G Talk-172 あの頃はみんな若かった。長嶋さんの背中にあ ったものとは?
本日はこちら。

こちらの建物自体、重要文化財です。

ぬぬぬ・・・。
入り口がどこかわからず、迷う。
ぐるっと一周してしまった・・・

ありました。
ようやく辿り着く。
気持ちが急いたせいか、ちょっと苛立ってしまいました。汗。
いい歳して恥ずかしいです。汗汗。

ぐぐぐ・・・。
この打撃フォームのシルエット・・・
昔風ですな。
背中を丸めて、トップの位置も低い。
ボールに対して、いかにバットをレベルにスイングするか?
それに対して、当時の最新の理論がコレ↑だったのでしょうねー。
これより、モーちょい後の時代(それでも数年)だと思いますが、
メジャー(当時は「大リーグ」と言いましたね)では、
「クラウチングスタイル」というのも流行りました。
(極端に屈んで構える)
王さんも、70年代後半くらいの晩年? は、かなり背中を丸めて構えてましたね。
もちろん、現代ではこのような構えの人はほぼいません。
真っ直ぐ立ちますね。
トップの位置もこれ程低くはないですが、
その代わり、手首をくねっとさせる「ラケット打ち」が流行りみたいですね。
ボールに対して、いかにレベルにスイングするかは同じなんでしょう。
ヘッドを効かせるとか、リストが効いているとは、今は言いませんよねー・・・
まあ、いい・・・いきなり、グダグダと・・・汗。

おっしゃる通りです。
ワシも野球によって人生を無駄にしました・・・笑。
今回の展示会、
なんと、撮影は静止画ならオーケーとのこと!
素晴らしいです、さすが讀賣新聞様、報知新聞様です。
誰もが楽しめる、誰でもアクセスできる・・・それがプロ野球の姿ですよね。ハイ。
ネトフリ、早速解約しました。ハーイ。

こちらは入団時の長嶋さんのグラブだそーです。
かなり古いですねー。

こちらは大学時、当時の新記録8号ホームランを打ったバットだそーです。

こちらは再びグラブ。
こうして並べると、グラブの進化もわかりますね。
右↑くらいの時代だと、ワシも馴染みがある雰囲気ですね。
今のグラブの進化はホント素晴らしくて、
はめているだけで、スポスポとゴロが入る感じがします。
横も正面、逆シングルだって、最新のグラブでしたら全然アリなんでしょー。

こちらが天覧試合のバット。
先日、しれっとWBCで天覧試合が行われていましたね。
ワシは天覧試合が行われるとしたら、
もっと政治的意味合いも相まって、大ゴトになるのかなーと思っていたのですが・・・しれっと行われました。
まー、
逆に、そんな大ゴトにせずに、しれっと、さらっと、行われて良かったのでしょーね。きっと。
いちいち、編な意味合いを付けられていたら、天皇陛下も大変でしょーしね。
「ただ試合をご覧になられた」それ以上それ以下の意味はなくなった。それで良いのでしょー。
これで、陛下もお気軽にちょくちょくいらしていただければと存じます。
それほど・・・
1959(昭和34)年の天覧試合にはいろいろと意味があった・・・。
日本の戦後の歴史においても、
プロ野球という存在においても・・・ですね。
まあ、いい・・・それについてグダグダと記す必要は、もーないのでしょー・・・汗。

現役時代のユニフォーム。
やっぱ、胸番は欲しいなー。

あまりにも有名なシーン。
大パネルになっていました。
長嶋さんの引退とともに、当時はプロ野球も終わる・・・廃れるのではないかと噂されていた言います。
戦後、さまざまなスポーツが隆盛しました。
それぞれのスポーツにスター・ヒーローが現れ、人気を博したのですが、
そのヒーローの引退・没落とともに、
そのスポーツも下火になっていったという経緯がすでにありました。
プロ野球もその道を辿る可能性も大いにあったはずです。
そんな世情の声に対して、
発せられた言葉が「永久に不滅」だったのでしょー。
たしかに実際には「我がジャイアンツは~~」とおしゃっていますが、
当時は「ジャイアンツ=プロ野球」は同義語(お?)ですから、
「絶対に野球を廃れさせない」という長嶋さんの決意表明でもあり、「これからもよろしく」という世間への宣言でもあったのでしょうねー。
「よろしくお願いしまーす」という言葉は、
後ちの自身の国民栄誉賞受賞の挨拶を東京ドームで行った時も、
ご病気の後遺症が残る中でもおしゃってましたからね。
長嶋さんほど、
野球の隆盛と今後を気にかけていた方もいないのでしょー。きっと。

それだけに、
現役を引退した翌年から監督として、このユニフォームの袖に腕を通しました。
こちらのユニフォームも復刻してほしいですね。
SFジャイアンツとの間に何か問題があるのでしょーかねー。

こちらも監督時代のユニフォームですね。

90と33と、そして3。
いいねー。カッコイイねー。
皆様は何番が一番好きなんですか??

