素晴らしいイベントでした!「三陸・雄勝トレイルランニング」
あの、忌まわしい東日本大震災。その中でも津波により破壊されてしまった町。建物の上に船が載ってしまった写真を記憶している人もいるだろうけど、あの町でトレイルランニングのイベントが開催されました。
ラン仲間の誘いから、ふとエントリーしてみたけど、素晴らしい大会だった。
トレイルランニングのイベントだから、まずは基本のトレイルコースですが、とにかくとても快適な斜度でちょっと頑張れば、素晴らしいふかふかのトレイルが待っていました。
走れる走れる!どんどん走れる!
3つのエイドでは、地元の特産品などでしっかりサポートされとても安心して走れました。
小雨の降る中でも全然気分は最高!
最後は、5kmのダウンヒルを一気に駆け抜け、キロ4分台までスピードをあげられるようなコースでした。
それよりもなによりも前夜祭の素晴らしかったこと!
とれたての海の幸、もりだくさん!
ウニや牡蠣、鮭などたくさんの魚介のお料理。クラムチャウダーやシーフードのグリーンカレーも最高。さらにお刺身も普通は3人くらいで食べる盛り合わせが独り占め。
パスタは数種類。ピラフやチャーハンも・・・とにかくおなかいっぱい。
そんな素敵な企画を開催されたこの場所は、今はまだ更地ばかりの復興まだまだの地。
でも、こうして、全国からここにきて笑顔で交流しあうことから、本当に町としての活気が生まれ、そして生き生きとした復興につながるような気がしました。
全国から集まった200人ほどのトレラン仲間はいつの間にかみんな友達になり笑顔いっぱい、ハイタッチいっぱい、声かけいっぱいでした。
ありがとう。
また、雄勝に行きますね!今度はお天気のいい日に、山から町を眺めたいですね!
すばらしい町を。
ラン仲間の誘いから、ふとエントリーしてみたけど、素晴らしい大会だった。
トレイルランニングのイベントだから、まずは基本のトレイルコースですが、とにかくとても快適な斜度でちょっと頑張れば、素晴らしいふかふかのトレイルが待っていました。
走れる走れる!どんどん走れる!
3つのエイドでは、地元の特産品などでしっかりサポートされとても安心して走れました。
小雨の降る中でも全然気分は最高!
最後は、5kmのダウンヒルを一気に駆け抜け、キロ4分台までスピードをあげられるようなコースでした。
それよりもなによりも前夜祭の素晴らしかったこと!
とれたての海の幸、もりだくさん!
ウニや牡蠣、鮭などたくさんの魚介のお料理。クラムチャウダーやシーフードのグリーンカレーも最高。さらにお刺身も普通は3人くらいで食べる盛り合わせが独り占め。
パスタは数種類。ピラフやチャーハンも・・・とにかくおなかいっぱい。
そんな素敵な企画を開催されたこの場所は、今はまだ更地ばかりの復興まだまだの地。
でも、こうして、全国からここにきて笑顔で交流しあうことから、本当に町としての活気が生まれ、そして生き生きとした復興につながるような気がしました。
全国から集まった200人ほどのトレラン仲間はいつの間にかみんな友達になり笑顔いっぱい、ハイタッチいっぱい、声かけいっぱいでした。
ありがとう。
また、雄勝に行きますね!今度はお天気のいい日に、山から町を眺めたいですね!
すばらしい町を。
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、夢のような時間だった!
11時間ちょっとでのゴールは自分にとっては出来過ぎでした。
この一年間頑張ってきてこんな結果になるとは全く想像していませんでした。
昨年、疲労骨折で完走できなかったことから考えれば、今回は完走こそが全てでしたが、こんなに良い結果になるとは想像してませんでした。
ましてや、レース直前の一ヶ月半前に甲状腺の病気に罹り十分な練習もできなかったわけで、この結果ですから全く信じられないことです。
ただ、いくつか思い当たる節があるとすれば、まずは昨年の疲労骨折からは夏場はハセツネを完走すべく基本的な練習から再会し、かなり山の上り下りをしたこと。そして、あの24時間を走り続ける、いや動き続けるという精神的な強さを身につけられたことが大きいかと思います。
さらに、冬場はフルのレースをいれてスピードもあがっていました。
ウルトラマラソンはスピードは不要だという見方もありますが、ある人はスピードをある程度コントロールできるだけの総力が必要だと言っています。たいてい、13~14時間の制限時間ですが、距離が長いだけにある程度のスピードを持っていないと、あとでの挽回もできないのがウルトラです。
そして、4月後半の体調不良は、かえって自己管理、練習計画や、ピーキングに役立ったように思います。
約3週間、走れない日が続いたあと、10kmくらいから徐々に練習を回復させていきました。
そして、距離をなんとか50kmまで走れるようになり、またラン仲間とのマラニックはとても刺激になりました。
そのあと、約1週間は、実はほとんど走らなかったのですが、睡眠、カーボローディング、アルコールは火曜日でやめたり、WGHプロを一週間飲み続けたりと、かなり順調にキーピングでき、体重も病気で痩せたときから+2kg程度で準備できました。
レース当日、しっかり走れるようにと前日は8時にベッドにはいり9時過ぎには眠れました。(医者からいただいた睡眠誘導剤を飲みましたが結果よかったです)
そして、まさにレース当日はベストコンディション。
連絡を取り合って現地で会ったラン仲間の皆さんと、気持ちも盛り上げ、そして「絶対負けない強い心」を胸にスタートし、何度も、「強く生きる!」と自分に言い聞かせ走り続けました。(奈佐さん、本当に感謝!)
さらに、一緒に応援に言ってくれた妻のサポートは万全で、3カ所ほど会える場所がありますが、そこで、レッドブルを飲むことができ元気が出ました。
ゴールを何度もイメージしました。
その時、きっと元気な声で、MCさゆりさんが自分の名前を読んでくれることをイメージしてました。
それが現実になり、本当に嬉しかった。
さゆりさん、本当に、本当に感謝!
さて、ということで、今回の隠岐の島ウルトラマラソンの完走記はこれで終わりですが、最後に大失敗の話。
自分がゴールして、15分ほど冷たい水のプールで足を冷やしたあと、シャトルバスでホテルに向かうところ、私のゴールから約30分後、ちょうど、東京から一緒にきた近藤さんがゴールするところでした。
そこで、思わず嬉しくなり、一緒にゴールをしようとバスを降りてゴールに向かいました。
そのときは何も考えなかったのですが、あとで大後悔。
そうですよ、ゴールはしっかり写真をとられるわけですから、なんだか訳の分かんないおっさんとゴールという写真は不要です。ゴールの瞬間をけがしてしまい大反省です。
近藤さん、本当にごめんなさい。
それと最後に、
帰りのバスを待つ間に、ボランティアの中学生が、自分の荷物をもってきてくれました。ナンバーカードをつけていたので荷物の番号もわかりますから何も言わずともこのような優しさや思いやりのあるのがこの大会の良さです。
隠岐の島、本当によかった!
