早朝散歩
走らず、散歩してまッせ。
昨日、皮膚科に行った。以下、D:医者 R:running
D:「ずいぶんよくなっていますが、もう少しですね」
R:「はあ・・・」
D:「薬が効いていると思いますが、からだがね、思ったより疲れている状態なんですよね。もう少し様子をみたほうがよいと思いますが、大会かなにか近くにあるんですか?」
R:「あ、いえ、まあ秋にあるんですが、今は走りこみの時期でこの時期しっかり走っておかないと秋にいい成績が出せないので・・」
D:「そうですか。まあ、軽い運動ならいいでしょうが、もう少しガマンしたほうがよいと思います。まあ、ちゃんと治ればいくらでも走れますからね。」
R:「はあ・・・」
走る事が習慣になっていないと、なかなか理解できないことだと思うが、「一日走らない」ということは、ランナーにとってはとっても苦痛なのだ。
「治れば、あとで、いくらでも走れますから」
というのは、よく聞くことばだが、いやいや、「あとで、いくらでも」というのは、ランナーには通じない。
一日走らない日をつくると、
「ああ、明日は走らないといかんな」
「ああ、体に不純物が溜まったみたい」
など、そんなことを思いながら、焦りや不安や気分の悪さを感じてしまうものなのだ。
しかし、確かに、帯状疱疹という病は、ちゃんと治さないと後遺症も残るかもしれないようだ。
また、他の病気にも罹りやすいのかもしれない。
ということで、おとなしく・・・というのは非常に難しい注文なのだが、それなりに負担の少ない方法で・・・ということで普段走る約10kmの距離を、早朝に暑さで目が覚めてしまったので、歩くことにした。
それにしても、ほんま 暑い。
たまらん。太陽が当たるところは、嫌!
大阪のマンションの玄関は東向きでもろ朝日が当たるのだが、内側からドアをさわっても「アッチ!」だ。
だから、朝5時とはいえ、歩いていても暑い。
そして、うるさい。
「クマゼミ」!
ブログではその喧騒さは伝わらないが、文字で表すとするならば、
じいっじいっじいっじいっじいっじいっじいっじいっ!!!って、とんでもない雑音だ。
だから、夏場は、目覚まし時計は不要なのだ。「クマゼミ」で目が覚めるんやから。
もう。
ということで、今朝は、散歩10.5kmをゆっくり1時間40分で歩きました。
ああ、気持ちよかった!
コンビニの深夜営業は必要か?
前日のブログに引き続き、テーマはブログネタから・・・。
しかし・・・市民ランナーにとってコンビニは不可欠なのですよ。
砂漠の中のオアシス同様に。
自分などは、何度か走ったことのある場所であれば、コンビニのある場所を想定して計算して走るのですよ。
コンビニには、水がある。
コンビニには、トイレがある。
コンビニには、おにぎりがある。
コンビニには、アイスがある。
コンビニには、「憩い」がある。
のですよ。
そのコンビニが、営業時間を制限されてしまうと、(自分はあまりしませんが)夜通し走るようなランナーにとっては死活問題ですよ。
それに、万一何かあったときに飛び込める場所として、本当にコンビニは「憩い」の場所を、ここ日本では(というのもアメリカでは危険ば場所であったので)とらえられているはずです。
しかし、「環境問題を配慮して、コンビニの深夜営業を停止させる」とするのは、「風が拭けば桶屋が儲かる」という屁理屈以上に屁理屈だと思うのですね。
たぶん、「コンビニの営業状況をまったく理解していない人」が考えた発想としか思えません。
また、「ゴルフは木々を伐採し緑を減らすので地球温暖化の原因にもなる」なんていう理屈と変わらないものだと思います。
コンビニを深夜営業停止したとしても、冷蔵庫や冷凍庫は電気消せませんよ。
電気を節約できるのは、看板や照明類くらいです。店のエアコンも多少は落とせますけれど。
まあ、コンビニの夜開いていない生活にすれば、夜出歩く人も減りますし、相当大きな電気削減効果もあるかもしれませんね。
でも、それは、間違いなく「深夜のスラム化」を促進するだけではないですか?
暗い街づくりを促進するということなのでしょうか?
そんなことよりも、世界の軍隊全部が無くなれば、石油などの燃料を急激に削減できてもっとも効果的でしょうが・・・。
ま、こういう問題は立場によって、(自分であまり関係ないと思うところをいじめたくなるもので)市民ランナーなどを ヘンな人たち
と思っているような人からは、
「ランナーが減れば酸素が減らない!」などといわれるかもしれませんね。
おお、怖っ!
