走りながら、食べて、聞いて、考えて! -163ページ目

【記録】100kmウルトラマラソン完走の条件

さて、後半戦70km以降の完走記に入るまえに、今回の完走のポイントを整理しておきたい。


今回、ウルトラ初挑戦であり、それも隠岐の島というアップダウンの多い厳しいコースで、12時間5分という時間で完走でき、目安となる順位も 年代別では16位/46人中。また、総合でも51位/172人中という結果であったわけだが、自分でも初めてにしては相当いい結果だったのではないか?と考えている。


実際に、トイレに関するトラブルさえなければ、12時間を完全に切ることができた。

なんとか、もっとスピードを上げようとおもっても、もう力がでないなあ と感じたのは、実は最後の10km程度であとはけっこうよく走れたと思っている。


何よりも、実はゴールした瞬間。(けっこう、苦しかったものの)あ、こんなもんだったのか・・・。というのも正直な感想であった。つまり、まだ余力が残っていたのだ。(いや、今だから言えるのかもしれないが)


ゴールしたら、きっと脚の痛みや、辛さで涙が出るだろう・・・と思っていたものの、正直、そのような感情の高ぶりは、ゴール時点ではあまりなかった。やっとおわったなあという気持ちだけだった。

(でも、走っている途中では、応援の声に目を潤ませることが何度もありましたけれどね)


結局、お腹の不調はあったものの、おおむねコンディションが良かったのだと思う。

今回の完走において、上手くいった点を【成功要因】、上手くいかなかった点を【敗因】として整理しておこうと思う。



【成功要因】


1.なんといっても お天気

  当日はスタート時は14℃くらい。その後気温が上がっても22~24℃くらいではなかったか?

  湿度が低く、海からの風も時折強い風もあったものの冷たく心地よく、スタミナを奪わなかったのだ。

  また、晴れ間はけっこうあったものの、比較的薄曇が多く、ウルトラマラソンのコンディションとしては最高のお天気であったと思う。


2.ウエア

  「完走記その5」でも書いておいたが、ウエアやシューズなどの選択が上手くいったこと

  ウエアは天候の変化と自分の疲れを想定して選んだのが正解。

  特に前半使用したCWXの7分丈は、膝をしっかりホールドしてくれていたので脚の痛みが、初フルマラソン時よりもなかったのだ。

  さらに、シューズは直前で購入し、2,3回しかロング走はできなかったものの、Mizunoのシューズが結果良かった。膝への負担が非常に少なく、通気性もよく、最後までこのシューズで走りとおせた。


3.スタミナ保持

  まずは直前まで徹底して、「米飯」を多く食べておいた。プラス一口多く食べ、さらに当日の朝はあんぱんも加えた。

  そのほか、ユンケルはスタート前とレストステーションの2回。

  カーボショッツはコーラ味を スタート前とレストステーション後の2回。

  パワーバージェルウメ味を20km付近で摂取。

  給食ポイントで摂取したものは、主に前半が多く、後半は水と、塩、レモン主体でなるべく腹を重くしないようにした。結果的ではあるが、前半に補給することで後半のスタミナ保持ができたように思う。


4.音楽

  これは最後の10km以外はずうっと聞いていたのだが、結局飽き防止になった。また、吉田卓郎やユーミンなどいまさら?という音楽を追加しておいたことで、精神的にリラックスできたのは本当によかった。


5.ロング走の走りこみ練習

  最後に、やはり練習がきいたと思う。

  坂道の多さに対しては、間違いなく、昨年来からのトレイルが効果を出している。坂道のくだりでも同じだ。

  今になって思えば、あの坂道でも、宝塚からの六甲上り口への坂道より楽だったし、六甲内を走ることにくらべれば楽であったのだ。

  そして、この春実行した、京都~大阪50kmの2回、そして京都~奈良40km走1回。さらに、大阪城公園42km1回。また、30km走は月1回以上必ず実施していた。

  これらの練習の成果は、このウルトラでは本当に効果があったと実感している。

  最初のかすみがうらフルで、32km地点でリタイアしたあの脚の痛みも苦しさも辛さも微塵もなくなったのだ。

  やっぱり、「走った距離は裏切らない!」のだ。


【敗因】


1.何と言っても前日の過ごし方

  やはり、お腹の不調は非常にダメージが大きかった。

  前夜祭では日本酒、ビール、チューハイを飲み、ホテルに戻って焼酎2杯。これらが結局腹を痛めたのかと思う。やはり、今後は3日前より禁酒を心がけたい。


2.70km走

  結局、本番まで1度も50km超を走れなかった。もし、70km走を1度実施していたらもっといい結果が出たと思う。


3.坂道攻略

  結局は100kmを、限られた体力で 最大効率で消化するのがウルトラである以上、体力をどう使い切るかが勝敗の分かれ道になると思う。従って、負担の大きい坂道をどう攻略するか?歩くことも含めよく研究が必要かと思う。