来年は、必ず、サブ10!!!やりたい。
隠岐の島ウルトラマラソン 5回完走。
7回まであと2回!
ありがとうございました。
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、最後の10kmが地獄だった!
後半、3つの山を越え、あとは75km地点の都万の「中里バス停前」までは、一気に山を下った。
このあたりで、エイドに到着するたびに、ボトル一杯に氷を入れてもらい、帽子に氷を入れてもらい、そしてアタマや首に水をかけてもらった。
とにかく、暑さで意識が朦朧としてしまうのを避けたかった。
また、水をがぶ飲みして胃腸を痛めぬよう、できるだけ冷たい氷や水を少しだけ口に含んで我慢した。
すでに、ここぞのVESPAは2つ目を投入してしまった。
下りは比較的快適に走れた。
のぼりでは抜かれたランナーにも、なんとか下りで追いついた。
特に、中里バス停がもう間近という2km手前くらいからは猛然と走った。
この区間だけでも3人くらいのランナーを抜いた。
自分が全体のランナーの中でどれだけの位置にいるのか、当然走っている間はわからないのだが、ただ、今までと違うのは、前後にランナーが極端に少ないのだ。
前を行くランナーが見えるのは直線になったところや、距離でも100m以上はあった。
当然、後ろも振り返ることは少なかったが、エイドで声が聞こえるものの、自分がエイドを去ってからしばらくして声が聞こえたのだから、かなりランナー間の距離は離れていたといえる。
75km「中里バス停」のエイドは自分にとって特別な場所だった。
披露骨折で走れなかった昨年、元気に走りぬけていく選手を地元の方たちといっしょに応援していた場所。
応援もとても楽しかったが、今年は、その前を自分が元気に通過したい!と思っていた。
「今年はやってやるぜ!」ということを示したかった。それが、恩返しだと思った。
そして、ようやくテントが見えた!
「わたなべさ~ん!」という盛大な応援に涙した。
応援テントの前を、手を上げて一気に走りぬけた。そして、エイドについて、コーラをいただき氷を補給し、かなり痛くなってきた太腿をアイスで冷やし、アタマに水をかけ、すぐにリスタートした。
このエイドで、何も食べなかったのは今年が初めてだった。
ここからは平坦な農道をクネクネとまわるコース。それも、以前よりも距離が伸びた(前半で多少コースが変わったので、ここで調整されたらしい)。
これがキツかった。
風が吹かないと、とにかく、からだの熱さが尋常じゃなく、汗はとめどもなく出た。
平坦な場所なのに、脚は何度もとまった。
後ろを向いてもランナーはいない。
前は、はるかかなたにポツンといる。走っている。くそーと思うけど走りだしては、足がすぐ止まる。その繰り返しだった。
そしてしばらくして私設エイドがあった。
そこで、オレンジをいただいて、氷も補給してもらい、水をかぶってまた走りだした。
暑い、暑い、暑い!
とにかく、暑い。
公衆トイレで2回目のトイレ。
色は茶色に近いものだった。
でも、ここからの楽しみは80kmの通過と、その後、毎年応援している、コーラエイド(自分で勝ってに呼んでいるのだが、毎年コーラをたくさんいただいている)。
80km地点通過。
ここからは平坦なところだが、多少のアップダウンがある道を行く。
コーラエイドで「今年もお世話になります!」と言っていただいた。毎年本当にありがとうございます!
このあたりで、50kmのランナーに抜かれた。
つまり、川内選手に抜かれてから、その後続はかなり離れていたことになる。
ここからが、辛かった。
暑い、暑い、暑い。とにかく暑い。
なんどか、ボトルの水もかけた。
ボトルに入っている氷を口にふくんでかじった。ガリガリ君が食べたいなあ。
もう、アップダウンはなさそうなのだが、なだらかでも意外に坂があってこれがまた辛かった。
このあたりになると50kmのランナー何人かに抜かれた。
前後に歩いているランナーが見えた。
100kmのランナーだけでなく50kmのランナーも歩いていた。
下り坂と、平坦なところは走っているつもりだったが、どれだけのスピードだったろうか。
ようやくあと11kmくらいになり、下りを走った。
10km地点。
ここでもコーラをもらい、先を急いだ。
比較的エイドで休むランナーが多かったが走力の無い自分は先を急いだ。
でも、それでも、しばらくいくと脚が止まった。いや、脚が痛みで止まったわけではなく、精神的に集中力が切れていた。
集中力が続かない。
途中、こんなといころで、という未舗装の道。足の裏が痛い。
しばらく走ったり、歩いたりしていると、前方に100kmの女性ランナーが。
彼女も苦しんでいた。走り続けられないでいた。
ようやく、飛行場のトンネル。ここは必死に走った。
涼しくて、アタまが冷えると走れるのに、炎天下にさらされると脚が止まった。
あと8km、
あと7km。
あと6km。
なかなか、減らない。
最後の飛行場の坂道は辛かった。
太陽の日差しをさえぎるものは何もない。
ようやくあと4kmあたりで私設エリドがあり、スイカを頂戴した。
うまかった。
時計はサブ11まではあと30分ほどだった。
不通に走れるのなら、完全に勝利だ。
しかし、脚はすぐ止まった。
それでも、また走りだした。
そして、また止まった。
また私設エイド。
それが、今度は、大きな声で、遠くから名前を呼ぶのだ。
「わたなべさ~ん」
寄っていかなきゃならない。
そこで、麦茶とコーヒーをいただいた。
甘いコーヒーはおいしかったが、でも暖かくてちょっと、飲めなかった。
あと、3km。最後のエイドであまたから水をかけてもらい、そこからはゴールまで走ろうと決めた。
赤い橋が見えた。
ここがあと2km地点だ。
先に、100kmのランナーがいた。ナンバーカードからわかるのは自分よりも人生の先輩であること。
走っているのだが、それでもかなりスピードが落ちているようだった。
みるみる近づいてしまい、申し訳ないと思い、「すみません、先にいかせてもらいます」と声をかけぬかせてもらった。
ここまで来ると、ここまで走り続けたランナー全員に尊敬しか感じなかった。
自分だけでなく、みんなに、ガンバレと声をかけたかった。
あと1kmの表示。
ここで、涙が出た。顔がくしゃくしゃになった。
あと少し、
よくやったな~俺。
最後のトンネルをくぐり、あとあの坂を登ればというところで、ランナーの足音が背後から迫ってきた。振り返ると50kmのランナー。
ここで競っても仕方ないので先を行かせた。
ゴールはしっかり待っている妻としたかった。
坂道をなんとか上り、元気なMCさゆりさんの超えが鳴り響いた!