そしてナガシマジャパン。
アテネの時の日本代表には、思い入れがあるなー。笑。

あれから・・・22年ですか・・・
光陰矢の如しですね。
・・・はああ・・・(ため息)


ちなみにこの時は「侍ジャパン」という名称はありませんでした。
ユニフォームも「アマチュア日本代表」のデザインを踏襲したものとなってましたね。

長嶋さんのVTRに皆さん、釘付け。
平日の本日は、ボチボチの入り。
車を押している方もいれば、
障がい者の方もいらっしゃる。
概ね、年齢層は「かなり」高めですね。
今の世の中、高齢者は若者の敵として肩身の狭い思いをしておりますが・・・
皆様の人生も長嶋さんの背中とともにあったのですね。
あの頃は、
みんな若かった。
若い皆様も歳を必ずとるのだけどなー・・・。
まあ、いい・・・。

国民栄誉賞受賞の際のユニフォームと「金のバット」

こ、こ、これが陛下からくだされる授与証書ですか。
ホンモノだ。

人の混み具合と、展示物のボリュームがちょうど良いバランスでした。
良い写真もたくさんありました。
さすがです。読売新聞様、報知新聞様。
そーいや、久しくスポーツグラフィティなんて見てないなー・・・
なんでも「消費」されていく世の中で
(スワイプされていく世の中で)
クオリティなんて二の次になってしまっている。
んで、クリエイティブはどんどんAIで「賄われて」・・・
・・・どんな世の中になっちまうんだろ・・・末恐ろしいですね・・・。
まあ、いい・・・
今回の展示会は
全国を巡回するよーですね。
そのあとは、「長嶋茂雄野球記念館」ですかね?? 読売新聞様、報知新聞様。笑。

桜が咲き始めてました。
明日には満開ですかね。
春は毎年、やって来てくれますね。

久しぶりに生ビ。
く〜、美味い。涙出るなー。笑。
隣の席ではリーマンの皆様が打ち上げ?
大きな喪失感の中、
ワシはダッチロール状態。
・・・どうしようかなー・・・

こちらの建物自体、重要文化財です。

ぬぬぬ・・・。
入り口がどこかわからず、迷う。
ぐるっと一周してしまった・・・

ありました。
ようやく辿り着く。
気持ちが急いたせいか、ちょっと苛立ってしまいました。汗。
いい歳して恥ずかしいです。汗汗。

ぐぐぐ・・・。
この打撃フォームのシルエット・・・
昔風ですな。
背中を丸めて、トップの位置も低い。
ボールに対して、いかにバットをレベルにスイングするか?
それに対して、当時の最新の理論がコレ↑だったのでしょうねー。
これより、モーちょい後の時代(それでも数年)だと思いますが、
メジャー(当時は「大リーグ」と言いましたね)では、
「クラウチングスタイル」というのも流行りました。
(極端に屈んで構える)
王さんも、70年代後半くらいの晩年? は、かなり背中を丸めて構えてましたね。
もちろん、現代ではこのような構えの人はほぼいません。
真っ直ぐ立ちますね。
トップの位置もこれ程低くはないですが、
その代わり、手首をくねっとさせる「ラケット打ち」が流行りみたいですね。
ボールに対して、いかにレベルにスイングするかは同じなんでしょう。
ヘッドを効かせるとか、リストが効いているとは、今は言いませんよねー・・・
まあ、いい・・・いきなり、グダグダと・・・汗。

おっしゃる通りです。
ワシも野球によって人生を無駄にしました・・・笑。
今回の展示会、
なんと、撮影は静止画ならオーケーとのこと!
素晴らしいです、さすが讀賣新聞様、報知新聞様です。
誰もが楽しめる、誰でもアクセスできる・・・それがプロ野球の姿ですよね。ハイ。
ネトフリ、早速解約しました。ハーイ。

こちらは入団時の長嶋さんのグラブだそーです。
かなり古いですねー。

こちらは大学時、当時の新記録8号ホームランを打ったバットだそーです。

こちらは再びグラブ。
こうして並べると、グラブの進化もわかりますね。
右↑くらいの時代だと、ワシも馴染みがある雰囲気ですね。
今のグラブの進化はホント素晴らしくて、
はめているだけで、スポスポとゴロが入る感じがします。
横も正面、逆シングルだって、最新のグラブでしたら全然アリなんでしょー。