ウルトラは長い時間をつかって長い距離を走る以上、天候などの影響をモロに受ける。

今回の隠岐の島の天気はある意味最高のコンディションであったと思う。

暑すぎず、寒すぎず、晴れすぎず、雨はふらず、風は心地良い程度で・・・


そして、タイミングよく現れる、地元の人たちの応援が、自分を常に奮い立たせてくれたのは言うまでもない。


隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その5

48km地点のレストステーションでは、結局10分くらいしかロスタイムをとらなかった。

今回、全過程を通じて言えることは、休憩については本当に少なかったということだ。

レストステーションでは座って補給食を食べる人がほとんどであったが、自分は78km地点のエイド以外では実は座ることはなかった。

それだけ実際にスタミナでは十分保てていたのだと思う。


その対策として、3日くらい前からの米飯類の摂取を心がけたことに加え、当日のウエアについても相当考えた。

前半は、朝方の寒さと脚の疲れを極力抑えるために、トップはNikeのタンクトップ、そしてボトムは膝をしっかりサポートするCWXの七分丈を着たが、後半は、夕方の上半身の冷えを予測し、Adidasの速乾性Tシャツに、ボトムは脚の動きをよくするために、CWXのハーフ丈に穿き替えた。

そして、日よけ付きの帽子を装着して走った。


これらの作戦は結果的に非常に良かった。特に脚の疲れは十分ホールドでき、フルマラソンでも後半に水で冷やすことも多いのに、今回は必要なかった。反対に、頭は暑さが厳しかったので、後半は給水ポイントで氷水をかけてもらうことが多かった。

そしてさらによかった点は、帽子の日よけは、ちょうど首のあたりに頭から流れる水を乾燥させてくれて、常に心地よく走れたのだ。日よけからしたたる冷たい水がとても気分をラクにしてくれたのだ。


そういった作戦はまさにうまくいったわけである。


しかし、お腹のほうは、相変わらずぐずっていた。

50kmもあっという間に過ぎ、51kmを過ぎたところで農道を右折するところだった。

その角に地元の応援やスタッフがいた。

お腹が痛い。困った。どうしよう、次のトイレまでもつかな?でも、次のトイレってどこかわからないし、それに、農道を走っているってことは、しばらく隠れる場所もないし、いざとなったら相当危険だな!

と思って、角を曲がって5mほど走って、意を決した。


「すみません、この付近にトイレがありませんか?」


そうすると係員の人は、実はすぐ裏が自宅だったらしく、どうぞ・・・と案内された。

「よかった・・・」

これも危機一髪だった。

しかし、これではすぐに終わらなかった。

いちおう水洗トイレのようなので、水を流そうと思ったら、流れない。(汗)

やば~い。

もう一度水を・・・流れない。それより水がたまってくる。

やばい(汗)。●●●も流れず浮かんでいる。紙も。


一般の方のトイレを借りておいて、そのまま流さずに去るわけにはいかない。

悩んだ結果、トイレを洗うブラシでつついてみたら流れた・・・(ほっ)


でも完全に綺麗に流れたわけではなかった。

でも、時間がない。本当にごめんなさい。


申し訳ないことだったが、御礼を言ってまた走りだした。

本当に、ここでお詫びしてもお許しいただけないかと思いますが、51km過ぎでトイレを借りたのは私です。

たぶん、あの場所で借りる人はいなかったと思うので、私が犯人です。

ちゃんと流しきったかわかりません。で、トイレを汚してしまったことは本当に本当に申し訳ないと思っています。

これは、今回、本当に反省すべき大きな出来事でした。


一般の方にトイレをお借りし、なんとかレースに復活できた。(後味は非常に悪かったのだが)


その後、しばらくは農道を走ることになった。しばらく平坦で眺めのよいコースが続いた。

はるか右の方面では、これからレストステーションにはいっていくランナーの姿が見えた。
その中で、前夜祭で話をした磐梯のウルトラも走っている人の姿と思われるものを発見した。
「そうか、けっこう自分は早めに走っているのかもしれない。ずいぶん遅いのだと思ったけれど」


また、実はこのレストステーションを過ぎると、50kmのレースともゴールすることになる。
でも、50kmのランナーらしい姿が今ひとつ見えない。もう、ずいぶん先に行ってしまったのだろう・・・と自分は思っていた。