2008年上期の振り返り
「今年上半期の自分の中でのビッグニュース」というのが、Amebloのブログネタで挙げられていた。
そう、今年上半期は自分にとってもたくさんいろいろあった半年だったように思う。
何よりも、家族も含めて、次のステップに踏み込めたことがビッグニュースだったと思う。
2007年の最後のほうに、「村上春樹」の「走ることについて、僕の語ること」を読んで以来、走り方が変わった。
単身赴任であるが故に、時間の使い方は自分だけで決められるのだから、走れるだけ走ってみよう と思った。
村上春樹のように、一日10kmというペースを維持できるかどうかわからないが、やってみようと思った。
正月の間も、横浜でずいぶん走ったが、大阪に戻ってからというもの、走り方が大きく変わったのだ。
「夜、走る!」
夜走ることについて、最初は効果があるかわからなかった。しかし、今になって思えば、「RUNNERS」の特集になるくらい、夜走ることのメリットは大きかった。
夜走るということは、意外にも「毎日走れる」ということだった。
1時間程度でもかまわないので、毎日走るということが定着し始めると、生活のリズムが出来てくる。
家に早く帰るようにする。
走り終わってからすぐに、お風呂に入り、ご飯を食べれるように準備をするようになる。
計画的に生活をしようとするのだ。
白い息をして、汗をかいてそして自宅に帰りつくと、すぐ熱いお風呂に入る。
からだの芯からじわ~っと感じる心地よさ。
そしてそのあとの1本のビールが最高のリズムになった。
そうして、1月は、結局346km、つまり一日10kmを完全の超過できたのだ。
それから、体調を崩したりして多少ブレはあるものの結局この1~6月の半年で、1825kmを走ることができた。
距離をたくさん走ることが目的ではないものの、まずは、「ハルキにマケルナ!」という気持ちも多少あり、少しでも「走ることについて、オイラだって語ってやるもん」
くらいのエッセイは書けるくらいの権利は得たのではないか?と思うのである。
その走行距離の成果が早くも現れだしたのは、1月末の「館山若潮マラソン」であった。
実は、11月に予定してた「つくばマラソン」は、仕事のイベントの関係で参加できず、またその後に予定した「NAHAマラソン」についても体調不良に陥り那覇まで行っても参加できなかったという非常に悔しい思いをして
この「館山若潮マラソン」がシーズン初のフルのレースであった。
したがって、正直スタート時にはそれほどタイムを気にしてはいなかったのだが、走ってみてわずかながら自己ベストを更新したのだ。
「館山若潮マラソン」は、後半30km以降にアップダウンが加わり、37kmあたりで、キツい坂がある。そこも何とか乗り越え最後までそうペースを崩さず走ることができた。
走り終わった瞬間も、満足度も高かったのだ。
結果、自己ベスト更新。でもこの結果は、たまたま調子がよかっただけだろう という気持ちもあったのだ。
しかし、その後の2月の「泉州国際市民マラソン」は違った。
同日、東京では「東京マラソン」で酔いしれる中、「泉州国際」は、制限時間4時間30分というかなり厳しいもの。
それも、30km以降に大きな橋を4回上り下りするという残酷なコース設定。そして、関西では珍しいワンウエイの大会である。
1年前自分はこの30km以降の橋で歩いてしまい結局3時間50分台から進歩することは無かったのだ。
当日は、時折雪も舞う気温の低い気候。しかし風が比較的なかったのが奏功し、自分は最初からほぼイーブンペースで走れた。
さすが30km以降ではペースは落ちたものの、1年前とは20分も短縮する3時間31分という自己ベストを出せた。
このとき走り終わった瞬間に感じたのは「しっかり走ったぞ!」という充実感であった。
この2本の自己ベスト更新は自分にいい刺激を与えた。
湘南の30kでも2時間30分、そしていわく付きの「かすみがうら」もほぼベストに近いタイムで走りきった。
とにかく、「一日10km」を崩さないように、月末までに帳尻を合わせ走りこみを続けていた。
3月ころから、「隠岐の島ウルトラ」の本格的な準備にとりかかった。
3月は実は「徳島マラソン」にエントリーしていたが風邪気味でDNS。
しかし、その後復帰し、関西に住んでいる間に一度はやっておこうと思っていた「京都~大阪50km」のマラニックを3月22日にTryした。
そして4月にはいっても、再度「京都~大阪」を実施。
この2回の40km超のマラニックはスタミナをつけることと、長い距離のペースを維持することにとても役立ったと思う。
また、ある時は敢えて大阪城公園の周回コースで40kmをやった。
精神的な飽きを耐える練習でもあった。
5月には、初めての「仙台国際ハーフ」で、ハーフの自己ベストも出せ確実に走力がついているという自信がついた。
あとは、ウルトラの距離を本当に走れるか それだけであった。
