rumblin @ blog
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雪が降った

朝起きたら雪。
慌てて公園へ行ってきました。















寒い。寒い。

I Went To Election4

しばらくは選挙はナイナイと云われてたわりには、ここのところ続いていますねー。
それだけ、激動の時代に入ったんでしょー。きっと。

例えば、「戦後」というと、
日本では1945年以降を指すわけですけど、
世界的にはそれ以降も数々の大戦争をやってきて、
そこは、もーはるか昔の話になっている。
それなのに日本だけは、
いまだに1945年以降の体制と思想を引きずってゴニョゴニョやっている。
日本だけ「戦後時代」をずーっとやっていて、
他の国はとっくに次の時代に進んでいる、っつーね、
そりゃー、世界の潮流から乗り遅れますわな。
30年停滞しますわな。
どうして、そこにスタックされ続けたのか?
(ま、戦後レジームってやつですかねー・・・)
・・・まー、そこには今回はあえて触れませんが・・・汗、
・・・
そして、今はまた、
新しいワールド・オーダーが出来あがろうとしている時なのでしょーねー。
今後、どのような世界になっていくのか・・・。

今度こそ乗り遅れるわけにはいきません。
対応できるように、今から体制作りをバシバシやっていかなくてはいけないわけなんでしょー。
そりゃー、できれば安定多数・絶対安定多数がほしいですよね。

もちろん、
結局、誰が実はパルパティーンなのか?
それは今のワシらにわからんし、
正解を知っているのは後世の歴史のみですが、
その意味では、選挙という形でしっかり注視していくしかないのでしょう。
今できることは、ね。汗。


んまー、
それに関して、金がもったいないだの、
時季がどーだのと、言う人もおりますけどねー、
・・・
まー・・・
それら手間やコストを考えれば、
今後、ネット投票がどーとか言われるでしょーねー。
ネット投票が可能であれば、
圧倒的にその手間やコストは省くことはできるだろーからね。
技術的には現段階でも可能なんだろーし、
どーだろーねー・・・

しかし、
やはり、懸念されるのがその投票結果が本当に正しいのか? っつー、公平性っつーの? 正確性っつーの?
デジタルだからこそ、電磁的にパパッと、なにか細工されちゃうんじゃないか? っつー疑念も拭えない。シロウト考えとしてね。
それに加え、
本当にその人が投票した一票なのか? 一人一票は確保されるのか? っつー疑念ね。
(誰か別の人が、その人の分も投票することが可能になるっぽいでしょ)

その意味では、ネット投票になったとしても、
少なくとも投票所には行っていただく(来ていただく)必要は残るのかなー・・・ちゃんと、あなたが投票しましたね、と。
わざわざ行くのなら、意味ないかー?? 汗。
ま、それでも、
地元の投票所だけではなく、出かけた先・勤務先などのどの投票所でも投票はできるようになるのだろうから、
投票する人の負荷を省減できる部分は少なからず、あるのかなー。

とにかく、
投票結果に不正がないこと。そして一人一票は絶対守られなければならない、ってことですねー。
それが「絶対担保」できる形にならないとネット投票もなかなか踏み切れないでしょーかねー・・・汗。

・・・
・・・てか、
あらためて、手元の投票券を見てみると・・・ちょっと、ゾッとする。汗汗。

っつーかさ、
名前しか書いてない。汗汗。

よくよく思い出してみると、
投票所に言っても、これを差し出して、
「お名前に間違いはありませんか?」
と聞かれて、
「ハイ、そーです」
これしかない。
身分証を出して、本人確認など一斎ない。
もちろん、この投票券を持っていることが、その証だということなんだろうけど、
この投票券には顔写真もなければ、年齢すら書かれてない。
つまり、
この投票券を持っていけば、ま、一応、誰でも「自分」として投票ができる、っつー・・・汗汗。
若かろーが、中年だろーが、ジジーだろーが、関係ない・・・。

ま、ま、まさかね・・・汗。

まー、
地方の方なら、
お互いみんな、顔を知っていて、
誰かになりすますなんて、できませんよ、ということなんだろーけど・・・
まー、
もともと選挙区(投票所)っつーのは、
それぞれの地域にあるわけで、お互い顔はわかりますから、という時代の名残なんだろーとは思いますが・・・

そ、そ、それにしても、
今時、どーなんだろうー・・・汗汗。

例えば・・・
なにかの組織が、
投票券を回収して、
ある特定の人物(あるいはグループ)がその投票券を持って、
それぞれの投票所をぐるぐる回っていたりしたら・・・
(例えば「男性っぽい名前」の投票権であれば、とりあえず男性であれば、年齢は関係ないので、それが可能になる・・・)
・・・そんな疑念が生まれてきてしまう・・・汗汗。
よくね、
組織票がどーのとか、言ってますが・・・汗汗。
・・・汗汗。
・・・汗汗。
いや、
ここ日本いおいて、そのような不正はないと信じているが、
信じているが、
そのような疑念が生まれる余地を残しておくのは、
絶対良くないと思いますね。汗。

