しばりやトーマスの斜陽産業・続 -32ページ目

ハリウッド版東宝チャンピオンまつり『ゴジラ×コング 新たなる帝国』

 東宝映画は1950年代の『七人の侍』『ゴジラ』に端を発する大作路線が成功しホームドラマの松竹、時代劇映画を量産した東映に差をつけていたが60年代に入り映画産業が斜陽化すると「何をやっても当たらない」状態に。稼ぎ頭のゴジラシリーズも打ち止めが囁かれるようになり、徹底した予算縮小が通達され、製作費は全盛期の1/3となり、子供向け路線で人気を博していた「東映まんがまつり」の向こうを張って「東宝チャンピオンまつり」のプログラムの一本としてゴジラシリーズは生き残りを図る。

 こうしてゴジラは日本に存在しない荒野(建物のセットを組む予算がないので)で悪い怪獣と戦う勧善懲悪ヒーロー路線に舵を切り、火を噴いて空を飛んだり(『ゴジラ対ヘドラ』)、アンギラスに「偵察にいけ!」とフキダシで命令したり(『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』)していた。

 旧作の再編集版とこれら低年齢化していき「怪獣プロレス」とも揶揄された「東宝チャンピオン祭り」路線は子供たちの熱狂的な支持とは裏腹に作品自体の評価を下げ(あくまで口うるさい怪獣オタクの間で)シリーズがやがて最初の終焉を迎える。今では再評価が行われているこれらチャンピオン祭り路線も一時期はどうしようもなくダメな時代の象徴として笑いものにされていた。

 今回のハリウッドゴジラ、モンスター・ヴァースシリーズ最新作『ゴジラ×コング 新たなる帝国』はなぜかこの東宝チャンピオンまつり路線に大予算(約200億円)を投じた。

 

前作『ゴジラ×コング』から3年後の世界。コングは地下空洞の世界に帰り、ゴジラは地上の王としてローマのコロッセオを寝床にして叛逆を企てる他の怪獣たちを食らっていた。

 地下空洞のコングは怪獣の様子を管理する組織モナークの監視のもと、失われた同族の姿を求めて旅を続けていた。ある日、虫歯になったコングを獣医のトラッパー(ダン・スティーブンス)が救い、コングはやがて地下空洞の果てで同族の猿たちを発見する。猿たちは暴君スカーキングの元恐怖で縛り付けられていた。スカーキングは冷気を吐く怪獣シーモを操りコングに戦いを仕掛け、コングの右腕を凍傷状態にしてしまう。

 スカーキングらは仲間とシーモを従え、かつて敗北したゴジラに再び戦いを挑み、地上世界への進出を目論んでいた。トラッパーがコング用のパワーアップアイテムとして作り出したビースト・グローブを与えられたコングは自分だけでは倒せないスカーキングらに対抗するため、地上の王ゴジラを呼びに行く。そこに先住民イーウィス族の守り神モスラも復活し、地上最大の決戦が始まる。

 

 虫歯になったコングを人間の道具で治療したり、ミニラみたいなミニコングが出てきたり、コングとゴジラがド付き合いで意思疎通したりと、やっていることは完全に東宝チャンピオンまつり!スカーキングが虫歯の代わりに差し歯にしたコングを見て「こいつ差し歯にしてやがるぜ!」とセリフはなくともそう聞こえるようなリアクションを取り、地上で再開したコングにゴジラが襲い掛かり、「こんなことしてる場合じゃねえ!地球が地球が大ピンチだぜ!」とド付き合いを経て漢同士の魂を揺さぶる共闘関係に至る、ヤンキー映画ばりの「殴りあったやつは大体友達」展開にはいくらなんでもバカバカしいと思いつつも、盛り上がらずにはいられない!

