風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -104ページ目
─塩は悲しく─

現金書留で仕送りが届いた日に、インスタントラーメンを箱買いした。
普段はそんなことしないから、たぶん特売品だったのだろう。

よく行くその店は何だったろう? 八百屋だったのかな?
並べた商品の奥に調味乾物などが置いてあった。

買い込んだインスタントラーメンの段ボールを抱えて、僕はうきうきと部屋に帰った。天気がいいことも相まって、かなり浮かれていた。

何てビッグな買い物なのだ!
大人じゃん! 大人じゃん! もう、お・と・な・じゃ~ん!

部屋にはすでに、手際よくご飯も炊けている。



インスタントラーメンを作るときは常にそうだったけど、一個では絶対足りない。かといって二個食べるのは贅沢すぎる……ということで、一個と1/2を作った。
すると粉末スープが少しずつ余っていく。

ラーメンも米も底をつき、いよいよお金が尽きると、そのスープを飲んだ。それだけで命をつないだ。
それが一日二日どころではなく続くのだ。

その時僕は、かつて触れたこともない真実に触れることになる。人間は咀嚼という行為を望む生き物なのだと。

そう、噛みたくて噛みたくて仕方がないのだ。腹がふくれるだけではダメなのだ。
けれど、ラーメンスープしかないから。飲みながら口だけを動かした。

噛みたい、噛みたい、噛みたい! 僕は髪を掻きむしらんばかりに部屋の中を見渡した。
けれど、あるはずもなかった。

そのスープだって無限にはない。やがて最後の半袋ぐらになると、塩を入れて量を増やして飲んだ。

塩を入れてお湯を差し、それが減ったところで再び塩とお湯を投入するのだけれど、その頃にはもう、味は薄味塩スープだった。

手に受けて入れるなり、スプーンなりですくえばいいものを、不精者の僕はお椀の上で塩の袋を慎重に傾けた。
そして、悲劇は起こった。

とぽん!

うわ!

お椀の薄味スープに波紋が広がり、僕の目がまん丸になった瞬間、口にできるものは水道水しかなくなった。


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僕が貧乏だった理由はこれに尽きる。
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「バイトに走る奴は挫折する」という先輩の言葉だった。

僕はそれを守った。
いや、守らざるを得なかった。だって、出される課題が多すぎたから。
おのおのの教科で好きかってに課題を出すから、ほぼ徹夜とか、3時間睡眠なんて当たり前だった。

月に一回送られてくる少ない仕送りで僕は暮らした。
そんな中でも、画材関係で使うお金も多かった。

「次の授業の時は色鉛筆を用意してください。カランダッシュがいいですね」
僕は新宿の世界堂に行った。世界堂ほど通った店はないだろう。



カランダッシュ、カランダッシュ……聞くところによるとスイスのメーカーで色鉛筆の代名詞らしい。

あった!

あったけど……あるにはあったけど。
母ちゃん! こりゃたいそうな値段じゃないか!


「アクリル絵の具を用意してください。そうね、リキテックスがいいです」



リキテックス、リキテックス……。

あった!

あったけど……あるにはあったけど。
父ちゃん! こりゃ滅法高いじゃないか!

せんせ、せんせ、せんせたち。
あんたたち、自由勝手すぎる。

そんな風に、ただでさえ少ない僕の食費はどんどんと削られていった。


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作詞:作曲:歌/小椋桂「少しは私に愛をください」
タイトル通り、グラフィックデザインの学校に通っていた僕は貧乏な学生だった。

「リバイバル」の八切莊には狭いながらも台所がついていたが、僕が実際に住んでいたのは、6畳一間にトイレと台所が共同のアパートだった。

実家にいた頃はインスタントラーメンぐらいしか作ったことがなかった僕は、料理というものを全く知らなかった。

今つらつらと思い出してみても、私鉄沿線にある僕の住む街にはスーパーがなかった。だから、パンはパン屋で、野菜は八百屋で、お肉は肉屋で買った。

おぉ~豚こまが断然安い。
よし、これを砂糖醤油で味付けして食べよう。



そう、僕はこれぐらいしか味付けを知らなかった。そのルーツって、実家で食べてたお餅じゃん……。

そして、共同台所でその豚こまを油で揚げた。ジュージューシュワシュワ音がする。
もう、いいかな?
頃合いを見ておもむろに片手鍋に移し、砂糖と醤油を適当に入れて火に掛けた。

