一昨日だったかなあ。
朝起きて麦芽コーヒーを飲んで、ぼけ~っと煙草を吸って、シャワーを使って……。
その間、ずっと頭の中で流れている歌があったんだ。
これ、なんだろう?
シャンプーしながらじっと耳を澄ませてみて、分かった。
あ、「白い一日だ」
まっ白な陶磁器を ながめては飽きもせず
かといって触れもせず
そんなふうに 君のまわりで 僕の一日が 過ぎてゆく
陶磁器をずっと掃除機だと思っていた僕。
白い掃除機を眺めて飽きない人……。
ま、それはどうでもいいや。
問題はここからだからさ。
ある日 踏切りの向こうに君がいて 通り過ぎる汽車を待つ

ふむふむ、踏切の向こうに思いを寄せた女性がいるのだね。
そしてこの男性はこっち側。
んで……。
遮断機が上り ふり向いた君は もう大人の顔をしてるだろう
え?……その女性はどっちを向いて立ってたの。
踏切の向こう側にいたら、こっちを向いてたんじゃないの?
で、遮断機が上がって、振り向くの?
変じゃないの?
どう考えても、おかしいんじゃないの?
で。
人知れずやっている電車の法則。
車両の真ん中辺りを境に人はドアの方を向く習性がある。
これは正しい選択。
人に押されて後ろ向きに電車を降りる危険を冒さなくてもいいし、見ず知らずの人と顔を突き合わせることもない。
この女性が踏切を前にこっちを向いてたら、後ろの人たちが「は?」って思ってしまうよね。
長年抱えた釈然としない話のひとつでした。
話は変わって、井上陽水と小椋桂、その歌詞の違いを知っていただろうか?
この腕を さしのべて その肩を 抱きしめて
ありふれた幸せに 落ち込めればいいのだけれど
今日も一日が 過ぎてゆく
陽水はこれを
持ち込めれば と歌っている。
意味がまるで違ってくる気がする。
そして僕は、持ち込めれば、がいいと思っている。
なんか、怪しげな意志があるじゃないか。
落ちちゃいかん。
落ちるのは恋だけでいい。
作詞:小椋桂 作曲:井上陽水 「白い一日」
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