たぶん、100kmが5時スタートだから、50kmは10時スタートだろう と勝手に思い込んでいたのだ。

なかなか、50kmのランナーに会うことはなかった。だから自分は相当遅いペースであると認識していた。しかし、まったく違っていた。

あとで分かったのだが、50kmは11時30分のスタートなので、しばらくしてからようやく自分を追い越していくタイミングのスタートであったのだ。


しばらく、眺めのよい農道を走る。ほぼ直角に左に右に折れて、しばらくすると、給水所が見えてきた。
また・・・トイレに行きたくなったのだ。
そこで、給水所で「すみません、トイレはありますか?」と聞くと、
「ああ、もう少しでトイレがあるよ。この先だよ。そうだなあ、1km程度かな」と。


でも・・・昔から言うじゃないか?
「もう少し」という表現は、あまりにも曖昧であるということ。「すぐ近くにある」はずのトイレは、なかなか現れなかったのだ。それも、坂道。

のぼっても、のぼっても、なかなかトイレの表示が見えない。
そして、ようやくどこかの公園のトイレのようなものを発見。またまた、飛び込んだ。

しかし・・・なんだって、あれだけもよおしていたにも関わらず「出ない」のだ。
いや、ちょっとは「出た」のだが、しっかり「出ん」のだ。
またまたロスタイムだよ。仕方なく、さっさと身支度をして、また薬を一包飲んで再スタートした。

しかし、コースに戻ろうとすると、やたら速いランナーが駆け上って言った。

まだこの時は気付いていなかったのだが、これが、50kmの先頭集団だったようだ。

コースにもどるといくぶん人が増えているように思った。


今回は100kmでも200名以下の参加なので、曲がりくねった山道に入ると前後にランナーが見えず、一人旅状態になることが多かった。とっても不安だった。

しかし、50kmのランナーが加わることで、少し賑わいも出て、また、自分も多少元気も出た。(が、実際には50kmのランナーに抜かれても仕方ないなあ と思っているだけであったが)


しばらくすると、60kmを通過。そして、長いトンネルに入った。
トンネルを走っているうちに、意識がなんとなく遠のいていく。
はるか先にある丸い明かり(出口)が、ぼやぁっとしていて、タイムトンネルのような、不思議な感覚に襲われる。
といって気持ちが悪くなるのではなく、変な浮遊感さえ感じて、「ああ、このまま、どうにかなっちゃうのかな?」とまで思ってしまった。
途中、バイクに乗ったボランティアが暗いトンネルの中をバイクのライトで照らしてくれていた。
そういうことまで、やっちゃうのが隠岐の島なのだ。


そしてまた67km付近で、トイレの私設を発見。今度は、そう緊急性もなかったが、いちおうトイレによってすっきりして走ることにした。

海岸線を抜けると、このあたりから、また坂道。
とはいっても、30km以降にあった標高250mほどではない。150m程度の高さだ。

先を見ると、4,5人のランナーが歩きだしていた。
それを見て自分も坂を登るときは歩くことにした。

というのも、先を走っている人たちの中で走っている人も実際にはいたのだが、歩いているのとそうスピードは変わらないのだ。
走ることより、早歩きをすることで、少しでもスタミナを温存し、後半に備えるべきではないか?と考えたのだ。

そうすると、同じように大阪弁で、「この坂たまらんわな~」というおじさんが。
「あいつ、よう走りよるな」と先を走る人を指していう。
しかし、このおじさん、上り坂が終わり下りだすと えらく早く駆け下りていく。
自分もあっという間に抜かれ、ずっとのぼりも走っていたランナーも抜かれる。
ほぼ4分~5分台で走っている感じだった。

自分もまだまだ30km以上もある時点でスタミナを消耗するのを極力避けるべきという判断で、スピードを落としてのぼりは歩くことにしたのだ。

このあたりからしばらくガマンの歩きと走りとなった。

もう、おなかも落ち着きだした。

あとは、スタミナが切れないように、脱水状態にならないように、しっかり補給食と水を摂取することが大切であった。


(つづく)

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その4

今振り返ってみると、いろんなことがわかる。


たとえば、今回お腹の調子を悪くした結果、そのことへ神経が集中しており、時や距離の長さを感じなかった効果があったように思うのである。

また、確かに、坂はキツかった。20km以降には最高の標高の250mを上っていくわけだが、なんと実は70km程度までの坂について、自分はしっかり走れているのだ。

坂ののぼりのキツさは、確かに負担が大きい。しかし、上ったら下りるのだ。下りるのは、トレイルで慣れたように気持ちよく走れるのだ。からだもリラックスして下りれる。


その結果、肩こりも少なかった。

坂のアップダウンが結局、飽き解消になっていたのだ。



さて、第4回目だが・・・。

布施というところから中村というところを抜け、いよいよ標高250mの坂を上っていくことになる。

しかし、実際に走っているときは、このタイミングは一番調子がいいときだ。

およそ25km地点であるから、まだ十分体力はある。

だから、坂を上っているものの、あまり負担を感じなかった。

あとになって気付くのだが、実は、60km中盤以降までは、坂道であってもほとんど駆け上っている。

(60km中盤以降、歩いた理由も後で述べるが、走れなくなったわけではなかったのだ)


