2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記4
月夜見を午前0時前の22時半頃に通過した。
昨年は0時をすぎていたので、やはり順調かもしれない。
しかし、この坂が危険。昨年捻挫したところ。
そこを、無理せずゆっくりシューズの底全部を地面につけるように、ゆっくり下る。
と、しばらくすると前方に見かけたランナーが。
白さんだった。先に第一関門も第二関門も通過しているのに、どうしたのかと思い、
「あれ、白さん、なんでこんなところに」
「あ、ぶろっくちょ、いや、あ、それが、・・・」とかよくわからない返答。
「ぶろっくちょ、けっこういいペースですよ!」とは言われたけど、
「いやいや、ほとんど歩いているようなもんだよ。これからも歩き中心でいくわ!じゃあ」と先を急いだ。
その時白さんはライトシェルを着込んでいたようだった。
しばらく続く、長い坂。
ここが一番、嫌いな、御前山に向けた登り。
岩場とか急登があるわけじゃないけど、とにかく長いように思える。
最初はピーク越え、その後、左の巻き道を行くが全然走る気がしない。
そうか、走らずに行くことも考えよう。
とにかく、まだ30kmはある。それをこの脚で行くには、体力を無駄に使わないこと。
そう思い、その後は、下りで走りやすいところ以外は歩くことに徹した。
実は、3年前の隠岐の島ウルトラマラソンでも、後半走れなくなったときに、歩くことで挽回した。自分の歩きは比較的スピードもある。ロードでキロ9分台で行ける。山道でも10分から12分でなんとかいけるのではないかと考え、無理せず歩くことに徹した。
途中、白さんに抜かれた。
御前山の登り。
本当につらい。
過去に滑落事故があったところで、手を合わせお悔やみと完走をお祈りした。
途中、安走会マーシャルの井上さんともすれ違った。
井上さん、けっこう元気。やっぱり女子は後半に強い!
それから、木によりかかったり、岩に腰掛けたりと、実際、惣岳山までに5回以上は休憩したように思う。
この長い長い登りをなんとか征服したあとのカラダへのダメージは大きく、ピークに付いたあとにリバースする人もいた。
惣岳山のベンチでしばし休憩し、そしてのこり600mの御前山に向かった。
なんとか御前山にも到着。
またベンチで休憩をとり、そしてすぐに下りはじめた。
この御前山の下り。
かなりきついし、危険も多い。
傾斜がきつく足場も悪い。
さらに、ようやく足場の悪いところが終わったと思うと、そのあとは何度か繰り返す登り返し。
その登り返しで、またまた何度か休憩。
とにかく一歩一歩登るきつさが、ますます増してくる。
しかし、ここも何度も試走したところなので、見覚えのある危険な場所をすぎればあとすぐ!
そう思い、我慢して進む。
立ち止まっていては、ゴールは近づかない。
歩いてでも、前に進めば ゴールは確実に近づいてくる。
そう自分に何度も言い聞かせ、腰をあげて進んだ。
オオダワ。
ここでトイレ休憩。
あと20km。
ここからは走れるというが、もうそういう脚は残っていない。
しかし、早歩きはまだまだ十分できる。
時間をみると、もしかすると長尾平に3時前に到着する可能性ある。
そうすれば確実に、日の出山の夜景がみられる!
そんなことを考え、先を急いだ。
しかし、ここで、急に眠気。
とにかく眠い。
夜間走の場合は朝6時前に眠気がやってくるが、さすがにこの日は午前1時あたりで、もう眠くて眠くて。
そこで、眠気覚ましを飲んだ。
そうしたら、目がしっかり開いて意識もよみがえった。
最後のボス山、大岳山は急登ではあるが短い距離で岩場をよじ上るので比較的ピークは近い。それまで長い笹尾根が続くが脚に疲れのたまった自分は途中何度か休憩をいれ早歩きで進んだ。
途中、何人か寝ているランナーがいた。これもハセツネ名物。
でも
ライトをつけたまま寝ててね!と声をかけ進む。
大岳山の登りにとうとうたどり着いた。
ここを注意深くよじ登る。また、何度かの試走のおかげで登りやすいルートはわかっているので比較的精神的に楽。
思いのほか、早く頂上に到達した。
大岳山登頂。
そこでみたものは、すばらしい夜空!
星が手に取るように近くに感じる。
真っ黒な空に輝く大きな星!感動!!!
時間に余裕があればここでしばらく星を眺めてご飯を作って食べるなんて最高と思った。
しかし、まだレース中。
早速、後半難関の大岳山の下りを行く。
ここは、毎年必ず事故やけが人が出る場所。
しかし、今回は雨が降ったのは二日前だったこともあり岩がぬれていなかった。おかげで意外にも楽に降りることができ、あっという間に大岳山神社についた。
そこで、また完走お祈りをして、さて、ようやく待望の「綾広の滝」だ。
途中で、安走会の先輩の渡辺隆行さんに会い、声をかけて進んだ。
ここからは、けっこう走った。
そして滝でくんだ水は最高にうまかった!
第三CP長尾平2時40分通過!
日の出山での夜景ウオッチは確実だ!
長尾平ではたくさんのボランティアや応援の声。嬉しかった。ここまでくればもうあとわずか。
御嶽神社の前を過ぎ、日の出山に向かう。
試走では走れるところだが、ここでも無理せず早歩き。
何人かのランナーに抜かれたものの、気にしない。
意外にも登りになると、抜かれたランナーに追いついて自分が抜き返すシーンが何度もあった。
いつの間にか、登りと歩きのペース差が少なくなったのかもしれない。
しかし、日の出山は意外にも意地悪な登りと下り。
鳥居から登るときに、ボランティアの方に「マーシャルご苦労様です!」と声をかけられた。
日の出山登りで、先を行くランナー数名を歩いて抜いた。
そして、トイレによってから、ようやく日の出山山頂!
思わず声を出してしまった!
「やった、初めてみた!最高の夜景!!!」
嬉しかった。
当初の目標はここからは日の出をみる予定だったのだから。
この日の出山のベンチでライトの電池交換に手間取ったが、スタッフの木村さんに声をかけ下った。
これも試走のおかげで、走りやすい場所は覚えている。
あとはほぼ10kmのダウンヒル。
でも、早歩き走法はかえない。
何人かに抜かれるも、ちょっとした登りになると自分が抜いている。
そんな繰り返しで、あの、見覚えのあるコンクリート橋!
そうしたら、「あと2kmですよ~」という暖かい声。
時計はもしかすると15時間台の自分にとっては自己ベストのペース!
のこり30分はある。歩いても確実。
でも少し下りは走って、ようやく街のアスファルトに出た。
嬉しいのと、ああ、もうおわっちゃうのか、という寂しさと。
そして、あの、角を曲がったら、夢にもみた、暗いうちに到達するゴール!
深夜だから声はあげられないが、でも、嬉しくて涙がにじんだ!
やった、15時間50分09秒。
昨年よりも4時間ほどの更新。
応援に来てくれたふじふじが待っていてくれた。
感動!
ようやく、「ハセツネを完走しました!」と言える結果を得ることができた。
(最終章につづく)
昨年は0時をすぎていたので、やはり順調かもしれない。
しかし、この坂が危険。昨年捻挫したところ。
そこを、無理せずゆっくりシューズの底全部を地面につけるように、ゆっくり下る。
と、しばらくすると前方に見かけたランナーが。
白さんだった。先に第一関門も第二関門も通過しているのに、どうしたのかと思い、
「あれ、白さん、なんでこんなところに」
「あ、ぶろっくちょ、いや、あ、それが、・・・」とかよくわからない返答。
「ぶろっくちょ、けっこういいペースですよ!」とは言われたけど、
「いやいや、ほとんど歩いているようなもんだよ。これからも歩き中心でいくわ!じゃあ」と先を急いだ。
その時白さんはライトシェルを着込んでいたようだった。
しばらく続く、長い坂。
ここが一番、嫌いな、御前山に向けた登り。
岩場とか急登があるわけじゃないけど、とにかく長いように思える。
最初はピーク越え、その後、左の巻き道を行くが全然走る気がしない。
そうか、走らずに行くことも考えよう。
とにかく、まだ30kmはある。それをこの脚で行くには、体力を無駄に使わないこと。
そう思い、その後は、下りで走りやすいところ以外は歩くことに徹した。
実は、3年前の隠岐の島ウルトラマラソンでも、後半走れなくなったときに、歩くことで挽回した。自分の歩きは比較的スピードもある。ロードでキロ9分台で行ける。山道でも10分から12分でなんとかいけるのではないかと考え、無理せず歩くことに徹した。
途中、白さんに抜かれた。
御前山の登り。
本当につらい。
過去に滑落事故があったところで、手を合わせお悔やみと完走をお祈りした。
途中、安走会マーシャルの井上さんともすれ違った。
井上さん、けっこう元気。やっぱり女子は後半に強い!
