美しい子宮② こうして私達は、セックスレスの夫婦になりました
嫌な女
お市様の自害に激しくショックを受けた秀吉は
「寧々、どうしてお市様は死なねばならんかったんじゃろう・・・」
と、ぼんやりした顔でつぶやくのでした。
お市様ロスが、秀吉の心を虚ろにしていました。
彼はお市様が北ノ庄城から姫様達と出てこられるのを信じ、心の中で小躍りして待っていたのでございます。
私が裏から手をまわし、柴田様の妻になったお市様。
当時の秀吉は、とんびに油揚げをさらわれたさぞ悔しかったことでしょう。
私の前では必死に隠しておりましたが。
けれど柴田様の敗北が決まった時、今度こそお市様を手に入れられる!と秀吉は心の中でのろしを上げ、喜こんでいたのです。
ここまで来たら仕方ない、と、あきらめてた私でしたが、心のどこかでお市様の自害も予想もしておりました。
お市様が今さら秀吉の側室になったとて、その先に未来はありません。
男は手が届かない高嶺の花だからこそ、手に入れたい、と躍起になるものです。
ですがいったん摘んだ花に、興味を失うのも男です。
お市様はそのような秀吉の性格もわかっていた事でしょう。
私が秀吉と最後まで添え、生涯心が通じ合えたのは、肉体関係がなかったからこと。
それゆえに、お互い純粋な愛を持てたのでございます。
その後、秀吉は何人もの側室を迎えましたが、ほとんどの女性と長く関係を保つことはできませんでした。
ただ一人の女性をのぞいて。
男としての秀吉の心を一番射抜いたのは、やはりあの方でした。
茶々様。
お市様の長女で一番お市様の美貌を受け継いだ後の淀様です。
私と秀吉の養女となった茶々様達ですが、一緒に暮らすよりお市様の実家である織田家の方が過ごしやすいと思い、信長様の次男の信雄様にお預けしました。
私達は義両親として姫様達の行く末、つまり嫁ぎ先を考えねばなりませんでした。
あちこち走り回り、婿候補の目星をつけました。
ところが秀吉は、末の江様から嫁がせるよう言うのです。
やっぱり・・・
彼の言葉を聞いた時、彼が茶々様に心惹かれていることを確信しました。
彼は自分の気持ちを押し隠し、茶々様に接していました。
お市様の時のように無理やり自分のものにしようとし、茶々様が自害することを怖れたのです。
秀吉の戦場での得意技は、兵糧攻めでした。
兵糧攻めは相手が籠城し食料を食い尽くし、降伏するまで辛抱強くじっと待つ戦法です。
焦らず相手から自分の方におもねるのを待つのです。
秀吉から一番末の江様の嫁ぎ先を探すよう言われ、いろいろ見繕ってみました。
当時の結婚は、すべて縁つなぎのための政略結婚でした。
年若く無邪気な江様は、従兄の佐治一成様に嫁いでいただくことにしました。
ところが秀吉は小牧・長久手の戦いで織田信雄様と争い、そこに味方した佐治様が負けてしまいました。
怒った秀吉は江様を佐治様と離縁させました。
幸い結婚し一緒に暮らした時間もさほどなかったため、江様は心の傷もまだ深く負うことなく戻られました。
ほどなく江様の再婚相手を決めました。
秀吉の実の甥で養子の秀勝です。
信長様から養子にいただいた秀勝を病気で失い落ち込んだ私達は、秀吉のお姉さまの次男を養子にもらい、秀勝、と名付けました。
秀勝は次男らしくのんびりした性格でした。
そういう大らかな性格の男の方が江様には良いかと思い、再嫁をお薦めしました。
幸い秀勝との相性も悪くなく、江様は嫁がれました。
母親代わりのわたしはホッ、としました。
すると秀吉はすぐさま、今度は次女の初様の嫁ぎ先を探すように、私に命じたのです。
ははん、秀吉は茶々様を兵糧攻めにして、何より大切な二人の妹から離す作戦を取ったな、と思いましたよ。
一番年かさの茶々様にしたら、自分より若い妹たちが嫁いでいくのを、さみしいような悔しいような複雑な気持ちでしょうよ。
そこに自分が登場し、やさしい足長おじさんのような役目をし、茶々様の心をほぐす作戦ですね。
妻はすべてお見通しです。
初様の嫁ぎ先は、従兄の京極高次様になりました。
龍子殿の弟です。
このご縁でしたら、私も安心です。
末永くお二人のご縁が続くことを祈りながら、初様を送り出しました。
とうとう茶々様は、一人ぼっちになってしまいました。
これから秀吉がどうやって茶々様に近づくのか、見世物をのぞくように一歩引き、秀吉の恋模様を見ておりました。
ドラマの中で主人公はそのシーンを生きるのに一生懸命なので、自分がどんな立ち位置かわかりませんよね。
ですが一歩引いた視聴者は俯瞰し全体像を眺められ、それぞれの立ち位置がわかります。
私はそうやって、夫と愛人候補の恋ドラマを眺めることにいたしました。
自分が秀吉にとって何者にも変わらぬ女王である、と自負しているこその余裕です。
私達夫婦の秘密。
秀吉の私への後ろめたさが、夫婦の絆を尚一層強くさせます。
嫌な女ですか、私?
でもあなたにもそんなところ、あるでしょう?
妻が相手の女に余裕を持てる時は、自分が優位な時。
女とはそういう生き物。
胸を張って言います。
私こそが、女王です。
誰にも何にも、侵されることはありません。
ええ、それは自信あります。
ふっ、と笑った私は手に持った白百合の枝をポキン、と折りました。
白百合はお市様がお好きな花でした。
お市様に似た香りの強い艶やかな花。
その美しさが、毒々しく見えます。
あの方は亡くなっても尚、食虫植物のような自分のDNAを娘に残し逝ったのです。
忌々しい。
手折った白百合をポイッと庭に投げ捨てました。
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そこにある醜い自分の嫉妬心にも、目をそむけずにいられますか?
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嫉妬は使い方によって、あなたを美しくさせます。
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