今時、
免許でもマイナンバーでも、
身分確認はできるんだろーから・・・
そーか・・・昔は、それは技術的になかなかできなかったってことなのかー・・・。
免許は誰でも持っているわけではないし、
マイナンバーなんてなかったし・・・
保険証には顔写真はないし・・・。
(え・・・マイナンバーに反対している人って、そーいうこと??汗汗。・・・いやいや・・・汗汗)
次回の選挙以降の検討課題にしてもらいたいですね。

なんと、
今回はその投票券すら期日前投票には間に合わなかったのですが、
期日前投票所でどのように本人確認するのかと思っていたら・・・
なんと、なんと、
口頭で名前と住所を伝えるのみ、という・・・!!
(地方・地域によって違うのでしょうか??)
・・・ちょっと驚愕の運用方法だった。
運転免許やマイナンバーカードすらいらない、って・・・汗汗。

いやー、
ホント、大丈夫かなー汗汗汗。
令和の時代に、そんなガバガバなことをしている、っつーね・・・汗汗。

・・・
・・・
激動の時代に突入する中で、
これから意見の対立というのは、かなりシビアになっていくと思う・・・。
となると、
多数をとれなかった側は「不正があったのではないか?」という疑念が、今後必ず持たれますから。
(今のアメリカの状態ですね)
自分にとって信じ難いことが起きると、人間っつーのは、そういう疑念=陰謀説を持ちやすいものです。
(え? ワシだけ?? 汗)
ですので、
そのような疑念が生まれる余地はしっかり潰しておく必要があると思いますねー。

ま、ま、・・・
まあ、いい。
マイノリティなワシですが、謹んで投票に行かせていただきます。

Born to Rock

やっぱりカッコイイっですなー。
ある意味、なんか奇抜なこととか、派手なことは全くやってないんだけど、
オーソドックスなんだけど、カッコイイ。
でも、
ちゃんとソング・アイディアもある。
(ドゥドゥドゥドゥのとことか、歌詞も自らをパロっててユニーク)
センスあるよねー。
でも・・・若い人が聴いたら、
すごーく、古臭く聴こえちゃうのかな・・・??



「Born to Rock」(2025年:single)

ロックは死んだ・・・まさにこんな時(時代)が来るなんて思いもよらなかったね・・・。
ワシも若けーころは、ロックは永遠だ、ずっーと「若者の音楽」として続いていくものだ、と思っていたもんね。汗。

いやはや・・・


ある人は「ロックは死んだ」と言うだろう。
でも、オレはここで言ってやるよ、あんたら、頭おかしいよって。
この自由の世界でロックしている、ただのジュークボックス少年さ。
たくさんの自由をオレに与えてくれたものは、他にない。それがロックンロールがしてくれたことだ。
ギターを手に入れて、
どうやってプレイするか独学で学んで、
そして今はサイコーの気分だ。
誰も、奪うことはできないぜ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ

最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

ロックロールがある限り、オレはロックするぜ。
オレは岩が転げ落ちるようなゴングが鳴らすぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ


有名人みたいだぜ。
MTVでやっていた。
オレの隠れた楽しみは、オレのゴシップニュース。
ママは壁から写真を外したもんさ。
壁から落っこちた。
馬小屋で若い種馬が暴れているみたいだぜ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ

オレは星をキスして、金にはツバしてやるさ。
「デッド・オア・アライヴ」がラジオで流れている。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
オレはギターを手にしながら眠る。
もしあんたに曲があるなら、バンドに入ってやってもいいぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

ハイ、失敬するよ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ

最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

まさにロックするためなら、
オレは旅に出てオレは歌うぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。


お身内にご不幸があったリッチー。
ご愁傷様でございます。
心よりお悔やみ申し上げます。

心が癒えたら、
またアルバムを作って、ツアーに出てもらいたいなー。
・・・あ、
このアルバムを作って・・・っつー発想が古いんだなー・・・汗。

Call It What You Want

TESLA(←バンド名ね)のサードアルバム。
「Love Song」(←これ、曲名ね)の大ヒットの後で、力作となっています。
(予算もだいぶいただけたのでしょー)



「Psychotic Supper」(1991年:album)

隠れた名盤といっても良いのではないでしょーか。


オレはあの子が好きだ。
そしてそのあの子もオレのことが好きだってわかっている。
彼女はいつもそこにいる方法を知っているんだ。
なぜなら、彼女はそれだけで嬉しそうなんだ。

でも時々、たまにね、
オレの中で何かが・・・多分、彼女の中でも・・・
あんたにもそんな日があるだろう、
全てが上手くいかなくて。
全然意見も合わなくてさ。
でも、それでも、
きみは上手くいくってわかっているんだ。

これを本当の愛って呼ぼう。
運命だったと言ってもいい。
なんと呼んでもよいよ。まあね。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全て同じさ。


音楽はオレにとっていろんな意味がある。
愛みたいなもんで、できる時にオレはそうする。
すべてがオレであり、これからもずっとそうだ。
それがテキサスから来たこのオレさ。