そして待っていた妻の手を取りゴールに向かった。
さゆりさんに「ありがとう!ありがとう!」と叫んだ。
なんとかゴール!!!
11時間4分。
ようやく、長い一日が終わった。
このあたりで、エイドに到着するたびに、ボトル一杯に氷を入れてもらい、帽子に氷を入れてもらい、そしてアタマや首に水をかけてもらった。
とにかく、暑さで意識が朦朧としてしまうのを避けたかった。
また、水をがぶ飲みして胃腸を痛めぬよう、できるだけ冷たい氷や水を少しだけ口に含んで我慢した。
すでに、ここぞのVESPAは2つ目を投入してしまった。
下りは比較的快適に走れた。
のぼりでは抜かれたランナーにも、なんとか下りで追いついた。
特に、中里バス停がもう間近という2km手前くらいからは猛然と走った。
この区間だけでも3人くらいのランナーを抜いた。
自分が全体のランナーの中でどれだけの位置にいるのか、当然走っている間はわからないのだが、ただ、今までと違うのは、前後にランナーが極端に少ないのだ。
前を行くランナーが見えるのは直線になったところや、距離でも100m以上はあった。
当然、後ろも振り返ることは少なかったが、エイドで声が聞こえるものの、自分がエイドを去ってからしばらくして声が聞こえたのだから、かなりランナー間の距離は離れていたといえる。
75km「中里バス停」のエイドは自分にとって特別な場所だった。
披露骨折で走れなかった昨年、元気に走りぬけていく選手を地元の方たちといっしょに応援していた場所。
応援もとても楽しかったが、今年は、その前を自分が元気に通過したい!と思っていた。
「今年はやってやるぜ!」ということを示したかった。それが、恩返しだと思った。
そして、ようやくテントが見えた!
「わたなべさ~ん!」という盛大な応援に涙した。
応援テントの前を、手を上げて一気に走りぬけた。そして、エイドについて、コーラをいただき氷を補給し、かなり痛くなってきた太腿をアイスで冷やし、アタマに水をかけ、すぐにリスタートした。
このエイドで、何も食べなかったのは今年が初めてだった。
ここからは平坦な農道をクネクネとまわるコース。それも、以前よりも距離が伸びた(前半で多少コースが変わったので、ここで調整されたらしい)。
これがキツかった。
風が吹かないと、とにかく、からだの熱さが尋常じゃなく、汗はとめどもなく出た。
平坦な場所なのに、脚は何度もとまった。
後ろを向いてもランナーはいない。
前は、はるかかなたにポツンといる。走っている。くそーと思うけど走りだしては、足がすぐ止まる。その繰り返しだった。
そしてしばらくして私設エイドがあった。
そこで、オレンジをいただいて、氷も補給してもらい、水をかぶってまた走りだした。
暑い、暑い、暑い!
とにかく、暑い。
公衆トイレで2回目のトイレ。
色は茶色に近いものだった。
でも、ここからの楽しみは80kmの通過と、その後、毎年応援している、コーラエイド(自分で勝ってに呼んでいるのだが、毎年コーラをたくさんいただいている)。
80km地点通過。
ここからは平坦なところだが、多少のアップダウンがある道を行く。
コーラエイドで「今年もお世話になります!」と言っていただいた。毎年本当にありがとうございます!
このあたりで、50kmのランナーに抜かれた。
つまり、川内選手に抜かれてから、その後続はかなり離れていたことになる。
ここからが、辛かった。
暑い、暑い、暑い。とにかく暑い。
なんどか、ボトルの水もかけた。
ボトルに入っている氷を口にふくんでかじった。ガリガリ君が食べたいなあ。
もう、アップダウンはなさそうなのだが、なだらかでも意外に坂があってこれがまた辛かった。
このあたりになると50kmのランナー何人かに抜かれた。
前後に歩いているランナーが見えた。
100kmのランナーだけでなく50kmのランナーも歩いていた。
下り坂と、平坦なところは走っているつもりだったが、どれだけのスピードだったろうか。
ようやくあと11kmくらいになり、下りを走った。
10km地点。
ここでもコーラをもらい、先を急いだ。
比較的エイドで休むランナーが多かったが走力の無い自分は先を急いだ。
でも、それでも、しばらくいくと脚が止まった。いや、脚が痛みで止まったわけではなく、精神的に集中力が切れていた。
集中力が続かない。
途中、こんなといころで、という未舗装の道。足の裏が痛い。
しばらく走ったり、歩いたりしていると、前方に100kmの女性ランナーが。
彼女も苦しんでいた。走り続けられないでいた。
ようやく、飛行場のトンネル。ここは必死に走った。
涼しくて、アタまが冷えると走れるのに、炎天下にさらされると脚が止まった。
あと8km、
あと7km。
あと6km。
なかなか、減らない。
最後の飛行場の坂道は辛かった。
太陽の日差しをさえぎるものは何もない。
ようやくあと4kmあたりで私設エリドがあり、スイカを頂戴した。
うまかった。
時計はサブ11まではあと30分ほどだった。
不通に走れるのなら、完全に勝利だ。
しかし、脚はすぐ止まった。
それでも、また走りだした。
そして、また止まった。
また私設エイド。
それが、今度は、大きな声で、遠くから名前を呼ぶのだ。
「わたなべさ~ん」
寄っていかなきゃならない。
そこで、麦茶とコーヒーをいただいた。
甘いコーヒーはおいしかったが、でも暖かくてちょっと、飲めなかった。
あと、3km。最後のエイドであまたから水をかけてもらい、そこからはゴールまで走ろうと決めた。
赤い橋が見えた。
ここがあと2km地点だ。
先に、100kmのランナーがいた。ナンバーカードからわかるのは自分よりも人生の先輩であること。
走っているのだが、それでもかなりスピードが落ちているようだった。
みるみる近づいてしまい、申し訳ないと思い、「すみません、先にいかせてもらいます」と声をかけぬかせてもらった。
ここまで来ると、ここまで走り続けたランナー全員に尊敬しか感じなかった。
自分だけでなく、みんなに、ガンバレと声をかけたかった。
あと1kmの表示。
ここで、涙が出た。顔がくしゃくしゃになった。
あと少し、
よくやったな~俺。
最後のトンネルをくぐり、あとあの坂を登ればというところで、ランナーの足音が背後から迫ってきた。振り返ると50kmのランナー。
ここで競っても仕方ないので先を行かせた。
ゴールはしっかり待っている妻としたかった。
坂道をなんとか上り、元気なMCさゆりさんの超えが鳴り響いた!
