ぶらり 筑州の旅
朝一番。

皆さん、お早いですねー。
前泊ですか??

朝焼けの中、出発!
テイクオフ!

富士山です。

雲海が広がってます。
現地はあまり天気が良くありませんでした。

まずは腹ごしらえです。

ワシは地方の、郊外型のスタバが好きなんです。
できれば、必ず行きたんです。(?)汗。

ハイ、見事な石垣ですね。
織豊期~と思われる見事な石垣ですね。

こちらは久留米城ですね。
歴史は古いのですが、現在の城はあくまでも豊臣秀吉の九州制覇以降のお城でしょーねー。
(それ以前の城は篠山城と言ったよーです)
まずは小早川氏(秀包)が手をつけ、
実際に整備を完成したのは、有馬氏の時代でしょーねー。
以降、有馬氏の居城(本拠)として明治を迎えてます。
筑州と肥州が接続する重要な地点だけに、魏志倭人伝が示す地域はこのあたりではないかとも考えられるし、
(古代から邑が栄えた可能性があるという意味ね)
明治以降も陸軍の関係機関が置かれていますね。

本丸の入り口は桝形虎口になってますね。
往年の久留米城は連郭式となっており、現在残っているのは本丸の郭(曲輪)のみですね。
二の丸、三の丸などは市街地となっています。

本丸跡ですね。

現在は神社となってます。
当時も天守閣はなかったようですね。
最終的に整備されたのが、もう元和年間に入っていたようですから・・・その頃あたりから、いわゆる「天守閣」というのは作られなくなっていくんですねー。
ここには本丸御殿があったということですね。

篠山神社というそうです。


本丸の背後には、やはり川が流れてました。
筑後川と宝満川の合流地点に突き出した舌状地帯。
織豊期のパターンですね。

現在は本丸の外郭に沿って、散歩できるようです。


艮櫓跡。
現在はベンチが置いてありました。

晩秋の佇まい。




見事な高石垣。

それにしても、
柵とか、何もない。汗。
これ、
夜中とか、酔っ払ってとか、
特に土地勘がなかったりすると・・・キケンですよね?? 汗。


こちらの階段はおそらく当時のものではないですよね・・・?

それにしても、スゴイ。
よく整備されてますね。
この後、午後はヤボ用を済ます。
俄かに天気が良くなってきました。

これまたスゴイ、太陽光パネル・・・。
地方に行くと、見かける風景です。

夜には福岡に戻りました。
皆様、とても良い顔をされてました。
ちょっと昔に戻ったような気がしました。
その言い分、昔、よく聞いた気がします。
一周回って何とやら、と申しますよね・・・。
ワシの現状を考えれば、ワシが間違っていたということになりますかね・・・汗。
つらいです・・・。

皆さん、お早いですねー。
前泊ですか??

朝焼けの中、出発!
テイクオフ!

富士山です。

雲海が広がってます。
現地はあまり天気が良くありませんでした。

まずは腹ごしらえです。

ワシは地方の、郊外型のスタバが好きなんです。
できれば、必ず行きたんです。(?)汗。

ハイ、見事な石垣ですね。
織豊期~と思われる見事な石垣ですね。

こちらは久留米城ですね。
歴史は古いのですが、現在の城はあくまでも豊臣秀吉の九州制覇以降のお城でしょーねー。
(それ以前の城は篠山城と言ったよーです)
まずは小早川氏(秀包)が手をつけ、
実際に整備を完成したのは、有馬氏の時代でしょーねー。
以降、有馬氏の居城(本拠)として明治を迎えてます。
筑州と肥州が接続する重要な地点だけに、魏志倭人伝が示す地域はこのあたりではないかとも考えられるし、
(古代から邑が栄えた可能性があるという意味ね)
明治以降も陸軍の関係機関が置かれていますね。

本丸の入り口は桝形虎口になってますね。
往年の久留米城は連郭式となっており、現在残っているのは本丸の郭(曲輪)のみですね。
二の丸、三の丸などは市街地となっています。

本丸跡ですね。

現在は神社となってます。
当時も天守閣はなかったようですね。
最終的に整備されたのが、もう元和年間に入っていたようですから・・・その頃あたりから、いわゆる「天守閣」というのは作られなくなっていくんですねー。
ここには本丸御殿があったということですね。

篠山神社というそうです。


本丸の背後には、やはり川が流れてました。
筑後川と宝満川の合流地点に突き出した舌状地帯。
織豊期のパターンですね。

現在は本丸の外郭に沿って、散歩できるようです。


艮櫓跡。
現在はベンチが置いてありました。

晩秋の佇まい。




見事な高石垣。

それにしても、
柵とか、何もない。汗。
これ、
夜中とか、酔っ払ってとか、
特に土地勘がなかったりすると・・・キケンですよね?? 汗。


こちらの階段はおそらく当時のものではないですよね・・・?

それにしても、スゴイ。
よく整備されてますね。
この後、午後はヤボ用を済ます。
俄かに天気が良くなってきました。

これまたスゴイ、太陽光パネル・・・。
地方に行くと、見かける風景です。

夜には福岡に戻りました。
皆様、とても良い顔をされてました。
ちょっと昔に戻ったような気がしました。
その言い分、昔、よく聞いた気がします。
一周回って何とやら、と申しますよね・・・。
ワシの現状を考えれば、ワシが間違っていたということになりますかね・・・汗。
つらいです・・・。
G Talk-171 さらばミスター FOR3EVERとともに刻まれたものとは?
1日歩き回って、
もー足が棒のよーだったのだが・・・
行って参りました。

水道橋で降りると、さっそくサイネージに・・・↑。
(見えますか~?)

あれれ・・・
もークリスマスムードですか??
マライアの毎年恒例のクリスマスソングが
ガンガン鳴っている。
若けー人がたくさん屯している。
ドームで何が行われているか・・・そりゃー、Zな人にはカンケーないですよね。汗。
クリスマスがめでたいですよね。(?)汗。

ハイ、こちら。
もー時間ギリギリでしたので、
人の列はそれほどではありませんでした。
昼間には長蛇の列になったそーです。
疲れ果てた老体(ワシね)としては、
長時間並ばなくてはいけないのか、と危惧していたのですが、
全てはスムーズでした。
そうです。
本日はナガシマさんの「お別れの会」という式典が、ここ東京ドームで行わています。

ドーン。
25年前? 26年前? にこの写真を撮った人、スゴイですねー。こうして今だにメインビジュアルとして使用されている。


スポーツ報道畑のカメラマン冥利ですよねー。

んぐー、
この二人の後ろ姿・・・
神々しすぎる・・・。

久しぶりのドーム。
黒を基調にイメージがだいぶ変わっとる。
ふーん・・・。

本日はグラウンド内に祭壇(?)が設けられている。

グランド内に降ろしていただく。
いつ以来かなあ・・・。
最新の人工芝ってヤツだと思いますが・・・ちょっと、ツルッとしてますね。
浅野がデビュー戦でコケていたけど、
たしかに滑るカンジはしますね・・・。
(ケガ防止のため、あえて滑りやすくしているのかな?=スライディングしやすいよーに)
ゴソゴソっとすると、チップ(?)が舞い散る。
これもケガ防止用のクッション材として、
改良されている点なんですねー。へー。
たしかに、大昔はこういうチップはなかった。
(ズタボロ靴があまりに見苦しいのでボカシました。汗。滑るのはツルツルの靴底のせい?? 新しい靴買いたい・・・泣)

記帳台。
ここでみなさんナガシマさんへのメッセージを書く。
ワシも書かせていただきました。

この位置からホーム方向を見たことはなかったなー・・・。
知らんかったけど、
最上部にジャイアンツの優勝年度が刻まれている。
リーグ優勝年度になるのかー。
ふーん。
本来、ジャイアンツはリーグ優勝ではなく、日本一(チャンピオン)を目標として戦ってきたチームなのだが・・・
まあ、いい・・・
どうでもアレだが・・・
最後にチャンピオンになったのは2012年なのかあ・・・。

一塁ベンチ。
かつてはここでナガシマさんは指揮を執られました。
1994年と2000年に監督としてチャンピオンになられている。

バッターボックス。
打者としてのタイトルは数知れず。
しかしそーいった数字以上のナニカで、ファンを魅了し続けてこられたのがナガシマさん。
その独壇場ですね。

18.44メートル。
時間にすれば1秒ない世界。
その瞬間にファンは固唾を飲みました。
打球がスタンドに入るまでは5秒ないくらいの世界?
濃密すぎる時間ですねー。

三塁ベース付近。
この場所も
ナガシマさんの舞台でしたね。

「ジャイアンツの四番」は、かつては球界の顔、金看板でした。
野球少年の憧れ、っつーかね。
中島治康、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜、阿部慎之助・・・
岡本の退団でその系譜が途絶えようとしている。
来年、ジャイアンツは、四番をホント・・・どーすんだろなー・・・??
四番打者がいない。
候補すら皆目いない。
将来の四番候補すらちょっと見当がつかない状態・・・汗汗。
こんな事態、未だかつてありましたっけ?? 汗。
由々しき事態だと思うんだが・・・案外、世の中は静か・・・。
それだけ世の中の関心がなくなったんだろーねー、ジャイアンツに・・・。
それよりはLA、オオタニサン、っつー時代だもんねー・・・。
新設された長嶋賞。
第一号は是非ジャイアンツから・・・なんて、息捲きたいところだが・・・ぶっちゃけ、この時点でお手上げ・・・今後しばらくは、ジャイアンツからはムリなんじゃん、っつーね・・・汗汗。
どーすんだろなー・・・??
寂しい話だなー・・・。

プレイのみならず、
監督として、たくさんの人材を遺してくれたのもナガシマでしたねー。
批判的な人は「外から選手を集めてばかりいた」とおっしゃると思いますけど・・・
第一次政権後の80年代ジャイアンツのメンバー。
中畑、篠塚、江川、西本、松本、山倉・・・
(あくまでも「後」ね・・・それらの選手が本当に主力として活躍したのは、ナガシマ監督退任後の1981年以降ですね)
それに第二次政権時の松井、高橋・・・ルーキの阿部を抜擢したのもナガシマさんでした。
楽しかったですねー。
そして、
あのアテネ五輪。
(監督はキヨシ。笑)
メンバーから後に、メジャーリーガーを9人も輩出している。
いやー、楽しかったですねー。
今や数々の国際試合がありますが、
あのアテネは特別だったなー・・・。


感謝。
感謝しかございません!
(ありがとうの「う」が抜けた笑)

