走りながら、食べて、聞いて、考えて! -50ページ目

2011/11/04 06:30

湘南国際マラソン、参加してきました。シーズン初戦なので、ちょっと記録的には不本意ですが、こんな写真がとれました。

トイレ問題も改善され、素晴らしい大会運営でした。

3時間46分。


ハセツネに忘れたもの

まだ、リタイアしたハセツネから立ち直れないでいるのか?というと、そうでもないのです。
もう来年に向けた準備をスタートしています。

29日は「ハセツネグリーンフェスティバル」
前週に約2000人以上のランナーが山道を中心に自然の中に飛び込み、それで相当ごみも、コース付近も痛みが激しい状況です。

それらを徐々に修復しないといけないし、少なくとも早めにゴミなどの撤収は欠かせません。

確かに、走行途中でポケットに入れていたジェル飲料などが落ちていることは何度も目撃しました。
ボトルも落ちていたこともありましたが、それを拾って誰だかわからないものを持ちあるくこともできませんので、そのまま通過したこともあります。

そういうことも含め、清掃活動を行うのです。

これはとてもいい企画だと思います。

そういえば箱根駅伝も終わってからクリーンアップをしていましたね。そういう気持ちや行動というのはコース付近に住んでいる住民の方々にもよい効果があると思うのです。
ましてや、参加するランナーの方々にとっては「走らせていただいている」という謙虚な気持ちを持ち続けることができるので、本来、大規模マラソンのあとには、そういう企画をぜひやってほしいと思うのです。
そして、そういうことに参加したランナーこそを優遇するような制度があってもよいと思います。

今日は、たまたま大阪マラソンをやっていますが、当然、コース付近にはたくさんのゴミが出回るかもしれません。それらを、ランナーがもししっかり片付けるようなことができたら、大阪の人たちもこの大会を常に笑顔で迎え入れてくれるのでは?と思います。
東京マラソンでもボランティアを募集していますが、走ったランナーが自分たちで後始末をつけるようなことも必要なのでは?と思います。

ま、そういう話はさておき、昨日のハセツネグリーンフェスでは、やはりMr.ハセツネの奥宮さんが来てました。


$走りながら、食べて、聞いて、考えて!



そのあと、山や川原にわかれて清掃活動をしましたが、自分は倉庫の片付け。
これがけっこうたいへん。

一週間前に使った、誘導灯の電池の取り外しや、シートのおりたたみなど、いろいろありましたが、一番たいへんだったのは、「忘れ物」

とんでもない。
ザック一式(リザーバや行動食入り)もあったし、ストックや、防寒服や、完走Tシャツも!
現金もあったし、シューズもあったし、ライトもたくさんありました。
みな、暗闇の中などで見つからなかったこともあったと思いますが、それにしても凄いものです。

ただ、参加賞で配布されたお米などを忘れていくのもどうなのでしょうかねえ。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


自分は、結局リタイアでしたから忘れ物なんて何もありません。

ただ、忘れたのは、「完走しようとする根性」だけでした。

ハセツネ敗戦記~暗闇の甘いささやきに負けた~

「リタイアします」

2011年の長い夏は5時間3分で終わりました。

「日本山岳耐久レース24時間以内 ハセツネカップ」に、エントリーしたのが6月1日。そこから4ヶ月と21日、18時3分に全てが終わりました。

マラソンを始めて、初のフルマラソン挑戦、「かすみがうらマラソン」32km地点でリタイアしたあと「二度とリタイアはしない」と決心したのですが、とうとう2回目のリタイア。正直情けない結果でした。

リタイア宣言し、エスケイプルートを下り、バスに乗って荷物を預けた場所まで帰る途中では正直再挑戦についての気持ちはわきませんでした。
ただ、時間がたつにつれて、今回のレースに臨む過程でたくさんの収穫があったのは事実で、これら経験したことを5時間3分で終わらせていいのか?という気持ちにもなりました。

そこで、今回のレースをしっかり振り返り、次回に結び付けたいと考え、再度 振り返って整理しておきたいと思います。



【最大のリタイア原因は何だったのか?】
なぜ、リタイアしようと思ったのか?
何が、リタイアを決意させたのかか?

