まったくの放置プレイでした(^_^;)
ブログですが、全く放置しっぱなしで全然更新もしていないし、自分自身が見に行くことがほとんどなくなりました。
まあ、facebookとかLINEというサービスが始まり、ブログよりも関係性の濃い繋がりのほうが安心して使えるというのもありますが、ブログを更新していくにはやはりPCが必要で、PC自体の作業というのもビジネス以外ではずいぶん減ってしまったからなのだと思います。
振り返れば、1990年後半あたりからNiftyあたりが始めたパソコン通信から、この世界はどんどん進化し、万能だと思ったPCの時代も今過ぎ去り、もはやさまざまなデバイスがインターネットというネットワークにつながる「IoT」という時代になったわけですが、今後どんな状況になっていくのか、想像もつかないですね。
まあ、そんなことはさておき。
このたび、ようやくひとつの目標を達成することもできたので、少し、ブログに書いておきたいと思います。
と、いうことで、新しい投稿はこれでおしまい(・ω<)
まあ、facebookとかLINEというサービスが始まり、ブログよりも関係性の濃い繋がりのほうが安心して使えるというのもありますが、ブログを更新していくにはやはりPCが必要で、PC自体の作業というのもビジネス以外ではずいぶん減ってしまったからなのだと思います。
振り返れば、1990年後半あたりからNiftyあたりが始めたパソコン通信から、この世界はどんどん進化し、万能だと思ったPCの時代も今過ぎ去り、もはやさまざまなデバイスがインターネットというネットワークにつながる「IoT」という時代になったわけですが、今後どんな状況になっていくのか、想像もつかないですね。
まあ、そんなことはさておき。
このたび、ようやくひとつの目標を達成することもできたので、少し、ブログに書いておきたいと思います。
と、いうことで、新しい投稿はこれでおしまい(・ω<)
ヨコハママラソンと、いろんなこと。
久々のブログ投稿。
この前の日曜日。3月15日は、「ヨコハママラソン」
横浜にフルマラソンの大会が今まで開催されなかったことが不思議な感じもするが、今まで交通規制の時間帯がそれほど広くとらなくてもいい国際レースは開催されたものの、制限時間6時間程度のフルマラソン大会は開催されないでいました。
すでに、開催していた「ヨコハママラソン」(ハーフ)でさえも、スタートは、山下公園とはいえ、そのあとは港湾の硬いアスファルトをひた走る決してヨコハマの風情が楽しめる大会ではなかったし、そもそも、制限時間は2時間未満とかなり厳しいレースでした。
それが、東京マラソンからはじまった「大都市市民マラソン」のブームにのり、とうとう横浜でもフルマラソン大会が開催されたのです。
私が、走り始めて、初めて参加したマラソン大会は、2003年の「ヨコハママラソン」10km。そこから、実に12年になろうとしています。
その間、どれだけのレースに参加したのか、全部ひっくり返そうかと思い、自分のブログのいちばん最初のほうからひもといてみたのですが、まあ、いいかげんな性格がそのままブログにも現れており、全然、記録がわかりません。
しかし、最初のころは、年間に10レースくらい出ていたみたいで、それだけでもすでに100回くらいは、なんだかんだとレースには参加しているみたいですね。
で、その間、どれだけ進歩したのかというと、
残念ながら、最初に完走した「つくばマラソン」ですでにぎりぎりサブ4はしていましたが、そこからなんとか30分程度短縮できただけで、あとは全然ですな~(^o^;)
まあ、それはそれとして、でも
この間に、地元ヨコハマでフルマラソンが開催されたのは実に感慨深いものですね。
それと、その間、
仕事のほうもいろいろありましたが。
まあ、これからも、いろいろあるのですが、もう、自分も一時の輝きは失せてしまったのかもしれませんね。
寂しい限りです。
時間はどんどん過ぎます。
人間はいつか命が途絶えます。
それは、だれでも同じです。
それまで、あとどれだけの時間があるのか、わからないのですが、
ただ
生きている実感とか
自分の利得のためだけに、他人を傷つけるようなことはしたくないですねえ。
あと、何年、走れるかなあ
この前の日曜日。3月15日は、「ヨコハママラソン」
横浜にフルマラソンの大会が今まで開催されなかったことが不思議な感じもするが、今まで交通規制の時間帯がそれほど広くとらなくてもいい国際レースは開催されたものの、制限時間6時間程度のフルマラソン大会は開催されないでいました。
すでに、開催していた「ヨコハママラソン」(ハーフ)でさえも、スタートは、山下公園とはいえ、そのあとは港湾の硬いアスファルトをひた走る決してヨコハマの風情が楽しめる大会ではなかったし、そもそも、制限時間は2時間未満とかなり厳しいレースでした。
それが、東京マラソンからはじまった「大都市市民マラソン」のブームにのり、とうとう横浜でもフルマラソン大会が開催されたのです。
私が、走り始めて、初めて参加したマラソン大会は、2003年の「ヨコハママラソン」10km。そこから、実に12年になろうとしています。
その間、どれだけのレースに参加したのか、全部ひっくり返そうかと思い、自分のブログのいちばん最初のほうからひもといてみたのですが、まあ、いいかげんな性格がそのままブログにも現れており、全然、記録がわかりません。
しかし、最初のころは、年間に10レースくらい出ていたみたいで、それだけでもすでに100回くらいは、なんだかんだとレースには参加しているみたいですね。
で、その間、どれだけ進歩したのかというと、
残念ながら、最初に完走した「つくばマラソン」ですでにぎりぎりサブ4はしていましたが、そこからなんとか30分程度短縮できただけで、あとは全然ですな~(^o^;)
まあ、それはそれとして、でも
この間に、地元ヨコハマでフルマラソンが開催されたのは実に感慨深いものですね。
それと、その間、
仕事のほうもいろいろありましたが。
まあ、これからも、いろいろあるのですが、もう、自分も一時の輝きは失せてしまったのかもしれませんね。
寂しい限りです。
時間はどんどん過ぎます。
人間はいつか命が途絶えます。
それは、だれでも同じです。
それまで、あとどれだけの時間があるのか、わからないのですが、
ただ
生きている実感とか
自分の利得のためだけに、他人を傷つけるようなことはしたくないですねえ。
あと、何年、走れるかなあ
初東京マラソン参加!