それから、木によりかかったり、岩に腰掛けたりと、実際、惣岳山までに5回以上は休憩したように思う。
この長い長い登りをなんとか征服したあとのカラダへのダメージは大きく、ピークに付いたあとにリバースする人もいた。
惣岳山のベンチでしばし休憩し、そしてのこり600mの御前山に向かった。
なんとか御前山にも到着。
またベンチで休憩をとり、そしてすぐに下りはじめた。
この御前山の下り。
かなりきついし、危険も多い。
傾斜がきつく足場も悪い。
さらに、ようやく足場の悪いところが終わったと思うと、そのあとは何度か繰り返す登り返し。
その登り返しで、またまた何度か休憩。
とにかく一歩一歩登るきつさが、ますます増してくる。
しかし、ここも何度も試走したところなので、見覚えのある危険な場所をすぎればあとすぐ!
そう思い、我慢して進む。
立ち止まっていては、ゴールは近づかない。
歩いてでも、前に進めば ゴールは確実に近づいてくる。
そう自分に何度も言い聞かせ、腰をあげて進んだ。
オオダワ。
ここでトイレ休憩。
あと20km。
ここからは走れるというが、もうそういう脚は残っていない。
しかし、早歩きはまだまだ十分できる。
時間をみると、もしかすると長尾平に3時前に到着する可能性ある。
そうすれば確実に、日の出山の夜景がみられる!
そんなことを考え、先を急いだ。
しかし、ここで、急に眠気。
とにかく眠い。
夜間走の場合は朝6時前に眠気がやってくるが、さすがにこの日は午前1時あたりで、もう眠くて眠くて。
そこで、眠気覚ましを飲んだ。
そうしたら、目がしっかり開いて意識もよみがえった。
最後のボス山、大岳山は急登ではあるが短い距離で岩場をよじ上るので比較的ピークは近い。それまで長い笹尾根が続くが脚に疲れのたまった自分は途中何度か休憩をいれ早歩きで進んだ。
途中、何人か寝ているランナーがいた。これもハセツネ名物。
でも
ライトをつけたまま寝ててね!と声をかけ進む。
大岳山の登りにとうとうたどり着いた。
ここを注意深くよじ登る。また、何度かの試走のおかげで登りやすいルートはわかっているので比較的精神的に楽。
思いのほか、早く頂上に到達した。
大岳山登頂。
そこでみたものは、すばらしい夜空!
星が手に取るように近くに感じる。
真っ黒な空に輝く大きな星!感動!!!
時間に余裕があればここでしばらく星を眺めてご飯を作って食べるなんて最高と思った。
しかし、まだレース中。
早速、後半難関の大岳山の下りを行く。
ここは、毎年必ず事故やけが人が出る場所。
しかし、今回は雨が降ったのは二日前だったこともあり岩がぬれていなかった。おかげで意外にも楽に降りることができ、あっという間に大岳山神社についた。
そこで、また完走お祈りをして、さて、ようやく待望の「綾広の滝」だ。
途中で、安走会の先輩の渡辺隆行さんに会い、声をかけて進んだ。
ここからは、けっこう走った。
そして滝でくんだ水は最高にうまかった!
第三CP長尾平2時40分通過!
日の出山での夜景ウオッチは確実だ!
長尾平ではたくさんのボランティアや応援の声。嬉しかった。ここまでくればもうあとわずか。
御嶽神社の前を過ぎ、日の出山に向かう。
試走では走れるところだが、ここでも無理せず早歩き。
何人かのランナーに抜かれたものの、気にしない。
意外にも登りになると、抜かれたランナーに追いついて自分が抜き返すシーンが何度もあった。
いつの間にか、登りと歩きのペース差が少なくなったのかもしれない。
しかし、日の出山は意外にも意地悪な登りと下り。
鳥居から登るときに、ボランティアの方に「マーシャルご苦労様です!」と声をかけられた。
日の出山登りで、先を行くランナー数名を歩いて抜いた。
そして、トイレによってから、ようやく日の出山山頂!
思わず声を出してしまった!
「やった、初めてみた!最高の夜景!!!」
嬉しかった。
当初の目標はここからは日の出をみる予定だったのだから。
この日の出山のベンチでライトの電池交換に手間取ったが、スタッフの木村さんに声をかけ下った。
これも試走のおかげで、走りやすい場所は覚えている。
あとはほぼ10kmのダウンヒル。
でも、早歩き走法はかえない。
何人かに抜かれるも、ちょっとした登りになると自分が抜いている。
そんな繰り返しで、あの、見覚えのあるコンクリート橋!
そうしたら、「あと2kmですよ~」という暖かい声。
時計はもしかすると15時間台の自分にとっては自己ベストのペース!
のこり30分はある。歩いても確実。
でも少し下りは走って、ようやく街のアスファルトに出た。
嬉しいのと、ああ、もうおわっちゃうのか、という寂しさと。
そして、あの、角を曲がったら、夢にもみた、暗いうちに到達するゴール!
深夜だから声はあげられないが、でも、嬉しくて涙がにじんだ!
やった、15時間50分09秒。
昨年よりも4時間ほどの更新。
応援に来てくれたふじふじが待っていてくれた。
感動!
ようやく、「ハセツネを完走しました!」と言える結果を得ることができた。
(最終章につづく)

2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記3
第一CP浅間峠で、ラン仲間の素晴らしい応援をもらい引き続き進んだ。
今までならば、ここでストックを出して走るわけだが、比較的脚が悪くはなかった。
というか、以前より少し気づいていたのだが、ある程度推進力が付いてきているように感じていて、昼間であったが浅間峠~都民の森までの試走を3時間半以内で通過できているときがあった。
浅間峠からの体力あるときなので、ということはあるもののあの三頭山の登りが比較的スムーズに、また負担に思わなかったということで、やはり試走の成果だったのかもしれない。
日原峠を過ぎ、しばらく走ると、どうもお腹の具合がいまひとつ。ふと気づいたが多分空腹感でこのまま走り続けると胃液で胃を荒らしそうな気がした。
途中、固形物のグミなどをたべてごまかしたが、体力も落ちつつあり笛吹峠でとうとう最初のレスト。ここで食事をすることにした。
ここにはすでに安走会の北島さんや井上さんもいて、さらに休んでいたら元気な声が聞こえてきたなあと思ったら、歩く人間熊鈴王女の坂上さんだった。
坂上さんはかなり元気で(って元気がない状態はどんな状態なのか全く知らないのだが)、笛吹峠では休むこともなくそのまま元気を振りまいて通過していった。
自分もそう長く休んではいられない。キュウリ1本とおにぎり1個を無理にも胃にぶち込み、すぐに走り続けることにした。
この辺りは比較的走りやすい尾根。
ライトは基本的にウエストに準備したPETZL MIO。それと肩のハーネスに取り付けたBLACK DIAMONDの2灯。しかし、これでは前後にランナーがいれば問題ないものの単独走になったときに不安があるので、ヘッドライトもつけ合計3灯で進むことにした。
ストックも使うようにした。
このあと、西原峠をすぎれば本格的な三頭山の急登がやってくる。
そして、最初の急登の岩場、比較的楽に登れた。三頭山の登りは急ではあるが、これも何度かの試走のためか、苦しいながらも深く的順調にほとんど休むことなく大沢山に到着。盛大な応援を受け、そのまま頂上にもたどりついた。
この時点で約8時間程度。三頭山はほぼ中間地点だから、このままいくと。。。なんとサブ16が見えてくる とは思ったもののそんなに調子良くわけはないよな、と思い、ここでも休まず走ることにした。
そういえば、三頭山の登りは決して楽ではばかった。しかし、つらいなあ~と思ったとき浮かんだのは仕事のこと。仕事の毎度毎度のむちゃくちゃな要請に比べりゃ、無理難題から比べりゃ、こうして苦しみながらも脚を前にさえ出せばゴールが近づくなんて最高じゃないか?と思い、邁進した。何度も襲ってくる登り返しもどうってことない敵だった。
さて、三頭山の下りは比較的走れるのだが、危険も多いところだ。
頂上で休まなかった自分は、ゆっくり慎重に進んでいたが、後ろからけっこうなスピードではけ降りてくるランナーがいたので、どんどん先を譲った。
あくまでもマイペースがいちばん。
気になっていた水は、2つのボトルはほとんど枯渇。リザーバーのみだが、まだ十分リザーバーには水があったので一安心。
そのまま鞘口峠に降りた。
そこで、昨年の安走会の5期正の村上さんがいるはずなので、とりあえず「ともさーん」と叫んでみたが返事なし。
ま、仕方ない。
坂道を登りはじめた。