リタイアを意識しはじめたのは、醍醐丸をなんとか通りすぎて、生藤山の上り坂のときだったように思います。それまでは、なんとか頑張れました。特に、最初の急登の今熊神社の坂道は、経験者のKegさんに指導いただいたことはとても役立ち、かなりいい感覚で登りきれました。
今熊神社まで48分。途中、渋滞が2回ほどありましたが、それでもこのLAPで登りきれたのは、自分でも驚きでした。
かなり調子よかったのです。
なんとか入山峠でひどい渋滞に巻き込まれたくなく、必死で登ったのかもしれません。
結果、入山峠到着は1時間18分。これは早い。そして多少の渋滞はあったものの23分には階段を上りきれました。
あとは、ここからは多少ゆっくりでもいい、と思い走り続けました。
第一区間の一番ハードな「峰見どおり」は、のぼり返しが繰り返すけっこう疲れるコースなのですが、意外にもなんとか通りすぎました。
10km地点を経過し、まもなく市道山分岐にかかる手前の開けたところでは、雲海のように雲か霧が眼下にただよっており、すばらしい景色でした。(しかし、そんな景色に浸っている余裕はなかった)

市道山分岐も過ぎ、まもなくやってくる「醍醐丸」の2回の急登。さすがきつかったけど、なんとか登れた。まわりのランナーも腰に手を当てて登っている人がいて、自分も腰の痛みが出ないように手を当てて登りました。
でも、やはり徐々に腰は重くなってきていました。

実は、3週間前に腰痛になって回復はしたものの、不安は一杯だったので、腰には腹巻をしておいたのです。それはそれでよかったとは思いますが、早めに暗くなったらいけないと思い、おなかのあたりに補助のライトを付けておきました。
これが、何度も胃を外からたたく感じがして、けっこうきつくなりました。
そこで、この補助ライトははずしてポケットに入れて走ったのですが、おなかの中は不快感でいっぱい。
途中、試走で経験したように、30分おきにジェルは補給したいました。
固形物のパワーバーも少しかじってみたのですが、胃の不快感は増す一方。
吐き気も増し、特に、下りで走るとたまらない感じになりました。
ジェルを補給したあとも、ゲップが何度も出るし、水を飲んでも楽にならないし、走りながら、歩きながらどうしたものか?と悩んでいました。

ウルトラマラソンのときも同じような状態になることはあったのです。その時は、胃薬を飲むと徐々にスッキリしてきて楽になるのです。
しかし、今回は、胃薬を飲むと逆に胃の上やわきあたりがキュウっと痛くなりました。
これには正直困った。

といのも、実は2日前から睡眠がほとんど取れていなかったし、腰の痛みなども想定し、万一痛みが発生したら、痛み止めを飲む予定で持ってはいたのです。ただ、胃が痛いときに飲めばとんでもない状況になることもわかっていますから、うかつに飲めない。さらに、睡眠不足のまま3日目に突入し夜間走で眠らなくてもいいように、眠気覚ましなどのカフェインも持っていました。これも、服用してしのぐ計画だったのです。

しかし、胃が痛くてはどうしようもない。

そのうちに、ジェルさえものどを通らなくなった。
スクイズボトルに入れておいたお茶が唯一の飲み物になってしまいました。
MUSASHIのリプレニッシュを薄めていれたリザーバも飲みたくなくなった。

そういう状態で生藤山を登ったときには、かすかに「リタイアかな?」と弱気になっていました。
そして、このあたりから薄暗くなってきたので、ライトをつけて進みました。ほとんど早歩き状態です。

途中、ふと富士山が雲海からあたまを出してみることができました。
これも、ゆっくり見れたらよかったけれど、そんな余裕は一切なく、近くにいたランナーが「きれいですね」と言って応えることが精一杯でした。

ライトをつけて動きだしてから、ここからが急激にモチベーションが下がりだしたのは事実です。

真っ暗い中をライトだけで突き進むことは、恐怖心をもたらしました。
恐怖心というよりも、この先どうなるのか?胃はもつのか?腰はもつのか?眠らずにすむか?