先に書いたように、アップのあとは必ずダウンがやってくる。

そして、この島ではアップのあとは、まずトンネルが待ってたりする。そしてトンネルからダウンしていく。

(つまり、ある程度標高を挙げたところでトンネルを掘っているのだ。山の底辺をくりぬくのは確かにコストも時間もかかるからね)

そういう環境になれると、坂道も なんとか頑張っちゃうのだ。


それとともに、地元の人の応援なのだが、山道に入れば当然応援してくれる人はだんだん少なくなり、まったくいないところも多い。しかし「もう、だめだ。疲れた、歩きたいなあ・・・」なんて思っていると、ちゃんと応援が待っていてくれるのだ。結局、走らずにはいられない。


20km以降で、パワーバーのウメ味をいただく。

これで、なんとかエネルギーも補給できた。


さらに、

今回、大正解だったのは、iPodに入れ込んだ音楽。

出発前日、ふと懐かしい音楽を入れておいたのだ。

今回は、吉田拓郎や「荒井」由美などを追加しておいた。

これが奏功。


辛いなあ・・・と思っていたときに、

吉田拓郎の「元気です」が流れたのだ。


***2番抜粋***

風邪よ運べよ 遠い人へこの便り

二年目の夏 涙ともらい水

幸福の色は 陽に灼けた肌の色

唇に浮かんだ 言葉は潮の味

出会いや別れに 慣れてはきたけれど

一人の重さが 誰にも伝わらず

どこかえ旅立てば ふり返りはしない

それでも この町に心をしずめたい

そうだ 元気ですよ と 答えたい ***♪***


その歌を歌いながら・・・気持ちよく走れた。

時には、応援してくれる人と音楽がマッチしすぎて、涙が出そうになった。

目から入ってくる映像と、頭の中に描かれる映像が、懐かしい音楽がBGMとなっていろんな感情を呼び起こすのだ。


お陰で、飽きずに走れることができた。

そして、なんとか標高250mの高さを超え、間も無くフルの距離へ向かうことができた。

しかし、この42.195km地点でも、驚くほどにパワーを温存できていた。

心配していた脚に痛みを発する兆候はない。

トイレに何度か行ったためか、(和式のトイレであったので)いい休憩とストレッチ(?)になって、脚は大丈夫。

42.195km地点も難なく通過し、そして、あとはほぼ中間地点(48km)の、レストステーションへ向かう。


しかしこの数キロは正直 長く感じた。

やはり距離感というのは、精神的なものなのだ。

まだか、まだか、と思うと本当に遠い。

下っているだけなのに、疲れも増してくる。

いや、下っているだけ、と思っていたら、またちょっとのぼりがあったりするから、「ん、もうっ!」ってなってしまうのだ。


ほぼ平坦な農道になり、五箇地区に入る。あとは、「五箇生涯学習センター」に向かうのみだ。


しばらくなんとかガマンして走り続けると、左に入れ!という係員の指示。

もうすぐ、レストステーションだ・・・と本当に期待したが・・・なんだか、農家の細い道を走ることになる・・。不安。

しかし、係員がいた。ほっと。


そして係員が、トランシーバーで「1422番」と叫ぶ。

「あらら、なんだか、中継でもしてるのかなあ。恥ずかしいなあ」なんて思っていたら、急激な壁のような坂が現れる。

「なんだよ。休憩に行くのにこの坂はないだろ!」と少し憤慨。


しかし、その憤慨も、レストステーションに入ったとたんに・・・

「1422番、神奈川県 ●●▲■さん、到着です!」というアナウンス!


すっげ~。と思っていると、さらに、ボランティアの中学生か高校生の女の子が、中間地点で預けておいた荷物を持ってきてくれる。

そうか、先ほど坂の前で係員が叫んでいたのは、荷物を探すためだったんだ と納得する。

到着にあわせ荷物も渡してもらえるので、全くロスタイムはない。

この連携はどうやって生まれたのだろうか?まだたった3回しか開催されていない大会でこういうノウハウをしっかり身に付けている大会運営側に正直驚いた。


急いで、着替えに。と、更衣室に入ると5,6人がテーブルの上に荷物をおいて着替え中。

自分も半分開いているテーブルに荷物を置いて、まずはトイレに。


そしてトイレから帰ってくると、すでに先ほどテーブルに荷物を置いていた人はすでに出発していた。

「そうか、のんびりしてちゃいけないんだ」と思い、自分もあわてて着替える。


着替えが済むと、エアーサロンパスを拭きつけ、また、胃薬を飲み、下痢止め、そしてユンケルを飲み干して着替えを整理し再度袋につめて更衣室を出る。たぶん、10分たらず。


