風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -103ページ目

まだこれを知らない人が多いことに僕は驚きを隠せない。
最近はヒビ・アカギレにもなんてCMに変わってきた。

「ああ、CMで見たことある」って声も聞くけど、実際に使った人に会ったことがない。

以下、知っている人は飛ばして読んでください。

傷からは浸出液(しんしゅつえき)と呼ばれる透明あるいはやや黄色みががった液が出る。血管からにじみ出てきたこれが傷を早くきれいに直してくれる。

従来の考え方だと、傷は乾燥させて治すというものだった。消毒液を使いガーゼで覆う。あるいはバンドエイドを貼る。かさぶたができたらOKみたいな。

ずいぶん以前のことだけど、この湿潤療法を実践しているお医者さんのことをテレビでやっていて、僕はかなりの驚きとともに熱心に見た記憶がある。

その後登場したのがキズパワーパッドだ。



何年も前になるけれど、僕は額にひどい擦り傷を作ったことがある。額はもちろん、髪の生え際の一部が根こそぎ欠損してしまうほどの擦り傷だった。
擦り傷という表現はふさわしくないかもしれない。もうひどい傷跡が残るだろうと想像できた。

キズパワーパッドが発売されていることを知らなかった僕は、消毒液とガーゼと絆創膏を買いそれに当てた。

消毒液のなんと痛いことか。見た目のなんとひどいことか。すれ違う誰もが僕の顔ではなくおでこの辺りを注目する哀れさだった。それも二カ所……。

なんとか方法はないかと考えた僕は薬屋さんの中を見て回った、そして目にとまったのがキズパワーパッドだった。

早速貼ってみた。

ふむ、ふむ、あまり目立たない。近寄らなければ、たぶん見えない。
傷は水で洗い、血液はティッシュなんかで拭き取るといい。そして貼る。貼りっぱなしでいい。最長5日ぐらいと書いてある。異様に水に強い。お風呂もシャワーも平気。

テルマエロマエの使い回し( ´艸`)


傷の辺りが白くぷっくりと膨らんでくるのが見える。これが傷を跡形もなく消してくれる浸出液と呼ばれる血漿だ。

もちろん顔も洗うし髪も洗う。白く膨らんだ浸出液も目立つから、僕は仕方なく毎日張り替えた。使い方としては好ましくないラインだったろう。

けれど、傷跡を全く残さずそれは治った。
今見ても、あんなにひどい擦り傷がどこにあったのかさえ分からない。それを教えてくれるのは、今も一部なくなった額の生え際だけだ(笑)

擦り傷切り傷には絶対これ!

なぜ突然こんなブログかというと、昨夜再び買ったからだ。それは擦り傷ではないし、時間の経過したものなのだけど、なかなか治らないので使ってみることにした。
昨夜貼ったのだけど傷の形に白くなってきた。

組織を壊死させてしまう消毒液は使ってはいけない。
傷は乾燥させてはいけない。


ただし、深い傷はお医者さんへ!

自然の治癒力に任せよう。
頑張れ僕の浸出液。

あ、今は類似のものがたくさん発売されています。たぶんキズパワーパッドが一番高いんじゃないかな?
他のもので充分です。ご家庭に常備しましょう。

もっと詳しく書かなければならないことはたくさんあるけれど、それは他の人に譲ります。

僕が伝えたかったのは、痛みなく跡形もなく、きれいに早く治そうとするなら絶対これ! という事実だけだから。

すり傷ならパワーパッド!
心暖まるお風呂ならこちらへ♡ ふぅ~♪


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僕は吉田拓郎の「落陽」という曲が嫌いだった。
というか、なんてつまらない歌だろうと思った。

