パワハラ
セクハラ(セクシャル・ハラスメント)は権力を使った性的嫌がらせであるのに対して、パワハラ(パワー・ハラスメント)は、上司から部下へ、あるいは先生から生徒への権力を使ったいじめということである。
しかし、このパワハラは部下指導や生徒指導という名目で、なかなか表面には出てこないのが実情である。また、このパワハラは、単なる肉体的な暴力だけではなく、無視する、仕事をさせない等の精神的暴力が多く存在する。
これらを区別する基準として、次のようなことが考えられる。
1. 一定の社会環境内における権力関係がある。(上司と部下、教師と学生など)
2. その権限を利用して、下位のもの(立場上の弱者)に対して継続的に行われる。
3. 権限の範囲を超える言動による人権侵害により、不法に精神的・肉体的損害を与える。
4. その結果、心身の衰弱や雇用(職場)環境の悪化や不安が生じる。
パワハラの加害者にならないように気をつけよう。
パワハラの被害にあっているようであったら、証拠を集めて、すぐに、相談しよう。
人事考課制度構築の前に
1.人事考課と処遇は別物
人事考課と「処遇のため評価区分」と区別して考えることが必要である。
人事考課は、部下の仕事ぶりや仕事の結果を考課し、よいところは認めて、さらに仕事に活用するようにし、いけない点は指導して、よい仕事をするように仕向けていくために行うものであり、処遇とは関係なく、管理監督者が当然行うべきことである。
処遇のための評価区分とは、人事考課した結果を点数化し総合点を出して、その点数により、処遇上の評価段階を決める、ということである。
2.本末転倒
「人材育成と会社の業績を上げるために人事考課を行い、その結果を処遇に活用する。」ということであり、「処遇に活用するために人事考課を行う」ことではないということをしっかり認識することが必要である。
3.失敗しないために
人事考課と「処遇のための評価区分」を切り離して考えることで、管理ツールである人事考課が機能するのであり、「処遇のための人事考課」を行っている限り、人事考課は機能しないことになる。
人事考課は「処遇を決める点数付け」ではないということを、しっかり認識すべきである。
イヤな上司の対処法
中堅社員研修を行っていると、上司との人間関係での悩みや、イヤな上司についての相談をよく受ける。次のように考えてみたらどうだろう。
1.気持ちを楽に
いつの時代も、どこの会社にも「イヤな上司」はいるものだ。あなたの上司も世の中に数多くいるイヤの上司のうちの一人に過ぎない。
無能な上司、性格の悪い上司、口の悪い上司、・・・・色々いる。
2.現実を認める
「いくらイヤだ」と思っても、突然「いい上司」に変わることはない。いくら「相手にわかって欲しい」と願っても、かわらない。いくら望んでもムダである。それよりは、現実を認めて、「こんな人のためにイヤな気もちになるのは損だ」と自分に言い聞かせたほうがよい。
3.それなりに対応する
・ 挨拶や謝罪、お礼など、礼儀やマナーはきちんとする。
・ 仕事は一生懸命する。
・ 相手の悪い所はできるだけ軽く受け流す。気にしないようにする。
・ 職場を離れたら、そんな上司のことはいっさい考えない。
4.力をつける
イヤな上司のために「今の会社をやめたい」と思うこともあるだろうが、もう一度、よく考えて欲しい。
今の会社、今の仕事をするメリットや価値、理由などがあったはずである。それらを一人の上司のために棒に振ってしまっていいのかどうか。
5.時を待つ
イヤな上司の下で仕事を続けていくためには、ある程度の我慢も必要である。
相手から逃げるのではなく、ちゃんと受けてから、必要な部分に対応し、不要な部分は気にしないことが大切だ。
「自分を育てる」という意識で考えれば、逆にいい機会なのである。そして、力をつけて、いずれ見返してやればいいのだ。
研修効果
研修を行うたびに、その研修効果について考える。中には「研修することが目的ですよ」とか「研修後の懇親会が大事なんですよ」という声も聞くが、やはり研修をする以上、それなりの効果、成果が求められるはずだ。
研修の効果測定には「カークパトリックの理論(フレームワーク)」がよく使われる。それは、
レベル1 リアクション(反応) 満足度
レベル2 ラーニング(学習力) 理解度
レベル3 ビヘイビア(行動変容) スキル、コンピテンシーなど
レベル4 ビジネス・リザルト(結果) 業績の向上、生産性向上、CS向上など
の4つのレベルで測定しようというものである。
