんじゃないんですか? これが僕がサラリーマンをやりたくない、できない理由です。

うちの課は六人いましたけど、二六歳の人が平、三八歳の人が主任、あとはみんな課長でした。技術課長だの、専門課長だの、冴えないおじさんばかり。退職まで勤め上げても行く末があんなんじゃ死にたくなりますわ。

そううつ病だから体力が持たないということは大きかったです。普通の人ができることがつらくてつらくて仕方ない。そもそもサラリーマンって体力がいりますよ。普通のようでいて彼らはすごい。僕もそううつ病じゃなかったら普通のサラリーマンをやれていたのかな。

同い年で弁理士試験に受かった人がいました。在学中から勉強していたらしいですが、片方はただの平社員、もう片方は弁理士。社内組織的には「部長補佐」です。二五歳の若さで。そして彼はかっこよく、給料にも弁理士手当なるものがつく。これは一生彼には追いつけない。この時点でももうやめようと思っていました。

この不況の中、新入社員を二○人もとる中小企業ってあるんですか? そして僕を筆頭に同期が知っている限りで三人やめました。そういうものなんですか? どうも労働条件が悪いせいでやめていく人が多い気がします。中途で入った人三人が三人ともやめてますからね。他の職場を知っている人がやめると言うことは労働条件の悪さを感じたからなのではないでしょうか。だから大量補充せざるを得ないと。

仮採用の三カ月間中に自殺未遂をして入院してしまったので、本採用は取り消しになりました。本部長は僕の体調を気遣って、「仮採用期間をのばしてあげようか?」などと言ってくれていました。だから僕は入院した日、七階建ての最上階の病室の窓からすがすがしい景色を見ながら、「これで公に休める。しばらく入院したらまた働けるだろう」と思っていたんです。

ところが母が人事部の人から「他の仕事を探されてはいかがか?」と言われたのを僕に伝えてきた。そんなバカな。と言っても会社もわざわざ病人を雇うわけはないのですが、すっかり復職できるものだと思っていました。さすがにショックでしたね。

よくわからないんですけど、社会保険証を使って病院にかかれば、その情報は会社にも行くのですか? 入社してすぐ社会保険証で病院に通っていたので、入院は関係なく不採用が決定していたのかもしれません。

ほんと、毎日スーツ来て、朝早く起きて、満員電車に揺られ、三○年も先のことが想像ついてしまうような環境で、よく毎日会社に通えるなあと思います。でも僕もほんとうはそれがしたかったんです。普通の人生を歩みたかったんです。だから皆さんをうらやましく思っています。サラリーマンはすごい!

障害者年金をもらっているくらいですから、労働は多分免除されるのでしょう。経済的には人並みの幸福は諦めなければなりません。ただ、義務的労働をしなくて済むので、軽いアルバイトをしたり、ボランティアをしたり、趣味に生きたり、やりたくないことは回避できると思います。

今日の日記「一生眠って暮らします」

ばんこんみ。
晩婚?! 早婚だろうと晩婚だろうと結婚は負債の勘定科目です。僕に言わせればね。

今日のニュース。
「DA PUMP」のメンバーが飲酒運転
SHINOBU(本名宮良忍)容疑者(25)が東京都内で酒を飲んで乗用車を運転し、現行犯で逮捕されていたことが分かった。調べに対し、同容疑者は「ばかなことをしたと思っています」と話しているという。(時事通信)

パンプですねパンプ。好きです。実は昨日もMD聴いていました。僕が社会人だったころ、6年前ですけどパンプやウタダ、ミスチルの曲をMDに落として通勤電車の中で聴いていたのを思い出しました。もうストレスフルマックスでなんとかリラックスしようとして音楽聴いていたんですね。あの頃はつらかった。クビになってよかった。

今日の自分。
よく寝ました。朝食とって寝て、午前中に風呂に入って。そうしたらサミーちゃんが来ていました。僕は出ていきませんでしたが、3回目の交尾、なんとか成功したようです。

入浴後は眠くなります。寝ました。11時半になりました。今日はキチガイ病院の日です。行こうと思ったのですが、午前中の受付は終わってしまいました。しかたないのでもう一眠り。

14時に目覚める。病院へ行く。午後の待合室はガラガラです。薬だけもらうように受付する。お腹が減っていたので売店でスナック菓子とドクターペッパーを買う。10分くらいで呼ばれてしまいました。時間つぶしに点字講座のテキストをもっていったのですが読むひまなし。

