ごめん、うけつけられん・・・
この時間帯の新幹線は出張帰りとかのサラリーマンが多いわけですが、特に臨時列車だと、比較的ゆったり座れます。
三人がけは、たいてい真ん中が空席になるので自分は自由がきく、通路側をキープします。
今日は、京都で、なんといいますか、パソコンおたくみたいな奴が乗ってきまして、いきなり何も言わず、奥に入れろといわんばかりに席に入ってきました。
なぜ、パソコンおたくとわかったかと言うと、パソコンを開いて抱えたまま来たのです。
ま、そこまではよいのですが、席に着くと、おもむろに、パソコンにむかい、ぶつぶつ言いながら、G mailを開き、メールを見て、指をパチンと鳴らして、また画面にむかい、そうだ!と言わんばかりに、またカタカタとキーボードをうつわけです。
おっと、今、腕まくりしました。
ギョエッ(汗)
白い。
うわっ
膝組んだら、脛が!
げっ!
脛毛だしたらあかん!
勘弁してくれ。
これだけは、うけつけられん。
なんや、こいつは?
あっ、とうとうメールみてニヤニヤしとる。
早く、新横浜に着いてくれ!
と、思ったらあと10分くらいでした。
はやく、ここから離れたいよ!
固いのなんのって・・・
自分はからだが固い。
ストレッチは、嫌いなわけではないが、やってもカラダが柔らかくはならない。
脚のストレッチとか、アキレス腱、太ももなどをしっかり伸ばしたりするものの、一番固いのは、「股割り」だ。
これが、ホント情けないほど、できん。
むかし学校で、先生が使っていた黒板用の分度器があれば、あれで測ってみたら、きっと、90度を多少超えるのが精一杯ではないか?いや、なんとか100度くらいは広がるかとは思うが。
ランナーというのは、体が固い人も多い と聞いたが、自分はその代表選手であろう。
そこで、だ。
よくベッドの上などでも「股割り」をやっていたが、今ひとつ効果が出なかったのだが、いいものを見つけてしまった。
RUNNETで、販売していた、「股割り用のウレタン」である。
これだと、「股割り」が苦手な人も、この傾斜角を利用して、徐々に股を割っていけるらしい。
こでれあれば、もしかすると、「ぺったん」とできるくらいになるかもしれない。
なんて、錯覚をして、遂に、購入してしまったのだ。
そして、それが昨晩とどいた。
ふっふっふっ・・・・。
早速、やってみたが、そんな甘いもんじゃあないよ「股割り」は。
取説にも書いてあるように、いろいろストレッチ的なことをやってみたが、まあ、固いカラダがすぐに柔らかくなるなんてことはないわけで、(まあ、お酢にでも漬けておけば柔らかくなるかもしれないが)多少、脚裏のスジが伸びたように思うが、100度の角度が、102度くらいになった程度である。
まあ、2日程度のことだから、すぐに100度から180度は無理に決まっているが。
(本気で、180度目指してるねん(笑))
そして、このクッションは、意外に、固い。
体重が乗ってもへこみは少なく、しっかり支えてくれる。
これを使って、お腹を伸ばすように反り返ったりもでしるし、意外に使えるかもしれない。
といいつつ、結局、本を読む際に、ちょうどいい角度だなあ・・・と思っているのである。
さて、次の目標は、「目指せ、股割り120度!!」
シューズの話
シューズは、ランナーにとってとても大切なギアだ。
シューズひとつで、成績が大きく異なるような気がする。
いや、実際に、シューズは特にフル以上の距離になると大きく影響がでるように思います。
自分は、普通トレーニングでは、アシックスのNYシリーズ(GT2000シリーズ)を使用しています。
体重が重いし、ガタイもデカイので、しっかりとクッションのある厚めのシューズでないと、脚をいためてしまうと思ったからですし、また、このシューズはとにかくなじみがいい。
普段の靴は26cmを履いていますが、ランニングシューズは、27cm(履いてみてきつさを感じる場合は27.5cm)を使用しています。または、昨年、東京マラソンの前に購入してしまった、ゲルカヤノも使ってますが、やppり、NYシリーズが一番安心して使えるシューズです。
そして、レースの時は、シューズを替えます。
これはもう2年以上たつかもしれませんが、レースの時しか使用していないので、比較的磨耗もあまりしていないので、今でも使ってますが、アシックスの「ターサジャパン」です。
この前の泉州も、その前の館山も、実はこのシューズを履きました。
そうそう、横浜も、和歌山もこのシューズだったと思います。
軽くて、けっこうグリップもよい感じなので、レースの時だけは、このシューズを履くようにしています。
ただ、この前の泉州の際、左足の脛と足裏にかなり痛みが出てしまい、少しバランスが悪い走りになっているか?またはシューズも偏りが出ているかもしれません。
ということで、そろそろ、レース用のシューズも買い替え必要なのですね。
マラソンをやる人にとっては、シューズは一番大切。
だからこそ、しっかり履いて馴染ませて使いたいですね。
■本日のRUN 14km 1時間18分
■今月の距離 230km ・・・なかなか順調だぜ!
