よどの流れ者のブログ

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本を読んで、ドラマを見て、感想がめぐり、演歌を聞きながら、また本を手にとってドラマを見る日々。作品から共感できる人生が感じられるときが幸いです。

トキがヘブンとの思い出を回想しているところでドラマは終わった。終わり方はこれしかなかったと思う。スタッフ、キャストの方々、お疲れさまでした。15分のドラマを週に五回、半年の放映は注目も大きくて大変なことだったと思われます。

 

『Kwaidan』が二人の死後、世界でベストセラーとなった、とテロップで表示された。イライザが散々この書のことをこき下ろしたあとだったから、後日談としたのだろうが、気分の悪さは拭えなかった。なぜ、イライザをあれほど印象悪く描く必要があったのだろうか? トキを非難するのも筋違いで、死者を鞭打つような彼女の言動は不愉快極まりなく、最終回も見る気が失せたほどだった。NHK制作スタッフは小泉八雲夫婦のことを、何か大きな勘違いをしたままドラマ作りをしていたのではないかと最後になって強く思ってしまった。

 

ドラマを見終ったときに、登場人物の中で誰が印象に残ったか思い返すのをつねにしている。今回は断然、松野フミを演じた池脇千鶴が好印象だった。最終回でもヘブンとの思い出の何を話したらいいか思い惑っているトキに、「たあいもない スバラシな毎日だっただない」と諭したところでは母親らしい愛情のこもったさすがの表情をしていた。このドラマでは最も役柄にふさわしい演技をしていたと思う。役作りが上手な女優さんだと思った。この女優の過去の作品、これからの作品を見たくなった。シングルマザーの母親役、親の介護で葛藤する娘、心の離れた夫と離婚すべきか悩む妻など、どのように演じるのか見てみたい。

 

島根県知事を演じた佐野史郎も見ていて楽しくなる演技をしていた。自分の思うとおりの演技ができる俳優さんだという感じがした。どんな役でもきっちりと存在感を示す演技をされる俳優さんだと思う。

 

錦織を演じた吉沢亮も見応えのある演技を見せてくれた。が、彼の人物設定に疑問符がついて離れないので、それが暗い影となってまとわりついた感がある。錦織はなぜ学歴詐称したのだろうか。モデルの西田千太郎は学歴詐称などしていないのに、なぜ学歴詐称する人物としたのだろう。知事が錦織の弱味を握って利用するためというドラマとしてよくある手をスタッフの誰かが考え出したのだろうか。学歴詐称したとわかったあとの錦織を見ていられなかった。モデルの西田千太郎は小泉八雲が松江を去った後にも彼と富士登山をしている。たしかに、肺炎で病没したのだが、彼には後ろめたいようなことは何もなかったはずだ。小泉八雲が最も信頼した日本人だったのだ。フィクションだからモデルと比べても仕方ないのはわかっているが、錦織をこのように描いたこと自体、このドラマを壊しているように感じた。

 

松野司之介の人物設定は大失敗だったと感じた。ひたすらその場を茶化すだけの人物で、時折り父親らしいところを見せはするが、そのギャップが大きすぎて、何を言っても何をしても響かない人物になっていた。武士のなれの果てでもこんなにひどい人物にはならないだろう。松野勘右衛門を演じた小日向文世も見せ場がなかった。実力のある俳優なのに、もう少し深みのある人物として描いてほしかった。

 

ヘブン演じたトミー・バストウは難しい役柄にもかかわらず果敢に役作りをしていたと思うが、大きな体を持て余したかのような演技で自然さが感じられず見ていて疲れた。日本人よりも日本人らしい感性を獲得したはずのヘブンだから、もっと自然な演技をしてほしかった。

 

松野トキ役の髙石あかりは主役として最後までひとりの女をしっかり演じきったと思う。ただ、明治の女性という感じが全くしなかった。現代の女性そのもののままだったように見えた。トキとヘブンが結ばれるまでを描くのに大半を費やしたことで、二人の結婚がゴールインのドラマになってしまったように思う。モデルの小泉八雲夫婦は二人で出雲地方などを旅行している。東京での生活もいろんなエピソードがあっておもしろいことがあった。帝大の夏休みの度ごとに焼津に行った八雲にとって、焼津があったことで、東京での生活を耐えることができた、と私は思っている。トキも子どもたちも同道することがあった。なぜ焼津をカットすることにしたのだろうか。理解できない。

 

焼津

 

このドラマのおかげで小泉八雲の著作を読むことができて、彼の人と考えをいくらか知ることができた。彼は単なる文学者、思想家ではなく、当時はまだ学問として確立していなかった文化人類学者としての側面も併せ持つ稀有な人だったように思う。というようなことを知ることができて、これが一番の収穫だった。感謝したい。