走りながら、食べて、聞いて、考えて! -45ページ目

隠岐の島ウルトラマラソン まであと3日!

関東は完全に、梅雨空ばく進中!です。

しかし、西日本は暑い夏日とか。
隠岐の島も西日本ではありますが、海に囲まれた島なのでちょっと状況は違うはずですが・・・でも、最高気温30度という予報は、
萎えます。

ま、それでも、海風も気持ちいいだろうし、応援も楽しみだし、きっと完走しますよ。

それに、この前の日曜日以降全く走れていませんが、おかげさまで十分休めていますので、馬力200%以上です。

と、気持ちだけはかなーり、アグレッシブにいきます。

あと3日は、ごはんをしっかり食べてしっかり寝ていきます。

前月は体調不良も、300km。今月、すでに140kmは走っていますので、必ず5回目の隠岐の島100kmを完走します!😄

第8回隠岐の島ウルトラマラソン あと4日!!!

とうとう、あと4日ですね~♪

隠岐の島ウルトラマラソン。

この大会との出会いは、思い起こせば大阪単身赴任時に、心斎橋のスポタカでシューズを購入した際にお店においてあったパンフレットをみつけ、「ふうん、ウルトラマラソン ねえ」
などと、ちょっとは気になりながらも、「まさか、100kmも走る気はしないな~」なんて言ってました。

しかし、単身赴任 というのは、意外に事由時間が多く、仕事するか、走るかくらいしかないので、「なんとか練習したら参加できるかも?」という気持ちになったのと、パンフレットを見て、「いいところだなあ。島一周100kmねえ・・・」と、なんとなくいいかも と思っていました。

そして、早速申し込みをしてしまいました。

100kmに向けた練習は3回ほどのロング走。とは言っても最後はフルマラソンくらいでしたけど。
京都~大阪までの約50kmを2回ほど走りました。京都~奈良約42kmも1回。あとは通常の大阪城公園ぐるぐるの30km走程度でした。

そして、初めて臨んだ「隠岐の島ウルトラマラソン」
伊丹空港から飛行機ですぐだったので、とっても近く感じました。

到着すると、出迎えのバスが待っていてくれて、早速受け付け会場に。
その途中、翌日走ることとなるコースをながめつつ、ぼ~っとしていると、なんと牛さんがいて!

いいところだな~と思いました。

会場につくと、すでに会社の従業員に参加することは言っていたので、応援メッセージのFAXが一杯掲示されていました。(涙)

それから、受付をすませ、ホテルに。
まあ、ホテルというのは名前ばかりでしたが、でもそこの料理がおいしかった。

前夜祭に出てけっこう食べたあとにホテルでも食事。その際も焼酎とか、たくさん食べて満腹で就寝。

翌朝、どうもお腹の調子がよくなく、何度もスタート前にトイレに行きましたが、これが最悪の事態。

朝、5時、スタートしたものの、とにかくトイレに行きたい!
走っている間、何度か、「あの、草むらに飛び込みたいっ!」って思いました。

最初10kmあたりのエイドでようやくトイレ発見し駆け込みました!
なんと嬉しいことに、シートで養生してあったおかげで、シューズをはいたまま用をたし、そしてトイレを飛び出すと、「あ、水のボトル忘れた!」とトイレに逆戻り。

その先も、とにかく、何度かやってくるトイレ要請サイン!!!(^_^;)

とにかく、エイド近くのトイレを見つけると何度も飛び込みました。

それでも何とか、中間レストに到着し、着替えたりトイレにも行き、少したべたりしてスタートしたのですが、1kmほどいくとまた!!!やばい、トイレが無い!