 

 邦画ゴジラがどうしても初代の幻影から逃れられずに『ゴジラ-1.0』とかをやってる中、ハリウッドが東宝チャンピオン祭りをやってしまうとは・・・

 怪獣映画には「人間ドラマが弱い」と指摘されがちなジャンルなので、それに対して「人間の代わりに怪獣がドラマをやればいいじゃない!」という回答を導き出した『ゴジラ×コング 新たなる帝国』は正解です。

 日本もぜひ怪獣プロレス、東宝チャンピオンまつり路線を復古してくれないかな?待ってる。

 

 

 

 

 

 

2024年5月予定告知

2024年5月予定

 

5月11日(土)

『アイドル十戒 キングダム1』

場所:アワーズルーム

開演:19:00  料金:¥1500(1d別)

出演:竹内義和 しばりやトーマス

 

再スタートを切るアイドル考現学。実際はアイドルに捉われず雑多なネタをやってます。

 

5月13日(月)

『スーパーヒーロートーク』

場所:なんば紅鶴 

開場:21:00

料金:¥1500(1d別)

出演:にしね・ザ・タイガー ソエジマ隊員 しばりやトーマス

 

ニチアサ系のイベントの報告会。

 

5月18日(土)

『大阪おもしろマップ 久しぶりの通常回』

開場:なんば白鯨
開場 / 18:45 開演 / 19:00
料金 / 2000(D別)
出演 / 射導送水、縛りやトーマス、B・カシワギ

 

5月20日(月)

『マンデーナイトアワーズ』

場所:アワーズルーム

開演:20:00  料金:¥1500(1d別)

出演:竹内義和 オートリーヌ しばりやトーマス

 

久々に出ます

 

5月23日(木)

『旧シネマパラダイス』
会場:アワーズルーム 
開演:20:00  料金:¥500+1d別
解説:しばりやトーマス

カルトを研究する若人の会。

5月はメーデーがあるので労働者のために立ち上がるドキュメント映画だ。

 

5月29日(水)

『キネマサロン肥後橋』

会場:アワーズルーム

開演:19:30 ¥500+1d別

解説:しばりやトーマス

※終了後にYouTube収録アリ

 

深夜の映画番組みたいな大研究会。今月はオールスター時代劇を研究。夢でござる!

生き残れるのはひとりだけ!『このままモブじゃ終われない!』第7話

 まんがタイムきららキャラット6月号掲載の優しい内臓先生の『このままモブじゃ終われない!』第7話はセンターカラー回。キノコでも貪ったようなドギツイ色彩が読者を不安にさせる表紙です。

 今回はコモモモモことコモナの秘密の部屋に隔離されているピコのそっくりさん二人(表紙の左右にいるやつ)の話。コモナは学生時代のクラスメイト、ピコにベタぼれで彼女そっくりの女を二人飼ってるんだけど(意味不明)・・・

 

 これは優しい内臓先生の前作、『死神ドットコム』でタマそっくりのタマ人形と暮らす女がいたのを想起させるネタ。まあ人形といってもひとりでに歩いて移動するんだけどね(怖)

 しかし今回の『このモブ』に出てくるピコのそっくりさんピコA、Bはちゃんと生きている人間らしく、秘密の部屋の中で生活している様子が描かれる。引きこもり癖のあるコモナの生活ルーティンは打合せのため外出する際はピコA、Bにヨシヨシされないと外に出られない(!)病んでる女(この漫画の登場人物、大体病んでるけど)の相手は疲れるなぁ~とぼやくA、B。

 

「漫画家目指してた時よりはマシだよぉ~」

「今は月給50万貰ってるしこれぐらいはね」

 

 ソフトな軟禁状態に置かれている(苦笑)ことが判明。今のコモナは人気作家だから金で人が買える(ひどい言い方)わけだが、それ以前は大した金も渡さず家に置いてたってこと?普通に怖すぎる・・・

 物音を立てたせいでピコ(本物)に秘密の部屋を観られてしまう。中にいるA、Bを見てドッペルゲンガーと勘違いするピコ。なぜか生き残れるのはひとりだけ・・・と佐藤ピコバトルを始めることに。どうしてこうなった。

 

 バトルの結果、大惨敗する本物ピコ(笑)なんでやねん。

 負けた以上死ぬことになるピコ、「まだ漫画家のスタートラインにも立ててないのに~」と号泣。あの画力で本気でデビューを目指しているのかと驚愕のA、B。実はこの二人も漫画家を目指していたが今はコモナの人形扱いされているわけで、わたしたちは諦めてしまったがお前は諦めていない、生き残るのにふさわしいのはお前かもしれない・・・となんかいい空気を匂わせて秘密の部屋に消えていくのだった・・・

 

 ってうまくまとめた感になってるんだけど、A、Bの正体がまったくわからずに話を進めてるの、スゴイとしか言いようがない。まだ正体明かさないんだ。作者の暴風の前に読者が置いてけぼりにされていく感よ。これなんだよなー僕たちが欲しかったものは。優しい内臓先生の漫画が読めるのはきららキャラットだけ!