2007年の2月に第一回が開催された「東京マラソン」に、9年間かけてようやく当選しました。
東京で市民のためのフルマラソン大会を開こうという、「東京夢舞いマラソン」に参加し始めてから、実に10年以上たったことになります。
これまでのことは、このブログでずいぶん書きなぐっていたわけですが(それも、当選しないことへの不満などを)、その間自分の仕事も、板橋に行ったり、芝大門に通ったり、それから大阪に単身赴任になり、また相模原市、それから新百合ケ丘、東京丸の内。で、北の大地 北海道札幌にと ずいぶん変化があったなあと思います。
また、その間にマラソン大会にもずいぶん参加していましたね。
(タイムはあまり変わらないけどね)
これまで、散々文句を言ってきた大会ですし、実は今年の2月に一度は参加しておこうと、なんとか走らせてもらった経緯はありますが、正式に「当選メール」をいただいて参加するのは初めてですから、これが初参加ということになりますかね。
なので、どういう走り方するか、ずっと考えています。
今年は、最終ブロックからのスタートでしたので、そこからの追い上げで前半は我慢しつつも後半走り切るということで、厳しい状況も、グロスでサブ4。ネットで3時間40分くらいだったと思います。20分ほどはスタートラインまでかかりましたから。
最後尾ブロックは、みなさんほとんどファンランの方々でしたから、ペースが遅くてなかなか前に行けず苦労したぶん、前半に余力をため込めたおかげで後半に脚はもちました。
でも、ゴールはしたものの、なんとなくスッキリしなかったのは確か。
で、今回は、札幌単身で走る時間はいくらでもあるかと思いきや、家事雑用も多く、また睡眠障害もあったので無理して朝起きることも控えていたので朝ランもほとんどやらず、休みの日にがっつり走る程度。それも一ヶ月に一回は帰省して帰省のときはさまざまな用もあり結局あまり走ることができず月間200kmを超えるのが精一杯の状態です。
そして、まもなく雪が積もりだしたらさすがに関東のように、スピード練習などはとてもとてもできそうにない。
とはいえ、なんとかサブ3.5はしたいものなのですが。もう走れないかもしれない東京マラソンですからね。
まあ、しばらくもがいてみるしかないですね。
ということで、今日はがっつり
当選記念ということで、43km(たぶん、+1kmはあったかと)と、フルの距離を走ってみました。
いやいやからだは重いし、ペースは遅いし、肩はこるしで今の調子ではサブ4でさえ危険ですね。(´ε`;)ウーン…
そうは言っても、約2ヶ月ちょっとはありますし、年末年始にがっつりひとり箱根駅伝でもやって鍛えますかね。
東京で市民のためのフルマラソン大会を開こうという、「東京夢舞いマラソン」に参加し始めてから、実に10年以上たったことになります。
これまでのことは、このブログでずいぶん書きなぐっていたわけですが(それも、当選しないことへの不満などを)、その間自分の仕事も、板橋に行ったり、芝大門に通ったり、それから大阪に単身赴任になり、また相模原市、それから新百合ケ丘、東京丸の内。で、北の大地 北海道札幌にと ずいぶん変化があったなあと思います。
また、その間にマラソン大会にもずいぶん参加していましたね。
(タイムはあまり変わらないけどね)
これまで、散々文句を言ってきた大会ですし、実は今年の2月に一度は参加しておこうと、なんとか走らせてもらった経緯はありますが、正式に「当選メール」をいただいて参加するのは初めてですから、これが初参加ということになりますかね。
なので、どういう走り方するか、ずっと考えています。
今年は、最終ブロックからのスタートでしたので、そこからの追い上げで前半は我慢しつつも後半走り切るということで、厳しい状況も、グロスでサブ4。ネットで3時間40分くらいだったと思います。20分ほどはスタートラインまでかかりましたから。
最後尾ブロックは、みなさんほとんどファンランの方々でしたから、ペースが遅くてなかなか前に行けず苦労したぶん、前半に余力をため込めたおかげで後半に脚はもちました。
でも、ゴールはしたものの、なんとなくスッキリしなかったのは確か。
で、今回は、札幌単身で走る時間はいくらでもあるかと思いきや、家事雑用も多く、また睡眠障害もあったので無理して朝起きることも控えていたので朝ランもほとんどやらず、休みの日にがっつり走る程度。それも一ヶ月に一回は帰省して帰省のときはさまざまな用もあり結局あまり走ることができず月間200kmを超えるのが精一杯の状態です。
そして、まもなく雪が積もりだしたらさすがに関東のように、スピード練習などはとてもとてもできそうにない。
とはいえ、なんとかサブ3.5はしたいものなのですが。もう走れないかもしれない東京マラソンですからね。
まあ、しばらくもがいてみるしかないですね。
ということで、今日はがっつり
当選記念ということで、43km(たぶん、+1kmはあったかと)と、フルの距離を走ってみました。