そこで、仕方なく応援してくれていた方に、「すみませんが、トイレを貸していただけますか?」とお願いし、快くお家に入れてくれて、用を足せました。
本当に、毎年、あのお家の前を通ると感謝しております(~_~;)


そんなこんなで、最初の初ウルトラはそりゃもう、トイレは10回くらい行って大変な騒ぎでしたが、なんといっても感動しました。

最後の最後まで、こんなに走れることの喜びと、応援の酢晴らしさと、達成感でその夜もおいしいホテルのご馳走をいただき爆睡しました。


翌日、飛行機までの時間は、ホテルを出て隠岐の島のいろんなところを散策しました。
いい島だなあ~と思い、たぶん5kmくらいは歩いたと思います。

それから、飛行場まで送ってもらい、その後大阪について仕事に向かいましたが。


最初の印象というのは大事です。

この隠岐の島は、私にとってとっても大切な場所です。

最近、多くのマラソン大会がエントリーさえもすぐ一杯になったりしてとても大きな問題になっていますが、どうか、この大会は今のままでいてほしい。
最低でもあと、3回は完走しないとレインボーメダルにならないので、なんとか、人気が出ないようにと祈っています。

おかげさまで、今年は前週に飛騨高山や岩手銀河などのウルトラも開催され、
また月末にはあのサロマが開催されるために、なんとかパニック状態にならずにこの大会も穏やかに、でも少しづつ人気が出ているようです。


写真は、昨年の帰りの飛行機に乗る直前のもの。

川内選手と、MCのさゆりさんもいっしょに写っています。

今年もここに写っている人たちは出会えると思います。

隠岐の島は、いつまでも夢の島です。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

6回目の隠岐の島ウルトラで5回目の完走を目指す(^^♪

あと5日ほどで、隠岐の島です!
楽しい楽しい隠岐の島なのですが、でも、往復が本当にたいへんで。
でも、その分、行ってしまうともう天国なんですよね!

水も、風も、心地よく。自然の中に愛想のいい地元のみなさんが笑顔で応援してくれて、こんな素晴らしいところはないと思います。

LOVE 隠岐の島!!!

さて、お天気ですが、

やっぱり私は晴れオトコ!?

ちゃんと台風を回避して、なんと30度近くの快晴・・・それも確度Aランクって。

こりゃ、熱い隠岐の島になりそうです。

昨年は、ケガのために、中間レストで走るのをやめましたが、今年は完走をしっかり目指しますよ!

それも自己ベストを目指して。


$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

今月はようやくデイリー10kベース!!!

4月後半に体調が悪化し、しばらく走れない日が続いたのだが、GWの後半には治療薬も決まり、早々に回復してきた。
それでも、筋肉も細くなり、筋力もなくなり、ふらふら状態だったので、最初は10kmを走ることさえ苦しかった。
でも、徐々に回復が早まり、10kmしか走れなかった翌週は、20kmを走ることができ、その翌週は30km。そしてそのさらに翌週は40km。
この週末は、なんと50kmを5時間かからず走ることができました(^^♪

お医者さんに行き、途中の血液検査結果をきくと、なんと、ほぼ通常の値まで回復。(一時は、20倍もの異常値が出て、このままでは心臓バクバク、体重がどんどん減り、倒れる寸前だったかもしれないくらいでした)

それに加えて、体重も徐々に戻っているのはちょっと心配。
なんとか、元に戻るまではあと3kほどはあるけど、できればこの体重で6月の隠岐の島を迎えたいなあ。

体重が落ちたせいかもしれないけど、50km走は久々に走ったのに、足への負担が少なく、翌日筋肉痛もほぼ無し。今が100kmをやるにはいちばんいいかもしれないくらい。

隠岐の島まで、あと、3週間ほど。
今月も今朝も朝ラン12kmを走り、当初目標どおり月間300kmベースに回復。

つらい時期もあったけど、良かった回復して。

回復傾向

体調は順調すぎるくらい回復しております。

最悪のときは、ある数値が20倍にもなっていて、活性化ホルモンがどんどん出てしまい、体力がどんどん消耗し、常に疲労感の強い状態でした。

しかし、その数値もほぼ正常にもどりつつあります。

ただ、このような内分泌の病気というのは、自然とからだが正常に必要な分泌物が作られそして分泌されるようにならないと完治したことにはならないので、未だ薬に依存している状態だと、薬をやめたとたんに、悪化するようです。

