『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ -16ページ目

『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ

戦前の日本人の身体感覚を復興させたい
古武道エネルギー療法家が教える

① アトピー、慢性病を自分で治そうとしている人
② 古武道の考え方を活かしたい人
③ 気を活用して、もっと身体を若々しくしたい人
を、中心にお伝えしております。

先日書いた軸をつくるという記事には、多くの人からコメントをいただきびっくりした。

軸について興味を持っている人が、けっこういるんだと。

昔のことばに胆力をつくるというものがある。

軸をつくるとは、結局胆力をつくるということなんだろうといまはおもう。


姿勢とエネルギーの軸が天地に通るような感覚になる。

そして、あとは感情である。

この感情のエネルギーは、注意深く観察しておかないとすぐに暴れだしてしまう。

あばれる鳥を自分の肩におとなしく座らせておくようなものだろうか。

そうしては、はじめて自分のことが冷静に観察できるようになる。

だから、相手のことばや態度で、自分が惑わされることはなくなる。


そうすれば、今度は逆に相手の世界を理解し、受け入れて、敬意を示せばいいのだ。

世の中にはいろんな人がいる。いろんな価値があるのだ。

みんな、自分が正しいと思っているんだ。

そう、自分の世界ではそれが正しいのだ。


お互いの世界が重なったときに、調和させるように、行動する。
それがポイントなのだ。

このあたり、合気道を通じて学ばせてもらった。

間合い、想念、呼吸を通じて相手と調和をはかるのだ。


まだまだ、私の修行は続く!!
最近の私は、軸がぶれない。

人様にも、この喜びをお伝えしたいなぁとおもいながら、いったい人様にとってこれは何のいみがあるんだろう??と思っていました。



昨夜は、嫁さんがちょっと話があるんだけど、時間ある?と。

うん、いいよ。
と気軽に応じる私。



子どもが寝静まったあとに、

夫婦の話し合いです。


どうも、ストレスがたまるとのことです。

私は、軸を保つことを意識する。

そして、相手の世界を理解して、敬意をもつことを意識して、話合いの席へ。



彼女が、何か言いたそうだけど、言いづらそうなので、
どうしたの?

話を聞くよみたいな、スタンス。


どうも、私に対して
いろいろと文句があったみたいです。

結婚してからの、いままでの不満が
出てきました。


大丈夫です、私の軸はぶれません。

昔なら、
彼女の意見ひとつひとつに
対して反論していたであろう私。

でも、今の私は違います
そっかぁ、そう思っていたんだね。
うん、そうだよね。

ずっと、そう思っていたんだね。

彼女の見方、世界観に理解。


でも、私は反論しない。


なぜなら、私の軸がぶれないから
動揺しないし、怒りもわかないから

受け入れられたのだ。


そんな自分が発見できて嬉しい。


彼女は、またいつもの如く私が
反論してくるものと、身構えていたが
その反論がなく、なんか拍子抜けした
ような感じだった。


今朝は、なんかスッキリした表情の
奥さまでした。
笑顔で、仕事にいかれました。


あーー、あれでよかったんだなぁ。
(^.^)  安心、ほっとしました

嫁さんに対して、反論しなかった自分が
少し嬉しかったです。



そうそう、
軸といっても、姿勢だけではないのだ、

実は
エネルギーの軸があるのだ。

これは、脳幹活性をさせる
BSセラピーというメソッド?!を
やると分かってくるのだ。

この事実を興味がある人には、教えてあげたい。

このエネルギーの軸が整うと
自分がぶれにくくなるのだ。


自分がぶれないから、
嫁さんの世界にも理解ができる
嫁さんの世界にも敬意をもてる。



これが、どれくらい価値があるか。
これがどれくらい人生を豊かにするか


しかも、これはスキルなのである。
学べば、誰でもできるようになるのである。



さて、あとは伝え方。


知りたい人には、伝えていこう。

でも、だれが知りたいんだろうなぁ?
それがわからない??


だれか、知りたい人いますか?


この世の中は自分が作っているという話をよく聞く。

本当なのだろうか???


