海辺/シド
1. 軽蔑
2. 大好きだから…
3. 13月
4. 街路樹
5. 液体
6. 騙し愛
7. 白い声
8. 慈雨のくちづけ
9. 揺れる夏服
10. 海辺
Vo.マオさんの治療のため、ライブ活動の休止が発表されたシド。
本作は、その最中で届けられた2年半ぶりとなるフルアルバムです。
全100頁ブックレットが付属する上製本仕様のPoetic盤、Blu-rayが付属するBOX仕様のArtistic盤、CDのみの通常盤でのリリース。
"10の愛の物語が流れ着いた場所"をコンセプトに制作された本作は、様々な形の愛をテーマにした10曲が収録されています。
言葉に向き合って辿り着いた答えは、"令和歌謡"というジャンルの確立。
従来から持っていた歌謡曲の要素に、令和という時代に求められている要素を付加して、最新型のシドのサウンドに昇華したといったところでしょう。
強いて例えるなら、「星の都」あたりの頃に立ち返るような、ノスタルジックなメロディが軸になっていますね。
大人びたジャズテイストの楽曲もあれば、懐メロ風のアプローチもあり。
彼らの環境要因や、令和版へのアップデートの過程として、ライブ映えに振り切った楽曲は削いだ印象ではありますが、そうそう、こういうシドが聴きたかったのだよ、と古株ファンも納得できる仕上がりになっているのでは。
一方で、1曲目の「軽蔑」からトリッキーなリズムを用いていたり、先行シングル「慈雨のくちづけ」では、ほんのりと中華風のサウンドを取り込んでいたりと、注目が集まる楽曲にこそ、新機軸を打ち出しているのかな。
歌謡曲はベースにしつつも、従来の昭和歌謡ではなく、新たな令和歌謡へ。
複雑性の中で、歌いやすさ、聴きやすさも求める、これからの歌謡曲のスタンダードになっていきそうな手法が多く見られるのですよ。
ラストに配置された、壮大な表題曲「海辺」は、一体感のあるコーラスとの掛け合いや、鍵盤の音色の差し込み方が象徴的。
過去を振り返っているようで、先見性もうかがえました。
歌詞は、リアリティを重視した情景描写と感情表現に意識が割かれています。
もともと視点の巧みさは強みではありましたが、「アリバイ」や「Sweet?」でシーンに衝撃を与えた頃の感性の鋭さが復活。
加えて、近時の楽曲で蓄積してきた大衆性や客観性も絶妙なバランスで組み込まれ、共感性が抜群に高まりました。
中でも効いているのが、「大好きだから…」。
浮気による失恋、という昔ながらのテーマを、彼ららしく昭和歌謡の世界観で切り取った楽曲と思わせておいて、最後の1行で景色をガラリと変えてしまう仕掛けを用意しているのです。
"意味が分かると怖い話"に通ずる、秘められた狂気。
伏線を回収するかのような鮮やかな手口に、背筋を冷やしたリスナーも多かったはず。
代表曲である「妄想日記」もそうですが、ただ耳ざわりが良い、理解しやすい共感を持ってくるだけでなく、叙述トリックによって感情を揺さぶり、世界観に引き込んでしまう強制的な共感の入れどころが、マオさん独自のテクニックだよな、と。
難しい状況の中でも、アルバムを完成させてくれたのはありがたい限り。
しかも、こんなにも作り込まれた名盤を。
"令和歌謡"がこうもハマっているのであれば、はやく続きを聴きたい、ライブで聴きたい、と思ってしまうのも本音ですが、まずは完全復活に向けて、しっかり回復してほしいところです。
<過去のシドに関するレビュー>