いやいやからだは重いし、ペースは遅いし、肩はこるしで今の調子ではサブ4でさえ危険ですね。(´ε`;)ウーン…
そうは言っても、約2ヶ月ちょっとはありますし、年末年始にがっつりひとり箱根駅伝でもやって鍛えますかね。
久々の投稿・・・今年のレースを終えて
久々にブログに投稿です。
隠岐の島以来ですから、ずいぶん空いちゃいました。
今年の大会参加は、
1月館山若潮フルマラソン~DNF
2月泉州国際市民マラソン~完走
東京マラソン~完走
3月小江戸大江戸~DNS
4月STY~DNF
6月隠岐の島ウルトラ~完走
8月北海道マラソン~完走
10月札幌マラソン~間違って10kmエントリーし完走
日本山岳耐久レース24時間以内長谷川恒男カップ~完走
Gokibiru Trail 30km~完走
11月、12月はレースは入れていません。
次のレースは・・・2月の泉州か・・・
しばらくじっくり練習したいところですが、札幌の練習環境、事情はどうなることやら。
今年はご覧のとおり、年初からDNSが多く、まったくモチベーションも上がらないレース展開が続いていました。
ただ、1年で一番大切にしている、隠岐の島ウルトラや、ハセツネ(日本山岳耐久レース)は、気持ちよくゴールできたので自分なりには踏ん張れたかなと感じています。
特に、ハセツネはスタートするまで本当に完走できるかどうかわからないコンディションでした。今までは自宅が横浜にあったので会場まで行くのにも計画的に準備し行動できたのですが、札幌からだとけっこう面倒なことが多く、なかなか今までのようには行かないようです。
今年のハセツネは、如何に71.5kmの山道を集中力を切らさず、モチベーションを下げずに進み続けられるか?ということに専念しました。
それと、隠岐の島もハセツネもそうなのですが、今までの経験が非常に役だっています。
ペース配分が自分で決められ、どこで補給して、あとどのくらいなのかなどわかるとレースも非常に楽になります。
それが今回、気持よくゴールできたレース展開でした。
今年最後のレースはGokiburi Trailという昔作られた山道を走るレースでした。
初めてのコースだったので、先が見えない展開ではありましたが、30kmくらいだとなんとかなるもんです。
最初と最後に4kmほどのロードがありましたが、それも意外に最後まで粘って走れました。
これから、どこまで走れるかわかりませんが、まだまだ走れるうちはたくさん走りたいですね。
まだ、北海道での、北海道マラソンと札幌マラソン、そしてGokibiruだけなので、来年はもっとエントリーして参加してみたいですね!
隠岐の島以来ですから、ずいぶん空いちゃいました。
今年の大会参加は、
1月館山若潮フルマラソン~DNF
2月泉州国際市民マラソン~完走
東京マラソン~完走
3月小江戸大江戸~DNS
4月STY~DNF
6月隠岐の島ウルトラ~完走
8月北海道マラソン~完走
10月札幌マラソン~間違って10kmエントリーし完走
日本山岳耐久レース24時間以内長谷川恒男カップ~完走
Gokibiru Trail 30km~完走
11月、12月はレースは入れていません。
次のレースは・・・2月の泉州か・・・
しばらくじっくり練習したいところですが、札幌の練習環境、事情はどうなることやら。
今年はご覧のとおり、年初からDNSが多く、まったくモチベーションも上がらないレース展開が続いていました。
ただ、1年で一番大切にしている、隠岐の島ウルトラや、ハセツネ(日本山岳耐久レース)は、気持ちよくゴールできたので自分なりには踏ん張れたかなと感じています。
特に、ハセツネはスタートするまで本当に完走できるかどうかわからないコンディションでした。今までは自宅が横浜にあったので会場まで行くのにも計画的に準備し行動できたのですが、札幌からだとけっこう面倒なことが多く、なかなか今までのようには行かないようです。
今年のハセツネは、如何に71.5kmの山道を集中力を切らさず、モチベーションを下げずに進み続けられるか?ということに専念しました。
それと、隠岐の島もハセツネもそうなのですが、今までの経験が非常に役だっています。
ペース配分が自分で決められ、どこで補給して、あとどのくらいなのかなどわかるとレースも非常に楽になります。
それが今回、気持よくゴールできたレース展開でした。
今年最後のレースはGokiburi Trailという昔作られた山道を走るレースでした。
初めてのコースだったので、先が見えない展開ではありましたが、30kmくらいだとなんとかなるもんです。
最初と最後に4kmほどのロードがありましたが、それも意外に最後まで粘って走れました。
これから、どこまで走れるかわかりませんが、まだまだ走れるうちはたくさん走りたいですね。
まだ、北海道での、北海道マラソンと札幌マラソン、そしてGokibiruだけなので、来年はもっとエントリーして参加してみたいですね!