本当なのかもしれない・・・。


本当だと仮定してみよう。



今回の日大のアメフトの問題。

日本中の人が考えさせられる問題だ。

もし、この問題も自分の責任だと考えてみよう。

まったく、関係ないと思っていたけど、
私の責任ですといってみよう。



脳が、混乱。

脳のシステムが、組み替え中・・・


ピコーン、出ました。

私にも責任がありました。


私は、人間にとって軸をつくることの大切さを知っています。その訓練方法も知っている。

人間の魂を解放させる脳幹の活性化させる
方法も知っている。
そう、それはBSセラピーという、脳幹を活性化させる方法を知っている。
そして、その技術も訓練している。

そして、コーチングの技法を知っていて、
質問による意識のフォーカス変更と承認の姿勢をもって相手を受け入れて聞くという対話を通じて、相手の気付きを促すこともできる。


そう、私は上記3つ技法を学んでおり、実践をしており、結果を出している。

もし、今回の事件を自分は関係がないといって、自分とはまったく繋がりがないとおもわずに、自分にも責任の一端があるとしたら、
反省して何ができるだろうかと・・・。


今回の事件で、何が教訓として、何ができるだろうか??


私が、本音で生きる、自分らしく生きることを気づかせる活動を全霊全身でやっていたら、
あの加害者の青年や、あの監督が本当に自分に正直に、生きようと気づかせることができていたならば、あのような事件はおきなかったかもしれない。

あの青年は、自分の良心に従って、最後の最後ではやはり、反則行為をやめたかもしれない。

あの監督も、自分の教育の原点に戻ったかもしれない。自分の教え子になんてことをさせてしまったのかと・・・。


もし、自分がもっと自分らしく生きること、自分に正直に生きることの大切さを訴えていたら、変わっていたかもしれない。





理想、夢物語かもしれない。

でも、バタフライ効果というものがある。

蝶の羽ばたきが世界規模で影響を与える一要因になるというのだから。





今回の事件を、他人事としてみるのはやめてた。
自分にも責任があると考えてみると自分がなにをしないといけないのかがわかったような気がした。

うん、やろう。
やらなくては!!
私は迷っていました。

私は、何をしたいのだろうか?



学生時代から追い求めていた、
3つのテーマ。

武道、
自己治癒力
宗教・教育

学生時代から、20年。
ずっと求めてきた。

そのうち、教える側にもまわっていた。


しかし、武道では 
「相手を倒そうとするな
相手を愛せ、相手と調和しろ」
という

自然治癒力を求めては、先生がいう
「相手を治そうと思うのエゴです」と

宗教、教育の世界でも
「相手に教えるな、
相手のなかから引き出せ」

先生方の教えは
すべてが反対の教えなのである。

武道は、倒すな
自然治癒力は、治すな
宗教、教育は、教えるな


一方の生徒さん、クライアントさんの
要望はまた、その反対である

武道は倒し方を教えてくれ
自然治癒力は、治してくれ
宗教、教育は、答えを教えてくれ


さぁ、私は混乱する。
サービス提供、お金をいただこうと
思えば、
私の学んだ倒し方を教えた方が満足するだろう
私の学んだ治し方を伝えたら満足するだろう
私の学んだ答えを教えたら満足するだろう


しかし、それは一方で、クライアントさんの
可能性を潰したことになる。

それは、私の願うことではない。


じゃぁ、どうする。

どうする。


気付きの道場を創るしかない。

各人が、続けることで、
各人が気付きをえる。
各人が気づいて、ブレイクスルーして
いくのを、手伝い、応援するしかない。

そして、そんな各人の世界にたいして
理解と敬意をお互いに持てる
仲間が集える場所を作ろう!!


サービスが充実した社会だからそこ、
自分の中にある答えが見えなくなる。

サービスが充実した社会だからこそ、
わざと教えないという教えを
得る場所が必要なのだろう。

教えない、でも、
見守る、応援してくれる
そんな場所が必要なのだろう。

そんな場所があったら、
私が、まず行きたい!!


