佐野光来

佐野光来

佐野光来


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  昨日のことです。私、何万年かぶりに走ったのです。ランしました。ま昼間に。
  どれくらいの距離をどれくらいの時間をかけて走ったのか、なんせ何万年かぶりのランです。よく分からないのですが、とにかく汗をかくまでたくさん走りました。するとその日のうちに太ももが筋肉痛になりました。痛いなあ、だるいなあ、なんて思っているうちに、なんだかもの凄く気分が落ち込んできて、悲しくなってきました。
  どうしようもなく悲しくて、夜にめいっぱい泣きました。
  走ってるときはあんなにも気分が良かったのに、筋肉痛ってのは気持ちにまで打撃があるものなのでしょうか。
  しかもパンプアップというの、なんか太ももの筋肉が急に使ったからなのか、ぱっつり腫れて足が太くなったような気さえしています。
  どこまでも走ってゆけると思ったのもわずかな時間だった。私は、もう、走れないんじゃないかと思う。
  というわけで、次はプールで泳いでみようと企んでおります。競泳水着を買うところから始めますが、とりあえず今は筋肉痛と、この悲しみが消えてゆくのをじっと待ちます。
  元、陸上部なんだけどな。  

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  わあ〜!28歳になりました!

  頭で考えたり、律しすぎたり、そういう自分本位なことはもういいかなって思いだしたのですが、重点を置く位置をちょっと変えてみればいろいろが脱ぎ捨て、手放されていくようでとても軽くなったのもつかの間、間違えて脳機能を停止したのかもしれず、どこにいるのか、なにをしてるのかさっぱりわからなくなってしまって、概念がぱたぱたと倒れ消え去っていく音を聞いたりもした。

  28歳はどんなだろうな。
  結局考えるってことしかできないなら、考え続けるしかないのかなあ。


  さて、と!
  たのしく頑張るようう!

  コメントなどいただいて、いつもありがとうございます!
  素敵なひとびとに囲まれている!

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  松尾スズキさんのツイッターに、鳩の交尾前なるものの写真がアップされていたのだけれど、その鳩たちは交尾の前にちゃんとキッスをしていたのだという。私が鳩の交尾をみたときはキッスしてなかった!
  いきなりオスかメスがふんって中腰に構えたと思ったら、その背中にオスかメスが乗っかって、なんか震えて、一瞬で終わった。。
  あれをみたのは、祖母が亡くなった日だった。病院の中庭で途方に暮れながら昼食をとっていた。病院のコンビニで謎の高級弁当を買った。どうしたらいいか分からなくて、とにかく高いのを買った。どうしたらいいか分からなくて兄弟にもごちそうした。兄は安いのでいいと言って、違うのにしたのだったと思う。結局味なんてわかったものじゃなかったし、食べながら皆で鳩の交尾を目撃するのなら、安いのを買えばよかった。生きるっていうのは、うまく言えないけど、こういうことだと思ったことを、今でもよく覚えている。
  死のすぐあとで、生、にでくわしたわけみたいなものを、今でも。

  それにしても兄弟で交尾を目撃してしまったときの、あの気まずさ凄い。しばしの沈黙に耐えかねて、無駄に明るく「ねえ、今の交尾じゃない?えーやだあー、うける〜!」としか言いようがなかったんだけど、正解のあれが知りたい。どんな状況であれもっと気の利いたコメントしたかったし。
  あと、病院のコンビニに置いてある高級弁当って、めでたすぎてか、悲しすぎて、分からなくなっちゃってる人に向けて置かれてるものなのかな。まんまと引っかかった感があとから凄くて。

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 今朝の我が家の空気清浄機は、湿度82%という数字を叩きだしていて、なにかの間違いなんじゃないか。
  それまで冬じゅう目にしていたのだ、20%台の表示を。 
  雪解け、と頭の端で思いながら、もう大きな鍋で湯を沸かし続けたり、濡れたタオルを干しまくったり、シャワーをわんわんだして、むわむわさせたりしなくていいのか、と安堵した。
  そして、そうこうしているうちに湿度まみれの季節がやってくるに違いない…
  今は今で、潤いのありがたさを噛み締めます。湿度があると部屋は暖かい、のですね。