薬局で薬を処方してもらう。ここでもあまり待たず。

家に帰ってきてからも寝る。17時半ころ右京散歩。夕飯は焼きビーフン。食後に右京をだっこして横になっていたら、母が皿洗いを済ませてくれていました。感謝。

そんな感じで今にドイチェ。といいつつまた寝ていました。一生眠って暮らそう。

点字講座ですが、テキストを読んでみて、やってもいいかなっていう気持ちになっています。今週いっぱい考えてみます。小説講座の講師変更の連絡が来るかもしれませんし。小説は書いていません。読書もその講師にやれといわれてしていたので、今は読んでいません。ひまだし、点字の勉強をはじめちゃおうかな。

そんなところです。今後の予定はありません。明日も予定もありません。点字るか。それではまた明日。

今日のお言葉
一生眠って暮らします。
(賢)

エッセイ158「セラピスト右京」

 右京っていうのはうちで飼っている柴犬のこと。我が家では初めての本格的ペット。小さいころから亀や文鳥なんかは飼ったことがあったけど、なにせ公務員住宅育ちだから犬猫なんて飼ったことがなかった。今は一戸建てに住んでいるけど、もし父が生きていたら飼うことにはならなかったと思う。家族の意見をすぐ否定、叱咤する人だったから。

「そんな金どこにあるんだ!」って感じで。でも父が死んで二年後、以前から僕が猫か犬が欲しいといっていたのだけど、それを機会に母がやっぱり不憫に思ったんだと思う。きっとアニマルセラピーにもなるだろうってことで犬を飼おうってことになった。

僕の第一希望は猫だったんだけど、母が触れないくらいの猫嫌いだったので犬になった。はじめはそこら辺に貼ってある「子犬差し上げます」みたいなビラを見て雑種をもらおうって感じだったのだけど、知り合いに相談に行って考えが変わった。

以前、今の家を貸していた人で、柴犬専門のブリーダーをやっている人。曰く、どんな犬でも小さいときはかわいいけれど、雑種は大きくなったらどんな風貌になったり、どんな病気を持っていたりするか分からないから、絶対ちゃんとした犬を飼った方がいいって。

十数年も付き合っていくわけだし、病気になりやすい犬だったら大変だって。それもそうだなあって僕も母も思って、その人に手配してもらうことにした。それが七月のことで実際に子犬がきたのは十一月。

それまでは楽しみで楽しみで、自分で材木を切ったりくぎを打ったり、防腐剤を塗ったりして犬舎を作った。ホームセンターなんかで買っても大してしないのだけど

「おまえのために一生懸命作ったんだよ」なんて気持ちが動物の第六感で分かってくれるような気がして。真夏で汗をかきながら麦わら帽子と軍手をつけて実質一週間くらいかかったかな。はじめは防腐剤の臭いが強くて、鼻がいい犬には嫌われるんじゃないかと思って心配していた。

あとは資料集め。犬のことをほとんど知らなかったから、図書館で沢山の本をコピーしたり、役に立ちそうな本は買ったり。飼い方ビデオを見て、内容をまとめてワープロで打ち出したり。分からないことを箇条書きにしてブリーダーの所に聞きにいったりした。

そして十一月に子犬がきた。木の箱に二匹入っていて、どっちか選んでいいよってことだった。一匹は人慣れしている感じの普通の顔。もう一匹は箱から出るのも嫌がっていた、気の弱そうだけど目が大きくてかわいい顔。僕は元気なやつの方がいいと思ったのだけど、母とブリーダーは顔のかわいい方がいいんじゃないかということで、そっちをもらうことにした。

気が弱いのは人間が手間をかけてかわいがってやればなおるということだったが、今の彼を見るとこの時の選択は正しかったのかどうか。

子犬がきてから名前が決まるまで三日くらいかかった。家族三人で候補をいくつか出し合ってしゃぶしゃぶやで夕飯を食べながら決めた。兄は横文字の名前ばかりで、母はゴンとかマルとか無意味な名前。僕は右京・左京・虎之介を挙げた。

元気な犬になって欲しいと望むなら好きなF一ドライバーからあやかり、賢い犬になって欲しいならば小説家の小松左京さんや、京都の左京区からあやかろうというもの。どれも日本犬にふさわしいかっこいい名前だと自負していた。