だって、そこにあつまった人たちは、

みんなが、自分らしく生きている
幸せそうな人達だからだ。

自分らしくいきていれば、
後悔はない。

自分らしくいきれば、
情熱の炎が燃え上がる。

自分らしく生きていれば、
幸せである。
その回りも幸せである。



よし、決めた。
わざとおしえない、
気付きの道場を作ろう!!
みなさんは、居合とかやる意味がわかりますか?


現在では、居合をやっている人は、少ないです。
ましてや、20代から居合いをやっている人は本当に少ないです。

私も何の因果か、22才から縁があり、
習ってきました。

まったく、その先生は、道場をもっておられないので、私が通っていた合気道の道場にきてくださり、指導してくださっていたので、
本当にその先生との出会いは、縁以外で出会うことはできません。

本当に、私もたまたまの出会いで、はじめることになりました。

あれから、20年弱の月日が流れて、
ほとんど新しい入門者もいないまま、月日が流れていく。

試合もないし、ただ、ただ、型を稽古するだけの日々。

いったい、なにの意味があるのだろう??とおもいながら、惰性で続けていた時もありました。

最近、新しく入門者が入ってきて、教えてみてビックリ!!

そっかぁ、最初ってこんな感じだったよね。
忘れていた。

同じような型の動きをしているんだけど、
似て非なるものなり。

いまでこそ、微細な感覚が分かるようになったけど、最初って全然、動けていなかったよなぁと改めて再認識しました。



同じ仲間で、ずっとやり続けていると、みんなで成長しているときは、変化しているようにおもわないけど、ひさりぶりに新しい入門者がきてくれると、その違いがわかっていいですね。


また、あたしく教えることで、初心にもどるのもいい!!



居合、それは、型稽古、

型稽古とは、先人がつかんだ微妙な妙を伝えるための手段。

とても、一言ではいえないものを伝えようとと
思えば、型の力を借りるのが有効になる。

その妙をつかんでしまえば、型から離れてもいいのだ。

一言では、言えないが、その妙がとても生きていくうえで、役に立つ。

姿勢、呼吸、目附、想念、陰陽の思想などなどが複合されたものである。

長年の稽古で、いつのまにか身に付いていたんだなぁぁ・・・。


新しく入門してきれた方のおかげで、
その事に気づけた。


さぁ、彼がこのことに気付けれまで、
どれくらいの年月を要するのだろうか??

さぁ、一緒に成長を目指していきましょうね!! 


なぜ、軸をつくる必要があるのでしょうか?

軸がなくても生活には、困らないのでは?

なるほど、たしかに!!
そう、思われるのも確かです。


現在、困っていない人、必要性を感じていない人は、軸があるのかもしれません。

人間は、本来は、軸を持っているのだとおもいます。

問題は、生きにくいなぁ、毎日がつらいなぁ、
なんとかしたいなぁと思っている人が、なんとかしたいともがいているときです。

そのもがいている原因は実は、軸が失われているからかもしれません。


軸といっても、心と身体の軸があるので、

今回は、心の軸に焦点をあてて、考えていきましょう。

心の軸を一言でいってしまえば、
「自分らしく生きる」ということになります。

自分らしく生きているってどういうことでしょうか?

1、ワクワクしている
2、充実した毎日を過ごしている
3、自分の生き方に納得、素直に生きている

このような心境で生きている人のことを
心の軸が立っていると私は考えています。


でも、なぜ、自分らしく生きる必要があるのでしょうか?

それは、体験してもらえばわかるとおもいますが、

自分らしく生きているときは、
1、エネルギーが溢れるくらい、元気に活動できます。
2、失敗しても後悔なんてしません、次にチャレンジします。
3、そして、なぜかまわりのひとも幸せになってきます。


例えば、幼いこどもをみているとそんな感じわかりますよね、

幼いこどもは、一生懸命で、失敗してもあきらめず、何度もチャレンジしています。

そして、そんな姿をみている大人達は、
思わず微笑んでしまいます。
応援したくなりますよね。


そう、だれも通ってきた道ですから、だれもで
その状態をしっているのです。



問題は、どうやったら
心の軸をたてて、自分らしく
生きられるようになるかということです。

それが、私のずっと研究テーマでした。
私の答えは

1脳幹を活性させること、
BSセラピーという脳幹を活性化させる
確立した方法があります。

2、対話をしていくこと
自分の話を批判なしに承認してくれるひとで、
適切な質問を投げ掛けてくれる人と
30分以上対話をしていると、だんだんと自分で気付きがでてきます。