その間、夜の10kmはできるだけ走ったし、休みの日は20~30kmは普通に走ることにした。
最後に、「京都~奈良40km」をやり、ほぼ4時間で走ることができ、これで自信をつけ「隠岐の島」に乗り込んだ。
そして、感動の「隠岐の島」であった。
12時間をなんとか切りたいとも思ったが、12時間5分というこの記録は、「もう一度やって来い!」と言っているように思うことができた。
マラソンを走りだして、最高の幸福を味わった100kmであった。
こうして考えると、とにかく、100kmでも、自己ベストでもない。
今年上期の最大のビッグニュースは、「1825mという、一日10kmを達成したこと」だと思う。
自分自身はこうしてこの上期に今までにないステップをひとつ踏み込めたと感じている。
下期に入り、いきなり「帯状疱疹」などと無理をしすぎたせいでの病気にも罹ってしまったが、すぐに挽回できるだろう。
この「一日10km」をなんとか走破し、「走ることについて、オイラだって語ってやるもん」というエッセイを書いてみたいものだ。
また、娘も自分自身の人生の一歩を踏み込め、新しい道に進んだこと、一歩一歩前に進むことができるということ。
今年の上期のビッグニュースであった。
おとなしくしてるっていっても
昨日、帯状疱疹と診断されてから、しかたなく自宅に待機しHDに溜まってしまった録画されたTVを見たり、ごろごろしていたが、発疹の出来たところ以外はなんともない状態なので、走ってはいけないといわれると、本当に欲求不満になる。
(とは言っても、実際に走って汗をかくと、さすが発疹はヒリヒリするので良くはないのはわかってはいるのだが)
今日は、朝から会社で電話会議があるのでの仕方なく出かけた。(まあ、歩いていけるから行くのだが、電車で行かないといけない距離であればさすが休んじまうのだけれどね)
そして、溜まったメールを少し処理した。
最近の会社のメールは、メールボックスの容量を制限しているので、よくチェックして自分のフォルダに移しておかないと、すぐ満杯になりアラームが発せられる。結局、メールを開けたら、アラームがすでに発信されていたのだ。
そして、書類処理をして、自宅待機をつげ帰宅。
途中、洗濯物を受け取ったりして・・・。
さて、とはいってもやることはないので、久々に時間がたっぷりあるから、部屋の片付けや、掃除をして、そして柔軟体操やストレッチくらいはやっておこうかなと思う。
金曜日にお医者に行くので、そこで問題なければ今週末は走るぞ!
休養せよ!
実は、先々週の週末くらいから、二の腕に発疹のようなものができていて、痒かったので掻いてしまいました。
そうすると、けっこう発疹が複数に広がりだしたので、市販の痒み止めのクリームなどを塗って掻かないようにしてたのです。
そうしているうちに、二の腕の発疹は少しずつおさまりだしていました。
そして先週の水曜日は、昼間に六甲に出かけました。森ですから当然、蛾なども飛び回っています。
その夜は、会社の仲間との練習会で、夜大阪城公園で蚊がたくさんいて、また痒さに参りました。
そして木曜日ころに、今度は腕のほうにまた発疹が。
そして二の腕のほうの発疹はおさまりだし、こんどは腕のほうの発疹が痒くてまいりました。
さらに、この前横浜に帰省している間に、今度はまた腕の別のところにぷつっと。
だんだん心配になったので、病院に行く事にしました。
移動する発疹なんてのは、あまりいいものではないと思い・・・
HPで近くの病院を調べていったのですが、そこはけっこう有名なお医者さんのようで、ちょっと遠くからバスや電車で来る患者さんもいるようでした。さらに三連休明けの皮膚科は混雑。
病院に到着したのは、11時近くになったと思いますが、その時にすでに66番目。
2時間半はかかるといわれましたが、たまたま時間的に余裕もあったので、待つことに。
そして待つこと約3時間近く。
ようやく診察に通されて、腕を見せて話をすると
「帯状発疹」ということだそうで。
この病気は、小さいころ罹った水疱瘡のウィルスが体の中(特に神経まわり)に住み着いていて、精神的なストレスや体の疲れが重なると、免疫力が低下して皮膚に顕れて暴れだすものだと・・・。
なるほど、そういうことだったのか。
それで、右腕の神経に添って発疹していたのですね・・・。
ということで、あまり酷くなるとけっこうきつい病とのことなので、薬をいただき安静にすることに。
(以下、D:医者、R:running)
R:「安静?」
R:「あの、マラソンをやっていて一日10kmくらいを日課にしているのですが、走ってはダメ で しょうか・・・」
D:「ダメですね」(と、一蹴される)
R:「いや、あの余計ストレスが・・・」
D:「いやいや、カラダが悲鳴を上げているわけですから、体力を消耗するなんてもってのほか!」
R:「はあ、そうですか・・・」
と、なんと、この自分に対して「Do Not Run!」と!!!!
