美しい子宮② こうして私達は、セックスレスの夫婦になりました
夫婦は合わせ鏡・・・夫の闇、妻の闇
備中高松で毛利と戦っていた時、秀吉は信長様が明智光秀に本能寺で討たれたことを知ったのです。
すぐさま毛利と和睦を結び兵を引き連れ、瞬く間に京に戻ってまいりました。
その速さはすざましく、後に「中国大返し」と呼ばれることになったのです。
京に戻る秀吉の胸の内は、十七才から仕え父のごとく慕っていた信長様を失った悲しみと明智に対する激しい怒りで、気持ちが高ぶり、夜眠る事もできなかったそうです。
さらに信長様亡き後の天下統一を成し遂げるためどう動くか、という思惑と計算で、脳みそがハイスピードで動き続けていたので睡眠をとるところではなかったのです。
わずか十日の大強行軍で京に戻ってきた秀吉は、山崎で明智と戦いました。
当然明智は、備中高松で毛利と戦っていた秀吉が京に戻るなど予想もしておりませんでした。
信長様の有力家臣達はみな秀吉の味方を致しましたので、明智と秀吉に圧倒的な兵力の差が生まれました。
さらに明智は援軍もなく十分な準備が出来ないまま、秀吉と闘う羽目になったのです。
すでにスタートラインから、勝利は決まっておりました。
こうして秀吉は明智を破り、見事弔い合戦を果たしたのです。
この時、秀吉は目の前にハッキリ「天下統一」というゴールが見たのでございます。
これまでそのゴールは、ぼんやりとした夢でした。
ですが天下統一まであと一歩に迫った主君信長様を討った明智を成敗したことで、秀吉の野心が激しく燃え上がりました。
夢見た未来の扉が現実に開き、彼においでおいで、と手招きしたのです。
明智を討った後、意気揚々と秀吉は城に戻ってきました。
「寧々、わしは信長様の仇を討ったぞ!!」
私は彼を笑顔で迎えました。
そのとたん、秀吉は私に抱きつきました。
「もう信長様は、おらん!
どこにもおらんのじゃ!!
わしがいくら頑張っても、もうほめてもらえんのじゃ!
わしの前にはもう二度と、信長様のような方は現れぬ!!」
髪を振り乱し、涙も鼻水も盛大にもらしながら、大声で泣き叫ぶ秀吉は駄々っ子のようでした。秀吉をしっかり抱きしめ、その背を撫でながら私の目からもこらえていた涙が吹き出しました。
とにかく寂しかったのです。
悲しかったのです。
信長様は私が多くを語らずとも、私の気持ちを理解して下さった数少ないお方でした。
理解者でもあった偉大な方を失い、私も道に迷った子どもように寄るすべもない、心もとない思いでした。
私の心にも信長様を失った悲しみで、ポッカリ大きな穴が空いていたのです。
秀吉と抱き合い、さめざめと泣きました。
その時、秀吉はガバリ、と顔を上げました。
顔には涙のあとと鼻水が残っています。
「なぁ、寧々、これはチャンスぞ。
わしが信長様の後を継ぎ、天下を取る唯一無二のチャンスがやってきたぞ。
二十七日に信長様の跡継ぎを決める会議が、清州で開かれる。
わしはそこで秘策を思いついたぞ。
爆弾を仕掛け、他のものに先んじるぞ。
見とけよ、寧々。
あと少ししたら、その爆弾をお前に預けるからな、頼むぞ」
今まで派手に泣き叫んでいた顔はどこへやら、仮面を外したように秀吉はニヤリとしているのです。
その目は冷たく、残忍な影が見えたのです。
ついさっきまで、私の膝で泣いていた彼とはまるで別人です。
背中がぞくり、とし鳥肌が立ちました。
「お前様、爆弾とは?」
そう尋ねる私の声が震えていたのは、怖さだけだったのでしょうか。
「信長様の長男、信忠様の長男の三法師様じゃ。
信長様のお孫で、正当な血筋を引き継いだ立派な跡継ぎじゃ」
「でも、三法師様はまだ小さいのでは?」
「三歳じゃ」
「なんと!三歳のお子を信長様の跡継ぎになど無茶です!!」
「無茶だからこそ、わしが後見人につくのよ。
柴田様は、信長様の他のお子たちを後釜候補に持ってくるだろうが、そうはさせぬ。
正式な血筋は、三法師様じゃ。
そして、三法師様をわしが支えるのじゃ」
不敵な笑みを浮かべる秀吉。
夫の闇の顔を初めてみた瞬間でした。
人たらしの陽気で明るい所とは正反対の、闇の顔。
自分に従うものには優しいけれど、自分に歯向かうものには冷酷無比。
一度欲しい、と思ったものはどうやってでも手に入れる欲望の深さ。
人を踏みのけていく野心と、見下されたくない思いの強さ。
私に女や妻としての生き方を禁じ母親にした、身勝手で利己主義なところ。
彼はずっと明るい表の顔と、底知れぬほど暗い闇の顔を持っていたのです。
ですが私は薄々気づいていながら、見ないふりをしていました。
彼を一番に思い、大切にしてきました。