結局、兄が「右京っていいねえ」といったことで右京に決まった。
三年後の今、片山右京さんのようにアグレッシブに育ったかといえば、神経質で興奮しやすく、臆病でかなりおバカな犬になった。

なにせこちら側も飼い方に慣れていなかったので不手際があったのかもしれないし、彼の元来の性格とおミソだったのかもしれない。しかし彼がおバカなおかげで毎日家族みんなで笑わせてもらっている。素晴らしいセラピストである。

今日の日記「犬の気持ち」

どよーん。
こんばんみ。

今日のニュース。
<松井秀喜>来季以降もヤンキースに残留の意向示す
 【タンパ(米フロリダ州)高橋秀明】米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜外野手は19日、今年が3年契約の最後の年となる球団との契約交渉について、「(交渉は)まだしていないが、結果的にそうなればいい」と、来季以降もヤンキースに残留する意向を示した。(毎日新聞)

しかし、いいんですか松井さん、あんな成績で。日本の誇るスラッガーだった松井さんがメジャーではレフト前ヒット量産マシンですね。日本にいてもしかたないけど、もうちょっと大きいの、打ってほしいですねえ。アンド今日知ったことですが、井口もメジャー契約ですってね。エース工藤と四番小久保がジャイアンツ入団、井口がホワイトソックス? ボロボロですねダイエーさん、って違った、ソフトバンクさんでした。

今日の自分。
今日は少し小説を書きました。ホントにやめちゃおうと思ったんです。でも資料を片づけてエディタを閉じてしまうと、やることがない。寝る。もう眠れないってくらい寝ている。だから何となく書けました。

お昼頃、落ち着きがなくなる。昨日予告するのを忘れていました。今日はスペシャルデーなんです。右京にとって。ご近所のサミーちゃんと2回目の交尾です。去年秋に初めてやって、受精できませんでした。右京が悪いのか、サミーちゃんの問題か、わかりません。とにかく今生理が来ているのでもう一度お願いしますということなのです。

前回交尾自体は成功しているので今日はすんなりいきました。サミーちゃんもあんまり鳴かず。前回のような失敗をしないようにと大事をとって、明日またやることになりました。人間たちにやらされて、右京は何を感じているのでしょうね。

母は「種付け料をもらってもいいくらいだ」といっています。面と向かってSさんにはそんな事は言いませんけど。

午後は時間を持て余してしまいました。トラちゃんをだっこして寝る。トラちゃんすぐ逃げる。賢ちゃんいつの間にか寝ている。何となく夕方になる。夕飯は中華料理屋でレバニラ定食。母はクッキング意欲が湧かないようです。うつかしら、とかいっています。うつ家族。

夕飯後はいちごを食べる。ねぎらうつもりで右京にあげたのですが食べませんでした。いつもはもっと卑しいのに! まあ不本意な交尾を何度もやらされて穏やかじゃないのでしょうか。

そんな感じで今にフレンチ。今後の予定、なにもなし。明日の予定、種の保存。あと賢ちゃんはキチガイ病院。個体の保存。淘汰されてもいいものを。なぜか生き続けちゃっています。誰か殺してくれたら楽になるのに。

荒れております。そんなところです。明日は月曜いやーな月曜。明日の朝、冷え込むそうです。起きるのがつらくても人生投げないでくださいね。それではまた明日。

今日のお言葉
三寒四温。
(賢)

エッセイ157「辛いですそううつ病」

 僕は精神病患者である。そううつ病という病気である。大学でも会社でも隠していた。申し訳ないと思う。二週に一回精神病院に行って薬をもらっている。そううつ病とはどんなものかというと、そう状態(気分がハイ)とうつ状態(ブルー)が周期的に訪れる気分障害である。普通の人でも感情の起伏はもちろんあるが、そううつ病患者はその振幅が異常に大きく、社会・日常生活を普通におくることができない。

どうなったらかかるかというと、一般的には遺伝的要素が大きいとされている。原因は未だに不明だが、セロトニンやノルアドレナリンの過剰減少と増加が原因ではないかという説が有力なようだ。そううつ病になる割合は人口の○.四%で、女性に多いといわれている。かかりやすい人の性格は、几帳面で責任感が強く、まじめで完全主義者、といったところだ。そういった素質を持った人に大きなストレスがかかったりすると発病するのだろう。

そう状態の症状は、誇大妄想や多弁多動などによって返済能力もないのに家を買ってしまったり、性的逸脱行動をとって後でひどく後悔したり、周りの人に迷惑をかけたりすることが挙げられる。うつ状態の症状は、抑うつ感、悲観的、自殺念慮、思考力減退、無気力、無能力感、全身倦怠感、易疲労性、不眠、などが挙げられる。