でも時々、そう、時々だ。
ヤツらがオレをスーパースターみたいに扱い始める。
結局のところ、気をつけないといけないのは、
何が問題かっつーと、
どこにいるかとか、どこから来たとかではなく、
何が言いたいかっつーと、
あんたはどうとでも言えるんだ

ヘビーメタルだろーが、
ハードコアだろーが、
ポップ、パンク、あるいはスラッシュ、
なんてあんたが呼ぼうが、オレには関係ない。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全てミュージックさ。

共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねーよ。


赤ん坊はゆりかごの中に横たわり、
手の届くところが世界の全てさ。
ボロ布だろうが、ミンクとテンの毛皮だろうが、
誰かの世話が必要。
そうでなければ、路上に投げ出される。

今、母ちゃんは出ていって、家にいない。
父ちゃんは仕事に忙しく、まだ帰ってこない。
土砂降りの雨の中でも、
子どもたちは、世間という嵐に立ち向かわないといけない。

これを特別なこと呼ぼうが、
ある人は運命と言い、ある人は現実と言う。
呼びたいように呼べばいいよ。
そんなのはオレにとっては問題じゃない。

共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねー。


人は好きなように批評する。
あーだ、こーだ、ね。
要は本質の問題だよね。
・・・って、それが一番難しい。

Man I Need

若い人の話を聞いて、ジジーは驚愕した。汗。
平静を装うのが精一杯汗汗。
これも時代の為せる事象なんですかねー・・・汗汗汗。



「The Art of Loving」(2025年:album)


ねえ、
私に話して、話して。
私に話して、話して。

なんか、私たちって、失った時間を元に戻そうとしているみたい。
私に話す必要があるんじゃない。
一晩中ボサノヴァをかけて。
まるで誤魔化そうとしているみたいね。
あなたの親友を紹介してよ。
そっちに行って、すぐ仲良くなれるわよ。
衛星だって、そんなに遠くないでしょう。
ホント、あなたはどこにいるっていうの??

私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。

なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。

ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。


あなたも同じように思っていてくれたらいいな。
でも、時々そうじゃないなと思うのよね。
ねえ、同じように考えましょうよ。
行間を読ませるようなことはやめてちょうだい。

私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。

なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。

話してよ。話してよ。話してよ。話してよ。

ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。

ンンー・・・ンンー・・・
ンンー・・・


ワシらはなんのために生きてきたんじゃ・・・汗汗。

Runaway Horses

今年は午年ですねー。笑。



「Runaway Horses」(1989年/album)

「Heaven Is a Place on Earth」の大ヒットを受けてのサードアルバムですね。
1989年かー・・・良い時代でしたねー。汗汗。


今夜は眠れない。
すごく動揺している。
ねえ、風がまた変わったわ。
どこからか真っ直ぐに
あなたがやってきた。
行ったことのないところへ
連れていってくれる。
突然、私の全てのフェンスが打ち壊し、
人生の手綱が断ち切られたの。

走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。


この旅の中で、
全てが変わる。
ここにとどまるものは何もないわ。
真実も変わっていくもの。
夢だって捨てられるものなのよ。
チャンスは毎日訪れるわ。
私はあなたと一緒にいたいの。
私たちの運命を祈って。
この不可思議な旅程の中で。

走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。

暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。


目を開いて。
そこは光輝いているわ。
あなたといると、生きているって感じるの。
どんな終わりがあっても、
私たちはまた始めることができるわ。

走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。

暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。

しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって・・・


老馬も走っていきます
・・・走れるかな・・・

ぶらり 筑州の旅

朝一番。



皆さん、お早いですねー。
前泊ですか??



朝焼けの中、出発!
テイクオフ!



富士山です。



雲海が広がってます。
現地はあまり天気が良くありませんでした。



まずは腹ごしらえです。



ワシは地方の、郊外型のスタバが好きなんです。
できれば、必ず行きたんです。(?)汗。




ハイ、見事な石垣ですね。
織豊期~と思われる見事な石垣ですね。



こちらは久留米城ですね。
歴史は古いのですが、現在の城はあくまでも豊臣秀吉の九州制覇以降のお城でしょーねー。
(それ以前の城は篠山城と言ったよーです)
まずは小早川氏(秀包)が手をつけ、
実際に整備を完成したのは、有馬氏の時代でしょーねー。
以降、有馬氏の居城(本拠)として明治を迎えてます。

筑州と肥州が接続する重要な地点だけに、魏志倭人伝が示す地域はこのあたりではないかとも考えられるし、
(古代から邑が栄えた可能性があるという意味ね)
明治以降も陸軍の関係機関が置かれていますね。



本丸の入り口は桝形虎口になってますね。
往年の久留米城は連郭式となっており、現在残っているのは本丸の郭(曲輪)のみですね。
二の丸、三の丸などは市街地となっています。



本丸跡ですね。



現在は神社となってます。
当時も天守閣はなかったようですね。
最終的に整備されたのが、もう元和年間に入っていたようですから・・・その頃あたりから、いわゆる「天守閣」というのは作られなくなっていくんですねー。
ここには本丸御殿があったということですね。



篠山神社というそうです。





本丸の背後には、やはり川が流れてました。
筑後川と宝満川の合流地点に突き出した舌状地帯。
織豊期のパターンですね。



現在は本丸の外郭に沿って、散歩できるようです。





艮櫓跡。
現在はベンチが置いてありました。



晩秋の佇まい。









見事な高石垣。



それにしても、
柵とか、何もない。汗。
これ、
夜中とか、酔っ払ってとか、
特に土地勘がなかったりすると・・・キケンですよね?? 汗。





こちらの階段はおそらく当時のものではないですよね・・・?