そいうい注意点を医師から言われましたが、予想以上に回復のスピードが早く、検査結果が正確か驚いているということでした。


隠岐の島には、なんとか間に合うようです。

今週が最後のロング走可能なタイミング。

あとは、隠岐の島に向け着々と準備したいと思います。

ブログ流行

このところの大会に参加してきたラン仲間が、ブログを書き出して、またブログに戻ってみました。
FaceBookを使いだすと、ブログもけっこう面倒になってきてたのですが・・・。

今日は、からだの変化の記録。

3月の京都マラソンは、関西のラン仲間の応援がすごくて、ほんとうに楽しかった。
もう、今年は3時間半きりは無理かな、今日とはのんびり走ろうかな・・・と思っていたのですが、熱い応援に背中を押され、結局、3時間27分でゴールできました。
本当にみなさん、ありがとうございました。

その後ですが、
しばらくけっこう元気に活動はしていました。
しかし、ふと気づくと、4月の上旬あたりから、ちょっと疲れがとれないな~という感じがじわじわでてきて、体重は、京都のころよりも2~3kg減っていました。

年に1度くらい、ちょっと体重が落ちることがあるので、心配はしていなかったのですが、しだいに脚が震えるようなこともあり、ちょっと心配。
でも、それも以前同じようなことがあったので、心配してなかったのです。

で、ハセツネ30kのボランティアを終えたあたりでしょうか・・・。

疲れというより、朝起きると、背中あたりがどっと疲れ、ふくらはぎがひどい筋肉痛のような状態で、まったくもって寝ていて疲れている  って感じになりました。

そして、ときどき自分の心臓が鳴り響くような感じがあって、不安になりました。
でも、不思議と食欲は普通。

それで、ちょっと心配になって、クリニックに行って血液検査をしたら、「甲状腺機能亢進症」と診断。

その原因が、甲状腺の慢性的なものなのか、どうかを確認するためにさらに検査をして、結局、「亜急性甲状腺炎」という診断にいたりました。

その間、
体重はどんどん減り、結局身長からの理想の体重を下回り、いわゆる「痩せ」に突入。
そして、ウエストもどんどん減り、なんと、5cmの減少。

本当に、体調をコントロールするホルモンとか、こういう分泌物は怖いですね。

その後、適切な投薬を開始してから、ひどい疲れは、すぐになくなり、今はもう40kmも走れるように回復しました。

とりあえず、一安心。

昨日、クリニックで再検査しどれだけ改善しているかをいま検査中です。

もう、こういう病気は避けたいですね。

みなさんもお気をつけください。
(とはいえ、私の病気も原因は不明らしいのですが)

おかげさまで、ありがとう…

4月に発症した、甲状腺機能亢進症の原因は亜急性甲状腺炎であることがわかり、投薬によりすぐに改善にむかった。

ただ、薬の副作用で尿が多くなり、寝ていても2度は起きてしまう。
また、一番辛かったのは通勤途中でトイレに行きたくて何度もおりたくなって、たった40分の電車で2回途中下車してしまった。

その副作用を抑えるために尿意を抑制する薬をもらい、なんとかしのいだ。

そんなこんなで、2週間。

比較的回復は早く、GWの後半には走ることができ、翌週は30km、そして、この前の週末は金曜日の帰宅ランを含め、3日で85kmくらいは走ることができた。

あと少し。

目標は、6月の隠岐の島で100kmを回復は完走すること。

あと、少しだ…

コメントいただいたり、ご心配をおかけしたみなさんに感謝(^_-)-☆

走るために、走り続けるために…

思わず、笑った…。
普段じっくりできなかった部屋の掃除をしてたら、自分が小学校の時に書いた夏休みの日記が見つかった。
夏休みに、のびのびと遊び、プールに行き、家族と旅行に行き楽しんでいるシーンがしっかりイメージできるような日記だった。
思い起こせば、当日は毎日日記を書くのが面倒で泣きながら母親に叱られながら書いていたのだが…。
社会人になり久々にたっぷりゴールデンウイークに休んで、そして沢山走れると思っていた。
6月のウルトラマラソンに向け、10月のハセツネカップに向け、このゴールデンウイークにはたっぷり走りこみをしているはずだった。
少なくとも、先週までは全くそのつもりで準備していたのだが…たった一週間の間に、状況は大きくかわった。