評価に値せず。

けれど、いつの頃からだろう、不思議なことにいい歌だと思うようになった。
歌詞の内容など詳しく読み込んだことはないけれど、いい歌だと思うようになった。

「この国と言ったら賭けるものなどないさ」という若者。
賭け事が好きで、すってんてんのじいさん。

詳しい流れなんて知らなくてもいい。そこに込められた深い意味なんて知らなくてもいい。

僕がいいと思えば、それでいいんだ。

だから、

君がいいと思えば、それでいいんだ。


作詞:岡本おさみ 作曲:歌/吉田拓郎


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─輪ゴムの謎 ①─

おそらく、子供というのは大人ほどお風呂が好きではない。
だからこそ、じょうろや水鉄砲やアヒル隊長を持ち込んで何とか気を紛らわせようとするのだ。

お風呂に入った子供が、
「はあぁ~~ふぅ~~ッ」などと恍惚のため息を漏らしたら、将来がちょっと不安になる。そんなじじむさい子供、想像するだに恐ろしい。

人は何歳ぐらいを境にお風呂好きになるのだろう……。



それはさておき、僕らが若い頃は、町内に一件ぐらいは銭湯があった。ということは、ちょっと歩けばいつもと違う銭湯にも行けたのだ。

銭湯にはあこがれの番台がある。
〝番台に座ってみたい!〟
男たるもの、誰だって一度は切望するあの番台だ。



その番台でおばちゃんにお金を払い、滑(すべ)らかなお尻を見せながら服を脱ぎサッシを開けて湯気の立ちこめる風呂場へ向かうと、その湯船には必ずといっていいほど、じいちゃんが入っていた。

熱い湯船の向こう側に陣取り、まるで銭湯の主みたいに辺りを睥睨(へいげい)している。

早く出て欲しいけどなかなか出ない。湯船にはぶっとい蛇口がついているからといって、じいちゃんがいる限り水でぬるくすることはできないのだ。

僕はそろりそろりと入った。それはお風呂の熱いを通り越して、痛点を刺激した。

じいちゃんはそろそろ煮えている。

あの頃の銭湯は100円ぐらいだったと思う。けれど、どんどんと値上がりしていった。
いわゆる第四次中東戦争を機にしたオイルショックと呼ばれる現象だ。天井知らずの物価は狂乱物価と呼ばれた。

銭湯の値段も4~5年で倍になったはずだ。もちろん、その他諸々の物価も。

原油価格と直接関係のないトイレットペーパーや洗剤の買い占めが起こったのもこの頃だ。
テレビのニュースでもよくやっていた。開店と同時にトイレットペーパー売り場へ走り、争うようにそれを手に取る人たちを。

まあ、それも再びさておき、僕は洗面器に石けんとシャンプーとリンスとひげ剃りとタオルを入れて銭湯に通った。風呂場には必ずケロリンの黄色い洗面器が積んであった。

映画テルマエロマエより


「あのさ」休み時間のことだった。僕らの前でそいつは眉を険しくして声を潜めた。

「なに?」
「面白い話?」
「深刻な話?」
「怖い話?」

「ちんちんにさ」

ずざざざっ!
まるでそんな音が地を震わせそうな勢いでみんなが引いた。
もう、のけぞるように引いた。

「お、お前、病気もらったな!」

「エンガチョ!」
エンガチョ男は、両手の親指と人差し指で作った輪っかを結びつけ、祈祷師のごとくに胸の辺りで振る。

「違うって、違うんだよ」


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─輪ゴムの謎 ②─

そいつが懸命に否定しても、誰も信じない。
「違うんだって。銭湯でさ、変な人がいたんだよ」
「変な人? ちんちんじゃなくて?」
「いや、それも絡んでくるんだ。聞きたいだろ」

「どんな人?」立場は逆転した。
「銭湯でちんちんかあ……」
「みんな出てるしな」

「それがさ……」
そいつが長い机に前屈みになるのに引き込まれるように、僕たちも前屈みになった。

僕たちが使っていた机は長かった。ただ座って授業を受けるだけなら4~5人は座れる長さだった。
それが、以前書いた精密描写程度なら2人ぐらい、製図板やT定規などを持ち出すとひとりで使った。

