『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ -26ページ目

『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ

戦前の日本人の身体感覚を復興させたい
古武道エネルギー療法家が教える

① アトピー、慢性病を自分で治そうとしている人
② 古武道の考え方を活かしたい人
③ 気を活用して、もっと身体を若々しくしたい人
を、中心にお伝えしております。

小学生になるとさすがに、自分がアトピーであることも

わかり、それが人とは違うということもわかるようになりました。


ひどくなったら薬を自分で塗ることもできるようになりました。

ある程度は、そんな自分を受け入れているようになりました。


アトピーも波があり、おっ今日は調子がいいなぁというような時も

あれば、今日は皮膚が引掻き傷で、血がでたり、汁がジュクジュクのときもありました。


まだ、その時は、何が原因でそのような違いが出ているのか分かりませんでした。ただ、運が良い悪いのような感じで受け止めていました。 だから、食事だって気にせず、お菓子もたくさん食べていました。



それでも、嫌だったのはいつも掻くので爪がいつも汚いという事でした。皮膚や汚れがいつもたまるのです。少しでも白い部分があるぐらいの爪の長さになると、傷ができるし、爪垢がたまるのでそれが嫌でいつも短く切っていました。


とにかく、この時期は肘が汚いのが嫌でした。みんなにとっては当り前の、すべすべの肘がうらやましくて仕方ありませんでした。夏は半そでになるので、アトピーがひどい時は恥ずかしくて仕方なかったです。膝裏もひどかったですが、ズボンをはいていれば、あまり目立たないので、肘より気にならなかったです。


それでも、痒い時はズボンをめくり、一気に掻いてから、また元に戻すというようなことをよくしていました。


だから、あまり落ち着いていなかったと思います。いつもどこかを掻いていたものですから。だから、通知表にはいつも落ち着きのないというようなコメントが掻いてあったのを思い出します。





さて、そんな小学生のアトピー生活ですが、転機が訪れたのは

ある日、母がこれを飲んでみなといって、目の前に出された

青汁!!



まだ、有名になる前のキューサイの青汁です。その時は、冷凍して

届けられていたので、うちの冷凍庫は青汁がぎっしり。


そして、最初のころは本当に不味くて、飲めませんでした。

牛乳や、蜂蜜、レモンなど試したのですが、結局蜂蜜を

混ぜて最初のころは飲んでいました。


そして、慣れていけば、そのままでも飲めるようになりました。


青汁のおかげで、アトピーは軽くなりました。でも、完治ではありませんでした。


その代わりに、いつも解凍して飲んでいた青汁は、鮮度の問題もあり、とっても冷たい状態で飲んでいたので、すごく冷える体質に

なりました。それまでは、冷えるなんて感じたことがなかったのが

手足が冷たいと思うようになりました。


その頃は、東洋医学やマクロビオテックで言われるように

陰性とか陽性といわれる考え方がまだありませんでしたから、

野菜が冷やす作用があるとはしらず、しかもシャーベッド状態

の青汁をぐびぐびのんでいたのですから、冷えて当り前ですよね。


もっと、知識があれば、生姜も混ぜるとか、いろいろ考えられたとおもうのですが、その時は母も私も知らないのだから仕方ないですね。


だから、今、アトピーで苦しんでいる人が知識を知っていれば、

選択の幅が広がり、生活がすこしでも楽な状態で過ごせるのでは

というおもいがあります。



とはいえ、青汁が人生で初のアトピーを改善させてくれた養生方法でした。これから、いろんな養生法を試していく人生が始まるとは、知りませんでした。そして、整体師になり、身体の探求、魂の探求へと繋がっているとはしりませんでした。


もし、自分の人生のシナリオが決まっているとしたら、本当によく出来ているなぁと今では思います。


それを、すこしづつ振り返りながら書いていきたいとおもいます。


以後、つづきます。

私の人生では、アトピーを抜きには語れないと思います。

何せ、物心ついたときには、アトピーでした。

親の話では、産まれた時からという話。つまりは、乳児の頃からだったのでしょう。

おかげさまで、今では完治ではないが、アトピーに苦しめられるということはありません。


むしろ、アトピーがあったからこそ、いろんな気付きがあったのかなぁと思います。


ここでは、自分の人生を振り返りながら、私と同世代にあたる大人のアトピーで苦しむ人々や、子どもでアトピーに苦しむお母さん方に、少しでもアドバイスになればと思って、書いていこうと思いました。