できあがったものにレタスを添えて、マヨラーの僕はずよずよとマヨをかけた。もちろんキューピー。

炊きあがったご飯でそれを食べた。
美味しかった。もう無上に美味しかった。

お皿に残った砂糖醤油とマヨに、残ったご飯を投入してわしわしと口に掻き込んだ。
こんな美味しいものが世の中にあるのかと思われるぐらい、美味しかった。



そして次の日、残った豚こまでまた同じものと作ろうと台所へ行った僕は、異変に気がついた。
こ、これはなんだ! 何が起こったんだ!
なんと、フライパンの油が真っ白に固まっているではないか。

そう、豚こまの油が固まっていたのだ。
背脂ではないけど、要はラードである。でも、そんなことを僕は知らない。

あ~! 油がダメになっちゃった!
でも、お肉をダメにするわけにはいかない。
それに、また食べたい。

泣く泣く油を捨てた僕は、またもや豚こまを揚げた。
油がもったいないと泣きつつも、それをその後、何度繰り返したろう。

僕は、炒めるということさえ知らない男だった。

何て男らしいんだ!

─続く─

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終わったかね

脳内に響く遠い呼びかけ。

終わったかね……終わったかね……終わったかね……
思考がリフレインを続ける。

うっすらと目を開けた私は、睡魔に負けて重いまぶたを閉じた。
終わったかね?……っていったい……なにが?

〈もういいのかね〉
今度は、はっきりと聞こえた。
再び目を開けた視線の先に、ぼんやりと板張りの天井が浮かぶ。

私は起き上がり周りを見渡す。胸元に毛布、座布団の枕。そこは八切荘の狭い部屋の中だった。

若かりし頃の自分が布団をかぶりコタツに脚を突っ込んで俯せに寝ている。私もコタツの中だ。慌てて手を伸ばし、ついたままの電気ストーブのスイッチをひねる。

〈もう、いいんだね〉再び声がする。

「なんですか?……」

〈お前の最後の願いを叶えてやったのではないか〉
声は頭の中で響いている。
「最後の、願い?」

〈お前のラストワンの願いは、若い頃の自分に伝えたいことがある。それだったじゃないか〉
「最後って、何ですか?」

静寂の中耳を澄ますが、声の主からの答えはない。

記憶の呼び覚ますように、一片の情景が浮かび上がる。

横断歩道を照らす停車したタクシーのヘッドライト。伸びる影、冷たい風、木々のざわめき。自転車のブレーキ音、人々の足音、遠くに聞こえるはしゃいだ子供たちの声。

何気ない夜の光景。不自然さの欠片もない街の音。

心騒がすエンジン音、突如上がる人々の叫び声、この身を照らす容赦ないハイビーム。



「おい! 起きろ!」
まだ眠る自分の前に四つん這いでにじり寄った。
「おい! 起きろ!」

「おい! おい! 信号無視の車が突っ込んでくるぞ! おい! 起きろ!」

いくら叫んでも、声にはならない。手も届かない。空気さえ震わさない。私はあらん限りの力を振り絞って声を上げた。

「国産初のジェット旅客機が飛んだ年だ。2015年12月18日の金曜日だ!」

ああ……。
私が伝えたかったのは、これだったのだ。
けれど、失敗に終わったらしい。声は届かない。景色が白くかすんでゆく。

いや……待てよ、なぜこの時代なんだ?
予言なんて相手にしてもらえなくて当然だ。たとえ信じたって30年以上たてば忘れてしまう。

選んだのがなぜ直近の過去じゃなかったんだ。何て馬鹿なことをしているんだ。
そっくりそのままの自分が現れて警告すれば、信じるかもしれないじゃないか。
なぜそうしなかったんだ。なぜ……。
私は愚かしい己を責めた。