「俺うんこなんか踏んでないからな」
「なに?」
「エンガチョ」
「根に持つねー」
「あれ? 怒っちゃったの?」

「ていうか、お前んとこのエンガチョはああだったの」
「違う?」
「俺んところはさ、こうだ」

そいつは人差し指に中指を絡めて言った。
「エンガチョ切った! 絶対こうだよなあ○○」
「俺の田舎にはエンガチョなんてなかったよ」
「日本は広いなあ」

「銭湯の話はどうなったの」
「おっかみさーん! 時間ですよー!」



「どこまで脱線する気なのお前たち」
「じゃあ、本題に戻そう。ちんちんにさ」
そいつがさらに前屈みになるのに引き込まれるように、僕たちもさらに前屈みになった。さながら秘密の作戦会議だ。

「輪ゴム巻いてた人がいるんだよ」
「ちんちんに輪ゴム!?」
「お前さ、声大きいんだってば」

「ちんちんに輪ゴム?」
「囁かなくてもいいから」
─スペースの問題─

そいつが学校の近くに住んでいるのが判明したのは、そのときだった。

「いいなあ、電車に乗らなくていいんだ」
「まあ、それが一番楽っちゃ楽だな」
若いくせに、人生を達観したような風貌のその男は言った。

「だよなあ、ぎりぎりまで寝てられるよな」
「チャイム鳴っても間に合うから」そいつは頷いた。
「そりゃ、ウソだろ」
「まあ、普通ウソだね」何事もなかったように、そいつはまたもや頷いた。

「じゃあ、行こうぜ」誰かが提案した。

「行こうぜ、行こうぜ!」
「でもさ、彼女が待ってたりしない?」

「待ってないって。来るのはいいけどさ、お前らの寝るスペースなんてないからね」
「夜でもないのに何で寝るんだよ」
「泊まんねえよ」

なぜかこの日は、野郎どもばかりだった。
僕たちは、学校にほど近いそのアパートの2階にどやどやと上がった。
「ここ」そいつはニッと笑った。

「は?」

「へ?」

「なに?」

みんながドアから首を突っ込む。

「はとかじゃ、へとかじゃないよ、俺の部屋だよ」
「これ、何畳?」
「3畳だよ」

「は?」

「へ?」

「だからあ、はとかじゃ、へとかじゃないって。俺の部屋だよ」
「どうやって寝てるの?」
「布団敷いて寝てるよ」
「いやいや、そういう問題じゃなくてスペースの心配してるんだけど」

「敷いてやろうか?」隅にたたまれた布団を指さした。
「敷かないときはさ、椅子になるんだ」
「そりゃどう見ても、椅子じゃなくて、でっかい座布団だろ」

「見てろよ」
そいつはどこか得意げに、隅にたたまれた布団を敷いた。それだけで、部屋の隙間はほとんどなくなった。
「ほら、な」
「まあ、なあ、しかし……汚ったねえ布団」
「洗えないからしょうがないだろ」
「普段は座布団だしな」

「さ、俺寝よ。寝起きはビールでいいからね。さ、どいたどいた。2時間したら起こして」
布団に寝転がった僕にさめた声が飛んだ。
「○○ってさ、やっぱ少し妙だよ」

「あ」僕は顔を上げた。

「○○さあ、冷蔵庫に酒ある?」
「ない。見りゃ分かるとおり、そもそも冷蔵庫がない」
「じゃあ、2時間後に酒盛りしよ」
「発言に根拠ねぇー」

「○○、本気で寝る気だ」
「こんな汚ったねえ布団に」
「だからさあ、洗えないんだってば。誰か煙草ちょうだい」

アパートの2階の窓から見たはずなのに、4.5階ぐらいの高さから見たかのように、僕の記憶はねじ曲がっている。

あ、今思い出した。
こいつの名前は、確か佐々木だった。


春夏秋冬/泉谷しげる


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─な……なんだ!─

「ノストラダムスの大予言って信じる?」
幹線道路の信号を渡ると、車の通りの少ないまっすぐな道が延びていた。
僕たちは男女6人ぐらいで学校から帰る途中だった。

何人か集まって歩くと、後ろを向いたり横を向いたり、くるくる回って話をする奴がいたりする。

「信じたくない」女子のひとりが顔をしかめる。

「あれ、絶対本当だよ」
「やだ、やめて」

「俺、読んでない」
「貸してやろうか? 1999年7番目の月、空から恐怖の大王がやってくるんだぜ」

「○○は読んだ?」
「読んだ」
「どお、どお」
そいつはやっぱり、くるくる回りながら話をしている。
「空から何かが落っこちてくるんだろうかね。ちょっと怖いは怖いよね」僕は頷いた。