こちらが天覧試合のバット。
先日、しれっとWBCで天覧試合が行われていましたね。
ワシは天覧試合が行われるとしたら、
もっと政治的意味合いも相まって、大ゴトになるのかなーと思っていたのですが・・・しれっと行われました。
まー、
逆に、そんな大ゴトにせずに、しれっと、さらっと、行われて良かったのでしょーね。きっと。
いちいち、編な意味合いを付けられていたら、天皇陛下も大変でしょーしね。
「ただ試合をご覧になられた」それ以上それ以下の意味はなくなった。それで良いのでしょー。
これで、陛下もお気軽にちょくちょくいらしていただければと存じます。
それほど・・・
1959(昭和34)年の天覧試合にはいろいろと意味があった・・・。
日本の戦後の歴史においても、
プロ野球という存在においても・・・ですね。
まあ、いい・・・それについてグダグダと記す必要は、もーないのでしょー・・・汗。

現役時代のユニフォーム。
やっぱ、胸番は欲しいなー。

あまりにも有名なシーン。
大パネルになっていました。
長嶋さんの引退とともに、当時はプロ野球も終わる・・・廃れるのではないかと噂されていた言います。
戦後、さまざまなスポーツが隆盛しました。
それぞれのスポーツにスター・ヒーローが現れ、人気を博したのですが、
そのヒーローの引退・没落とともに、
そのスポーツも下火になっていったという経緯がすでにありました。
プロ野球もその道を辿る可能性も大いにあったはずです。
そんな世情の声に対して、
発せられた言葉が「永久に不滅」だったのでしょー。
たしかに実際には「我がジャイアンツは~~」とおしゃっていますが、
当時は「ジャイアンツ=プロ野球」は同義語(お?)ですから、
「絶対に野球を廃れさせない」という長嶋さんの決意表明でもあり、「これからもよろしく」という世間への宣言でもあったのでしょうねー。
「よろしくお願いしまーす」という言葉は、
後ちの自身の国民栄誉賞受賞の挨拶を東京ドームで行った時も、
ご病気の後遺症が残る中でもおしゃってましたからね。
長嶋さんほど、
野球の隆盛と今後を気にかけていた方もいないのでしょー。きっと。

それだけに、
現役を引退した翌年から監督として、このユニフォームの袖に腕を通しました。
こちらのユニフォームも復刻してほしいですね。
SFジャイアンツとの間に何か問題があるのでしょーかねー。

こちらも監督時代のユニフォームですね。

90と33と、そして3。
いいねー。カッコイイねー。
皆様は何番が一番好きなんですか??

そしてナガシマジャパン。
アテネの時の日本代表には、思い入れがあるなー。笑。

あれから・・・22年ですか・・・
光陰矢の如しですね。
・・・はああ・・・(ため息)


ちなみにこの時は「侍ジャパン」という名称はありませんでした。
ユニフォームも「アマチュア日本代表」のデザインを踏襲したものとなってましたね。

長嶋さんのVTRに皆さん、釘付け。
平日の本日は、ボチボチの入り。
車を押している方もいれば、
障がい者の方もいらっしゃる。
概ね、年齢層は「かなり」高めですね。
今の世の中、高齢者は若者の敵として肩身の狭い思いをしておりますが・・・
皆様の人生も長嶋さんの背中とともにあったのですね。
あの頃は、
みんな若かった。
若い皆様も歳を必ずとるのだけどなー・・・。
まあ、いい・・・。

国民栄誉賞受賞の際のユニフォームと「金のバット」

こ、こ、これが陛下からくだされる授与証書ですか。
ホンモノだ。

人の混み具合と、展示物のボリュームがちょうど良いバランスでした。
良い写真もたくさんありました。
さすがです。読売新聞様、報知新聞様。
そーいや、久しくスポーツグラフィティなんて見てないなー・・・
なんでも「消費」されていく世の中で
(スワイプされていく世の中で)
クオリティなんて二の次になってしまっている。
んで、クリエイティブはどんどんAIで「賄われて」・・・
・・・どんな世の中になっちまうんだろ・・・末恐ろしいですね・・・。
まあ、いい・・・
今回の展示会は
全国を巡回するよーですね。
そのあとは、「長嶋茂雄野球記念館」ですかね?? 読売新聞様、報知新聞様。笑。

桜が咲き始めてました。
明日には満開ですかね。
春は毎年、やって来てくれますね。

久しぶりに生ビ。
く〜、美味い。涙出るなー。笑。
隣の席ではリーマンの皆様が打ち上げ?
大きな喪失感の中、
ワシはダッチロール状態。
・・・どうしようかなー・・・
ぶらり 再び播州へ
再び、播州へ参ります。

途中新幹線が止まりそうになる。汗。
焦ったー。汗。

予定より約1時間遅れ。
ギリ。
今回は天気は良いみたいです。
前回は天気がダメでした・・・それが・・・ね・・・。

やっぱり右だ!!