ということで、急遽会社に戻り身支度をして帰宅しました。
くっそ~走れんことほど、辛い事は なか!(ってなぜ突然博多ベン?)
また、会社の従業員には、
「いやあ~めずらしく体調を壊して休めといわれたので休むわ!めずらしいやろ?しゃ~ないな。自分もフツーの人間っつうことや!」
などとほざいて帰宅した。
でも・・・早くなおって、すぐに走ってやる!くっそお!
(あ、でも、確かに、なんか体が重たいし、寝不足感が酷いような・・・やっぱり疲れているかも。こうおいうときに無理をすると、免疫力が低下しているのだから、とんでもない病気になるかもしれんなあ・・・)
いちおう、「東京マラソン」にエントリーしました
当選すれば、当然参加するのですが、なんとなく自分の中では、どちらでもいいかな?と思っています。
今年の秋からのシーズンインから、ほぼ参加レースもスケジュールできたので、あとはどの大会で、どういう目標を狙って成果をだすかという点がポイントなので、そのターゲット大会へのピーキングをしっかり計画だてて練習したいと思います。
それにしても、ウルトラを完走したことで目標が広がったのは、とてもいいことですね。
同じ1分でも、ハーフの1分と、フルの1分、ウルトラの1分と全然違いますからね。
ところで、今、病院にいます。一時間半くらい待たないとだめみたいです。
腕に発疹ができたので、まずは診察を受けにきてます。
トレイルで虫に刺されたのでしょうか?精神的なことなのでしょうか?
順番はまだまだのようです。
赤いブログ
この暑い時期に、見るだけでも暑くるしい「赤」のブログにデザイン変更してしまった。
Nike Human RaceのデザインがAmebloに加わったのと、さらに、JogNoteでも、NewBalanceとのタイアップのブログバナーが登場したので、それを貼り付けたら、ほとんど「赤」![]()
このクソ暑い時期に、見るほうも、書くほうも暑苦しいなあ とは思ったが、ま、8月31日まではこのデザインをKeepしておこうかな と思う。
ところで、今月発売の、Runnersの特集は「夜RUN」だ。
夜RUNが今年の1月から完全に定着した自分にとって、ことさら珍しいニュース性のある話題ではないが、確かに夜RUNのメリットは大きい。
特集にも書いてあるので、Runnerの方々は目を通していただきたいが、なんといっても、一日のストレス発散に最高にいい ということである。そして、日中活動していたからだのまま走りだすので、けっこう運動力があって、走りやすくまたスピードも出やすいということ。
ただし、やはり夜は見通しが悪くなるので、ウエアだけは、しっかり派手で目立つもの。そして、交差点での配慮ない自動車、自転車の動きを慎重にみないといけないということ。
ぜひ、ご一読ください。
さて、今日10時より、東京マラソンのエントリー開始です。
自分も一応エントリーはしますが、走れれば走りますし、また3度目の落選であっても、今年はターゲットを決めた大会もあるので、気分的には大丈夫ですね。
たぶん、東京マラソンで記録更新は難しいでしょうし、自分はやはり走るのにベストなシーズンの2月の「泉州」でなんとか3時間30分を切りたいと思っています。そういて点では「湘南」が今年の11月にずれ、2月の「泉州」、3月の「東京」・・・NGであれば、「荒川」でもいいかな というスケジュールがほぼ確定ですね。いやいや、11月の「湘南」のあとは、12月の「那覇」そして、1月の「館山」、2月「泉州」、3月「東京or荒川」、4月「かすみがうら」、5月「仙台ハーフ」、6月「隠岐の島ウルトラ」と、ほぼ、この大会の軸で参加していきたいと思います。
記録的には、2月の「泉州」を、フルの3時間30分きりを目指すメイン大会として、この夏場の練習をしていきます。
そしてそれが終わり次第、6月の「隠岐の島ウルトラ」に向けたモードへ変更します。
5月の「仙台」は、なんとか1時間30分の壁を目指しますが相当難しいかなと思います。
まずは、フル3時間30分、ウルトラ12時間この目標はなんとかクリアすべく、今からしっかり準備です!
