隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その4 | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

隠岐の島 ウルトラマラソン 完走記 その4

今振り返ってみると、いろんなことがわかる。


たとえば、今回お腹の調子を悪くした結果、そのことへ神経が集中しており、時や距離の長さを感じなかった効果があったように思うのである。

また、確かに、坂はキツかった。20km以降には最高の標高の250mを上っていくわけだが、なんと実は70km程度までの坂について、自分はしっかり走れているのだ。

坂ののぼりのキツさは、確かに負担が大きい。しかし、上ったら下りるのだ。下りるのは、トレイルで慣れたように気持ちよく走れるのだ。からだもリラックスして下りれる。


その結果、肩こりも少なかった。

坂のアップダウンが結局、飽き解消になっていたのだ。



さて、第4回目だが・・・。

布施というところから中村というところを抜け、いよいよ標高250mの坂を上っていくことになる。

しかし、実際に走っているときは、このタイミングは一番調子がいいときだ。

およそ25km地点であるから、まだ十分体力はある。

だから、坂を上っているものの、あまり負担を感じなかった。

あとになって気付くのだが、実は、60km中盤以降までは、坂道であってもほとんど駆け上っている。

(60km中盤以降、歩いた理由も後で述べるが、走れなくなったわけではなかったのだ)


先に書いたように、アップのあとは必ずダウンがやってくる。

そして、この島ではアップのあとは、まずトンネルが待ってたりする。そしてトンネルからダウンしていく。

(つまり、ある程度標高を挙げたところでトンネルを掘っているのだ。山の底辺をくりぬくのは確かにコストも時間もかかるからね)

そういう環境になれると、坂道も なんとか頑張っちゃうのだ。


それとともに、地元の人の応援なのだが、山道に入れば当然応援してくれる人はだんだん少なくなり、まったくいないところも多い。しかし「もう、だめだ。疲れた、歩きたいなあ・・・」なんて思っていると、ちゃんと応援が待っていてくれるのだ。結局、走らずにはいられない。


20km以降で、パワーバーのウメ味をいただく。

これで、なんとかエネルギーも補給できた。


さらに、

今回、大正解だったのは、iPodに入れ込んだ音楽。

出発前日、ふと懐かしい音楽を入れておいたのだ。

今回は、吉田拓郎や「荒井」由美などを追加しておいた。

これが奏功。


辛いなあ・・・と思っていたときに、

吉田拓郎の「元気です」が流れたのだ。


***2番抜粋***

風邪よ運べよ 遠い人へこの便り

二年目の夏 涙ともらい水

幸福の色は 陽に灼けた肌の色

唇に浮かんだ 言葉は潮の味

出会いや別れに 慣れてはきたけれど

一人の重さが 誰にも伝わらず

どこかえ旅立てば ふり返りはしない

それでも この町に心をしずめたい

そうだ 元気ですよ と 答えたい ***♪***


その歌を歌いながら・・・気持ちよく走れた。

時には、応援してくれる人と音楽がマッチしすぎて、涙が出そうになった。

目から入ってくる映像と、頭の中に描かれる映像が、懐かしい音楽がBGMとなっていろんな感情を呼び起こすのだ。


お陰で、飽きずに走れることができた。

そして、なんとか標高250mの高さを超え、間も無くフルの距離へ向かうことができた。

しかし、この42.195km地点でも、驚くほどにパワーを温存できていた。

心配していた脚に痛みを発する兆候はない。

トイレに何度か行ったためか、(和式のトイレであったので)いい休憩とストレッチ(?)になって、脚は大丈夫。

42.195km地点も難なく通過し、そして、あとはほぼ中間地点(48km)の、レストステーションへ向かう。


しかしこの数キロは正直 長く感じた。

やはり距離感というのは、精神的なものなのだ。

まだか、まだか、と思うと本当に遠い。

下っているだけなのに、疲れも増してくる。

いや、下っているだけ、と思っていたら、またちょっとのぼりがあったりするから、「ん、もうっ!」ってなってしまうのだ。


ほぼ平坦な農道になり、五箇地区に入る。あとは、「五箇生涯学習センター」に向かうのみだ。


しばらくなんとかガマンして走り続けると、左に入れ!という係員の指示。

もうすぐ、レストステーションだ・・・と本当に期待したが・・・なんだか、農家の細い道を走ることになる・・。不安。

しかし、係員がいた。ほっと。


そして係員が、トランシーバーで「1422番」と叫ぶ。

「あらら、なんだか、中継でもしてるのかなあ。恥ずかしいなあ」なんて思っていたら、急激な壁のような坂が現れる。

「なんだよ。休憩に行くのにこの坂はないだろ!」と少し憤慨。


しかし、その憤慨も、レストステーションに入ったとたんに・・・

「1422番、神奈川県 ●●▲■さん、到着です!」というアナウンス!


すっげ~。と思っていると、さらに、ボランティアの中学生か高校生の女の子が、中間地点で預けておいた荷物を持ってきてくれる。

そうか、先ほど坂の前で係員が叫んでいたのは、荷物を探すためだったんだ と納得する。

到着にあわせ荷物も渡してもらえるので、全くロスタイムはない。

この連携はどうやって生まれたのだろうか?まだたった3回しか開催されていない大会でこういうノウハウをしっかり身に付けている大会運営側に正直驚いた。


急いで、着替えに。と、更衣室に入ると5,6人がテーブルの上に荷物をおいて着替え中。

自分も半分開いているテーブルに荷物を置いて、まずはトイレに。


そしてトイレから帰ってくると、すでに先ほどテーブルに荷物を置いていた人はすでに出発していた。

「そうか、のんびりしてちゃいけないんだ」と思い、自分もあわてて着替える。


着替えが済むと、エアーサロンパスを拭きつけ、また、胃薬を飲み、下痢止め、そしてユンケルを飲み干して着替えを整理し再度袋につめて更衣室を出る。たぶん、10分たらず。


そして、なんと、建物の出口では荷物預かりの係員がまた待っていてくれ、すぐ渡せる。

本当に、この運営は信じられないもてなしをしてくれるのだ。


そして、テントで準備している給食やドリンクコーナーにたちよる。


まずは、ボトルに氷を入れてもらう。そしてコーラ。本当にコーラはおいしい。それも、ちゃんと紙コップに空けておいてくれるので、炭酸もきつくなく飲みやすい。至れり尽くせりだよ。

それから、おにぎりと詰めたいお茶をいただいて、給食終了。ちょっと無理して、ご飯を詰め込んでおいた。

早速、走行再開!

さあ、あとほぼ半分だ!絶対完走してやる!!!



しかし、この後、またまた、腹の虫が暴れだすのであった。



(つづく)