よどの流れ者のブログ

よどの流れ者のブログ

本を読んで、ドラマを見て、感想がめぐり、演歌を聞きながら、また本を手にとってドラマを見る日々。作品から共感できる人生が感じられるときが幸いです。

松江から熊本に居を移して三ヶ月経ったところから今週は始まった。松江からどのような交通手段でどのような経路で移動したのだろうか。明治24年頃の出雲松江から九州熊本へ当時の人たちはどのようにして行ったのか。ヘブンたちは宍道湖の松江の港から船で旅立った。そこからどのようにして行ったのか、AIやネット検索で大体見当がついたけれど、ドラマでもほんの少しの時間を割いて取り上げてくれたら時代を感じることができて楽しめるのにと思いながら見ていた。

 

海から見た金峰山

 

今週の展開は見るに堪えなかった。

 

熊本に着いたときに、松野家の人々、特にヘブンやトキの熊本の地の第一印象を知りたかった。いきなり女中のクマが家事全般を仕切っている場面が出て来て面食らった。トキとフミがそういう状況を持て余している場面を描いていたが、なぜクマの言いなりになっているのかよくわからなかった。理解できない設定に思えた。ふつうならクマを諭して、言うことを聞かないようなら辞めてもらうところではないか。フミもトキも肩身が狭い思いをして暮らしているようでは訳がわからなすぎる、と思った。

 

司之介も手持ち無沙汰のようだ、と思っていたら、燃えるようなヒリヒリすることを求めて小豆相場に手を出して借金を背負おうとするなんて訳がわからなすぎる。そんなことより西南の役で官軍と西郷の軍の主戦場だった熊本城の壊れた姿を見て、司之介に一言語らせてほしかった。熊本に何があるのか、と先週問いかけていた回答として維新政府の政策に不満の武士たちが反乱を起こして戦った土地なのだ。今はヘブンのおかげで生活の不安がなかっても、元武士の端くれとして感慨の一つはあったと思うのだが、おかしなエピソードでお茶を濁していた。

 

明治37年の熊本城

 

トキがうつ伏せのまま紙くずをゴミ箱へ入れようと放り投げた場面など、あとで武家の娘のすることかと自ら呟いていたけれど、ヘブンが紙くずとして捨てた中味を吟味するためだったのならもっと別のやり方があっただろうと思うのだが、トキに失礼すぎる場面だった。ヘブンもまたため息ばかりついている。創作意欲を掻き立てるものがないといっていたのには驚いた。彼は飽くなき好奇心の持ち主で、他人が振り返らないものでも興味を抱く人間だと思っていた。人が生活しているところではさまざまな問題が起こっているはずで、彼はそういうことを嗅ぎ出して執筆の糧にする才能を持っているものだと思っていた。これではあまりに熊本の地に対して失礼ではないのか、と思った。

 

金峰山から見た熊本市内

 

退屈というけれど、トキの英語学習はどうなったのだろう。正木や丈をつかまえて聞くことがいっぱいあるはずなのに、することといったら手まり歌を隠れてすることくらいしかないのか。フミもまたすることがないと言う感じだったけれど、当時の女性は買ってきた反物を裁断して、家族の着物を仕立てるのは当たり前のことだったはずで、仕立て直したりする針仕事もあったはずだ。女中に任せられない家事だっていくらでもあったのではないか。また、いくらクマが頑張っても松野家と学生たちの大所帯の家事をひとりでできるわけがないではないか。炊事、洗濯、掃除、アイロンがけに風呂の始末、クマと丈が便利なものがあればと幾つもあげて話し合っていたように、今と違って家事はたいへんだった。家事を取り上げられただけで退屈なんて、トキやフミはそんな女性だったのか、と違和感が募った。

心底つまらなかった。連続ドラマでつまらなくなるのは、時間つぶしとしか思えないエピソードを延々と描写するところだ。焼き網騒動には意外性もおもしろさもなく、何もない。俳優たちが可哀相だ。