第8回隠岐の島ウルトラマラソンは、最後の10kmが地獄だった!
後半、3つの山を越え、あとは75km地点の都万の「中里バス停前」までは、一気に山を下った。
このあたりで、エイドに到着するたびに、ボトル一杯に氷を入れてもらい、帽子に氷を入れてもらい、そしてアタマや首に水をかけてもらった。
とにかく、暑さで意識が朦朧としてしまうのを避けたかった。
また、水をがぶ飲みして胃腸を痛めぬよう、できるだけ冷たい氷や水を少しだけ口に含んで我慢した。
すでに、ここぞのVESPAは2つ目を投入してしまった。
下りは比較的快適に走れた。
のぼりでは抜かれたランナーにも、なんとか下りで追いついた。
特に、中里バス停がもう間近という2km手前くらいからは猛然と走った。
この区間だけでも3人くらいのランナーを抜いた。
自分が全体のランナーの中でどれだけの位置にいるのか、当然走っている間はわからないのだが、ただ、今までと違うのは、前後にランナーが極端に少ないのだ。
前を行くランナーが見えるのは直線になったところや、距離でも100m以上はあった。
当然、後ろも振り返ることは少なかったが、エイドで声が聞こえるものの、自分がエイドを去ってからしばらくして声が聞こえたのだから、かなりランナー間の距離は離れていたといえる。
75km「中里バス停」のエイドは自分にとって特別な場所だった。
披露骨折で走れなかった昨年、元気に走りぬけていく選手を地元の方たちといっしょに応援していた場所。
応援もとても楽しかったが、今年は、その前を自分が元気に通過したい!と思っていた。
「今年はやってやるぜ!」ということを示したかった。それが、恩返しだと思った。
そして、ようやくテントが見えた!
「わたなべさ~ん!」という盛大な応援に涙した。
応援テントの前を、手を上げて一気に走りぬけた。そして、エイドについて、コーラをいただき氷を補給し、かなり痛くなってきた太腿をアイスで冷やし、アタマに水をかけ、すぐにリスタートした。
このエイドで、何も食べなかったのは今年が初めてだった。
ここからは平坦な農道をクネクネとまわるコース。それも、以前よりも距離が伸びた(前半で多少コースが変わったので、ここで調整されたらしい)。
これがキツかった。
風が吹かないと、とにかく、からだの熱さが尋常じゃなく、汗はとめどもなく出た。
平坦な場所なのに、脚は何度もとまった。
後ろを向いてもランナーはいない。
前は、はるかかなたにポツンといる。走っている。くそーと思うけど走りだしては、足がすぐ止まる。その繰り返しだった。
そしてしばらくして私設エイドがあった。
そこで、オレンジをいただいて、氷も補給してもらい、水をかぶってまた走りだした。
暑い、暑い、暑い!
とにかく、暑い。
公衆トイレで2回目のトイレ。
色は茶色に近いものだった。
でも、ここからの楽しみは80kmの通過と、その後、毎年応援している、コーラエイド(自分で勝ってに呼んでいるのだが、毎年コーラをたくさんいただいている)。
80km地点通過。
ここからは平坦なところだが、多少のアップダウンがある道を行く。
コーラエイドで「今年もお世話になります!」と言っていただいた。毎年本当にありがとうございます!
