![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/a3/f9/j/o0550035314425810700.jpg?caw=800)
西鉄北九州線の本線格である北九州本線は前身の九州電気軌道の手により1911年より部分開業を重ね、1914年6月25日に今回の紹介区間である黒崎駅前~折尾が最後に開業して門司~折尾の全線が開業しました。北九州地区の主要都市(当時は小倉や八幡など別々の自治体でした)を連絡するインターアーバンとして建設された経緯もあり専用軌道区間が多く、さらに停留所間隔も長かったため表定速度が高く、また道路交通への影響も全体として他都市より小さかったと思われます。さらにフリークェンシーの向上に努めた結果、その利便性から乗車率は高く並走する国鉄鹿児島本線との棲み分けができていました。
戦後も高度経済成長期には沿線にある八幡製鉄所が活況を呈していたため北九州線の利用客が増加しましたが、他の大都市では自動車社会の到来により相次いで路面電車が廃止となりましたが北九州市では警察の協力もあり円滑な輸送を実現できていました。
しかし1970年代前半の鉄鋼不況、さらなるモータリゼーションの進行、並走する鹿児島本線の運転本数増加や相次ぐ新駅設置、などの影響をもろに受け利用者数が激減し、1980年の北方線を皮切りに(北方線は事実上北九州モノレールへの転換)、1992年までに今回紹介の黒崎駅前~折尾を除く全区間が廃止されてしまいました。
しかし1970年代前半の鉄鋼不況、さらなるモータリゼーションの進行、並走する鹿児島本線の運転本数増加や相次ぐ新駅設置、などの影響をもろに受け利用者数が激減し、1980年の北方線を皮切りに(北方線は事実上北九州モノレールへの転換)、1992年までに今回紹介の黒崎駅前~折尾を除く全区間が廃止されてしまいました。
黒崎駅前~折尾は全区間が専用軌道区間だったためバス代替が困難として最後まで残されましたが、2000年11月21日には並走する鹿児島本線に陣原駅が開業した事で代替が可能となり、その5日後の11月25日の運行をもって西鉄北九州線の歴史は幕を下ろしました。
が、黒崎駅前~熊西については筑豊電気鉄道線の電車が乗り入れていたため廃止されず、施設を保有する西鉄が第三種鉄道事業者、電車を運行する筑豊電鉄が第二種鉄道事業者として長らくこの体制が続いていましたが、2015年3月1日に黒崎駅前~熊西の施設が西鉄から筑豊電鉄へ譲渡され、この区間は現在筑豊電気鉄道線として筑豊電鉄の第一種鉄道事業区間となりました。ゆえに、黒崎駅前~熊西は今も電車に乗って西鉄時代の郷愁を少しは味わう事ができます。
今回は黒崎駅前から折尾の順にレポートします。
西鉄北九州線は軌道線なので停留場・電停と呼ぶのが適当なのですが、当記事では「駅」と呼ばせていただきます。
西鉄北九州線は軌道線なので停留場・電停と呼ぶのが適当なのですが、当記事では「駅」と呼ばせていただきます。
尚、今回の区間は徒歩や電車でサラッと辿っただけなので調査が不十分なことをお詫び申し上げます。
また、今回の探訪記は2012年現在のものです。
2016年現在、折尾駅周辺はJR線の高架化工事で状況が変化していると思われますが、何卒ご了承お願いいたします。
また、今回の探訪記は2012年現在のものです。
2016年現在、折尾駅周辺はJR線の高架化工事で状況が変化していると思われますが、何卒ご了承お願いいたします。
![イメージ 21](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/86/f2/j/o0800031714425810732.jpg?caw=800)
路線名 | 区間 | 営業キロ | 備考 |
西日本鉄道:北九州本線 | 黒崎駅前~折尾 | 5.0km | 2000年11月26日廃止 |
(※) 2016年現在、黒崎駅前~熊西(0.6km)は筑豊電気鉄道線として現役。
(※) 全区間複線・直流600V電化。軌間1,435mm。
探訪・撮影時 | 2012年6月ほか |
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/fb/cf/j/o0550041214425810811.jpg?caw=800)
1999年12月に現在地のコムシティ1階に移転したのですが、この新駅を西鉄北九州線の電車が使用したのはわずか1年弱でした。
黒崎駅前~熊西につきましては現役路線であるため、今回の記事では省略させていただきます。ご了承下さいm(_)m
筑豊電気鉄道線の記事はこちら。
筑豊電気鉄道線の記事はこちら。
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/13/61/j/o0550041214425810840.jpg?caw=800)
現在は筑豊電鉄の単独駅になっています。
![イメージ 4](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/ec/e6/j/o0550041214425810860.jpg?caw=800)
熊西駅を発車後、西鉄北九州線は右へ、筑豊電気鉄道線が左へ分かれていました。このすぐ先に皇后崎駅跡がありました。
2012年の時点では北九州線の廃線跡には架線柱が残っていました。
![イメージ 5](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/13/f2/j/o0550041214425810884.jpg?caw=800)
橋梁は撤去されてしまいましたが、折尾方の黒崎バイパス高架下(道路橋手前)には橋台が残存していました。
![イメージ 6](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/3d/da/j/o0550041214425810905.jpg?caw=800)
写真はJRの陣原駅前の様子で、この付近には北九州線の駅はありませんでした。
中央部が廃線跡で、西鉄の手により宅地転用されつつありました。
![イメージ 7](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/ad/53/j/o0550041214425810944.jpg?caw=800)
廃線跡は側道に挟まれていました。こちら側の廃線跡は既に宅地に変わりました。
![イメージ 8](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/42/1f/j/o0550041214425810972.jpg?caw=800)
すると、県道11号線をアンダーパスしますが、この陸橋は北九州線の現役時より存在していました。
廃線跡はプレハブ小屋の場所を通っていました。陸橋の橋脚は複線分の幅が確保されています。
![イメージ 9](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/9f/55/j/o0550041214425810993.jpg?caw=800)
宅地開発中で遺構は残っていませんでしたが、付近には商店が並んでおり駅前の雰囲気は感じられました。
![イメージ 10](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/8c/88/j/o0550041214425811018.jpg?caw=800)
廃線跡は黒崎方面(右)が歩道、折尾方面(左)が車道に転用されました。
![イメージ 11](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/a1/a7/j/o0550041214425811058.jpg?caw=800)
設備は撤去されていますが、盛土が遺構として残っている形です。
この先、しばらくの間は廃線跡を辿れないので迂回しました。
![イメージ 12](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/d3/d0/j/o0550041214425811083.jpg?caw=800)
その後、北九州線の廃線跡は再び鹿児島本線と並走します。この付近も更地化されている感じでした。
![イメージ 13](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/b9/c1/j/o0550041214425811123.jpg?caw=800)
![イメージ 14](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/d2/fd/j/o0550041214425811186.jpg?caw=800)
折尾駅付近高架化工事用の車両が通るのでしょうか?