コーチングという手法で、確立されています。


3、姿勢を正し、行動していくこと。

躍りでもいいでしょうし、武道でもいいと思います。お茶でもいいでしょうし、何が芸事をやることです。

私の場合では、武道をやることで、実践しました。





つまり、心の軸をたてるとは、
自分らしく生きることなのです。

自分らしく生きたくない人なんていないと思います。

ただ、その自分らしく生きる方法を忘れているのではありませんか?


さあ、私があなたの自分らし生きるの
応援、お手伝いをさせていただきます。


なぜかって??


だってそれが、私の自分らしく生きることだからです。

みんなが自分らしく生きることを
応援する、お手伝いする。

それが私の自分らしく生きる!!

なんです、

(^3^)/ いえぇーーーーいい!!
軸をただす。

私は最近、そればかり言っている。

20才の時から、自分のアトピーを
自分で治すと決意してから、
人間探求、自然療法探求してきました。

いろんな療法を体験してきた。

どれも一時的には、効果があるのだが、やめるともとに戻るのだ。

飽きてしまうというか、
なんというか、自分のせいかのか
やめてしまう。
やめるから、元にもどる。
当たり前だ。

しかし、まっすぐ立つということだけは、
生まれて、立てるようになってからは、
毎日かかさずやっている。

まっすぐ立つことを、覚えれば
一時的に忘れても、まっすぐしようと
思えば、その場で姿勢は変わる。

姿勢を正し、軸をただしている時間が
ながくなると、気持ちが変わってくる。

やる気が出てくるのだ。


もう一歩踏み込んで書くと、
エネルギーが流れ出すのだ。

独楽でも、中心軸がしっかりして
回っているときのエネルギーと

軸がぶれているので、中心軸を
取り戻そうともがいているとき独楽の
エネルギーと

どちらがエネルギーが高いか

想像はつくとおもう。


人間も同じである。

軸がぶれていると、
直立で立とうとするために、
余分なエネルギーや、筋肉の緊張が
おきている。

それに、気づいていいないのである。

もちろん、呼吸も深くできない。
関節の可動域も狭くなる。

当然である、


その状態がながく続けば、続くほど、
痛んでくる。

自然治癒力が高い間は、問題なかったのが、
だんだんと自然治癒力が衰え、
回復が間に合わなくなると、
いろんな不調が出てくる。

慢性病である。

それを薬でまた治そうとする。
一時的ならいいだろう。

それでも、多くの人は、
薬を慢性的に飲む。



あーー、その原理を知らなければ、
私もそうしていただろう。


しかし、知ってしまったからには、
それはできない。

ちょうど、私が
幼少期から、信じて塗り続けた、
ステロイドでは、治らないと
知ってしまったときと同じように。

知ってしまったからには、
ステロイドを断つ決断をした。

それは、つらいことであった。

全身から汁が出てくるのである。

私は、呪われているのかと思った。


それから、20年弱の年月がかかって
ようやく、答えが見つかった。


正しく立つことから、始めるのだ。

軸をつくる。
軸をつくって立つ、
しっかり、呼吸する。


知ってしまった。
分かってしまった。


遠回りのように見えても、
自分でからだを守ろうと
思えば、ここから始めるしかないのだ!!


さあ、伝えよう!!

求める人達には、伝えよう。



さあ、私は伝え方を学ぼう、

本当に求める人達が、
少しでも早く理解できるように。


私の合気道教室では、歩くこと、立つ事に時間をすごく使っています。

正しく立てると重心が安定して、
心も落ち着きますし、
力も入ります。

まぁ、そんな説明はいいとして。

最近は、思わぬ効果を生徒さんが
報告してくれます。

上司の言葉にイラッときて、ストレスたまっていた人が、最近はうまく捌けるようになりましたとか、


職場が変わった時、不安だったけど、
合気道の考え方や、正しく立つこを
意識することで、自然に対応できるようになったと 

嬉しそうに報告してくださるようになりました。


そう、そうなのだ。

ボディワークとおもわれている
合気道教室の本当のねらいは、
人間関係の改善なのだ。


というか、
自分は安定しているから、柔軟に
対応できるので、

人間関係に苦労しなくなるようだ。


それは、なぜなか??