けれどもしかしたらそれは「秀吉」というモンスターを、育てていたのかもしれません。
すばやくもみ消しました不安と疑惑は、ぶすぶす煙を吐き、心に黒いすすを残しました。
しばらくして、秀吉は三法師様を連れてきました。
まだあどけない幼子です。
不安そうな顔をしていたお子でしたが、私を見て安心したように少し笑いました。
三法師様を受しっかり胸に抱き寄せると、秀吉は満足そうに顎を二回動かしました。
私の胸に抱かれたこの幼子が、これから男達のかけひきの道具になるのです。
三法師様はしっかり私の着物の襟をつかみました。
三歳とは言え、ご自分の境遇が変わることを予感しているのです。
かけひきに使われた後のこの子の行く末を考えると、指を針で突かれたように胸が痛みます。
秀吉が使い捨てたら、私がその後を面倒見よう、と決めました。
やがて三法師様は疲れたのか、腕の中で眠ってしまいました。
すやすや眠る顔を見ていると、秀吉の寝顔を思い出しました。
もちろん三法師様のように気品ある寝顔ではありません。
寝相も悪いし、いびきや歯ぎしりもすごいです。
けれど秀吉がモンスターだとしても、私にとっては愛おしい子どもなのです。
彼が闇の顔を持ち、私がそこに反応するのなら、私にも同じような闇の顔があるでしょう。
眠っている三法師様のお餅のようなぷくっとした頬を、そっとつつきました。
彼と結婚する時、私は彼の才能と運に賭けました。
無意識に先天的な彼のモンスターとしての才能と運をかぎ取ったからです。
女だからできないことを、彼に映し出しやらせているのは、私です。
潜在的に意図して、彼を育てたのです。
それが私の闇。
夫婦は自分の合わせ鏡。
その鏡に夫の闇が写るなら、妻の心の闇もともに写るのです。
だからこそ、秀吉の闇がわかった上でも、彼を愛し続けられるのです。
秀吉がモンスターなら、そのモンスターの素質を見抜き、育てた私はラスボス。
最後の強敵、ラスボス・・・・・・
その事実に気づき、愕然としました。
信長様の声が、どこかで聞こえた気がいたしました。
「お前が男であれば、さぞ優れた武将になったことだろう。
じゃが、お前は女だ。
女には、女でしかできぬ戦がある。
お前ならその戦を、しなやかにしたたかに美しく生き抜いて生きそうじゃな」
眠ったままの三法師様を抱きながら、目を閉じました。
もし私が三法師様くらいの年齢から秀吉を育てていたら、きっと今の秀吉にはなっていなかったでしょう。
秀吉は私の闇をも引き出し、自分の闇のエサにしたのです。
信長様・・・
心の中で亡き信長様に呼びかけました。
私は自分の闇を受け入れます。
受けいれた上で、その闇を手なずけます。
しなやかにしたたかに美しいラスボスとして、生きてまいります。
そしてモンスターとなった秀吉と共に、歩いて行きます。
信長様が亡くなり、乱世に戻りかけた今の世で、必ず秀吉に天下を取らせてみせます。
清州会議は、その前哨戦でございます。
そう心を奮い立たせた時、ある女性の顔が浮かび上がりました。
お市様でした。
突然深い池の奥からあぶくのように浮かんだお市様の姿に、おののきました。
お市様は冷たい目で、私をみておりました。
あの美しい方は、これからどう動かれるのでしょう。
秀吉はきっとまだあのお方を、思い続けているでしょう。
その時、ふっと秀吉はお市様を側室に迎える、と感じました。
何の根拠もない、だからこそ確かな女の勘です。
それはまちがいない気がしました。
私は秀吉の執念を甘く見てはいけない事を知っています。
そう考えたわたしは、墨を取り出しました。
しばらく文箱の墨と紙を見つめ、自分が何をするべきか考えました。
そして意を決して、ある方に向けて文を書きました。
この文が清須会議でまた爆弾となることを知っています。
知りながらその方に送りました。
信長様、あなたの言う通りです。
「女には、女でしかできぬ戦がある」
本当にそうですわ。
私も戦を仕向けましたよ。
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あなたの中にある闇とは、どんな闇でしょう?
あなたは自分の闇から目を背けていませんか?
闇から逃げるより、闇を自分の一部として受け入れ、手なずける方がずっと楽です。
逃げるから苦しくなります。
完璧な聖女でなくていいのです。
闇を受け入れ、しなやかにしたたかに美しく生きたらいいのです。
12月9日(土)残席2名様
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