祭壇(?)前へ。
いよいよお別れの時です・・・

バットが飾られていました。

グラブも飾られてました。
見たからに昔型のグラブだなー。笑。
それにしても、
今のグラブの発展はスゴイよね。
使ってみると、まるで虫取り網みたいなカンジがします。
スポスポとゴロが入るカンジ。笑。
(メーカーさんの努力の賜物でしょー)
→んでね、最近は「横も正面」とか言ってますが、
このグラブの発展が大きいのでしょー。
昔は、そーはいかんかったのよー。笑。
昔はね、まず、体のどこかに当てて止める。体に当てるなら「こーだ!」みたいな・・・笑。
その中でグラブの捌きが良い人を「センスある~」なんて、言っていたのですが・・・
たしかに、最近のグラブだったらね、横だろーが、逆シングルだろーが、スポスポ入るカンジがしますもんねー。
野球の基本も変わりますよねー。

いよいよ正面に来た。
係の人は「立ち止まらないでくださーい」と連呼している。
その中、ワシは脱帽して一礼・・・。
・・・。
真ん中の勲章は文化勲章ですかねー?
(国民栄誉賞は勲章とかあるんですかね??)
右側はアテネオリンピック時のフラッグですね。
ナガシマ・ジャパン。

おお!!
こ、これは!!
第一次政権時のユニフォーム!!
1975~1980年の6シーズン、着用されました。
ワシはサンフランシスコ型と呼んでいます。
(ロゴがSFジャイアンツと同じ)
んんー、コレだなー、ワシにとっては・・・汗汗。
数試合でよいので、復刻しませんかねー。
来年の1周忌の記念試合で是非!
(SFジャイアンツとの間に商標の問題でもあるんだろーかー)

右中間スタンドの柱に「3」が掲げられています。

お隣には「1」も。
LAからジャイアンツが再びその地位を奪還するには、
このような強力なコンビが必要でしょう。
それには、発掘・育成の問題もあるでしょー。
さらに、長くジャイアンツでプレイしてもらうためには、
環境・運営(経営)の課題もあるでしょうねー。
(要は、メジャーに匹敵する生涯年棒が支払えるか、なんでしょーけど、ぶっちゃけ汗。プロ野球選手としては一番稼げる場所=夢の舞台なのでショーから・・・)
まあ、いい・・・。

ワシが訪問したこの時間帯は、
意外にも若い世代が多かったです。
仕事帰りのリーマンがほとんど。
意外です。
皆様お忙しいのに、
仕事を切り上げて、いらしているのかもしれませんねー。
2000年のあのシーンを、例えば10歳で観ていれば35歳かあ・・・。
そんな世代なんでしょー、きっと。
この殺伐とした世の中で戦われているリーマンの皆様の心の奥底に、ジャイアンツ・野球があるなんてステキです。
高齢者の皆様は、この時間帯的にはほとんど見かけませんでした。
(おそらく高齢者は昼間の時間帯に済まされているんでしょう)
それでもチラホラいらっしゃる高齢者の皆様は、
辿々しい足取りながらグランドの上を必死に歩いていらっしゃる。
共に人生を歩いてこられたナガシマさんに一言お伝えしたかったんでしょーねー・・・。
スタジアムは広い上に、どうしても階段が多いから大変でしたね。


んんー、コレね!
今のユニフォームはデザインは全て印刷(プリント)の球団が多いけど・・・なーんか、違うんだよなー。
(印刷なので、デザインも自由過ぎちゃっている=それがデザイン性が高い?=それが今の時代だね)
この質感というんですかねー汗。
現代の方が軽量化されていて優れている、と納得はできるのですが・・・汗



時代が終わりました・・・。
時代が終わりましたね・・・
たしかにワシの中でも、今日・・・
何かが終わった気がします・・・。
そうだな・・・
終わったのかあ・・・。
これから、
時代とともに野球もさらに変わっていくのでしょう。
それも必然。
今のままであるものはない。
新しい時代には、新しい時代の野球がある。
球界はむしろ、それに対応していかなくてはいけないのでしょう。
抗っても老害と言われるだけ。
ワシらはワシらの時代の野球があった・・・それで良いのでしょう・・・。
一期一会とは言いますが・・・
時代とともにワシらは・・・ワシは退場するしかないのでしょう。もー、きっと。
・・・。
王さんは「ナガシマさんは永久です」と言った。
そうですね、
永久に刻まれるナガシマさんの名前。
・・・その名前にワシらの人生も一緒に封印(Sealed)されたのが今日だったのかも知れません。

退場すると
ラクーア方面。
本日はこちらから帰りましょう。汗。

「ありがと」ございました。
ナガシマさん。
お疲れ様でした。
さようなら・・・さようなら・・・
もー足が棒のよーだったのだが・・・
行って参りました。

水道橋で降りると、さっそくサイネージに・・・↑。
(見えますか~?)

あれれ・・・
もークリスマスムードですか??
マライアの毎年恒例のクリスマスソングが
ガンガン鳴っている。
若けー人がたくさん屯している。
ドームで何が行われているか・・・そりゃー、Zな人にはカンケーないですよね。汗。
クリスマスがめでたいですよね。(?)汗。

ハイ、こちら。
もー時間ギリギリでしたので、
人の列はそれほどではありませんでした。
昼間には長蛇の列になったそーです。
疲れ果てた老体(ワシね)としては、
長時間並ばなくてはいけないのか、と危惧していたのですが、
全てはスムーズでした。
そうです。
本日はナガシマさんの「お別れの会」という式典が、ここ東京ドームで行わています。

ドーン。
25年前? 26年前? にこの写真を撮った人、スゴイですねー。こうして今だにメインビジュアルとして使用されている。


スポーツ報道畑のカメラマン冥利ですよねー。

んぐー、
この二人の後ろ姿・・・
神々しすぎる・・・。

久しぶりのドーム。
黒を基調にイメージがだいぶ変わっとる。
ふーん・・・。

本日はグラウンド内に祭壇(?)が設けられている。

グランド内に降ろしていただく。
いつ以来かなあ・・・。
最新の人工芝ってヤツだと思いますが・・・ちょっと、ツルッとしてますね。
浅野がデビュー戦でコケていたけど、
たしかに滑るカンジはしますね・・・。
(ケガ防止のため、あえて滑りやすくしているのかな?=スライディングしやすいよーに)
ゴソゴソっとすると、チップ(?)が舞い散る。
これもケガ防止用のクッション材として、
改良されている点なんですねー。へー。
たしかに、大昔はこういうチップはなかった。
(ズタボロ靴があまりに見苦しいのでボカシました。汗。滑るのはツルツルの靴底のせい?? 新しい靴買いたい・・・泣)

記帳台。
ここでみなさんナガシマさんへのメッセージを書く。
ワシも書かせていただきました。

この位置からホーム方向を見たことはなかったなー・・・。
知らんかったけど、
最上部にジャイアンツの優勝年度が刻まれている。
リーグ優勝年度になるのかー。
ふーん。
本来、ジャイアンツはリーグ優勝ではなく、日本一(チャンピオン)を目標として戦ってきたチームなのだが・・・
まあ、いい・・・
どうでもアレだが・・・
最後にチャンピオンになったのは2012年なのかあ・・・。

一塁ベンチ。
かつてはここでナガシマさんは指揮を執られました。
1994年と2000年に監督としてチャンピオンになられている。

バッターボックス。
打者としてのタイトルは数知れず。
しかしそーいった数字以上のナニカで、ファンを魅了し続けてこられたのがナガシマさん。
その独壇場ですね。

18.44メートル。
時間にすれば1秒ない世界。
その瞬間にファンは固唾を飲みました。
打球がスタンドに入るまでは5秒ないくらいの世界?
濃密すぎる時間ですねー。

三塁ベース付近。
この場所も
ナガシマさんの舞台でしたね。

「ジャイアンツの四番」は、かつては球界の顔、金看板でした。
野球少年の憧れ、っつーかね。
中島治康、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜、阿部慎之助・・・
岡本の退団でその系譜が途絶えようとしている。
来年、ジャイアンツは、四番をホント・・・どーすんだろなー・・・??
四番打者がいない。
候補すら皆目いない。
将来の四番候補すらちょっと見当がつかない状態・・・汗汗。
こんな事態、未だかつてありましたっけ?? 汗。
由々しき事態だと思うんだが・・・案外、世の中は静か・・・。
それだけ世の中の関心がなくなったんだろーねー、ジャイアンツに・・・。
それよりはLA、オオタニサン、っつー時代だもんねー・・・。
新設された長嶋賞。
第一号は是非ジャイアンツから・・・なんて、息捲きたいところだが・・・ぶっちゃけ、この時点でお手上げ・・・今後しばらくは、ジャイアンツからはムリなんじゃん、っつーね・・・汗汗。
どーすんだろなー・・・??
寂しい話だなー・・・。

プレイのみならず、
監督として、たくさんの人材を遺してくれたのもナガシマでしたねー。
批判的な人は「外から選手を集めてばかりいた」とおっしゃると思いますけど・・・
第一次政権後の80年代ジャイアンツのメンバー。
中畑、篠塚、江川、西本、松本、山倉・・・
(あくまでも「後」ね・・・それらの選手が本当に主力として活躍したのは、ナガシマ監督退任後の1981年以降ですね)
それに第二次政権時の松井、高橋・・・ルーキの阿部を抜擢したのもナガシマさんでした。
楽しかったですねー。
そして、
あのアテネ五輪。
(監督はキヨシ。笑)
メンバーから後に、メジャーリーガーを9人も輩出している。
いやー、楽しかったですねー。
今や数々の国際試合がありますが、
あのアテネは特別だったなー・・・。


感謝。
感謝しかございません!
(ありがとうの「う」が抜けた笑)

祭壇(?)前へ。
いよいよお別れの時です・・・

バットが飾られていました。

グラブも飾られてました。
見たからに昔型のグラブだなー。笑。
それにしても、
今のグラブの発展はスゴイよね。
使ってみると、まるで虫取り網みたいなカンジがします。
スポスポとゴロが入るカンジ。笑。
(メーカーさんの努力の賜物でしょー)
→んでね、最近は「横も正面」とか言ってますが、
このグラブの発展が大きいのでしょー。
昔は、そーはいかんかったのよー。笑。
昔はね、まず、体のどこかに当てて止める。体に当てるなら「こーだ!」みたいな・・・笑。
その中でグラブの捌きが良い人を「センスある~」なんて、言っていたのですが・・・
たしかに、最近のグラブだったらね、横だろーが、逆シングルだろーが、スポスポ入るカンジがしますもんねー。
野球の基本も変わりますよねー。

いよいよ正面に来た。
係の人は「立ち止まらないでくださーい」と連呼している。
その中、ワシは脱帽して一礼・・・。
・・・。
真ん中の勲章は文化勲章ですかねー?
(国民栄誉賞は勲章とかあるんですかね??)
右側はアテネオリンピック時のフラッグですね。
ナガシマ・ジャパン。