これらのことが闇の中でどんどん自分に問いかけ出したのです。
軍刀利神社に着いたときは、少し呆然としてしまった。

ここから第一CPの浅間峠までは実はたいした距離もないのです。試走では比較的楽に行けるコース。
そして、見覚えのある目印。これがでてきたら、もうすぐ第一CPだ。よし、リタイアできる。

そう思い込んでいたように思います。
もうすでにここで負けていました。

腰は確かに痛かった。多分、続行しても第2CPまでいけるかわからないほど痛みがありました。
しかし、行けばなんとかなったかもしれない。それはわからない。
胃の不快感は、歩けば少し楽になりました。立ち止まればますます楽になる。しかし、どれだけ持つか、エネルギーを補給できない状態でどこまでもつか不安になりました。
そして、最悪な睡眠不足は、結局は意識を朦朧とさせ、何度か足がふらつき踏み外すことが起きてしまいました。さらに、睡眠不足だと心拍が異様に高い。ずっと150を越えている。通常は140レベルなのに。
そんなこんなで、第1CPについたら、リタイアしたい と思うようになっていたのです。

しかし、
第1CPの浅間峠に近づくと、声が聞こえけっこう元気が出てきました。

チェックポイントのカーペットを越えた瞬間、よしいける!とも思ったのです。

しかし、その後、立ち止まってしまった。
まわりにはランナーがたくさん。そして、みな食糧補給をしている。トイレもあるので行こうかと思ったけどどこかわからない。そうしているうちに、係員がいて、そこに自然と「リタイアします」と言ってしまった自分がいた。

いや、まだいける ともその瞬間思って取り消そうかと思ったのですが、そこに見かけたランナーがいました。
実は、ずっと自分の前を走っていたランナーがいたのですが、そのザックから滝のような汗が流れていると思ってみてたのですが、リザーバにアナがあいたようで水が切れたためにリタイアを宣言したらしいのです。
耐久レースは自分で命を守らねばなりません。
水をランナーからもらうことも禁止です。
そのランナーはここで終えました。
なぜか、自分も、それは仕方ないんだ と自分に言い聞かせるように終わりました。

もし、浅間峠でそのまま走りすぎていたら、もう少しいけたような気もします。
でも、やっぱりこれが自分の弱さだったのだと思います。

5時間3分。

実は渋滞が何度もあったわけで、もしかすると試走した中でもいちばん好調に進めたのかもしれません。特に、今熊神社、峰見どおり、醍醐丸などはスムーズに走れたのかもしれないのです。多分、渋滞を差し引けば4時間30分近くでいけたということになります。

反対にいうと、突っ込みすぎたのかもしれない。
もう少し、余裕を持って進めば、胃の不快感も抑えられ継続可能だったような気もします。

結局、最大の原因は、「リタイアしよう」と決めた自分の心の弱さ意外に何も無いように思います。
弱かったんですね。自分は。


エスケイプルートを下っているときに、あのリザーバがパンクしてリタイアしたランナーとその友人も降りてきました。友人はパンクしたランナーがかわいそうで・・・と言っていました。多分、まだ彼は走れたでしょう。

8人ほどいっしょに山を降りたのですが、その中にはあのUTMBに参加し完走した人もいました。

そんな人たちでもハセツネは厳しかったのです。

バスの中では無言。
会場に到着し、とどかなかったゴールを眺め悔しさで涙も出ず、体育館に向かいました。
体育館では数名リタイアした選手たちが、黙々と帰り仕度をしていました。
自分も、一通り着替え、整理して体育館を出ました。

駐車してある車まで向かい、荷物などを積み込み帰宅することにしました。

本当は仲間のゴールを見ようとも思ったのですが、それまで待つ体力も気力もなく胃が不快で何も食べられず・・・。

8時半ころには出たのでしょう。ナビは10時過ぎに自宅に着くと予想していました。
帰りの高速は空いていてあっという間に帰宅できました。

あのゴールではトップアスリートをはじめ、諦めなかった強い勇者が次々とゴールしていたのでしょう。


長い夏と、短いレースが終わりました。


帰宅し、ようやく3日ぶりに眠れたころ、まだ多くのランナーは諦めずに暗闇の誘いをはねつけ頑張っていました。自分は簡単に負けてしまった。



ハセツネ完走に向けて(14)