「1999年って、もうおっちゃんだよ。そんな先まで、俺、生きてないかも」誰かが口にする。
「そんな奴に限って生きてるんだってば」
東京出身のそいつは、相変わらずくるくると回りながら話をしている。



「あ!」そいつが立ち止まり、後方を見つめたまま大きく目を見開いた。
「え?」全員が振り返る。
「なにあれ!」

「なんだあれ!」
「いやだ、なにあれ!」

僕たちは呆然と立ち尽くした。
何かがこっちへ猛然と迫ってきている。誰もが見たこともない光景だった。

地面の色を変えながら迫ってくる、そのけぶる壁を見て僕はようやく口を開いた。
「雨じゃないの?!」

「ウソだ!」
「ウソでしょ!」
「雨だってば!」僕は迫る壁をじっと見つめたまま口を開いた。

「雨だ!」逃げるように走り出す奴がいた。
「ウソだ!」

音が迫ってくる。僕は立ち尽くし、その雨を迎え撃った。
雨はたちまち僕たちを襲った。

間もなく止んだ雨は通り過ぎることはなかった。普通に止んだ。
できれば、劇的に後ろ姿も見せて欲しかった。

「ひでえ」
「雨がこんなふうに降るなんて」
「信じらんね」

通り雨の洗礼を受けた僕たちはずぶ濡れになった。僕は長い髪を犬みたいに左右に振った。
「お前、天パーが余計ひどくなったな」
僕の声に、くるくる回る男は情けない顔をした。



