佐野光来

佐野光来

佐野光来

 2020年の終わりに、「ああ、ここにくるための全てだったのか、、」みたいな、ふに落ちる、という瞬間をたくさん体験しました。
 これまでは、生きてきた時間がわたしを突き動かしているのだと思い続けてきたのだけど、どうやらわたしを動かしているのは、未来のほうなんじゃないかと思うようになりました。クリストファーノーランのインターステラーっていう大好きな映画があるんだけど、この映画を見たらもしかするとなんの話か分かるかもしれません。未来の自分が、今や過去の自分にアクセスしてるイメージ。
 過去も今も未来も同時に起こり続けている、というような感覚ともいえるでしょうか。
 いつもなにかとなにかの、どこかとどこかの途中のはずで、でもじゃあどこへいこうとしてるのか、なにをしてるのかたまらなく不安になるときもあるのだけれど、そんなときは少しだけ長く休憩をして、休憩するとすごく色々なことを観察できるし、観察すると感謝できるし、そうすると自然に次のことが見えてくるような気がします。選んでいく、進んでいく。過去ベースではなく、未来ベースでそれらをやっていく、ということを柔らかな気持ちで考え続けています。
 だからどんなに悲しいことも、悔しいことも、許せないことも、不安なことも、いつかの誰かからのあるいは自分からの贈りものであると思いたいし、誰のせいでもなく、自分のお陰で自分が、成り立ちたいなと思います。
 点と点が結ばれる嬉しさに、過去が救われる優しさに、もっと出会いたいし、出会わせてあげられる人になりたい。
 2021年はそんなふうな年にしたいです。
 また新しい、まだ新しい、世界がたくさん待っているね!
 どうかたおやかに過ごせますよう。
 いつも優しく応援してくださる皆様へ、ありがとうございます。
 これからもよろしくお願い致します。
  無事に「新年工場見学会2019」が終わりました!
  私はハイバイの「〜なにかのニセモノ〜 八王子の雑貨屋」で、高樹という役をやらせていただきました。


  ざっとあらすじを。。(あらすじと書きながらぜんぶみたいになってしまった)
  全国を旅してまわってはその土地で起こった話を聴く旅の法師が、八王子で雑貨屋を営む“やまもと”と出会います。やまもとは旅の法師に聞かれます。「その男はなんだね?」やまもとの後ろには男がついているというのです。男の姿はやまもとには見えません。心当たりのあるやまもとは、身の上話を始めます。現れる雑貨たち。雑貨を愛でるやまもと。
  ヨーロッパで買い付けてきた雑貨の価値は、あまりお客さんには伝わりません。なかなかうまくいかない経営のなかで、ある男がふらっとお店にやってきました。広告代理店で働く金持ちの男、松田でした。彼は雑貨屋に癒しを求め、お店に通うようになるのです。高額商品の雑貨でも松田は嬉しそうに購入していきます。やまもとは、そんな松田の存在に救われる想いがします。やまもとと松田の関係性が出来上がってゆくなか、雑貨に吸い寄せられるように、新たな客、高樹が店にやってきました。静かに雑貨と漂う高樹に、心動かされるやまもと。彼女の存在にもまた救われたような気持ちがしたのでした。高樹と話したいけれど、いつも店にいて大きな声で喋る松田の存在が少し疎ましく感じ始めたやまもとは、松田にある提案を持ち掛けます。それは松田をフランスへ、雑貨の買い付けに行かせるという提案でした。そして起こる松田の悲劇。松田はフランスのぼったくり絵描きに引き止められ、あれよあれよと殴り合いの喧嘩をしてしまいます。全身ひき肉になり、殺されてしまう松田。高樹と松田はフランスでの暴動の目撃者と共に、フランスに渡ります。松田の最期の姿を追いかけるようにフランスを歩くやまもとと高樹。悲しみの先で求め合うふたり。。。壮絶なラストシーンへ繋がってゆく。。。
  と、いうお話でした。笑