初日はおかげさまで、とても楽しい1日になりました。
これをなんとか成果につなげていきたいのですが・・・汗。

また行っちゃいました。
前回と全く同じ席。笑。
宿は前回の反省から、しっかり休める宿へ。

2日目は朝イチでちょいと楽しんできます。

お城!
駆け足で一周したが、
やはり、時間が足りませんでしたね。
堪能・・・とまではいかず。汗。
また是非、参りたいですね。
次回はゆっくり観たいです。

午後は市内某所。
しかし、ここで不測の事態発生!!
・・・ort

いろいろなヒントと、課題と、気づきと・・・。
今日も良い1日となったと思います。

今夜のお城はグリーンでした。

旅もそろそろ終わりです。
昨年の後半から駆け抜けた数ヶ月・・・どうなんだろうな・・・?

今回はスタバにはインしません。笑。
帰ります。

途中新幹線が止まりそうになる。汗。
焦ったー。汗。

予定より約1時間遅れ。
ギリ。
今回は天気は良いみたいです。
前回は天気がダメでした・・・それが・・・ね・・・。

やっぱり右だ!!

初日はおかげさまで、とても楽しい1日になりました。
これをなんとか成果につなげていきたいのですが・・・汗。

また行っちゃいました。
前回と全く同じ席。笑。
宿は前回の反省から、しっかり休める宿へ。

2日目は朝イチでちょいと楽しんできます。

お城!
駆け足で一周したが、
やはり、時間が足りませんでしたね。
堪能・・・とまではいかず。汗。
また是非、参りたいですね。
次回はゆっくり観たいです。

午後は市内某所。
しかし、ここで不測の事態発生!!
・・・ort

いろいろなヒントと、課題と、気づきと・・・。
今日も良い1日となったと思います。

今夜のお城はグリーンでした。
旅もそろそろ終わりです。
昨年の後半から駆け抜けた数ヶ月・・・どうなんだろうな・・・?