雨って上から降ってくるものだった。
壁となって迫ってくる雨なんてものを見たのは僕たちだけじゃないのか。

すごい……僕はかなり感動した。

男たちはどうでもいいけど、女子が哀れだった。
だって、みんな電車に乗って帰るのだから。

「やだもう」開き直って半分笑う女子。

「山田うどん食べてく?」誰かが言った。
「腹へったよね」僕は同意した。
「もう、どうでもいい」ずぶ濡れの女子のひとりが投げやりに言った。

何に対して、どうでもいいんだろう? なかなかに意味不明な言葉だった。


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─猫の親心─

僕は二階建てのおんぼろアパートの一階に住んでいた。窓を開けると向かいのアパートのコンクリート塀が迫っていた。

ある夜のことだった。ぼくは外で鳴く猫の声を聞いたのだ。はっと顔を上げた僕は、ガタピシとする窓を開け、小さな声で一生懸命呼んだ。だって、子猫の声も聞こえたから。

呼びかけに気づいた親猫は窓の下までやってきた。両手を広げて僕はその野良猫を抱き上げた。猫の毛は冷え切っていた。雪こそ降っていないけど、外は寒い冬だった。

サンドイッチを作った残りのスライスチーズが一枚だけ残っていた。冷蔵庫に走った僕はそれを猫に与えた。

貪るように食べた猫は、やがて窓を乗り越えて出て行った。

やがて現れたその猫がくわえていたのは、子猫だった。窓を飛び越え僕の部屋に子猫を置き、窓を乗り越え出て行く。そして再び子猫をくわえて窓を乗り越える。

次々と子猫をくわえてやってくる母猫。

僕はパニックになってしまった。
だって餌なんてないのだから。
かすかな望みを抱いて開けた冷蔵庫のどこにも、親猫の餌になりそうなものはなかった。



パン、牛乳、チーズ、缶詰……ぐるぐると頭を巡ったが、夜も遅かった。もちろんコンビニなどない時代だった。僕は不甲斐なさに地団駄を踏んだ。

ごめんな、ごめんな、何も食べるものはないんだ。
僕はそう言いながら親猫を撫で、ちいちゃなちいちゃな子猫たちを撫でた。

ごめんな……ここには、何もないんだ。

申し訳程度に、僕は水道水を汲んで部屋の隅に置いた。

あるのはコタツ。猫たちはそこに寝た。僕が与えられたのは暖だけだった。だからそのスイッチは切らなかった。

親猫はニャゴと鳴き、子猫たちはみゃーと鳴いた。
し、し、と僕は唇に人差し指を立てた。
猫なんか飼ってたら、僕は即座に追い出される。

大家のじいちゃん、ばあちゃんに相談したら何とかなったかもしれないのに、あのときの僕にその考えはなかった。

世間の狭かった若かりし頃の僕にとって、世界の大半は、おそらくは敵か心冷たい人たちに写った。

僕はいまでも、餌の一つさえ与えることもできず、その生涯も見てやれなかったあの猫たちに対して、ひどく申し訳ないことをしたと心が傷む日がある。

今となっては、それは僕の心のせいだと気づいている。
僕は未熟すぎたのだ。
人の心を忘れていたのだ。


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─二杯目のご飯─

話が前後してしまうけれど、僕が最初に東京上陸を果たした地は巣鴨だった。まあその前に羽田空港だったけど(笑)

北の方面から上京する人たちは上野駅、南の方からの人たちは東京駅と相場が決まっているけれど、親戚のおじさんが僕を乗せたのは飛行機だった。(ぶ~ん◝( •௰• )◜)


上野駅


東京駅


ほんのちょっとだけ滞在した巣鴨から、従兄弟(とはいっても初対面だった)のいる東武東上線の大山に移った。そこから引っ越して僕のひとり暮らしは始まった。

西武新宿線の某駅を舞台に僕の物語は綴られる。

従兄弟は大山駅のとある民家に下宿していた。
その家の旦那さんの姿をついぞ見ることがなかったから、亡くなっていたのだろう。跡を継いだと思われるそこのばあちゃんがすごい人だった。

鳶(とび)を仕切るばあちゃんだったのだ。

「とっとと喰っちまいな!」
口をもぐもぐと動かしながらテレビを見ている僕に向けられたばあちゃんの言葉は今も耳に残っている。かといって、怒っているわけではないのだ。

時として僕の口が乱暴なのはこのばあちゃん譲りだ。悪気は全くない。

※文章の途中を(かっこ)でくくることを僕は嫌っている。書き方はいくらでもあるはずなのによく考えもせずに(かっこ)を使うその方法を嫌っている。
でも軽い話なのであえて使います(あっさりと主義に反するこのこの安直さは、どーよ(๑˃̵ᴗ˂̵))

話は戻って、僕は食欲がないわけでも、ばあちゃんが指摘するように、のろまに食べていたわけでもなかった。
二杯目のご飯をお願いするタイミングを計っていたのだ。けれどその好機はなかなか訪れなかった。僕はもっと食べたかった。ものすごくお腹をすかせていた。



これは性格なのか、後付のものなのかは分からないけれど、後輩や年下の人などに飯を食わせているときに、僕は常に気にしている。遠慮してはいないだろうか、腹を空かせてはいないだろうか。そう、そればかりを気にしている。

僕が鳶のばあちゃんだったらお茶碗を奪ってこう口にしただろう。
「喰え! おかずが不味くても喰え! どんどん喰え! それが、お前の義務だ」

密かにダイエット中の人には迷惑だろうが、それなら断ればいいだけの話だし。

でもこれをお酒で使うアホがいる。
「俺のついだ酒が飲めないのか」

あんたこそアル中で死になさい。


Wikipediaより拝借

さて、物語は続く。

ちょっと調べてみたら、西武新宿線は地下化工事が始まっているらしい。ああ~その前にもう一度訪ねてみようか。僕を突き放し、僕を抱き留めてくれた、あの街へ。


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「我が良き友よ」作詞:作曲/吉田拓郎 歌:かまやつひろし