そして、なんと、建物の出口では荷物預かりの係員がまた待っていてくれ、すぐ渡せる。

本当に、この運営は信じられないもてなしをしてくれるのだ。


そして、テントで準備している給食やドリンクコーナーにたちよる。


まずは、ボトルに氷を入れてもらう。そしてコーラ。本当にコーラはおいしい。それも、ちゃんと紙コップに空けておいてくれるので、炭酸もきつくなく飲みやすい。至れり尽くせりだよ。

それから、おにぎりと詰めたいお茶をいただいて、給食終了。ちょっと無理して、ご飯を詰め込んでおいた。

早速、走行再開!

さあ、あとほぼ半分だ!絶対完走してやる!!!



しかし、この後、またまた、腹の虫が暴れだすのであった。



(つづく)




【記録】隠岐の島 ウルトラマラソン LAP

途中、時計を押したときと押せなかったときがあり、また、公式のLAPとも見比べながらどの距離の地点かを推測で整理した。

トイレに立ち寄ったときにロスタイムが発生し、腹の不調が大きく脚を引っ張ってしまったことが何よりも残念である。

それにしても、ほんと、お腹は辛かったよ~。

(表から漏れてしまいましたが、58km地点でもトイレに行ってます)



【解説】隠岐の島 ウルトラマラソン コース概略図

さて、ここで、「隠岐の島ウルトラマラソン」のコースは、とんでもなかったんだよ!

なんてことを言いたいわけではないのだが、ただ、完走記を書いていくうえでも、コース概略がわかっていたほうがリアリティもあると思うので、データ上整理しておきたい。


コース全体図(島内を左回りでほぼ一周するコースである)




コース高低差図(前半に大きな山がある。しかし実際には後半の何度も上り下りする小さな山が嫌気がさすほどにくらしいものであったのは言うまでもない)





なお、図はすべてクリックで拡大できます。

また、「隠岐の島 ウルトラマラソン」の公式HPより頂戴しています。

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その3

ハーフのレースではキロ4分近く、フルの場合でもキロ5分を切る速度で走り続けないと、満足できる結果には至らない。

だから、最初からけっこう無理をした走りとなってしまう。

だから、息がきつい。

ハアハアと苦しくなる。

特に、5月の仙台国際ハーフでは、前半とにかく苦しかった。


でも、ウルトラは違う。記録を狙っているわけではないし、誰かと順位を競っているわけでもないので、無理をして速度を上げるより、最後までスタミナ切れを起こさない速度で走れているかどうかを自分自身に問いながら走っているのだ。


スタートから、しばらく、そういう気持ちで走っていた結果、息が上がることもなく、汗もほとんどかかず非常にいい調子で走れていた。


7、8km程度までは・・・

もうすぐ10km地点というところで、異変が発生した。


お腹が急に痛くなったのだ。

やばい!昨晩の焼酎がいけなかったのか?生牡蠣か?いやあ~、それも予測してちゃんと下痢止めも飲んでおいたのに、まいったなあ~・・・そんなことを思いつつ、走り続けていた。

なんとか治まるかと思ったのだが・・・だめだ・・・納まるところか、ますます厳しくなる。

脚が自然と早くなる。

なんと、9~10kmでは5分を切ってしまう。坂も下り坂だったとは思うが、それだけ汗っていた。

途中、道路わきの藪の中で用を足せないか とさえ思っていたのだ。

坂を下りていくと、集落があった。公民館のようなものもある。

地元のおばちゃんやおじちゃんが笑顔で応援してくれる。

それに答えつつもでも、笑顔がでない。

顔はマジ状態だ。(いや、実際は蒼白だったのかも)

あった・・・トイレ発見。

10.2kmの第3給水所のトイレにまっしぐらに突入した。

ランニングシューズでそのままトイレに入ってもいいように、ブルーシートを敷いてあった。

トイレにはいると、あった・・・。

ふたつある個室のうちひとつが開いていたので、そこに突入。

そして、ほっと・・・

そうすると、外で「ほかにトイレはありませんか?」という声が・・・

おおお、タッチの差であったなあ・・・でも、早く用を足してかわってあげないと可哀そう。

と思い、さっさと用をすまし、外へ出る。

そして、身支度をして、すぐにランナーの流れに加わった・・・。

そして2、30mほどいったところで、「あ、いけね!ボトルを忘れた」

ドリンクボトルをトイレに入った際に、手を洗うところにおいてきてしまったのだ。


あわてて戻る。

まわりの人は、「どうしたの?」という感じで見つめる。

恥ずかしいが、かまっていられない。

水がなくては、あとで絶対に後悔する。


そしてダッシュで戻ると・・・ちゃんと、あった。

早速、ウエストポーチに取り付け、また走りだす。


なんってこった。

こんなこともあるのが、ウルトラってことか?


