―恋人も濡れる街角―
後で来るなどと四季のご主人に嘘をつく形になって、ちょっぴり心が痛んだけれど、紙幣も500円玉も使えないのだから致し方がない。
もちろん、昭和57年以降発行された硬貨だって同じだが、いちいち発行年の確認などしないから、100円玉以下の硬貨なら使えるだろう。
けれど500円玉は材質が変わって、明らかに色味が違う。
あれは、そう、厄介者扱いされる二千円札が発行された2000年のことだ。
商店街まで戻り、蕎麦屋のサンプルケースの明かりを頼りに新聞を広げた。
ET興行収入過去最高を記録か。
12月4日に公開された映画ETは前売り券が170万枚も売れ……。
――あぁ、あの時代か。

いやいや、ETを懐かしがっている場合ではない。どう考えたって、私は帰る場所を失ったということではないか。
――いったいどうすればいいのだ。
見上げた夜空は暗くひんやりと、どこまでも広がっていた。
どこかへ泊まろうとしたって、お金もクレジットカードも使えない事実が重くのしかかる。
暖冬気味のせいで、今夜は手袋はおろかマフラーさえもしていない。それに加えて、暖かい室内に戻れないと考えただけで、余計に寒さが身に刺さる。
私は小銭入れから昭和の年号の100円硬貨を選び出し商店街の酒屋へ向かった。
棚からワンカップ大関を手に取りレジに向かう。
「これ、温めてもらえたりなんて、できますか?」
「ええ、ええ、レンジでよければ温めますよ」
その顔を見て、はっとする。
前掛けで両手をこすった若旦那とおぼしき青年は、私の差し出した小銭を大事そうに受け取り、レジから釣り銭を拾い出す。
面差しで分かった。後々言葉を交わす仲になるこの気のよさそうな青年が、早くに奥さんを亡くし、男手ひとつで娘さんを育てた今の店主だろう。
「もう、跡取りがなくてね」いつだか寂しげな笑顔を浮かべたことがある。
今は……昭和57年の今は、奥さんと結婚しているだろうか。それとも、これから出会い、愛を育むのだろうか。
歳月は人を、その環境を、変える。
時は人を、否応なく押し流してゆく。
二人目のお子さんは諦めなさい。それが原因で奥さんは命を落とすのですよ。
喉まで出かかったけれど、口にすることはできない。たとえそれを教えてくれたのが、目の前の人であったとしてもできない。
私の言葉を証明できるのは、これからふたりに起こる事実だけなのだから。
レンジで燗をつけるその後ろ姿を、ただ切ない思いで見つめた。
テレビだろうか、奥から歌声が流れてくる。
不思議な恋は 女の姿をして……
1982年9月1日発売
作詞:作曲/桑田佳祐 歌/中村雅俊「恋人も濡れる街角」
ポチポチッとクリックお願いします。
短編小説 ブログランキングへ
にほんブログ村