そして待っていた妻の手を取りゴールに向かった。
さゆりさんに「ありがとう!ありがとう!」と叫んだ。
なんとかゴール!!!
11時間4分。
ようやく、長い一日が終わった。
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、どこで川内選手に抜かれるかが重要だっ!
前半戦で、ハニースティンガー3個分、WGHプロ4個、炭酸タブレット2個、そして山登りでVESPAを投入し、なんとか走りきった。
中間レストでは、カレーライスやそうめんを少しいただき、シャツだけ着替えてリスタートすることにした。
前日、後半戦で何を着るか悩んだ結果、あの過酷な「ハセツネ」のフィニッシャーシャツにした。
もし、自分が精神的に弱音をはいたり、あきらめかけたりした時に、このTシャツを着ているランナーが、さすがにウルトラマラソンごときでリタイアはできないぞ!という自分への戒めであった。
「ハセツネ」は捻挫をしてもやめなかった。どんなに遅れても前を向いて進んだ。
あの、勇気さえもっていれば、この後半の山も越えられると確信していた。
そして、わずかの時間だけ休み、すぐにコースに向かって走りだした。
後半は、いくつかのイベントがある。
ひとつは、何と言っても11時半にスタートする50kmの部に参加している川内選手に どこで抜かれるか?だ!
できれば、できるだけ、ゴールに近い距離で抜かれたい。
一昨年は、60kmもいかない55kmすぎで抜かれたように思う。
今年は60km?70km?それとも、もしかしたら中里のバス停のレストで抜かれることになるかもしれない?
そんな期待をもちながら走っていた。
また、後半の3つの山を走って登れるか、歩いてしまうか?
新福浦トンネルを抜けると、坂道が始まり、山3つほどを越えなければならない。
これが本当にキツい。
特に、せっかく登った山道を海岸線までまた下る道がある。そして、また、そこから山へと続いていくのだ。これは本当に苦しい。
しかし、これを乗り越えないと、中里バス停にもたどりつかない。
まさに、後半、いちばんの山場なのだ。そしてゴールまでまだ40kmはある。
無理せず歩いて登ることも覚悟した。
いや、そういう意図的なことではなく、正直60kmあたりからは、信じられないような快晴になっていた。
登りの坂道でピーカンはきつい。
汗は身体中から湧き出し、水や氷以外はもはや喉を通らない。
最初の坂道を登り、少し下りになった。
あと、山二つと何度も声に出して叫びながら進んだ。
しかし、最初の山はいったんピークらしき、いわゆる偽ピークがありさらに登らないといけなかった。
それに気づくのは自分では3つ目の最後の山と信じていたピークをすぎて、もう大丈夫だと思っていても、また長い坂道があった時だった。
おかしい、4つも登るのか⁉と。
何とか3つの山を超え、ヘロヘロになりながらたくさんの応援のある村にたどり着いた。しかし、いつもは真っ赤な顔のおじさんばかりなのに、今日はまだあまりお酒が入っていないらしい。
そうか、自分は少し早いのかもしれない、と、このあたりで気づいた。
なんとか次のエイドにたどり着くと、スイカやミニトマトがあった。これらは固形物が通らない喉にはとてもよかった。
時計を見ると、12時半ころ。50kmのスタートからおおよそ1時間ちかくになる。
そろそろ、川内くんが追い抜いてくれるはずだ。
そう思い、またトボトボと前を急いでいると、TVカメラマンがタクシーに乗って通り過ぎた。
「川内さん、そろそろきますかね?」などとこえをかけた。
そして、しばらくすると、とうとう、来た!
先導車の自衛隊のジープがすぎたあと、川内くんはものすごい勢いで自分を抜いて行ってくれた!
思わず叫んだ!
「川内さん、今年もありがとう!抜いて行ってもらえて俺は幸せだー!」
本当にそんな気持ちだった。
次のエイドステーションはすぐだったのでそこで興奮しながら給水をしてたら、先のカメラマンが来て自分に川内くんについて尋ねた。
何をしゃべったのか意識は興奮して、かつ朦朧としてたので、といかく、抜かれるために走ってます的なことをしゃべったと思う。
ちなみに、NHKのカメラマンだったので、もしかするとなんらかの番組で…(^^;;
あとは、基本的に下り基調。
75kmのレストに向けて走るだけだった。
ここから、実はけっこう走ることができた。
中間レストでは、カレーライスやそうめんを少しいただき、シャツだけ着替えてリスタートすることにした。
前日、後半戦で何を着るか悩んだ結果、あの過酷な「ハセツネ」のフィニッシャーシャツにした。
もし、自分が精神的に弱音をはいたり、あきらめかけたりした時に、このTシャツを着ているランナーが、さすがにウルトラマラソンごときでリタイアはできないぞ!という自分への戒めであった。
「ハセツネ」は捻挫をしてもやめなかった。どんなに遅れても前を向いて進んだ。
あの、勇気さえもっていれば、この後半の山も越えられると確信していた。
そして、わずかの時間だけ休み、すぐにコースに向かって走りだした。
後半は、いくつかのイベントがある。
ひとつは、何と言っても11時半にスタートする50kmの部に参加している川内選手に どこで抜かれるか?だ!
できれば、できるだけ、ゴールに近い距離で抜かれたい。
一昨年は、60kmもいかない55kmすぎで抜かれたように思う。
今年は60km?70km?それとも、もしかしたら中里のバス停のレストで抜かれることになるかもしれない?
そんな期待をもちながら走っていた。
また、後半の3つの山を走って登れるか、歩いてしまうか?