ここで、少し休憩。この鞘口峠からののぼりは意外にきつい。
2度ほど休憩をとり、なんとか風張峠通過、そして月夜見山で少し休んでから、ゆっくり第二CPの月夜見第二駐車場に向かった。
当初の想定より1時間は早く到着。
昨年はなかったポカリもあったので、リザーバーに水1Lをもらい、ボトルに500mlのポカリをいれてもらった。
さて、ここからが昨年怪我した月夜見の坂。
とにかく、いちどブルーシートに横になり、キュウリ、ミニクリームパンもたべた。
第二CPは42km地点。あと30km。
ゴールまではあと30km。
しかし、一番苦手な、MOUNT GOZENYAMA が真っ暗な闇夜で待ち構えていた。
(つづく)
今までならば、ここでストックを出して走るわけだが、比較的脚が悪くはなかった。
というか、以前より少し気づいていたのだが、ある程度推進力が付いてきているように感じていて、昼間であったが浅間峠~都民の森までの試走を3時間半以内で通過できているときがあった。
浅間峠からの体力あるときなので、ということはあるもののあの三頭山の登りが比較的スムーズに、また負担に思わなかったということで、やはり試走の成果だったのかもしれない。
日原峠を過ぎ、しばらく走ると、どうもお腹の具合がいまひとつ。ふと気づいたが多分空腹感でこのまま走り続けると胃液で胃を荒らしそうな気がした。
途中、固形物のグミなどをたべてごまかしたが、体力も落ちつつあり笛吹峠でとうとう最初のレスト。ここで食事をすることにした。
ここにはすでに安走会の北島さんや井上さんもいて、さらに休んでいたら元気な声が聞こえてきたなあと思ったら、歩く人間熊鈴王女の坂上さんだった。
坂上さんはかなり元気で(って元気がない状態はどんな状態なのか全く知らないのだが)、笛吹峠では休むこともなくそのまま元気を振りまいて通過していった。
自分もそう長く休んではいられない。キュウリ1本とおにぎり1個を無理にも胃にぶち込み、すぐに走り続けることにした。
この辺りは比較的走りやすい尾根。
ライトは基本的にウエストに準備したPETZL MIO。それと肩のハーネスに取り付けたBLACK DIAMONDの2灯。しかし、これでは前後にランナーがいれば問題ないものの単独走になったときに不安があるので、ヘッドライトもつけ合計3灯で進むことにした。
ストックも使うようにした。
このあと、西原峠をすぎれば本格的な三頭山の急登がやってくる。
そして、最初の急登の岩場、比較的楽に登れた。三頭山の登りは急ではあるが、これも何度かの試走のためか、苦しいながらも深く的順調にほとんど休むことなく大沢山に到着。盛大な応援を受け、そのまま頂上にもたどりついた。
この時点で約8時間程度。三頭山はほぼ中間地点だから、このままいくと。。。なんとサブ16が見えてくる とは思ったもののそんなに調子良くわけはないよな、と思い、ここでも休まず走ることにした。
そういえば、三頭山の登りは決して楽ではばかった。しかし、つらいなあ~と思ったとき浮かんだのは仕事のこと。仕事の毎度毎度のむちゃくちゃな要請に比べりゃ、無理難題から比べりゃ、こうして苦しみながらも脚を前にさえ出せばゴールが近づくなんて最高じゃないか?と思い、邁進した。何度も襲ってくる登り返しもどうってことない敵だった。
さて、三頭山の下りは比較的走れるのだが、危険も多いところだ。
頂上で休まなかった自分は、ゆっくり慎重に進んでいたが、後ろからけっこうなスピードではけ降りてくるランナーがいたので、どんどん先を譲った。
あくまでもマイペースがいちばん。
気になっていた水は、2つのボトルはほとんど枯渇。リザーバーのみだが、まだ十分リザーバーには水があったので一安心。
そのまま鞘口峠に降りた。
そこで、昨年の安走会の5期正の村上さんがいるはずなので、とりあえず「ともさーん」と叫んでみたが返事なし。
ま、仕方ない。
坂道を登りはじめた。
ここで、少し休憩。この鞘口峠からののぼりは意外にきつい。
2度ほど休憩をとり、なんとか風張峠通過、そして月夜見山で少し休んでから、ゆっくり第二CPの月夜見第二駐車場に向かった。
当初の想定より1時間は早く到着。
昨年はなかったポカリもあったので、リザーバーに水1Lをもらい、ボトルに500mlのポカリをいれてもらった。
さて、ここからが昨年怪我した月夜見の坂。
とにかく、いちどブルーシートに横になり、キュウリ、ミニクリームパンもたべた。
第二CPは42km地点。あと30km。
ゴールまではあと30km。
しかし、一番苦手な、MOUNT GOZENYAMA が真っ暗な闇夜で待ち構えていた。
(つづく)
2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記2
13日(日)
前日、早めに就寝。レースを直前に眠れないことが多いので、お医者さんに処方してもらった薬を飲んで寝たために比較的よく眠れた。
ずっと仕事のストレスで眠れないことが多かったので、せめて直前はしっかり眠ろうとしたことと、一週間前にひいた風邪が結果的にはからだを十分休めることになり、体調は悪くは無かったのだが、金曜日は終日偏頭痛がとれず、土曜日も多少頭痛があったので心配していたが、残念ながた起きたときも多少頭痛が残っていた。
が、とにかく本番。
しゃきっと5時に起床して、早速準備開始。
レースの日は常にそうなのだが、起きたら一番にやることは、テーピング。
起きてしばらくすると汗でテーピングが付きにくく、また剥がれやすいので、いつも大会当日の朝いちで貼ってしまうのだ。
昨年、月夜見駐車場からの下りで捻挫したが今年は絶対に捻挫は避けたい。
両方の足首にしっかり予防のテーピングを施し、腰痛予防にも腰と背中に幅広のテーピングをした。
なお、自分は少し伸縮が強めのテープを使用している。(首都圏ではB&Dで購入している)
それから、ウエアを着込み、リザーバやボトルの飲み物を準備。
朝早くいっしょに起きてくれた奥さんのおにぎりとキュウリの浅漬け(これが欠かせない)をザックに入れて完了。
予定どおり7時前に電車に乗り込み、8時過ぎに立川で武蔵五日市の直行に乗りました。そこに同じようなスタイルの方が。。。安走会6期生の方でした。
そう、この時間はまだ選手がどんどん集まる時間帯ではなく、我々、マーシャルなどが9時に集合する早い時間帯。でもそのために、駅のトイレもコンビニもすいすいと利用できてしっかり準備をして五日市会館に迎えました。
9時近くになり、マーシャルとして参加する安走会6期生の皆さんを中心に控え室で準備。
その間に、9時半過ぎには、スタート位置の五日市中学校の門の前で記念写真。
あ、そうそう、実は今回ほとんど自分が撮った写真はありません。
というのも、iPhoneもそろそろ電池が消耗激しく、いざという時に使えないとまずいので日の出山手前までは電源をOFFにしておきましたので。
もし、良い写真があったらどうぞ、おゆずりください😉
さて、続々と選手の皆さんも集まりだし、11時ころにはラン仲間の皆さんにも出会え、和気あいあいの雰囲気で盛り上がりました。
この頃には、お昼をしっかり食べようと、おにぎりを3個食べ、また少し偏頭痛も残っていたので痛み止めをのみ、準備完了。
外に出ると快晴で暑い!この調子ではすごい水が不安。
そこで、いろいろ考え、当初計画していた、リザーバーの水1.5L+お茶0.5L+ポカリ0.5L+コーラ0.5L+エビアンミニ0.33Lの合計3.33Lに加え、REDBULL0.25Lを万一缶が破裂してもザックを汚さないようにジップロックにいれてザックにしまいました。これで、なんとかなるか。。。
いや、まだ不安はあったので、コンビニで購入した氷を数個、コンビニの袋に入れてザッックのポケットに忍ばせ、スタート直後の喉の乾きをいやすようにと考えました。
実はこれが正解。
スタート待ちの開会式の間も、またスタート直後も、ボトルやリザーバーの水は使わず、実際には、変電所あたりまでは氷を口に含んで耐えることができました。
スタートは、今年は12時間のレベルに並びました。いや、実際自分の実力では12時間は難しいのですが、スタートの渋滞ロスを少しでも緩和しようと思いこのレベルで。
また、安走会6期生の、歩く熊鈴王女と呼ばれる、坂上さんがぴったり自分にひっついてペースメーカーにされてしまいました。
午後1時、スタート!
とうとう始まってしまいました。もう、ゴールまで歩みを止めることはできません。
ひたすら進むのみ!