明日の今頃は、多分早い人は既に1CPの浅間峠を通過してますね。自分は多分に醍醐丸の急登あたりで、苦戦していることでしょう。
雲が厚いのでもう暗いですね。最初からライトはセットしておく必要がありますね。

6月1日にエントリーして以来、と、言うよりハセツネ30に参加をして以来、ずっと練習してきました。

最初はハセツネ30の練習会に参加し、とても、こんな苦しい競技は無理だと思いましたが、2回ほど試走し非公式のハセツネ30のときには、けっこういい感じで走れることがわかりました。

そして、ハセツネ本戦への優先エントリー権10ポイントを確保するためには、たまたま震災で中止になったハセツネ30が8ポイントということでいただけることになり、すんなり権利を得、優先エントリーができたことでこの本戦にもチャレンジすることになりました。

ハセツネの試走でよくいっしょに練習した方々にも、自分はウルトラマラソン完走している ということで、体力もあると思われていたようですが、実際は大変なことにチャレンジしてしまったものだと、何度も後悔したものです。

しかし、エントリーしたからには、エントリーできなかった多くのランナーのためにも、なんとしても完走しねくてはならないと思い、隠岐の島ウルトラマラソンがおわった6月の3週目以降にも、休み期間を設けず走り続けることになってしまいました。

ハセツネ試走を、まずはコースを覚えないといけないという気持ちもあり、単独試走を2回ほど行い、また講習会にも3回ほど参加しました。サバクランナーの皆さんたちとも1回走りましたね。
それでも、練習だからきつくはないときが多かった。トレランの気持ちよさを十分満喫できました。
(ただ、最終のスタート練習はキツかったですけど)

順調に仕上がりを見せて、最後は約半分以上を夜間走の練習をしようと思って、仲間に声をかけていざ行こうと思った直前 前日の夜、飲み会がありそこであまりたくさん飲んではいないのに、腰も痛くなりおかしいと思ったら、完全に寝込むほどになってしまいました。
これはショック。
本番まであと3週間。

その後、整形外科、接骨院、カイロプラティックにも通いなんとか回復。
間に合いました。

いろいろありましたが、やはり神様は、「走りなさい!」と言っているのでしょう。

なので、ちゃんと走らないといけませんね。

明日の今頃・・・・・自分は、いったいどんな思いであの山道を歩いているのだろうか?

とうとう、やってきました。


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ハセツネ完走に向けて(13)

「週末は本降りの雨になり、ザーザーと強まることがあります。」
$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


まったく、今回のハセツネ初チャレンジは、いろいろありますわ。

ふと「ハセツネ30」にチャンレンジしようとエントリーしてからほぼ一年です。
30kのほうは、結局震災の影響で大会開催は中止。
しかし、そのために奥宮さんの主催する練習会に参加し、そこからたくさんのランナーの方々と交流が広がりました。
大会のために、雪の積もるコースを走ったこともありました。
でも、大会は中止。
そこで、奥宮さんの呼びかけもあり、一部の走らずにはいられないランナーがあつまり「ハセツネ30k」は非公式に開催しました。
楽しかった。

それから、本戦にもエントリー。

本来6月のウルトラ後は、のんびり練習しているのに今年はウルトラ後からハセツネ本戦の練習を繰り返し、6回ほどコース内を走ったことになります。

いつもお天気は悪くなく、むしろ暑い日が多かったので、水のことが一番心配でしたが・・・さすが、気温もさがり雨も降るとなれば、水は心配ないでしょうが、反対に防寒対策、防水対策が不安になってきました。
それも、シューズの中に泥水が浸入する可能性も・・・。
足の皮が比較的弱いので、いつもテーピングをして予防してきたのですが、今回は効果があるかどうかわかりませんね、これでは。