記録更新とは?
RUNNETは、参加した大会の記録をずうっと保存しておいてくれるので非常にありがたい。
そして、その記録を振り返ると、初めてマラソンを始めたのが、2003年の横浜マラソンであった。
この日のことは今でも覚えているのだが、今まで、スポーツジムで走っていて、少し近所を走りだしたころで、思いきって、RUNNETでエントリーして10kmの大会に参加してみたのだが・・・。
とても緊張していたのだと思う。
朝、起きたら、酷い頭痛。これは、緊張型頭痛の典型のようだったのだと、今になって思う。
あまりにも頭が痛いので、頭痛薬を飲み、そして参加したのだ。
たった、10kmであったが、おもちを食べた記憶がある。
妻が、応援に来てくれていた。
そして、ハーフが走り終えたあと、10kmのレースが始まる。
どきどきしながら順番を待って、たぶん、50分くらいの予想タイムと思い、そのブロックに並んだと思う。
そして、走りだした。
まだ、しっかりとしたランニングシューズもグッズもないなか、普通の運動着で参加した大会であった。
走りだしてしばらくして、スタートの時はわいわいガヤガヤしていた声がすっかりなくなり、息の音と、シューズがアスファルトを叩く音。
その音の世界に完全に魅了されてしまった。
なんだか、本当に生きている鼓動を感じたのだ。
そして、頭痛も全く忘れひたすら前を向いて走るだけだった。
本当にタイヘンな思いで、10kmを終え、ゴールについたとき、目標の50分を切り、記録は49分42秒。
そこで、ドリンクをもらって、一気に飲み干したのを覚えている。
ここから、自分のマラソンが始まった。
その後、年があけて、谷川真理ハーフとか、東京ベイ浦安ハーフとか、いくつかハーフ程度の大会に参加した。
そして、もう半年になったから大丈夫だろう と思い、いきなり、フルマラソンに参加。
それが「霞ヶ浦マラソン」であった。
さすが、ハーフしか走らずにフルを走る勇気はなく、いちど、30kを走った記憶はある。
脚の痛みはその時点でとんでもない状況。
なんとか、帰ってこれたが、本当にフルが走れるか不安ではあった。
そして、霞ヶ浦に参加する。
しかし、やっぱり、走った距離は裏切らない=走らないと正直 なのだ。
結局32km地点で完全に、走ることへの執着心を失うほどの脚の痛みと、モチベーションのダウンが重なり、結局、32km地点で、リタイアを決意する。
その時の心境は、このまま走ることを続けたら、マラソンを嫌いになりそう。というものであった。
しかし、結局、そんなことはいいわけで、実力がなかったのだ。
それから、その秋に、「東京夢舞いマラソン」に参加し、とりあえずフルの距離を完走する。
(しかし、当然、レースではないので、記録はない)
そして、つくばが正式にフルの初参加の大会となった。
記録は4時間10秒。(グロス)ネットタイムでは、3時間56分という、意外にいきなりサブフォー達成であった。
その後、年があけて、3月の「荒川」で、またもや記録更新。3時間47分。
なんだか、きっと、すぐにでも3時間30分も切り、きっと、サブスリーもできると自分では買ってに思いこんでいた。
しかし、走らないと正直に、記録は伸びないのだ。
月間150kmは維持しつつも、結局、タイムはなかなか伸びない。
勢いで、ハーフをなんとか1時間34分まではいけたが、その後フルでは、3時間を切れれば上手く走れたほうで、3時間50分のあたりをうろちょろしていた。
そのうち、自分は、きっと、3時間40分を切ることも、ましてや3時間30分なんて無理だろうな・・・と内心、思っていたのだ。
だから、結局、それ以来あまりいい結果はなかった。
記録更新といってもたった1分程度の話であった。
しかし、
今年の館山から、しっかり変化がおきた。
いや、その前の和歌山ハーフや、横浜ハーフでもその兆候はあったのだろう。
ハーフでもコンスタントに100分を切ることはできており、スピードもそこそこついてきたように思った。
(この後、12月の那覇に行く決心をしたものの、風邪で完全にノックアウト。那覇で記録を作ることはできなかった。ただ、走ってものんびり走りたいコースだったので、きっと記録はでなかったろうけれど)