  初めて台本を読んだときは、雑貨って、なにを置くのかなあと思っていたけれど、私たちは私たちのからだで、布とか地図とか、たくさんの雑貨になることができました。雑多に置かれた椅子は、飛行機にも、絵画にも、ドアにも、それから人間にもなりました。
  演劇の力を目の当たりにしてほんとうに感動しました。
  目撃者でありながら、見て見ぬふりをしたりだとか、悲しみながらも、捨てられない欲望があったり。信じたいように信じる、ものやお金の価値について、そのエゴのようなもの。
  そういえば自分も、あっち側でもあればこっち側でもあるときがあるよなあ、と感じるたくさんの瞬間がお芝居のなかにありました。
  実態があとからあとから追いついてくる、演出、とても勉強になりました。

  そんなわけで初めての舞台が、みなさまのおかげでほんとに貴重な体験になりました。感謝です。

  世の中のどこかで起こる、不思議な出来事が、ひっそりとこれからも続いていくといいなあ。雑貨屋さんのことも、折にふれて思いだすといいなあと思います。
  新年工場見学会という、お正月の演劇に出演させていただくことになり、昨年末は短い期間ではあったけれど、毎日稽古をしておりました。
  初めての舞台で、ほんとにとても緊張していたようで、何日かは固形物が喉を通るたび吐きそうになっていた。こんなのいつぶりだろう。

  明日から本番です。五反田団×ハイバイの、ハイバイのほうにださせていただきます。
  頑張ります。

  あの人は私かもしれないし、私はあの人かもしれないし、そのだれでもないかもしれないし、風景でもあれば、空気でもあれば、そのぜんぶでもある。というような、境界線のあやふやさを渡り歩くように、だれかのなにかのそしてわたしの、一部に、うっかりたくさんなれたらいいなと思います。

  そんなわけで、あけましておめでとうございます。
  今年もどうぞよろしくお願い致します。
  駅のタクシー乗り場からタクシーに乗り込むと、「なんだかなあ」とか「はあ」とか「ううん」みたいな運転手さんの音が漏れ続けていて、さすがに聞こえないふりができずに「どうしたんですか」と尋ねると、喋りだすので、話を聞けば、「さっき、チェッカーの車がね、タクシー乗り場で、ほら僕の後ろに止まってたでしょう、あそこのキクチくんっていうのとね、よくあの乗り場で一緒になって、いろんな話しをしたんだよね。最近キクチくん見かけないなあと思っていたんだけど、そしたらさっき後ろに止まってたチェッカーの人が降りてきて「うちのキクチがお世話になりました」って言うんだよ。なんだろうと思ったら、亡くなってしまったんだって。39だよ、、若いのになあ、、、」大きく吸い込んだ息を、ゆっくり長く吐きだすときみたいな、つなぎ目のない丁寧な口調で、運転手さんは話したけれど、こんなふうに誰かに、話を聞いてもらわなくちゃ、情報が体のなかで膨らみ続けていっぱいになって怖いとき、あるなあと思って、なにも言えなかったけれど、相槌しか打てなかったけど、キクチくん、で、満ちた車内のなかで、私も長く息を吐いて、会ったこともない人の命とか、運転手さんの握るハンドルの手や背中に向かって、「どうか、どうか、、」とよく分からないけど思ったりして、時間も痛みもこんなふうに一瞬、共有できる不思議について、人間について、悪くないな、と思ったりした。
  相手の気持ちになってってことばがよく口をついてでるんだけれど、ほんとは誰の立場になんかなれないことを分かってて、だから、痛みとかそういう類の部分は共有するの不可能だろ、と思ってて、わからないのだからわかってほしくもわかり合いたくもないと閉ざしていたときもあるんだけれど、一緒に悩んだり考えたり唸ったりすることは絶対に、できる。少なくともそういうつもりで生きていれば、そういう瞬間に出会える、のだと最近はそんな気がしている。