このあたりで、50kmのランナーに抜かれた。
つまり、川内選手に抜かれてから、その後続はかなり離れていたことになる。
ここからが、辛かった。
暑い、暑い、暑い。とにかく暑い。
なんどか、ボトルの水もかけた。
ボトルに入っている氷を口にふくんでかじった。ガリガリ君が食べたいなあ。
もう、アップダウンはなさそうなのだが、なだらかでも意外に坂があってこれがまた辛かった。
このあたりになると50kmのランナー何人かに抜かれた。
前後に歩いているランナーが見えた。
100kmのランナーだけでなく50kmのランナーも歩いていた。
下り坂と、平坦なところは走っているつもりだったが、どれだけのスピードだったろうか。
ようやくあと11kmくらいになり、下りを走った。
10km地点。
ここでもコーラをもらい、先を急いだ。
比較的エイドで休むランナーが多かったが走力の無い自分は先を急いだ。
でも、それでも、しばらくいくと脚が止まった。いや、脚が痛みで止まったわけではなく、精神的に集中力が切れていた。
集中力が続かない。
途中、こんなといころで、という未舗装の道。足の裏が痛い。
しばらく走ったり、歩いたりしていると、前方に100kmの女性ランナーが。
彼女も苦しんでいた。走り続けられないでいた。
ようやく、飛行場のトンネル。ここは必死に走った。
涼しくて、アタまが冷えると走れるのに、炎天下にさらされると脚が止まった。
あと8km、
あと7km。
あと6km。
なかなか、減らない。
最後の飛行場の坂道は辛かった。
太陽の日差しをさえぎるものは何もない。
ようやくあと4kmあたりで私設エリドがあり、スイカを頂戴した。
うまかった。
時計はサブ11まではあと30分ほどだった。
不通に走れるのなら、完全に勝利だ。
しかし、脚はすぐ止まった。
それでも、また走りだした。
そして、また止まった。
また私設エイド。
それが、今度は、大きな声で、遠くから名前を呼ぶのだ。
「わたなべさ~ん」
寄っていかなきゃならない。
そこで、麦茶とコーヒーをいただいた。
甘いコーヒーはおいしかったが、でも暖かくてちょっと、飲めなかった。
あと、3km。最後のエイドであまたから水をかけてもらい、そこからはゴールまで走ろうと決めた。
赤い橋が見えた。
ここがあと2km地点だ。
先に、100kmのランナーがいた。ナンバーカードからわかるのは自分よりも人生の先輩であること。
走っているのだが、それでもかなりスピードが落ちているようだった。
みるみる近づいてしまい、申し訳ないと思い、「すみません、先にいかせてもらいます」と声をかけぬかせてもらった。
ここまで来ると、ここまで走り続けたランナー全員に尊敬しか感じなかった。
自分だけでなく、みんなに、ガンバレと声をかけたかった。
あと1kmの表示。
ここで、涙が出た。顔がくしゃくしゃになった。
あと少し、
よくやったな~俺。
最後のトンネルをくぐり、あとあの坂を登ればというところで、ランナーの足音が背後から迫ってきた。振り返ると50kmのランナー。
ここで競っても仕方ないので先を行かせた。
ゴールはしっかり待っている妻としたかった。
坂道をなんとか上り、元気なMCさゆりさんの超えが鳴り響いた!
そして待っていた妻の手を取りゴールに向かった。
さゆりさんに「ありがとう!ありがとう!」と叫んだ。
なんとかゴール!!!
11時間4分。
ようやく、長い一日が終わった。
このあたりで、エイドに到着するたびに、ボトル一杯に氷を入れてもらい、帽子に氷を入れてもらい、そしてアタマや首に水をかけてもらった。
とにかく、暑さで意識が朦朧としてしまうのを避けたかった。
また、水をがぶ飲みして胃腸を痛めぬよう、できるだけ冷たい氷や水を少しだけ口に含んで我慢した。
すでに、ここぞのVESPAは2つ目を投入してしまった。
下りは比較的快適に走れた。
のぼりでは抜かれたランナーにも、なんとか下りで追いついた。
特に、中里バス停がもう間近という2km手前くらいからは猛然と走った。
この区間だけでも3人くらいのランナーを抜いた。
自分が全体のランナーの中でどれだけの位置にいるのか、当然走っている間はわからないのだが、ただ、今までと違うのは、前後にランナーが極端に少ないのだ。
前を行くランナーが見えるのは直線になったところや、距離でも100m以上はあった。
当然、後ろも振り返ることは少なかったが、エイドで声が聞こえるものの、自分がエイドを去ってからしばらくして声が聞こえたのだから、かなりランナー間の距離は離れていたといえる。
75km「中里バス停」のエイドは自分にとって特別な場所だった。
披露骨折で走れなかった昨年、元気に走りぬけていく選手を地元の方たちといっしょに応援していた場所。
応援もとても楽しかったが、今年は、その前を自分が元気に通過したい!と思っていた。
「今年はやってやるぜ!」ということを示したかった。それが、恩返しだと思った。
そして、ようやくテントが見えた!
「わたなべさ~ん!」という盛大な応援に涙した。
応援テントの前を、手を上げて一気に走りぬけた。そして、エイドについて、コーラをいただき氷を補給し、かなり痛くなってきた太腿をアイスで冷やし、アタマに水をかけ、すぐにリスタートした。
このエイドで、何も食べなかったのは今年が初めてだった。
ここからは平坦な農道をクネクネとまわるコース。それも、以前よりも距離が伸びた(前半で多少コースが変わったので、ここで調整されたらしい)。
これがキツかった。
風が吹かないと、とにかく、からだの熱さが尋常じゃなく、汗はとめどもなく出た。
平坦な場所なのに、脚は何度もとまった。
後ろを向いてもランナーはいない。
前は、はるかかなたにポツンといる。走っている。くそーと思うけど走りだしては、足がすぐ止まる。その繰り返しだった。
そしてしばらくして私設エイドがあった。
そこで、オレンジをいただいて、氷も補給してもらい、水をかぶってまた走りだした。
暑い、暑い、暑い!