おお!!
こ、これは!!
第一次政権時のユニフォーム!!
1975~1980年の6シーズン、着用されました。
ワシはサンフランシスコ型と呼んでいます。
(ロゴがSFジャイアンツと同じ)
んんー、コレだなー、ワシにとっては・・・汗汗。
数試合でよいので、復刻しませんかねー。
来年の1周忌の記念試合で是非!
(SFジャイアンツとの間に商標の問題でもあるんだろーかー)

右中間スタンドの柱に「3」が掲げられています。

お隣には「1」も。
LAからジャイアンツが再びその地位を奪還するには、
このような強力なコンビが必要でしょう。
それには、発掘・育成の問題もあるでしょー。
さらに、長くジャイアンツでプレイしてもらうためには、
環境・運営(経営)の課題もあるでしょうねー。
(要は、メジャーに匹敵する生涯年棒が支払えるか、なんでしょーけど、ぶっちゃけ汗。プロ野球選手としては一番稼げる場所=夢の舞台なのでショーから・・・)
まあ、いい・・・。

ワシが訪問したこの時間帯は、
意外にも若い世代が多かったです。
仕事帰りのリーマンがほとんど。
意外です。
皆様お忙しいのに、
仕事を切り上げて、いらしているのかもしれませんねー。
2000年のあのシーンを、例えば10歳で観ていれば35歳かあ・・・。
そんな世代なんでしょー、きっと。
この殺伐とした世の中で戦われているリーマンの皆様の心の奥底に、ジャイアンツ・野球があるなんてステキです。
高齢者の皆様は、この時間帯的にはほとんど見かけませんでした。
(おそらく高齢者は昼間の時間帯に済まされているんでしょう)
それでもチラホラいらっしゃる高齢者の皆様は、
辿々しい足取りながらグランドの上を必死に歩いていらっしゃる。
共に人生を歩いてこられたナガシマさんに一言お伝えしたかったんでしょーねー・・・。
スタジアムは広い上に、どうしても階段が多いから大変でしたね。


んんー、コレね!
今のユニフォームはデザインは全て印刷(プリント)の球団が多いけど・・・なーんか、違うんだよなー。
(印刷なので、デザインも自由過ぎちゃっている=それがデザイン性が高い?=それが今の時代だね)
この質感というんですかねー汗。
現代の方が軽量化されていて優れている、と納得はできるのですが・・・汗



時代が終わりました・・・。
時代が終わりましたね・・・
たしかにワシの中でも、今日・・・
何かが終わった気がします・・・。
そうだな・・・
終わったのかあ・・・。
これから、
時代とともに野球もさらに変わっていくのでしょう。
それも必然。
今のままであるものはない。
新しい時代には、新しい時代の野球がある。
球界はむしろ、それに対応していかなくてはいけないのでしょう。
抗っても老害と言われるだけ。
ワシらはワシらの時代の野球があった・・・それで良いのでしょう・・・。
一期一会とは言いますが・・・
時代とともにワシらは・・・ワシは退場するしかないのでしょう。もー、きっと。
・・・。
王さんは「ナガシマさんは永久です」と言った。
そうですね、
永久に刻まれるナガシマさんの名前。
・・・その名前にワシらの人生も一緒に封印(Sealed)されたのが今日だったのかも知れません。

退場すると
ラクーア方面。
本日はこちらから帰りましょう。汗。

「ありがと」ございました。
ナガシマさん。
お疲れ様でした。
さようなら・・・さようなら・・・
ぶらり 京都の旅<後編>
ホテルの朝食会場へ行くと、外国人だらけ。
日本人は1割?
数える程。
でも、この外国人さんのお陰で、
メニュー豊富なブッフェをいただける。
外国人様様。
インバウンド様様。
もーパンドラの箱を開けちゃった状態なワケでね。汗。
戻ることはできないでしょ、きっと。汗。
・・・
どうする?? 汗。
・・・
まあ、いい。

2日目午前中は本願寺さんへ。西の方ですね。
デカイ。
とにかくデカイというイメージですね。

とにかくなんでもデカイ。笑。
笑っちゃうほど、デカイですね。
こちらを拝観させていただくと、
・・・例えば、豊臣大坂城の本丸御殿はこんなカンジ(雰囲気がね)だったんかなー、とか・・・ちょっと思っちゃいます。

悪人正機、他力本願についてお話をお聞かせていただく。
んー・・・
今時の若い人にはなかなか届かないかも知れませんね。
生きるとは苦であると・・・(四苦八苦のことね)
面白可笑しく暮らしたいと思っているのに、苦であると、なんて言われてもね・・・汗。
ワシもこのしょーもない人生の後始末を考えなくてはいけない時季に来ちゃったのかなあ・・・。
いや・・・まだまだ突き進めとおしゃっているような気もしないでもない(悪人正機、他力本願)
苦しいねー・・・


なんとなく桃山の雰囲気を伝えてくれる。


国宝です。
入母屋造り、格式の高い檜皮葺の屋根ですね。
慶長年間前半の建築物と言われてますね。
聚楽第の遺構だとも言われてます。マジカ。
スゴイ。
こちらには飛雲閣というやはり国宝があるのですが、
こちらは本日は見学できませんでした。ガックリ。
こちらも聚楽第の遺構だといわれてますね。

松も手入れが行き届いています。

天気が良くなってきました。


また来たいですね。
時間は正午になりました。
先日のリベンジへ!

二条城。
こちらもデカイなー。
子どもの頃以来だと思うのだが、
こんな大きかったかなー。
(印象が逆なら、よくあるけどね。オトナになってから行くと、意外と小さかったり、しょぼかったり・・・逆です汗)

ドーン!


唐門。
こちらは重文ですね。
屋根はやはり最高の格式である檜皮葺ですね。

こちらが二の丸御殿です。
幕末の歴史的舞台となりました。
国宝です。
(中は撮影禁止です)
足利将軍後期~江戸期前半、そして幕末と、
意外と(?)日本の歴史の激流の中心にあったことになりますね。汗。
(注:二条城=二条御所の位置は変遷はしていますね)

こちらから本丸へ向かいます。
こちらは初めて。


とっても立派な庭園となっております。
ゴツゴツ。

こちらから本丸。
(東橋)

素晴らしい石垣です。
江戸期の石垣ですな。
枡形にもなってますね。

本丸御殿へ。
幕末期には徳川慶喜の御殿もあった筈ですが、
それは明治期に取り壊され、
宮家の建物を移築したものだそーです。
それ以降は朝廷の離宮となっていたよーです。
ワシはちょっと勘違いしていました。汗。
(慶喜の御殿をそのまま使っていたと思っていた)
実際に中を拝観させていただく。
(撮影は禁止。荷物も全てロッカーに置いていくという念の入れよう:天皇というと、変なことをしようとする人もいそうだもんねー汗汗)
中は・・・なんっつーんでしょ・・・汗、
驚くほど・・・質素(という言い方をして良いのか、アレだが・・・)です。
言い方が不敬にならないか難しいが、
ぶっちゃけ、↓なんて、田舎の大きめの地主(?)の家か何かと最初は思いましたよ。

(本丸の入り口から入ってくると、まず↑の姿が見えてきて、本丸御殿の入り口に向かう)

たしかに・・・本丸御殿入り口(車寄せ)の屋根や、
襖絵、廊下にも畳が敷かれているなど、要所要所はしっかり格式高く作られていますが・・・概ね全体的に拝見して、質素と言わざるを得ないです。
質素・・・粗雑、粗悪ではありません。質素ね。汗。
今で言えば・・・シンプル? ミニマム??
「天皇家」については、
いろいろと言われる方もいらっしゃると思うし、
ワシはここでなんやかんや言う気もないし、
なんの知識もないが・・・
一方で言われてきているのが、天皇家は海外のロイヤルファミリー(王家)とは「違う」っつーことですね。汗。
キングではない、っつーね汗。
じゃーなんなんだ? ・・・それを・・・どー説明、あるいは規定するかは(一言では)難しいのですが・・・汗汗。
ここ(二条本丸御殿)では天皇家の質素さがよくわかります。
まー逆に・・・
海外から来た方々・外国人の皆様からすると、拍子抜けするんじゃないですかねー。汗。
もっと、こー、
煌びやかな、キンキンギラギラな王家の宮殿が観れると思っていたら・・・「は?」って・・・。
ウチの田舎の王族の方がもっとジャラジャラしてるぞ、って・・・汗汗。
この質素さ、地味さに理解に苦しむっつーかねー・・・汗。
まあ、いい。汗
(この話題はこれくらいで、やめておく・・・)
あ・・・でも・・・
(ちょっと踏み込むのはキケンですが・・・)
むしろ付言しておくべきことは・・・
・・・明治期(大日本帝国憲法下)の天皇というのが「異質」ではあるんです。日本史的に見ますとね・・・そこは付言しておきますね。汗。
(ややこしいですが・・・)
さ、これくらいにして、
こちらに行ってみましょう。

天守台。

天守台からの眺め。
洛中が一望できます。

西橋。
一番奥が天守台になります。

こちらにも庭園が。





こちらの方が優雅なカンジがしますね。
(清流園というらしいです)
そろそろ夕刻。
時間が迫ってまいりました。
西といえば、東に参りましょう。

東本願寺さん。
こちらもデカイ。
それにしてもデカイ。
東と西で、豊臣や徳川とのカンケーをここでゴチャゴチャ記すのも、いろいろと面倒くさそーなので、やめておきます。
どうしてこの「場所」なのか・・・とかね。汗。
やめておきます汗。
(きっと、それは「正史」ではないでしょうし・・・汗)
(「やめておきます」ばかりだな・・・すっかり面倒くさがりです。汗。歳です)

なんかパラレルワールドだなー汗汗。
午前中に拝観させていただいた西さんとほぼ同じものがある・・・汗汗。
そっくりさん?? 汗。





もー時間なので、
扉をパタパタと閉められていきます。
残念です。
慌ただしい2日間でした。
日本人は1割?
数える程。
でも、この外国人さんのお陰で、
メニュー豊富なブッフェをいただける。
外国人様様。
インバウンド様様。
もーパンドラの箱を開けちゃった状態なワケでね。汗。
戻ることはできないでしょ、きっと。汗。
・・・
どうする?? 汗。
・・・
まあ、いい。

2日目午前中は本願寺さんへ。西の方ですね。
デカイ。
とにかくデカイというイメージですね。

とにかくなんでもデカイ。笑。
笑っちゃうほど、デカイですね。
こちらを拝観させていただくと、
・・・例えば、豊臣大坂城の本丸御殿はこんなカンジ(雰囲気がね)だったんかなー、とか・・・ちょっと思っちゃいます。

悪人正機、他力本願についてお話をお聞かせていただく。
んー・・・
今時の若い人にはなかなか届かないかも知れませんね。
生きるとは苦であると・・・(四苦八苦のことね)
面白可笑しく暮らしたいと思っているのに、苦であると、なんて言われてもね・・・汗。
ワシもこのしょーもない人生の後始末を考えなくてはいけない時季に来ちゃったのかなあ・・・。
いや・・・まだまだ突き進めとおしゃっているような気もしないでもない(悪人正機、他力本願)
苦しいねー・・・


なんとなく桃山の雰囲気を伝えてくれる。


国宝です。
入母屋造り、格式の高い檜皮葺の屋根ですね。
慶長年間前半の建築物と言われてますね。
聚楽第の遺構だとも言われてます。マジカ。
スゴイ。
こちらには飛雲閣というやはり国宝があるのですが、
こちらは本日は見学できませんでした。ガックリ。
こちらも聚楽第の遺構だといわれてますね。

松も手入れが行き届いています。

天気が良くなってきました。


また来たいですね。
時間は正午になりました。
先日のリベンジへ!