先週の土曜日、30km走に出かけたのだが、しかし、どうもいまひとつ元気がなく、バテ方がひどく、結局23kmでやめて電車で帰ってしまった。
それでも、まだそんなにカラダの異変には気づいていなかった。
日曜日、ハセツネの安全走行講習会のお手伝いで渋谷に出かけたのだが、あまり元気がなかった。目覚めた時になんとなく疲れが取れていない感じでふくらはぎなんかがやたら張っている。肩こりもひどい。
その日は早く帰宅したのだが、なんとなくすっきりしないまま、月曜日を迎えた。
月曜日からまたまた打ち合わせ、会議が続いた。
翌日の火曜日に会議で説明をしなければならず、月曜日は遅くまで準備にかかった。準備ができて帰宅したがぐったり。
翌日の朝の会議は9時からなので、早く寝て火曜日の朝も早く起きた。
しかし、やはり体調がおかしい。疲れが抜けない。そして、電車で立っていても脚が震える。
おかしいなあと思いつつも、なんとかしなくちゃと思い、ユンケルを飲んで会議に臨んだ。
しかし、そこで決定的に異常を感じた。
そんなに緊張するほどでもないのに、立った時から脚が震える。
説明もうまくできず、スライドをポインターで指そうとするも震えている。汗が止まらない。
自分の説明は10分ほどで終え質疑応答も盛んに行われ20分ほどかかったが、ぐったりだった。そして、うまく説明ができなかったことと、カラダの異常にショックを受けていた。
そして、翌水曜日にクリニックに行き、血液検査をしてもらった。
その水曜日も、木曜日も、そして金曜日も朝起きたらぐったり疲れているし、この3週間ほどで体重が、3~4k減ってしまった。
週末は出張も予定していたが、やめた。
そして、金曜日に午後早退し、クリニックに検査結果を聞きに行った。

結果は、やはり、しっかりと病気になっていた。
病名は「甲状腺機能亢進症」。
行動を活発化させるホルモンが甲状腺の機能が壊れ溢れ出してしまい、常に全力疾走をしているような状態らしい。
だから、糖質や脂肪が消費され痩せてしまう。そして疲れやすくなる。
さらに、心拍数が上がり心臓がドキドキ。このままでは寿命も消費されてしまう状況。
すべての症状はこが原因でした。

その結果このゴールデンウイークはじっくり自宅の片付け。

2週間前の計画では、社会人になって初めてカレンダーどおり休めるんじゃないかという今回のGWなので、27日、28日とロング走をして、休み3日目はハセツネコースの一部を走りに行こうと思っていた。いや、正直、一週前の土曜日まではそう思っていた。
しかし結局、少し自宅付近を散歩はしたもののずっとベッドに横たわることが多かった。

暇なので片付けをしていると、今までのレースの時の写真がたくさん出てきた。
いつも、苦しそうだけど楽しく走っている自分の写真を見ていると切なくなった。
一枚、去年のハセツネのゴール前のシーンの写真を盾にしてベッドサイド脇に飾った。その写真は今にも泣きそうな顔の写真だ。去年、42km過ぎに捻挫したまま残りの30kmを走り続けたあの辛いレースの写真だ。確かにゴールが見えた瞬間目頭が熱くなっていた。あの、苦しさを乗り越えた自分を、それを見つめながらこの辛い毎日を超えるしかない…。


