小学生になるとさすがに、自分がアトピーであることも
わかり、それが人とは違うということもわかるようになりました。
ひどくなったら薬を自分で塗ることもできるようになりました。
ある程度は、そんな自分を受け入れているようになりました。
アトピーも波があり、おっ今日は調子がいいなぁというような時も
あれば、今日は皮膚が引掻き傷で、血がでたり、汁がジュクジュクのときもありました。
まだ、その時は、何が原因でそのような違いが出ているのか分かりませんでした。ただ、運が良い悪いのような感じで受け止めていました。 だから、食事だって気にせず、お菓子もたくさん食べていました。
それでも、嫌だったのはいつも掻くので爪がいつも汚いという事でした。皮膚や汚れがいつもたまるのです。少しでも白い部分があるぐらいの爪の長さになると、傷ができるし、爪垢がたまるのでそれが嫌でいつも短く切っていました。
とにかく、この時期は肘が汚いのが嫌でした。みんなにとっては当り前の、すべすべの肘がうらやましくて仕方ありませんでした。夏は半そでになるので、アトピーがひどい時は恥ずかしくて仕方なかったです。膝裏もひどかったですが、ズボンをはいていれば、あまり目立たないので、肘より気にならなかったです。
それでも、痒い時はズボンをめくり、一気に掻いてから、また元に戻すというようなことをよくしていました。
だから、あまり落ち着いていなかったと思います。いつもどこかを掻いていたものですから。だから、通知表にはいつも落ち着きのないというようなコメントが掻いてあったのを思い出します。
さて、そんな小学生のアトピー生活ですが、転機が訪れたのは
ある日、母がこれを飲んでみなといって、目の前に出された
青汁!!
まだ、有名になる前のキューサイの青汁です。その時は、冷凍して
届けられていたので、うちの冷凍庫は青汁がぎっしり。
そして、最初のころは本当に不味くて、飲めませんでした。
牛乳や、蜂蜜、レモンなど試したのですが、結局蜂蜜を
混ぜて最初のころは飲んでいました。
そして、慣れていけば、そのままでも飲めるようになりました。
青汁のおかげで、アトピーは軽くなりました。でも、完治ではありませんでした。
その代わりに、いつも解凍して飲んでいた青汁は、鮮度の問題もあり、とっても冷たい状態で飲んでいたので、すごく冷える体質に
なりました。それまでは、冷えるなんて感じたことがなかったのが
手足が冷たいと思うようになりました。
その頃は、東洋医学やマクロビオテックで言われるように
陰性とか陽性といわれる考え方がまだありませんでしたから、
野菜が冷やす作用があるとはしらず、しかもシャーベッド状態
の青汁をぐびぐびのんでいたのですから、冷えて当り前ですよね。
もっと、知識があれば、生姜も混ぜるとか、いろいろ考えられたとおもうのですが、その時は母も私も知らないのだから仕方ないですね。
だから、今、アトピーで苦しんでいる人が知識を知っていれば、
選択の幅が広がり、生活がすこしでも楽な状態で過ごせるのでは
というおもいがあります。
とはいえ、青汁が人生で初のアトピーを改善させてくれた養生方法でした。これから、いろんな養生法を試していく人生が始まるとは、知りませんでした。そして、整体師になり、身体の探求、魂の探求へと繋がっているとはしりませんでした。
もし、自分の人生のシナリオが決まっているとしたら、本当によく出来ているなぁと今では思います。
それを、すこしづつ振り返りながら書いていきたいとおもいます。
以後、つづきます。