二条城。
こちらもデカイなー。
子どもの頃以来だと思うのだが、
こんな大きかったかなー。
(印象が逆なら、よくあるけどね。オトナになってから行くと、意外と小さかったり、しょぼかったり・・・逆です汗)

ドーン!


唐門。
こちらは重文ですね。
屋根はやはり最高の格式である檜皮葺ですね。

こちらが二の丸御殿です。
幕末の歴史的舞台となりました。
国宝です。
(中は撮影禁止です)
足利将軍後期~江戸期前半、そして幕末と、
意外と(?)日本の歴史の激流の中心にあったことになりますね。汗。
(注:二条城=二条御所の位置は変遷はしていますね)

こちらから本丸へ向かいます。
こちらは初めて。


とっても立派な庭園となっております。
ゴツゴツ。

こちらから本丸。
(東橋)

素晴らしい石垣です。
江戸期の石垣ですな。
枡形にもなってますね。

本丸御殿へ。
幕末期には徳川慶喜の御殿もあった筈ですが、
それは明治期に取り壊され、
宮家の建物を移築したものだそーです。
それ以降は朝廷の離宮となっていたよーです。
ワシはちょっと勘違いしていました。汗。
(慶喜の御殿をそのまま使っていたと思っていた)
実際に中を拝観させていただく。
(撮影は禁止。荷物も全てロッカーに置いていくという念の入れよう:天皇というと、変なことをしようとする人もいそうだもんねー汗汗)
中は・・・なんっつーんでしょ・・・汗、
驚くほど・・・質素(という言い方をして良いのか、アレだが・・・)です。
言い方が不敬にならないか難しいが、
ぶっちゃけ、↓なんて、田舎の大きめの地主(?)の家か何かと最初は思いましたよ。

(本丸の入り口から入ってくると、まず↑の姿が見えてきて、本丸御殿の入り口に向かう)

たしかに・・・本丸御殿入り口(車寄せ)の屋根や、
襖絵、廊下にも畳が敷かれているなど、要所要所はしっかり格式高く作られていますが・・・概ね全体的に拝見して、質素と言わざるを得ないです。
質素・・・粗雑、粗悪ではありません。質素ね。汗。
今で言えば・・・シンプル? ミニマム??
「天皇家」については、
いろいろと言われる方もいらっしゃると思うし、
ワシはここでなんやかんや言う気もないし、
なんの知識もないが・・・
一方で言われてきているのが、天皇家は海外のロイヤルファミリー(王家)とは「違う」っつーことですね。汗。
キングではない、っつーね汗。
じゃーなんなんだ? ・・・それを・・・どー説明、あるいは規定するかは(一言では)難しいのですが・・・汗汗。
ここ(二条本丸御殿)では天皇家の質素さがよくわかります。
まー逆に・・・
海外から来た方々・外国人の皆様からすると、拍子抜けするんじゃないですかねー。汗。
もっと、こー、
煌びやかな、キンキンギラギラな王家の宮殿が観れると思っていたら・・・「は?」って・・・。
ウチの田舎の王族の方がもっとジャラジャラしてるぞ、って・・・汗汗。
この質素さ、地味さに理解に苦しむっつーかねー・・・汗。
まあ、いい。汗
(この話題はこれくらいで、やめておく・・・)
あ・・・でも・・・
(ちょっと踏み込むのはキケンですが・・・)
むしろ付言しておくべきことは・・・
・・・明治期(大日本帝国憲法下)の天皇というのが「異質」ではあるんです。日本史的に見ますとね・・・そこは付言しておきますね。汗。
(ややこしいですが・・・)
さ、これくらいにして、
こちらに行ってみましょう。

天守台。

天守台からの眺め。
洛中が一望できます。

西橋。
一番奥が天守台になります。

こちらにも庭園が。





こちらの方が優雅なカンジがしますね。
(清流園というらしいです)
そろそろ夕刻。
時間が迫ってまいりました。
西といえば、東に参りましょう。

東本願寺さん。
こちらもデカイ。
それにしてもデカイ。
東と西で、豊臣や徳川とのカンケーをここでゴチャゴチャ記すのも、いろいろと面倒くさそーなので、やめておきます。
どうしてこの「場所」なのか・・・とかね。汗。
やめておきます汗。
(きっと、それは「正史」ではないでしょうし・・・汗)
(「やめておきます」ばかりだな・・・すっかり面倒くさがりです。汗。歳です)

なんかパラレルワールドだなー汗汗。
午前中に拝観させていただいた西さんとほぼ同じものがある・・・汗汗。
そっくりさん?? 汗。





もー時間なので、
扉をパタパタと閉められていきます。
残念です。
慌ただしい2日間でした。
ぶらり 京都の旅<前編>
都入りしました。

圧倒的に外国人が多めです。

バスにて移動。

電車でも移動。
ワシは地元の在来の交通手段を使わせてもらうのも好きなんだが、
観光客が多過ぎる京都では、それはそれでご迷惑になっている状態。すいません。
オーバーツーリズム・・・なんとかせな、いかんですね。
・・・でも、それで潤っているのが観光施設だったり、宿泊施設だったり・・・どうするんだろうね汗。
まー、外国人様(だけ)は、観光料金として2倍、3倍にすれば良いのだろうけど・・・
それはそれで差別とか、なんとかおっしゃるんでしょうかねー・・・。汗。

地元の本屋さんに寄っちゃいました。
すいません。
地元のダイナーでもランチしちゃいました。
すいません。
カンジの良いお店でしたよ。
我が地元にも欲しい。汗。
(あればあればで、昼間っからビールとか呑んじゃいそうだなー・・・汗)


ハイ、まずはこちらに来ました。(寄りました)
なんと、ここはあの剣豪・宮本武蔵の決闘の地だという場所です。
一乗寺下り松です。
・・・といっても、これはある種、全くの伝説なんですけどね。汗。
ホントの話か、どーか・・・汗。
武蔵が闘った相手の吉岡がどういう人物だったのかも定かではないし、
実際の武蔵自身の事さえ、
どういう人物だったのかもわかっていないんだからね。汗。
誰と誰が闘ったのかもわからず、ホントに闘ったのかもわからん、っつー始末。笑。
話にならん。笑。
ほぼ空想の出来事。ファンタジー。笑。
それは・・・まー仕方ないかね。
400年以上の前の話で、皇族や貴族でもなければ、
その人物がどういう出自で、どうなのかもよくわからないのは
むしろ当然の話。
(何千年も家系を辿れるというのは、どんだけスゴイことなのか!)
皆様だって、どこまで家系を辿れます?
3代前くらいが一般的じゃないですかね? 汗。
4代前、5代前なんて自信ないですよね?? 汗。
現代だってそーなんですから・・・それこそ、400年前の一般人の話ですからねー。汗。
(あ、役所の戸籍を辿ればよいのかー・・・日本の戸籍ってスゴイなー汗)
天下人となった秀吉でさえ、どんな出自の人物かはわかってないもんね。父親の名前すらわかってない。
信長だって、三代前四代前に遡ると、もー怪しい。
(織田は神官の家系と言いますが、信長の一流はちょっと怪しいんだよねー・・・って言ったら、怒られるカナ汗)
家康もそーですね。徳川だ、源氏だって言ってますが、
ぶっちゃけ、相当怪しいもんね。
(自作の家系図が怪しい汗)
・・・それなのに(?)
ここ一乗寺には石碑もあって、
地名として「一乗寺下り松町」まである(?)
ある種、スゴイね。汗笑。
まー、一応、
鴨川を渡ったこちらは洛外として、
例えば処刑場や、その埋葬地・・・といった場所でもあったようですね。
番外地っつーかね。無法の地というか。
だもんで、この武蔵×吉岡のように、
決闘(私闘)がいくつも行われたようだ。
いくつもね。
しょっちゅうだったんでしょう。そーいうのが日常茶メシ事。
いちいち「歴史」として伝わってないだけなのでしょう。
それがこの武蔵の決闘だけは、かろうじて伝わっているということは、それだけ「盛大」だったのかもしれません。
1人×60人だとか、1人×100人だとか言われてますが・・・
(さすがに1人ではないと思うのですが・・・)
少人数×大人数・・・少人数側の大逆転勝利だったんでしょーね。きっと。
それで伝説となったというか。汗。
決闘というと、小説やドラマ、漫画では個人の闘いっぽいイメージがあるけど、実際は「徒党」×「徒党」だったよーです。
武蔵党×吉岡党っつーね。
「闘い」より「戦い」っつーね。
ちなみに、
関白豊臣秀次の家臣たちが、この近くの「糺の森」で「私闘」をおこなったらしい。(という噂)
実はそれが秀吉の逆鱗に触れ、「秀次切腹事件」までつながったのではないのかなー、とも、ワシはかすかに疑っております。
「公儀」として天下を統べる豊臣が私闘を行うとは・・・
しかも秀吉は「惣無事令」(豊臣の平和令)として勝手に戦うことを禁じていたわけですから・・・そうやって「豊臣というルール」で天下を治めようとしていた矢先に、その豊臣の肩書を持つ者たちが、勝手に私闘を行ったとなったら・・・
秀次は直接、この私闘に関係はなかったとは思うのですが、当然自分の家臣の責任は取らざるを得なくなったんかな・・・と・・・。汗。
(あるいは、切腹したのは、もしかして自責の念からカモ)
まあ、いい・・・。汗。
戦国時代っつーのは、言うてみれば、そういう「徒党」×「徒党」の私闘が私闘を呼び、
それぞれに「ケツモチ」がいて、
どんどんエスカレートして→最終的には合戦になる・・・そういう構造でしたからね。
だから秀吉としてはそんなささやかな「私闘」も許すことはできなかったのかもしれません。

こちらが武蔵がその決闘の前にお参りしようとした神社さん。
しかしハッと気づいたらしいです。
神頼みするのは自分の弱さだと。
スゴイですねー。汗。
「我、神仏を尊びて、神仏を頼らず」・・・と。
↑この時点で完全に脳が活性化されますね!!
クリエイティブです!(?)

