『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ -27ページ目

『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ

戦前の日本人の身体感覚を復興させたい
古武道エネルギー療法家が教える

① アトピー、慢性病を自分で治そうとしている人
② 古武道の考え方を活かしたい人
③ 気を活用して、もっと身体を若々しくしたい人
を、中心にお伝えしております。

最近、気になる言葉に親孝行というものがあります。


いままでは、さんざん親に甘えて生きており、ありがとうで終わっておりました。

しかし、自分にも子どもができて、

子どもから

「お父さん、今度くつ買ってあげるね」

「おとうさん、吸いだましてあげようか」と、優しい言葉をかけてもらいました。


まだ、3歳になったばかりなのに、すごい、

なんでそんな事が言えるの!!


でも、もしかしたら、人間の本来のこころならそれが言えて当り前、

それが言えなくなっている私のこころの方が歪んでいるのかもしれないと

気付かされました。


遠くに離れている両親、おかげさまで二人とも元気ですが

これからだんだんと歳も重ねていきます。


自分に何ができるのかなぁ・・・、出来る事をしていきたいです。

親孝行を形にして伝えていきたいです。

私は介護のお仕事で、利用者さのお話をきく機会を戴いております。


その中で、背筋のシャキッとした男性の方がいます。

はじめはなかなかはなしかけづらい雰囲気でしたが、顔を合わせる回数が増えるに

つれてようやく話をしてもらえるようになりました。


戦争で、海に投げ出されて、助かった話、身体は自分で鍛えないといけないという話など

をしてもらいました。


その中で、身体の鍛錬の話になり、何か武道をされていたのですか?

と尋ねると棒術をやっていたとの答えです。


剣道とは違い型稽古で気力を練るのだと教えてくれました。

対人稽古では、相手がいないと稽古ができない。

相手が自分より弱ければ、楽して勝つ事ができる

相手が自分より強ければ、萎縮してしまう。


だから、型稽古で自分の気力を出し切る稽古をするのだと教えてくれました。

夜中に山にいって、稽古をしたりしたそうです。


そして、一番大事なのはイメージの力と、自分を観察する力だそうです。

自分の思ったところに棒先がピシッといかなければいけない。

気力を養うのには型稽古が最適なんだと教えてくれました。


また、考えながらやるから、頭もすごく鍛えられるそうです。



私も居合いをやっていましたが、型稽古の意味がようやく分かってきました。

これまで、10年近く、なぜこれをするのだろうかと思いながらやっていました。

先生が注意してくださるから、それを聞いて改善しているだけでしたが、

これからはやっと型稽古の始まりです。



それにしても、気力を養うという観点が今の教育にはないということに

やっと気付きました。科目名が体育ですもんね。当然ですよね。

気育なんてないですもんね。


昔の人が強いのは、気力を養う制度が自然にあったのでしょうね。


大正生まれのおじいさんの話は、すごかった。




でも、なぜか、話をしたあとに、すまんな、こんな話をしてととても遠慮していました。

きっと、いままでこんな話をしても相手にされてこなかったのだろうなぁと

思いました。もっと、もっとこのような昔の日本人のすごさの源を教えてほしいなと

おもいます。


大学に入った時、なぜか合気道をやらないといけないような気がしてから、

いままでずーーっと続いています。

いままで、いろんなスポーツをしたけどすぐにやめてしまい、飽きっぽい性格なんだと

おもっていたのに合気道だけは、面白くてどんどんはまっていきます。


でも、相手を倒すと強くなるというのはなんか違うなぁ・・・と思っていきました。

まず、私は強くないし、これはなんか違うなぁと思っていました。


そんな時に、えらい先生から

「合気道は準備運動なんだよ、あのねいきなり、微分積分やれって言ってもわからないでしょ。

だから、まずは足し算、掛け算からはじめていくでしょ。いきなり、言っても分からないから

合気道をして身体をつくるの、わかる?」


おーー、そうでしたか、分かります。なるほど、すごく合点がいきます。


で、その準備運動をした後の本番は何かというと、


「神様に繋がること、わかる?古神道。インディアンなどの、シャーマンと同じね。分かるかな?