 私が、自分の身体がアトピーであると自覚したのは、幼稚園に入ったころくらいだろうか。いまでも覚えているのは、自分の肘がいつもジュクジュクだったということ。いつも、痒くてどこかを触っていたということだろうか。


私の故郷は、田舎で水も名水100選に選ばれるくらいの、自然豊かな町でした。だから、アレルギーアトピーという友達を見たことがありませんでした。同じような仲間がいたならば、まだ一緒の人がいると思えたのでしょうが、私の学年では私だけだったような記憶があります。


だから、いつもなんで僕だけなんだという思いがありました。それでも、3人兄弟の末っ子の次男として、昼間は元気に楽しく過ごしておりました。


つらいのが、夜です。なんせ、痒いし、汁がでてジュクジュクになるし、お風呂は沁みるし、つらかったです。そのころは、ステロイドが夢の薬としてもてはやされていた時期だったので、例にもれず私もたっぷりと塗っていた記憶があります。


そして、そのときに覚えていたのが「リンデロン」、リンデロンという響きがなんかいいやすくて、リンデロン、リンデロンと言っていたのを覚えています。


 大人になってから、薬のことを調べたら、ステロイドの分類では、ストロングのグループに入っており、上から2番目のグループに入るかなり強力なステロイドをたっぷり塗っていた事を思い知りました。


 もし、このときに両親がステロイドを塗らずに自然療法で治してくれていれば、私の人生も大きく変わっていたのだろうと思うと、悔しい気持ちもしました。ステロイドがホルモン剤なので、内臓の発達にも影響があるので、そのことが悔やまれます。


 だから、いま子育て中のお母さんで、ステロイドを使っている方には、ステロイド以外のケアの方法があるという事を是非知ってほしいと強く、強く思います。



 そんなことは、知らない母と子は、医者の言われるままに一生懸命に薬を塗って、よくなったと思ってやめたら、またひどくなるというサイクルで生活をしておりました。


耳の付け根が切れる、膝裏、肘、足首、ちんちんの裏筋、等々、いろんな所にカサカサ、ジュクジュクと症状がでました。今で言う食物アレルギーはなかったので、なんでも食べました。お菓子も大好きでした。 性格的は、明るくて元気な男の子だったと思います。回りの子にちょっかいをだす、落ち着きのない子どもでした。

アトピー以外は、楽しい子ども時代でした・・・。

先日のBSセラピーを受けて、その後になにかが変わった気がした。


透明のガラスがガシャンと割れたとでもいうのだろうか?

自分の覆っていた何かが壊れたのだ。


自分を決め付けていた想念とでもいおうか、

自分は●●だから、××なんだという観念というか、思い込みというか、そんなものから解放された気がする。


ちょうど、2・3歳くらいの子どもが、なんにでも興味があるように、先入観なしにいろんなものが受け入れられるし、

簡単に手放せるようになった気がする。



そうすると、本来の自分がでてくるような気がする。

私はこれをしたいの!!

こうやって生きたいの!!

好きな事して、幸せに生きれる確信が生まれてくる。



BSセラピーを受講して1年間は、混乱していたが、

ようやく殻が割れてきたようだ。

あと、何層殻が壊れるのか楽しみだ。


ベーシックの再受講で、どんな変化があるのか

楽しみすぎる!!

受け入れる。



ただ、それだけでどれだけ意識が、見え方が変化するのかを

実感しております。


本屋さんにいっても、自分に受け入れない心(反発心)があると、

表紙をみただけで、こんなものどうしようもない。と見下してしまい、その本の中の有用な情報をもらえる事はありません。


でも、それもあるかもしれないとおもって、その本を受け入れられるようになると、情報がどんどんはいってくるではありませんか。



魂が求めている事を受け入れる。


それだけで、どれだけ自分に素直に生きられるか。



親や学校、世間から与えられた常識や、自分でいつのまにか

作ってしまったイメージによって、

魂が求めていることを自分は出来ないと思い込んでしまう。


世間的には問題がない生活をしているにも関わらず

なぜか心が晴れない。


ただ、受け入れるときめただけで、

入ってくる情報が変わる。


行動も変わる、結果も変わる。環境も変わる。


すごいなぁ!!すごいなぁ!!


ただ、素直に受け入れるだけなのに。

先日、神戸三宮にある脳幹活性のBSセラピーを受けてきました。


そして、その後の勉強復習会にも参加してきました。



感想を一言で言えば、

魂と理性がうごめきだしたいう感じでしょうか?