いずれにしても、通行禁止なので迂回しました。
![イメージ 15](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/0c/6c/j/o0550041214425811209.jpg?caw=800)
この付近も廃線跡は工事車両専用道路に転用されています。
![イメージ 16](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/d0/97/j/o0550041214425811244.jpg?caw=800)
![イメージ 17](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/14/b8/j/o0550041214425811265.jpg?caw=800)
工事車両専用道路区間は終わり、築堤上の廃線跡は駐輪場になっていました。
![イメージ 18](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/b5/a1/j/o0550041214425811294.jpg?caw=800)
高架橋はレンガ積みのアーチ橋でした。現在は折尾駅の工事も進んでいるでしょうから撤去されているかもしれませんが…。
![イメージ 19](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/26/a0/j/o0550041214425811330.jpg?caw=800)
既に橋梁は撤去されています。レンガ造りの高架橋の遺構も立体交差事業で撤去されてしまうのでしょうね…。
![イメージ 20](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/17/s-limited-express/88/61/j/o0550041214425811362.jpg?caw=800)
北九州線廃線後も駅ビル「オリオンプラザ」は営業を続けていましたが、
2012年の時点では既に解体撤去されていました。駅や駅ビルの跡は道路や公衆トイレ、時間貸駐車場になっています。
(おしまい)
私が西鉄北九州線(黒崎駅前~折尾)の廃線跡を探訪したのは2012年の1度きりですが、それまでに筑豊電気鉄道線を乗り鉄したり鹿児島本線の車窓から廃線跡を確認したりしていました。また、廃止直前の2000年9月には当該区間を踏破しています。乗車した路線の廃線跡を探訪するのは複雑な気持ちでした。
廃止区間の距離は5kmですが、黒崎駅前~熊西(0.6km)につきましては筑豊電気鉄道線に乗って現役時の雰囲気を味わう事ができます。熊西~折尾は徒歩探訪がメインとなりますが、専用軌道区間だった廃線跡は道路転用された区間が少なく、迂回を強いられる箇所もあり忠実に辿る事はムリです。また、遺構は非常に少ないです。
熊西~折尾を徒歩探訪すると片道約1時間30分を要します。陣の原電停跡の近くにJR鹿児島本線の陣原駅があるので途中リタイア・途中参加も可能です。また、黒崎も折尾もJRの列車本数が多いのでアクセスの心配はいらないでしょう。
熊西~折尾を徒歩探訪すると片道約1時間30分を要します。陣の原電停跡の近くにJR鹿児島本線の陣原駅があるので途中リタイア・途中参加も可能です。また、黒崎も折尾もJRの列車本数が多いのでアクセスの心配はいらないでしょう。
食料・飲料について、コンビニは黒崎駅や折尾駅、陣の原電停跡付近にありますが意外と少ないです。黒崎駅前~陣の原では南側を並走している国道3号線沿いにコンビニや飲食店が点在していますが、陣の原~折尾には国道沿いにもコンビニや飲食店がないのでご注意を。飲食店は黒崎駅前に多くありますが、折尾駅前には少ないです。時間をかけて探訪される際は事前に用意しておいた方が良いでしょう。黒崎駅、折尾駅とも駅弁を販売しており、折尾駅には有名な「かしわめし」があります。
北九州市周辺へご旅行の際は、ぜひ一西鉄北九州線(黒崎駅前~折尾)の廃線跡を探訪されてみて下さい!
接続駅 | 接続路線 |
黒崎駅前電停 | JR九州(黒崎駅まで徒歩3分):鹿児島本線、(筑豊本線【福北ゆたか線】列車) |
熊西電停 | 筑豊電気鉄道:筑豊電気鉄道線 |
折尾電停 | JR九州:鹿児島本線 |
折尾電停 | JR九州:筑豊本線 (若松方面【若松線】、飯塚方面【福北ゆたか線】、短絡線【福北ゆたか線】) |
(参考:地理院地図、Wikipedia)