  積み重なってゆく日々を、大切にして、ダメなときはときどき放り出したりもして、また来年も同じようにやってゆこう。

  2018年も、お疲れさまでした!
西日が家々の隙間果実の橙携えて恭しく落ちかけ 電車のなか 拾えば拾うだけ落ちていくランドセルの中身を みていた
  駅の階段で、お母さんと息子の二組が上りと下りですれ違い、子どもが「あー、〇〇くん!」となって(たぶん小学校の同級生)、上りのお母さんが「あれえ、これからおでかけ?」と聞くと、下りの子どもが小さな声で得意げに「今日お母さんの誕生日だから」と教えてあげる感じで言って、お母さん照れくさそうに、「そうなのよ」と笑って、「わあ、じゃあご馳走だね楽しんできてね」「ばいばーい」という幸せなやりとりの場面に遭遇した。
  ぷっくりまんまるつやつやした男の子の顔、紅潮した頬、くねらせる身体、全てが最強に可愛かった。子どもってほんとに素晴らしい生き物だよね。
  クリスマスが近づくー!
  引きずっている。
  猛烈な咳を引きずっている。
  旅先で私、なにを吸い込んでしまったのだろう。咳が止まらないうえに鼻が詰まって呼吸が苦しい。というか、咳ってほんとに体力を奪われますね。お腹の周りの筋肉も、なんかへとへとにくたばっている感じがする。喉風邪→副鼻腔炎、さっき三度目の耳鼻咽喉科にて、もはや喘息、という診断をされました。総力戦の薬をだしてもらい、もう良くなるしかない。やっと食べ物の味もするようになってきたし、頑張らないと。
  私が通う耳鼻咽喉科は、地元の戸越にあるのだけれど、地元をでた今でも、皮膚科も耳鼻咽喉科も、結局地元のお医者さんに戻ってきてしまう。それが絶対に効くのだ(現に、一度目に出先で寄った耳鼻咽喉科ではなにも良くならなかった)。この信頼はなんにも変えがたい。それで病院ついでに、家から通っていた小学校までの道のりを一度必ず歩いてから帰ることにしている。遠い記憶がばたばたと引き出されては毎度当たり前のように、全てが小さくみえる。そして小さい自分がまだ生きて、その辺をうろうろ歩いているのではないかと思えてくる。もし見つけたら幸せになるんだよって声をかけよう、と他人事みたいに思いながら、そういえば最近みた舞台でもこんな台詞、あったなあ。オーストラマコンドーの「空と東京タワーと隣と隣」。これとても良かったです。今の私の状況に、非常に刺さるものがあった。幸せになるってほんとはすごく怖いことなんじゃないかという不安を、優しくすくいあげてくれる作品だった。年内にあとみたい舞台がいくつかあったけれど、この調子だともうみられないかしら。いやはや健康が一番だと思い知る年の瀬です。身体が異変起こすまでぐうーっと力入れすぎちゃう癖、そろそろ直したい。
  おやすみなさい。
  ひとりだととにかく移動がスムーズだった。例えば目的地付近の駅で地上に降り立ったとき、「さてここからいったいどう行けばいいのだっけか」みたいな、やりとりの時間を省けたりする。ポケットWi-Fiを借りて行ったので、グーグルに住所は入れておくのだけれど、とりあえずなんとなく左右どちらかにぐんぐん知ってるふうに歩いてみて、しばらく歩いたあと、ぱっと地図を確認する。間違ってたら、引き返せばいいだけのことを、無言で行うことができる。スリに狙われないためにも、慣れてるふう、なのは旅にでたときはすごく重要だ。目的地と目的地の合間に気になるお店があれば誰の了承を得ることもなく入れるし、飲むのも食べるのも、ひとりだと全然しなくても良かったりする。一度ある美術館の、小さな風景画の前で謎に涙がでてきたとき、ひとりでよかった、と思ったりもした。説明し合うこと、相談し合うこと、その間に放出される気遣いを皆無にすることができるらしいのだった。それと、「この景色、誰々と一緒にみたかった、みせてあげたいなあ」みたいなことを全く思わなかった自分の、どこまでもひとりな、淡白さにも驚いた。だから、私にとっての、ひとりで旅をするってなるほどね、こういうことなのかしらね、と頷きながら、面白かったなあ、気楽だったなあ、なんて帰ってきて、撮った写真を見返してみるのだけれど、その一枚一枚の、記憶の薄いこと…。こんな絵、みたっけ。。こんな場所、行ったっけ。。が続くのである。なんだろうこれは。ひとりだとどうも思い出の量に限界があるみたいだ。そうだとするならば、記憶する脳はひとつでもふたつでもみっつでも多いほうが、多彩で豊かな記憶になるのではないか。ひとりで旅をして、ぐんと広くなった世界は、帰ってくれば案外狭く、私が省き続けた無駄な時間のなかにこそ、ほんとはいちばん大切ななにかが詰まっているのかも。いやでもやっぱり気楽でよかったんだけど。またひとりで行ってもいいし、誰かと行くのも、悪くないんだろうなあ。誰かと行ったらグルメがしたいな。
  