今夜、最終の装備チェックを行います。

一応、ウエアを変更することにしました。本来、着慣れたウエアのほうが着ズレなどしないのでよいのですが、寒さで走れなくなるよりはよいと判断し、トップスはファイントラックのミッドレイヤーを着ることにしました。どう考えても走るより歩くことが増えそうな気象状態ですので、まず保温を最優先するしかないと考えました。
また、ボトムもタイツにオーバーパンツで腰の保温も考えるしかないですね。
問題は足元。
泥や小石の進入を防ぐシューズをカバーするゲイターを履きますが、水だけは容赦なく浸入してくるでしょう。シューズもラプタで行くことに変わりはありません。
ソックスはスマートウール。これは非常によいソックスなのである程度大丈夫だと思いますが、替えのソックスを持っていくことにします。
あとは、ザックとアタマの防水ですね。
ザックに防水カバーをすることもふと考えましたが、出し入れが面倒になるので、やめます。
もはや、中に入れるものはすべて防水パックして持ち歩くしかないです。

あとは気休めの防水スプレーをしっかりと。

今までのレースで、一番苦しみそうなレースになりそうです。

どMの血が騒ぎそうなレースになりそうですね。

ハセツネ完走に向けて(12)

とうとう、あと5日になってしまった。
腰のほうは、まあなんとか普通に走れることは走れるが、あのアップダウンを乗り切れるかはやはり不安。
天気予報的には22日は60%の確率で雨が降るらしいが、前半の水分補給ができないところで小雨程度は逆にありがたい。(とはいえ、滑りやすく危険もあるけど)

また23日は晴れるようなので防寒対策をどこまでのレベルにするか?ちょっと悩む。

幸いにもあさっては平日休みなので準備にしっかり時間がかけられるので、装備の最終確認はしっかりできるのでありがたい。

接骨院でテーピングをしてきたがこれも金曜日に最終で再度貼り直しをして臨める。

最終の装備は、あさってにまとめるが、今のところ、ほぼ準備はできている。

【基本装備】
・ザック アルティメイト8L (Max3Lのリザーバ)+500mlのボトル
・ライト ヘッド+腰+ハンド 3灯
・ストック
・シューズは、ラプタ
・キャップ
・ファイントラック+パタゴニアジップアップハーフシャツ
・インナーショーツ+c3fitロングタイツ(または、スパッツ)+ゲイター+砂よけゲイター
・ソックスは、スマートウール
・グローブ
・アームウオーマ
・雨具は防水のジャケット(パタゴニア)+モンベルのウイブレ
・熊鈴
・ファーストエイドキット
・GARMIN+時計
・腰痛防止サポーター

【水・食糧】
・水 2.5L
・ドリンク 500ml(MUSASHI)
・お握り 3~4個
・パワーバー固形 3枚分をそれぞれ4分割で
・パワーバー青梅 10個分
・ZAVAS ゼリー 5個分
・ミニ スニッカーズ3個
・VESPA 5個
・レッドブル(またはユンケル) 2本
・梅チューブ
・薬(痛み止め、胃薬、下痢止め、眠気覚まし)

この程度から、最終絞込み予定。

天候の様子により変更はするが、水はトータル3Lはくだらないことになるだろう。





ハセツネ完走に向けて(11)

ハセツネに向けてがんばってきたが、ここ数日、サハラサバク250kmを完走された人や、アメリカ横断70日間毎日70kmをやった人とか、UTMBの鏑木さんや、三好さんや、日本人ランナーの姿などを見ていて、自分のチャレンジはまだまだだな~と思いました。

まだまだ、凄い人はいっぱいいるんですね。

にも関わらず、ハセツネ初完走に向け、こんなにムキになっている自分って、歳ばかりいっていても全然ヒヨッコだな~と思いました。

でも、どんな挑戦でも、ひとつひとつのステップがあるわけで、自分にとってはこの大きな山を乗り越える勇気と自信を勝ち取りたいと思うのです。

今回のUMTBの鏑木さんのコメントは衝撃的でした。
あのような、アスリートでさえ、「何かを理由にやめたかった。リタイアを何度も考えた。崖から落ちてしまったという理由でもいいのでリタイアする言い訳が欲しかった」という気持ちになるのか・・・と。