魂のレベルで分かっている事分かった事を、理性がどうにか整理しようとしたり、押さえ込もうとしたりして、住み慣れた世界に留めようとしています。


それでも、魂がいままではおとなしく引き下がっていたのが、

だんだんと意見を主張するようになってきたというようなかんじでしょうか?


その日の夢にまで、先生や皆さんが出てきて、いろいろと私に

気付かせようとします。



さぁ、扉を開きなさい。受け入れなさい、とささやかれているようです。




そして、自分の仕事の整体の分野でも、施術するときの考え方で、

「治そうとすることはエゴである」という、先生のお言葉。


どーーーん!!



それって、どういうこと・・・。


「気付かせてあげる、本人に治る力があることを」

「相手を感じようとしないと」

「相手と一体感になる」



体感としては分からないけど、直感的にはわかる。


きっと、私が求めていた答えはそこにある。


夢での講義に覚めて、寝ているか起きているかの

明け方にひとつの結論が出た。



あなたの心と身体を解放しようとのぞむのなら、

私が心と身体を解放していなくてはいけないということだ。


つまり、BSセラピーを施術するということは、

己が心と身体と魂を解放させるということなのではないだろうか?


とりあえず、上記の仮説に沿って

今後の施術、探求を行おうとしよう!!


BSセラピー、おそるべし!!


世間一般では、神様と悪魔がいると信じられている。

神様は助けてくれて、悪魔は甘い言葉で誘惑し、貶める。

何々が正義で、何々が悪いという。

確かにそうなんだろう。



でも、ひふみ神示には、度々 善も悪もないのだぞという。


二宮尊徳翁も

「世の中に敵も味方もなかりけり、あるのは己が己がの心なり」というような言葉を残している。


私もきっとそうなんだろうなぁと最近では思う。

自分の心が善とか悪とか、神とか悪魔とかつくっているのではないだろうかと思う。



例えば、梅と梅干はどうだろうか?


梅のままでは、食べられないし、毒も含んでいるという。

しかし、人間が加工することによって、梅干にも梅酒にもなる。

その梅干がまたいろいろと加工されていく。


逆に、桃はどうだろうか。そのままでも本当に美味しい、

しかし、あまり加工品は少ないように思う。ジュースくらい。


今の自分にとって、すぐに有益なものを善と呼ぶのだろうか。


それとも、すぐには有益でないものに、自分が手を加える事で

有益になるものを善というのだろうか?


おそらく、両方とも善なのだろう。




人間だけが、梅を梅干に加工して食べる。


ということは、人間だけが、悪い環境、物を加工して

良い環境、良い物に変えることができる。それを知恵と

いうのかもしれない。





私の受けた教育は、好きな事だけをしようという方針だったような気がする。


好きな事をやりなさい



好きな事だけしなさい。



嫌いな事はしなくていいよ。




嫌いな事をしなくてはいけない状況になったら、

やめていいよ。好きな事に逃げて良いよ。



それって、ニートの考え方?フリーターの考え方?



私って、嫌いな事に対する知恵が育っていないという事実に

気付いた。



今、子育てをしている、子ども達になんて声を

かけていけばいいのかなぁと思っている。


今なら

「好きな事をしなさい。

嫌いな事なら、好きになる知恵を一緒に考えてみようか」

かな。


神様も悪魔もいない。

善も悪いもない。

好きな事も嫌いな事もない。


自分が状況に応じて、受け止め方を変えて対応していくことが

大事なんだと、ここ最近になって気づいた。

先日、家族みんなでいつも楽しくお参りに行っている建水分神社に行きました。

この神社は、とってもすがすがしい神社なのですが、人もあまりいなくてもとっても大好きな神社です。


家族でおまいりして、さあ、帰ろうと思って3歳の息子を抱っこしながら、歩いているとグリッと足首を挫いてしまいました。


子どもを抱っこしていなかったら、それに合わせて動けたのでしょうが、こどもを抱っこしていたので、変な足首の体勢で体重を支ええしまった為に、本当に久しぶりに足首を捻挫してしまいました。