僕の場合、特に春になると強いうつ状態かそう状態になる傾向がある。その年によって症状が違う。花粉などが脳内物質に何か影響を与えるのかも知れないが、原因はよくわかっていない。新生活がスタートする大事な時期にこうなるのだから社会生活に失敗するのもわけがない。

治療には薬物療法と休養が必要である。僕はそううつ病に劇的な効果があるとされている炭酸リチウムと抗うつ薬を飲んでいる。休養としては社会生活自体を休養しているし、日々できるだけストレスがかからないように気をつけている。眠前に必ず眠剤を飲んで寝る。

治るのか? これは僕も聞きたい。計四年ほど通院して薬を飲んで症状は軽くなった気はしているが、まだ普通の人とはほど遠い感じである。入院先のある医者が「うつ病の九十七%治るから」っていったら、他の患者が「じゃあ俺は残りの三%か!」っていうやりとりを聞いたことがある。

心の風邪といわれる単極のうつ病での話である。そううつ病はもっとたちが悪い。治りそうな感じがしない病気なのだ。どの医者もどの本も「うつは必ず治る病気です」って口を揃えていう。それが逆に怪しい感じがする。なんだか病院の経営を成り立たせているよいリピーターになってしまっているのではないかと思ったりする。

レントゲン写真で見たり数値で表せるものじゃないから、どこまでが正常でどこからが異常なのか基準がわからない。こんなに懐疑的になるのもこの病気が「自分は一生治らないのではないか」と悲観的・懐疑的になる性質があるからで、これで余計ややこしくなってしまう。

完治したとしても再発率が高いので再発防止のためにも薬の長期服用が必要だそうだ。僕はある医者に「一生病院と関わっていかなければならないでしょう」といわれた。これを聞いたときは絶望した。今は薬をもらいに行くだけならいいや、と思えるが。

以前は「早く治さなきゃ」という気持ちが強くて、「いつ治るんですか」と医者を問いつめたことがある。でも焦るのはよくない。「一生治らなくていいや」といったん諦めることが大事みたいである。そうすればサプリメント感覚で薬を飲んでじっくり治療できるんじゃないかと思う。

診察代や薬の値段は、大学病院にかかっていたときは、国保三割負担で診察代千三百円と二週間分の薬代千七百円で計三千円くらいだった。ということは保健なしだと一万円かかるわけだ。ところが、大学病院の杜撰な診療にうんざりして、家の近くの小さな精神病院に変えたら、僕だけ四千円くらいかかっているのに周りの患者は数百円で済んでいることに気がついた。

なぜなのか薬剤師に聞いたら、精神衛生法三十二条っていうのがあって、それを申請すると五%負担で済むということがわかったので早速申請した。要するに地方自治体に税金で負担させるという手があったのを知らなかったのだ。そうしたら診察代二百五十円、薬代四百円。アホみたいだ。今まで何年も六倍も高く払っていたわけだ。情報って大事だと思った。

あと、大きい病院だからとか、大学病院だからとかいって過信してはいけない。それらはシステムとして稼働しているだけであって、患者のことを考えてくれている慈善団体ではない。特に大学病院は医者や看護婦を養成する教育機関である側面が大きいので、学生やインターンを平気で診察に使ってくる。学校で習ったマニュアル通りの質問を繰り返してくるのがオチである。

そううつ病患者が生存する意義はあるのか? これはきびしい問いかけである。しかしそううつ病と天才の関連性をきわめるパトグラフィー(病跡学)という学問がある。これを提唱したのはメビウスの環で有名なメビウスである。彼は文豪ゲーテについて研究し、ゲーテには七年ごとのそううつ周期があることを実証した。

軽そう時に「ファウスト」「親和力」「ヘルマンとドロテーア」などを執筆したそうだ。また、上智大の福島章教授は宮沢賢治の詩作量が七年周期のそううつ性気分変動と一致していることを確かめている。「春と修羅」や「注文の多い料理店」を書いたのは二十四歳のそう状態の時だった。

さらに、現代作家の北杜夫は自分がそううつ病患者であることを公言してはばからない。僕も生産的な方向に病気を活用できたらなあと思っている。

参考文献:柏瀬宏隆「うつ病・そう病を治す」保健同人社、一九九五年