2014年第9回隠岐の島ウルトラマラソン やっぱり何度走ってもきつかったぞー!記
今年の隠岐の島ウルトラマラソンは、今までない楽しさがありました。
隠岐の島に向かうアクセス方法はいくつかありますが、確実なのは、米子や出雲まで飛行機で行き、そのあと境港か七類港から高速艇レインボーで向かう方法です。
実は大阪伊丹空港や出雲空港から、隠岐の島行きの飛行機もありますが、両方ともにプロペラ機で、機体も小さく定員もかなり少ないのが実情です。
そのために、天候に左右されることが多く、2回目に隠岐の島に飛行機で行ったときは、濃い霧で、なかなか帰りの飛行機が着陸できずしばらく空港で待つことになりました。
また、そのあとは、出雲から飛行機で向かったことがありますが(そのときは例の川内君もいっしょでした)、出雲は定刻で飛び立ちましたが、なんと隠岐の島上空を何度か着陸トライし、やはり霧のために着陸できずに引き返し、あわてて七類港から高速艇を手配し向かったことがあります。
飛行機は、速いのですが、隠岐の島の飛行場は霧が出やすく、かなりリスキーなので今回は、行きは高速艇。帰りは万一遅れてもいいので飛行機で帰ることにしました。
行きから、ラン仲間の数人といっしょにいくことができました。
以前は、この大会はほとんど知られていなくて、隠岐の島についてようやく顔なじみ数人に会うことが普通でしたが、ここ2年間は私の周りでもこの大会に参加する方が増えてとても楽しくなりました。
米子空港に着いてから、境港。そしてそこで恒例のきたろうロードめぐり。
毎年、少しづつお土産を買いますが今回は、手ぬぐい2枚。
そして、お昼のお弁当を買い込んで、高速艇待ち。
ようやく乗船しお昼を食べたまではよかったのですが、今回はこの高速艇がかなり揺れました。いや、フェリーのほうがもっと揺れたみたいです。
高速艇は、水上の上を滑るように走るのですが、いったん強い波をかぶり自動停止しました。
それからけっこう揺れること。
もう、そろそろヤバい!というころに島が見えました。
島に到着したら、もうあとはこの大会の運営の凄いところで、盛大な歓迎もそこそこに、すぐにバスに乗り込み受付会場へバス移動。
これは以前から全く変わることの無い運営で、本当に助かります。
船や飛行機の到着時間に合わせバスを手配してそのまま受付会場に移動しますから、全く心配なく手続きも完了します。
また、その後もバスは会場と各宿泊施設付近をシャトル運行しているのでとても楽です。
受付を済ませて、ホテルにチェックインし準備をして午後を過ごしましたが、買い物に意向とホテルを出たところで、いっしょにいったラン仲間にたまたまホテル前で遭遇。
レンタカーを借りて島内観光をしようというので相乗りさせてもらいました。
隠岐の島はお天気もよくて、いくつかの名所を巡り、中間地点の神社まで行って折り返してきました。
明日、ここをどんな気持ちで走るのだろうか?
会場に戻り、前夜祭参加!
今年も、魚介類のごちそうに、お酒もあり、さらに町長のエンターテインメントもあり!
非常に楽しかった。
そこで、たくさんの隠岐の島仲間に会いました!
この大会、規模が小さかったときからずっと走っている人が多く、どんどん友達が増えます。一度参加すると毎年参加する人が多いので、自然と増えるのです。
こんな素敵な大会、やっぱりほかには無いなあ。
さあ、早く寝て明日に備えよう!
しかし、優しい隠岐の島のお迎えも、コースはやはりかなりきついものでした。
でもなんとか昨年の11時間4分を上回りたい!
とは思ったのですが。。。
隠岐の島に向かうアクセス方法はいくつかありますが、確実なのは、米子や出雲まで飛行機で行き、そのあと境港か七類港から高速艇レインボーで向かう方法です。
実は大阪伊丹空港や出雲空港から、隠岐の島行きの飛行機もありますが、両方ともにプロペラ機で、機体も小さく定員もかなり少ないのが実情です。
そのために、天候に左右されることが多く、2回目に隠岐の島に飛行機で行ったときは、濃い霧で、なかなか帰りの飛行機が着陸できずしばらく空港で待つことになりました。
また、そのあとは、出雲から飛行機で向かったことがありますが(そのときは例の川内君もいっしょでした)、出雲は定刻で飛び立ちましたが、なんと隠岐の島上空を何度か着陸トライし、やはり霧のために着陸できずに引き返し、あわてて七類港から高速艇を手配し向かったことがあります。
飛行機は、速いのですが、隠岐の島の飛行場は霧が出やすく、かなりリスキーなので今回は、行きは高速艇。帰りは万一遅れてもいいので飛行機で帰ることにしました。
行きから、ラン仲間の数人といっしょにいくことができました。
以前は、この大会はほとんど知られていなくて、隠岐の島についてようやく顔なじみ数人に会うことが普通でしたが、ここ2年間は私の周りでもこの大会に参加する方が増えてとても楽しくなりました。
米子空港に着いてから、境港。そしてそこで恒例のきたろうロードめぐり。
毎年、少しづつお土産を買いますが今回は、手ぬぐい2枚。
そして、お昼のお弁当を買い込んで、高速艇待ち。
ようやく乗船しお昼を食べたまではよかったのですが、今回はこの高速艇がかなり揺れました。いや、フェリーのほうがもっと揺れたみたいです。
高速艇は、水上の上を滑るように走るのですが、いったん強い波をかぶり自動停止しました。
それからけっこう揺れること。
もう、そろそろヤバい!というころに島が見えました。
島に到着したら、もうあとはこの大会の運営の凄いところで、盛大な歓迎もそこそこに、すぐにバスに乗り込み受付会場へバス移動。
これは以前から全く変わることの無い運営で、本当に助かります。
船や飛行機の到着時間に合わせバスを手配してそのまま受付会場に移動しますから、全く心配なく手続きも完了します。
また、その後もバスは会場と各宿泊施設付近をシャトル運行しているのでとても楽です。
受付を済ませて、ホテルにチェックインし準備をして午後を過ごしましたが、買い物に意向とホテルを出たところで、いっしょにいったラン仲間にたまたまホテル前で遭遇。
レンタカーを借りて島内観光をしようというので相乗りさせてもらいました。
隠岐の島はお天気もよくて、いくつかの名所を巡り、中間地点の神社まで行って折り返してきました。
明日、ここをどんな気持ちで走るのだろうか?
会場に戻り、前夜祭参加!
今年も、魚介類のごちそうに、お酒もあり、さらに町長のエンターテインメントもあり!
非常に楽しかった。
そこで、たくさんの隠岐の島仲間に会いました!
この大会、規模が小さかったときからずっと走っている人が多く、どんどん友達が増えます。一度参加すると毎年参加する人が多いので、自然と増えるのです。
こんな素敵な大会、やっぱりほかには無いなあ。
さあ、早く寝て明日に備えよう!
