私は、何をしたいのだろうか?
学生時代から追い求めていた、
3つのテーマ。
武道、
自己治癒力
宗教・教育
学生時代から、20年。
ずっと求めてきた。
そのうち、教える側にもまわっていた。
しかし、武道では
「相手を倒そうとするな
相手を愛せ、相手と調和しろ」
という
自然治癒力を求めては、先生がいう
「相手を治そうと思うのエゴです」と
宗教、教育の世界でも
「相手に教えるな、
相手のなかから引き出せ」
先生方の教えは
すべてが反対の教えなのである。
武道は、倒すな
自然治癒力は、治すな
宗教、教育は、教えるな
一方の生徒さん、クライアントさんの
要望はまた、その反対である
武道は倒し方を教えてくれ
自然治癒力は、治してくれ
宗教、教育は、答えを教えてくれ
さぁ、私は混乱する。
サービス提供、お金をいただこうと
思えば、
私の学んだ倒し方を教えた方が満足するだろう
私の学んだ治し方を伝えたら満足するだろう
私の学んだ答えを教えたら満足するだろう
しかし、それは一方で、クライアントさんの
可能性を潰したことになる。
それは、私の願うことではない。
じゃぁ、どうする。
どうする。
気付きの道場を創るしかない。
各人が、続けることで、
各人が気付きをえる。
各人が気づいて、ブレイクスルーして
いくのを、手伝い、応援するしかない。
そして、そんな各人の世界にたいして
理解と敬意をお互いに持てる
仲間が集える場所を作ろう!!
サービスが充実した社会だからそこ、
自分の中にある答えが見えなくなる。
サービスが充実した社会だからこそ、
わざと教えないという教えを
得る場所が必要なのだろう。
教えない、でも、
見守る、応援してくれる
そんな場所が必要なのだろう。
そんな場所があったら、
私が、まず行きたい!!
だって、そこにあつまった人たちは、
みんなが、自分らしく生きている
幸せそうな人達だからだ。
自分らしくいきていれば、
後悔はない。
自分らしくいきれば、
情熱の炎が燃え上がる。
自分らしく生きていれば、
幸せである。
その回りも幸せである。
よし、決めた。
わざとおしえない、
気付きの道場を作ろう!!