そして、館山では、後半30km以降で、坂道があっても、なんとかそれを走りきることができるようになった。
そして、久々に記録更新。
それも約5分の短縮。
3時間45分をようやく切ることができたのだ。
そして、東京マラソンには完全に嫌われ、失意の泉州マラソンではあったが、そのレースに向け、この一年は走り続けたのではないかと思うほど、今ふりかえるとこの一年のトレーニングが成功しつつあったように思う。
春から夏にかけ、何度も走った「六甲トレイル」では、普段使うことのない筋肉をしっかり使うことができ、基礎体力、特に、さかのぼりの筋肉が備わったように思う。また、下りも、スピードをある程度出しても、ブレーキをかけず走れる脚さばきを覚えることができた。
そして、年末から2月上旬にかけての、トレーニング。
これも、思い切って、時間的に余裕がある、夜に走ることにしたおかげで、大の大人とはいえ、さすが夜の大阪城公園は人気もなく、寂しく怖い。だから、早く帰宅したくて、たった10km程度でも、必死に走るようになった。
つまり、自然とペース走になっていたので。
毎回、11kmを走り、約52、3分程度で走っていたが、実際は11kmより多少距離もあるので、たぶん、ここで、4分50秒前後で走るようになったのだと思う。
また、泉州に向け、これらトレーニングを計画的に行い、2週間前の日曜日に30k。そして、そこから徐々に距離を減らし、4日前にハーフの距離を走り、のこり3日間は走らずに、ストレッチに専念した。
そして、日曜日のレースに向け、エネルギーを爆発させようと、溜め込んでいたのだ。
走らない3日間は、アルコールは完全にやめた。
食べ物も、昼食と夕食はごはんやパスタにシフトし意識してご飯を食べた。
こういったいくつかの工夫が、結局レースを上手く運ぶことになったのだと思う。
泉州で、なんとか記録更新もしたかったが、実際目標にしていたのは、3時間40分を1秒でも切ろう!ということ。
だから、マラソンシミュレータでは、3時間40分のペース配分をして、Nikeの時計に記録をしてペースを確認できるようにした。
ほぼ、前半は4分44秒~49秒。後半は5分20秒程度でいければ3時間40分はいける計算であった。
しかし、実際に走ってみて、Nikeの時計は、ペースを示すシグナルがなることはほとんどなかった(つまり、自分のほうが速く走りきれていた)のだ。
そして結局3時間40分を切ることは全く問題なく、あと1分少々で、3時間30分を切るまでにペースを維持することができていたのだ。
本当に、今年のトレーニングは上手くいったとしかいいようがない。
一旦、諦めていた3時間30分台が、まずは見えたところで、・・・なんで、あと1分が切れなかったか、今になると本当に悔しいなあ・・・。
まだ、もう少しでも記録は伸びるだろうか?
いいえ、サブスリーなんて贅沢は申しません。どうか、3時間20分。200分をきりたいものです。
(人間、勢いがつくと、怖いものだねえ~)
泉州国際市民マラソン 完走後記
さて、自己ベストも出せた「第15回泉州国際市民マラソン」であるが、完走後記を記す前に、
本日も夜、走ってしまいましたぁ~。
リハビリランです。
脚は痛かったです。太ももも、左のすねも足裏も。
でも、その痛みが心地いいくらい、走ってみたかったのです。
結局11kmを1時間2分という、なんだかのんびりムードの時間で走ることになりましたが、でも、寒い冬空の夜。
もう、東京マラソンに参加した人も、泉州に参加した人もたぶん、今日はほとんどいないだろうと思いましたが、2,3人とすれ違うこともあり、物好きな人もいるものだ、と思いながら走りました。
おかげで、スッキリしました。
さて、泉州国際マラソンのことですが、
久々に緊張していたみたいです。
実は前日はよく眠れませんでした。
それに緊張のせいか、お腹の調子も悪かったのです。
でも、前日の土曜日(出勤でしたが)、会社の仲間と、大阪でも有名らしいビッグトンカツandステーキのお店に行って、しっかりステーキをたいらげて、元気モリモリで日曜日を迎えたわけです。(その店は、赤井秀和もよく行く店らしいですよ!)