だから……きっと……違うんだ。

私は危険を知らせるために過去に現れたわけじゃないんだ。
夢を追えと、悔いを残すなと、やはりそれを伝えにここへ来たのに違いない。

いいんだ。これでいいんだ。すやすやと眠る自分がそれを実行するかどうかは分からない。けれど、やることはやったんだ。

これで、いいんだ。

「女房子供と親兄弟も含めて、お前の周りにいる人たちを大事にしろ。一緒に歩いてくれる人をありがたく思え。できうれば、よぼよぼになるまで生きろ」

白く塗りつぶされてゆく景色の中で、まだ眠る私に無音の呟きを残した。

「頑張れよ自分」

―FIN―


1981年9月21日発売「リバイバル」
作詞:作曲:歌/五輪真弓



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普通。
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一昨日だったかなあ。
朝起きて麦芽コーヒーを飲んで、ぼけ~っと煙草を吸って、シャワーを使って……。
その間、ずっと頭の中で流れている歌があったんだ。

これ、なんだろう?
シャンプーしながらじっと耳を澄ませてみて、分かった。

あ、「白い一日だ」

まっ白な陶磁器を ながめては飽きもせず
かといって触れもせず
そんなふうに 君のまわりで 僕の一日が 過ぎてゆく


陶磁器をずっと掃除機だと思っていた僕。
白い掃除機を眺めて飽きない人……。

ま、それはどうでもいいや。
問題はここからだからさ。

ある日 踏切りの向こうに君がいて 通り過ぎる汽車を待つ

ふむふむ、踏切の向こうに思いを寄せた女性がいるのだね。
そしてこの男性はこっち側。
んで……。

遮断機が上り ふり向いた君は もう大人の顔をしてるだろう

え?……その女性はどっちを向いて立ってたの。
踏切の向こう側にいたら、こっちを向いてたんじゃないの?

で、遮断機が上がって、振り向くの?
変じゃないの?
どう考えても、おかしいんじゃないの?

で。
人知れずやっている電車の法則。

車両の真ん中辺りを境に人はドアの方を向く習性がある。

これは正しい選択。
人に押されて後ろ向きに電車を降りる危険を冒さなくてもいいし、見ず知らずの人と顔を突き合わせることもない。

この女性が踏切を前にこっちを向いてたら、後ろの人たちが「は?」って思ってしまうよね。

長年抱えた釈然としない話のひとつでした。

話は変わって、井上陽水と小椋桂、その歌詞の違いを知っていただろうか?

この腕を さしのべて その肩を 抱きしめて
ありふれた幸せに 落ち込めればいいのだけれど
今日も一日が 過ぎてゆく


陽水はこれを
持ち込めれば と歌っている。
意味がまるで違ってくる気がする。

そして僕は、持ち込めれば、がいいと思っている。
なんか、怪しげな意志があるじゃないか。

落ちちゃいかん。
落ちるのは恋だけでいい。


作詞:小椋桂 作曲:井上陽水 「白い一日」


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―リバイバル―

八切荘の狭い部屋を思い浮かべながら駅への道を急いだ。
つい今しがたまではあれほど途方に暮れていたのに、心が浮き立つのを感じる。

たどり着いた駅の表示板を見上げると、初乗り料金が120円だった。小銭入れを取りだし、昭和の年号の小銭を選んで私鉄の乗換駅までの料金を券売機に投入した。



そうだ、毎年性懲りもなく運賃値上げをくり返していた国鉄が分割民営化され、JRになって間もない頃のはずだ。
今と比べても初乗り料金は20円しか上がっていない。あのまま国鉄だったらとんでもない料金になっていたかもしれない。

そうだそうだ。改札バサミをリズミカルに空切りをする仏頂面の駅員に、切られた切符を投げてよこされたことがあるのを私は憶えている。
もちろん、落ちた切符は後ろに続く人を気にしながら拾った。
サービスという面において、国鉄は最低の組織だった。

まあ、そんなことはどうでもいい。
八切莊を訪れたら今夜は二人で飲み明かそう。寡黙でシャイで、ツボにはまると妙におしゃべりだったあの頃の自分と語り合おう。ミュージシャンを目指してみろよと言ってみよう。