それもさすが12時間台。スタートラインを超えると、しっかり走りだしました。
(ちなみに、昨年は16時間以降の後ろのほうだったので、スタート直後もゆっくり歩きだした程度)
広徳寺の坂道をのぼり、そしてシケインのいつもの渋滞ポイントにたどりつくころ、ラン仲間の藤生さんがわざわざ登ってきて応援してくれました。
これにはちょっと泣かされました。
その後もなかなか進まない渋滞ではありましたが、それでもまだまだ。先は長い!
71.5km、そして24時間、それを考えればたいしたことはないと思い、焦らず、それでも走れるところは無理のない走りで、今熊神社まで走りました。
しかし、ここで、ふと左の肩に痛みが!
それは、前日仕込んだ、ライトを取り付けたジェルホルダーのバンドが肩に食い込んで痛むのだとわかり、仕方なく汗拭きを肩とザックの間にはさみこみました。これが早めに処置したおかげで肩が擦れることはなく、最後までもちました。
とにかく、何が起きるかわからない。でも早めに対処すれば、なんとかなる!
さて、レースは今熊神社の急登。
しかし、何度も登ったこのコースは比較的登りやすいルートはもうしっかりカラダが覚えていてくれました。おかげで、けっこう先を行くランナーも抜いて、60分かからず神社の手前まで到達したと思います。
ここで、スタッフに感謝し先を急ぎました。
ここから、入山峠までは比較的走れるところが多いのですが、渋滞もあります。ここでも焦らず無理せず。
途中、狭いシングルトレイルを無理矢理抜いていくランナーもいましたが、さすがにマーシャルを背負ってはできないので、おとなしく動くのを待っていました。
入山峠までのルートでは一カ所急登を登るところがあったと思いましたが、今回はその巻き道を走ってもOKということで、ここで体力を使わずそして比較的楽に走れ入山峠に付いたのは1時間30分前だったと思います。
入山峠で、安走会スタッフの近藤みづきちゃんや、関西から初参加の楠本さんと挨拶し、いよいよコース前半の最大の山場!まさに山場!
何度も繰り返す、登り返しの峰見通り。
ここで、とにかく無駄に体力を使わず市道山にたどりつけるかが重要なポイント!
さらに、ここで胃腸を痛めると後が持たない。初参加の時失敗したことを反省し、とにかくここは上りはゆっくり、下りも無理に走らず慎重に。
というよりも比較的登りでも渋滞してることがあり結果脚を痛めず登れたようにも思います。
日が徐々に傾きかけてきました。
市道山手前の広がった視界を眺め、ようやく市道山分岐。
ここからは醍醐丸の急登までは比較的ラク。
昨年、醍醐丸ではライトをつけはじめましたが、今年は少し早めにたどりつき、しばらく無理なく走り続けることができました。
軍刀利神社の階段を登れば、あとは少し。
第一CPの浅間峠に付く頃、時計をみたらちょうど5時間前後。
よし、これで、行ける!
しかし、このころからお腹の気分が。。。
また、胃の不快感がきたらどうしよう・・・
第一CP浅間峠通過!
そこで、なんと、
あの、藤生さんが浅間峠までわざわざ先回りして登ってきて応援してくれました。
これには感動!!!
ここで少し休もうか と思いましたが、元気な応援と、「白さんが20ほど前に通過したよ!」ということで、よし自分もこのまま休まず行こう!と
普段ならばここで、ストックを用意するのに、それも無しで走り続けることに。
しかし、胃の不快感は、ますます増してきたのです。
(つづく)
前日、早めに就寝。レースを直前に眠れないことが多いので、お医者さんに処方してもらった薬を飲んで寝たために比較的よく眠れた。
ずっと仕事のストレスで眠れないことが多かったので、せめて直前はしっかり眠ろうとしたことと、一週間前にひいた風邪が結果的にはからだを十分休めることになり、体調は悪くは無かったのだが、金曜日は終日偏頭痛がとれず、土曜日も多少頭痛があったので心配していたが、残念ながた起きたときも多少頭痛が残っていた。
が、とにかく本番。
しゃきっと5時に起床して、早速準備開始。
レースの日は常にそうなのだが、起きたら一番にやることは、テーピング。
起きてしばらくすると汗でテーピングが付きにくく、また剥がれやすいので、いつも大会当日の朝いちで貼ってしまうのだ。
昨年、月夜見駐車場からの下りで捻挫したが今年は絶対に捻挫は避けたい。
両方の足首にしっかり予防のテーピングを施し、腰痛予防にも腰と背中に幅広のテーピングをした。
なお、自分は少し伸縮が強めのテープを使用している。(首都圏ではB&Dで購入している)
それから、ウエアを着込み、リザーバやボトルの飲み物を準備。
朝早くいっしょに起きてくれた奥さんのおにぎりとキュウリの浅漬け(これが欠かせない)をザックに入れて完了。
予定どおり7時前に電車に乗り込み、8時過ぎに立川で武蔵五日市の直行に乗りました。そこに同じようなスタイルの方が。。。安走会6期生の方でした。
そう、この時間はまだ選手がどんどん集まる時間帯ではなく、我々、マーシャルなどが9時に集合する早い時間帯。でもそのために、駅のトイレもコンビニもすいすいと利用できてしっかり準備をして五日市会館に迎えました。
9時近くになり、マーシャルとして参加する安走会6期生の皆さんを中心に控え室で準備。
その間に、9時半過ぎには、スタート位置の五日市中学校の門の前で記念写真。
あ、そうそう、実は今回ほとんど自分が撮った写真はありません。
というのも、iPhoneもそろそろ電池が消耗激しく、いざという時に使えないとまずいので日の出山手前までは電源をOFFにしておきましたので。
もし、良い写真があったらどうぞ、おゆずりください😉
さて、続々と選手の皆さんも集まりだし、11時ころにはラン仲間の皆さんにも出会え、和気あいあいの雰囲気で盛り上がりました。
この頃には、お昼をしっかり食べようと、おにぎりを3個食べ、また少し偏頭痛も残っていたので痛み止めをのみ、準備完了。
外に出ると快晴で暑い!この調子ではすごい水が不安。
そこで、いろいろ考え、当初計画していた、リザーバーの水1.5L+お茶0.5L+ポカリ0.5L+コーラ0.5L+エビアンミニ0.33Lの合計3.33Lに加え、REDBULL0.25Lを万一缶が破裂してもザックを汚さないようにジップロックにいれてザックにしまいました。これで、なんとかなるか。。。
いや、まだ不安はあったので、コンビニで購入した氷を数個、コンビニの袋に入れてザッックのポケットに忍ばせ、スタート直後の喉の乾きをいやすようにと考えました。
実はこれが正解。
スタート待ちの開会式の間も、またスタート直後も、ボトルやリザーバーの水は使わず、実際には、変電所あたりまでは氷を口に含んで耐えることができました。
スタートは、今年は12時間のレベルに並びました。いや、実際自分の実力では12時間は難しいのですが、スタートの渋滞ロスを少しでも緩和しようと思いこのレベルで。
また、安走会6期生の、歩く熊鈴王女と呼ばれる、坂上さんがぴったり自分にひっついてペースメーカーにされてしまいました。
午後1時、スタート!
とうとう始まってしまいました。もう、ゴールまで歩みを止めることはできません。
ひたすら進むのみ!
それもさすが12時間台。スタートラインを超えると、しっかり走りだしました。
(ちなみに、昨年は16時間以降の後ろのほうだったので、スタート直後もゆっくり歩きだした程度)
広徳寺の坂道をのぼり、そしてシケインのいつもの渋滞ポイントにたどりつくころ、ラン仲間の藤生さんがわざわざ登ってきて応援してくれました。
これにはちょっと泣かされました。
その後もなかなか進まない渋滞ではありましたが、それでもまだまだ。先は長い!
71.5km、そして24時間、それを考えればたいしたことはないと思い、焦らず、それでも走れるところは無理のない走りで、今熊神社まで走りました。
しかし、ここで、ふと左の肩に痛みが!
それは、前日仕込んだ、ライトを取り付けたジェルホルダーのバンドが肩に食い込んで痛むのだとわかり、仕方なく汗拭きを肩とザックの間にはさみこみました。これが早めに処置したおかげで肩が擦れることはなく、最後までもちました。
とにかく、何が起きるかわからない。でも早めに対処すれば、なんとかなる!