それにしても鏑木さんの強さは、のぼりをかかとをつけずに走るふくらはぎの強さ。
そして何よりも、後半の強さ。
本当に感動しました。

また、UMTBに挑戦した日本人、みな素晴らしいものでした。

サハラ砂漠250kmを完走された13名の日本人。

素晴らしいです。

アメリカ横断LAからNYまで70日間を毎日70kmを走りとおした方、日本ではたった2人しかいないらしいです。
みんな、恐ろしく凄いです。

自分は、そこまで無理 というのは、やはり言い訳です。

言い訳しないで、一歩一歩やるしかない。
今から間に合うかわからないけど、UMTB・・・あこがれますね。

一生は一生。

突き進んでみますか、やれるところまで。

ハセツネ完走に向けて(10)

予定では、もう、50kmの夜間走も終え、準備万端整えているはずだった。
でも、翌日、50kmの夜間走を控えた前日の夜、突然の腰の痛み。
それも、会議の後の懇親会で飲んでいるときに違和感を感じたもの。
物理的なきっかけはなかったように思うが、きっと、疲労が腰に溜まりつつあったのだと思う。

それでも最初はそんなにひどくないと思ったので、お風呂に入り、腰を伸ばすストレッチをして寝たのだが、朝、動けない。どうしても山登りをできるようなレベルではない というより途中で歩けなくなったら、山では致命的な問題になるしヘタすると同行者にも多大な迷惑をかけてしまう。

そう思い、無念の不参加の電話をした。
自分で企画した、最後の特訓だったのに。残念無念。

そして、夕方にカイロプラティックを予約できたのだが時間があったので、少し動いたほうが楽かと思い、犬と散歩。それから、車が汚れていたので洗車。

そんなこんなことをやっていたが、結局、それらすべて悪化する原因になっていたようで、夕方にかけ背中全体に張りが出てしまい、かなり動くのが厳しい状態。

日曜日は結局、ほとんど横になっていたが相変わらず張りはなくならず。
で、月曜日に接骨院に行くも改善せず。

焦る。

火曜日には会社の事務社員から「筋肉のこりをほぐす漢方薬」をもらい飲んだが、その後、徐々に効果がでてきた。
火曜日に一件打ち合わせがあったので、それを終えて早退し自宅付近の整形外科に行って診察を待つ間に、コリはほぼ取れた。

結局、整形外科の診察はお決まりのコースで、「レントゲン」「触診」「リハビリ」。
レントゲンをとったが、骨に大きな問題はなかった。頚椎の間が狭くなっているところはあったものの、それは以前から変わらぬ状況。やはり疲労が積み重なった結果の筋肉痛が原因のようだ。
そして、背中全体の張りは、カラダを動かさぬように、防御本能で硬くなったようだ。

要は、土曜日に痛み出してからは、本当は、そのままじっとしてろ!ということだったのだと思う。

この火曜日から、急回復しだした。

水曜日にカイロプラティックに行き、腰をガキゴキされて改善。
木曜日には接骨院でしっかり治療され、走ってもいいといわれた。

で、金曜日、おそろおそる朝ラン開始。
とりあえず、トレランポールをもって走る。

走りだせば、なんとか痛みも出ずに走れる。

かるく8km程度。よかった走れて。

そして、土曜日はイベントの立会いでずっと立っていたが足っている分には大丈夫。
問題は、車の運転など座っていて、起き上がるときがキツい。

で、日曜日に20kmを走る。

腰の右側が最初の頃は多少痛みがあったが、走り終わったら、コリがとれた感じでよくなっていた。

未だ、体勢を変えるのに痛みはあるが基本問題はない。

整形外科からは、一週間に2回以上、リハビリに来てください、といわれるも、9時~18:30の診察時間でそれも土日が休みで、いついけるっていうんか?ということで、全然いけてない。

まあ、電気かけたり牽引するだけなので、どうってことないのだけれど。

さて、

結局ハセツネに向けた最終調整は、もはや、この腰痛からの回復のみであとはぶっつけ本番になってしまった。仕方ない。

今年の隠岐の島に続いて、今回もピーキング失敗。情けない。

土曜日に案内が届いた。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!