そして、この1kmは、9分以上を要してしまったのだ。


お腹の調子が悪いと、後半スタミナ切れも予想される。

そこで、下痢止めを飲み、なんとか治まるのを待った。


しばらく調子よく走り続けていた。


ところが、およそ5kmほど走ったところで、また、お腹が痛み出したのだ。


「まいったなあ・・・なんでこんなところで・・・トイレ、トイレ・・・トイレを探さなくちゃ」

ほとんど、走ることよりもトイレを探すことに集中していた。

おかげでその分距離の長さを感じなかったのかもしれない。


そしてしばらくして、「お、テニスコート。ってことはトイレもあるかも?」

係の人がいたので、もう構っていられない「すみません、トイレありますか?」

と叫ぶと、すぐ教えてくれた。

また、トイレに飛び込む。

そうしてしばらくすると同じようにトイレに入ってくる物音が。

そして暫くして、なかなか空かないことに業を煮やして女性のトイレに行ったようだった。


しかし、この2回目のトイレは、実は「危機一髪!」状態。

なんとか保てたものの、もう一歩遅れたら、とんでもない状態になるところだった。


その後、さらに胃薬も飲み、なんとか持ちこたえ、前半でもまたこのコース全体でも最高の標高250mの山のぼりを迎えることになる。

また、今回の大会では、結局なんと合計7ヶ所のトイレにお世話になるのだ。


S~1km   6分27秒

1~2km   5分46秒

2~3km   6分05秒

3~4km   5分51秒

4~5km   5分54秒

5~6km   7分00秒

6~7km   6分20秒

7~8km   5分39秒

8~9km   5分38秒

9~10km  4分59秒

10~11km 9分51秒 ※

11

  ~13km 11分06秒

13~14km 5分26秒

14~15km 6分25秒

15~16km 5分45秒

16~17km 8分32秒 ※

17~18km 5分18秒

18~19km 5分31秒

18

  ~22km 24分18秒


(※文字が、危険なタイミングだったときです)


(つづく)

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その2

起床予定は3時ちょうどであった。


しかし1時頃に目が覚めてしまった。というのも「頭痛」・・・・。

飲みすぎたのか?また例のごとく、緊張性頭痛なのか?

仕方なく、頭痛薬を飲むことにした。飲んでおけばおさまるはずだ。


そして、またベッドに横たわった・・・が・・・眠れない。

そのうちに、今度はお腹が・・・。


自分のお腹は、朝起きるととにかくトイレにいかないといけない状態になるのだ。

目がさめて、すぐに寝付かないと、今度はお腹の調子が活発化してしまうのだ。


そして、トイレに。


ますます眠れない。

仕方ない。


結局2時には完全に起きて、準備を始める。

ウエアも着てしまう。ウエアを着て、そしてまたベッドに横たわったり、ウエアを取り替えたり・・・そしてそのうちにごはんのにおいが・・・。

3時になったので食堂に行く。

と、すでに準備万端のランナーが黙々とご飯を食べている。

自分も、早速食べる。

ちょっと苦しいかと思いつつも、ごはんを2膳+ひとかけいただく。


そしてまた部屋に戻り準備。

トイレにも何度か行く。

お腹の薬は胃薬を飲んで、そして下痢止めも。不安があったので。

たいてい、これで今までは大丈夫であった。


出発まで多少の時間があったので、大阪で買ってきた「あんぱん」を1個無理して食べる。(これは結局効果があったようです)

そして、さらにカーボショッツのコーラ味を出かける寸前に摂取。


準備万端

ホテルのフロントにかぎを預けると、「送っていきますよ」というマスターの声。


スタート地点まではそう遠くはないが送ってもらうことにした。

車をおりると、まだ肌寒い。

15度くらいといっていたが、もっと寒いだろう。


自分は結局、タンクトップ+7分丈CWX+CWXのソックス+シューズはミズノ、そしてCWXの日よけ付き帽子とサングラスといういでたち。

さらに、先日買ったばかりのウエストポーチ+ボトル。

そして、絶対に飽きないために ということで、iPodを装着して走る。


荷物を中間地点とゴールの分と分けて預けて準備体操。

スタート付近ではテンションの高い司会が場を盛り上げている。

「みなさ~ん、眠ってませんか?」

(って、おい、おきてなくちゃ ここにおらんだろ!)


そして、昨年のTOPの選手の紹介も。

なんと、7時間52分だって!!!


