走りながら、食べて、聞いて、考えて! -47ページ目

ハセツネカップ 完踏記3

思いのほか順調に浅間峠を後にできた。そして昨年とも違い、腰痛も出なかった。
練習でもよく腰痛が酷かったのに今回は何故大丈夫だったのか?

ここからは多少登りも多いが、しばらくは走れるところもある程度。でも走らない。
ここで、タイミングよくマーシャル仲間が前方にいたので、声をかけていっしょに動く。
これで、気がまぎれた。途中、苦しそうにうずくまっているランナーがいたので声をかけたが、問題ないようなので、通り過ぎる。

日原峠、土俵岳で標高は1000mを超える。
途中、ラン仲間の照さんに会った。(照さんはこのあたりから相当ダメージがでていたみたいだ)

西原峠まではそれほどキツいところは無い。数馬峠あたりで少しゆっくり休憩しようかと思ったが、到着したらベンチもほぼ埋まっているし、仕方ないので、そのまま過ぎた。

西原峠到着。ほぼ22時。すでに、TOP選手はゴールしている時間か・・・。先は長いな~。
西原峠では、けっこう休憩しているランナーもいたが、自分はここでも休まず過ぎた。
ただし、走ってはいない。

左手は少しづつ膨れていている。ストックで地面を押すと痛みもある。
西原峠から槙寄山をすぎ本格的な三頭山の急登にはいる。
徐々に歩くスピードも落ちる。
いたるところで、ランナーは休みだす。
木によりかかっているのも多い。

自分もここは無理をせず、心拍が上がって苦しかったら、休むことにした。2,3分休めば楽になる。長く休憩は取らずに、短い休憩をいれつつ徐々に登っていった。

見慣れた岩場。
まだまだ。

気温は急激に下がっていた。
今まで熱い汗だったが、冷たい汗に変わっていた。
そしてタオルも冷たくなった。
吐く息が白い。

ただ、今回はこの三頭山に練習で3回以上登っていたので、比較的先が見えない不安がなかった。

三頭山非難小屋を通過。時間は23時。
ここから最後の木段。

そして、もう少し。

はるか先に声が聞こえ、明かりも見える。
スタッフが「もうすぐ頂上でーす!」と声を掛けている。
その声を頼りに登る。

見えた!クランクのある木。ここが最後。

と、ようやく三頭山到着。標高1527m
ようやく第一のボスを攻略できた。

ここで、また短い休憩。ベンチに腰をかけ呼吸を整える。
そして、すぐに鞘口峠に向かう。

この坂は非常に危険な坂。脚力も大丈夫か?
事故が多いのはのぼりよりもくだり。とにかくゆっくり慎重に降りる。当然、ライトは2灯フル活用。

しばらくすると、先を行くランナーが道を譲ってくれた。
自分は歩いて降りてきているのにと思いながらも比較的楽に降りていることに気付いた。
これも練習の成果か。
コース全体を通して、実はこの三頭山からの降りのコースが一番快適だった。
汗も乾き、心地よくけっこうここで時間を稼げたのかもしれない。

水はまだ十分ある。

今回、水の飲み方も工夫をした。それは極力口と喉を冷やすことに専念。そのために、外気に触れやすいリザーバのチューブに溜まっている水のみを飲む。背中に接している水は生ぬるいのだ。ここで無駄に飲んではいけないし、飲みすぎて気分が悪くなることもある。

そうしてチビチビ飲んでいたが、鞘口峠手前でリザーバの水は枯れた。
ベンチで座って水を補給し、またすぐさまスタート。

このあたりから月が見えていた。
もうすぐだ。

鞘口峠通過。
ここでも休まず通過。
鞘口峠からの風張峠までの坂道はけっこうキツい。
途中、かなりばてているランナーに声をかけて通り過ぎた。


第2CPは月夜見第二駐車場。
あと少し。
午前1時に到着すれば全然余裕。
時計を見ながら前に進む。途中なんどかスベって転ぶ。
歩いても転ぶもんは転ぶのだ。

途中、夜空が綺麗だった。
山の中では木々で見えなかったのだが、月夜見に出る周遊道路に出ると空が開けた。
満天の星空に感動!
天の川も見えた。

そして、ようやく第二CP到着!
0時44分!これは、予定を15分早まった。浅間峠までかかった分を取り返し貯金できた。
これなら20時間きれるか!?