さて、レースは今熊神社の急登。
しかし、何度も登ったこのコースは比較的登りやすいルートはもうしっかりカラダが覚えていてくれました。おかげで、けっこう先を行くランナーも抜いて、60分かからず神社の手前まで到達したと思います。
ここで、スタッフに感謝し先を急ぎました。
ここから、入山峠までは比較的走れるところが多いのですが、渋滞もあります。ここでも焦らず無理せず。
途中、狭いシングルトレイルを無理矢理抜いていくランナーもいましたが、さすがにマーシャルを背負ってはできないので、おとなしく動くのを待っていました。
入山峠までのルートでは一カ所急登を登るところがあったと思いましたが、今回はその巻き道を走ってもOKということで、ここで体力を使わずそして比較的楽に走れ入山峠に付いたのは1時間30分前だったと思います。
入山峠で、安走会スタッフの近藤みづきちゃんや、関西から初参加の楠本さんと挨拶し、いよいよコース前半の最大の山場!まさに山場!
何度も繰り返す、登り返しの峰見通り。
ここで、とにかく無駄に体力を使わず市道山にたどりつけるかが重要なポイント!
さらに、ここで胃腸を痛めると後が持たない。初参加の時失敗したことを反省し、とにかくここは上りはゆっくり、下りも無理に走らず慎重に。
というよりも比較的登りでも渋滞してることがあり結果脚を痛めず登れたようにも思います。
日が徐々に傾きかけてきました。
市道山手前の広がった視界を眺め、ようやく市道山分岐。
ここからは醍醐丸の急登までは比較的ラク。
昨年、醍醐丸ではライトをつけはじめましたが、今年は少し早めにたどりつき、しばらく無理なく走り続けることができました。
軍刀利神社の階段を登れば、あとは少し。
第一CPの浅間峠に付く頃、時計をみたらちょうど5時間前後。
よし、これで、行ける!
しかし、このころからお腹の気分が。。。
また、胃の不快感がきたらどうしよう・・・
第一CP浅間峠通過!
そこで、なんと、
あの、藤生さんが浅間峠までわざわざ先回りして登ってきて応援してくれました。
これには感動!!!
ここで少し休もうか と思いましたが、元気な応援と、「白さんが20ほど前に通過したよ!」ということで、よし自分もこのまま休まず行こう!と
普段ならばここで、ストックを用意するのに、それも無しで走り続けることに。
しかし、胃の不快感は、ますます増してきたのです。
(つづく)
2013年日本山岳耐久レース24時間以内〜ハセツネカップ回想記1
10月14日、まだ朝日が出る前の暗い時間帯。4時50分09秒にゴールしました。
今回のハセツネは全くもって予想以上に善戦できました。
とはいえ、そのために準備してきた意識はほとんどありません。
ただ、ハセツネの開催される奥多摩の山が好きで何度かこの夏も試走に来ましたし、ハセツネクラブの安全走行講習会にも、1回をのぞきスタッフとして全部参加しました。
その結果でしょうか。結局たくさんのご褒美を今回はいただけました。
記録はもちろんのこと、大岳山からみた忘れられない夜空の素晴らしさ。
そして、想定では日の出山での日の出を眺める予定が、東京の夜空を眺め感動をいただきました。
本当に、いろいろうまくいってしまいました。想定より2時間は早くゴールでき、昨年の結果よりも4時間も記録更新できました。
そして、ラン仲間の藤生さんは、スタート間近の広徳寺の上で最初の応援をしてもらい、また22.66kmの第一関門浅間峠で再び応援いただけました。
おかげで、気持ちを折るような余裕もなく、ずっと行動し続けられたことがこの結果であったと思います。まずは、感謝申し上げます。
今回のハセツネについては、正直、18時間以内でゴールできれば御の字と思っていました。実際に直前の約2週間は仕事のストレスで眠れないことも多く、かなり体調が悪化していました。また、1週間前には風邪をひき体調的にはベストではありませんでした。
初夏に発症した甲状腺の病はまだ完治はしていませんでしたし、残業続きで体重は増加していましたし、何ひとついい結果がでるような状況ではありませんでした。
しかし、もしかすると、天候は比較的自分にとっては良かったのかもしれません。
気温は低く暑がりの自分にとっては過ごしやすかったし、雨は降らなかったので岩場やシケインでの滑りは比較的少なかったことが怪我もせず完走できたことだと思います。
こういうさまざまなことがプラスに働くことはあまり無いのかもしれません。
まさに偶然でした。
まず、スタート前の装備について。
今回のウエアリングは、トップスは半袖。ボトムはスパッツに長めの短パン。C3Fitのゲイター。頭はバンダナ。そしてとりあえず寒いときの対応として、SKINSのアームサポータ。
ザックはSALOMONの所謂キリアンザックタイプの12L。
ライトは3灯。ストックを使うので、ハンドライトは使わず、その分ザックの左のハーネスにジェルホルダーをくくりつけそこに小さめのブラックダイアモンドのライトを取り付けました。(これが、結果けっこう負担になりました。)
さらに、詳しくメモしておくと、左右の足首にけっこう強めのテーピング。捻挫予防のためにしっかりテーピングを施しました。
シューズもSALOMOMのSLAB5。
ザックの内容物については、水は専用リザーバー1.5Lに、UDのボトルを2つ胸のハーネスに入れました。これで約2.5L。リザーバーには水。ボトルはひとつはお茶。そしてもうひとつはポカリスエットの水割り。さらに、500mlのコーラと、エビアンのミニボトル。それから200ml缶REDBULLを加えました。これで3.5mlは確保できました。
当日かなり暑くなっていましたので、ぎりぎりまで悩みましたが、結局この3.5Lは正解でした。
その他、おにぎり小2個にキュウリ浅漬け2本。セブンイレブンのミニクリームパン4個。ハニースティンガー5個はフラスコに入れて水で薄め。その他、予備のジェルやWGH PRO8個。種無しプルーン数個やナッツなども。
防寒対策として、薄いシェルとボトムも。さらに、もっと寒いという噂を聞き、さらに防水のウエアを1枚。エマージェンシーシートにキット。さらにホワイトテープ2個。iPhoneとスタート直前に持たされたスタッフ用にキッズ携帯。そのほか、予備電池やくし薬関係も含めると多分6kgは超えていたと思います。
まあ、仕方ない。何と言っても耐久レース。
水が切れては走行継続はできませんし、体調の変化は走ってみないとわからないのでとにさまざまなアクシデントを想定し準備することがこのレースのポイントです。
10時間以内で完走できるようなスタミナを持ち合わせていないランナーとしては、それだけ持っていくのも増えるのがこのレースの特徴です。
これら、かなり消費しないものが多かったのですが、結果、正解でした。
前日は、睡眠誘導剤を服用し、比較的よく眠れました。
13日、朝5時に起きて、準備開始。
そして8時40分には武蔵五日市に到着しました。
(つづく)
今回のハセツネは全くもって予想以上に善戦できました。
とはいえ、そのために準備してきた意識はほとんどありません。
ただ、ハセツネの開催される奥多摩の山が好きで何度かこの夏も試走に来ましたし、ハセツネクラブの安全走行講習会にも、1回をのぞきスタッフとして全部参加しました。
その結果でしょうか。結局たくさんのご褒美を今回はいただけました。
記録はもちろんのこと、大岳山からみた忘れられない夜空の素晴らしさ。
そして、想定では日の出山での日の出を眺める予定が、東京の夜空を眺め感動をいただきました。
本当に、いろいろうまくいってしまいました。想定より2時間は早くゴールでき、昨年の結果よりも4時間も記録更新できました。
そして、ラン仲間の藤生さんは、スタート間近の広徳寺の上で最初の応援をしてもらい、また22.66kmの第一関門浅間峠で再び応援いただけました。
おかげで、気持ちを折るような余裕もなく、ずっと行動し続けられたことがこの結果であったと思います。まずは、感謝申し上げます。
今回のハセツネについては、正直、18時間以内でゴールできれば御の字と思っていました。実際に直前の約2週間は仕事のストレスで眠れないことも多く、かなり体調が悪化していました。また、1週間前には風邪をひき体調的にはベストではありませんでした。
初夏に発症した甲状腺の病はまだ完治はしていませんでしたし、残業続きで体重は増加していましたし、何ひとついい結果がでるような状況ではありませんでした。
しかし、もしかすると、天候は比較的自分にとっては良かったのかもしれません。
気温は低く暑がりの自分にとっては過ごしやすかったし、雨は降らなかったので岩場やシケインでの滑りは比較的少なかったことが怪我もせず完走できたことだと思います。
こういうさまざまなことがプラスに働くことはあまり無いのかもしれません。
まさに偶然でした。
まず、スタート前の装備について。
今回のウエアリングは、トップスは半袖。ボトムはスパッツに長めの短パン。C3Fitのゲイター。頭はバンダナ。そしてとりあえず寒いときの対応として、SKINSのアームサポータ。
ザックはSALOMONの所謂キリアンザックタイプの12L。
ライトは3灯。ストックを使うので、ハンドライトは使わず、その分ザックの左のハーネスにジェルホルダーをくくりつけそこに小さめのブラックダイアモンドのライトを取り付けました。(これが、結果けっこう負担になりました。)
