―昭和―
「あのーすみません」私は片足だけを店内に入れて遠慮がちに声を掛けた。
「はい」
「後でお伺いしようと思うのですが、今年って、何年でしたっけ?」
――来るはずもないのに、何て姑息な手段を使うのだろう。
しかし、恥を忍ばねば。
「えーと、今年、ね……今年ことし……」店主はちょっと天井を見上げた。
「最近物忘れが激しくて」私は眉を下げて見せた。
「私も似たようなもんですよ。どうぞ、中に入ってください」
「あ、すみません」確かに、開けっ放しでは店内も寒かろう。言葉に甘えて引き戸を閉めた。
店主はカウンターの奥から新聞を取り上げ、目を細めて読み上げた。
「1982年ですよ。昭和57年の12月17日。よもやお忘れではないでしょうが、金曜日です」
店主は、はははと笑った。
「どうもありがとうございます。助かりました」私は精一杯の笑顔で頭を下げた。
「よかったら持って行きますか」肩口で新聞を振った。気さくな人でよかった。
「ああ、いいんですか? 頂いていきます」
「ちょっとシワになってますが、今日の朝刊です」新聞をパンとはたいて畳んだ店主がカウンター越しに差し出した。

「ありがとうございます」歩み寄った私はそれを受け取った。
「静かなんですね」
「ええ、ええ、さっきまで忘年会の貸し切りがありましてね。もう店じまいしてもいいぐらいの実入りがあったんですが、これからの時間に来る常連さんも多いんで、閉めるわけにもいかないんですよ」
カウンターの端には居酒屋には珍しくテレビが置かれていた。スイッチは入っていないが、もちろんブラウン管のテレビだった。

「どうもありがとうございました」
「お安いご用で」
店主の笑顔に、私は再び頭を下げて外に出た。
昭和57年……何てことだ。
30年以上も前の世界じゃないか。
昭和57年……私は記憶をまさぐった。
そうだ、500円硬貨が発行された年じゃないだろうか? だとするならペットボトルが誕生したのもその年のはずだ。両方を得意げに手に持った写真が残っているからよく憶えている。
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