それにしても、スゴイ。
よく整備されてますね。


この後、午後はヤボ用を済ます。
俄かに天気が良くなってきました。



これまたスゴイ、太陽光パネル・・・。
地方に行くと、見かける風景です。



夜には福岡に戻りました。

皆様、とても良い顔をされてました。
ちょっと昔に戻ったような気がしました。
その言い分、昔、よく聞いた気がします。
一周回って何とやら、と申しますよね・・・。
ワシの現状を考えれば、ワシが間違っていたということになりますかね・・・汗。
つらいです・・・。

G Talk-171 さらばミスター FOR3EVERとともに刻まれたものとは?

1日歩き回って、
もー足が棒のよーだったのだが・・・
行って参りました。



水道橋で降りると、さっそくサイネージに・・・↑。
(見えますか~?)



あれれ・・・
もークリスマスムードですか??
マライアの毎年恒例のクリスマスソングが
ガンガン鳴っている。
若けー人がたくさん屯している。
ドームで何が行われているか・・・そりゃー、Zな人にはカンケーないですよね。汗。
クリスマスがめでたいですよね。(?)汗。



ハイ、こちら。

もー時間ギリギリでしたので、
人の列はそれほどではありませんでした。
昼間には長蛇の列になったそーです。
疲れ果てた老体(ワシね)としては、
長時間並ばなくてはいけないのか、と危惧していたのですが、
全てはスムーズでした。

そうです。
本日はナガシマさんの「お別れの会」という式典が、ここ東京ドームで行わています。



ドーン。
25年前? 26年前? にこの写真を撮った人、スゴイですねー。こうして今だにメインビジュアルとして使用されている。





スポーツ報道畑のカメラマン冥利ですよねー。



んぐー、
この二人の後ろ姿・・・
神々しすぎる・・・。



久しぶりのドーム。
黒を基調にイメージがだいぶ変わっとる。

ふーん・・・。



本日はグラウンド内に祭壇(?)が設けられている。



グランド内に降ろしていただく。
いつ以来かなあ・・・。
最新の人工芝ってヤツだと思いますが・・・ちょっと、ツルッとしてますね。
浅野がデビュー戦でコケていたけど、
たしかに滑るカンジはしますね・・・。
(ケガ防止のため、あえて滑りやすくしているのかな?=スライディングしやすいよーに)
ゴソゴソっとすると、チップ(?)が舞い散る。
これもケガ防止用のクッション材として、
改良されている点なんですねー。へー。
たしかに、大昔はこういうチップはなかった。
(ズタボロ靴があまりに見苦しいのでボカシました。汗。滑るのはツルツルの靴底のせい?? 新しい靴買いたい・・・泣)



記帳台。
ここでみなさんナガシマさんへのメッセージを書く。
ワシも書かせていただきました。



この位置からホーム方向を見たことはなかったなー・・・。
知らんかったけど、
最上部にジャイアンツの優勝年度が刻まれている。
リーグ優勝年度になるのかー。
ふーん。
本来、ジャイアンツはリーグ優勝ではなく、日本一(チャンピオン)を目標として戦ってきたチームなのだが・・・

まあ、いい・・・

どうでもアレだが・・・
最後にチャンピオンになったのは2012年なのかあ・・・。



一塁ベンチ。
かつてはここでナガシマさんは指揮を執られました。
1994年と2000年に監督としてチャンピオンになられている。



バッターボックス。
打者としてのタイトルは数知れず。
しかしそーいった数字以上のナニカで、ファンを魅了し続けてこられたのがナガシマさん。
その独壇場ですね。



18.44メートル。
時間にすれば1秒ない世界。
その瞬間にファンは固唾を飲みました。
打球がスタンドに入るまでは5秒ないくらいの世界?
濃密すぎる時間ですねー。



三塁ベース付近。
この場所も
ナガシマさんの舞台でしたね。



「ジャイアンツの四番」は、かつては球界の顔、金看板でした。
野球少年の憧れ、っつーかね。
中島治康、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜、阿部慎之助・・・
岡本の退団でその系譜が途絶えようとしている。
来年、ジャイアンツは、四番をホント・・・どーすんだろなー・・・??
四番打者がいない。
候補すら皆目いない。
将来の四番候補すらちょっと見当がつかない状態・・・汗汗。
こんな事態、未だかつてありましたっけ?? 汗。
由々しき事態だと思うんだが・・・案外、世の中は静か・・・。
それだけ世の中の関心がなくなったんだろーねー、ジャイアンツに・・・。
それよりはLA、オオタニサン、っつー時代だもんねー・・・。