吉田拓郎 & かぐや姫 in つま恋 2006

─生きる意味─

貧しい中でも、僕は本を読んだ。
明日食べるものがなくなろうと、本を買って読んだ。僕はきっと、生きる意味を探っていた。

その中のひとりが亀井勝一郎(文芸評論家)だった。

―人生論・幸福論―



―恋愛論―


―青春論―


─愛の無常について─



この人の言葉がどれほど自分の身についたのか、どれほど役に立ったのか、今となっては分からない。

人は言葉を咀嚼し、嚥下し、役に立たないものは排泄し、心にしみたものは血肉となっていく。
そう、自分の身となり言葉になっていくのだから、分からないのは当たり前かもしれない。

どんなに感銘を受けた言葉でも、忘れてしまうことがある。けれど心動かされたものなら、必ずやこの身のどこかで生きているはずだ。

人間は死ぬべきものだ。恋愛が成立するための、これが基本条件である。

愛情がこもっていて無口な人こそ、人生の伴侶としてふさわしい。

恋の味を痛烈に味わいたいならば、それは片思いか失恋する以外にないだろう。

結婚生活を末永く導いてゆくものは、普通の意味での恋愛でもなく、また情痴の世界でもなく、それらを経た後に来る慈悲――人間のあるがままの姿への愛情であろう。

絶望は人生に必ずつきまとうものだ。絶望しないような人間はある意味でたよりない人だといえる。


食べることはもちろんだけれど、生きてゆくことに、僕は必死だった。


「俺たちの旅」 作詞:作曲/小椋桂 歌/中村雅俊


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─精密描写─

授業の一つにあったのだけれど、鉛筆だけで描くものと、鉛筆で描いた後にアクリル絵の具「リキテックス」で仕上げるものの二つがあった。

机の上に被写体を置いてじーっと見ながら描き進めるのだけれど、人間はやはり二つの目でものを捉えているんだなあって事を実感した時間だった。

右目と左目では、当然捉えている画像が違う。だからこそ二つが合わさって遠近感のある画像が認識される。

自分の腕時計を描いたときなどは特に苦労した。金属ベルト部分の一つ一つの繋がり具合とか手前が表面で、向こう側には裏が見えているその切り返しの部分でかなり時間を要したりした。

よく見ようとして左右の目を交互につぶると、そのもの自体の角度が変わってしまって違う画像になるのだから手に負えない。

これが写真を見ながらだったらこんなに苦労はしなかっただろうなあ。左右の目を交互につぶっても、左右に動くだけだから。

文字盤の文字はもちろん、光の映り込み、陰の具合、文字盤に記されたメーカー名、とことん描いていく。

例の同じ漢字を長時間注視しているとその漢字の各部分がバラバラに見えて、その漢字が何という文字であったかわからなくなる「ゲシュタルト崩壊」ではないけれど、被写体を見つめすぎて自分が何を描いているのか分からなくなるときがあったりした。
そんなときは外に煙草を吸いに出る。

学校の庭に落ちていた蜂の死骸、煙草の吸い殻、枯れ葉、そんなものを描いたけど、素材は個人の自由だった。

名前は忘れてしまったけれど、スーパーリアルイラストレーションを描く日本の男性作家がお気に入りだった。
何でこんなに写真みたいに描けるんだろうと、僕は圧倒された。

その先駆者といえば、PARCOの初期の広告を手がけた山口はるみだろうか?
だけど、僕はこの人の絵に感動したことは、残念ながらない。

山口はるみの作品 拡大できます!



後年、僕は自分の描いた作品を押し入れから引っ張り出して見たことがある。

上手すぎる……。

まあそれは、描くという修行をやめてしまったからそう見えたのだろうけれどね(苦笑)


スーパーリアリズム(超精密描写絵画)の第一人者
Richard Estes (リチャード・エステス)の作品
写真にしか見えないでしょ! ぜひ拡大して見てね!


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