ここで気をつけたいのは、すぐに、業績の向上にどのようにつなげるか(レベル4)を考えてしまうことである。普通に考えれば、業績UPに貢献している要素として、研修の効果以外の要素が多く存在する。したがって、直接的にレベル4と研修の効果をつなげることにはムリが出てきてしまう。
それよりも、
・ 研修内容が戦略に合っているかどうか
・ 研修内容が受講者に受け入れられているかどうか
を地道に評価し、改善に活用していくことが、結果的には得られる果実は大きいと考えらる。
私は、研修の効果測定については、次のように提案している。
1. 研修実施後のアンケートの実施(内容を見直す)・・・レベル1の評価
2. 研修1ヶ月後に、「理解確認テスト」を実施する。研修内容に関するテストを作成し、回答を求める。・・・レベル2の評価
3. 「今後の行動指針」を研修中に作成し、具体的なものに修正したうえで、提出するようにする。
これを上司にもわかるようにして、その実行状況を評価する。・・・レベル3の評価
レベル4までも測定は、階層別研修では難しいが、レベル3までは何とか測定できる。やはり、研修を実施する以上、その効果を測定し、より効果の上がる内容(講師)にレベルアップしていくことが必要である。
納得性のある評価2
納得性ある評価1 で、「評価制度をどう考えるか」と書いたら、「評価ルールを明確にして考課者訓練を行うといいですよ。」という、コメントを頂いた。
確かに、評価ルールを決めて、評価基準を明確にすれば、そして、考課者訓練を行ってルール通りに評価すれば、公正な評価、納得性のある評価ができるような気がする。
私も、そのような考えで、ルール作りや、基準作り、そして考課者訓練を実施している。しかし、本当に可能なのだろうか?
ルールを作るといっても、現実には色々なケースが出てくる。それに対して、ルールで全部対応しようと思ったら、複雑なものになってしまう。例外処理をするのであれば、一つ二つであればまだしも、頻繁になると意味のないルールになってしまう。
基準を作るといっても、どの程度のものを作るのか、細かく作れば作るほど複雑になりメンテナンスがしにくくなる。大雑把に作れば、抽象的で解釈に仕方によってバラツキが出てくる。
仮に、適切なルール、適切な基準ができて、考課者訓練を行って考課者の考課力を上げたとしても、もう一つ大きな問題が出てくる。
考課する人が、考課される人の仕事ぶりをすべて見ているわけではない、ということである。上司も仕事を持っていて、上司のわかる範囲でしか評価できない。職務の関係で、上司と部下がいつも一緒にいる場合と、ほとんど一緒にいない場合など、色々なケースが出てくる。仕事の結果は一緒にいなくてもわかるが、同じ結果にしても条件がちがえば、困難さもちがってくる。
また、面接で無理やり納得させるという会社もあるが、これも逆効果なように思う。
このように考えると、納得性のある評価、公正な評価は不可能なように思える。
しかし、現実には納得性のある評価を実施している会社がいくつもあるのである。そして、そのような会社は社員もイキイキしており、業績も高水準で安定している。
視点を変えることが必要だ。
納得性ある評価1
もう30年以上、賃金制度や評価制度のコンサルティングを行っているが、どの会社でも「公正な評価」「納得性のある評価」の必要性を訴えられ、そのような仕組み作りのお手伝いをしている。
しかし、本当に「公正な評価」「納得性のある評価」はできるのであろうか? いや、その前に、「公正な評価」「納得性のある評価」とは何なのであろうか。 大企業も中小企業も、経営者も組合員も口を揃えて「公正な評価」「納得性のある評価」と言っているが、同じ意味のことを指しているわけではない。言葉は同じであるが、それぞれ、思っていることはちがうのである。
簡単に言えば、「自分にとって都合のよい評価」が「公正な評価」「納得性のある評価」である。そして、「自分にとって都合のよい評価」は一人ひとりちがっているわけで、それをある一定の基準とルールで評価すると、「自分にとって都合のよい評価」ではなくなってしまい、「評価に対する不満」が出てくる。
そんな状態で、いくら理論上よい評価制度を作っても、まったく意味を持たなくなってくる。 評価の精度を求めれば、評価制度自体が複雑になり、逆に訳のわからないものになってしまう。実際、複雑でわかりにくい制度にすると「社員からの不満」は少なくなる。わからないから、「文句のいいようがない」のである。