さらに、詳しくメモしておくと、左右の足首にけっこう強めのテーピング。捻挫予防のためにしっかりテーピングを施しました。
シューズもSALOMOMのSLAB5。
ザックの内容物については、水は専用リザーバー1.5Lに、UDのボトルを2つ胸のハーネスに入れました。これで約2.5L。リザーバーには水。ボトルはひとつはお茶。そしてもうひとつはポカリスエットの水割り。さらに、500mlのコーラと、エビアンのミニボトル。それから200ml缶REDBULLを加えました。これで3.5mlは確保できました。
当日かなり暑くなっていましたので、ぎりぎりまで悩みましたが、結局この3.5Lは正解でした。
その他、おにぎり小2個にキュウリ浅漬け2本。セブンイレブンのミニクリームパン4個。ハニースティンガー5個はフラスコに入れて水で薄め。その他、予備のジェルやWGH PRO8個。種無しプルーン数個やナッツなども。
防寒対策として、薄いシェルとボトムも。さらに、もっと寒いという噂を聞き、さらに防水のウエアを1枚。エマージェンシーシートにキット。さらにホワイトテープ2個。iPhoneとスタート直前に持たされたスタッフ用にキッズ携帯。そのほか、予備電池やくし薬関係も含めると多分6kgは超えていたと思います。
まあ、仕方ない。何と言っても耐久レース。
水が切れては走行継続はできませんし、体調の変化は走ってみないとわからないのでとにさまざまなアクシデントを想定し準備することがこのレースのポイントです。
10時間以内で完走できるようなスタミナを持ち合わせていないランナーとしては、それだけ持っていくのも増えるのがこのレースの特徴です。
これら、かなり消費しないものが多かったのですが、結果、正解でした。
前日は、睡眠誘導剤を服用し、比較的よく眠れました。
13日、朝5時に起きて、準備開始。
そして8時40分には武蔵五日市に到着しました。
(つづく)
日本山岳耐久レース24時間以内〜通称 ハセツネカップ 2回目の完走に向けて…その2
本番まであと3日となりました。
昨年はかなり緊張していて直前の金曜日に風邪をひき発熱となりましたが、今年は大丈夫のようです。(たぶん、腰痛も・・・)
で、昨年は初めて選手マーシャルという移動審判員をやってて感じたのですが、参加される選手の中には、かなり練習を重ねルールも理解されているかたが多いのですが、一部ではこんなことがありました。
・このあたりはどの辺かなあ~と地図も持たず把握できない
・第一CPの浅間峠で水がなくなってしまい「要項に水1.5って書いてあったから足りるかとおもった」と文句を言う選手。
・途中、休憩時に寝転がりライト点灯せずに寝ている選手。
など。
こういったことは何度か経験しないとわからないかもしれませんが、大会案内に添えられていた競技ルールなどをしっかり読み込むと大事なことが書いてあるので十分理解して参加してほしいなあと思います。
そして、昨年とても感じたのは、(特に後半捻挫したために歩いて遅くなったかもしれませんが)ゴミがすごいです。
落ちているものは、ジェルの封をきったもの。柿の種などお菓子の小袋、ティッシュやタオルなども。
これらは、なんとか減らしたいですね。
どうか、ゴミ袋をポケットに入れておいて参加してほしいものです。
あと、最近は、補給する水や食料を事前に山の中に隠しておいておく選手もいるらしいですが、これ、間違いなく規則違反ですので多分、スタッフの方々に撤去されると思います。必ず、必要なものは自分で背負っていきましょうね!
さて、今年の大会は、どうもお天気は悪くなさそうです。
水は多めかも。
昨年はかなり緊張していて直前の金曜日に風邪をひき発熱となりましたが、今年は大丈夫のようです。(たぶん、腰痛も・・・)
で、昨年は初めて選手マーシャルという移動審判員をやってて感じたのですが、参加される選手の中には、かなり練習を重ねルールも理解されているかたが多いのですが、一部ではこんなことがありました。
・このあたりはどの辺かなあ~と地図も持たず把握できない
・第一CPの浅間峠で水がなくなってしまい「要項に水1.5って書いてあったから足りるかとおもった」と文句を言う選手。
・途中、休憩時に寝転がりライト点灯せずに寝ている選手。
など。
こういったことは何度か経験しないとわからないかもしれませんが、大会案内に添えられていた競技ルールなどをしっかり読み込むと大事なことが書いてあるので十分理解して参加してほしいなあと思います。
そして、昨年とても感じたのは、(特に後半捻挫したために歩いて遅くなったかもしれませんが)ゴミがすごいです。
落ちているものは、ジェルの封をきったもの。柿の種などお菓子の小袋、ティッシュやタオルなども。
これらは、なんとか減らしたいですね。
どうか、ゴミ袋をポケットに入れておいて参加してほしいものです。
あと、最近は、補給する水や食料を事前に山の中に隠しておいておく選手もいるらしいですが、これ、間違いなく規則違反ですので多分、スタッフの方々に撤去されると思います。必ず、必要なものは自分で背負っていきましょうね!
さて、今年の大会は、どうもお天気は悪くなさそうです。
水は多めかも。
日本山岳耐久レース24時間以内〜通称 ハセツネカップ 2回目の完走に向けて…
今年も、ドM大人の秋の大運動会!
日本山岳耐久レース24時間以内~通称 ハセツネカップがあと一週間後に開催となりました。
昨年、満身創痍でゴールした瞬間、もう二度と出ないぞ!と思ったこのレースも、なんと今年も参加することになってます。
ってか、ゴール直後にすでに今年の参加は決めていたように思いますけど。
なんてったって、すでに東京都の都岳連のハセツネクラブ会員ですし、今年のマーシャルを育成するための、「安全走行講習会」にも1度だけしか休まず全参加しましたしね。
なんなんでしょうかね~このレース。自分にとっては、なんとも言えないレースなんですよ。
まず、あまりこのレースのことを知らない方向けにお話を整理しますと、このレースは、全行程71.5kmの山道、それも累計標高は4000mを超える(累計ってことは、どれだけのぼりがあるかってことです。何度も登っては降りて、また登るってことで、結局富士山を一回登るよりも登るっちゅうことです)わけで、まあ、まさにドMなコースなんですね。
さらに、スタートが、午後1時ってことで、ほぼ夜の真っ暗な山道を走行しないといけない環境であるっちゅうこと。
ここまでは、比較的、最近のトレイルランニングっていう競技でも無いことは無いのですが、究極なのは、ノンサポートってことで、いわゆるエイドステーションはほぼ皆無ってことです。つまり、全て自己責任、自分でなんとかする「耐久レース」ってことが、マラソンに近いスポーツとしてのレースとしては異なるってことなんです。
とはいえ、一回だけは給水があります。でも42kmという、ほぼフルマラソンを終えたところでようやく水はもらえるってことで、そのほかはいっさい何もなくて自分で暗闇を突き進むしかありません。
従って、どんな装備でスタートするか?水はどれだけ持つか?万一雨が降ったらどうするか?また怪我をしたらどうするか?など、さまざまな知識をフル活動させて漆黒の山道を進むわけです。まさに、「耐久」なんですね。誰も手助けはできません。
なんで、わざわざ、山道を、それも夜に。。。とお思いの方も多いと思いますが、そうです、わざわざなんですね~これが。
登山家の長谷川恒夫さんがトレーニングとして使っていたコースなんですね。
なので、何度もアップダウンがあります。特に、前半はアップダウンの繰り返しで胃がひっくり返るような苦しさを体験できます。
で、登山の訓練のためですので、当然、山登りもあります。1500m程度の山が3つ、コース内にはありますし、そののぼりは到底走れるような斜面ではなく、よじ上るとか、また岩をしがみついて登るようなそんなところがあります。
そういう山を登るのですから、当然、下りも同じように一瞬の隙も許されないような危険な崖です。
なだらかと思われる山の斜面も、夜なのでよく見えませんが、実は断崖絶壁のような細いトレイルだったりもします。
レースのときはそれでも2000人ほどが参加するので、問題ないですが、試走などでは、熊さんや蛇さん、そしてお猿さんやフクロウさん、さらに苦しくて地面を見つめれば足の長いクモさんなどと出会えるわけです。
そういうとっても厳しいコースを全国から2000人も集まって、深夜に山道を徘徊しているわけです。おかしいですね、やっぱり。
昨年は42km地点でようやく給水をもらい、その後、捻挫し残り約30kmをほぼ歩いてゴールしました。まだ、1400m級の山二つを残し、あきらめるわけにはいかなかったのです。
捻挫した足首をテーピングし固定し、ひたすら歩き通しました。
19時間以上かかりました。
正直、ゴール直後までもうこれでいい、二度と出ないと思いました。
でもねえ。不思議なんですよ。
あの山道がとっても楽しいんです。
で、今年も参加しますよ。
今年こそは捻挫せず、全コース走りたいですね(走れるところだけね)。
この時期、季節の変わり目で去年も風邪気味でスタートしましたが、今年も一週間前に風邪引き。でもなんとか大丈夫でしょう。
あと一週間。
不思議ですねえ。楽しみなんですよ。あのコース。
来週の今頃は、ようやく第1CPをすぎて、コース最高峰の三頭山に向かっている途中ですね、きっと。
どうか、雨や強風だけは避けたいですね。
日本山岳耐久レース24時間以内~ハセツネカップまであと、1週間!!!