ここで、水補給。
ポカリをもらおうと思ったが、水しかもらえなかった。残念。
手首が痛いので、とりあえずスタッフの人に「湿布もらったらリタイアになっちゃいます?」って聞いてみたら、当然のごとくに、「リタイアです」といわれた。
ま、そりゃそうだ。この競技は全て自己責任の耐久レースなのだから。

ここで、初めてシートに寝転がり5分以上休む。
お握りを少しかじり、キュウリを食べ、電池を入れ替えた。
そして、次なる大ボスは御前山!

さあ、いくぞ!

慎重に怪我しないように。特に、ここからの坂道はすべるから・・と思っていたのだが・・・

ハセツネカップ 完踏記2

今回のハセツネ参戦のデータは完踏記1にすべて整理された。
そのほかに、今回はレース直前2日前に風邪の症状が発症し、レース前日の土曜日に、クリニックでお腹の薬を中心にいただき、また、ニンニク注射をうってもらった。
さらに、3日前よりよく眠れず金曜、土曜の夜はほとんど睡眠がとれず苦しんだ。しかし、レース中はほとんど眠気もなく集中力が切れなかったことを記録しておく。

さて、ここからがレース展開の詳細。

今回の作戦は、もはや体調はよくないという状況からなんとかして「歩いて20時間をきること」であった。走ればもっと記録は出せるかもしれないが、この体調では気分も悪くなったら最悪。そういうコンディションを考えとにかく心拍数を上げない動きに集中した。

スタート直前、ちょっと熱っぽい感じもあったが、もう仕方ない。とにかく歩いていくぞ!と、同じ選手マーシャルの村上さんといっしょにスタートした。

時速4キロ、1キロ15分で移動できれば確実に完走できる。
そう二人で話しながらスタートをしたのだが、1キロすぎからもう渋滞。
それも、ほぼ動かない渋滞。
しかし、汗っても仕方ない。どうせ、今熊神社や、入山峠手前では確実に渋滞になるのだから。
と、ここはのんきに待つことにした。
ただし、水は極力とらない。変電所を過ぎるまでに30分以上かかった。

入山峠では14:45の目標だったが、かなり厳しい。
でも、最初にスタミナ消耗は危険。走考え極力走らずで。
今熊神社の急登では急激に心拍数があがるものの、比較的楽にのぼれた。これも練習の成果。
今熊神社の急登ののぼりにはコツがあるのだ。

そして、今熊神社で第一回目トイレ。

その後走れるトレイルが続くのだが、ここは走らない。
そして、14:45に入山峠の予定だったが20分ほど遅れて15時過ぎに通過。比較的入り山峠での渋滞は少なく感じた。

ここからは自分がいちばん嫌いな峰見通。何度も続く上り返しにここで胃をやられてしまう可能性がある。だから走ってはいけない。そう考え、登りはペースを変えずのぼり、下りも極力ゆっくりおりた。
このあたりはまだ前後のランナーが多く、比較的楽しく行動できた。
そして、市道山手前の平手か杉並木のあたりで美しい風景を堪能。そういう余裕が十分あった。

思った以上に峰見通はうまく通過でき、まだスタミナはほとんど減っていない感覚があった。

しかし、ここからはあの長くて辛い醍醐丸の2つの急登がある。
醍醐丸を17時通過予定だったが、ほぼ20分遅れで通過。思った以上に醍醐丸の坂道も難なく越えられた。和田峠でスタッフからライトをつけるよう言われたが、胸のライトを点灯させてOKと、とても楽だった。
そして、この序盤での体力温存は非常に助かった。
渋滞の際に、「最悪、浅間峠までに7時間かかっても大丈夫」という計算もあったので焦らずゆっくり行動していた。

