震える手でコートを脱いだ。もがく二人に思い切り叩きつけた。
詩織もチェスターコートを脱いで走り寄ってくる。
バッサ、バッサ、バッサ! 上から右から左から叩く。空気抵抗で重いコートを振り回して叩く、叩く、叩く。火花は衰える様子を見せない。二人の間で火花が弾けているのではない。体全体からほとばしっている。
無理だとはわかっている。スパークに見舞われた二人が、近くの池に飛び込んだことが報道されていた。目撃者の証言では、水の中でも火花は飛び続けた。

その色は白に淡い黄色を混ぜ込んだ色。もっとも温度が高い白が優勢を占めている。ゆうに千度を越えているだろう。
火花の中の二人は顔を覆い、声にならない叫びを上げる。やがて体をそらし倒れ込み、のたうち回る。
それを追いかけ、唸り声を上げてなおも叩く。
詩織も言葉にならない叫びを上げながら叩き続ける。
ボヮウンッ!
ガソリンでも注いだように、一気に燃え上がる男女。弾けるように後ろに飛んで尻餅をつき、呆然と見つめる。
チリチリ、ジリジリ、パチパチパチと人体の焼ける音と、タンパク質の焦げる匂い。
赤とオレンジのゆらめきの中で黒いシルエットの二人が胎児のように縮こまっていく。
顔が熱い。
酸素不足で早く意識を失ってくれていればいいのだが。苦しまずに死んでくれていたらいいのだが。
立ち上がり近づき、ボクサーのように体を曲げていく二人を、ギュッと目を眇(すが)めて見た。
同伴者がいない二人は、暫くの間は身元不明として扱われるだろう。
男女の区別もつかないぐらいに燃やされていく二人は、もうなにも考えない。なにも生み出せない。アイデンティティさえ失う。
「──」聞き取れないほどの声で詩織がつぶやいた。
炎に照らされるその顔は、かつて見たことのない異様なものだった。
「──」再びのつぶやきも聞こえない。驚きでも呆然でもなく、狂気をはらんだようなその顔。
「詩織!」その肩を揺すった。
「悪魔」眉間にしわを寄せる詩織のつぶやきがようやく聞こえた。
「悪魔、悪魔、悪魔、悪魔、人殺し、人殺し、人殺し……」
「もう見るな」詩織の肩にチェスターコートを着せた。
「悪魔、悪魔……」
遠くから複数のサイレンの音が聞こえた。
「あたしたち、これから悪魔に魂を売りに行くの」少し笑ったように、軽かやに謳う。
「もう見るな、行こう」肩を抱いて駅に向かおうをしたが、その体は頑として動かなかった。
「あたしたちね」やはり薄っすらと笑っている。思い出し笑いでもしているように。
「あたしたち裏切り者なの」
「いくぞ詩織!」
「やだ! だめ!」
「もう、行かなくちゃ」
「見送ってあげなくちゃ! 最後まで見送ってあげなくちゃ、だって、かわいそうでしょ! 誰もいなくて寂しいでしょ! あたしたち、これから……この人たちを殺した悪魔に魂を売りに行くのよ……お詫びしなくちゃ。人として謝らなくちゃ」
その目には、炎を映し出す涙が堰を切ったように溢れた。
「そうだな」詩織の背中を撫でてから両手を合わせた。
サイレンの音が近くで止まった。
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