待ちに待った、2013年のゴールデンウイーク前半は、今日で終わり。

なんとか、明日も、これからも、ずっと走れるよう、走るために、いくしかない。

きつかったし、寒かったけど、あったかい気持ちになれた、京都マラソン

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!-京都




ようやくブログを書くことにしました。
このところ、じっくりブログを書く余裕も無かったのですが、ようやく4日後たって書きます。

写真は今回の京都マラソン大応援団!
こんな楽しいみなさんのおかげで、最高のレースになったと思います。
本当に感謝してます。

京都のコースは本当にきつかったです。
最初のほうは西京極の競技場から嵐山など比較的平坦なロードでしたし、ときおり霧雨のように小雨もあり、気温もそれほど高くもなう低くもなく最高のコンディションかと思いました。
きょうとのコースはこの西京極からぐるっと右回りで京都盆地をまわり東山の平安神宮をゴールとするワンウエイなのですが、盆地なので時折山方面に上っては折り返し下るというような、そんなコースですので、徐々に脚にきます。
それでも、立命館や金閣寺あたりを走っている時はまだ良かったのですが、半分をすぎた頃、北山あたりで凄い雨に見舞われました。
たまたま、うちの奥さんが北山駅前で応援してくれた頃が一番きつい雨になり、一気に頭からバケツで水をかぶったような感じになりました。
しかし、このあと、実は一番の難所の山登り。
しかし、山登りの苦しさよりも、雨の方が厳しくて意外に坂道を乗り越えてそのあとは比較的楽に走れました。
ただ、風が急に冷たくなり、カラダは冷えだしたのでなんとか運動量を落とさず走ろうと必死に腕を降りました。
その後、河川敷のラフロード。
このラフロードはけっこうきつい。
というより、また再びアスファルトに戻った際に脚が動いているのに前に進んでいないようなおかしな走りになってしまいました。
ただ、この時も大応援団のおかげで、諦めず走れたのです。
そして、京都大学をとおり、なんとかゴールしたのは、3時間27分。

これで、今年に入り3連戦のフルは、館山328、泉州324、そしてこの京都も327とすべてサブ3.5!
よかった。

これも素晴らしい応援のおかげ。

本当に素晴らしいレースになりました。

それと、同じ思いのランナーが全国にいることの幸せ。

必ず、このご恩はお返ししなくちゃ。

本当にありがとう。大応援団( ´ ▽ ` )ノ

ラン仲間の応援で、久々の記録更新!そして、最高に楽しい遠征になりました!感謝!!!

泉州国際マラソン。
気温4度という冷たい空気の泉州路を駆け抜けてきました。
記録は自己ベストの3時間24分18秒。コースとしても2010年が3時間28分でしたので、コースベストでもあります。
2010年の館山で3時間26分27秒を出し、その後25分を切るまでまた3年かかりました。

今年の館山でもなんとか27分まで上がってきてたので、なんとか3時間半は切りたいと思ってましたので、ほっとしてます。

ただ、全然練習もからだも出来ておらず、仕事も変わったばかりで飲む機会も多く全くピーキングできていませんでしたから、勝因は何よりもラン仲間と一緒にはしり、また応援をしっかりいただいたからだと思います。

スタートから自分的には比較的速いペースの4分30秒前後で飛ばしました。
前方にはラン仲間がいて、その姿が視界からみえなくならないよう、少しずつ遅れても粘りの走りができました。
なんとか追いつきたいという気持ちは、何度も折れそうになる気持ちを奮い立たせてくれたのです。
さらに、和歌山から応援にきてくれたラン仲間は、何度も追いかけて大きな声で応援してくれました。
3箇所の折り返しでは、同じラン仲間を探すことにして、気持ちを紛らわし、そしてお互いに元気づけました。
スペシャルドリンクは、20km地点はエナジーコーラ、25kmは梅酢ドリンク、30kmでユンケル、そして35kmで再度エナジーコーラ。
これらがけっこう効果あり、最後の橋の坂道でも元気を維持してくれました。

今回本当に楽しくいいレースができました。
何よりも、最後まで気持ちが折れずに必死に走り切れたことは、ラン仲間のおかげです。

今回ほど、マラソンはチーム力であるということを痛感したことはなかったです。

本当にありがとう!

また、チャレンジしたくなったよ!


$走りながら、食べて、聞いて、考えて!