新福浦トンネルを抜けると、坂道が始まり、山3つほどを越えなければならない。
これが本当にキツい。
特に、せっかく登った山道を海岸線までまた下る道がある。そして、また、そこから山へと続いていくのだ。これは本当に苦しい。
しかし、これを乗り越えないと、中里バス停にもたどりつかない。
まさに、後半、いちばんの山場なのだ。そしてゴールまでまだ40kmはある。
無理せず歩いて登ることも覚悟した。
いや、そういう意図的なことではなく、正直60kmあたりからは、信じられないような快晴になっていた。
登りの坂道でピーカンはきつい。
汗は身体中から湧き出し、水や氷以外はもはや喉を通らない。
最初の坂道を登り、少し下りになった。
あと、山二つと何度も声に出して叫びながら進んだ。
しかし、最初の山はいったんピークらしき、いわゆる偽ピークがありさらに登らないといけなかった。
それに気づくのは自分では3つ目の最後の山と信じていたピークをすぎて、もう大丈夫だと思っていても、また長い坂道があった時だった。
おかしい、4つも登るのか⁉と。
何とか3つの山を超え、ヘロヘロになりながらたくさんの応援のある村にたどり着いた。しかし、いつもは真っ赤な顔のおじさんばかりなのに、今日はまだあまりお酒が入っていないらしい。
そうか、自分は少し早いのかもしれない、と、このあたりで気づいた。
なんとか次のエイドにたどり着くと、スイカやミニトマトがあった。これらは固形物が通らない喉にはとてもよかった。
時計を見ると、12時半ころ。50kmのスタートからおおよそ1時間ちかくになる。
そろそろ、川内くんが追い抜いてくれるはずだ。
そう思い、またトボトボと前を急いでいると、TVカメラマンがタクシーに乗って通り過ぎた。
「川内さん、そろそろきますかね?」などとこえをかけた。
そして、しばらくすると、とうとう、来た!
先導車の自衛隊のジープがすぎたあと、川内くんはものすごい勢いで自分を抜いて行ってくれた!
思わず叫んだ!
「川内さん、今年もありがとう!抜いて行ってもらえて俺は幸せだー!」
本当にそんな気持ちだった。
次のエイドステーションはすぐだったのでそこで興奮しながら給水をしてたら、先のカメラマンが来て自分に川内くんについて尋ねた。
何をしゃべったのか意識は興奮して、かつ朦朧としてたので、といかく、抜かれるために走ってます的なことをしゃべったと思う。
ちなみに、NHKのカメラマンだったので、もしかするとなんらかの番組で…(^^;;
あとは、基本的に下り基調。
75kmのレストに向けて走るだけだった。
ここから、実はけっこう走ることができた。
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、何と言っても後半がキツい
隠岐の島ウルトラマラソンの特徴は、何と言っても坂道の多さ。そしてその繰り返し。累計標高は約2500m。
それから長いトンネルの多さ。数にして約20。
島の周りの海岸線を走るのだから、アップダウンはなさそうに思えるが、ほとんど平坦なところは少ない。
これだけアップダウンが多いと、むしろ平坦なところのほうがけっこうストレスになる。
しかしそうは言っても上り坂はきつい。
コース内最高標高の山は前半にある。約250m程度の山だが、何度かアップダウンを繰り返しているのでキツい。
そして、その山の前に通称サザエ村がある。
ここは応援ポイントでもいいところ。
約25kmほど走ったあとにようやくサザエ村に到着。
ここは、広い道路から村の細い道にはいる手前が曲がりくねっているので、そこにスタッフが複数立って誘導かつナンバーカードを読み上げる。その番号は複数のスタッフに伝えられ、エイドにつく頃には名前で呼ばれる仕掛けなのだ。
サザエ村には2時間半前に到着。
ここで、サザエのおにぎり一個と、コーラをいただきトイレに行き、山登りに向かう。
いつもなら、この辺りから晴れるのだが、曇り空はラッキー!
しかし、坂道の角度はキツい!
今回のレース展開のポイントとして積極的に前半からエネルギー補給をした。
ハニースティンガーとWGHプロをおよそ10kmおきに補給。これが後半必ず効いてくるのはハセツネで実証済み!
まだ前半ではあるが、山道の上りは歩かず走りきれた。
その後比較的滑らかな下り坂。ここで毎年飛ばしすぎて太ももを痛めてしまうのだが慎重に歩幅を狭め、少し蛇行しつつスピードを上げた。
それから、また登り返しがありようやくフルの距離表示の42.195km地点。
時計をみたら、なんと4時間10分。
完全にサブ10ペース(-_^)
しかし、この一番高い山はまだまだ準備運動のようなもの。
後半は3つの山越えが待っている。
この辺りでふと気づいたのが周りに、前後にランナーが少なく、ひとり旅的な状況になっていること。
今まではもう少しゆっくりの位置にいたのでランナーが多かったのかもしれない。しかし、ひとり旅は寂しい。
しばらくすると、目の前が開け牛がたくさん見える。
その近くでの私設エイドでは、バーベキューをしている。ただ、自分が通過した時にはまだ焼いてなかったけど…。
ここからはしばらく平坦なのだが、これがすごいつかれる。
ようやく48.5kmの中間レスト。
さあ、ここからが、ますます厳しいコースだ(`_´)ゞ
それから長いトンネルの多さ。数にして約20。
島の周りの海岸線を走るのだから、アップダウンはなさそうに思えるが、ほとんど平坦なところは少ない。
これだけアップダウンが多いと、むしろ平坦なところのほうがけっこうストレスになる。
しかしそうは言っても上り坂はきつい。
コース内最高標高の山は前半にある。約250m程度の山だが、何度かアップダウンを繰り返しているのでキツい。
そして、その山の前に通称サザエ村がある。
ここは応援ポイントでもいいところ。
約25kmほど走ったあとにようやくサザエ村に到着。
ここは、広い道路から村の細い道にはいる手前が曲がりくねっているので、そこにスタッフが複数立って誘導かつナンバーカードを読み上げる。その番号は複数のスタッフに伝えられ、エイドにつく頃には名前で呼ばれる仕掛けなのだ。
サザエ村には2時間半前に到着。
ここで、サザエのおにぎり一個と、コーラをいただきトイレに行き、山登りに向かう。
いつもなら、この辺りから晴れるのだが、曇り空はラッキー!
しかし、坂道の角度はキツい!
今回のレース展開のポイントとして積極的に前半からエネルギー補給をした。
ハニースティンガーとWGHプロをおよそ10kmおきに補給。これが後半必ず効いてくるのはハセツネで実証済み!
まだ前半ではあるが、山道の上りは歩かず走りきれた。
その後比較的滑らかな下り坂。ここで毎年飛ばしすぎて太ももを痛めてしまうのだが慎重に歩幅を狭め、少し蛇行しつつスピードを上げた。
それから、また登り返しがありようやくフルの距離表示の42.195km地点。
時計をみたら、なんと4時間10分。
完全にサブ10ペース(-_^)
しかし、この一番高い山はまだまだ準備運動のようなもの。
後半は3つの山越えが待っている。
この辺りでふと気づいたのが周りに、前後にランナーが少なく、ひとり旅的な状況になっていること。
今まではもう少しゆっくりの位置にいたのでランナーが多かったのかもしれない。しかし、ひとり旅は寂しい。
しばらくすると、目の前が開け牛がたくさん見える。
その近くでの私設エイドでは、バーベキューをしている。ただ、自分が通過した時にはまだ焼いてなかったけど…。
ここからはしばらく平坦なのだが、これがすごいつかれる。
ようやく48.5kmの中間レスト。
さあ、ここからが、ますます厳しいコースだ(`_´)ゞ
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、涼しい早朝に距離を稼ぐのだ!