武蔵像が立ってました。
「二刀流」の語源ですね。笑。

ちなみに武蔵はこの戦いの後に、
観智院さんに逃げ込んだことになりますねー。
そこで熱りが冷めるのを待ったことになりますね。
(リベンジしようと、吉岡の関係者に追い回されることになったので・・・)
ワシも2018年にこちらにお邪魔してます。
よろしかったらこちらです。

そのような血生臭い話の後に・・・笑、
こちらへ参ります。

静かな佇まい。
金福寺さん。

紅葉にはまだちょい早い時季でしたね。





幕末に・・・幕府方の隠密として働かれた村山たか女さんも
こちらで余生を過ごしたそうです。
・・・あ、これも政治という血生臭い話ですね。汗。
静かなこの地で、
最期は心穏やか日々を送られたのでしょうか。

庭からさらに小高い丘に登ると芭蕉庵があります。


紅葉にはまだ早かったですねー。笑。

お隣にあるのは本願寺北山別院。

さらにお隣のこちらへ。
詩仙堂。

こちらも静かな佇まいです。




喧騒につつまれた洛中とは、
無縁の地でした。
ホント、静かな場所でした。
静けさの中から、その洛中へ戻ります。

こちらは裏門? になるのでしょうか?
神泉苑さん。





このように趣のある電話ボックスがありました。
それにしても、今時電話ボックスを使う人っていらっしゃいますか??
なんのために残しているんだろう??
災害時には使えるとか?? 汗。
そんなワケないかー。

ファミマのデザインもちょっと違いますよね??
ブルーのラインが細い??

二条城へ参ろうとしましたが、
なんと時間切れ!
3分遅れで入場不可!
えーっ、残念ですなー。

この日はちゃんとしたホテルへ。
風呂もあります!
ジャポン!
夜メシは近所の居酒屋(?)へ。
美味かったなー。
帰る客がみなさん「美味しかったでーす」と言って帰る。
プロだねー。
一流とはこういうことを言うんだねー。
ワシも・・・その美味さに参りました。降参でした。
ぶらり ふたたび奥州へ
やってまいりました。
昨年に続いて奥州へ。

再チャレンジというとアレなんだが・・・
自分の現在地を確認というか・・・汗、
自分を定点観測っつーか・・・汗。
ですが・・・

ほとんどが熊のアレで、
立ち入り禁止!!
なんと! 汗汗。
今年は特に、熊のニュースが多いですよねー・・・
温暖化だとか、
過疎化で森山と人間の生活区との緩衝地帯がなくなったからだとか、
巨大ソーラパネルとの因果関係がどーとか・・・
ワシには詳しいことはわからんが、
人間、熊、双方にも悲劇的な状況になってしまってますね・・・。
もちろん、人間様が優先なんだが、
この事態を招いているのも、おそらく人間側なんでしょー・・・。
まあ、いい・・・。
また脱線だ。
予定の変更、変更の中、
できることはやれた・・・やった・・・カナ・・・
昨年に続いて奥州へ。

再チャレンジというとアレなんだが・・・
自分の現在地を確認というか・・・汗、
自分を定点観測っつーか・・・汗。
ですが・・・

ほとんどが熊のアレで、
立ち入り禁止!!
なんと! 汗汗。
今年は特に、熊のニュースが多いですよねー・・・
温暖化だとか、
過疎化で森山と人間の生活区との緩衝地帯がなくなったからだとか、
巨大ソーラパネルとの因果関係がどーとか・・・
ワシには詳しいことはわからんが、
人間、熊、双方にも悲劇的な状況になってしまってますね・・・。
もちろん、人間様が優先なんだが、
この事態を招いているのも、おそらく人間側なんでしょー・・・。
まあ、いい・・・。
また脱線だ。
予定の変更、変更の中、
できることはやれた・・・やった・・・カナ・・・
ぶらり 播州の旅
早朝です。


東京の景色。
相変わらずスゲーなと思います。
住宅・マンションが鮨詰め。

ハイ、播州入り。

うおー、国宝です!
国の宝です!

右だ!!

駅の真ん前。
町の真ん中にドンとあります。
・・・しかし、残念ながらお城には参りません。汗汗。

んー、
日本の風景ってカンジですねー。
この景色を残していきたいですよねー。
んで、地方が元気になっていただきたい。僭越ではございますが。汗。

ハイ、夜には姫路に戻りました。
ブル〜。


夜の姫路。
宿泊代をケチったため、
休まらず。
若けー時は、寝れればなんとかなったもんですが・・・
歳には勝てんです。汗。

この日は一日飲まず食わずだったので、
バク喰いできました。笑。
久々にこんなに喰ったー!


2日目も歩き回ってヘトヘト。
歳だー、歳なのかー・・・ort
やはり、昨夜の宿だなー。汗。

スタバにイン。
ギブアップ。汗汗。
疲れ果てました。汗汗。
せっかくここまで来たんだからと、思っていたのだが・・・
もう一件は諦めました・・・キャンセル。トホホ


東京の景色。
相変わらずスゲーなと思います。
住宅・マンションが鮨詰め。

ハイ、播州入り。

うおー、国宝です!
国の宝です!

右だ!!

駅の真ん前。
町の真ん中にドンとあります。
・・・しかし、残念ながらお城には参りません。汗汗。

んー、
日本の風景ってカンジですねー。
この景色を残していきたいですよねー。
んで、地方が元気になっていただきたい。僭越ではございますが。汗。

ハイ、夜には姫路に戻りました。
ブル〜。


夜の姫路。
宿泊代をケチったため、
休まらず。
若けー時は、寝れればなんとかなったもんですが・・・
歳には勝てんです。汗。

この日は一日飲まず食わずだったので、
バク喰いできました。笑。
久々にこんなに喰ったー!


2日目も歩き回ってヘトヘト。
歳だー、歳なのかー・・・ort
やはり、昨夜の宿だなー。汗。

スタバにイン。
ギブアップ。汗汗。
疲れ果てました。汗汗。
せっかくここまで来たんだからと、思っていたのだが・・・
もう一件は諦めました・・・キャンセル。トホホ
Don't Go Away Mad (Just Go Away)
こちらはまさに80Sの名盤と言って良いでしょーねー。

「Dr. Feelgood」(1989年:album)
♩
オレたちは舟で往くこともできるし、
貨物列車に飛び乗ることも、
あるいは宇宙船に乗って宇宙に行くこともできた。
もう、することは何もない。
あまりに多くのことが語られ、
今までは昨日のように感じることなんて
なかったんだ。
季節は変わりゆくものだ。
別々の路、違うやり方がある。
もし、何かにムカつくことがあるのなら、
それは雨がムカつくことにしよう。
ずっと前からわかっていた。
この詩を書かねばならないんだろう。
愛するには若過ぎたんだ。
多分、オレたちは前からわかっていたんだ。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
オレたちは若い時代を歩いていた。
困難な時代を笑いながらね。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
さあ、ページをめくるんだ。
今日、友だちから電話があった。
ロスアンゼルスからだ。
ヤツらは一番中玉突きをしていた。
昼間は眠気眼さ。
ヤツらは言った。
自分の路を見つけられなければ、
オレたちは終わりだって。
オレはヤツらに言ってやったよ。
今立ち上がって、バスに乗って行くべきだって。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
オレたちは恋に落ちた子どもだった。
自分たちの路を見つけようとしたんだ。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
二人の手に、二人の夢を抱いて。
お互いの心のままに突き進んだのさ。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
オレたちは若い時代を歩いていた。
困難な時代を笑いながらね。
大丈夫だよ。さあ、ページをめくるんだ。
そして、なあ、
オレの言うことを覚えておいておくれよ。
まさにこの通りさ。
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。
さあ、突き進め。
なあ、真っ直ぐに行くんだ。
さあ、突き進め。
さあ、行こう!
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。
オレはここにいる。
さあ、お前さんよ。
おい、お前さんよ。
もう一度言うぞ!
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。(突き進むんだ!)
さあ、突き進め。(お前なら行ける!)
なあ、真っ直ぐに行くんだ。(オレを越えて行け!)
さあ、突き進め。
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。(路をふみ外すなよ!)
さあ、突き進め。
言うぞ! さあ、真っ直ぐに行くんだ。
さあ、突き進め。
ずっと見ているぞ! 道を踏み外すんじゃないぞ。
さあ、突き進め。
なあ、真っ直ぐに行くんだ。
さあ、突き進め。
♩
別れは必ずやってくる。
それが現実。
出会った人々は大抵の場合、
ずっとは一緒にいられない。
人生の中で、一瞬、同じ場所にいたけど、
やがて、時間とともに別々の場所へと移っていく。
・・・でも、それは終わりを意味するものではないんだよね。
それぞれに次のステージが待っている。
そこに「行く」か「行かない」かは、
それぞれが決めること。自由。
「行く」なら、
真っ直ぐに行けよ、と。
寄り道なんかするなよ、踏み外すなよと、切に願う。
(失敗なんかするなよ、成功しろよという意味ですね)
・・・
これって・・・まさに人生だよね。
ここに滞ってはいられない。
それが時の流れっつーのかな・・・
それが人生だ、って。
でも・・・
オレは・・・
ここにいるけどね・・・って。汗。
つまり、キミを想う気持ちは変わらないよ・・・という・・・メッセージなんだけど
・・・
まー、これって現実的に解釈しちゃうと、
ちょっと愛着が強すぎるなんて「診断」されて、どーのこーのになりそうなんだけど・・・。
アーティストにDVや、逆にストーキング、あるいは不安症が多かったりするのも、コレなんでしょーけど・・・
まー、
・・・
心の中ではずっと応援しているよ・・・
・・・くらいで収めておけば、
良いか。汗笑。
そーいうこと。