ナンバーカードは、「5111」。

この素晴らしい番号に恥じぬよう、絶対に完走する。

あとは、今週は軽く走りながらも、グッズや行動食の準備をして、風邪を引かぬようにしよう。


なんか、最後は、情けない状況になってしまったが、それでも9月までは本当によく練習した。
あとは結果だ。

閑話休題

隠岐の島ウルトラマラソンに初挑戦した4年前。
確かに、ロング走に明け暮れ準備をしっかりした覚えはあるものの、今回のハセツネのように、こんなに慎重に、また繰り返し、さらに有料の講習会まで参加したことは無かったです。

それだけ、「日本山岳耐久レース24時間以内~長谷川恒男カップ」という競技の凄さを感じていますし、また、こういう準備して練習している時間を楽しんでいるともいえます。

71.5kmという距離は、100kmを走っている者としては、なんら恐れを抱くような距離ではないわけですが、しかしながら、山道であることや、どうしても夜間走になることを考えると、今までの自分には全く経験のない世界であります。

また、「耐久」というように、ある意味一切のサポートがないことも大きな問題です。
ウルトラマラソンのように、適当な距離ごとに水などのドリンクのサポートはありませんから、自分にとって必要な水は自分で持って走らないといけないこと。
また、コーラやバナナなど、好き勝手に補給できないこと。
さらに、トイレだってコース内に数箇所ですから、ロードレースとはサポートの面で大違いです。

そして、けっこう最初のころショックだったのは時間がかかること。
最初の関門、22.6kmの浅間峠まで、初めて走ったときには、きっと4時間もかからんだろう と本当に思ってました。だって、アップダウンの多いウルトラであっても、どんなにかかっても3時間もかからない、そういう距離感です。
しかし、初試走をした際に、その考えがあまりにも安直であったことを思い知らされました。
3時間どころか4時間も困難。最後は5時間を越えてしまいました。
もはやキロ6分ではなくキロ12分レベルってことです。
1時間走っても5kmくらいしか進まないってことに唖然としました。

そして、さらにそのうえに思ったことは、登山家というのは本当にタフなんだな~ということ。
ゆっくり歩いているように思いますが、それどころか、実は恐ろしいスピードで山を上り下りしているということ。

とんでもない世界に入ってしまった。

ただ、これも非常にいい経験になっています。

坂道に対する抵抗感や、恐れが徐々になくなってきました。
また、上り下りが少しづつではありますが、楽になってきたように思います。
シューズやストックなどギアの使い方も徐々に慣れてきました。

夜間に走るなんてことも、今までにない経験ですが、それも慣れてきて、補給食も徐々にではありますがなれてきました。

そういう練習が確実に成果につながっているように感じています。

先日、経験豊富なKegさんという方に教えていただいて、浅間峠までの坂道が思いのほか楽に感じて、さらに時間も4時間半を切るという非常に順調に登れたことは、とても自信につながっています。

大会本番は10月22日ですが、それまでにひととおり(かどうかはわからないけど)、やるべきことはやれたかもしれません。いや、よい成績を期待できるレベルではないかもしれませんが、完走できる自信は沸いてきました。

なんとしても完走したい。

そして来年は・・・わからないけど、この大会については、自分としてはできればサポートする側で、いろいろ関わりたいとも感じています。

何度も通っている山道ですが、だんだん忘れられない山道になっているように思うのです。

ハセツネ完走に向けて(9)

ハセツネコース試走の6回目。
ちょっと、振り返ってみると、
①スタート~1CP(浅間峠) 22.66km:5時間10分 昼間 単独走
②スタート~1CP(浅間峠) 22.66km:5時間   昼間 グループ走
③鞘口峠~ゴール     約33.5km:8時間   昼間 奥宮レッスン
④大ダワ~ゴール     約21.5km:6時間   夜間 田中レッスン
⑤1CP(浅間峠)~鞘口峠 約 16km:3時間   昼間 単独走