新設された長嶋賞。
第一号は是非ジャイアンツから・・・なんて、息捲きたいところだが・・・ぶっちゃけ、この時点でお手上げ・・・今後しばらくは、ジャイアンツからはムリなんじゃん、っつーね・・・汗汗。
どーすんだろなー・・・??
寂しい話だなー・・・。



プレイのみならず、
監督として、たくさんの人材を遺してくれたのもナガシマでしたねー。
批判的な人は「外から選手を集めてばかりいた」とおっしゃると思いますけど・・・
第一次政権後の80年代ジャイアンツのメンバー。
中畑、篠塚、江川、西本、松本、山倉・・・
(あくまでも「後」ね・・・それらの選手が本当に主力として活躍したのは、ナガシマ監督退任後の1981年以降ですね)
それに第二次政権時の松井、高橋・・・ルーキの阿部を抜擢したのもナガシマさんでした。
楽しかったですねー。

そして、
あのアテネ五輪。
(監督はキヨシ。笑)
メンバーから後に、メジャーリーガーを9人も輩出している。
いやー、楽しかったですねー。
今や数々の国際試合がありますが、
あのアテネは特別だったなー・・・。





感謝。
感謝しかございません!
(ありがとうの「う」が抜けた笑)



祭壇(?)前へ。
いよいよお別れの時です・・・



バットが飾られていました。



グラブも飾られてました。

見たからに昔型のグラブだなー。笑。
それにしても、
今のグラブの発展はスゴイよね。
使ってみると、まるで虫取り網みたいなカンジがします。
スポスポとゴロが入るカンジ。笑。
(メーカーさんの努力の賜物でしょー)
→んでね、最近は「横も正面」とか言ってますが、
このグラブの発展が大きいのでしょー。
昔は、そーはいかんかったのよー。笑。
昔はね、まず、体のどこかに当てて止める。体に当てるなら「こーだ!」みたいな・・・笑。
その中でグラブの捌きが良い人を「センスある~」なんて、言っていたのですが・・・
たしかに、最近のグラブだったらね、横だろーが、逆シングルだろーが、スポスポ入るカンジがしますもんねー。
野球の基本も変わりますよねー。



いよいよ正面に来た。
係の人は「立ち止まらないでくださーい」と連呼している。
その中、ワシは脱帽して一礼・・・。
・・・。

真ん中の勲章は文化勲章ですかねー?
(国民栄誉賞は勲章とかあるんですかね??)
右側はアテネオリンピック時のフラッグですね。
ナガシマ・ジャパン。



おお!!
こ、これは!!
第一次政権時のユニフォーム!!
1975~1980年の6シーズン、着用されました。
ワシはサンフランシスコ型と呼んでいます。
(ロゴがSFジャイアンツと同じ)
んんー、コレだなー、ワシにとっては・・・汗汗。
数試合でよいので、復刻しませんかねー。
来年の1周忌の記念試合で是非!
(SFジャイアンツとの間に商標の問題でもあるんだろーかー)



右中間スタンドの柱に「3」が掲げられています。



お隣には「1」も。
LAからジャイアンツが再びその地位を奪還するには、
このような強力なコンビが必要でしょう。

それには、発掘・育成の問題もあるでしょー。
さらに、長くジャイアンツでプレイしてもらうためには、
環境・運営(経営)の課題もあるでしょうねー。
(要は、メジャーに匹敵する生涯年棒が支払えるか、なんでしょーけど、ぶっちゃけ汗。プロ野球選手としては一番稼げる場所=夢の舞台なのでショーから・・・)

まあ、いい・・・。



ワシが訪問したこの時間帯は、
意外にも若い世代が多かったです。
仕事帰りのリーマンがほとんど。
意外です。
皆様お忙しいのに、
仕事を切り上げて、いらしているのかもしれませんねー。
2000年のあのシーンを、例えば10歳で観ていれば35歳かあ・・・。
そんな世代なんでしょー、きっと。
この殺伐とした世の中で戦われているリーマンの皆様の心の奥底に、ジャイアンツ・野球があるなんてステキです。

高齢者の皆様は、この時間帯的にはほとんど見かけませんでした。
(おそらく高齢者は昼間の時間帯に済まされているんでしょう)
それでもチラホラいらっしゃる高齢者の皆様は、
辿々しい足取りながらグランドの上を必死に歩いていらっしゃる。
共に人生を歩いてこられたナガシマさんに一言お伝えしたかったんでしょーねー・・・。

スタジアムは広い上に、どうしても階段が多いから大変でしたね。





んんー、コレね!
今のユニフォームはデザインは全て印刷(プリント)の球団が多いけど・・・なーんか、違うんだよなー。
(印刷なので、デザインも自由過ぎちゃっている=それがデザイン性が高い?=それが今の時代だね)
この質感というんですかねー汗。
現代の方が軽量化されていて優れている、と納得はできるのですが・・・汗