今回はスタバにはインしません。笑。
帰ります。
I Went To Election4
しばらくは選挙はナイナイと云われてたわりには、ここのところ続いていますねー。
それだけ、激動の時代に入ったんでしょー。きっと。
例えば、「戦後」というと、
日本では1945年以降を指すわけですけど、
世界的にはそれ以降も数々の大戦争をやってきて、
そこは、もーはるか昔の話になっている。
それなのに日本だけは、
いまだに1945年以降の体制と思想を引きずってゴニョゴニョやっている。
日本だけ「戦後時代」をずーっとやっていて、
他の国はとっくに次の時代に進んでいる、っつーね、
そりゃー、世界の潮流から乗り遅れますわな。
30年停滞しますわな。
どうして、そこにスタックされ続けたのか?
(ま、戦後レジームってやつですかねー・・・)
・・・まー、そこには今回はあえて触れませんが・・・汗、
・・・
そして、今はまた、
新しいワールド・オーダーが出来あがろうとしている時なのでしょーねー。
今後、どのような世界になっていくのか・・・。
今度こそ乗り遅れるわけにはいきません。
対応できるように、今から体制作りをバシバシやっていかなくてはいけないわけなんでしょー。
そりゃー、できれば安定多数・絶対安定多数がほしいですよね。
もちろん、
結局、誰が実はパルパティーンなのか?
それは今のワシらにわからんし、
正解を知っているのは後世の歴史のみですが、
その意味では、選挙という形でしっかり注視していくしかないのでしょう。
今できることは、ね。汗。
んまー、
それに関して、金がもったいないだの、
時季がどーだのと、言う人もおりますけどねー、
・・・
まー・・・
それら手間やコストを考えれば、
今後、ネット投票がどーとか言われるでしょーねー。
ネット投票が可能であれば、
圧倒的にその手間やコストは省くことはできるだろーからね。
技術的には現段階でも可能なんだろーし、
どーだろーねー・・・
しかし、
やはり、懸念されるのがその投票結果が本当に正しいのか? っつー、公平性っつーの? 正確性っつーの?
デジタルだからこそ、電磁的にパパッと、なにか細工されちゃうんじゃないか? っつー疑念も拭えない。シロウト考えとしてね。
それに加え、
本当にその人が投票した一票なのか? 一人一票は確保されるのか? っつー疑念ね。
(誰か別の人が、その人の分も投票することが可能になるっぽいでしょ)
その意味では、ネット投票になったとしても、
少なくとも投票所には行っていただく(来ていただく)必要は残るのかなー・・・ちゃんと、あなたが投票しましたね、と。
わざわざ行くのなら、意味ないかー?? 汗。
ま、それでも、
地元の投票所だけではなく、出かけた先・勤務先などのどの投票所でも投票はできるようになるのだろうから、
投票する人の負荷を省減できる部分は少なからず、あるのかなー。
とにかく、
投票結果に不正がないこと。そして一人一票は絶対守られなければならない、ってことですねー。
それが「絶対担保」できる形にならないとネット投票もなかなか踏み切れないでしょーかねー・・・汗。
・・・
・・・てか、
あらためて、手元の投票券を見てみると・・・ちょっと、ゾッとする。汗汗。
っつーかさ、
名前しか書いてない。汗汗。
よくよく思い出してみると、
投票所に言っても、これを差し出して、
「お名前に間違いはありませんか?」
と聞かれて、
「ハイ、そーです」
これしかない。
身分証を出して、本人確認など一斎ない。
もちろん、この投票券を持っていることが、その証だということなんだろうけど、
この投票券には顔写真もなければ、年齢すら書かれてない。
つまり、
この投票券を持っていけば、ま、一応、誰でも「自分」として投票ができる、っつー・・・汗汗。
若かろーが、中年だろーが、ジジーだろーが、関係ない・・・。
ま、ま、まさかね・・・汗。
まー、
地方の方なら、
お互いみんな、顔を知っていて、
誰かになりすますなんて、できませんよ、ということなんだろーけど・・・
まー、
もともと選挙区(投票所)っつーのは、
それぞれの地域にあるわけで、お互い顔はわかりますから、という時代の名残なんだろーとは思いますが・・・
そ、そ、それにしても、
今時、どーなんだろうー・・・汗汗。
例えば・・・
なにかの組織が、
投票券を回収して、
ある特定の人物(あるいはグループ)がその投票券を持って、
それぞれの投票所をぐるぐる回っていたりしたら・・・
(例えば「男性っぽい名前」の投票権であれば、とりあえず男性であれば、年齢は関係ないので、それが可能になる・・・)
・・・そんな疑念が生まれてきてしまう・・・汗汗。
よくね、
組織票がどーのとか、言ってますが・・・汗汗。
・・・汗汗。
・・・汗汗。
いや、
ここ日本いおいて、そのような不正はないと信じているが、
信じているが、
そのような疑念が生まれる余地を残しておくのは、
絶対良くないと思いますね。汗。
今時、
免許でもマイナンバーでも、
身分確認はできるんだろーから・・・
そーか・・・昔は、それは技術的になかなかできなかったってことなのかー・・・。
免許は誰でも持っているわけではないし、
マイナンバーなんてなかったし・・・
保険証には顔写真はないし・・・。
(え・・・マイナンバーに反対している人って、そーいうこと??汗汗。・・・いやいや・・・汗汗)
次回の選挙以降の検討課題にしてもらいたいですね。
なんと、
今回はその投票券すら期日前投票には間に合わなかったのですが、
期日前投票所でどのように本人確認するのかと思っていたら・・・
なんと、なんと、
口頭で名前と住所を伝えるのみ、という・・・!!
(地方・地域によって違うのでしょうか??)
・・・ちょっと驚愕の運用方法だった。
運転免許やマイナンバーカードすらいらない、って・・・汗汗。
いやー、
ホント、大丈夫かなー汗汗汗。
令和の時代に、そんなガバガバなことをしている、っつーね・・・汗汗。
・・・
・・・
激動の時代に突入する中で、
これから意見の対立というのは、かなりシビアになっていくと思う・・・。
となると、
多数をとれなかった側は「不正があったのではないか?」という疑念が、今後必ず持たれますから。
(今のアメリカの状態ですね)
自分にとって信じ難いことが起きると、人間っつーのは、そういう疑念=陰謀説を持ちやすいものです。
(え? ワシだけ?? 汗)
ですので、
そのような疑念が生まれる余地はしっかり潰しておく必要があると思いますねー。
ま、ま、・・・
まあ、いい。
マイノリティなワシですが、謹んで投票に行かせていただきます。
それだけ、激動の時代に入ったんでしょー。きっと。
例えば、「戦後」というと、
日本では1945年以降を指すわけですけど、
世界的にはそれ以降も数々の大戦争をやってきて、
そこは、もーはるか昔の話になっている。
それなのに日本だけは、
いまだに1945年以降の体制と思想を引きずってゴニョゴニョやっている。
日本だけ「戦後時代」をずーっとやっていて、
他の国はとっくに次の時代に進んでいる、っつーね、
そりゃー、世界の潮流から乗り遅れますわな。
30年停滞しますわな。
どうして、そこにスタックされ続けたのか?
(ま、戦後レジームってやつですかねー・・・)
・・・まー、そこには今回はあえて触れませんが・・・汗、
・・・
そして、今はまた、
新しいワールド・オーダーが出来あがろうとしている時なのでしょーねー。
今後、どのような世界になっていくのか・・・。
今度こそ乗り遅れるわけにはいきません。
対応できるように、今から体制作りをバシバシやっていかなくてはいけないわけなんでしょー。
そりゃー、できれば安定多数・絶対安定多数がほしいですよね。
もちろん、
結局、誰が実はパルパティーンなのか?
それは今のワシらにわからんし、
正解を知っているのは後世の歴史のみですが、
その意味では、選挙という形でしっかり注視していくしかないのでしょう。
今できることは、ね。汗。
んまー、
それに関して、金がもったいないだの、
時季がどーだのと、言う人もおりますけどねー、
・・・
まー・・・
それら手間やコストを考えれば、
今後、ネット投票がどーとか言われるでしょーねー。
ネット投票が可能であれば、
圧倒的にその手間やコストは省くことはできるだろーからね。
技術的には現段階でも可能なんだろーし、
どーだろーねー・・・
しかし、
やはり、懸念されるのがその投票結果が本当に正しいのか? っつー、公平性っつーの? 正確性っつーの?
デジタルだからこそ、電磁的にパパッと、なにか細工されちゃうんじゃないか? っつー疑念も拭えない。シロウト考えとしてね。
それに加え、
本当にその人が投票した一票なのか? 一人一票は確保されるのか? っつー疑念ね。
(誰か別の人が、その人の分も投票することが可能になるっぽいでしょ)
その意味では、ネット投票になったとしても、
少なくとも投票所には行っていただく(来ていただく)必要は残るのかなー・・・ちゃんと、あなたが投票しましたね、と。
わざわざ行くのなら、意味ないかー?? 汗。
ま、それでも、
地元の投票所だけではなく、出かけた先・勤務先などのどの投票所でも投票はできるようになるのだろうから、
投票する人の負荷を省減できる部分は少なからず、あるのかなー。
とにかく、
投票結果に不正がないこと。そして一人一票は絶対守られなければならない、ってことですねー。
それが「絶対担保」できる形にならないとネット投票もなかなか踏み切れないでしょーかねー・・・汗。
・・・
・・・てか、
あらためて、手元の投票券を見てみると・・・ちょっと、ゾッとする。汗汗。
っつーかさ、
名前しか書いてない。汗汗。
よくよく思い出してみると、
投票所に言っても、これを差し出して、
「お名前に間違いはありませんか?」
と聞かれて、
「ハイ、そーです」
これしかない。
身分証を出して、本人確認など一斎ない。
もちろん、この投票券を持っていることが、その証だということなんだろうけど、
この投票券には顔写真もなければ、年齢すら書かれてない。
つまり、
この投票券を持っていけば、ま、一応、誰でも「自分」として投票ができる、っつー・・・汗汗。
若かろーが、中年だろーが、ジジーだろーが、関係ない・・・。
ま、ま、まさかね・・・汗。
まー、
地方の方なら、
お互いみんな、顔を知っていて、
誰かになりすますなんて、できませんよ、ということなんだろーけど・・・
まー、
もともと選挙区(投票所)っつーのは、
それぞれの地域にあるわけで、お互い顔はわかりますから、という時代の名残なんだろーとは思いますが・・・
そ、そ、それにしても、
今時、どーなんだろうー・・・汗汗。
例えば・・・
なにかの組織が、
投票券を回収して、
ある特定の人物(あるいはグループ)がその投票券を持って、
それぞれの投票所をぐるぐる回っていたりしたら・・・
(例えば「男性っぽい名前」の投票権であれば、とりあえず男性であれば、年齢は関係ないので、それが可能になる・・・)
・・・そんな疑念が生まれてきてしまう・・・汗汗。
よくね、
組織票がどーのとか、言ってますが・・・汗汗。
・・・汗汗。
・・・汗汗。
いや、
ここ日本いおいて、そのような不正はないと信じているが、
信じているが、
そのような疑念が生まれる余地を残しておくのは、
絶対良くないと思いますね。汗。
今時、
免許でもマイナンバーでも、
身分確認はできるんだろーから・・・
そーか・・・昔は、それは技術的になかなかできなかったってことなのかー・・・。
免許は誰でも持っているわけではないし、
マイナンバーなんてなかったし・・・
保険証には顔写真はないし・・・。
(え・・・マイナンバーに反対している人って、そーいうこと??汗汗。・・・いやいや・・・汗汗)
次回の選挙以降の検討課題にしてもらいたいですね。
なんと、
今回はその投票券すら期日前投票には間に合わなかったのですが、
期日前投票所でどのように本人確認するのかと思っていたら・・・
なんと、なんと、
口頭で名前と住所を伝えるのみ、という・・・!!
(地方・地域によって違うのでしょうか??)
・・・ちょっと驚愕の運用方法だった。
運転免許やマイナンバーカードすらいらない、って・・・汗汗。
いやー、
ホント、大丈夫かなー汗汗汗。
令和の時代に、そんなガバガバなことをしている、っつーね・・・汗汗。
・・・
・・・
激動の時代に突入する中で、
これから意見の対立というのは、かなりシビアになっていくと思う・・・。
となると、
多数をとれなかった側は「不正があったのではないか?」という疑念が、今後必ず持たれますから。
(今のアメリカの状態ですね)
自分にとって信じ難いことが起きると、人間っつーのは、そういう疑念=陰謀説を持ちやすいものです。
(え? ワシだけ?? 汗)
ですので、
そのような疑念が生まれる余地はしっかり潰しておく必要があると思いますねー。
ま、ま、・・・
まあ、いい。
マイノリティなワシですが、謹んで投票に行かせていただきます。
Born to Rock
やっぱりカッコイイっですなー。
ある意味、なんか奇抜なこととか、派手なことは全くやってないんだけど、
オーソドックスなんだけど、カッコイイ。
でも、
ちゃんとソング・アイディアもある。
(ドゥドゥドゥドゥのとことか、歌詞も自らをパロっててユニーク)
センスあるよねー。
でも・・・若い人が聴いたら、
すごーく、古臭く聴こえちゃうのかな・・・??