連行峰、生藤山、三国峠も難なくクリア。途中、軍刀利神社のあたりで、前を走っていたランナーがあまりコースを知らないようだったので、「ここは軍刀利神社の階段ですよ。この先は少し楽になりますよ」と教えてあげた。
やはり、試走を何度もしていると、もうひとつのがんばりが効く。

熊倉山を過ぎ、なんどか急な斜面を下るのだが、このあたりで初めてこけた。
やはり木の根っこに乗ってしまい、横滑りがおきた。
気をつけないと・・・とは思っていたが・・・。

浅間峠まであとわずかのところで2回目の転倒。
その際に左手を木の根元について「グキっ」っと音がした。
やっちまった!と思ったが仕方ない。
手をグーチョキパーしたが痛みはあるものの大丈夫。手首のまわりを押しても激痛などはない、骨は大丈夫だ。と判断し続行。

そしてまもなく浅間峠。


1年前は、ここまででほぼ体力消耗。
とにかく浅間峠に着いたらリタイアしたいと思っていた。
しあし、1年前の記録は5時間5分。1時間以上も遅い6時間10分で浅間に着いたが、体力の10分の1も消耗している感覚はなかった。
ここで、リタイア申告しているランナーはけっこういた。
自分よりもはるかに若いランナーも「脱水症状で2Lの水も枯れて」ということでリタイアしていた。すでに2Lも飲んでしまっていてはもたないだろう。ここから水の補給がある月夜見まではまだまだ20kmはあるしなんてったってコース最高地点の三頭山を越えなければならないのだから。

浅間峠について、まずトイレに行ったがあまりにも長い列でやめた。走れば汗になるさ。
で、おにぎりを少しかじり、捻挫した左腕にテーピングをした。

ここで、少しゆっくり休もうかとも思ったがとにかく人が多い。
まずはこの場から離れたほうが無難と思い、ストックを取り出し、ヘッドライトをつけて三頭山へ向かうことにした。

19:20ころ、昨年のリタイアポイント第一関門の浅間峠を後にした。


ハセツネカップ 完踏記 1

今回のハセツネカップのさまざまなデータをまず記録しておく。

気象状況
スタートの1時間前まで雨天。
気温は23度くらいで武蔵五日市の駅から会場まで歩いてくるだけでけっこう蒸し暑かった。
午後1時のスタート時点では雨はすっかり止み陽もさしだした。
その後は徐々に回復し、月夜見では満天の星空。翌日は快晴となった。
しかし、ほぼ深夜の三頭山山頂では多分5度程度まで下がっていたと思う。
ピークでは自分の吐く息が白かった。

ウエアリング
トップスは、パタゴニアのジップアップ半袖、ファイントラックのアンダーウエア。
ボトムスは、ワコールのアンダーに、アシックスのショートスパッツ、そして、パタゴニアのショートパンツ(ジッパーのついたポケット3~このジッパー付のパンツは必需品)
その他、頭はバンダナ、c3fitのゲイター、ソックスは5本指。
シューズはスポルティバのスカイライト。そしてモンベルのシューズゲイター。

予備として、アームウオーマ、Tシャツ、ファイントラックアンダー、ソックスを防水パックに入れてザックに。また、雨具防寒として、モンベルの薄手の上下にトレントフライヤー、防水キャップ。なお、これらは結局一切つかわなかった。

装備
ザックはキャメルバックの16Lくらい容量を広げられるもの。
飲料は500mlのポカリを水で薄め2L、予備水は1L、レッドブルを少し水で薄め300ml。
(飲料消費状況は、2Lのポカリ薄めがコース中間地点の三頭山山頂までは余裕でもった。鞘口峠手前で予備の水を補充した)

食糧はおにぎり2個、キュウリ塩漬け2本(レース中は実際にはおにぎり半分。キュウリ1本のみ。なお、スタート前の昼食でおいなりさん3個とキュウリ1本を食す)

行動食は、ハニースティンガーを5本フラスコに入れて水で薄めた。
その他、種無しプルーン、キャラメル、ミニスニッカーズ、カリカリ梅、ナッツなど。
サプリメント(WGHとBCAA)にVespa5個などをちょっと大きめのウエストポーチに入れて行動した。
(行動食の消費量はフラスコ分は全て消費。種無しプルーン1個、カリカリ梅1個、Vespa1個、WGH3個、BCAA1個程度)