日本山岳耐久レース24時間以内~通称 ハセツネカップがあと一週間後に開催となりました。
昨年、満身創痍でゴールした瞬間、もう二度と出ないぞ!と思ったこのレースも、なんと今年も参加することになってます。
ってか、ゴール直後にすでに今年の参加は決めていたように思いますけど。
なんてったって、すでに東京都の都岳連のハセツネクラブ会員ですし、今年のマーシャルを育成するための、「安全走行講習会」にも1度だけしか休まず全参加しましたしね。
なんなんでしょうかね~このレース。自分にとっては、なんとも言えないレースなんですよ。
まず、あまりこのレースのことを知らない方向けにお話を整理しますと、このレースは、全行程71.5kmの山道、それも累計標高は4000mを超える(累計ってことは、どれだけのぼりがあるかってことです。何度も登っては降りて、また登るってことで、結局富士山を一回登るよりも登るっちゅうことです)わけで、まあ、まさにドMなコースなんですね。
さらに、スタートが、午後1時ってことで、ほぼ夜の真っ暗な山道を走行しないといけない環境であるっちゅうこと。
ここまでは、比較的、最近のトレイルランニングっていう競技でも無いことは無いのですが、究極なのは、ノンサポートってことで、いわゆるエイドステーションはほぼ皆無ってことです。つまり、全て自己責任、自分でなんとかする「耐久レース」ってことが、マラソンに近いスポーツとしてのレースとしては異なるってことなんです。
とはいえ、一回だけは給水があります。でも42kmという、ほぼフルマラソンを終えたところでようやく水はもらえるってことで、そのほかはいっさい何もなくて自分で暗闇を突き進むしかありません。
従って、どんな装備でスタートするか?水はどれだけ持つか?万一雨が降ったらどうするか?また怪我をしたらどうするか?など、さまざまな知識をフル活動させて漆黒の山道を進むわけです。まさに、「耐久」なんですね。誰も手助けはできません。
なんで、わざわざ、山道を、それも夜に。。。とお思いの方も多いと思いますが、そうです、わざわざなんですね~これが。
登山家の長谷川恒夫さんがトレーニングとして使っていたコースなんですね。
なので、何度もアップダウンがあります。特に、前半はアップダウンの繰り返しで胃がひっくり返るような苦しさを体験できます。
で、登山の訓練のためですので、当然、山登りもあります。1500m程度の山が3つ、コース内にはありますし、そののぼりは到底走れるような斜面ではなく、よじ上るとか、また岩をしがみついて登るようなそんなところがあります。
そういう山を登るのですから、当然、下りも同じように一瞬の隙も許されないような危険な崖です。
なだらかと思われる山の斜面も、夜なのでよく見えませんが、実は断崖絶壁のような細いトレイルだったりもします。
レースのときはそれでも2000人ほどが参加するので、問題ないですが、試走などでは、熊さんや蛇さん、そしてお猿さんやフクロウさん、さらに苦しくて地面を見つめれば足の長いクモさんなどと出会えるわけです。
そういうとっても厳しいコースを全国から2000人も集まって、深夜に山道を徘徊しているわけです。おかしいですね、やっぱり。
昨年は42km地点でようやく給水をもらい、その後、捻挫し残り約30kmをほぼ歩いてゴールしました。まだ、1400m級の山二つを残し、あきらめるわけにはいかなかったのです。
捻挫した足首をテーピングし固定し、ひたすら歩き通しました。
19時間以上かかりました。
正直、ゴール直後までもうこれでいい、二度と出ないと思いました。
でもねえ。不思議なんですよ。
あの山道がとっても楽しいんです。
で、今年も参加しますよ。
今年こそは捻挫せず、全コース走りたいですね(走れるところだけね)。
この時期、季節の変わり目で去年も風邪気味でスタートしましたが、今年も一週間前に風邪引き。でもなんとか大丈夫でしょう。
あと一週間。
不思議ですねえ。楽しみなんですよ。あのコース。
来週の今頃は、ようやく第1CPをすぎて、コース最高峰の三頭山に向かっている途中ですね、きっと。
どうか、雨や強風だけは避けたいですね。
日本山岳耐久レース24時間以内~ハセツネカップまであと、1週間!!!
25年間のバリ島の変化
初めてバリ島に行ったのは、もう25年も前のこと。たぶん1988年。
それから、何度バリ島を訪れたのか、よく数えられないくらい。
パスポートも更新してしまったので、探すの面倒だし。
多分、記憶しているホテルの宿泊で思い出すと、
ヌサドゥアのクラブメッドが1回、クタのハードロックホテルが1回、アラムクルクルというコテージが1回、そのあとジャカルタの仕事帰りで多分インターコンチに3回。それから、ヌサドゥアのニッコーホテル1回、リッツカールトン(今はアヤナリゾート)1回、その後インターコンチに2回くらい(これが記憶が薄い)。そしてここ5年間は、ウブドのフォーシーズンズに5回(後半に、ジンバランのフォーシーズンズとインターコンチ)。ってことで、ざっと足し算すると15回ってことになる。
その間、クタのウオーターボムパークはけっこう足を運んだ。毎年、楽しいアトラクションができて、楽しかった。(ウオータースライダーなどがある大きなプール施設ですが、一日いても飽きない場所です)
5年前に、ウブドに宿泊する前まではウブドは単なる半日観光地だったけど、最近は、ずっと気に入って宿泊している。
その間、ずいぶんバリ島も変わった。
今年は、なんとハイウエイが出来上がっていたのには驚いた。空港からヌサドゥアまで。
そして、この秋のAPECに間に合わせるべく、飛行場の改築中。
街中に、昔は自転車が多かったのが今はバイク。
そして、車もトヨタのKijanだけでなく、スズキやホンダ、三菱やニッサンもあふれている。
街も以前より明るくなったように思う。
ただ、現地の人は成長していくのはいいけど、ちょっと毎日の渋滞や事故、犯罪などに少し戸惑いを感じているみたい。
そして相変わらず大きな経済格差。
インドネシアでは日本人の富豪よりも遥かに裕福な人もいるみたいだが、その格差が激しすぎる。
そんな話も聞いた。
でも、やっぱりバリ島の海は美しい。(ちょっと、ゴミは増えた。奇麗に掃除すればいいのに)
それから、何度バリ島を訪れたのか、よく数えられないくらい。
パスポートも更新してしまったので、探すの面倒だし。
多分、記憶しているホテルの宿泊で思い出すと、
ヌサドゥアのクラブメッドが1回、クタのハードロックホテルが1回、アラムクルクルというコテージが1回、そのあとジャカルタの仕事帰りで多分インターコンチに3回。それから、ヌサドゥアのニッコーホテル1回、リッツカールトン(今はアヤナリゾート)1回、その後インターコンチに2回くらい(これが記憶が薄い)。そしてここ5年間は、ウブドのフォーシーズンズに5回(後半に、ジンバランのフォーシーズンズとインターコンチ)。ってことで、ざっと足し算すると15回ってことになる。
その間、クタのウオーターボムパークはけっこう足を運んだ。毎年、楽しいアトラクションができて、楽しかった。(ウオータースライダーなどがある大きなプール施設ですが、一日いても飽きない場所です)
5年前に、ウブドに宿泊する前まではウブドは単なる半日観光地だったけど、最近は、ずっと気に入って宿泊している。
その間、ずいぶんバリ島も変わった。
今年は、なんとハイウエイが出来上がっていたのには驚いた。空港からヌサドゥアまで。
そして、この秋のAPECに間に合わせるべく、飛行場の改築中。
街中に、昔は自転車が多かったのが今はバイク。
そして、車もトヨタのKijanだけでなく、スズキやホンダ、三菱やニッサンもあふれている。
街も以前より明るくなったように思う。
ただ、現地の人は成長していくのはいいけど、ちょっと毎日の渋滞や事故、犯罪などに少し戸惑いを感じているみたい。
そして相変わらず大きな経済格差。
インドネシアでは日本人の富豪よりも遥かに裕福な人もいるみたいだが、その格差が激しすぎる。
そんな話も聞いた。
でも、やっぱりバリ島の海は美しい。(ちょっと、ゴミは増えた。奇麗に掃除すればいいのに)
ハセツネ安全走行講習会〜第一区間
昨年たいへんお世話になったハセツネ安全走行講習会のスタッフをさせていただいております。
とは、言え、今年もとんでもないレベルの講習生のかたもいらっしゃって、もっぱら私はあとからついて行くような事態(^_^;)
でも今日は、奥宮さんと江田さんというトップアスリートの講師といっしょにコースを走るというなかなか体験できない企画に朝から熱気ムンムンでした。
私は、初心者コースで江田さんのお供をさせていただきましたが、奥宮さんの方は強者揃いで今熊神社の坂道をも走って上るというすごい追込み(^◇^;)
しかし、途中、熱中症になってしまったかたもいて、スタッフはその対応で、スタッフ不足になり最後は奥宮さんの強者チームのスイーパーをさせていただきました。
(というより、ついて行くのがやっとという状態で結果的にスイーパーだっただけですが)
今日の五日市は二週間前よりは涼しく比較的山も風が心地よく楽しめました。
来月はビバークも行うというナイトラン企画。
参加したいのですが夏休み旅行で日本にいないのでごめんなさい。
とは、言え、今年もとんでもないレベルの講習生のかたもいらっしゃって、もっぱら私はあとからついて行くような事態(^_^;)
でも今日は、奥宮さんと江田さんというトップアスリートの講師といっしょにコースを走るというなかなか体験できない企画に朝から熱気ムンムンでした。
私は、初心者コースで江田さんのお供をさせていただきましたが、奥宮さんの方は強者揃いで今熊神社の坂道をも走って上るというすごい追込み(^◇^;)
しかし、途中、熱中症になってしまったかたもいて、スタッフはその対応で、スタッフ不足になり最後は奥宮さんの強者チームのスイーパーをさせていただきました。
(というより、ついて行くのがやっとという状態で結果的にスイーパーだっただけですが)
今日の五日市は二週間前よりは涼しく比較的山も風が心地よく楽しめました。
来月はビバークも行うというナイトラン企画。
参加したいのですが夏休み旅行で日本にいないのでごめんなさい。
久々にのんきに走った三日間
今週末は、全然予定していなかった三連休。ってか、この時期に三連休があると思っていなかっただけですが。
ということで、せっかくなので、ランに集中!