レース前日の天気予報は、レース当日の天気は快晴を表していた。
そこで、ウエアは午前中はタンクトップで暑さをしのぎ、多分汗冷えする後半をTシャツで乗り切ることにした。
たいてい、夕方になると風も冷たくなり汗冷えするのがここの特色だった…いままでは…。
しかし、この予報は少し違った。
午前中は気温も上がらず涼しく、曇り空だったので、ある意味ベストコンディションだった。
レース中に補給するエネルギーは、ハニースティンガー6袋を2つのフラスコに3袋ずつ入れ、水で薄め飲みやすくした。
また、WGHプロを5袋ほど持ち、いざという時のVESPAを3袋。
その他、種無しプルーン、塩熱飴、痛み止めや胃薬、そして絆創膏。
そのほか、水に溶かす炭酸のタブレットを小袋に入れ、それらをボトルホルダーのポシェットに入れ、氷を沢山入れたアルティメイトのボトルにポカリを入れた。
また、足の皮がむけたり、捻挫した足首のホールドのため、そして、ふくらはぎを極力使わずふとももで走るために、足首と足裏などにテーピングを施した。
そして、午前5時、とうとうレースはスタートした。
スタートしてしばらくはとにかくゆっくり行こうと決めていたが、キロ6分程度でスタートした。
トンネルをぬけ、橋を渡り、しばらくは海岸線を走る。
早朝5時というのに、多くの地元の方々が沿道に応援をしに集まっていた。
そして、しばらくすると左折し山路に入っていった。
徐々に坂道になるがまだ脚はしっかりしてるので、負担も少なく走れていた。
坂道を上ると、いつかはピークを迎え
その後下り坂となるのは自然の摂理。
下り坂でふとももを余り使いたくなかったので、少し蛇行しながら走り降りていた。
そうすると、後ろから外国人選手が、なぜ蛇行してるのか?と尋ねてきた。
下り坂はふとももを痛めやすいので、負担を減らすべくこうしているんだよ、と説明すると、真似していた。
程なく10kmを過ぎ、エイドステーション。
初めて参加した時はこのエイドでトイレに飛び込んだのだが今回は給水はマイボトルで、トイレも不要!
エイドをパスし、先を急いだ。
この時点で、すでに50分前半で通過しており、それほど脚の負担もスタミナも問題なかった。
そして、ブログのタイトル画像にもなっている布施のエイドもパスし、25km先の、中村サザエ村エイドに急いだ。
かなり、絶好調で、何も考えずとも自然と脚が動いていた。
曇り空、気温は多分体感的には25度前後。
時折吹く風は心地よく、さらに脚の速度を速めていた。
iPhoneからの投稿
そこで、ウエアは午前中はタンクトップで暑さをしのぎ、多分汗冷えする後半をTシャツで乗り切ることにした。
たいてい、夕方になると風も冷たくなり汗冷えするのがここの特色だった…いままでは…。
しかし、この予報は少し違った。
午前中は気温も上がらず涼しく、曇り空だったので、ある意味ベストコンディションだった。
レース中に補給するエネルギーは、ハニースティンガー6袋を2つのフラスコに3袋ずつ入れ、水で薄め飲みやすくした。
また、WGHプロを5袋ほど持ち、いざという時のVESPAを3袋。
その他、種無しプルーン、塩熱飴、痛み止めや胃薬、そして絆創膏。
そのほか、水に溶かす炭酸のタブレットを小袋に入れ、それらをボトルホルダーのポシェットに入れ、氷を沢山入れたアルティメイトのボトルにポカリを入れた。
また、足の皮がむけたり、捻挫した足首のホールドのため、そして、ふくらはぎを極力使わずふとももで走るために、足首と足裏などにテーピングを施した。
そして、午前5時、とうとうレースはスタートした。
スタートしてしばらくはとにかくゆっくり行こうと決めていたが、キロ6分程度でスタートした。
トンネルをぬけ、橋を渡り、しばらくは海岸線を走る。
早朝5時というのに、多くの地元の方々が沿道に応援をしに集まっていた。
そして、しばらくすると左折し山路に入っていった。
徐々に坂道になるがまだ脚はしっかりしてるので、負担も少なく走れていた。
坂道を上ると、いつかはピークを迎え
その後下り坂となるのは自然の摂理。
下り坂でふとももを余り使いたくなかったので、少し蛇行しながら走り降りていた。
そうすると、後ろから外国人選手が、なぜ蛇行してるのか?と尋ねてきた。
下り坂はふとももを痛めやすいので、負担を減らすべくこうしているんだよ、と説明すると、真似していた。
程なく10kmを過ぎ、エイドステーション。
初めて参加した時はこのエイドでトイレに飛び込んだのだが今回は給水はマイボトルで、トイレも不要!
エイドをパスし、先を急いだ。
この時点で、すでに50分前半で通過しており、それほど脚の負担もスタミナも問題なかった。
そして、ブログのタイトル画像にもなっている布施のエイドもパスし、25km先の、中村サザエ村エイドに急いだ。
かなり、絶好調で、何も考えずとも自然と脚が動いていた。
曇り空、気温は多分体感的には25度前後。
時折吹く風は心地よく、さらに脚の速度を速めていた。
iPhoneからの投稿
第8回隠岐の島ウルトラマラソンへむけての準備は、万全だった!