よっしゃ。
とりあえず、東京はエントリーしまっせ!
(初めての「皇居ラン」・・・ちょっと嬉し!)
世間が夏休みに入り、関東など東日本も梅雨明け宣言をした19日、実は「はじめて」皇居を走った。
もう、走り出して4年以上になるのに、皇居で練習をしたのは、実は今回が初めてであったのだ。![]()
いや、実際には「夢舞い」などで、ほぼ1周程度を通過しているので、まったく走っていない道ではないのだが、「練習」として走ったのは、今回がはじめてであった。
さらに、生活の場を大阪に移してもう2年になるので、最近の東京の状況もよくわからず、結局「13時に桜田門」というベジー!の仲間の時間と場所の指定をうけ、その場に行ったのだ。しかし、着替えとかコンビニの状況がまったく把握していなかった。
大阪城公園の場合は、秀吉さんが住んでいるわけではないので、コンビニも近くにあるのだが、皇居のまわりにはコンビニがまったく無いってことは信じられなかったが、よく考えれば確かにそうなのかもしれない。
さらに、ベジー!の仲間は、ART SPORTで荷物も着替えも済ましてきたのだが、自分はそういう知識がなかったので、皇居の公衆トイレなどで着替えざるを得ない状況になってしまった。
まったく、知識がないというのは、不便なものである。
さて、仲間が集まり、いざ走ってみると、皇居のコースは意外に走りやすい。坂道もあるが決してキツくはない。いや、左回りだからだろう。反対の右回りだと、さすが赤坂方面の坂道はきついと思う。
そして、木々が多い。これは大阪と東京の大きな違いだが、木々が多いために、木陰はやはり涼しいのだ。ほっとする。また、皇居の大きなお堀も、気温を多少下げてくれるので水辺は涼しさを感じる。
トイレもいいタイミングで、それもキレイなトイレなので、安心できる。
なんといっても、皇居にはヘンな人がいないし。あたりまえか。(大阪城公園では、たまにブルーシートやリヤカーのおじさんも見かけますからね~
)
そのうえ、お巡りさんが、随所にいてくれるので(目的は違うけれど)、だから女性ランナーも安心して走れるのだと、人気の秘密(ってほどでもないけれど)が、あらためて理解できた。
結局、19日の13時という、殺人的な炎天下RUNは、3周で終了した。いや、4周程度を走っても問題ない程度の疲労感ではあったが、早くシャワーを浴びたい という気持ちと、汗びっしょりのウエアがどうも気持ちよくなかったのだ。
じれさんとしばぽちさんが最後の1周をしてベンチへ戻り、終了。そしてART SPORTSへ案内していただき、シャワーを浴びることができた。
しかし、シャワーは2つしかない。いくらなんでも、夜はこれでは混雑でたまらんだろうなあ と思い、いまだに市民ランナーのニーズが、ビジネスに反映されていない事情がよくわかった。
いまや、スポーツジムよりもこうしてアウトドアで活動する人も増えているのだから、シャワー施設などは多少値段がはっても利用する人は多いと思う。はやく、そういう環境整備が進むことを望む。
さて、暑い日のランのあとのシャワー後は、当然「ビール!」
そこで、ART SPORTSの店舗の前に見つけた、「ドイツ居酒屋 JS・レネップ 」
この店のビールは格別でした。とにかく、「ビールが旨い!」。
人気のお薦めの辛口ビールも飲んだが、香りの良いホワイトビール、そして黒ビールと最高の味わい!
「暑い日の皇居~シャワー~ビール」
初の皇居ラン、ベジー!の定期練習会は、最高の3点セットでした!
大阪に
連休最終日の午後の新幹線は休み疲れや、翌日から再開する現実的な日常へ向けて、なんとなく「どんより」とした重たい空気を感じるのだが、早朝のこの時間帯では、そういう気配はまだ感じられない。まだ、最終日を目一杯楽しもうという雰囲気がまだまだ感じられるのだ。
さて、とは言っても自分は、今日中に(それも、午前中に)やらないといけない作業もあるので、のんびりはしてはいられない。
さて、仕事モードへ切り替え、発進!!!