しかし、優しい隠岐の島のお迎えも、コースはやはりかなりきついものでした。
でもなんとか昨年の11時間4分を上回りたい!
とは思ったのですが。。。
2014年第9回隠岐の島ウルトラマラソン 楽しかったぞー!記
今年も、大好きな、大好きな、大好きな「隠岐の島ウルトラマラソン」が終わっちゃいました。
また、あと一年間、あの島で笑顔で走れるために練習に励みたいと思います。
でも、今年は笑顔があまり出せませんでした。
ずっと、苦しかった。
そして確実に暑さに弱くなっていました。
*** *** *** *** ***
ウルトラマラソンに対してはちゃんと練習を積まなければなりません。
なんといっても100kmも、10時間以上も走り続けるわけですから、何よりも耐性をつける訓練が必要です。
しかし、残念ながら、仕事をしながらではなかなかその準備はできません。
それも今年は、横浜から札幌に住まいを変えて生活のリズムも何もかも大きく変わりました。
いやいや、所詮、それはいいわけです。
でも、
昨年ほど、ロング走もできていませんでした。
ただ、昨年のほうが体調は良くなく、甲状腺の病で4月末からしばらくは走れない時期もあったわけですから、そう考えればやはり単なる言い訳です。
しかしながら、この時期のウルトラは、やはり耐暑訓練が欠かせませんでしたね。
札幌に転勤し、一度に走れた最長距離は、真駒内公園を中心にした周回コースでの訓練一回ほど。
あとは、札幌から小樽の銭函や、円山、モエレ沼公園、藻岩山などのマラニック程度で本格的に超長距離の練習はできていませんでした。
そして、今年の隠岐の島ウルトラマラソンは、前日も晴れ、大会当日も晴れという過去にない晴れの大会になりました。
(今まで、たいてい前日雨とか、当日お朝方雨や、途中でどしゃぶりもありました)
また、今年の大会には、私がさんざんPRしたせいか、ラン仲間が、数人エントリーしてくれたのでとても楽しい大会になりました。
とはいえ、
大会直前の金曜日、少し早めに会社を出て、新千歳空港から羽田空港に向かい、そして帰宅。
それから、準備をして、翌朝4時半起きで、準備して米子空港に向かうのはなかなか大変な作業でした。
でも、そんな苦労もすっかり忘れてしまうような、すばらしいお天気と、すばらしい仲間と、すばらしい地元の皆さんに、お会いすることができました。
これで、すでに、「隠岐の島ウルトラマラソン」は最高の大会になりました。
また、あと一年間、あの島で笑顔で走れるために練習に励みたいと思います。
でも、今年は笑顔があまり出せませんでした。
ずっと、苦しかった。
そして確実に暑さに弱くなっていました。
*** *** *** *** ***
ウルトラマラソンに対してはちゃんと練習を積まなければなりません。
なんといっても100kmも、10時間以上も走り続けるわけですから、何よりも耐性をつける訓練が必要です。
しかし、残念ながら、仕事をしながらではなかなかその準備はできません。
それも今年は、横浜から札幌に住まいを変えて生活のリズムも何もかも大きく変わりました。
いやいや、所詮、それはいいわけです。
でも、
昨年ほど、ロング走もできていませんでした。
ただ、昨年のほうが体調は良くなく、甲状腺の病で4月末からしばらくは走れない時期もあったわけですから、そう考えればやはり単なる言い訳です。
しかしながら、この時期のウルトラは、やはり耐暑訓練が欠かせませんでしたね。
札幌に転勤し、一度に走れた最長距離は、真駒内公園を中心にした周回コースでの訓練一回ほど。
あとは、札幌から小樽の銭函や、円山、モエレ沼公園、藻岩山などのマラニック程度で本格的に超長距離の練習はできていませんでした。
そして、今年の隠岐の島ウルトラマラソンは、前日も晴れ、大会当日も晴れという過去にない晴れの大会になりました。
(今まで、たいてい前日雨とか、当日お朝方雨や、途中でどしゃぶりもありました)
また、今年の大会には、私がさんざんPRしたせいか、ラン仲間が、数人エントリーしてくれたのでとても楽しい大会になりました。
とはいえ、
大会直前の金曜日、少し早めに会社を出て、新千歳空港から羽田空港に向かい、そして帰宅。
それから、準備をして、翌朝4時半起きで、準備して米子空港に向かうのはなかなか大変な作業でした。
でも、そんな苦労もすっかり忘れてしまうような、すばらしいお天気と、すばらしい仲間と、すばらしい地元の皆さんに、お会いすることができました。
これで、すでに、「隠岐の島ウルトラマラソン」は最高の大会になりました。
北海道で、いろんな発見!