時代が終わりました・・・。

時代が終わりましたね・・・
たしかにワシの中でも、今日・・・
何かが終わった気がします・・・。
そうだな・・・
終わったのかあ・・・。

これから、
時代とともに野球もさらに変わっていくのでしょう。
それも必然。
今のままであるものはない。
新しい時代には、新しい時代の野球がある。
球界はむしろ、それに対応していかなくてはいけないのでしょう。
抗っても老害と言われるだけ。
ワシらはワシらの時代の野球があった・・・それで良いのでしょう・・・。
一期一会とは言いますが・・・
時代とともにワシらは・・・ワシは退場するしかないのでしょう。もー、きっと。
・・・。

王さんは「ナガシマさんは永久です」と言った。
そうですね、
永久に刻まれるナガシマさんの名前。
・・・その名前にワシらの人生も一緒に封印(Sealed)されたのが今日だったのかも知れません。



退場すると
ラクーア方面。
本日はこちらから帰りましょう。汗。



「ありがと」ございました。
ナガシマさん。
お疲れ様でした。
さようなら・・・さようなら・・・

ぶらり 京都の旅<後編>

ホテルの朝食会場へ行くと、外国人だらけ。
日本人は1割?
数える程。

でも、この外国人さんのお陰で、
メニュー豊富なブッフェをいただける。
外国人様様。
インバウンド様様。
もーパンドラの箱を開けちゃった状態なワケでね。汗。
戻ることはできないでしょ、きっと。汗。
・・・
どうする?? 汗。
・・・

まあ、いい。



2日目午前中は本願寺さんへ。西の方ですね。
デカイ。
とにかくデカイというイメージですね。



とにかくなんでもデカイ。笑。
笑っちゃうほど、デカイですね。
こちらを拝観させていただくと、
・・・例えば、豊臣大坂城の本丸御殿はこんなカンジ(雰囲気がね)だったんかなー、とか・・・ちょっと思っちゃいます。



悪人正機、他力本願についてお話をお聞かせていただく。
んー・・・
今時の若い人にはなかなか届かないかも知れませんね。
生きるとは苦であると・・・(四苦八苦のことね)
面白可笑しく暮らしたいと思っているのに、苦であると、なんて言われてもね・・・汗。
ワシもこのしょーもない人生の後始末を考えなくてはいけない時季に来ちゃったのかなあ・・・。
いや・・・まだまだ突き進めとおしゃっているような気もしないでもない(悪人正機、他力本願)
苦しいねー・・・





なんとなく桃山の雰囲気を伝えてくれる。





国宝です。
入母屋造り、格式の高い檜皮葺の屋根ですね。
慶長年間前半の建築物と言われてますね。
聚楽第の遺構だとも言われてます。マジカ。
スゴイ。

こちらには飛雲閣というやはり国宝があるのですが、
こちらは本日は見学できませんでした。ガックリ。
こちらも聚楽第の遺構だといわれてますね。



松も手入れが行き届いています。



天気が良くなってきました。





また来たいですね。

時間は正午になりました。
先日のリベンジへ!



二条城。
こちらもデカイなー。
子どもの頃以来だと思うのだが、
こんな大きかったかなー。
(印象が逆なら、よくあるけどね。オトナになってから行くと、意外と小さかったり、しょぼかったり・・・逆です汗)



ドーン!





唐門。
こちらは重文ですね。
屋根はやはり最高の格式である檜皮葺ですね。



こちらが二の丸御殿です。
幕末の歴史的舞台となりました。
国宝です。
(中は撮影禁止です)
足利将軍後期~江戸期前半、そして幕末と、
意外と(?)日本の歴史の激流の中心にあったことになりますね。汗。
(注:二条城=二条御所の位置は変遷はしていますね)



こちらから本丸へ向かいます。
こちらは初めて。





とっても立派な庭園となっております。
ゴツゴツ。



こちらから本丸。
(東橋)



素晴らしい石垣です。
江戸期の石垣ですな。
枡形にもなってますね。



本丸御殿へ。
幕末期には徳川慶喜の御殿もあった筈ですが、
それは明治期に取り壊され、
宮家の建物を移築したものだそーです。
それ以降は朝廷の離宮となっていたよーです。
ワシはちょっと勘違いしていました。汗。
(慶喜の御殿をそのまま使っていたと思っていた)

実際に中を拝観させていただく。
(撮影は禁止。荷物も全てロッカーに置いていくという念の入れよう:天皇というと、変なことをしようとする人もいそうだもんねー汗汗)

中は・・・なんっつーんでしょ・・・汗、
驚くほど・・・質素(という言い方をして良いのか、アレだが・・・)です。
言い方が不敬にならないか難しいが、
ぶっちゃけ、↓なんて、田舎の大きめの地主(?)の家か何かと最初は思いましたよ。



(本丸の入り口から入ってくると、まず↑の姿が見えてきて、本丸御殿の入り口に向かう)