そのうちに、前日の前夜祭であった人と遭遇。ことばをかわす。


その間も不安になり、最後のトイレに。

ちょっと、出た。


スタート30分ほど前からあわただしくなり、また世があけてきて明るくなり、そしてスタート!


よし、いくぞ!絶対に完走するぞ!!

前夜祭であった方とも、「とにかく完走しましょうね!」ということで!!!


そして

ゆっくり走りだす。

そう、準備運動だと思って走ろう。

朝だからからだの動きも悪いのだし、ここは本当にゆっくり。

競う相手はいない。自分だけ。


そういう気持ちで、スタートした。


からだはそう重くはない。

風は冷たく心地よい。

すぐに最初のトンネルにはいる。


まだまだ汗は出ない。

あっという間に橋が見え1km通過。なんと6分以上。

よしよし、この調子。絶対に飛ばさないぞ!


景色がいい。

つきあたりを右折すると、ホテルの従業員が声援。

まだ5時のはずなのに、沿道には、ところどころで応援をしている一般の人たち。

まだ、5時ですよ?

2kmも過ぎ、すでにはるか前方では先頭のランナーが右に大きくまがる対岸を走っている。

速いなあ・・・でも、いい。絶対に飛ばさない。

競っているのではない。

自分が走りきれるかどうかだけだ。


そういい聞かせ、順調に走りだしていた。


風は冷たく、少しずつ汗もかきはじめようやく調子がでてきていた。

薄暗かったそらがいつの間にか朝の空にかわり、潮風と山の香りがたまらなかった。


こうして、とうとう、私の初挑戦100kmのドラマがスタートしたのだった。


(つづく)

【番外編】隠岐の島ウルトラマラソン初挑戦における数字データ

さて、完走記を書いている途中ではあるが、今回の隠岐の島ウルトラマラソンに関連した、さまざまな記録すべき数字を並べておく事にしたい。


●走行距離

 100km

●走行時間

 12時間5分45秒

●20kmLAP 

 2:03:22

 2:06:52

 2:32:08

 2:48:54

 2:34:31

●順位 

 年代別 16位/46人

 総合 51位/172人

●コース高低差

 最大250m(33km付近)

●上り下りした坂道

 大きなもので10以上(うち100m程度を上るのは7つ)

●くぐったトンネル 21以上(洞門含む)

●給水施設

 37(スタート・レスト・ゴール含む)

●立ち寄ったトイレ

 7回以上(うち民間1軒)

●ボトルに補給した氷水

 5リットル以上

●補給食

 おにぎり2コ、バナナ1.5本、おしるこ1杯、コーラ2杯、お茶2杯、塩5つまみ

●携帯し摂取したもの

 カーボショッツ(コーラ味)2コ、パワーバージェル(ウメ味)1コ、パイン飴1コ、ユンケル2本

●薬(スタート前含む)

 胃薬4回、ストッパ(下痢止め)3回、ナロンエース1回

●着替え

 タンクトップ→Tシャツ、7分丈スパッツ→ハーフスパッツ、インナー穿き替え

●アイシング

 2箇所

●握手を求められた

 1箇所

●歌を唄ってくれた

 1箇所

●本名で名前を呼ばれた

 4箇所以上

●応援してくれた場所

 数え切れない

●もらった笑顔

 無限

     

以上。

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その1

大阪のマンションにようやく帰った。

15時05分発の、一日1便の飛行機に乗り、伊丹に到着。そして、すぐに打ち合わせに向かい、会社に行き事務処理をしてそして帰宅した。

午前はなんとものどかで、しかし午後はあわただしい一日であった。


さて、完走記を記していきたいと思います。


振り返ってみれば、一言で終わってしまう一日のことでしたが、しかし、長い長い一日であったことは言うまでもありません。


14日の午後 隠岐の島の飛行場につきました。

久々に乗る、JALエアコミューターは、プロペラ機。

プロメラ機というのは、まさに飛行機という感じがします。

ブーンという独特の音がします。

そう、戦争映画などで、B29が本土空襲をした時にバックで鳴る音のような・・・(すみませ不謹慎かもしれません。でも、どうしてもそういうイメージをもってしまいます。)


飛行機から眺める隠岐の島は、ほぼ円形で、キレイな島でした。

道路が見えましたが、ここを翌日自分が走る姿を想像はできませんでした。


飛行場に到着すると、すでにバスが待っていました。

受付会場までの直行バスです。

なんと、手配のすばらしいことか・・・。

(しかし、これは、序の口であったのを、後で知る)


飛行場から、受付会場に向かいますが、もうすでにコースの距離表示が見えました。

あと3km・・・明日、自分はこの標識をどういう状態で通過するのでしょうか?いや、通過できる状態になっているでしょうか?