「Dr. Feelgood」(1989年:album)
♩
オレたちは舟で往くこともできるし、
貨物列車に飛び乗ることも、
あるいは宇宙船に乗って宇宙に行くこともできた。
もう、することは何もない。
あまりに多くのことが語られ、
今までは昨日のように感じることなんて
なかったんだ。
季節は変わりゆくものだ。
別々の路、違うやり方がある。
もし、何かにムカつくことがあるのなら、
それは雨がムカつくことにしよう。
ずっと前からわかっていた。
この詩を書かねばならないんだろう。
愛するには若過ぎたんだ。
多分、オレたちは前からわかっていたんだ。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
オレたちは若い時代を歩いていた。
困難な時代を笑いながらね。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
さあ、ページをめくるんだ。
今日、友だちから電話があった。
ロスアンゼルスからだ。
ヤツらは一番中玉突きをしていた。
昼間は眠気眼さ。
ヤツらは言った。
自分の路を見つけられなければ、
オレたちは終わりだって。
オレはヤツらに言ってやったよ。
今立ち上がって、バスに乗って行くべきだって。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
オレたちは恋に落ちた子どもだった。
自分たちの路を見つけようとしたんだ。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
二人の手に、二人の夢を抱いて。
お互いの心のままに突き進んだのさ。
大丈夫だよ。それでいいんだ。
オレたちは若い時代を歩いていた。
困難な時代を笑いながらね。
大丈夫だよ。さあ、ページをめくるんだ。
そして、なあ、
オレの言うことを覚えておいておくれよ。
まさにこの通りさ。
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。
さあ、突き進め。
なあ、真っ直ぐに行くんだ。
さあ、突き進め。
さあ、行こう!
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。
オレはここにいる。
さあ、お前さんよ。
おい、お前さんよ。
もう一度言うぞ!
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。(突き進むんだ!)
さあ、突き進め。(お前なら行ける!)
なあ、真っ直ぐに行くんだ。(オレを越えて行け!)
さあ、突き進め。
おい、道を踏み外すんじゃないぞ。(路をふみ外すなよ!)
さあ、突き進め。
言うぞ! さあ、真っ直ぐに行くんだ。
さあ、突き進め。
ずっと見ているぞ! 道を踏み外すんじゃないぞ。
さあ、突き進め。
なあ、真っ直ぐに行くんだ。
さあ、突き進め。
♩
別れは必ずやってくる。
それが現実。
出会った人々は大抵の場合、
ずっとは一緒にいられない。
人生の中で、一瞬、同じ場所にいたけど、
やがて、時間とともに別々の場所へと移っていく。
・・・でも、それは終わりを意味するものではないんだよね。
それぞれに次のステージが待っている。
そこに「行く」か「行かない」かは、
それぞれが決めること。自由。
「行く」なら、
真っ直ぐに行けよ、と。
寄り道なんかするなよ、踏み外すなよと、切に願う。
(失敗なんかするなよ、成功しろよという意味ですね)
・・・
これって・・・まさに人生だよね。
ここに滞ってはいられない。
それが時の流れっつーのかな・・・
それが人生だ、って。
でも・・・
オレは・・・
ここにいるけどね・・・って。汗。
つまり、キミを想う気持ちは変わらないよ・・・という・・・メッセージなんだけど
・・・
まー、これって現実的に解釈しちゃうと、
ちょっと愛着が強すぎるなんて「診断」されて、どーのこーのになりそうなんだけど・・・。
アーティストにDVや、逆にストーキング、あるいは不安症が多かったりするのも、コレなんでしょーけど・・・
まー、
・・・
心の中ではずっと応援しているよ・・・
・・・くらいで収めておけば、
良いか。汗笑。
そーいうこと。
Night Life
90年代のど真ん中。
グランジのど真ん中で、ダイヤモンド・デイヴ様も
路線変更。
デイヴはカヴァーを演るのが、わりと好きみたいで、
過去にいくつも演ってますが・・・
こちらもウィリー・ネルソンのカヴァーですね。
デイヴがカヴァーを演る時って、
なんか、どこかおふざけなニュアンスを出したりするカンジがあるんだが・・・
ちょっとマジなカンジで歌ってます。笑。

「Your Filthy Little Mouth」(1994年:album)
♩
夕刻になって。
太陽が沈んだら。
オレはみあたらないよ。
どこかに消えちまう。
それが夜の生活さ。
悪くはない人生さ。
ああそうだよ、
でも、それがオレの人生なのさ。
みんな聞いてくれ。
まさにオレとあんたみたいに。
みーんな夢見てる。
昔見たような同じ夢をね。
みんな夜の生活をわかっているだろう。
悪くはない人生さ。
でも、それがオレの人生さ。
・・・ちょっと待ってくれ。
なんか聞けてくる・・・言っただろう・・・
なあ、ブルースを聞いてくれ。
なにを言っているか聞くんだ。
言っただろう。
ブルースを聞くんだ、なあ。
ギターの音を聞いてみろ。
人生なんて語らないでくれ。
人生なんて虚しいものだ。
なにもねえ。
横丁中が、夢破れた人たちだらけって以外にね。
それが夜の生活さ。
悪くはない人生さ。
ああそうだよ、
でも、それがオレの人生さ。
証をくれ!
言ってくれ、お前さん!
なあ。
それが夜の生活さ。
まさに、悪くはない人生さ。
なあ、
まさに、それがオレの人生さ。
ねえ、それが夜の生活さ。
まさに、それがオレの人生さ。
♩
ギターはこのお人ですね。

テリー・キルゴア(Terry Kilgore)さん。
テリーさんはデイヴやエディとも古い友達で、
デイヴがVAN HALENに加入前からの付き合いらしいですね。
(13歳から??)
エディともお互いテクニックやリフやらを交換して腕を磨きあってきた仲ということらしい。
ワシの記憶だと・・・80年代の初期頃だったかな・・・何かバンドを率いて、売り出していたような気がするんですが・・・んー・・・バンド名が思い出せないですね・・・あかん汗汗。
(ちょっと長めのバンド名だったよーな気がしますが・・・)
なんと・・・!
今年(だっけ?)のロスの火事で、
家が丸ごと焼けてしまったんだって。
家はもちろん、ギターやらアンプやらの機材も全て失ってしまったとのこと。
過去の録音素材も・・・。
今はホームレスだとのこと(え? 汗)
・・・いやはや。
家財を失ったのは辛いと思いますが、
やはりミュージシャンである以上、
過去の録音素材を焼失させたのは痛恨の極みでしょうねー。
デイヴやもしかしてエディとの音源もあったかも知れないし・・・。残念至極。
早く救済されてもらいたいものですね・・・。
人生っつーのは、
うっかりすると、
奈落の底に突き落とされる。
まさに人生何があるかわからん。
・・・
で、突き落とした人間はヘラヘラしている。
それが世の中だ、現実だ、とおっしゃるのでしょう。
まー、そーですね。
・・・
なかなか
這い上がるのは厳しい。汗。
グランジのど真ん中で、ダイヤモンド・デイヴ様も
路線変更。
デイヴはカヴァーを演るのが、わりと好きみたいで、
過去にいくつも演ってますが・・・
こちらもウィリー・ネルソンのカヴァーですね。
デイヴがカヴァーを演る時って、
なんか、どこかおふざけなニュアンスを出したりするカンジがあるんだが・・・
ちょっとマジなカンジで歌ってます。笑。

「Your Filthy Little Mouth」(1994年:album)
♩
夕刻になって。
太陽が沈んだら。
オレはみあたらないよ。
どこかに消えちまう。
それが夜の生活さ。
悪くはない人生さ。
ああそうだよ、
でも、それがオレの人生なのさ。
みんな聞いてくれ。
まさにオレとあんたみたいに。
みーんな夢見てる。
昔見たような同じ夢をね。
みんな夜の生活をわかっているだろう。
悪くはない人生さ。
でも、それがオレの人生さ。
・・・ちょっと待ってくれ。
なんか聞けてくる・・・言っただろう・・・
なあ、ブルースを聞いてくれ。
なにを言っているか聞くんだ。
言っただろう。
ブルースを聞くんだ、なあ。
ギターの音を聞いてみろ。
人生なんて語らないでくれ。
人生なんて虚しいものだ。
なにもねえ。
横丁中が、夢破れた人たちだらけって以外にね。
それが夜の生活さ。
悪くはない人生さ。
ああそうだよ、
でも、それがオレの人生さ。
証をくれ!
言ってくれ、お前さん!
なあ。
それが夜の生活さ。
まさに、悪くはない人生さ。
なあ、
まさに、それがオレの人生さ。
ねえ、それが夜の生活さ。
まさに、それがオレの人生さ。
♩
ギターはこのお人ですね。

テリー・キルゴア(Terry Kilgore)さん。
テリーさんはデイヴやエディとも古い友達で、
デイヴがVAN HALENに加入前からの付き合いらしいですね。
(13歳から??)
エディともお互いテクニックやリフやらを交換して腕を磨きあってきた仲ということらしい。
ワシの記憶だと・・・80年代の初期頃だったかな・・・何かバンドを率いて、売り出していたような気がするんですが・・・んー・・・バンド名が思い出せないですね・・・あかん汗汗。
(ちょっと長めのバンド名だったよーな気がしますが・・・)
なんと・・・!
今年(だっけ?)のロスの火事で、
家が丸ごと焼けてしまったんだって。
家はもちろん、ギターやらアンプやらの機材も全て失ってしまったとのこと。
過去の録音素材も・・・。
今はホームレスだとのこと(え? 汗)
・・・いやはや。
家財を失ったのは辛いと思いますが、
やはりミュージシャンである以上、
過去の録音素材を焼失させたのは痛恨の極みでしょうねー。
デイヴやもしかしてエディとの音源もあったかも知れないし・・・。残念至極。
早く救済されてもらいたいものですね・・・。
人生っつーのは、
うっかりすると、
奈落の底に突き落とされる。
まさに人生何があるかわからん。
・・・
で、突き落とした人間はヘラヘラしている。
それが世の中だ、現実だ、とおっしゃるのでしょう。
まー、そーですね。
・・・
なかなか
這い上がるのは厳しい。汗。
These Are the Days of Our Lives
この曲は・・・
(ってか、このアルバムは・・・)
その後のフレディの運命を知っているだけに、
気鬱になるんで、
実際には、あまり聴かなかったりするんですが・・・
(曲の出来が悪いという意味ではないですよ)

「Innuendo」(1991年:album)
♩
時々
昔にもどったような気がするんだ。
すごい昔にね。
ボクたちは子どもで、若かった。
すべてが完璧に見えた。そうでしょう?
日々は終わることがなく、
クレイジーで、若くて、
太陽はいつも輝いていて、
ただただ楽しかった。
ついこの間のようだよ。
どうなんだろう・・・
残りの人生なんて意味はないよ。
ボクたちが生きたあの頃の日々。
悪いことなんてほんのわずかだったさ。
あの頃の日々は今、全て過ぎ去っていくけど、
でも真実はただ一つ。
それをボクは見つけたんだ。
それは、まだボクはキミを愛しているということ。
決して時計の針を戻せないし、時の流れを戻すこともできない。
残念だけどね。
うん、ジェットコースターにもう一度乗ってもいいかな。
人生なんてただのゲームなのだろう。
子どもの頃にかえって楽しんでいたころは、じっくり考え込むなんてことはしなかったしね。
ついこの間のようだよ。
どうなんだろう・・・
じっとして流れに任せた方がいいのかな。
これが私たちの人生なんだな。
あっという間に流れていった。
それらの日々は今、過ぎ去っていったけど、
いくつかはくり返している。
それをボクは見つけたんだ。
それは、何も変わらないということ・・・。
ボクたちが生きたあの頃の日々。
悪いことなんてほんのわずかだったさ。
あの頃の日々は今、全て過ぎ去っていくけど、
でも真実はただ一つ。
それをボクは見つけたんだ。
それは、まだボクはキミを愛しているということ。
ずっと愛しているよ・・・
♩
こんな穏やかな気分になれるのだろうか・・・
この境地にはなかなか達せられないなあー・・・
(ってか、このアルバムは・・・)
その後のフレディの運命を知っているだけに、
気鬱になるんで、
実際には、あまり聴かなかったりするんですが・・・
(曲の出来が悪いという意味ではないですよ)