「Born to Rock」(2025年:single)
ロックは死んだ・・・まさにこんな時(時代)が来るなんて思いもよらなかったね・・・。
ワシも若けーころは、ロックは永遠だ、ずっーと「若者の音楽」として続いていくものだ、と思っていたもんね。汗。
いやはや・・・
♪
ある人は「ロックは死んだ」と言うだろう。
でも、オレはここで言ってやるよ、あんたら、頭おかしいよって。
この自由の世界でロックしている、ただのジュークボックス少年さ。
たくさんの自由をオレに与えてくれたものは、他にない。それがロックンロールがしてくれたことだ。
ギターを手に入れて、
どうやってプレイするか独学で学んで、
そして今はサイコーの気分だ。
誰も、奪うことはできないぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ロックロールがある限り、オレはロックするぜ。
オレは岩が転げ落ちるようなゴングが鳴らすぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
有名人みたいだぜ。
MTVでやっていた。
オレの隠れた楽しみは、オレのゴシップニュース。
ママは壁から写真を外したもんさ。
壁から落っこちた。
馬小屋で若い種馬が暴れているみたいだぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
オレは星をキスして、金にはツバしてやるさ。
「デッド・オア・アライヴ」がラジオで流れている。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
オレはギターを手にしながら眠る。
もしあんたに曲があるなら、バンドに入ってやってもいいぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ハイ、失敬するよ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
まさにロックするためなら、
オレは旅に出てオレは歌うぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
♪
お身内にご不幸があったリッチー。
ご愁傷様でございます。
心よりお悔やみ申し上げます。
心が癒えたら、
またアルバムを作って、ツアーに出てもらいたいなー。
・・・あ、
このアルバムを作って・・・っつー発想が古いんだなー・・・汗。
ある意味、なんか奇抜なこととか、派手なことは全くやってないんだけど、
オーソドックスなんだけど、カッコイイ。
でも、
ちゃんとソング・アイディアもある。
(ドゥドゥドゥドゥのとことか、歌詞も自らをパロっててユニーク)
センスあるよねー。
でも・・・若い人が聴いたら、
すごーく、古臭く聴こえちゃうのかな・・・??