挫いた場所が、拝殿の本当のまん前なので、神様が試練を与えてくださったのだなぁと思いました。


幸い、反対の足首にサポータをはめていたので、それできつく固定して帰りはなんとか歩けることができました。




本当に久しぶりの捻挫だったので、どうなるのかなぁと様子をみていました。これまで自分が覚えた療法を試すチャンスとばかりに、

いろいろと試みました。

まずは、しっかりと整骨して、琵琶の葉療法で炎症を押さえて、

テーピングで固定して、修復電流のマイクロカレントをながしてと

いろいろやっていると痛みが軽くなりました。


翌日は、合気道の練習です。どうしようかなぁと思いましたが、

テーピングでカチカチに固めて参加しました。


そうするとところどころで痛みが、まず正座することができない。

そっかー、こんなところで足首を使っていたんだなぁと

新ためて気付きました。


足首の働きに改めて感謝しました。



なんにもなく動ける事が有難いことであるということが

改めて再認識させていただきました。



神社の拝殿の前でやった捻挫、

神様からの贈り物なんだなぁと思いました。


先日、車の中でラジオを聴いていたら、おもしろい話があった。ジャーナリストの人が、外国の元首相みたいな国にトップだった人

と会談したというのだ。


話の内容は、ジャーナリストの人が、アジアにおける北朝鮮の危機の話をしていると、その外国人の方ががそんなのは問題ないというのだ、


なぜかというと、何をするか分からないという点では危険だが、

若者が熱狂的に集まるような国ではないというのだ。


それに比べて、イスラム国には、その思想に同調して集まる若者がいるという点が危険なのだというのだ。





なるほど・・・。



ふと、思った。日本の明治維新を起こしたのは、虐げられている下級武士の若者が多かった。


不満で、燻ぶっている心に世直しというか、社会的正義の

錦の御旗を与えられると多くの若者に、希望というか情熱を

与えてしまうのではないだろうかと思った。


2.26事件の青年将校も同じではないだろうか。


なぜ、若者が集まるのか、なぜあのような行為をするのだろうか?


その彼らの心境に対しての対応も、現在の作戦と同時にすれば悲劇を少なくできるのではないだろうか?



ふと、そんな事を考えさせるラジオのお話でした。

新年あけましておめでとうございます。


いつも、今度こそは、ブログをちゃんと書こうと思うのに、

気付くと書かなくなってしまう・・・。



小学校の時の日記もそうだけど、三日坊主というのは

なかなか治らないものですね。


しかし、だんだんと分かってきたのですが、

自分の意見を書くということは、自分の頭を整理する上でも

大切なんだなぁと思うようになりました。


ほとんど文章を書く必要のない仕事をしているので、

たまにはこうやって文章を書かないと、文章力が衰えていくなぁと感じます。



最近、合気道でも整体でも、皆さんに伝えようと思っても、

私がだんだん感覚になりすぎて、伝わらなくなってきたような気がします。


今年は、誤解される事も恐れずに、自分の思いを言葉にする練習を

していきたいなぁと思います。


このブログを楽しめるようになろうっと思います。

合気道を中高年の方に教えるようになって、2年と半年が経ちました。最初に入ってくださった方は、ずっとつづけてくださり、その後は、入会しては辞めていきで、結局いまは7人の方が残ってくださっています。


なぜ、中高年の方に限って教えているかというと、どうしても若い時は私もそうでしたが、相手を倒したくなります。相手を倒して自分を優位になりたいという気持ちが強いのです。


合気道の特徴としては、相手と合わせる、宇宙の動きに合わせるというものがあります。その意味が頭で分かるのではなく、体感としてわかるのが合気道なのです。


姿勢と想念がポイントになります。


姿勢は、形状のエネルギをつくり、

想念は、想いのエネルギーをつくります。


このエネルギーを用いて、相手と合わせたり、流したりするのが合気道の特徴だと思います。


それが体感でわかるということは、そのようなエネルギーの存在を認めなくてはいけません。

それを認めるということは、己自身という人間のなかにすごいエネルギーがあることを

認めざるえないのです。



それを認めると、想念が変わっていきます。



この平和な時代に必要なのは、相手を倒す技術よりも、己の眠った力を掘り起こす技術だとおもいます。


上記のような理屈を本で読んでも、話をきいても分かったような、分からない気持ちになりますが、

合気道の技を通して、体験してもらえるとよくわかるのです。



だんだんと生徒さんの理解が深まり、ようやく共感してもらえるようになりました。


嬉しいかな、嬉しいかな、嬉しいかな


そして、合気道というものを創出して、広めてくださった開祖、先輩たちに感謝の想いでいっぱいです。