神様に繋がる準備段階として合気道があるの。いきなり、神様に繋がるといっても

わからないでしょ、だから、合気道をみんなにさせたんだよ。」


はい、分かります。あーー、そうだったのか。それで合気道の意味が分かった。


合気道は、同調することだったんだ。


ドの音は、オクターブが違うドの音とも同調・共鳴?できるんだ。


相手と同調することを、合気と表現していたのか・・・。

あーー、素晴しい。


これを新しい合気道の目標としよう。


新しい気付きを与えてくれた、みなさんに感謝します。



最近は、3つのエネルギーの視点でいろんなものを見ている。


素材、形状、そして想念。


これは、意外と本質をついたないようなんだなおあと思える。


料理に重ね煮という調理法がある、陰陽の性質に合わせて重ねて炊く

シンプルな調理法だ。


これも素人と先生では、何がちがうのだろうかと思っていた。


まず素材、旬のものでも、出始めと終わりごろでは火の通り方も違うし、産地によっても違う。

形状は、どんな形に切るか、どんな並べ方をするかによっても異なる。

最後の想念は、ジャムおじさんのようにおいしくなぁれといって、作るのと、

なんで私ばかり料理しないといけないのよ・・・と不満でやるのでは大違いなのだろう。


じゃがいも、たまねぎ、にんじん だけの味噌汁を作る時、

同じ材料を使っても、出来上がりはぜんぜん違うのだろう。

そこに料理のおもしろさがある。


そのからくりに気付いて、経験をつむともっと面白くなるだろうなぁと

今から楽しみである・・・。

最近、書物を読んでいたら世の中のエネルギーを3つのエネルギーとして紹介してありました。


1素材のエネルギー  


2形状のエネルギー


3想念のエネルギー


なるほどなぁとおもいました。


合気道など武道で考えても、昔の人も同じことを心・技・体で表現していたんだなぁと気付きました。


心とは、もちろん想念、何をかんがえるか


技とは、型。型にはエネルギーがある、だから姿勢とは、姿の勢いと書く。これは師匠に型稽古をつけてもらった人でないとわからないだろうなぁと思います。


体は、肚を作る事。今で言えばインナーマッスルですね。



なるほどなぁ・・・、昔も今もえらい人達が考える事は似てくるんだなぁと思いました。

私もなんとなくやっていたことが、改めて整理されてますます合気道が面白くなりました。


指導させていただいている皆さんにも、きっちりと区別してお伝えできるので、理解も深まりました。


合気道を創ってくださった人、広めてくださった人、そして私に伝えてくださった人、そして、今私の

道場に来てくださっている人、本当にありがたい事です。感謝します。


合気道のおかげで、私の魂の成長を早めていただいたと実感する日々です。


脳幹について、いろんな本をよんでおります。


脳幹を活性化させようとおもったら、大脳新皮質の働きを

押えた方がよいようです。

仏教でいうところの阿呆になれということは、そういうことらしい、


で、私もいろいろと試していると

身体の中の揺らぎを感じるようにしていると、大脳新皮質てきな

思考をしていないことが分かってきました。

つまり、言語を使用した思考はやっていないのです。


いま、身体のどこが揺らいでいるとか、

エネルギーがこちらに抜けて行ったとか。


このゆらぎキャッチモードにすばやくなり、

まだ、言語思考モードにすばやくなる練習をやっています。


いろいろと気付きがあっておもしろいなぁ・・・。

最近は、整体をしていてとても気持ちがよいのです。


患者さんの身体にそっと触れて、何も考えずにぼーーっとしていると

とても気持ちがよいのです。


縁側でひなたぼっこしながら、うっつらうっつらお昼寝してしまうような気持ちよさ。

私があまりにも静かなので、話しかけられて私も相槌を打ちなおすというような感じです。


私の施術室には、聖母と子どもの絵が飾ってあるのですけど、

本当その時の雰囲気という感じです。


愛ってこんな感じかなぁとおもいながら、やっています。



当り前のことをやめてみる。


まず、目の焦点を合わせることを止めてみる。


私達は目が二つあるのだから、映像は2重に脳の中に入っているはずなのだが、

生活している時には映像がずれることがない。


どうも、脳がそれを処理してくれているらしい。


なるほど、そうなのかと思って、外を歩いてみる。

確かに景色がぜんぜんぶれない。カメラをもって撮影しようと

するとどんなに固定しようとしてもぶれるのに。


で、焦点を合わせるのをやめる。ぼーっとする時の目にするのだ。

そうやって、映像が二重になった状態で、歩くと

おーー、歩くごとに景色がゆれる。

こちらが本当の景色で、普段は脳が処理した映像だということが

わかる。 (本当かなぁ??)


とにかく、私達が当り前と思っているけど、実は当り前ではないことが

どうもたくさんあるようだ。


当たり前を発見して、それを解除してみる事はいろんな発見がある。


まだまだ、自分を探す事がありそうだ。

今日も、ゆっくり瞑想しながら考える。

私とは何か?


まず、この肉体はどうやって手にいれたのか?私が作ったものではない、


母親の卵子と父親の精子が受精して、出来た事と習った。

だから、そうなんだろう。


これって、どういうことだろう・・・。


あ、そうか、惑星と隕石がぶつかった事と同じなんだ。


卵子は惑星であり、そこに隕石である精子がぶつかる。


その瞬間に生命が始まる。


地球も同じなのではないかと思った。


火山活動など自然現象を繰り返す地球に、隕石が来て

その瞬間から生命活動が始まる。

もし、隕石など刺激がなければ、そのまま冷えて、自然活動も

とまってしまう。


地球の自然活動と隕石からの刺激で

地球というひとつの生命体が産まれた。

その中の細胞のひとつである私。


その私の中にもある無数の細胞、ウイルスなどなど。


地球も私も同じ構造なのではないか???



あれあれ、なんか分かったけど、ますます分からなくなった。

私とは何なんだろう?


考えるととても味のある問いです。

今日の明け方、寝ぼけて起きなくてはと思っていた時にふと感じたのが


意志こそが自分である!


ということです。


おーー、自分で気付いて自分で納得。


産まれてから多くのことが、親や環境、文化、慣習、習慣などで日常の

行動を決めている事が多いということに改めて気付きます。


その中で、こうすると自分の意志を発動する時がたまにあります。


その時こそが、自分であるということだとわかりました。


汝、自身を知れ のひとつのキーワードがこれかなぁと思いました。


この意志を捻じ曲げられたり、つい雰囲気に流されたりするけど、

それを上手に捌いて、自分の意志を貫き通せたら、自分の描いてきた

今回の人生のシナリオを肉体・物質面で遂行できるのではという予感がしてきました。

なんかよく分かったぞ!!


意志という言葉は知っていたけれど・・・・♪

意志という言葉は知っていたけれど・・・・♪