たしかに・・・本丸御殿入り口(車寄せ)の屋根や、
襖絵、廊下にも畳が敷かれているなど、要所要所はしっかり格式高く作られていますが・・・概ね全体的に拝見して、質素と言わざるを得ないです。
質素・・・粗雑、粗悪ではありません。質素ね。汗。
今で言えば・・・シンプル? ミニマム??
「天皇家」については、
いろいろと言われる方もいらっしゃると思うし、
ワシはここでなんやかんや言う気もないし、
なんの知識もないが・・・

一方で言われてきているのが、天皇家は海外のロイヤルファミリー(王家)とは「違う」っつーことですね。汗。
キングではない、っつーね汗。
じゃーなんなんだ? ・・・それを・・・どー説明、あるいは規定するかは(一言では)難しいのですが・・・汗汗。
ここ(二条本丸御殿)では天皇家の質素さがよくわかります。
まー逆に・・・
海外から来た方々・外国人の皆様からすると、拍子抜けするんじゃないですかねー。汗。
もっと、こー、
煌びやかな、キンキンギラギラな王家の宮殿が観れると思っていたら・・・「は?」って・・・。
ウチの田舎の王族の方がもっとジャラジャラしてるぞ、って・・・汗汗。
この質素さ、地味さに理解に苦しむっつーかねー・・・汗。

まあ、いい。汗
(この話題はこれくらいで、やめておく・・・)

あ・・・でも・・・
(ちょっと踏み込むのはキケンですが・・・)
むしろ付言しておくべきことは・・・
・・・明治期(大日本帝国憲法下)の天皇というのが「異質」ではあるんです。日本史的に見ますとね・・・そこは付言しておきますね。汗。
(ややこしいですが・・・)

さ、これくらいにして、
こちらに行ってみましょう。



天守台。



天守台からの眺め。
洛中が一望できます。



西橋。
一番奥が天守台になります。



こちらにも庭園が。











こちらの方が優雅なカンジがしますね。
(清流園というらしいです)

そろそろ夕刻。
時間が迫ってまいりました。
西といえば、東に参りましょう。



東本願寺さん。
こちらもデカイ。
それにしてもデカイ。

東と西で、豊臣や徳川とのカンケーをここでゴチャゴチャ記すのも、いろいろと面倒くさそーなので、やめておきます。
どうしてこの「場所」なのか・・・とかね。汗。
やめておきます汗。
(きっと、それは「正史」ではないでしょうし・・・汗)
(「やめておきます」ばかりだな・・・すっかり面倒くさがりです。汗。歳です)



なんかパラレルワールドだなー汗汗。
午前中に拝観させていただいた西さんとほぼ同じものがある・・・汗汗。
そっくりさん?? 汗。











もー時間なので、
扉をパタパタと閉められていきます。
残念です。

慌ただしい2日間でした。

ぶらり 京都の旅<前編>


都入りしました。



圧倒的に外国人が多めです。



バスにて移動。



電車でも移動。

ワシは地元の在来の交通手段を使わせてもらうのも好きなんだが、
観光客が多過ぎる京都では、それはそれでご迷惑になっている状態。すいません。
オーバーツーリズム・・・なんとかせな、いかんですね。
・・・でも、それで潤っているのが観光施設だったり、宿泊施設だったり・・・どうするんだろうね汗。

まー、外国人様(だけ)は、観光料金として2倍、3倍にすれば良いのだろうけど・・・
それはそれで差別とか、なんとかおっしゃるんでしょうかねー・・・。汗。



地元の本屋さんに寄っちゃいました。
すいません。
地元のダイナーでもランチしちゃいました。
すいません。
カンジの良いお店でしたよ。
我が地元にも欲しい。汗。
(あればあればで、昼間っからビールとか呑んじゃいそうだなー・・・汗)





ハイ、まずはこちらに来ました。(寄りました)
なんと、ここはあの剣豪・宮本武蔵の決闘の地だという場所です。
一乗寺下り松です。

・・・といっても、これはある種、全くの伝説なんですけどね。汗。
ホントの話か、どーか・・・汗。
武蔵が闘った相手の吉岡がどういう人物だったのかも定かではないし、
実際の武蔵自身の事さえ、
どういう人物だったのかもわかっていないんだからね。汗。
誰と誰が闘ったのかもわからず、ホントに闘ったのかもわからん、っつー始末。笑。
話にならん。笑。
ほぼ空想の出来事。ファンタジー。笑。
それは・・・まー仕方ないかね。
400年以上の前の話で、皇族や貴族でもなければ、
その人物がどういう出自で、どうなのかもよくわからないのは
むしろ当然の話。
(何千年も家系を辿れるというのは、どんだけスゴイことなのか!)
皆様だって、どこまで家系を辿れます?
3代前くらいが一般的じゃないですかね? 汗。
4代前、5代前なんて自信ないですよね?? 汗。
現代だってそーなんですから・・・それこそ、400年前の一般人の話ですからねー。汗。
(あ、役所の戸籍を辿ればよいのかー・・・日本の戸籍ってスゴイなー汗)