札幌に転勤になり、いろんな環境変化があった。
まず感じたのは、道民の「おおらかさ」というか「大雑把さ」とか、あまりいい表現ではないけれど「雑」という感じ。
例えば、ご存知のように北海道の道路は比較的広い。
そういう意味では運転はしやすいのだが、関東近辺だと極力車間距離も空けないようにするせいか、一定の車間距離で走り、また停止も一定の車間距離で停止する。
また、信号での停止線もほぼぴったり位置するように停止させるのだが、みんないいかげん。車間距離はまちまちだし、停止線を超えようが、やたら空いていようが平気で停止している。
さらに、けっこう驚くのがウインカーをあまり出さないこと。
車線変更は、車が比較的空いていれば、ウインカーも出さずに変更する。
そして、信号停止でも駐車でもサイドブレーキをあまり引かないみたい。
もしかすると、冬に凍ってしまうからなのか、サイドブレーキを引く習慣が少ないのかもしれない。
自分は比較的、交差点で停止し信号待ちをする際にサイドブレーキを引く癖がついてしまったのだが、まわりをみるとそういう操作をしていないようなのだ。
車の運転も、荒っぽいというよりも「雑」って感じ。
今日も、車線をまたがって運転している車がいてどちらを走りたいのかわからず困った。
さらに、冬の大雪のせいなのか、車間を大きくキープする癖があるようで、前方に右折車がいる場合、大きく離れて運行している。そこまで幅をとらなくてもいいのに。。。
まあ、たぶんそういう感覚は生活習慣なのだから善し悪しでもなく、自然とそういうことにならずにいられないのだと思うけれど。
一方、ゴミの分別などはすごく細かくできているし、ゴミが落ちているのも東京よりは少ないように思う。街自体が奇麗なのだ。
至るところにゴミステーションがあり、黄色い半透明のゴミ袋で生ゴミとか指定されたゴミは回収されないし、資源ゴミもしっかり決められたルールで回収されている。
豊平川の河川敷もとにかくゴミは少ない。
過去、とても汚いこともあったようだが、このあたりはやはり北海道の自然をしっかり守ろうという気持ちがしっかりしているのだと思う。
野鳥の鳴き声もとてもたくさん聞こえる。
そういえば、ゴミで気づいたが自販機のヨコにペットボトルや缶などを回収するゴミ箱を関東ではたいていおいてあるが、札幌の自販機のヨコには、無い。ほとんど見かけない。
なので、一度自販機で購入したら、コンビニなどに行かないとペットボトルは捨てられないのだ。
それと、かなりバーベキュー好きらしい。
夏に海に行くらしいけど、基本海の水は冷たいので入らず、砂浜でバーベキューするのが楽しみらしい。
そういえば、この前のGWの時の円山公園でも、至る所でバーベキューをやっていて、肉の焼けるにおいがすごかった。さらに、なんとそういうバーベキューの名所では、バーベキューのケータリングサービスもあるらしく、手ぶらでそこに行き、道具や材料をそこで提供してもらい食べて、そのまま帰ってもいいらしい。後片付け無し・・・。
大阪でもバーベキュー好きがけっこういて、なんとホームセンターで購入した道具を平気で放置して帰る輩もいたらしいけれど、このあたり北海道のほうがすごく合理的なのかもしれない。
まあ、そんなこんなで、少しづつこの街の面白さもわかってきた。
さて、明日はどんな発見があるかな?
ところで、6月。
YOSAKOIソーランというイベントの練習のために、週末の豊平川河川敷は大にぎわいなのだ。
まず感じたのは、道民の「おおらかさ」というか「大雑把さ」とか、あまりいい表現ではないけれど「雑」という感じ。
例えば、ご存知のように北海道の道路は比較的広い。
そういう意味では運転はしやすいのだが、関東近辺だと極力車間距離も空けないようにするせいか、一定の車間距離で走り、また停止も一定の車間距離で停止する。
また、信号での停止線もほぼぴったり位置するように停止させるのだが、みんないいかげん。車間距離はまちまちだし、停止線を超えようが、やたら空いていようが平気で停止している。
さらに、けっこう驚くのがウインカーをあまり出さないこと。
車線変更は、車が比較的空いていれば、ウインカーも出さずに変更する。
そして、信号停止でも駐車でもサイドブレーキをあまり引かないみたい。
もしかすると、冬に凍ってしまうからなのか、サイドブレーキを引く習慣が少ないのかもしれない。
自分は比較的、交差点で停止し信号待ちをする際にサイドブレーキを引く癖がついてしまったのだが、まわりをみるとそういう操作をしていないようなのだ。
車の運転も、荒っぽいというよりも「雑」って感じ。
今日も、車線をまたがって運転している車がいてどちらを走りたいのかわからず困った。
さらに、冬の大雪のせいなのか、車間を大きくキープする癖があるようで、前方に右折車がいる場合、大きく離れて運行している。そこまで幅をとらなくてもいいのに。。。
まあ、たぶんそういう感覚は生活習慣なのだから善し悪しでもなく、自然とそういうことにならずにいられないのだと思うけれど。
一方、ゴミの分別などはすごく細かくできているし、ゴミが落ちているのも東京よりは少ないように思う。街自体が奇麗なのだ。
至るところにゴミステーションがあり、黄色い半透明のゴミ袋で生ゴミとか指定されたゴミは回収されないし、資源ゴミもしっかり決められたルールで回収されている。
豊平川の河川敷もとにかくゴミは少ない。
過去、とても汚いこともあったようだが、このあたりはやはり北海道の自然をしっかり守ろうという気持ちがしっかりしているのだと思う。
野鳥の鳴き声もとてもたくさん聞こえる。
そういえば、ゴミで気づいたが自販機のヨコにペットボトルや缶などを回収するゴミ箱を関東ではたいていおいてあるが、札幌の自販機のヨコには、無い。ほとんど見かけない。
なので、一度自販機で購入したら、コンビニなどに行かないとペットボトルは捨てられないのだ。
それと、かなりバーベキュー好きらしい。
夏に海に行くらしいけど、基本海の水は冷たいので入らず、砂浜でバーベキューするのが楽しみらしい。
そういえば、この前のGWの時の円山公園でも、至る所でバーベキューをやっていて、肉の焼けるにおいがすごかった。さらに、なんとそういうバーベキューの名所では、バーベキューのケータリングサービスもあるらしく、手ぶらでそこに行き、道具や材料をそこで提供してもらい食べて、そのまま帰ってもいいらしい。後片付け無し・・・。
大阪でもバーベキュー好きがけっこういて、なんとホームセンターで購入した道具を平気で放置して帰る輩もいたらしいけれど、このあたり北海道のほうがすごく合理的なのかもしれない。
まあ、そんなこんなで、少しづつこの街の面白さもわかってきた。
さて、明日はどんな発見があるかな?
