誰も見たことがない山頂の神に、人類は救われるのだろうか、それともゆっくりと滅ぼされてゆくのだろうか。
自衛隊が山を包囲しているが、手を出せずにいる。昨年末送った登山隊も連絡を絶ったからだ。攻撃にGOが出ているわけでもなく、救出に向かうにも同じ結果を生む恐れをはらんでいる。
「すごいタイミングだな」
ご丁寧に2冊置いていった小冊子を見ている時だった。TVが『愛を知る会』が神からのメッセージを発表したことを伝えたのは。
ホームページは開設されているようだが、マスコミを通じての発信は初めてのことになる。
「地は形なく、虚しく、闇が淵のおもてにあり、私の霊が水の表を覆っていた。私が『光あれ』と高く唱えれば光があった。光と闇を分け、光を昼、闇を夜と名付けた。大空を造り水を集めて海を満たし、大空を天と名付けた。
地を覆う草と、花を咲かせる草木と高くそびえる木々を造った。水に生きるもの、地を這うもの、空を飛ぶものを造った。

ミケランジェロ作『創造の初めの日』
やがて時は満ちた。地球に発生させた猿人と我々のDNAを操り人類創造が始まった。試作品である旧人類ネアンデルタール人やデニソワ人は滅んだ。新人類クロマニョン人も滅んだ。けれど血を混ぜる試みは良いデータをくれた。彼らは自由に交わった。これらのすべては、地球の環境に最高の形で適応できるあなた方を造るための実験だった。
ひとつ教えよう。今も地球に生きているあなた方の最初の試作品がいる。それはチンパンジーだ。

ハノーバー動物園の『ネアンデルタール人の葬儀』
私は天地創造の神。あらゆる生き物の父であり母。人類の生みの親。地球上に私が造らなかったものなど存在しない。

骨格から復元されたネアンデルタール人の少女
なぜ私が再び現れたのかを教えよう。
それは、人類が道を誤っているからだ。かつてあなたがたは幾度も過ちを犯した。地球に送った多くの預言者たちの言葉に耳を貸そうとはしなかった。そればかりか迫害すら行った。

今を見よ。神を忘れたこの時代を見よ。悪魔の起こすスパークを見よ。これは他の誰でもない、あなた方が招いたことなのだ。
サタンの領域に足を踏み入れたから、邪悪な彼が愛を破壊し始めたのだ。地球は愛だ。サタンに譲り渡してはならない。
このまま進むのならば、この先に待ち構えているのは滅びしかない。創造神である私は、それを見過ごすことはできない。
私以外を信じてはならない。偶像を崇拝してはならない。私を愛しなさい。新しいページを開く道はそれしかない。それが超新人類への道だ。私の庇護の元で大いに愛し合いなさい。愛こそが未来へのドアを開ける鍵だ。
我が子たちよ忘れてはいけない。私の名はヤハウェ」
読み上げたアナウンサーがこちらを見た。
小冊子を読めばわかる内容だった。あの山にいる神が人類救済に乗り出したことを。かつて彼らが人類を創造したことを。
「さて、どうしようっか智也」詩織は小冊子を弄んでいる。僕は裏表紙を再び確認した。
「明日にでも行ってみよう。セミナー及び説明会は随時行っています。来場希望日の前日、午後3時までにご連絡くださいだって。随分柔軟だな。後で電話しよう。その前にさ、飯を食いに行こう」
「でもさ、でもさ」詩織が立ち上がった僕の二の腕を掴んだ。「天と地と人類と、あらゆる存在を造ったって言っているけど」キュッと眉根を寄せる。
「宇宙を造ったと言わないのはなぜ? 聖書の書かれた時代ならまだしも、今なぜ、宇宙を創造したと言わないの?」
神とは何なのかを模索した、詩織ならではの言葉だった。
あの山に降りたのが神だと喜ぶ人たちがいた。それはもちろん『愛を知る会』だ。
その時から、詩織は聖書を読み始めた。もちろん解説されたものがなければ太刀打ちできないけれど、彼女は根気よく続けた。
なぜ部屋に聖書があるかといえば、かつて僕がクリスチャンだったからだ。父母がそうだったように、幼い頃から何疑うことなく教会に通った。
過去形になるのは、疑問を感じたからだ。
詩織は続けてこう言った。「旧約聖書の神って宇宙人じゃないの? たくさん人を殺してるよね。そんな神様って変だよね」
二の腕を掴む力がぐっと強くなる。
ぽんぽんとショートボブの頭を叩いた。「いい考察だよ詩織」
それは僕がクリスチャンをやめたのと同じ見解だった。
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