1年前、ケガのために完走をあきらめたこのレース。なんとしても完走したかった。
しかし、およそ2ヶ月前に、甲状腺の病に倒れ、しばらく走れない日々。
しかし、早めにクリニックに行き、病気を断定ししっかり投薬治療を行い、早期に回復基調にもっていけた。
5月のGW。
本来ならばこの時期に70km走を一度は行っておきたいところだったが、走りだせたのはGW後半。
それも、最初はなんとか2時間半もかけての10km。
その後、徐々に距離を延ばし、GW最終日にようやく20km。
その週末は30km。
またまたその翌週は40kmと、なんとか長い距離を走っても不調になることはない状態にまで持っていけた。
そして、5月の最終日曜日。
ここがレース前ロング走の最終日と決め、50km走を敢行。その結果、5時間を切るペース、つまり100kmウルトラならばブ10を狙えるペースでの走りまで回復できた。
よく週末は、ラン仲間でいっしょに37kmほど都内を走るマラニック。これが最高に楽しくいい刺激になった。
そして、レース一週間前から、体調を整える準備を徹底した。
まずは一週間前から、食事コントロール。週の前半はでんぷん質を取らず、直前で詰め込むカーボローディングを行った。
肝臓の機能を弱めるアルコールは火曜日の懇親会を最後に一切取らなかった。
しかしながら、直前になんとなく喉がいがらっぽくなり心配して出発前日にクリニックに行き、風邪薬を処方してもらった。
これらが比較的うまくいき、処方してもらった薬の中には、痛み止めのロキソニンと胃を荒らさない胃薬と、また胃酸を抑制する薬。これらはマラソンでも必要な薬のひとつだった。
大会前日は、早朝4時半に起床し羽田に向かった。
連絡を取り合っていた方々と羽田で会い、同じ飛行機で米子空港に向かった。
通常、旅行代理店のツアーはどうも苦手ではあるので、けっこう自分で手配するのだが、この1月の異動、転勤のどさくさでじっくり手配をすることができず、JTBに丸投げでお願いしたのだが、やはりいろいろ面倒なことがあった。
まずは、飛行機で後ろに座ったおばさん。
うるさい。
何度か参加されている方のようで大きな声で自慢話のような川内君の話とか何度も同じ話をするので辟易した。
そして、米子空港からフェリー乗り場に向かうバスの中でも近くにいて、また同じ話。
ちょっとこれにはまいった。(まあ、JTBのせいではないけどね)
境港ではけっこうな雨!
また、水木しげるロードを散歩して時間を潰したが、けっこうな雨で早々に待合室に退散。
しばらくのんびりして待っていた。
高速フェリーレインボーに乗り込み、ようやく隠岐の島に。
隠岐は。。。晴れていた。
しかし海風も心地よく、まだあのような暑さではなかったのだが。
港からお出迎えのバスに乗り、受付会場。
受付を済ませると、今回、いっしょに行ったメンバーと記念撮影!
その夜は、前夜祭に参加し、ここでひとくちだけ日本酒をいただきあとは、隠岐蕎麦ていどでガマン。早めにホテルに戻り、食事、そして、お風呂。
それから9時にはベッドにはいったが、いつもなら興奮して眠れないのに、この日はしっかり眠れた。
目が覚めたのは午前2時すぎ。
そこまで、熟睡できたのはよかった。
スッキリとした頭とスッキリとしたからだでスタートに臨むことができた。
ここで、まずは、このレースはいい結果になると確信できたのだった。
しかし、およそ2ヶ月前に、甲状腺の病に倒れ、しばらく走れない日々。
しかし、早めにクリニックに行き、病気を断定ししっかり投薬治療を行い、早期に回復基調にもっていけた。
5月のGW。
本来ならばこの時期に70km走を一度は行っておきたいところだったが、走りだせたのはGW後半。
それも、最初はなんとか2時間半もかけての10km。
その後、徐々に距離を延ばし、GW最終日にようやく20km。
その週末は30km。
またまたその翌週は40kmと、なんとか長い距離を走っても不調になることはない状態にまで持っていけた。
そして、5月の最終日曜日。
ここがレース前ロング走の最終日と決め、50km走を敢行。その結果、5時間を切るペース、つまり100kmウルトラならばブ10を狙えるペースでの走りまで回復できた。
よく週末は、ラン仲間でいっしょに37kmほど都内を走るマラニック。これが最高に楽しくいい刺激になった。
そして、レース一週間前から、体調を整える準備を徹底した。
まずは一週間前から、食事コントロール。週の前半はでんぷん質を取らず、直前で詰め込むカーボローディングを行った。
肝臓の機能を弱めるアルコールは火曜日の懇親会を最後に一切取らなかった。
しかしながら、直前になんとなく喉がいがらっぽくなり心配して出発前日にクリニックに行き、風邪薬を処方してもらった。
これらが比較的うまくいき、処方してもらった薬の中には、痛み止めのロキソニンと胃を荒らさない胃薬と、また胃酸を抑制する薬。これらはマラソンでも必要な薬のひとつだった。
大会前日は、早朝4時半に起床し羽田に向かった。
連絡を取り合っていた方々と羽田で会い、同じ飛行機で米子空港に向かった。
通常、旅行代理店のツアーはどうも苦手ではあるので、けっこう自分で手配するのだが、この1月の異動、転勤のどさくさでじっくり手配をすることができず、JTBに丸投げでお願いしたのだが、やはりいろいろ面倒なことがあった。
まずは、飛行機で後ろに座ったおばさん。
うるさい。
何度か参加されている方のようで大きな声で自慢話のような川内君の話とか何度も同じ話をするので辟易した。
そして、米子空港からフェリー乗り場に向かうバスの中でも近くにいて、また同じ話。
ちょっとこれにはまいった。(まあ、JTBのせいではないけどね)
境港ではけっこうな雨!
また、水木しげるロードを散歩して時間を潰したが、けっこうな雨で早々に待合室に退散。
しばらくのんびりして待っていた。
高速フェリーレインボーに乗り込み、ようやく隠岐の島に。
隠岐は。。。晴れていた。
しかし海風も心地よく、まだあのような暑さではなかったのだが。
港からお出迎えのバスに乗り、受付会場。
受付を済ませると、今回、いっしょに行ったメンバーと記念撮影!
その夜は、前夜祭に参加し、ここでひとくちだけ日本酒をいただきあとは、隠岐蕎麦ていどでガマン。早めにホテルに戻り、食事、そして、お風呂。
それから9時にはベッドにはいったが、いつもなら興奮して眠れないのに、この日はしっかり眠れた。
目が覚めたのは午前2時すぎ。
そこまで、熟睡できたのはよかった。
スッキリとした頭とスッキリとしたからだでスタートに臨むことができた。
ここで、まずは、このレースはいい結果になると確信できたのだった。
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、最高に熱かった!