だからと言って、評価をまったくしないというわけにはいかないであろう。 では、評価制度について、どのように考え、どのように対応すればいいのであろうか。 (つづく)
アメとムチ
人間だけではなくネズミなどの動物でも、罰を与えられる行動を回避するようになり、報酬を与えられる行動を増やすようになる。このアメとムチ(報酬と罰)をうまく使い分けることで、人を動機付けることができる。このアメとムチによる力は、短期的には有効で強力な力である。
このアメとムチによって、動機付けられている人は、報酬を得ることや罰を回避することが目的であり、仕事をするなどの行動はその手段となっている。「動機は不純でも、行動することが大切」と考えれば、「アメとムチ」も大事な動機づけの方法である。しかし、長期的に考えた場合どうだろうか?
以下は、私の経験上の出来事であるが、
1. 罰を何度も受けていると、罰を回避するための努力をせず、罰をやわらげることに努力する。
2. 努力せずに罰を回避することを考えるようになる。罰を回避するために不正をする。
3. 罰を受けることで、自分の努力していないことを正当化する。サボっていても「罰を受ければいいのでしょ」とサボることの言い訳にする。
4. 報酬をいつも受けている人は、それで満足して、「今期は報酬が少なくてもいいや」と、努力しなくなる。
5. 報酬をいつも受けている人は、「報酬を得るためだけに努力していること」に嫌気が差して去っていく。
6. アメとムチによる動機づけを長く受けていると、絶えず誰かが見張っていてアメやムチを与え続けなければ、行動しなくなる。
などのことが、見受けられた。
決してよいことではない。今世間で言われている「成果主義」とは、まさに金銭による「アメとムチ」である。本当にこれを長く続けていいのだろうか?
やはり、「行動することで得られる楽しさや満足感による動機づけ」が必要であろう。
成果主義の見直し
成果主義の導入ということで、目標管理1本で業績評価を行っている企業が、まだ見受けられるが、次のような点から見直しを図った方がよい。
1.目標管理一本で評価することは、個人目標、部門目標だけの達成を考えてしまい、他部門との連携や全社最適を考えなくなってしまう恐れがある。
2.目標管理(業績目標)一本で評価することは、結果を出すためのプロセスを顧みず、結果主義になってしまう恐れがある。仕事の進め方やノウハウの蓄積がおろそかになってしまう。
3.目標管理一本で評価することは、多くの場合数値目標になり明確に評価できることになるが、結果だけで評価することになる。結果というのは、本人の能力・努力だけでなく、ラッキーアンラッキーに左右されることが多く、本人の能力・努力などが反映されない恐れがある。
さらに、企業によっては、その目標管理自体がうまく機能しておらず、成果主義に対する不信感が高まっている状況がある。
1.アカンタビリティ(成果責任)を明確にした上で、業績目標を設定することになっていても、部署によっては、遂行目標(いつまでに~~を実行する)を設定している。
2.アカンタビリティ(成果責任)とは、本来の役割についてその成果責任を明確にしたものであるが、本来の役割ではなく、課題を目標に設定している場合がある。
見直しの一つとして、次のような改善策が考えられる。
1.本来の役割に関してのアカンタビリティ(成果責任)を明確にした上で、それに関して「どのような成果を上げるか」という業績目標と、その成果を上げるために「どのようなことを実施するか」という遂行目標を区別して記述するようにする。
2.上記、業績目標、遂行目標の達成水準は経営目標に貢献できる水準とする。
3.さらに、チャレンジ目標として、経営方針等に基づいた課題を設定する。
4.目標管理一本ではなく、管理行動および勤務態度に関するプロセス(行動)の評価も行い、結果主義・競争主義にならないようにする。
5.処遇に連動する時には、取り合いにならないように、工夫する。頑張って会社の業績がよくならば、みなハッピーになるようにする。
6.すなわち、個人の評価よりも会社の業績を上げることが最優先である、ということを明確にする必要がある。
試用期間中の解雇
中途採用者を3ヶ月間の試用期間を設けて採用しました。そろそろ試用期間が終了するのですが、上司への対応の仕方が少し悪く、取引先の担当者とも交友関係がありそうで、本採用を見合わせようと思っています。その場合の注意点はなんでしょうか?