土曜日は、耐暑訓練のため30km走。
日曜日は、奥多摩まで電車で行って、そこから鋸山にのぼりハセツネの後半のコースに合流しハセツネのコース練習。
で、月曜日の今日は、のんびり20kmラン!
たいした走れなかったけど、でも自分にとっては十分かもね。
写真は、この前購入したスポルティバのトレランシューズ。
以前購入した、クロスライト2.0は、悪くないけど、クッションがいいけど、その分ソールの厚さがあり結果、捻挫してしまったので、薄いソールでグリップ力のあるものを探していたら、これに出会った。
クッションが少ない分、突き上げ感はあるけど、確かに薄くてでもソールの形態はクロスライト2.0と同じ。
クロスライトカントリーというらしいけど、これよりもさらに新しいものが出たために、これが半額程度になっていたので即購入。
ぬかるみの多いハセツネコースではこの手が一番いいかと思うので、これで練習を積み重ねたい。
ハセツネコースは本当にぬかるみが多い。
前半もそうだけど、42km過ぎの月夜見第二駐車場からのなだらかな坂道はぬるぬるの坂道。
昨年、そこで、捻挫した。
瞬間、リタイアを意識したけど、でも走り続けたくて、しっかりシューズを脱いで、ソックスも脱いで、で、ホワイトテープで足首を固定しそしてまた歩きだした。
ここからは、ずっと御前山に向けた坂道で、走ることはないのでなんとか休み休み歩いて上った。
苦しかったけど、でも、このシューズがあったから上れたと思う。
それから、下りは捻挫すると本当にきつくて痛みをこらえながら進んだ。
とにかく、トレランは、いや、ハセツネは何があるかわからないけど常に自己責任、自己解決。
この夏、またしっかり練習し、秋に備えたい。
ぼくの夏休み
テレビゲームの好きな人は、けっこう知っていると思うけど、「ぼくの夏休み」というゲームソフトがありました。
夏休みに田舎に行ってそこで毎日地元の人たちと遊んだり、探検したり、そしていろんな人とふれあい、そういう毎日を絵日記に綴っていく そんなゲームソフトです。
昆虫相撲をしたり、秘密の基地を作ったり、海にもぐったり、山に行って探検して宝物を発見したりと、毎日たくさんの出来事があって、そして最後は、夏休みの終わりは、悲しい気持ちになってしまうという、ちょっと切ないゲームソフトです。
隠岐の島が好きな理由は、「ぼくの夏休み」と同じような島の雰囲気と島の人たち、そしてその環境がイメージどおりで、自分のふるさとのように感じてしまうそういう場所です。
なので、毎年、この島100kmを走りに出かけたくなるのです。
で、この前行ってきた、石巻市の雄勝町も、まさに「ぼくの夏休み2」なのです。
海も山もとても近くて、きっと夏休みになったら子供たちが山を駆け巡り、海に飛び込み、とうもろこしをお腹いっぱい食べ、夜になったらホタルが舞い、盆踊りがあり、蚊取り線香のにおいがつんとくるような夏。
そんな夏が、そんな日本の夏が、ここにはあるんだと思います。
今は、堤防も家も壊れてしまって復興はまだまだだけど、きっと夏休みには、そういう風景がみられると思うのです。
雄勝も、ふるさとのひとつになってしまったようです。
今回、雄勝のトレランに参加した、多くのランナーが、また行きたいと行っています。
また、津波でなくなった町に大きなショックを感じています。
でも、0からまた町を作り上げようとしている雄勝の方たちの強さにとても感動しています。どうしてそんなに優しくなれるのだろう・・・。トレランであんなに笑顔で参加者とふれあった大会は今まで無いということを行っている人も多いです。
「ぼくの夏休み」の舞台は、だれをも迎え入れ、そしてこころを解放させ、笑顔にし、幸せな気持ちにしてくれるようです。
これから、夏。
あのきれいな海と、あおあおとした山と、心地よい風と、静かな町。
そして、笑顔。
ぼくの夏休み、何章めかわからないけど、宝物を見つけにまた行きたいですね。
夏休みに田舎に行ってそこで毎日地元の人たちと遊んだり、探検したり、そしていろんな人とふれあい、そういう毎日を絵日記に綴っていく そんなゲームソフトです。
昆虫相撲をしたり、秘密の基地を作ったり、海にもぐったり、山に行って探検して宝物を発見したりと、毎日たくさんの出来事があって、そして最後は、夏休みの終わりは、悲しい気持ちになってしまうという、ちょっと切ないゲームソフトです。
隠岐の島が好きな理由は、「ぼくの夏休み」と同じような島の雰囲気と島の人たち、そしてその環境がイメージどおりで、自分のふるさとのように感じてしまうそういう場所です。
なので、毎年、この島100kmを走りに出かけたくなるのです。
で、この前行ってきた、石巻市の雄勝町も、まさに「ぼくの夏休み2」なのです。
海も山もとても近くて、きっと夏休みになったら子供たちが山を駆け巡り、海に飛び込み、とうもろこしをお腹いっぱい食べ、夜になったらホタルが舞い、盆踊りがあり、蚊取り線香のにおいがつんとくるような夏。
そんな夏が、そんな日本の夏が、ここにはあるんだと思います。
今は、堤防も家も壊れてしまって復興はまだまだだけど、きっと夏休みには、そういう風景がみられると思うのです。
雄勝も、ふるさとのひとつになってしまったようです。
今回、雄勝のトレランに参加した、多くのランナーが、また行きたいと行っています。
また、津波でなくなった町に大きなショックを感じています。
でも、0からまた町を作り上げようとしている雄勝の方たちの強さにとても感動しています。どうしてそんなに優しくなれるのだろう・・・。トレランであんなに笑顔で参加者とふれあった大会は今まで無いということを行っている人も多いです。
「ぼくの夏休み」の舞台は、だれをも迎え入れ、そしてこころを解放させ、笑顔にし、幸せな気持ちにしてくれるようです。
これから、夏。
あのきれいな海と、あおあおとした山と、心地よい風と、静かな町。
そして、笑顔。
ぼくの夏休み、何章めかわからないけど、宝物を見つけにまた行きたいですね。