日曜日は、6時30分に起床。そしてごはんを食べ(もち3個)、そして支度をして7時30分に家を出ました。
そして8時20分ころには、会場について(この近さが大阪らしい!)、受付開始時間にあわせ受付。そして着替えをしました。
同じ会場で二回目ですので、着替えの場所もすでに熟知しており、場所をとって、まずは荷物をおいたら、トイレ。
そして、ゆっくり落ち着いて、ナンバーカードをウエアに取り付ける。
この際、やはり正座をして、しっかり取り付けるのが精神的にも落ち着きます。
ニコ3マークも前後にはりつけ、準備完了。
ウエアをきて、ボトムもCW-Xにはきかえる。
おっと、乳首のバンドエイドもわすれず装着。靴下も五本指のものにして、実際に走る直前のウエアに最後にビニールポンチョをかぶり、そして、ベンチコートを羽織って、準備完了。
着替えなども片付けをして、リュックにしまう。
そして、まずは、会社の仲間が出しているテントに荷物を預け、しばし準備運動と軽いアップを。
何度かトイレに行く。
なんといっても、トイレはスタート前に一番重要な儀式で、これをしっかりしておかないととんでもないハメにあう。
スタートまでたっぷり2時間はあったので、2,3回トイレに行く。
その間に、水も約500mlを飲んでおく。
コートを脱ぎ、リュックにしまいこみ、そして、リュックを荷物係に預ける。
そして、スタートのコール。
ふと、またトイレに行きたくなる。
「館山では、ここで我慢してしまったおかげで、途中でトイレに行ってロスタイムを作ってしまった」
と、思い、思い切って10分前にトイレに行く。
しかし、ここはトイレの待ちはないほど充実しているので、すぐトイレも終え、また並ぶ。
なんちゃって陸連登録者ではあるが、でも陸連ゆえ、前のゾーンで並ぶ。
そしてスタート!
いっせいに走りだすが、ここで問題は、2割程度の人が被っていたビニールを被っていた。
自分は市販のけっこうしっかりした専用のものなので、脱いですぐひも状にして腰に縛り付けた。
しかし、ゴミ袋を代わりに利用していた人は、そのまま道路に捨て去るものが。
「でえ~い、不届きものめ!成敗してやる!」
といいいたいところだが、そんな暇も余裕もなく、ひたすら走る。
そうして、レースは始まった。
昨年同様、一旦、東北東堺駅方面に向かい、約5km付近で折り返しまたスタートの浜寺公園に向かう。
この約10kmが、結局は、不思議なことだが、スタート位置が10km先にあるように感じ、なんとなく、あと32kmか。と思ってしまったのが、勝因かと。
このあと、西北西にほぼ直線に走っていく。
このコースは、つくば同様直線の多いコース。
ほぼ25km程度までは直線だ。
アップダウンもほぼない。
途中、岸和田や和泉の「だんじり」が大きな太鼓の音を奏でてくれこれがさらに勇気を与える。
また、選手のナンバーカードを呼ぶ声も多い。
○○番、がんばれ!とかメガホンではなく拡声器で呼びかけるおじさんもいる。(昨年もいた。今年も自分のナンバーを呼ばれた)
おばさんも地声で叫ぶ。
いったい なんやねん?この世界は?
こんなすさまじい応援をうけながら、しっかり快走していたのだ。
途中、何度か時計をチェックすると、ちょっとオーバーペースかという記録。
そこで、何度かペースを多少落とすのだが、それでも、4分40秒台を走れている。
(実は、マラソンシミュレータ で、事前に目標LAPを決めておいたので、これがしっかり機能してくれ、ペース配分を誤らなかったのだ。しかし、それは、3時間40分のペースで計算したので、この時点で、ほぼ設定ペース以上であった)
そして、27km付近。
ここで、32km以降の橋の上り下りを考え、またもや、ウエストポーチに入れておいたユンケルを飲み干す。
すぐさま、登録者が準備できる「スペシャルドリンクコーナー」が。
このコーナーが近づくと、係の人が、ナンバーカードを大声で読む。
そう、その番号のドリンクがあるかないかを確認するのだ。
しかし、テーブルにはほとんどない・・・というのは昨年の話で、今年は「けっこう残っているなあ」
と、ちょっと不思議に感じていた。(やはり登録選手の中でも、決して遅れているのではないと自覚できた)
そのテーブルで、ドリンクを取るのではなく(当然、おいていないので)ユンケルの空き瓶を捨てて走ることにした。
そして、しばらくすると、橋が見えてきた。
これから上らねばならない橋。その橋の下をくぐり、橋の上り口に向かうがここで、32kmの表示。
時計を見て、LAPを刻む、が、おっと、な、なんと、え、まじ?ホント? 2時間、、っていう表示だったの?