  というわけで以上、旅の記憶でした。
  旅のときの、小分けのリンスやら化粧品などのスタメンが確立した。まず、リンスはミルボンの。ディーセスリンケージミュー4シリーズ。これはトリートメントお試しキットのようなもので、チューブになって4本セットのものが売っているんだけど、短期の旅行なら、これが使える。髪が長くなければ一本につき2回分は使えるので、そういう計算で持っていくのがオススメ。ちょっと高めだけどかなりさらさらになるし、水問題で髪がばきばきになったりするの、これでだいぶ防げる気がする。
  メイク落としと洗顔は、無印の。両方がセットになって、使い捨てフィルムで売っているやつがコンパクトだし、使い勝手もよかった。これもメイクがよほど濃かったりしなければ1セットで2回分いける。
  化粧水、美容液などは普段使ってるものを小さな容器に入れ替えたりしていたんだけれど、今回たまたまいつもスキンケアで使ってるアルビオンで、旅セットのようなものをみつけて、美容液と化粧用油と化粧水がミニサイズになって売ってるのを買ってみた。化粧用油と化粧水は初めて使うシリーズだったけれど、これがとても良くて、リピートするつもり。乳液はコンタクト保存ケースに使う分だけプッシュして持って行ったけど、これもかさばらなくて○でした。美白パックも何枚か持った。
  あと、雑誌シュプールの付録についていたポールアンドジョーのミニパウダーがかなり重宝した。お化粧品って、特にパウダーなんかはもっとこのサイズのものだしてくれたらいいのになあと思う。ミニサイズ展開したら絶対に売れると思うんだが。外に持ってく用のポーチもすごく小さくて済むし。
  シャンプーとボディクリームだけ次回の課題だな。
  こんな感じで、荷造りが少しだけ得意になった気がする。から、またどこかへ行きたい。
  無事に、帰ってきた。
  快適すぎるほどの旅だった。恐れていた怖いことはなにも起こらなかったし、その何倍もの安全さと楽しさで、私は堂々と街を歩き回った。地下鉄にもバスにも、めいっぱい乗った。一日にいくつもの予定を入れて、どこへでも出掛けて行った。行く先々で、ひっそりとたくさんのことに感動した。
  「いる場所が世界」であることを身体の底から実感した旅になった。どこにいて、だれといて、なにをするか、みたいなこと、その選択の、純度について、ずっと考えていた。美術館をたくさんみて回ったけれど、どの作品が、どこに、どんなふうに、置かれているか、だれにみられているか、ということが重要だったように、じゃあ私はいったい、どういたいんだろう、というぼんやりとした問いかけ、その輪郭を、なぞるような体験をした。結局、生きていなくちゃ・身体がなくちゃ・だめなんだって思って、あー、生きててよかったのかもしれないと思った大切な旅になった。
  お騒がせした皆様、ほんとにすみませんでした。
  でもやっぱりね、向こうで気が緩みました。喉のいがいがが悪化して声がでなくなる事態が。喋っても苦しくて咳でるし、一度咳き込むとなかなか止まらないしでがさがさの声だから、二度聴きされたりして、なんでこんな喉になってしまったの。伝わらないことばが益々伝わりづらくなったという、おもいで。