その他
風邪薬、胃薬、痛み止め、目薬、カフェインキャンディなど。
ライトは、ペツルミオヘッドライト、ハンドライト、予備でミオ。
(ザックの胸あたりに1個スタート時より取り付けておいたので、暗くなってすぐつけることができ便利だった。また、第一CPの浅間峠まではストックが使えないので、両手が空いていたために、右手でGENTOS SENのハンドライトが使え十分であった。浅間峠で、ストックを使用するので、ヘッドライト(MIO)と胸に取り付けた2灯で十分しのげた。また、工夫としては前後のランナーがいる場合や登り斜面などのときはライト1灯にして節電。降りのときや単独になったときだけは2灯を使った)
なお、すべて、初期はリチウムイオン電池をセット。予備電池は2灯分のアルカリ。
ストック、エマージェンシーシート、エマージェンシーキット、三角巾、非伸縮テーピング、熊鈴、コンパス、地図など山の必需品一式。携帯電話。小銭など
その他、グローブ、Garmin、速乾タオルなど。

浅間峠を過ぎてから、徐々に気温が下がり三頭山頂上では多分、Tシャツ1枚だったら寒かったと思う。実際に、西原峠付近からは、長袖のジャケットを重ねているランナーが多かった。
自分は、ファイントラックのインナーの効果か、全く寒さは感じずむしろ三頭山山頂で吹く冷たい風が心地よかったくらいだった。
さらに、速乾タオルも汗をすばやく吸収し、極力ウエアに残らないようにするので、汗冷えを予防できたかと思う。
ラン仲間もブログで書いていたが、エマージェンシーシートは必携。自分の命を守るためにも、もしこれからトレイルランをされる方は必ず一つは購入し常に持って行動すべきと思う。
さらに、非伸縮のテープもたいへん役立った。もし、テーピングを持ち忘れたら、捻挫したあとに足首や手首を固定できず完走できなかったと思う。捻挫の際のテーピングテクニックも習得必須と感じた。


最終記録 No.5383

第一関門(浅間峠)  6時間10分26秒  1771位
第二関門(月夜見)  11時間44分5秒  1512位
第三関門(長尾平)  16時間55分36秒  1346位
ゴール        19時間38分27秒  1386位

第20回日本山岳耐久レース24時間以内~ハセツネカップ 完走 できました!

「もう、二度と走りたくない!」

昨日、8時37分にゴールした瞬間に、そう思いました。
本当に苦しかった。

でも、昨晩、熱中症で体温調整がおかしくなったカラダと、二箇所の捻挫で痛みがひどく動かないカラダを無理しながら、レースのことを思い返せば思い返すほど、また、参加しているシーンを想像していました。

きっと、また参加するでしょう。
なぜなんだろう。あんなに苦しく辛いのに。

でも、3つの関門をひとつひとつクリアしていくときの喜び。
関門が近くにつれ、暗黒と静寂の山の中、激しい息のランナーの足音しか聞こえないなか、人の声が擦るときのあの安堵。
なかなか、ピークに到達できず、苦しい上り坂をなんどか休み、それでもまた前を向いて上ろうとする気持ち。
絶えず汗がしたたり落ちるも、時折りふく冷たい風で、熱い汗が冷たい汗にかわる瞬間。
一口のリザーバーの水のおいしさ。
遠くに見える街の明かり。
信じられないほど輝き明るい東京の星空。
そして、朝日・・・。

それらすべてが、とても愛おしく素晴らしい時間であったことを思い出せずにはいられない。

まずは、完走報告。

応援いただいた、皆様に、感謝申し上げます。

また、大会直前に風邪を引き、とても心配、迷惑をかけた家族にも、お詫び申し上げます。

まずは、ひとつ、

ケジメを詰めることができました。

$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

ハセツネ3日前!



