エッセイ161「三つのライフプラン」 | あなたのココロ、治します。

エッセイ161「三つのライフプラン」

 将来の選択肢は今思いつく限りでは三つです。
一つ目の選択肢は「がんばって普通に働く」というものです。自分一人ならこの選択肢はあまりいらないし、できればこの選択肢は避けたい。でも彼女と結婚するような口約束はしているからそれが現実になると何とかして人間二人分食っていくだけのお金を稼ぎ出さなきゃいけなくなります。

 二つ目の選択肢は「働かない」というものです。これが最有力です。現実的かつもっとも魅力的。そううつ病に十九歳のころからかかってかれこれ八年になります。だから大学を卒業するのも六年かかって死にものぐるいだったし、新卒で就職した会社も三カ月でクビになりました。それ以来今は一年以上フリーターをやっています。

ここ半年くらいは調子がまあまあなので週二、三回アルバイトをしています。今のところこれで調子がいいくらいなのでサラリーマンみたいに週五日も働くのはたぶん無理。僕が提唱したいのが「働かない」という選択枝。僕の場合父は病死していて家族は母と兄と僕の三人。兄は今は家にいるけどいずれは結婚して他の場所で家庭を築く。そうするとこの家は母と僕だけになる。

母はもう年金と貯金の生活に入っているから経済的心配はない。だから僕はそのすねをかじらせてもらおうという魂胆だ。贅沢しなければ母の年金で一生食っていける。母が死んだら保険金なり財産相続なりがあってまたお金が入ってくる。それで細々と生活していけばいい。そのお金がつきるころには僕も結構いい年だろうしこっそり死んじゃっても誰も文句は言わないだろう。

あと完全に母に頼らなくても国に頼るという手もある。公的扶助とか障害者年金といわれるものだ。知り合いの知り合いに精神障害者と認定されて年金を支給されている人がいると聞いてそんな選択肢があることを知った。何でもかかっている医者に大げさに書類を書いてもらって認められればいいそうだ。障害者という烙印を一生押されるわけだが僕はあまり抵抗感を感じていない。

就職などにも問題ないという知り合いの話がどこまで本当かは分からないが障害者ということで足かせがあった方が僕にとっては都合がいいんじゃないかという気がする。人生あきらめがつくから。ああ、だめ人間でもいいんだ。むしろそれが当たり前なんだと。

健常者だとやれ結婚しなきゃいけない、仕事して出世しなきゃいけない、幸福な人生でなければいけない、と誰かがいうわけじゃないけど自分自身がプレッシャーをかけてくる。障害者年金が精神的にも金銭的にも自分を救う。

三つ目の選択肢はお坊さんです。これは可能性は低いかな。彼女の実家がお寺なのです。これは京都の本山で一年間修行しなくちゃならない。修行に耐えられるのかも心配だし、精神病者が修行する資格があるのかも分からない。仮に坊さんになれたとしても実務をこなせるかかなり不安。基本的に接客業、サービス業なわけだから僕がもっとも苦手な分野。

それに彼女の弟が寺を継ぐことが決まっているから僕は副住職という立場になる。基本的にはいなくてもいい人材なわけだし、弟夫婦とうちらで金銭問題が絶対絡んでくる。田舎だし新参者を受け入れないっていう体質も強くあるだろうし。家はすごく大きいし金銭的にも裕福。周りも自然がいっぱいで気持ちいいんだろうなあ。

お坊さんになるかならないかは別として参考程度に今仏教関係の資料を集めてるんだけど、その中で岡野玲子著の「ファンシイダンス」というマンガがあった。彼女に薦められて読んだけどあまり面白くなかった。そのマンガを原作とした映画が本木雅弘と鈴木保奈美主演で作られていたのでそのビデオを借りてきてみてみた。

映画としてもこれが一般の人が見て面白かったのかどうか疑問。キャスティングばかり豪華なものだったが、参考にしたかった京都本山での一年間の修行光景があまり興味をそそられるものではなかった。意味も分からない経典を毎日読み、訳も分からずいたずらに厳しい修行をしてそれがいったい何になるんだろうという。

その精神的な悩みと肉体的な限界が頂点に達して、境内の木から首を吊って自殺しようとする自分が想像できてしまった。

結婚はできればしたくないですね。子供はいりません。ある本を読んでいて伊藤比呂美という詩人・エッセイストの存在を知り、彼女のエッセイ「良いおっぱい悪いおっぱい」に関心を持った。それで文庫を書店で発注すると同時に映画化されたものをビデオで見てみた。

育児エッセイなので内容を知りたかったわけではないんだけど、どうしてエッセイが映画に起こせるんだろうっていう疑問と物書き業にほんのりと関心を持っているので、今後の参考になるんではないかと思って。でもその本来の趣旨からえた収穫としては、コメディー育児エッセイという新しいジャンルの作品だから世間に受けたのだろうという程度。

むしろその内容、所帯を持つこと、子供を育てることってなんて嫌なことなんだろう、なんで世間の人たちは当たり前のように平気でそれをするのだろうっていう気分でブルーになってしまった。主人公の女性が「なんで子供なんて作っちゃったんだろう」っていう台詞にそうだろうって共感してしまった。

「妊娠しちゃった」「おろすのも何だし生もうか」ってそんなに簡単でいいのか? 子供にとってもそうだけど自分自身だって一生子供に縛られて疲れたおばさんおじさんになっていって子供が自立するころにはもう老後ですよ。

こういう考え方するのは僕の家庭環境が良くなかったからかなあ。普通の愛に満ちた両親の元で育てられた人は純粋に自分の種を保存していきたいとか、温かい家庭を築くことが幸せなんだって考えてるんだろうなあ。