「Born to Rock」(2025年:single)
ロックは死んだ・・・まさにこんな時(時代)が来るなんて思いもよらなかったね・・・。
ワシも若けーころは、ロックは永遠だ、ずっーと「若者の音楽」として続いていくものだ、と思っていたもんね。汗。
いやはや・・・
♪
ある人は「ロックは死んだ」と言うだろう。
でも、オレはここで言ってやるよ、あんたら、頭おかしいよって。
この自由の世界でロックしている、ただのジュークボックス少年さ。
たくさんの自由をオレに与えてくれたものは、他にない。それがロックンロールがしてくれたことだ。
ギターを手に入れて、
どうやってプレイするか独学で学んで、
そして今はサイコーの気分だ。
誰も、奪うことはできないぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ロックロールがある限り、オレはロックするぜ。
オレは岩が転げ落ちるようなゴングが鳴らすぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
有名人みたいだぜ。
MTVでやっていた。
オレの隠れた楽しみは、オレのゴシップニュース。
ママは壁から写真を外したもんさ。
壁から落っこちた。
馬小屋で若い種馬が暴れているみたいだぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
オレは星をキスして、金にはツバしてやるさ。
「デッド・オア・アライヴ」がラジオで流れている。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
オレはギターを手にしながら眠る。
もしあんたに曲があるなら、バンドに入ってやってもいいぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ハイ、失敬するよ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
まさにロックするためなら、
オレは旅に出てオレは歌うぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
♪
お身内にご不幸があったリッチー。
ご愁傷様でございます。
心よりお悔やみ申し上げます。
心が癒えたら、
またアルバムを作って、ツアーに出てもらいたいなー。
・・・あ、
このアルバムを作って・・・っつー発想が古いんだなー・・・汗。
Call It What You Want
TESLA(←バンド名ね)のサードアルバム。
「Love Song」(←これ、曲名ね)の大ヒットの後で、力作となっています。
(予算もだいぶいただけたのでしょー)