天下人となった秀吉でさえ、どんな出自の人物かはわかってないもんね。父親の名前すらわかってない。
信長だって、三代前四代前に遡ると、もー怪しい。
(織田は神官の家系と言いますが、信長の一流はちょっと怪しいんだよねー・・・って言ったら、怒られるカナ汗)
家康もそーですね。徳川だ、源氏だって言ってますが、
ぶっちゃけ、相当怪しいもんね。
(自作の家系図が怪しい汗)
・・・それなのに(?)
ここ一乗寺には石碑もあって、
地名として「一乗寺下り松町」まである(?)
ある種、スゴイね。汗笑。

まー、一応、
鴨川を渡ったこちらは洛外として、
例えば処刑場や、その埋葬地・・・といった場所でもあったようですね。
番外地っつーかね。無法の地というか。
だもんで、この武蔵×吉岡のように、
決闘(私闘)がいくつも行われたようだ。
いくつもね。
しょっちゅうだったんでしょう。そーいうのが日常茶メシ事。
いちいち「歴史」として伝わってないだけなのでしょう。
それがこの武蔵の決闘だけは、かろうじて伝わっているということは、それだけ「盛大」だったのかもしれません。
1人×60人だとか、1人×100人だとか言われてますが・・・
(さすがに1人ではないと思うのですが・・・)
少人数×大人数・・・少人数側の大逆転勝利だったんでしょーね。きっと。
それで伝説となったというか。汗。
決闘というと、小説やドラマ、漫画では個人の闘いっぽいイメージがあるけど、実際は「徒党」×「徒党」だったよーです。
武蔵党×吉岡党っつーね。
「闘い」より「戦い」っつーね。

ちなみに、
関白豊臣秀次の家臣たちが、この近くの「糺の森」で「私闘」をおこなったらしい。(という噂)
実はそれが秀吉の逆鱗に触れ、「秀次切腹事件」までつながったのではないのかなー、とも、ワシはかすかに疑っております。
「公儀」として天下を統べる豊臣が私闘を行うとは・・・
しかも秀吉は「惣無事令」(豊臣の平和令)として勝手に戦うことを禁じていたわけですから・・・そうやって「豊臣というルール」で天下を治めようとしていた矢先に、その豊臣の肩書を持つ者たちが、勝手に私闘を行ったとなったら・・・
秀次は直接、この私闘に関係はなかったとは思うのですが、当然自分の家臣の責任は取らざるを得なくなったんかな・・・と・・・。汗。
(あるいは、切腹したのは、もしかして自責の念からカモ)

まあ、いい・・・。汗。

戦国時代っつーのは、言うてみれば、そういう「徒党」×「徒党」の私闘が私闘を呼び、
それぞれに「ケツモチ」がいて、
どんどんエスカレートして→最終的には合戦になる・・・そういう構造でしたからね。
だから秀吉としてはそんなささやかな「私闘」も許すことはできなかったのかもしれません。



こちらが武蔵がその決闘の前にお参りしようとした神社さん。
しかしハッと気づいたらしいです。
神頼みするのは自分の弱さだと。
スゴイですねー。汗。
「我、神仏を尊びて、神仏を頼らず」・・・と。
↑この時点で完全に脳が活性化されますね!!
クリエイティブです!(?)



武蔵像が立ってました。
「二刀流」の語源ですね。笑。



ちなみに武蔵はこの戦いの後に、
観智院さんに逃げ込んだことになりますねー。
そこで熱りが冷めるのを待ったことになりますね。
(リベンジしようと、吉岡の関係者に追い回されることになったので・・・)
ワシも2018年にこちらにお邪魔してます。
よろしかったらこちらです。




そのような血生臭い話の後に・・・笑、
こちらへ参ります。



静かな佇まい。
金福寺さん。



紅葉にはまだちょい早い時季でしたね。











幕末に・・・幕府方の隠密として働かれた村山たか女さんも
こちらで余生を過ごしたそうです。
・・・あ、これも政治という血生臭い話ですね。汗。
静かなこの地で、
最期は心穏やか日々を送られたのでしょうか。



庭からさらに小高い丘に登ると芭蕉庵があります。





紅葉にはまだ早かったですねー。笑。



お隣にあるのは本願寺北山別院。



さらにお隣のこちらへ。
詩仙堂。



こちらも静かな佇まいです。









喧騒につつまれた洛中とは、
無縁の地でした。
ホント、静かな場所でした。
静けさの中から、その洛中へ戻ります。



こちらは裏門? になるのでしょうか?
神泉苑さん。











このように趣のある電話ボックスがありました。
それにしても、今時電話ボックスを使う人っていらっしゃいますか??
なんのために残しているんだろう??
災害時には使えるとか?? 汗。
そんなワケないかー。



ファミマのデザインもちょっと違いますよね??
ブルーのラインが細い??



二条城へ参ろうとしましたが、
なんと時間切れ!
3分遅れで入場不可!
えーっ、残念ですなー。



この日はちゃんとしたホテルへ。
風呂もあります!
ジャポン!

夜メシは近所の居酒屋(?)へ。
美味かったなー。
帰る客がみなさん「美味しかったでーす」と言って帰る。
プロだねー。
一流とはこういうことを言うんだねー。
ワシも・・・その美味さに参りました。降参でした。
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