試用期間とは、採用時には社員として的確かどうか全てを見抜けないため、一定期間を設け、その期間中に働き振りを観察して、最終的に社員として雇用するかどうかを判断する期間です。
最高裁は、試用期間中の解雇について次のように述べています。
「試用期間中の解雇は、解約権を留保した趣旨から、採用時には分からなかったが試用期間中の勤務状態から判断して、その者を引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが試用期間を設定した趣旨・目的に照らし、客観的に相当である場合にのみ許される」 (三菱樹脂事件1973.12)
試用期間中の社員の解雇は、本採用後の解雇よりも広い範囲の解雇の自由が認められていますが、一旦採用しているわけですから、何でも簡単に解雇できるわけではなく、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものです。
試用期間中だからといった理由や、客観的な合理性を有しないような解雇理由(気に入らない、正確が暗い・・・)は無効であると考えられます。
また、雇用開始14日以内に解雇する場合は、即時解雇してもいいことになっています。
雇用開始後14日を超えれば、30日前の解雇予告や予告手当の支払いが必要になってきます。(ただし、所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合は不要。)
今回の場合は、本人に「本採用できない理由」を説明し納得してもらった上で、予告手当を支払うのがよいのではないでしょうか。
成果主義の見直しの方向
3年前から、成果重視ということで管理職に年俸制が導入されました。年俸を決める評価は、評価の納得性が高いということで、目標管理(業績目標)一本で実施しています。 しかし、実際にしてみると評価に対する不満が各部署から出てきて、見直しを検討しています。 どのように考えるとよいでしょう。
目標管理(業績目標)一本で評価すると、次のような問題が出てくる恐れがあります。
1.多くの場合数値目標になり明確に評価できることになるが、結果だけで評価することになる。結果というのは、本人の能力・努力だけでなく、ラッキーアンラッキーに左右されることが多く、本人の能力・努力などが反映されない恐れがある。
2.個人目標、部門目標だけの達成を考えてしまい、他部門との連携や全社最適を考えなくなってしまう恐れがある。
3.目標管理(業績目標)一本で評価することは、結果を出すためのプロセスを顧みず、結果主義になってしまう恐れがある。仕事の進め方やノウハウの蓄積がおろそかになってしまう。
4.評価が明確にできる分、その目標の達成水準の妥当性や難易度の取り扱いに不満が出てくる。
今後の改善策として、次のようなことが考えられます。
1.目標管理一本ではなく、管理行動および勤務態度に関するプロセス(行動)の評価も行い、結果主義・競争主義にならないようにする。
2.目標管理の項目を業績目標だけでなく、遂行目標も記述するようにする。
本来の役割に関してのアカンタビリティ(成果責任)を明確にした上で、それに関して「どのような成果を上げるか」という業績目標と、その成果を上げるために「どのようなことを実施するか」という遂行目標を区別して記述するようにする。