 

 

 

 

 

三途の川を渡れ『アイアンクロー』

 伝説のプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックと彼の息子たち“フォン・エリック一家”はマット界で一世を風靡し、次々とチャンピオンを生み出し「最強の一族」の名をほしいままにしていたが、いつしか彼らは「呪われた一家」と呼ばれるように。

 フォン・エリック一家の物語をスクリーン界で傑作、名作を次々生み出すA24制作で描かれた『アイアンクロー』はまさに最強タッグの映画だ。

 

 悪役レスラーとして人気を博していたフリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキャラニー)だが、実態はトレーラーハウス住まいの貧乏暮らし。キャデラックにトレーラーハウスを引っ張って見せても腹は膨れない。妻と子供に「俺はいつかチャンピオンになる。お前たちもパパの後を継げ」と見栄を張る。

 フリッツは有言実行の男だ。必殺技アイアンクローを武器にAWAヘビー級王者になった彼は家を持ち、プロモーターとして辣腕を振るい、息子たちをプロレスラーとして育て上げる。最終目標は「史上最強の一家」になること。次男ケビン(ザック・エフロン)、三男デビット(ハリス・ディキンソン)。四男ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)と次々リングに上がらせ、自分の夢を実現させようとする。

 が、心優しく口下手なケビンは父の期待を重荷に感じるようになり、タレント性のあるデビットやケリーの方にフリッツは期待を寄せるようになる。その期待に応えデビットとケリーは才能を開花させていく。だがそんな家族に悲劇が襲い掛かる。デビットが全日本プロレスのリングに上がるため来日先のホテルで急死。デビットの代役として王者リック・フレアー(アーロン・ディーン・アイゼンバーグ)と対戦したケリーは見事勝利するもバイク事故で片足を切断。ケリーがリハビリに励む中、五男マイク(スタンリー・シモンズ)はミュージシャンになる夢があったが、父の教えに従いレスラーの道へ。兄弟たちでもっとも体が小さいマイクは試合のケガが原因で重い障害が残る。絶望したマイクは安定剤を飲み自殺。ケビンは「俺たちの一家は呪われてる」ことを確信する。

 フリッツと息子たちは仲たがいするようになり、ケリーは一家の呪いを口にし、自殺をほのめかすような電話をケビンにかける。ケリーを気にかけて欲しいというケビンの電話に父フリッツは「あいつもいい年なんだ。ほうっておけ」と冷たく言い放つ。ケリーを心配して自宅にかけつけたケビンの耳に銃声が轟く。自ら胸を撃ったケリーの遺体を目にしたケビンは父親に殴り掛かる。ケリーの事を気にしてと言ったのに、あんたの息子じゃないか、これまであんたの言う通りにしてきたのに・・・

 

 プロレスは他の格闘技やスポーツと違って相手と同じだけ自分を痛めつける競技だ。ボクシングみたいにスウェーしたりブロックばっかりしてたら絵にならない。技を受けたら倍にして返す。傷ついてナンボだ。エリック一家は父の期待を一身に背負って技を受け続ける。フリッツはレスラーなのにまるで相手(息子)の痛みがわからないようにこれでもかと痛めつける。

 フォン・エリック一家の悲劇は有名だからオチもわかっているんだけど、映画『アイアンクロー』は悲劇だけの話ではなく、ケビンたち兄弟の愛情の物語でもある。時には喧嘩し仲たがいする兄弟たちがしっかりと深い愛情に結ばれている様子が描かれているのがこの手の実話モノにありがちな苦しめて泣かせるだけの物語になっていないところが良い。

 

 死んだケリーがボートに乗って川を渡るとデビットとマイク(ギターを持っている。ミュージシャンになる夢をかなえたのか)が対岸で待っていて、しっかと抱き合うと傍らには幼子が。それは六歳で亡くなった長男ジャック・ジュニアだ。