昼休みは外出せず、この時間を利用して、レース展開計画を作成!
20時間でゴールする計画。
入山峠:1445
醍醐丸:1700
浅間峠:1900
笛吹峠:2100
西原峠:2200 三頭山アタック
三頭山:2330
月夜見第二:0100
御前山:0230
オオダワ:0330
大岳山:0500
長尾平:0600
日の出山:0700 日の出には(-。-;
金比羅山:0830
ゴール:0900
醍醐丸からはライト必須だね。
第1CPの浅間峠まで6時間、第2CPの月夜見第二まで6時間、長尾平まで5時間、最後ゴールまで3時間。
第二区間は多少余裕ありだが、深夜走行なのでほぼ歩く予定。
前半、とにかく焦らず入山峠を2時間くらいの通過でも大丈夫という気持ちで行こう!$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

日本山岳耐久レース(24時間以内) 長谷川恒男カップ 第20回

久々のブログ更新エントリー!
疲労骨折もあり、隠岐の島からずっとブログ更新はできないでいた。
でも、


とうとうやってきた。
日本山岳耐久レース 長谷川恒男カップ 通称 ハセツネ。

昨年、ハセツネ30kにエントリーしてから、震災のために大会は開催されず、その後本戦にエントリーするも、練習不足もあり、かつ無理もして腰を痛め、さらに胃腸の不具合、夜の山の怖さに22kmであえなくリタイア。
そして、今年のハセツネ30kも、直前の腸炎によりDNSというどうも「完走」に相性のよくない大会だが、だからこそ、なんとしてもやっつけたいヤツでもある。

今年は、一念発起。初心にもどり、山の基礎知識も得るべく、「ハセツネ安全走行講習会」に参加することにした。

全6回の講習会の内容は、最初の2回は座学。
地図読みやコンパスの使い方や装備の話。
次は、救命訓練。そしてロープワーク。
のこり4回は、すべて走行訓練。
まずは、スタートから和田峠までの約15km。ただ、この15kmはコース上でもいちばんキツイところ。
そしてこの日はあいにくの雨。ザーザー降り。
自分は、まだ疲労骨折故障明けでさすがに15km全部を走れる自信はなかったので、勇気をもって7.5kmの入山峠でエスケイプすることにした。
そして次は、奥多摩でのキャンプ!都民の森からオオダワまでグループ走行を行い、その後、オオダワから奥多摩に下りてキャンプ。楽しかった!初めてシュラフで寝た(眠れなかったけど)。
翌日は、熊も出たらしいけど、鋸尾根を登り、オオダワからゴールまでのグループ走行。
その次は、和田峠から都民の森までのグループ走行。リーダーとサブリーダーを決めて時間内で走行すること。これも厳しい制限時間をメンバーの調子をみて走ることができて勉強になった。
最後は、ビバーク練習。西原峠から、長尾平に向かい、そこでビバーク。
夜は、日の出山にナイトランして夜景を見た。きれいだったね!
翌日は朝日がステキで、最後にツルツル温泉でゴール!

この講習会は本当に楽しかった。

そのほかに、自分での単独走 都民の森~ゴールまでを行い、また、3人で浅間峠~ゴールまで、強い雨の中のナイトランも敢行した。この雨天のナイトランは相当自信につながっている。多分、あのような天候は今までに無いし、その中で3人で助け合いながら走りとおしたのは素晴らしい経験だった。

そのほかにザックを背負っての72kmのナイトランを実施。(これはロードだけど)

今回は、夜の走行を中心に、またロング走を中心にかなり訓練できたと思う。

最初の和田峠まではやはり課題はあるが、昨年のように前半とばさぬようにいけば、後半は相当自信がある。

こうしてやってくると、ハセツネはやっぱりトレイルランとは違うな~と思う。
とにかく耐久レースなのだ。すべて自己責任。

ハセツネはやっぱりハセツネでしかないような気がする。

もうすぐ、あの、漆黒の闇の山が待っている!
今年こそ、あいつをやっつけてやる。


$走りながら、食べて、聞いて、考えて!