そして、牛の放牧が見えました。

なんとのどかな島なのでしょう?

素晴らしい景色です。

こういう場所を走れること自体が幸福なのかもしれません。


そして、赤い橋を通過し、しばらくすると坂道。この坂道が、コース最後の坂らしいのです。

しばらくして受付会場に到着。

受付会場では、係の人が下足を入れる袋を持って待っていました。

なんて準備のいいことなんぼでしょうか?


受付もすぐ終わり、そして、掲示板を見ると・・・なんと、事前に会社の人に発信していた「応援FAX」が・・・

それも、8割がた、自分に対するものです。

「宣伝しすぎちゃった」という感じでしたがでも、嬉しくないはずはありません。

みんな、一生懸命書いてくれました。

FAXは持ち帰っていい と書いてあったのではがしていると、この大会に参加する方でしょう・・「あら、おたくへのメッセージですか?」と、「ほとんどあなたへのメッセージですね・・・。どこかのお役所の方ですか?」などとたずねられ・・「ええ、まあ、いや、宣伝しすぎちゃったみたいで、恥ずかしい・・・」とかわけのわからないことをいって、はがしていました。


そして、ホテルへ向かいます。

ホテルへも巡回バスがあって、15分に1本はあります。

バスに乗るとすぐ到着。


しかし・・・ホテルとはいっても名ばかりのもの(失礼)、まあ、こんなもんでしょ。ということで部屋に入り荷物をおき、前夜祭までの間、しばらく買い物に出かける。

ホテルの状態をみて、朝食などはもしかすると期待できないかもしれない と思い、地元のスーパーを探しまわる。

1軒、おおきなスーパーを発見。1階はドラッグストア、地階が食品スーパー。

そこで、水と氷、そしてバナナ。さらにおにぎりとおはぎを購入。

朝食で満足できない場合にこれを食べることに。


それらを購入して部屋に戻る。

早速、氷や水を冷蔵庫に入れて、あとはのんびり前夜祭の時間をまつ。

前夜祭は18時半から・・・18時にホテルを出れば十分間に合う。


そして18時になり前夜祭の会場に向かう。

チラホラ、ランナーの姿を見かける。みな、前夜祭の会場に向かっている。

会場につくと、大勢の人がまっていた。

そして、いつのまにか前夜祭開始。


この場所でもいわゆる「青年団」のような組織なのかもしれないが、男女の若い2人の司会進行で始まる。


10くらいの大きなテーブルが用意され、そこには牡蠣やバイ貝などの海の幸。そしてひじきも。

しばらくして開会宣言がなされ、地元の「隠岐の誉」(かならず、○○の誉っていう酒があるよね~)で乾杯。

そして、牡蠣を中心に一気に食べ物が無くなる。

隠岐そばというそばもあるが並んでいてなかなかまわってこない。

乾杯のときに、ちょうど会場入りしたほぼ同じ年代のような方とお話をする。

着ていたTシャツは、「磐梯ウルトラ」の表示が・・・ということはなかなかの経験者のようだ。

彼も昨年もこの隠岐の島をチャレンジしたようだが、98km地点で時間切れとなったとのこと。

相当厳しいんだ・・・


会場では、スクリーンにコースの厳しさを現すような写真が・・・坂が多い・・・トンネルが多い・・・

経験者は、走ったというより、坂との苦闘だったとのこと・・・大丈夫か・・・またまた不安になる。


前夜祭はものの1時間で終了し、ホテルに戻る(これもバス送あり!)。

ホテルにもどると早速夕食。

ここで、焼酎をいただいた。(これがいけなかったようだ。後で後悔する)

海の幸の食事をいただきながら、焼酎はあっという間になくなり、「海藻焼酎」というのもいただく。

ロックでいただいたのだが、これがキツかった。

というより、とにかく、早く寝付くことが大事。

明日は3時には起きないと間に合わない。

そう思って思いっきり酔うことにしたのだ。

ホテルのマスターは、「コースを下見しておきました」といって、写真入りのパンフをくれた。

よくできている。

おや、前半にすごい坂があるらしい

そして、やたら長い坂もあるようだ・・・


マスターは「とにかく坂が多いですよ。それにトンネルも多いですよ。」と・・・


ますます不安が増す。


本当に走れるのだろうか?

それより、坂が上れるかな?


期待と不安が交錯し、そして、けっこう酔っ払って部屋に戻る。

そしてすぐにシャワーを浴びてベッドに倒れこんだ。

まだ、21時。

今から3時まで寝れれば6時間は眠れる。


そして、・・・すぐに寝入った。


キツい焼酎は、ここまでは正解であったのだ・・・。


(つづく・・・)

さよなら、隠岐

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また、来ることになるかわからない