2008年上期の振り返り | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

2008年上期の振り返り

「今年上半期の自分の中でのビッグニュース」というのが、Amebloのブログネタで挙げられていた。
そう、今年上半期は自分にとってもたくさんいろいろあった半年だったように思う。

何よりも、家族も含めて、次のステップに踏み込めたことがビッグニュースだったと思う。

2007年の最後のほうに、「村上春樹」の「走ることについて、僕の語ること」を読んで以来、走り方が変わった。
単身赴任であるが故に、時間の使い方は自分だけで決められるのだから、走れるだけ走ってみよう と思った。
村上春樹のように、一日10kmというペースを維持できるかどうかわからないが、やってみようと思った。
正月の間も、横浜でずいぶん走ったが、大阪に戻ってからというもの、走り方が大きく変わったのだ。
「夜、走る!」
夜走ることについて、最初は効果があるかわからなかった。しかし、今になって思えば、「RUNNERS」の特集になるくらい、夜走ることのメリットは大きかった。

夜走るということは、意外にも「毎日走れる」ということだった。
1時間程度でもかまわないので、毎日走るということが定着し始めると、生活のリズムが出来てくる。
家に早く帰るようにする。
走り終わってからすぐに、お風呂に入り、ご飯を食べれるように準備をするようになる。
計画的に生活をしようとするのだ。

白い息をして、汗をかいてそして自宅に帰りつくと、すぐ熱いお風呂に入る。
からだの芯からじわ~っと感じる心地よさ。
そしてそのあとの1本のビールが最高のリズムになった。
そうして、1月は、結局346km、つまり一日10kmを完全の超過できたのだ。

それから、体調を崩したりして多少ブレはあるものの結局この1~6月の半年で、1825kmを走ることができた。
距離をたくさん走ることが目的ではないものの、まずは、「ハルキにマケルナ!」という気持ちも多少あり、少しでも「走ることについて、オイラだって語ってやるもん」
くらいのエッセイは書けるくらいの権利は得たのではないか?と思うのである。

その走行距離の成果が早くも現れだしたのは、1月末の「館山若潮マラソン」であった。
実は、11月に予定してた「つくばマラソン」は、仕事のイベントの関係で参加できず、またその後に予定した「NAHAマラソン」についても体調不良に陥り那覇まで行っても参加できなかったという非常に悔しい思いをして
この「館山若潮マラソン」がシーズン初のフルのレースであった。
したがって、正直スタート時にはそれほどタイムを気にしてはいなかったのだが、走ってみてわずかながら自己ベストを更新したのだ。
「館山若潮マラソン」は、後半30km以降にアップダウンが加わり、37kmあたりで、キツい坂がある。そこも何とか乗り越え最後までそうペースを崩さず走ることができた。
走り終わった瞬間も、満足度も高かったのだ。
結果、自己ベスト更新。でもこの結果は、たまたま調子がよかっただけだろう という気持ちもあったのだ。
しかし、その後の2月の「泉州国際市民マラソン」は違った。
同日、東京では「東京マラソン」で酔いしれる中、「泉州国際」は、制限時間4時間30分というかなり厳しいもの。
それも、30km以降に大きな橋を4回上り下りするという残酷なコース設定。そして、関西では珍しいワンウエイの大会である。
1年前自分はこの30km以降の橋で歩いてしまい結局3時間50分台から進歩することは無かったのだ。
当日は、時折雪も舞う気温の低い気候。しかし風が比較的なかったのが奏功し、自分は最初からほぼイーブンペースで走れた。
さすが30km以降ではペースは落ちたものの、1年前とは20分も短縮する3時間31分という自己ベストを出せた。
このとき走り終わった瞬間に感じたのは「しっかり走ったぞ!」という充実感であった。

この2本の自己ベスト更新は自分にいい刺激を与えた。
湘南の30kでも2時間30分、そしていわく付きの「かすみがうら」もほぼベストに近いタイムで走りきった。
とにかく、「一日10km」を崩さないように、月末までに帳尻を合わせ走りこみを続けていた。

3月ころから、「隠岐の島ウルトラ」の本格的な準備にとりかかった。
3月は実は「徳島マラソン」にエントリーしていたが風邪気味でDNS。
しかし、その後復帰し、関西に住んでいる間に一度はやっておこうと思っていた「京都~大阪50km」のマラニックを3月22日にTryした。
そして4月にはいっても、再度「京都~大阪」を実施。
この2回の40km超のマラニックはスタミナをつけることと、長い距離のペースを維持することにとても役立ったと思う。
また、ある時は敢えて大阪城公園の周回コースで40kmをやった。
精神的な飽きを耐える練習でもあった。
5月には、初めての「仙台国際ハーフ」で、ハーフの自己ベストも出せ確実に走力がついているという自信がついた。
あとは、ウルトラの距離を本当に走れるか それだけであった。
その間、夜の10kmはできるだけ走ったし、休みの日は20~30kmは普通に走ることにした。
最後に、「京都~奈良40km」をやり、ほぼ4時間で走ることができ、これで自信をつけ「隠岐の島」に乗り込んだ。

そして、感動の「隠岐の島」であった。
12時間をなんとか切りたいとも思ったが、12時間5分というこの記録は、「もう一度やって来い!」と言っているように思うことができた。
マラソンを走りだして、最高の幸福を味わった100kmであった。

こうして考えると、とにかく、100kmでも、自己ベストでもない。
今年上期の最大のビッグニュースは、「1825mという、一日10kmを達成したこと」だと思う。


自分自身はこうしてこの上期に今までにないステップをひとつ踏み込めたと感じている。
下期に入り、いきなり「帯状疱疹」などと無理をしすぎたせいでの病気にも罹ってしまったが、すぐに挽回できるだろう。
この「一日10km」をなんとか走破し、「走ることについて、オイラだって語ってやるもん」というエッセイを書いてみたいものだ。

また、娘も自分自身の人生の一歩を踏み込め、新しい道に進んだこと、一歩一歩前に進むことができるということ。
今年の上期のビッグニュースであった。