とにかく、暑い。
公衆トイレで2回目のトイレ。
色は茶色に近いものだった。
でも、ここからの楽しみは80kmの通過と、その後、毎年応援している、コーラエイド(自分で勝ってに呼んでいるのだが、毎年コーラをたくさんいただいている)。
80km地点通過。
ここからは平坦なところだが、多少のアップダウンがある道を行く。
コーラエイドで「今年もお世話になります!」と言っていただいた。毎年本当にありがとうございます!
このあたりで、50kmのランナーに抜かれた。
つまり、川内選手に抜かれてから、その後続はかなり離れていたことになる。
ここからが、辛かった。
暑い、暑い、暑い。とにかく暑い。
なんどか、ボトルの水もかけた。
ボトルに入っている氷を口にふくんでかじった。ガリガリ君が食べたいなあ。
もう、アップダウンはなさそうなのだが、なだらかでも意外に坂があってこれがまた辛かった。
このあたりになると50kmのランナー何人かに抜かれた。
前後に歩いているランナーが見えた。
100kmのランナーだけでなく50kmのランナーも歩いていた。
下り坂と、平坦なところは走っているつもりだったが、どれだけのスピードだったろうか。
ようやくあと11kmくらいになり、下りを走った。
10km地点。
ここでもコーラをもらい、先を急いだ。
比較的エイドで休むランナーが多かったが走力の無い自分は先を急いだ。
でも、それでも、しばらくいくと脚が止まった。いや、脚が痛みで止まったわけではなく、精神的に集中力が切れていた。
集中力が続かない。
途中、こんなといころで、という未舗装の道。足の裏が痛い。
しばらく走ったり、歩いたりしていると、前方に100kmの女性ランナーが。
彼女も苦しんでいた。走り続けられないでいた。
ようやく、飛行場のトンネル。ここは必死に走った。
涼しくて、アタまが冷えると走れるのに、炎天下にさらされると脚が止まった。
あと8km、
あと7km。
あと6km。
なかなか、減らない。
最後の飛行場の坂道は辛かった。
太陽の日差しをさえぎるものは何もない。
ようやくあと4kmあたりで私設エリドがあり、スイカを頂戴した。
うまかった。
時計はサブ11まではあと30分ほどだった。
不通に走れるのなら、完全に勝利だ。
しかし、脚はすぐ止まった。
それでも、また走りだした。
そして、また止まった。
また私設エイド。
それが、今度は、大きな声で、遠くから名前を呼ぶのだ。
「わたなべさ~ん」
寄っていかなきゃならない。
そこで、麦茶とコーヒーをいただいた。
甘いコーヒーはおいしかったが、でも暖かくてちょっと、飲めなかった。
あと、3km。最後のエイドであまたから水をかけてもらい、そこからはゴールまで走ろうと決めた。
赤い橋が見えた。
ここがあと2km地点だ。
先に、100kmのランナーがいた。ナンバーカードからわかるのは自分よりも人生の先輩であること。
走っているのだが、それでもかなりスピードが落ちているようだった。
みるみる近づいてしまい、申し訳ないと思い、「すみません、先にいかせてもらいます」と声をかけぬかせてもらった。
ここまで来ると、ここまで走り続けたランナー全員に尊敬しか感じなかった。
自分だけでなく、みんなに、ガンバレと声をかけたかった。
あと1kmの表示。
ここで、涙が出た。顔がくしゃくしゃになった。
あと少し、
よくやったな~俺。
最後のトンネルをくぐり、あとあの坂を登ればというところで、ランナーの足音が背後から迫ってきた。振り返ると50kmのランナー。
ここで競っても仕方ないので先を行かせた。
ゴールはしっかり待っている妻としたかった。
坂道をなんとか上り、元気なMCさゆりさんの超えが鳴り響いた!
そして待っていた妻の手を取りゴールに向かった。
さゆりさんに「ありがとう!ありがとう!」と叫んだ。
なんとかゴール!!!
11時間4分。
ようやく、長い一日が終わった。