まだ?と多少混乱、32km地点で、2時間40分だった。
って、ことは、あと10kmを1時間で走れれば、間違いなく、3時間40分は切れるってこと?
と、何度か時計を見て、考える。
そうしていたら、33kmの表示をチェック漏れてしまった。
橋ののぼりは、やはり、そんなに苦ではなかった。
確かにスピードは落ちたが、トレイルで鍛えたのが効果抜群で、上ったあとの下りを楽しめた。
結局、2つの橋を下ったあとの、折り返しまでが一番キツく感じた。
もうお少しで折り返しか?と思っても意外に遠い。
そして、折り返してから、また橋までが遠い。
しかし、この橋で昨年は歩いてしまったのだが、今年は全然歩くほどの疲労も苦痛もない。
まだ、脚力はある。
まだキロ6分まではいかないぞ!
そうして、折り返し後の橋ふたつをなんとか走りおえ、あとはゴールまでもう少し。
ここで、ようやく3時間40分きりを確信!
(やった、また記録更新でした。でも、なんとか3時間30分は切れるかな~?)
最後の給水を追え(今回も、すべての給水所で水だけをいただいた。それも一口だけ飲んであとはうがいをするだけ。このほうが調子がよかったのだ)、ゴールへ向かう。
ゴール間近の右折の場所に時計表示が。
あ、あと1分。
そう、あと1分で3時間30分。
焦った。右折すると今度は公園の中の林間コースのようなクネクネの場所。
まさか、ここでこんなに時間を取るとは。
直線でないから飛ばせないのだ。
そしてようやくゴールへ向かう一直線になったころに、すでに3時間30分は過ぎていた。
残念。
ゴール近くで、自分の名前を呼ぶ声!
そう会社の仲間が待っていてくれた。
そして、ゴール。
3時間31分。
初めて、3時間30分台を記録できた。それも、もうs3時間30分をきる直前だ!
嬉しい。
正直、今回は3時間40分を切れればよかったし、無理かもしれないと弱気にもなっていたが、結局3時間31分というあとわずかでサブ3.5。
ゴールすると、すぐにタオルがかけられ、トルソータグをはがされ、そのまま豚汁コーナーへ。
豚汁をいただいて、座って食べる。
寒かっただけに、このいっぱいは幸福。
それから、荷物を引き取り着替えをし、また豚汁コーナーに行ってもういっぱいいただく。
いやあ、本当に楽しいRUNでした。
途中、雪も降りましたが、その雪は顔の当たって、ちょうどカラダを冷やしてくれオーバーヒートにならなかったわけで、暑がりの自分にとってはよかったのかもしれない。
それより何より、なんといっても、すさまじい地元の人たちの応援。
ありがとうございました。
来年は東京マラソンの開催日も変更になるようですので、きっとまた泉州国際市民マラソンには参加しますね!
■記録 3時間31分24秒
■男子登録者順位 210位(317人中)
そして、この日で2月も200km達成。
今日、夜RUNの結果、2月は216km。今月も300km、行くぞー!
イチッ、ニッ、サンッ、ダーっ!