「Innuendo」(1991年:album)
♩
時々
昔にもどったような気がするんだ。
すごい昔にね。
ボクたちは子どもで、若かった。
すべてが完璧に見えた。そうでしょう?
日々は終わることがなく、
クレイジーで、若くて、
太陽はいつも輝いていて、
ただただ楽しかった。
ついこの間のようだよ。
どうなんだろう・・・
残りの人生なんて意味はないよ。
ボクたちが生きたあの頃の日々。
悪いことなんてほんのわずかだったさ。
あの頃の日々は今、全て過ぎ去っていくけど、
でも真実はただ一つ。
それをボクは見つけたんだ。
それは、まだボクはキミを愛しているということ。
決して時計の針を戻せないし、時の流れを戻すこともできない。
残念だけどね。
うん、ジェットコースターにもう一度乗ってもいいかな。
人生なんてただのゲームなのだろう。
子どもの頃にかえって楽しんでいたころは、じっくり考え込むなんてことはしなかったしね。
ついこの間のようだよ。
どうなんだろう・・・
じっとして流れに任せた方がいいのかな。
これが私たちの人生なんだな。
あっという間に流れていった。
それらの日々は今、過ぎ去っていったけど、
いくつかはくり返している。
それをボクは見つけたんだ。
それは、何も変わらないということ・・・。
ボクたちが生きたあの頃の日々。
悪いことなんてほんのわずかだったさ。
あの頃の日々は今、全て過ぎ去っていくけど、
でも真実はただ一つ。
それをボクは見つけたんだ。
それは、まだボクはキミを愛しているということ。
ずっと愛しているよ・・・
♩
こんな穏やかな気分になれるのだろうか・・・
この境地にはなかなか達せられないなあー・・・
Days Gone By
この曲はどーでしょーか?
皆様、ご存知でしょーか??
ワシの記憶だと、1992年当時にシングルカットされて、
グランジの波がそこまで来ている中で、まーまーヒットしたんじゃないかと思っていたのですが・・・
現在ググるとビルボードなどのチャートで確認できないんで、ワシの勘違いですねー・・・。汗。
MVは見たような記憶があるんですけどねー・・・汗。
エンディングが、ちょっとQUEEN風で、
・・・なぜか、それはそれで、当時は「怖いお兄さん」達からは不評だったんだが・・・。
オマージュってことなんですけどね・・・。
ちなみに、次のアルバムではBEATLES後期風のオマージュ、
またその次のアルバムではツェッペリン風のオマージュを披露しています。
ちなみに同年に行われたフレディの追悼コンサートに出演を希望していたらしいが、ハジかれたという話(ウワサ)もあったけど、その真贋はどーなのかな・・・汗。

「The Wild Life」(1992年:album)
♩
今こうして会えて良かったよ。
あれから随分と経ったね。
キミがなんとか連絡を続けてくれていた。
いつも、キミがどうにか方法を見つけてくれていた。
どうにかして、
お互いの時計の針を止めることができれば良いのに。
全ての日々は去っていく。
キミは覚えているかな。
ボクたちが親友だったころ。
全ての日々は去っていく。
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
過ぎ去っていく・・・
そうだよね・・・
若い頃を振り返ると、
それは僕たちの希望と夢の日々だった。
笑いと涙が全てだった。
それは僕たちの本心からくる感情だった。
ああ・・・そうだよね・・・
どうにかして、
お互いの時計の針を止めることができれば良いのに。
全ての日々は去っていく。
キミは覚えているかな。
ボクたちが親友だったころ。
全ての日々は去っていく。
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
ああ・・
あの頃の感情。
時が過ぎてしまった。
ああ・・・あの頃こそ・・・
・・・そうだよな・・・
そうだよ・・・
ともにした思い出は
心から決して消し去ることはできない・・・
あの頃の日々は過ぎ去ってしまった。
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
♩
オリジナルのアルバム・バージョンには、
イントロに美しいギターソロが入っています。
これが、やはり現在YTなどでググると、
オミットされたりしているバージョンもあるよーなので、
(いきなりAメロからスタートする)
よろしかったら「イントロあり・ギターソロあり」の方をお楽しみください。笑。(?)
令和の今どき、わざわざ「ベスト盤」なんて聴く人はいないと思うけど、そーいったコンピレーション盤でも、
やはりオミットされちゃう場合もあるみたい。
(収録時間の関係かなー←これもネット時代の若い人には意味不明ですね汗)

ギターはこの人。
ティム・ケリー。向かって右の人ね。
残念ながら1998年に交通事故で亡くなっています。
(たしか、スピードの出し過ぎでしたね)
ただ・・・ぶっちゃけ、
レコーディングに関しては、どれくらい関与していたんだろー? ・・・っつーのが、ワシにはわからんところ。
↑画像の通り、
実はマーク・スローター(左の人ね)も、
かなりギタリストとしてはガチだったみたいなんですよね。
最初の最初はギタリスト兼ヴォーカリストとして、キャリアをスタートしていたらしいんす。いわゆるアマ時代ですな。
(そのころのバンド名は忘れた・・・なんと、ギタリストとして教則ビデオ?? も出している??)
以前も触れましたが、
SLAUGHTERは、VINNIE VINCENT INVASIONが元になっているんですけど、
マークはこのVINNIE VINCENT INVASIONの最初のヴォーカリストではないんですよね。
「連絡先を書き忘れた」から連絡がつかず云々カンヌン、という「伝説」はありますが・・・
Chrysalis Recordsとしても、もしかしてマークの売り出し方に迷いがあったんかもしれないですねー。
「ギタリスト」なのか「ヴォーカリスト」なのか、っつーね。
大谷翔平18歳状態ですね。笑。
「ピッチャー」なのか「バッター」なのか、って。笑。
ま、二刀流でいくことになったのが、例えばトム・キーファー(CINDERELLA)であり、ギターでいくことになったのがリッチー・サンボラ(BON JOVI)であり・・・みたいな。
マークの場合、結局「ヴォーカリスト」として演っていく、ということになったよーなんですが・・・。
で、
このSLAUGHTERというバンドになった時に、
作曲クレジットは全てこのマークと、その相棒のダナ(Dana Strum)、
レコーディングのプロデューサーのクレジットもやはりマークとダナ・・・。
よーは、
SLAUGHTERはマークとダナのバンドということなんでねー。
(金は当初はChrysalis Recordsが出資していたらしい)
となれば、
どーでしょーか?
かなりマークの音楽性が反映されているのが、SLAUGHTERであって、ギターに関してもかなりマークの「意向」が影響されている・・・あるいは、実際にプレイされていてもおかしくないのかなー、とは思っちゃているワケですよ。
もっと踏み込めば、
このSLAUGHTERには、Chrysalis Recordsもかなりの金を出している以上、かなり発言権があったわけですね。
で、「ヒット曲を出すために」ギターソロにはかなりうるさく口を出していた可能性もあるわけで・・・
場合によっては、Chrysalis Recordsが金を出すからギターソロはもしかしたら「外注」する、ということも・・・ね・・・あり得たかもしれないし、そーでないかもしれないし・・・汗。
(だから、実は外注契約の内容によって、オミットされる場合があるのか? ・・・などと深読みしちゃっているんす。実は・・・汗)
なので、
どれくらいティムさんのスペースが残されていたのか・・・
ティムさんはぶっちゃけ、後から「雇った」メンバーなんでね・・・
(それこそ、ヴィニーのリプレイスなわけで・・・)
ライブ用にバンドという体裁を整える上で、「レコーディングされた通り、できる限りライブで再現してくれれば良い」というのが「仕事」だった、というのが実のところじゃないかなー、っていうのかなー・・・
・・・
あ、言いすぎましたね・・・
暴走しましたね・・・
ティムさんの仕事を貶めるつもりは、毛頭ございません・・・。
でも、そーいう話は、当時はよくありましたから・・・汗。
○○のアルバムでは、○○は実際にプレイしていない、とかね。汗。
だから逆にコアなバンドはね、
アルバムのインナースリーブに1曲1曲、プレイしているメンバーの名前をわざわざクレジットしたりもしてましたよ。
本当にオレたちがプレイしてるゾ、創っているゾ、ってね。汗。(例A)
逆に逆に、
インナースリーブにメンバーの「名前しか」載っていないのは、その意味では怪しいナ、なんて、思ってました。汗。(例B)
例A)
「○○(曲名)」
rumblinA(←これ人名としてね):guitar
rumblinB:bass
rumblinC:drum
rumblinD:vocal
↑本当に4人がプレイしているんだな、ってわかる。
例B)
rumblinA rumblinB rumblinC rumblinD
↑本当に4人がプレイしているかは怪しい。
(記載がメンバー名のみ)
あ、あと、
曲ごとのクレジットではなく、
一箇所に・・・
例C)
rumblinA:vocal、guitar
rumblinB:guitar
・・・となっていて、
AとB、どちらが、どこでどれくらいの割合で担当しているのかがわからなくなっている、というパターンもありましたね。
SLAUGHTERはたしか、このCのパターンだったよーな・・・
(アルバムはCDで全部持っているのですが、現在押入れに幽閉されていて・・・確認できないので、もしかしたら、また、記憶違いカモ・・・汗汗)
まー、80年代後期~90年代に入ると、
アディショナル(additional)・プレイヤーでさえも、
きっちりメンバー以外の名前として記載されていることも多くはなってはいましたけどねー。
(時代が進むにつれ、口パクとか、いろいろうるさくなっていった時代でした。Milli Vanilli事件とかね・・・汗)
ま、当時のハードロック/ヘアメタル・バンド/に共通して見られる現象についての話でした・・・汗汗。
ちなみに、
SLAUGHTERは初来日が遅れて、
初めて日本に来たのは1995年くらいだったかな・・・。
全盛期は本国の方が忙しかったらしく、日本には全くいらっしゃらず、
グランジどっぷりの頃にいらしたもんだから、
日本のファンにとっては印象が薄かったですねー。
まー、来日が遅れたのも、日本じゃ人気がイマイチの原因でしょーねー・・・。
(超初期のプロモ来日の頃は、女子には人気があったよーですけど・・・マークがカッコいいということでね汗汗)
何を今更的な・・・汗。
実はこの時、ティムさんは、なんと
「お薬を販売していた過去がある」ということで、
入国できなかった、っつー・・・ね。
そんなこともありました。汗。