ところで、6月。
YOSAKOIソーランというイベントの練習のために、週末の豊平川河川敷は大にぎわいなのだ。
新しい勤務地、札幌。どうぞよろしくお願いしますm(__)m
この4月より、札幌勤務となりました。
2006年秋に、大阪勤務を命ぜられ、約2年間大阪単身赴任の生活をしていました。
その当時はまだ40代だったし、新幹線で陸続きですぐに自宅とも往復できるということもあり意外に気楽で、そしてよく週末金曜日に帰省し、月曜朝いちの新幹線で出勤という3日間は自宅で寝るような生活もできました。
そして何よりも暖かく(というより暑い)、山も近くてけっこう走ることが楽しくて充実した単身生活でした。
しかし、さすがに札幌となると、札幌中心地から飛行機に乗るまでにやはり1時間以上はかかるし、さらに飛行機で1時間半。そして自宅まで30分として、結果約3時間かかり、何よりも旅費が高い。
確かに、スケジュール変更ができない格安チケットはあるけど、かなりリスキーで時間変更ができるものを買おうとすると片道3万円程度になり、これはちとイタイ。
そして、雪国。
冬は走りにくいよな~というより、さすがに吹雪では走れない。
それに、どこに行くにもやはり車が必要なので、今回は車を札幌にもって行くことにした。
住まいは中島公園の近くのマンション。豊平川沿いの東向きなので、朝日が最高にステキな場所。
今は、まだ引越しできずススキノのホテル住まいだけど、17日からマンションでの単身生活が始まる。車通勤。オール家電のマンション。
初めてのことが多いけど、まだまだがんばらないとね。
で、今日は、ホテルから少し走ってみた。
豊平川沿いの歩道をゆっくり10km。
近くに藻岩山も見えて、そこまで直線距離なら5km程度しかない。
いいトレラン練習になるかも。
まだ雪は残っているし、今朝も気温は零下。今週末は雪もちらほら降るらしい。
でも、新緑の最高の夏が待っている。
おまけに、初参加の「北海道マラソン」もエントリー済み!
これから、また新しい生活が始まる。
2006年秋に、大阪勤務を命ぜられ、約2年間大阪単身赴任の生活をしていました。
その当時はまだ40代だったし、新幹線で陸続きですぐに自宅とも往復できるということもあり意外に気楽で、そしてよく週末金曜日に帰省し、月曜朝いちの新幹線で出勤という3日間は自宅で寝るような生活もできました。
そして何よりも暖かく(というより暑い)、山も近くてけっこう走ることが楽しくて充実した単身生活でした。
しかし、さすがに札幌となると、札幌中心地から飛行機に乗るまでにやはり1時間以上はかかるし、さらに飛行機で1時間半。そして自宅まで30分として、結果約3時間かかり、何よりも旅費が高い。
確かに、スケジュール変更ができない格安チケットはあるけど、かなりリスキーで時間変更ができるものを買おうとすると片道3万円程度になり、これはちとイタイ。
そして、雪国。
冬は走りにくいよな~というより、さすがに吹雪では走れない。
それに、どこに行くにもやはり車が必要なので、今回は車を札幌にもって行くことにした。
住まいは中島公園の近くのマンション。豊平川沿いの東向きなので、朝日が最高にステキな場所。
今は、まだ引越しできずススキノのホテル住まいだけど、17日からマンションでの単身生活が始まる。車通勤。オール家電のマンション。
初めてのことが多いけど、まだまだがんばらないとね。
で、今日は、ホテルから少し走ってみた。
豊平川沿いの歩道をゆっくり10km。
近くに藻岩山も見えて、そこまで直線距離なら5km程度しかない。
いいトレラン練習になるかも。
まだ雪は残っているし、今朝も気温は零下。今週末は雪もちらほら降るらしい。
でも、新緑の最高の夏が待っている。
おまけに、初参加の「北海道マラソン」もエントリー済み!
これから、また新しい生活が始まる。

泉州国際マラソン、そして明日は東京マラソン
2月16日は、泉州国際マラソンでした。
何度も参加している大会で、コースも走りやすく陸連登録選手のみスペシャルドリンクが準備でき、そのスペシャルドリンクはしっかり手渡ししてもらえるので、とても自分にとっては相性の良い大会で、いつもここで記録更新もできていました。
昨年は、自己ベストの3時間24分。
初めて、25分を切ることができ、今回はなんとか20分を切りたかった。
今回はしっかり休めるよう前日土曜日の午後に大阪入りし、宿泊は堺駅前のホテル。
スタート場所は浜寺公園なので電車でものの20分程度の場所でした。
8時ちょっと前にホテルを出て浜寺公園に向かいました。
8時30分前には到着し、すぐに受付完了。そして、ナンバーカードをつけて準備完了。
あとは、スタートの10時半を待つだけ。
10時半スタートっていうのもすごく良かった。
スペシャルドリンクは、20km、25km、30km、35kmの4回。
そこに、コーラ+ユンケル、レッドブル+ユンケルを水で薄めたものを交互に配置し、リカバリーする作戦。
大阪のラン仲間の久野先生に会い、準備完了しスタート位置に。
今回は、前半抑えめに入り後半の橋を4回しっかり走れるように。
しかし、前半抑えめに入ったつもりが、キロ4分半のペース。
キロ4分50秒で十分なのに、なぜかペースが落ちない。
自分としては、力も抜いて楽に走れるペースで走っているつもりが4分半ちょっと。
そのうちに、ときどきダッシュしてはジョグっている若いランナーが近くにいて、何度か同じことを繰り返していたので、
「ダッシュすると故障するぞ!」と注意して自分の走りに集中する。
そろそろ20kmに近づき、ハーフで1時間40分。サブ3.5は十分射程内。
そしてようやくスペシャル。
いつものように、ボランティアスタッフが渡してくれるかと思ったものの、番号を呼ぶ越えが聞こえず、気になったので、大声で自分のナンバーを叫ぶ。
そして、テーブルが近づいたものの、スタッフがドリンクをあわてて探しており、結局とれず!