泉州国際市民マラソン 完走後記 の前に、東京マラソンについて
東京マラソンは、今年はお天気にも恵まれ、また、昨年の反省をいかした各種取り組みもあり、非常にいい大会になったようだ。
まずは何よりである。
それに、北京オリンピック選考会を兼ねている大会で、番狂わせもあって、とても興味深いものであったと思う。
しかし、
今回は、日本テレビは放送権を握っていたわけだが、なんとなく ますます芸能化しているようで 少し違和感を感じてしまった。
初めて参加する人たちや、見ているほうとしては楽しめるかもしれない。
有名人や局アナが走っている姿をみることも少ないわけだし。
でも、本当にこれでいいのかな・・・。
テレビ放送(特に、民放)では、全国的に東京の大イベントを放送するのも構わないし、知りたい人も多いだろうが、すべての局の朝のニュースやワイドショーで特集を組むのも、どうかな?と思うけれど。
昨日、夕方ふとラジオをつけていたら、「松山ちはる」が、道路特定財源について、コメントしていたが、東京中心でない、地方の地元の人々の気持ちというのを、もう少し考えてもよいのでは と感じてしまった。
それに、
マラソンは、確かに素晴らしいスポーツだし、誰にでも参加しやすいものだが、芸能化するのは、いまひとつ私は納得できない。
特に、今回は、平気でウィンドブレーカを捨てて走っている人が多かったようですが、そういうマナーがだんだん悪くなっていくように思います。
ちなみに、泉州国際市民マラソンは約3000人の参加でしたが、紙コップもバナナも、ごみの散らかりは今までの大会で一番キレイだったと思います。
何度も開催されるのであれば、街を汚さないように走りたいものです。
「走った距離は裏切らない!」 はい、まさにその通りでございます。
「第二回東京マラソン」が開催された今日、大阪府の南部では、「第15回泉州国際市民マラソン」が開催された。
昨年に引き続き、東京マラソンに2回落選した自分は、結局2連続で泉州国際に出走となった。
しかし、その結果は、
自分でもとても満足のできるものであった。
たった3週間前に更新できた自己ベストを、今回は約12分、さらに縮めることができたことは最大の収穫だが、
なによりも、前半から後半にかけ、それほどペースを落とすことがなかったこと。
30kmを過ぎても、まだ余裕があったこと。
32kmすぎに、2本の大きな橋を往復するのだが、その橋の上り下りについても、それほどきつくはなかったこと。
そして、走り終えて、まだ、10kmは走れるのでは?と思うほどまだ元気があったということ。
などなど、今までのフルの走りでは全く違う体験ができたことが、最大の収穫であった。
しかし、たった1分30秒程度ではあるが、3時間30分を突破できなかったことは、唯一の汚点である。
(もし、あの橋がなければこれもクリアできたと思うが、それは言っても仕方ないこと)
【LAP】
S-1 5'18"
1-2 4'25"
2-3 4'34"
3-4 4'44"
4-5
5-6 9'22"
6-7 4'37"
7-8 4'39"
8-9 4'43"
9-10 4'40"
10-11 4'34"
11-12 4'36"
12-13 4'43"
13-14 4'44"
14-15 4'42"
15-16 4'44"
16-17 4'39"
17-18 4'48"
18-19 4'51"
19-20 4'44"
20-21 5'03"
21-22 4'44"
22-23 4'51"
23-24 4'57"
24-25 4'57"
25-26 5'04"
26-27 5'00"
27-28 5'12"
28-29 5'15"
29-30 5'17"
30-31 5'04"
31-32 5'18"
32-33 5'24"
33-34 橋1
34-35 11'00"
35-36 5'48" 橋2
36-37 4'58"
37-38 5'20"
38-39 5'45" 橋2
39-40 5'38"
40-41 5'45" 橋1
41-G 6'35"
結果を見ると、30km程度まではほぼ4分台を維持。32km以降に橋を上りはじめるのだが、なんとか無難に5分台を刻めている。その結果、最後まで「走りきった」という感じを保てた。
これらの成果は、当然、12月~2月半ばまで計算するとほぼ600km程度の走りこみと、夜の11kmRUNをできるだけじっししたことがまず基礎走力をつけたと思う。
さらに、実は、大会3日前より、酒を飲まなかった。というのも、肝臓をしっかり休める効果というものを認識したから。
そして、当然、3日前より、意識してごはんを食べたこと。
また、走りかたにおいても、ペース走を重視して走ったおかげで、後半の落ち込みがなくなったように思う。
さらに、夏場の六甲トレイルは、坂道に対しての恐怖感をなくした。
これらの結果、今回の3時間31分21秒という結果に繋がったと思う。
まずは、目標の大会に、しっかり
自己ベストを更新したことは最高に嬉しい。
今日は、豚汁を2杯食べてしまいました。
それにしても泉州の皆さんは、応援は凄いです。
人がいればずうっと声をかけてくれます。
さらに、だんじりの太鼓は勇気をくださいました。
本当にありがとうございました!
泉州国際市民マラソン 万歳!!!

