「日向と、陽だまり、ですか?」
「ええ、日向と陽だまりです。同じだと思いますか?」老人は目を大きくして、ちょこんと首を突き出した。
面倒とは思いながらも、僕はその違いについて考えてみた。あえて質問されなければ素通りしてしまう事柄は意外に多い。電車の揺れに身を任せて、しばしの時間が過ぎた。
「日向って──」口を開いた僕に、老人が興味深そうな優しい目を向けてきた。
「お日様の当たっている場所ですよね。もちろん陽だまりもそうですけど。ニュアンス的になんというか、日向って──影のできにくい場所のような気がします。たとえば、校庭って日向って感じがします。見晴らしのいい場所って感じがします。ビルの屋上とか、原っぱとか」
グッジョブ! 言葉こそ発しなかったけれど、老人は親指を立てて頷き、先を促すような目をした。
「陽だまりって、影と影との隙間にできた場所のような気がします。猫が丸まるのは陽だまりが似合います。校庭や原っぱの真ん中で昼寝する猫って、なんか似つかわしくないです」僕は自分の答えがおかしくて、少し笑った。

「あなたは今、日向と陽だまり、そのどちらにいますか?」その目は一層優しくなった。できの悪い教え子が思いの外頑張ったときのように。
「広いから」僕は電車を見渡した。「日向ですかね。いや、よくわからないです」そう、ずっと日向にいるような気がするが、それは日陰を早く通り過ぎているからだ。でき悪い教え子はできの悪い答えを出した。
「日向も影も、太陽が動くから生まれます。正確には動いているのは地球ですが」
電車が停まり、離れたところに座る親子連れが座席を立った。父母に挟まれ両手を握られた男の子は、ぴょん、とホームに飛び降りた。
昨夜流れた、幼子を残して焼死した若い夫婦のニュースが蘇る。あの父母とてスパークに怯えているに違いない。男の子だけがなんの不安も恐れも持っていない。そのギャップは、埋めようもない距離だ。
「あなたは動いています」老人の声に僕は再びその柔和な顔を見た。「もちろん、あなたの足で、ではなく、電車で、ですが。それでもあなたは、地球の動きからちょっとだけ逃れているとも言えます。陽だまりは心安らぐけれど、影が訪れるのは早い」
わかるようなわからないような言葉に、僕はそれでも頷きを返した。
「日向にいたほうがいいですね」太陽のつもりだろうか、老人は右手を花でも咲かせるようにホワッと広げた。「日陰の寒さを恐れることもない。それはまあ、気持ちの問題なのですが、それが一番大事な気がします」
はあ、と言いそうになるのをこらえて「はい」と声を出した。
しかし、この老人は、いったい何を言おうとしているのだろう。
「お隣の方は奥様ですか?」眠る詩織を目尻にシワを寄せて見た。慈父のような目だ。
「あ、いえ。まだ結婚していません」スパークが、と言いかけてやめた。どう考えても楽しい話題ではない。それは世間一般でもそうだった。独身で彼氏や彼女いない男女以外の口に乗ることはない。
「恋をするにも物騒な世の中になりましたね」老人は眉根を寄せた。
「スパークは──」老人は言葉を選ぶように言葉を切り、ステッキで重ねた指をパラリパラリと動かした。「どのような基準で起こると思いますか?」
「基準ですか──それは僕も考えてみたんですが、見つけられないんです。無差別としか思えないんです」
ふむ。老人は小さく頷いた。「最初は、無差別だっただろうと思います」
「最初は、ですか?」
「ええ、最初は、です。その後はある一定の法則に則(のっと)っているように思えます。それはとても単純なことのような気がするのです」
電車の天井を見上げ、自分の言葉を吟味しているようだった。次の到着駅のアナウンスが流れた。
「さきほど親子連れが降りましたね」
「ええ、小さい男の子と若いご夫婦でした」
「あの子のようであればいいと思うのです。スパークは止みます。恐れることはない」
さて、老人は後ろを振り向いた。「いい天気で何よりです。明日もきっと晴れる」ステッキについた両手にぐっと力を入れて老人は立ち上がった。
「お隣で眠る方に代わる人はいないでしょう。お大事になさい。時として否定をしたい気持ちも湧くでしょうが認めてあげなさい。100%です。愛と恋のエチュード・ワンです。
過剰も不足もなく、ちょうどいいのです。それから──」老人は人差し指を立てた。
「すべてにおいて不安と怖れは抱かないことです」
電車は止まり、老人は降りていった。
週刊誌の表紙に目を落とした。
全文掲載 神の言葉か高次の存在とのチャネリングか! スパークが収束に向かったのはやはりこれなのか! 真相に迫る!スパークが収束に向かった? どういうことだ?
僕はそのページを開いた。
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