私は、あの人よりも上手く、もっと情熱的に、夢を追えと伝えられるだろうか。
知っていることも、うまく知らんぷりできるだろうか。

今も写真に残る、過去の私の、はにかんだような笑顔を思い浮かべながら改札を通った。

ホームに立って間もなく、風を巻き上げながら滑り込んできた緑一色の山手線に乗り込んだ。

一駅ごとに、車窓に映る己の姿が若くなっていくような錯覚に陥る。この町は、東京は、私の人生の青臭さい部分と、諦めにも似た円熟を知って、音もなく飲み込み、知らぬフリをしている。



私鉄沿線の駅に降り立ち、緩い上り坂の商店街を通って八切荘に向かった。
駅前にある三和銀行のATM、よく通った本屋、持ち帰りの寿司屋、パン屋。どこもかしこも懐かしい景色だった。
住宅地に入ると、強さを増した風に右に左に揺れる街路樹が見える。

何かひとつ、予言を残してみようか。いや、あの人もそうしたのかもしれない。私が憶えていないだけで。

八切荘の前に立ちゆっくりと深呼吸をした。

さて、舞台の幕が開く。役柄を入れ替えてのリバイバルだ。

足音を殺すようにドアの前に進み、小さくノックする。
「はい」
びくびくとした声が返ってきた。
「夜分にすみません。近くに住むものですが、部屋の鍵をなくしてしまって」


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―今日―

燗をつけたワンカップをギュッと握り、酒屋の若旦那に深く頭を下げて店を出た。ここでの私は未来を知る予言者ではなく、どこにも収まりようのない異物に過ぎないのだ。

酒屋の看板を振り返った私は、ふうとため息をついて商店街を横切り、小道の先にある公園を目指した。

冷たそうで一瞬ためらったが、そろりとベンチに腰を下ろし、両手で持ったワンカップを口に運ぶ。

ひんやりとした感触が遅れてお尻に伝わってきたけれど、喉から胸元へと広がる熱燗の温かさがそれを和らげてくれた。

取り出した煙草に火を点け、冷えた空気と共に深々と吸い込んだ。ため息混じりに吐き出した煙は目で追う間もなく、風に巻かれて夜空に消えていった。

――どうしたものだろう。

襟を立てたコートにあごを埋め、腕組みをして俯いた。眠れば悪い夢から覚める気がしたが、この寒気の中睡魔が訪れるわけもなかった。それでも、強くまぶたを閉じた。



人は、今を生きる以外にない。どんなに辛かろうと、今より他に立つべき場所はない。過去にも未来にも居場所などないのだ。

普通に仕事をして帰宅して、布団で眠れる。なんとありがたいことか。
今さらながらに、それを痛感した。

風の音がする。そうだ。心まで凍るような、こんな冷たい風の吹く夜だった。

目覚めた朝、鍵もかかったままの部屋から「あの人」は消えていたのだ。夢でも見たのかと思った。けれど、灰皿にはあの人のセブンスターの吸い殻が残っていた。

いろんな話をした。

2月のことだったろうか。赤坂見附駅の向かい、外堀通り沿いに建っていたホテルニュージャパンの火災。出火の原因はイギリス人の男性宿泊客の寝たばこだった。

その翌日に起きた、日本航空福岡発東京行き、ダグラスDC8型機を操縦する機長による逆噴射。副操縦士、機関士の努力もむなしく機は羽田空港沖に墜落した。
朝方に起きたなんとも痛ましい事故だった。

職務を放棄し、乗客に紛れて真っ先に救助された機長は、妄想型精神分裂症、今でいうなら統合失調症と診断された。

さらに、ここにいる僕だけが知っている。その3年後に日航がもっとひどい事故を起こすことを。
東京発大阪行き、123便による御巣鷹山墜落事故だ。



それからどんな話をしただろう……。

「五輪真弓のリバイバルって歌は知ってる? あれ、好きなんだ」と、あの人は言った。
「見ました見ました。去年の紅白で歌ってましたよね」と私は答えた。

――ひょっとして、私がいるここじゃないのか!?

今日は17日の金曜日、一週間後はクリスマスイブ。その一週間後は……私は組んだ腕の二の腕辺りで指を折った。大晦日……。

そんな話は一切出なかった。
あの人が言ったのは……そう、男二人の忘年会もいいねだった。

今日だ……今日だ……きっと今日に違いない!
私は弾かれたようにベンチから立ち上がった。


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僕はいろんなことを知りたいと思った。
けれどいまだに、何も知らない。

知るって、何だろう?
ねえ君、知るって、何だろう?

