トキがヘブンに「滞在記書き終えたら、帰られますか?」と訊ねたことに対しての回答がないままにドラマは推移した。今週で今年の放映は終わり、ドラマは丁度半分終ったことになる。橋のたもとのところで、ヘブンが「サンポ イッテキマス」とトキに声をかけた。今週のタイトルの通りに「サンポ、シマショウカ」とトキを誘いたかったに違いないがためらったように見えた。そして、散歩に誘ってほしいのが見え見えのトキが勇気を振り絞って「あの・・」とヘブンを呼び止めたら、待ってましたとばかりに急いで駆け寄ってきた。そして、「私もご一緒してええですか」とトキが言ったところで、いつものオープニングクレジットと共に主題歌が流れた。変則的だなと思ったら、いつもの二人の写真が出なくて名前だけが画面中央に出た後に宍道湖畔を散歩するトキとヘブンの姿をカメラが追った。オープニングでなくてエンディングクレジットだったのだ。ヘブンが一度はかわされたトキの手を取ったところで終わった。前半の最後を飾るのにふさわしい印象に残る場面だった。
夕暮れの宍道湖
怪談を語るトキと一つの怪談話を理解できるまで何度も何度も聞き返すヘブンとの仲は不思議な領域に入り込んだように見えた。ヘブンはトキをシジミでなく、シショウと呼び、トキはヘブンを今まで通りに先生と呼んでいる。お互い敬意をもって接している仲となっている。怪談「小豆とぎ橋」で禁句の謡曲「杜若」を二人して歌おうとしたところは、息ピッタリの間柄となったように見えて微笑ましい。
怪談『小豆とぎ橋』の普門院
二度と登場しないと思われた銀二郎が月200円稼ぐ男として戻ってきた。トキと別れて4年経っているとのこと。トキとやり直したいという銀二郎を松野家は大歓迎だ。ドラマのモデルのセツの家に婿入りして、婚家が貧しいからと言って出奔した男のことを情けない奴だと私はずっと思っていた。今回このドラマを見て、そのように思っていたことを恥じている。誰にも事情があるのだ。家族といえども、家の中で生じる軋轢というものは、外から少し見ただけでは何がどうなって、どちらが正しいかなんてわかりはしないのではないか。それを、貧しいから出奔したという情報だけで私は判断していたのだ。出奔して成功して帰った来た銀二郎はまぶしく見える。手放しで褒めてあげるに値する男だ。「やり直したい」とみんなの前で頭を下げて願い出たけれど、たぶんトキに拒絶されて、潔く諦めた。ただただトキの幸せを願うためというのは、徹底して、デキスギクンの銀二郎だ。
それにしても、ヘブンの不可解な言動が気になった。休みを求めたトキに一旦OKしたのに、保留にしたこと。そしてイライザが松江に来ることがわかってから、それでOKにしたようだが、よくわからない経緯だ。もう一つ、月照寺の大亀を見ようとした所で五人が出逢った時に、ヘブンが紹介されたのに銀二郎の握手を無視したことだ。前の夫ということはトキを捨てた男ということで、そのために女中奉公をしてトキに苦労をさせている、とでも思ったのだろうか。父に捨てられた自らの母親のことを重ねて許せないと思ったのだろうか。それとも、トキを取られるとでも思ったのだろうか。よくわからない描き方だった。
月照寺で大亀の怪談をトキが語ろうとした時、ヘブンはいつものように語れとトキに言った。イライザと銀二郎と錦織がいるのにも構わずに、二人だけの時を過ごそうとした。イライザが「自分が好きなことになると周りが見えなくなる」と言った通り、ヘブンはそういう男なのだ。銀二郎も二人の様子に感じるところがあったのだろう。錦織もヘブンに対する見方が変わったのだろうか。「オトキサン カイダンスタイル」とヘブンが言うところのトキの怪談話にすっかりはまっているヘブンを見て、イライザもまたあきらめたようだ。机の上にイライザの写真を置き、滞在記を書き終えたらとイライザに書き送ったはずのヘブンは明らかに心変わりをしたのだ。
月照寺の大亀
ドラマではトキがヘブンと結ばれることははじめからわかっていることだ。それでもトキにとって、銀二郎と一緒になる方が家族にとっても生活の安泰のためにもよかったはずなのに、なぜ銀二郎の申し出を断ったのだろう。イライザを思っているヘブンだということを知っていたのに、次の冬には寒い松江にはいないと言ったヘブンだったのに彼女はヘブンを選んだ。たぶん束の間でもヘブンと怪談を語っていたいと思ったのだろう。
松野家の人々は銀二郎と一緒になるものと思っていたはずなのに、銀二郎にあきらめの言葉を言わせるまで黙っていたトキの思惑がもう一つ理解できない。すべてのことがけっこうあいまいに推移して行った感がある。それでも何となくわかる雰囲気を感じた。髙石あかりの表情がよかったからだろう。節目のところで何度か、トキの表情がアップされた。トキの不安、望みなどが何となく伝わってくる表情だった。トキは銀二郎にどのように言って一緒になれないと言ったのだろうか? 肝心なところを隠して伏せておくのは、このごろのドラマでよく使われる手法だ。推理ドラマを私は好かないが、その手法を使って翻弄されるからだ。本当におもしろいドラマは時系列に正攻法で描いてこそおもしろいものだと思っている。しかし全体としてはおもしろいドラマだ。