  この短期間に、試したり試されたりするような場面が重なって、今まで使わないようにしてきた脳の一部をばばばと使った私は瀕死状態になりかけていたのだけれど、睡眠も、食欲も、ざわざわした気持ちも、やっとどうにか落ち着きを取り戻してきた。目が覚めればやるべきことをやったりやれなかったりして、どうにかこうにか。
  でもほんとうに、人と関わるってこととか環境って、恐ろしくその人を左右するもので、どれほど自分を強く持っていても、くにゃっと簡単にそれは折られてしまったりする。自分のなかの正しさなんてたかが知れているのだから、折れるのはとても良いことのはずだけど、問題なのは、乱暴に、あるいは無責任に、折られてしまう、ってことであって、そのことを分かりすぎている人と、全く分かっていない人とで世の中は成り立っているの?バランスが、どうなの?

  例えば瞬間的にこぼれてみえてしまう“感情”のことも、凄まじく笑える“状況”のことも好きだし、そこに付随して“ことば”があることはもちろんなんだけど、やっぱりことばと、そのことばの扱い方、発し方、みたいなものにいちばんに気をとられる癖というのが良くも悪くもあったりして、全く異なるものと対峙したとき、そのことを再確認する。ことばで救われることもあれば、ことばで傷つくこともあるから、なるべく間違えたくない、のだけど、間違えたくなさすぎてなにを言うにも憚られるときがあるし、言われたことばが刺さって抜けなかったりもする。色々の邪魔になるときもあれば、手助けになるときもある。
  とはいえ、思いだすのはことばじゃなくて、なんか顔、とか、手、とか感触だったりするんだよなあ。

  手を差し伸べても、それは相手にとってどうかはわからないという場合もあるけれど、そんなの、本当はどうかなんて、みんなわかってるんじゃなくって?違うの?
  とにかく、やさしさにはやさしさ、愛には愛だろ。と、思っていた。
  手を差し伸べる清廉性(面倒くささ)も、差し出された手にありがとう、ができる柔軟性(面倒くささ)も、ぜんぶ持ってたいし、どこまでも忘れちゃえれば良いのになあ。
  生ぬるくて、風の強い、潤いのなかで、飽き飽きしながら。

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  朝から降り続く冷たい雨は、夜になると雪へ変わるそれは予報通り、駅のホームで雪になった、と呟いて家路につきます。前の晩は月が赤くなったあと消えて、またみえる頃には銀色にびかびか光っていた。そんなふうにして空の様子がおかしくて、2月1日は、父の命日でした。
  倒れて病院に運ばれたのが1月6日だったから、この時期は1月6日から2月1日までの日にちを無意識にカウントダウンしていたりする。
  あと何日で…みたいに、何度でも失う気持ちを味わう。
 
  作家の川上未映子さんが阪神淡路大震災のときのご自身の経験を書き起こした文章を先日、川上さんのインスタグラムで拝見する。そこには、すべてがなにかが起こる、起こった、まえのひ、なのだと書かれていて、明日起こることを私たちはどうしたって知ることができないということ。しごく当たり前のことなのだけど、でもやっぱり、まえのひ、は、そのひ、以上の意味を持って、あとからじわじわと強烈な揺さぶりをかけてくるような気がします。1月5日のことを、1月31日のことを、できることならそこにすべてを、 閉じ込めてしまいたいと私はときどきそう思います。
 
  あれからだいぶ時間が経って、無意識カウントダウン期をうまく過ごせるようになった気で毎年いるんだけれどとにかく寒すぎて、2月は、体と心の健気な記憶をそれは簡単に引っ張りだされてしまう。なにをしても泣けてくるし、ずっしり重いし、敗北感が漂うこれは、実際かなりのしんどさを伴うのだけど、ここまでくるともう、押されるがまま満員電車を降りるときのような、身をまかせてしまうタイプの諦めの境地にやってくる。こういうことを家族と話すとまた涙がでちゃうから、私たちは誰も振り返って話したりはしないけど、このことを我々はどこまでも無言で共有できる、という共通の認識がそれぞれにはあって、これがあるから、なかったら、やっぱり凄く怖いんだろう。
 
   そうして2月1日はなにをしていたかというと、お仕事で声の録音をしていたのだけれど、おねしょのメカニズムを私は喋ってきたのだった。膀胱に水が、とか言って、言ってる場合じゃないんだけど、膀胱に水が膀胱に水が言ってる私がいて、この光景を、17歳の、2月1日の私にみせてあげたいと心底思った。
 
  本当に、人生なにがあるか分からない。

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