第8回隠岐の島ウルトラマラソン、私自身としては6回目の参加で5回目の完走を目指すレース。
そして、昨年の疲労骨折でのリタイアと、今年の亞急性甲状腺炎という病とで、それらを克服すべき大事なレースでした。
この隠岐の島の大会。とにかく離島ゆえ往復の旅費や手間がけっこう大変で、また、6月というこの時期は岩手や八ヶ岳やサロマ湖など有名なウルトラのレースに加え今年は飛騨高山という大会も開催され、比較的穴場的な大会ではあるが、とにかくこの大会は参加してみると毎年参加したくなるという素晴らしいホスピタリティと島中で盛り上げてくれる素晴らしい大会。
今年も、FaceBookで知り合った方で初参加の方などとも事前から連絡しあい全員で完走を目指すというものになった。
さらに、川内選手も招待選手として参加。ますます熱い熱い大会になった。
そして、なんといってもこの大会のMCのさゆりさんは、過去ずっとこの大会でMCをやって、それもゴールなどでは全員をしっかり賞賛して涙の出るような応援をしてくれる。
そういう熱い熱い仲間で盛り上げるこの大会。
島に向かう途中の境港ではけっこう激しい雨に気持ちも落ち込んだが、まさか、あの雨の中、こんな天気になるとは実感は全くなかったのだ。
2013年6月15日 隠岐の島 レインボーアリーナ 前夜祭にて
そして、昨年の疲労骨折でのリタイアと、今年の亞急性甲状腺炎という病とで、それらを克服すべき大事なレースでした。
この隠岐の島の大会。とにかく離島ゆえ往復の旅費や手間がけっこう大変で、また、6月というこの時期は岩手や八ヶ岳やサロマ湖など有名なウルトラのレースに加え今年は飛騨高山という大会も開催され、比較的穴場的な大会ではあるが、とにかくこの大会は参加してみると毎年参加したくなるという素晴らしいホスピタリティと島中で盛り上げてくれる素晴らしい大会。
今年も、FaceBookで知り合った方で初参加の方などとも事前から連絡しあい全員で完走を目指すというものになった。
さらに、川内選手も招待選手として参加。ますます熱い熱い大会になった。
そして、なんといってもこの大会のMCのさゆりさんは、過去ずっとこの大会でMCをやって、それもゴールなどでは全員をしっかり賞賛して涙の出るような応援をしてくれる。
そういう熱い熱い仲間で盛り上げるこの大会。
島に向かう途中の境港ではけっこう激しい雨に気持ちも落ち込んだが、まさか、あの雨の中、こんな天気になるとは実感は全くなかったのだ。
2013年6月15日 隠岐の島 レインボーアリーナ 前夜祭にて
第8回隠岐の島ウルトラマラソン あと2日!!!
とうとうあと2日です。
当然今日は仕事ですので、しっかり残業をしないようにしないと。
昨年、富士五湖の100kmを完走したときに隠岐の島よりもそう負担も少なく、準備もしっかりしてなかったのに11時間前半の自己ベストを出したときに、隠岐の島についてそう精神的な負担もなくなりました。そして、疲労骨折で走れなかったけど、半分でリタイアした昨年の隠岐の島については、かなり楽しめて走れたのです。
今年の隠岐の島、
4月に病になってから、また今年もだめか?と思ったけど、なんとかなった。
そして、大会が近づくほど思いが変わった。
不安も出てきたが、楽しみも増した。
今年はかなり暑い隠岐の島のようだけど、しっかり100kmの島の道を、応援を、景色を、自分としっかり語り合って踏破したい。
また、今年はどんな物語が作れるのだろうか?
スタート!
いつもありがとう!熱い応援!
そして、最後の1km。ここにくると涙が込み上げる!
当然今日は仕事ですので、しっかり残業をしないようにしないと。
昨年、富士五湖の100kmを完走したときに隠岐の島よりもそう負担も少なく、準備もしっかりしてなかったのに11時間前半の自己ベストを出したときに、隠岐の島についてそう精神的な負担もなくなりました。そして、疲労骨折で走れなかったけど、半分でリタイアした昨年の隠岐の島については、かなり楽しめて走れたのです。
今年の隠岐の島、
4月に病になってから、また今年もだめか?と思ったけど、なんとかなった。
そして、大会が近づくほど思いが変わった。
不安も出てきたが、楽しみも増した。
今年はかなり暑い隠岐の島のようだけど、しっかり100kmの島の道を、応援を、景色を、自分としっかり語り合って踏破したい。
また、今年はどんな物語が作れるのだろうか?
スタート!
いつもありがとう!熱い応援!
そして、最後の1km。ここにくると涙が込み上げる!
第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、晴れ(; ̄O ̄)
今週末開催される隠岐の島ウルトラマラソンには、第3回めから参加してます。
しかし、今回の天候は今までにはなかったような快晴で暑くなりそうな予感です。
隠岐の島は海に囲まれているので比較的涼しくて、第3回めの大会もスタート前は15度でした。肌寒い夜明けのスタートで、徐々に気温も上がり、中盤は暑さを耐え、そして、終盤はまた涼しくなるころにゴールというのがパターンでした。
2年前は終盤にどしゃ降りの雨もあり、そういう様々な変化も楽しいものでしたが、暑いのは…。
隠岐の島は漁港もありますから、製氷もあり氷が豊富なのがとても嬉しいのですが、今年はもしかすると、氷ももたないかもしれませんねぇ。
生ぬるい水とか、コーラにはならないよう、速く走りたいとは思いますが、むづかしいですねぇ。
しかし、でも、なんとしても完走せねばなりません。
カラダを冷やしつつ、うーん、やはり、中間エイドでは着替えをしたほうが良さそうですね。
ボトル付きのウエストポーチは持ちます。日よけつき帽子もかぶります。
あとは…。
ま、なんとかなるさ(=^ェ^=)
晴れの隠岐の島、楽しみですね!
iPhoneからの投稿
しかし、今回の天候は今までにはなかったような快晴で暑くなりそうな予感です。
隠岐の島は海に囲まれているので比較的涼しくて、第3回めの大会もスタート前は15度でした。肌寒い夜明けのスタートで、徐々に気温も上がり、中盤は暑さを耐え、そして、終盤はまた涼しくなるころにゴールというのがパターンでした。
2年前は終盤にどしゃ降りの雨もあり、そういう様々な変化も楽しいものでしたが、暑いのは…。
隠岐の島は漁港もありますから、製氷もあり氷が豊富なのがとても嬉しいのですが、今年はもしかすると、氷ももたないかもしれませんねぇ。
生ぬるい水とか、コーラにはならないよう、速く走りたいとは思いますが、むづかしいですねぇ。
しかし、でも、なんとしても完走せねばなりません。
カラダを冷やしつつ、うーん、やはり、中間エイドでは着替えをしたほうが良さそうですね。
ボトル付きのウエストポーチは持ちます。日よけつき帽子もかぶります。
あとは…。
ま、なんとかなるさ(=^ェ^=)
晴れの隠岐の島、楽しみですね!
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