僕の乗る船のスクリューは、舵は、その役目を果たしているのだろうか。

それとも作動せずに、漂流しているのだろうか。

僕はどこへ向かっているんだろう。








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アルゼンチンサポーター大暴れ!(@Д@;の巻
↓↓↓↓↓
こやつら3人組、年末年始は警察の檻の中。慰謝料で決着。


フィンランドのサンタは悪者だった!(・Θ・;)の巻
↓↓↓↓↓
こいつも、年末年始は警察の檻の中。まだいるんだろうかね。


くそガキヤンキー、振り向きざまに風神君にぶっ飛ばされる!ヽ(`⌒´メ)ノの巻
↓↓↓↓↓
なめたあかんで。


お、お前! いったい何をとったんだ!?(▼-▼メ)の巻
↓↓↓↓↓
これは何年か前の大晦日の話。警察にしょっ引かれたこいつ、人生狂わすほど大変なことになっただろう。


予告編だから、本編を書くかどうかは分かりません。
何でひとつも書かないのかって?
時間がないからです。

夜の11時過ぎに帰ってきて、朝の8時から仕事って、どうなの?
そのせいでもないけど、明日は仕事を短めに終えて帰ってきます。

短いって……9時間なんだけど。
それ、普通じゃないの?
それが普通じゃないの?

ではでは、皆様おやすみなさい。

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―恋人も濡れる街角―

後で来るなどと四季のご主人に嘘をつく形になって、ちょっぴり心が痛んだけれど、紙幣も500円玉も使えないのだから致し方がない。

もちろん、昭和57年以降発行された硬貨だって同じだが、いちいち発行年の確認などしないから、100円玉以下の硬貨なら使えるだろう。

けれど500円玉は材質が変わって、明らかに色味が違う。
あれは、そう、厄介者扱いされる二千円札が発行された2000年のことだ。

商店街まで戻り、蕎麦屋のサンプルケースの明かりを頼りに新聞を広げた。

ET興行収入過去最高を記録か。
12月4日に公開された映画ETは前売り券が170万枚も売れ……。

――あぁ、あの時代か。



いやいや、ETを懐かしがっている場合ではない。どう考えたって、私は帰る場所を失ったということではないか。

――いったいどうすればいいのだ。

見上げた夜空は暗くひんやりと、どこまでも広がっていた。
どこかへ泊まろうとしたって、お金もクレジットカードも使えない事実が重くのしかかる。

暖冬気味のせいで、今夜は手袋はおろかマフラーさえもしていない。それに加えて、暖かい室内に戻れないと考えただけで、余計に寒さが身に刺さる。

私は小銭入れから昭和の年号の100円硬貨を選び出し商店街の酒屋へ向かった。

棚からワンカップ大関を手に取りレジに向かう。
「これ、温めてもらえたりなんて、できますか?」
「ええ、ええ、レンジでよければ温めますよ」

その顔を見て、はっとする。
前掛けで両手をこすった若旦那とおぼしき青年は、私の差し出した小銭を大事そうに受け取り、レジから釣り銭を拾い出す。

面差しで分かった。後々言葉を交わす仲になるこの気のよさそうな青年が、早くに奥さんを亡くし、男手ひとつで娘さんを育てた今の店主だろう。

「もう、跡取りがなくてね」いつだか寂しげな笑顔を浮かべたことがある。
今は……昭和57年の今は、奥さんと結婚しているだろうか。それとも、これから出会い、愛を育むのだろうか。

歳月は人を、その環境を、変える。
時は人を、否応なく押し流してゆく。

二人目のお子さんは諦めなさい。それが原因で奥さんは命を落とすのですよ。

喉まで出かかったけれど、口にすることはできない。たとえそれを教えてくれたのが、目の前の人であったとしてもできない。
私の言葉を証明できるのは、これからふたりに起こる事実だけなのだから。

レンジで燗をつけるその後ろ姿を、ただ切ない思いで見つめた。
テレビだろうか、奥から歌声が流れてくる。

不思議な恋は 女の姿をして……

1982年9月1日発売
作詞:作曲/桑田佳祐 歌/中村雅俊「恋人も濡れる街角」


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