代役はデイヴ・マーシャルだったと思います。
(Wikiで確認しました)

ティムさんの事故の後は、
ジェフ・ブランドーが務めています。
ティムさんは「雇用メンバー」みたいな書き方をしてしまいましたが・・・
彼の「功績」は今でもしっかりバンドによって讃えられています。
フツー、「雇用メンバー」だった人って、
契約が終わったら、全く関係が切れちゃうバンドもあるんだけど、
SLAUGHTERはしっかりティムさんをリスペクトしています。
(ホームページに彼の項目があるくらい!)
やっぱ、いいですよね。そーいうの。
別に過大にどーのしてくれ、ってことじゃなくて、
そこに、彼がいたんだ、ということをしっかり認めてくれる・・・ってね。
それってすごいフェアなことだし、
当然のことなはずだけど、案外そーされないことが多い。
特に「権利(権力)」があった人ってのは・・・知らんぷり、っつーか、「なかったこと」にしようとさえする。
おっと・・・
また、話が逸れてきた・・・
まあ、いい・・・。
皆様、ご存知でしょーか??
ワシの記憶だと、1992年当時にシングルカットされて、
グランジの波がそこまで来ている中で、まーまーヒットしたんじゃないかと思っていたのですが・・・
現在ググるとビルボードなどのチャートで確認できないんで、ワシの勘違いですねー・・・。汗。
MVは見たような記憶があるんですけどねー・・・汗。
エンディングが、ちょっとQUEEN風で、
・・・なぜか、それはそれで、当時は「怖いお兄さん」達からは不評だったんだが・・・。
オマージュってことなんですけどね・・・。
ちなみに、次のアルバムではBEATLES後期風のオマージュ、
またその次のアルバムではツェッペリン風のオマージュを披露しています。
ちなみに同年に行われたフレディの追悼コンサートに出演を希望していたらしいが、ハジかれたという話(ウワサ)もあったけど、その真贋はどーなのかな・・・汗。

「The Wild Life」(1992年:album)
♩
今こうして会えて良かったよ。
あれから随分と経ったね。
キミがなんとか連絡を続けてくれていた。
いつも、キミがどうにか方法を見つけてくれていた。
どうにかして、
お互いの時計の針を止めることができれば良いのに。
全ての日々は去っていく。
キミは覚えているかな。
ボクたちが親友だったころ。
全ての日々は去っていく。
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
過ぎ去っていく・・・
そうだよね・・・
若い頃を振り返ると、
それは僕たちの希望と夢の日々だった。
笑いと涙が全てだった。
それは僕たちの本心からくる感情だった。
ああ・・・そうだよね・・・
どうにかして、
お互いの時計の針を止めることができれば良いのに。
全ての日々は去っていく。
キミは覚えているかな。
ボクたちが親友だったころ。
全ての日々は去っていく。
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
ああ・・
あの頃の感情。
時が過ぎてしまった。
ああ・・・あの頃こそ・・・
・・・そうだよな・・・
そうだよ・・・
ともにした思い出は
心から決して消し去ることはできない・・・
あの頃の日々は過ぎ去ってしまった。
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
日々は過ぎ去っていく・・・
思い出は色褪せない。
過ぎ去っていく日々を見つめていればね。
♩
オリジナルのアルバム・バージョンには、
イントロに美しいギターソロが入っています。
これが、やはり現在YTなどでググると、
オミットされたりしているバージョンもあるよーなので、
(いきなりAメロからスタートする)
よろしかったら「イントロあり・ギターソロあり」の方をお楽しみください。笑。(?)
令和の今どき、わざわざ「ベスト盤」なんて聴く人はいないと思うけど、そーいったコンピレーション盤でも、
やはりオミットされちゃう場合もあるみたい。
(収録時間の関係かなー←これもネット時代の若い人には意味不明ですね汗)

ギターはこの人。
ティム・ケリー。向かって右の人ね。
残念ながら1998年に交通事故で亡くなっています。
(たしか、スピードの出し過ぎでしたね)
ただ・・・ぶっちゃけ、
レコーディングに関しては、どれくらい関与していたんだろー? ・・・っつーのが、ワシにはわからんところ。
↑画像の通り、
実はマーク・スローター(左の人ね)も、
かなりギタリストとしてはガチだったみたいなんですよね。
最初の最初はギタリスト兼ヴォーカリストとして、キャリアをスタートしていたらしいんす。いわゆるアマ時代ですな。
(そのころのバンド名は忘れた・・・なんと、ギタリストとして教則ビデオ?? も出している??)
以前も触れましたが、
SLAUGHTERは、VINNIE VINCENT INVASIONが元になっているんですけど、
マークはこのVINNIE VINCENT INVASIONの最初のヴォーカリストではないんですよね。
「連絡先を書き忘れた」から連絡がつかず云々カンヌン、という「伝説」はありますが・・・
Chrysalis Recordsとしても、もしかしてマークの売り出し方に迷いがあったんかもしれないですねー。
「ギタリスト」なのか「ヴォーカリスト」なのか、っつーね。
大谷翔平18歳状態ですね。笑。
「ピッチャー」なのか「バッター」なのか、って。笑。
ま、二刀流でいくことになったのが、例えばトム・キーファー(CINDERELLA)であり、ギターでいくことになったのがリッチー・サンボラ(BON JOVI)であり・・・みたいな。
マークの場合、結局「ヴォーカリスト」として演っていく、ということになったよーなんですが・・・。
で、
このSLAUGHTERというバンドになった時に、
作曲クレジットは全てこのマークと、その相棒のダナ(Dana Strum)、
レコーディングのプロデューサーのクレジットもやはりマークとダナ・・・。
よーは、
SLAUGHTERはマークとダナのバンドということなんでねー。
(金は当初はChrysalis Recordsが出資していたらしい)
となれば、
どーでしょーか?
かなりマークの音楽性が反映されているのが、SLAUGHTERであって、ギターに関してもかなりマークの「意向」が影響されている・・・あるいは、実際にプレイされていてもおかしくないのかなー、とは思っちゃているワケですよ。
もっと踏み込めば、
このSLAUGHTERには、Chrysalis Recordsもかなりの金を出している以上、かなり発言権があったわけですね。
で、「ヒット曲を出すために」ギターソロにはかなりうるさく口を出していた可能性もあるわけで・・・
場合によっては、Chrysalis Recordsが金を出すからギターソロはもしかしたら「外注」する、ということも・・・ね・・・あり得たかもしれないし、そーでないかもしれないし・・・汗。
(だから、実は外注契約の内容によって、オミットされる場合があるのか? ・・・などと深読みしちゃっているんす。実は・・・汗)
なので、
どれくらいティムさんのスペースが残されていたのか・・・
ティムさんはぶっちゃけ、後から「雇った」メンバーなんでね・・・
(それこそ、ヴィニーのリプレイスなわけで・・・)
ライブ用にバンドという体裁を整える上で、「レコーディングされた通り、できる限りライブで再現してくれれば良い」というのが「仕事」だった、というのが実のところじゃないかなー、っていうのかなー・・・
・・・
あ、言いすぎましたね・・・
暴走しましたね・・・
ティムさんの仕事を貶めるつもりは、毛頭ございません・・・。
でも、そーいう話は、当時はよくありましたから・・・汗。
○○のアルバムでは、○○は実際にプレイしていない、とかね。汗。
だから逆にコアなバンドはね、
アルバムのインナースリーブに1曲1曲、プレイしているメンバーの名前をわざわざクレジットしたりもしてましたよ。
本当にオレたちがプレイしてるゾ、創っているゾ、ってね。汗。(例A)
逆に逆に、
インナースリーブにメンバーの「名前しか」載っていないのは、その意味では怪しいナ、なんて、思ってました。汗。(例B)
例A)
「○○(曲名)」
rumblinA(←これ人名としてね):guitar
rumblinB:bass
rumblinC:drum
rumblinD:vocal
↑本当に4人がプレイしているんだな、ってわかる。
例B)
rumblinA rumblinB rumblinC rumblinD
↑本当に4人がプレイしているかは怪しい。
(記載がメンバー名のみ)
あ、あと、
曲ごとのクレジットではなく、
一箇所に・・・
例C)
rumblinA:vocal、guitar
rumblinB:guitar
・・・となっていて、
AとB、どちらが、どこでどれくらいの割合で担当しているのかがわからなくなっている、というパターンもありましたね。
SLAUGHTERはたしか、このCのパターンだったよーな・・・
(アルバムはCDで全部持っているのですが、現在押入れに幽閉されていて・・・確認できないので、もしかしたら、また、記憶違いカモ・・・汗汗)
まー、80年代後期~90年代に入ると、
アディショナル(additional)・プレイヤーでさえも、
きっちりメンバー以外の名前として記載されていることも多くはなってはいましたけどねー。
(時代が進むにつれ、口パクとか、いろいろうるさくなっていった時代でした。Milli Vanilli事件とかね・・・汗)
ま、当時のハードロック/ヘアメタル・バンド/に共通して見られる現象についての話でした・・・汗汗。
ちなみに、
SLAUGHTERは初来日が遅れて、
初めて日本に来たのは1995年くらいだったかな・・・。
全盛期は本国の方が忙しかったらしく、日本には全くいらっしゃらず、
グランジどっぷりの頃にいらしたもんだから、
日本のファンにとっては印象が薄かったですねー。
まー、来日が遅れたのも、日本じゃ人気がイマイチの原因でしょーねー・・・。
(超初期のプロモ来日の頃は、女子には人気があったよーですけど・・・マークがカッコいいということでね汗汗)
何を今更的な・・・汗。
実はこの時、ティムさんは、なんと
「お薬を販売していた過去がある」ということで、
入国できなかった、っつー・・・ね。
そんなこともありました。汗。

代役はデイヴ・マーシャルだったと思います。
(Wikiで確認しました)

ティムさんの事故の後は、
ジェフ・ブランドーが務めています。
ティムさんは「雇用メンバー」みたいな書き方をしてしまいましたが・・・
彼の「功績」は今でもしっかりバンドによって讃えられています。
フツー、「雇用メンバー」だった人って、
契約が終わったら、全く関係が切れちゃうバンドもあるんだけど、
SLAUGHTERはしっかりティムさんをリスペクトしています。
(ホームページに彼の項目があるくらい!)
やっぱ、いいですよね。そーいうの。
別に過大にどーのしてくれ、ってことじゃなくて、
そこに、彼がいたんだ、ということをしっかり認めてくれる・・・ってね。
それってすごいフェアなことだし、
当然のことなはずだけど、案外そーされないことが多い。
特に「権利(権力)」があった人ってのは・・・知らんぷり、っつーか、「なかったこと」にしようとさえする。
おっと・・・
また、話が逸れてきた・・・
まあ、いい・・・。