美しい子宮② こうして私達は、セックスレスの夫婦になりました
女王への道の始まり
この年の十二月は、ことさらに寒さが厳しい季節でした。
柴田様が雪深い福井の北ノ庄城で動けないことをチャンスと見た秀吉は、攻撃を開始しました。
秀吉にとって柴田様は、目の上のたんこぶでした。
天下統一に向け、取っておかねばならない重石だったのです。
さらに柴田様を討つことは、柴田様の奥方になっているお市様を手に入れる事でもありました。
見え見えの下心には、ムカつきましたよ。
けれどニンジンを鼻先にぶら下げたら走る馬のように、秀吉のやる気を燃えさせるなら、致し方ないと思うことにしました。
自分の機嫌を取れるのは、自分しかいません。
私が私を心地よくするしかありません。
秀吉は龍子殿のところに行く以外は、私のそばで毎晩手を握り一緒に眠るようになりました。
彼への肉欲はなくなりましたが、時々身体がカァッーと熱くてモヤモヤする時があります。
それは、彼がいない夜ではなくいつも彼が横で眠っている時なのでございます。
眠れない夜、自分で自分を慰めることにしました。
横では秀吉が、健やかにいびきをかいて寝ております。
もしかして彼が目覚めたらどうしよう、というスリルを抱え、私はこっそり一人で燃え上がります。
そしてスッキリし、健やかな眠りにつくのでした。
女性に自慰は、ダメですか?
男性なら、よろしいのでしょうか?
男も女も関係ないでしょう。
誰にも迷惑など、かけていないのですから。
私が私を満たすだけです。
そうやって女はひっそり自分を抱かない夫に仕返しをするのです。
秀吉は柴田様の養子のいる長浜城をあっさり攻略し、年が明けた天正十一年から本格的に柴田様と戦いを始めました。
実は柴田様の陣営に、まつさんの夫の前田利家様が加勢していました。
利家様はもともと柴田様の与力であったことから、清州会議の時も仕方なく柴田様についたのでした。
けれど、利家様は秀吉の親友。
私もまつさんも、敵味方になりたくありません。
豪の生母でもありますし、豪も心配していました。
ですから私は利家様に手紙を出しました。
秀吉は利家様が今諸事情あり柴田様のところにいる事を理解し、いつでも利家様を受け入れる気持ちがある、と書いて送ったのです。
そう記すことで、利家様がいつでも秀吉のところに戻りやすくなる道筋をつけました。
併せて、まつさんにも手紙を出しました。
利家様は男気の強いお方。
まつさんのサポートも必要だと思ったのです。
まつさんには、私の素直な気持ちを綴りました。
お互い貧乏長屋から過酷な戦いを経て、出世したのです。
柴田様と秀吉、どちらに勝算があるか賢い利家様とまつさんならわかるでしょう。
手紙を書きながら、利家様とまつさんが私達のところに戻ってくることを、心から願いました。
二月に賤ケ岳の戦いが始まり、秀吉と柴田様と激しく争いました。
予想通り、利家様は柴田様を見切って秀吉のもとにやってきました。
秀吉は大喜びでした。
私も小躍りするほどうれしくて、豪を連れ、すぐにまつさんに会いに行きました。
利家様と力を合わせた秀吉の軍は、勢いを増しました。
北国ではまだ雪が残る四月、柴田様の居城である北ノ庄城を追い詰め、籠城させました。
四方八方兵で固めた秀吉の軍は、お市様が姫様達と城を出てくるのを待っていました。
ところが予想に反し、城から出てきたのは三人の姫様達だけでした。
お市様は柴田様とお城で自害されたのです。
それを知った秀吉は、悔しさと悲しみのあまり髪の毛をかきむしって泣いたそうです。
私は溜飲が下がる思いでしたけどね。
お市様の自害は、お市様の本心だったのでしょうか?
女の一生とは何なのでしょう。
戦国一の美女と誉れ高く、幸せな結婚生活を送っていたお市様。
兄の信長様の命によって、秀吉がお市様の夫の浅井長政様を攻め殺しました。
信長様亡き後、筆頭家臣で二十五歳も年上の柴田様に嫁ぎ、一年もしない内にまた秀吉に攻められ柴田様と自害。
ですが、どの運命もお市様は自ら選び、生き切ったと思います。
お市様は生きのびて秀吉の側室になるより、極楽浄土で長政様と過ごすことを選んだのでしょう。
あの方の笑顔は本当に花が開いたように、華やかで美しい笑顔でした。
きっと今は極楽浄土で、愛する長政様と共に過ごされているでしょう。
失礼ながら、柴田様を愛しておられた気はいたしませんので。
心も身体も夫に愛され、さらにあの世でも愛され続ける妻に嫉妬しました。
内緒ですが。
戦いを終え城に戻った秀吉は、お市様の残した三人の姫様達を連れてやってきました。
長女の茶々様を見た時、心臓が胸から飛び出るかと思うほど驚きました。
以前見た時はまだ幼い面影がありまった茶々様は、十四歳になりお市様の面影を映した美しい女性になっていました。
その時、私は天啓のように悟ったのでございます。
「茶々様は秀吉の子を産む。
たとえ、どんな形であろうとも彼の子を産む」
ショック、というよりも、秀吉に子を与えるのは彼女だ、と私の直感が強く訴えたのです。
その行く末を見守ろう、と覚悟を決めました。
そして茶々様を始め、初様、江様、の三姉妹は秀吉の養女になりました。
私と秀吉、そして茶々様の運命はここで交差し、引きはがそうにもはがせないほど強く結ばれたのです。
賤ケ岳の戦いで勝利した秀吉は、信長様が築いた天下人への道を引き継ぐことを世に認めさせました。
ここから秀吉の天下への道が、大きく開きました。
後年、私が保護したイエズス会の宣教師ルイス・フロイスは、私のことをこう称したのです。
「王妃」あるいは「女王」と。
女王への道の始まりは、ここからでした。
この時の私はまだ知りませんでした。
王と同じほど女王も孤独であることを。
人は頂点を極めるほど、孤独になるのです。
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