未完の笑顔

ウルトラマラソンのことを書いた夜久弘さんは、サロマを完走できなかった時、一番ウルトラマラソンの良さを理解したと言っている。
全く、ウルトラマラソンてのは、なんだかわからんが、完走して感動!完走できなくて益々熱意が高まるもんだ。

何枚か写真はあるが、こんなにいい笑顔で走れたレースは、初めてかもね。
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5回目の隠岐の島ウルトラマラソン!自分なりに完走!


午前11時前に、私にとっての5回目の隠岐の島ウルトラマラソンは終わりました。
それも、予想以上にしっかり48kmを走り終えて…
今の自分にとっては上出来だと、思いますが、やはり、ゴールしているランナーをみると、寂しいですね。
あと、8時間歩き通しても良かったかも?と、思いますが、でも、あの時点でやめたから、脚への損傷はほとんど無かったわけで、それで良しとしなきゃ。
おかげさまで、地元の皆さんと楽しい応援合戦も楽しめたし、川内さんも応援できました。

途中、おじいちゃんが、
『まだまだ、これから、これから』と、応援してくれました。
『いや、おじいちゃん、おじいちゃんはまだまだ、これからだよ!』と、言いたくなりました。
ありがとう隠岐の島。
来年はベストで臨みたいと思います!

ただ、飛行機は引き返してしまうことがあるので、来年からは高速船しか使いません。

川内さんも、来年も参加するらしいので、必ず参加します!

隠岐の島の皆さん、ラン仲間の皆さん、応援くださった皆さん、ありがとうございました。
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第七回隠岐の島ウルトラマラソン前々日

明日、早起きして隠岐の島に向かいます。
脛骨疲労骨折がわかってから約3週間。
やれることはやりました。
極力走らず、でも体力を落とさぬよう、筋トレやスイムをしっかりやり、整体や整形外科にも通いました。
体重は多少減少気味。
この調子だと、いい感じだけど。

ま、まずはスタートします。
行けるところまでいきます。

雨模様で心配もありますが、
脚が痛くなって、継続困難と判断するまで。

今年も、これで、私のマラソンの一年が終わります。

走りを我慢することもトレーニング!

5月25日に整形外科で頚骨疲労骨折が判明して2週間がたった。
その間、さすがに走ることはほとんどなく、ほぼスイムとクロスバイクでカラダを動かして脛を使わないようにしてきた結果なのか、改善はかなり良い。
その間、整形外科だけでなく、整体にも足しげく通い、スイムではクロールで1500~300mを泳ぐようになり、バイクでは20~30kmをライドしていた。また、筋力を弱めないためにもスクワットや体幹トレーニングも行ってきた。さらに、グルコサミン&コンドロイチンだけでなくカルシウムも摂取し骨作りを意識した。
その結果、一昨日の整形外科での診察では、リハビリトレーニングをするように言われ、早速、病院でのストレッチやマッサージそしてランについての指導もいただいた。
また、昨日は、ハセツネの安全走行講習会だったが、無理をしない程度に山道をのぼり下りをしてみた。
あいにくの雨だったが、25名の受講者に、10名ほどのスタッフがついてくれて、また、奥宮さんの指導で講習会が始まった。
目標は、スタート位置から15km地点までのほぼ上り基調。
ハセツネコースでも実はいちばん上りが多く厳しい区間なのだが、自分の脚は下りでの負荷のほうが心配なので、のぼりは歩くし、ほとんどが柔らかい草の上なので悪くないと判断し参加した。
また、全15kmの行程ではさすがに後半痛みが出てしまってからはエスケイプしにくいと思い、前半の7km地点の入山峠で下山することとして初心者グループで参加。
おかげでほとんど奥宮さんの講習も聞けたし、痛みはほどんど発生せず、そして予定どおり入山峠でエスケイプ、下山させてもらった。
走っていて多少違和感があったのであとで痛みが出ると嫌だな~と思い不安もあったので、帰宅後、プールで1500を泳いでアイシングもした。
そして今朝起きてみると・・・問題なく、全く痛みはない。
最近でもいちばんいい感じ。
この調子であれば100kmもいけるかも!?とは思うけど、大事をとって目標はハセツネ本戦において無理しないこととしよう。
まずは、完全に治すこと。それが自分の今のトレーニング。