で、今回は、スタートから西原峠までの約33kmを、本番同様の装備で全行程を15時間以内で走るということを想定した「裏山の獣人」こと、Kegさんの厳しいレッスン。
今まで奥宮さんや、田中正人さんのレッスンもあったがほとんど楽しいもので厳しいものはhとんど無かったが、このKegさんはさすが地元だし、狙うものはいつかサブ10と思っているようなので、かなり厳しい。

ただ、この時期に本番同様の装備で走ることは、さまざまな問題を発見できるので非常にいい練習になった。また、さすが地元で何度も足を運んでいるだけあって、コース上で如何に体力を消耗せず速く進むか?についてしっかり研究されており、そのノウハウは本当に参考になった。
(ここで、その内容はネタバレしません!だってKegさんに申し訳ないので)

で、練習結果は1CPまで2階とも5時間を切れないレベルだったが、なんと今回は4時間半を切れた。これはサブ15レベルのペース。自分でも信じられない。
その後、西原峠まで同じペースで行くことにしていたが、途中で胃が気分悪く体力も落ちてしまったので、ペースダウンし、同じくペースダウンしていたレッスン仲間と数馬峠まで行って、そこからエスケープすることにした。

結果、

⑥スタート~数馬峠    約30.5km:6時間   昼間 Kegレッスン

今回の学習の成果

【装備】
・水は2リットル+500mlで、結果500mlほど余った。途中、ジェルを飲み込んだりジェルの袋が破れベタベタしたので手を水で洗ったりして無駄に水を使用したので、多分800mlほどは余らせられる可能性はある。本番では2CPまで水を持たせないといけないのだが、1500mの三頭山を登って、残り10kmはあるので最低でも1リットルは必要になる。数馬峠でなんとか1500mlを残せる状態でスタートを考えたい。当然気候の変化もあるが。
・補給食は、今回パワーバー3袋をフラスコに入れ、またZABASジェル(マスカット)3袋、ミニアンパン4個、キュウリ1本、そして必殺レッドブル1本を準備した。(そのほか塩熱飴5個)実際には、フラスコは飲み干したが、最後は飲みにくかったのでソフトフラスコにする。また水をいれて薄めて飲みやすくする。前半、ジェルだけで走ったがけっこう低血糖なのかハンガーノックのような気分の悪さを感じた。そこで、本番では前半から固形物を取るようにしたい。特に、ミニアンパンかミニ塩おにぎりを用意し、固形物は3回に1回ほどはとるようにする。また、Kegさんからも進められた固形のパワーバーを切ておいて食べるようにしよう。レッドブルは本番でもミニペットに入れ替え持って行く。あと、VESPAプロがいいと皆言ってたので、それを準備しようと思う。最後に、スタート前と途中2箇所くらいでは胃薬を飲んでおきたい。今回、帰宅途中の電車でおなかが張って仕方なかったが、結果自宅では下痢してしまった。注意しなくては。
・ウエアは、少なくとも一昨日よりも寒いのは確かなので、ファイントラックにシャツ+アームウオーマーをつける。また、ウイブレは当日の天候で軽いものでよいか?または防水の雨よけを準備しておきたい。足捌きのいい短パンでいくか、c3fitのタイツでいくか、それも考えたい。さらに、できれば汗冷えを考慮しせめてトップスを着替えたいのだが、そこまで荷物を膨らましてしまうと重さに負けてしまうかもしれない。

【テクニック】
・今熊神社までの登りは、今回かなり参考になり今までになく楽に登れた感じであった。また、入山峠までもKegさんのコーチでかなり楽に感じた。これを同じく当日実績できるかどうかだ。
・補給のタイミングだが、30分おきに取るようにはしたい。
・水が枯渇する可能性がある場合は、日原峠で補給する。
・ライトはスタート時にウエストは準備しておくほうがよいかもしれない。ハンドライトは課題。

今週末、できれば最終の練習として浅間峠~ゴールまでを夜間走したい。
本番でも、ほぼこの時間になるので、いい練習になるはずだ。

あと1ヶ月を過ぎた。
コース上には、先日の台風の影響で、大木が倒れていたり、崖崩れもあった。

十分注意して「安全無事完走」を目指したい。