 要するに三途の川みたいなものなんだけど、アメリカ人に三途の川は理解できるのか?ギリシア神話のステュクス川みたいなもんか。

 古代ギリシアの学者プラトンの名を冠したプラトニック・ラブ(精神的な愛)は肉体よりも精神的な愛を貴ぶもので、鍛え抜かれた肉体(プロレス)によるつながりよりも内側に潜む脆い精神のつながりこそ美しいという『アイアンクロー』はなるほど古代ギリシア的な物語だったわけだ。古代ギリシアの格闘技パンクラチオンはプロレスの原点みたいなものだし。

 

 

 

 

 

検閲という名の悪魔教、その戦いの記録『オーメン:ザ・ファースト』

 70年代オカルト映画ブームの代名詞でもある『オーメン』が2020年代に蘇った!『オーメン:ザ・ファースト』は1976年の第一作『オーメン』は2006年に一度リメイクされたが、今回は第一作の前日譚という位置づけ。悪魔の子ダミアンが如何にして誕生したか?その謎に迫る。

 

 だから作品舞台は一作目より以前の1971年。ローマの教会にやってきたアメリカ人修道女のマーガレット(ネル・タイガー・フリー)はローマ中に蔓延する若者たちの反体制運動を目の当たりにする。教会の権威が失墜する中、教会内の孤児院で隔離されるように暮らしている少女カルリータ(ニコール・ソラス)の事を気に留めるようになる。

 街中で会った神父ブレナン(1作目でダミアンを殺せと忠告してきたあの神父!演じている役者は別)は教会に気をつけろ、カルリータから目を離すなと忠告(1作目のように)。以後カルリータの周囲では不可思議な出来事が起き続ける。アンジェリカ修道女が「あなたのためよ!」といって自らの体に火をつけ、首つり自殺を遂げる(1作目の再現)。

 

 マーガレットはブレナンの元を訪れる。彼の口から教会内のある派閥が修道女に悪魔の子を産ませようとしている計画が語られる。悪魔の恐怖が世間に蔓延すれば人々は悪魔に対抗する存在として神への信仰を取り戻すだろうと・・・壮大なマッチポンプ!

 その反キリスト派たちは修道女を山犬と交わせて悪魔の子を産ませようとするが、ほとんどが死産であったり、女児であったりと失敗を繰り返す(悪魔の子は男児でなくてはならない)。生まれた女児にはさらに山犬と獣姦させて悪魔の子を生み出させようとし、その「道具」とはカルリータなのでは?

 教会内の反キリスト派に命を狙われながらカルリータの出生記録を手に入れたマーガレットとブレナン神父は恐るべき事実にたどり着く。

 

 

 舞台設定が70年代ということもあって映画全体のテイストが70年代に貫かれている。例えば修道院が舞台だったりするのは『サスペリア』風だし、反キリスト派が悪魔の子をそうと知らず女性に孕ませて産ませようとするのは『ローズマリーの赤ちゃん』(これは60年代だけど)っぽく、昨今の激しいゴア描写をスピーディーに描くタイプのホラーではなく、神経にねじ込むような厭味ある描写はまさしく70年代のオカルト描写にプラス、教会内の不祥事にも似た恐ろしい陰謀が隠されているというのは『ヴァチカンのエクソシスト』みたいな現代風サスペンスも描かれているのだ。

 前日譚だけあって最後は1作目につながるような話にしているのだけど、別の世界線が提示されており、ここから救世主と悪魔の戦いとなる新3部作に展開しそうな予感。

 旧シリーズは悪魔の子をそうとは知らず与えられてしまった父親の葛藤と後悔だったけど、今回はそうとは知らず悪魔の子を産んでしまい、悪魔とはいえ我が子を手にかけられなかった母親の葛藤と後悔というモチーフに変えている。女性が物語の中心に置かれているのも現代風だな。

 

 あと気になるのは火あぶり首つりとか、人体真っ二つとか1作目を凌ぐエグイ描写がストレートに描かれてるのに、悪魔の子が誕生するシーンはモザイク入りって??人の死より生命の誕生の方が見せてはいけないものってこと??

 監督のアルカシャ・スティーブンソン(女性)は膣を映すシーンを残すかどうかでMPA(レイティングを管理するアメリカの映倫)と長い戦いを繰り広げた。スティーブンソンは「悪魔の陰茎を描くのは何も言われないのになぜ膣だけにクレームをつけるのか」と憤っていたが全くその通りとしか。

 検閲という名の悪魔教と戦ったスティーブンソンのメッセージを映画で確認してくれ!