レベルは違うけど、スペシャルがとれないってことで川内選手と同じように動揺した。
一瞬、もどろうかと思ったくらい。
しかし、あと5kmで次のスペシャルがあるからとなんとか我慢して走り続ける。
そのうちに、なんとなくペースが落ちているような・・・。
25km。
スペシャルがとれた。
しかし、かなりばててきている。
そう、風も強かったけど、この日の関西はけっこう気温が上がり15度くらいはあった。
30kmまでの5kmが長い。
そのうちに、キロ5分まで落ちてしまった。
なんとか30kmのスペシャルをとり、そして橋に向かうが、橋を登る手前で六花先生に抜かれた。
橋を上りはじめたころはそうとうペースダウン。
35kmのスペシャルをとったとき、もう完全に集中力が切れ、とうとう立ち止まってスペスあるを全部飲み干す。
ここからが地獄。
とにかく足が動かない。
なぜ、なぜ、なぜ。
でも、どうしても完走はしたい。
館山であきらめたダメージがよみがえり、なんとかここで踏ん張れないのかと自問自答を繰り返してた。
そして、その答えは、
「そうか、そういえばお医者さんに今の治療薬を飲むと記録は出ませんよ」って言われたな、と。
そうして自分でまたあきらめてしまった。
結局、ゴールは3時間41分。
泉州国際ではワースト。
なかなか、今年は記録が出ない。
で、明日は、東京マラソン。
いろいろな手段を講じて、ようやく走れるようになったけど、受付に言ったら、最終ブロックのKブロック。
こりゃ、こまった。
スタートまで20分はかかる。
仕方ないので、最後尾からまくりあげてみるか。
そのほうがいい結果でるかもな。
ということで、明日、最後尾から行きますのでよろしく!!!
何度も参加している大会で、コースも走りやすく陸連登録選手のみスペシャルドリンクが準備でき、そのスペシャルドリンクはしっかり手渡ししてもらえるので、とても自分にとっては相性の良い大会で、いつもここで記録更新もできていました。
昨年は、自己ベストの3時間24分。
初めて、25分を切ることができ、今回はなんとか20分を切りたかった。
今回はしっかり休めるよう前日土曜日の午後に大阪入りし、宿泊は堺駅前のホテル。
スタート場所は浜寺公園なので電車でものの20分程度の場所でした。
8時ちょっと前にホテルを出て浜寺公園に向かいました。
8時30分前には到着し、すぐに受付完了。そして、ナンバーカードをつけて準備完了。
あとは、スタートの10時半を待つだけ。
10時半スタートっていうのもすごく良かった。
スペシャルドリンクは、20km、25km、30km、35kmの4回。
そこに、コーラ+ユンケル、レッドブル+ユンケルを水で薄めたものを交互に配置し、リカバリーする作戦。
大阪のラン仲間の久野先生に会い、準備完了しスタート位置に。
今回は、前半抑えめに入り後半の橋を4回しっかり走れるように。
しかし、前半抑えめに入ったつもりが、キロ4分半のペース。
キロ4分50秒で十分なのに、なぜかペースが落ちない。
自分としては、力も抜いて楽に走れるペースで走っているつもりが4分半ちょっと。
そのうちに、ときどきダッシュしてはジョグっている若いランナーが近くにいて、何度か同じことを繰り返していたので、
「ダッシュすると故障するぞ!」と注意して自分の走りに集中する。
そろそろ20kmに近づき、ハーフで1時間40分。サブ3.5は十分射程内。
そしてようやくスペシャル。
いつものように、ボランティアスタッフが渡してくれるかと思ったものの、番号を呼ぶ越えが聞こえず、気になったので、大声で自分のナンバーを叫ぶ。
そして、テーブルが近づいたものの、スタッフがドリンクをあわてて探しており、結局とれず!
レベルは違うけど、スペシャルがとれないってことで川内選手と同じように動揺した。
一瞬、もどろうかと思ったくらい。
しかし、あと5kmで次のスペシャルがあるからとなんとか我慢して走り続ける。
そのうちに、なんとなくペースが落ちているような・・・。
25km。
スペシャルがとれた。
しかし、かなりばててきている。
そう、風も強かったけど、この日の関西はけっこう気温が上がり15度くらいはあった。
30kmまでの5kmが長い。
そのうちに、キロ5分まで落ちてしまった。
なんとか30kmのスペシャルをとり、そして橋に向かうが、橋を登る手前で六花先生に抜かれた。
橋を上りはじめたころはそうとうペースダウン。
35kmのスペシャルをとったとき、もう完全に集中力が切れ、とうとう立ち止まってスペスあるを全部飲み干す。
ここからが地獄。
とにかく足が動かない。
なぜ、なぜ、なぜ。
でも、どうしても完走はしたい。
館山であきらめたダメージがよみがえり、なんとかここで踏ん張れないのかと自問自答を繰り返してた。
そして、その答えは、
「そうか、そういえばお医者さんに今の治療薬を飲むと記録は出ませんよ」って言われたな、と。
そうして自分でまたあきらめてしまった。
結局、ゴールは3時間41分。
泉州国際ではワースト。
なかなか、今年は記録が出ない。
で、明日は、東京マラソン。
いろいろな手段を講じて、ようやく走れるようになったけど、受付に言ったら、最終ブロックのKブロック。
こりゃ、こまった。
スタートまで20分はかかる。
仕方ないので、最後尾からまくりあげてみるか。
そのほうがいい結果でるかもな。
ということで、明日、最後尾から行きますのでよろしく!!!