実際に、体験してもらうのが一番なのだが、
あえて、言葉にすれば

軸が立つ、

自分が安定する

余裕がうまれる

いろいろと見えるようになる

どう動けばいいかわかる

素直に動く、


結果として、うまく行く。



これだけではないが、


けっこう、うまく行く。


これが、私が立つこと伝えていこうと思う動機だ。


へへっ、けっこうすごいんだよね。
学びだすと、他にもいろいろと
あるんだけどね。

それは、またおいおい、書いていきたいと
思います。
武道の世界には、
「礼にはじまり、礼に終わる」

という言葉がある。

試合の前と、試合が終わった後には礼儀正しくしなさいよ、

というような意味かなぁとと私はずっと思っていた。


それが、20年近くも身体の勉強や、武道のことを学んでいるとどうもそれだけでないようなうなことがわかってきた。

おじぎをする、その姿勢を見ただけで、
その人の弱点や、隙が見えてくるのだ。

もちろん、勝負が決まって、立ち去る時も
相手に対して、隙を見せてはいけない。
残心ともいう。



いままでの稽古では、そこまで説明するのは
面倒だし、時間もかかるので説明していなかった。


でも、最近は、人数も少ないし、
生徒さんもそれがすごく興味があるといってくれるので、

実際に体験してもらったり、
姿勢の違いで何が変わるのか?
意識の違いでどう変わるのか?

気構えのしかた、

などなど、私が学んできたことを
遠慮なく説明するようにした。

最初の、礼

今から、稽古をはじめます。

よろしくお願いします。

その動きひとつを説明するだけで、
45分くらいかかった。


それだけを説明するだけでだ。
ただ、稽古の最初の「お願いします」


生徒さんは、いやー、はじめて教えてもらいました。ありがとうございます。
と嬉しそうだった。


そうだなぁ、
やっぱり、自分だけの中にしまっていてはいけないなぁ。

こんなないようを知りたいという人もいるのかもしれない。


これからは、どんどんと説明していこう。

日本人武道の知恵、エッセンスなのだから、

私は幸い、戦前の教育を受けた先生から、
それを学んだ。

今となっては、貴重な体験だろう。

武道の体験に、
整体、そして、脳幹活性のBSセラピー。

このBSセラピーがまた、すごい。

この脳幹活性という状態、キーワードが
あることによって、日本武道の

本当のすごさが再び、解き明かされるだろうと
私は思う。



伝えなくては、

この日本人の宝ともいえるべき、知恵を
伝えなくては。

知りたいひとには、伝えよう。

そう、熱い使命感が湧いてくる。
あなたの合気道教室は何を教えているの??

問われたら、私は答えるだろう。

真っ直ぐ立つことを教えています。と




あなたの体操教室では、何を大事にしているの?

問われたら、私は答えよう。

真っ直ぐ立つことを大事にしています。と



あなたの施術院では、どんな特徴があるの?
問われたら、私は答えるだろう

真っ直ぐに立てるようにすることが
特徴です。と




真っ直ぐ立つ、
それは言葉で書くと、簡単だが、
実際にはやろうとすると
とても奥が深いのだ。

構造的に真っ直ぐという意味ではない。
直線ではない。

だが、何かが真っ直ぐになっている。
感覚的? 意識的?


改めて、言葉で定義しようと思うと難しいなぁと思う。



だが、調整してもらって、真っ直ぐ立ったときの感覚を一度でも体験すると、
まっすぐ立つという意味がわかる。

そう、まるで、リンゴを食べたことがない人にリンゴの味を説明するのが難しいように、

説明するのには、りんごを食べてもらえばわかる。


そう、一度まっすぐ立つことを、体験してもらえば、まっすぐ立つことの意味がわかる。




そういうことを私は、やりたい。

まっすぐ立つということを!!