「Psychotic Supper」(1991年:album)
隠れた名盤といっても良いのではないでしょーか。
♪
オレはあの子が好きだ。
そしてそのあの子もオレのことが好きだってわかっている。
彼女はいつもそこにいる方法を知っているんだ。
なぜなら、彼女はそれだけで嬉しそうなんだ。
でも時々、たまにね、
オレの中で何かが・・・多分、彼女の中でも・・・
あんたにもそんな日があるだろう、
全てが上手くいかなくて。
全然意見も合わなくてさ。
でも、それでも、
きみは上手くいくってわかっているんだ。
これを本当の愛って呼ぼう。
運命だったと言ってもいい。
なんと呼んでもよいよ。まあね。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全て同じさ。
音楽はオレにとっていろんな意味がある。
愛みたいなもんで、できる時にオレはそうする。
すべてがオレであり、これからもずっとそうだ。
それがテキサスから来たこのオレさ。
でも時々、そう、時々だ。
ヤツらがオレをスーパースターみたいに扱い始める。
結局のところ、気をつけないといけないのは、
何が問題かっつーと、
どこにいるかとか、どこから来たとかではなく、
何が言いたいかっつーと、
あんたはどうとでも言えるんだ
ヘビーメタルだろーが、
ハードコアだろーが、
ポップ、パンク、あるいはスラッシュ、
なんてあんたが呼ぼうが、オレには関係ない。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全てミュージックさ。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねーよ。
赤ん坊はゆりかごの中に横たわり、
手の届くところが世界の全てさ。
ボロ布だろうが、ミンクとテンの毛皮だろうが、
誰かの世話が必要。
そうでなければ、路上に投げ出される。
今、母ちゃんは出ていって、家にいない。
父ちゃんは仕事に忙しく、まだ帰ってこない。
土砂降りの雨の中でも、
子どもたちは、世間という嵐に立ち向かわないといけない。
これを特別なこと呼ぼうが、
ある人は運命と言い、ある人は現実と言う。
呼びたいように呼べばいいよ。
そんなのはオレにとっては問題じゃない。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねー。
♪
人は好きなように批評する。
あーだ、こーだ、ね。
要は本質の問題だよね。
・・・って、それが一番難しい。
「Love Song」(←これ、曲名ね)の大ヒットの後で、力作となっています。
(予算もだいぶいただけたのでしょー)

「Psychotic Supper」(1991年:album)
隠れた名盤といっても良いのではないでしょーか。
♪
オレはあの子が好きだ。
そしてそのあの子もオレのことが好きだってわかっている。
彼女はいつもそこにいる方法を知っているんだ。
なぜなら、彼女はそれだけで嬉しそうなんだ。
でも時々、たまにね、
オレの中で何かが・・・多分、彼女の中でも・・・
あんたにもそんな日があるだろう、
全てが上手くいかなくて。
全然意見も合わなくてさ。
でも、それでも、
きみは上手くいくってわかっているんだ。
これを本当の愛って呼ぼう。
運命だったと言ってもいい。
なんと呼んでもよいよ。まあね。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全て同じさ。
音楽はオレにとっていろんな意味がある。
愛みたいなもんで、できる時にオレはそうする。
すべてがオレであり、これからもずっとそうだ。
それがテキサスから来たこのオレさ。
でも時々、そう、時々だ。
ヤツらがオレをスーパースターみたいに扱い始める。
結局のところ、気をつけないといけないのは、
何が問題かっつーと、
どこにいるかとか、どこから来たとかではなく、
何が言いたいかっつーと、
あんたはどうとでも言えるんだ
ヘビーメタルだろーが、
ハードコアだろーが、
ポップ、パンク、あるいはスラッシュ、
なんてあんたが呼ぼうが、オレには関係ない。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全てミュージックさ。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねーよ。
赤ん坊はゆりかごの中に横たわり、
手の届くところが世界の全てさ。
ボロ布だろうが、ミンクとテンの毛皮だろうが、
誰かの世話が必要。
そうでなければ、路上に投げ出される。
今、母ちゃんは出ていって、家にいない。
父ちゃんは仕事に忙しく、まだ帰ってこない。
土砂降りの雨の中でも、
子どもたちは、世間という嵐に立ち向かわないといけない。
これを特別なこと呼ぼうが、
ある人は運命と言い、ある人は現実と言う。
呼びたいように呼べばいいよ。
そんなのはオレにとっては問題じゃない。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねー。
♪
人は好きなように批評する。
あーだ、こーだ、ね。
要は本質の問題だよね。
・・・って、それが一番難しい。
Man I Need
若い人の話を聞いて、ジジーは驚愕した。汗。
平静を装うのが精一杯汗汗。
これも時代の為せる事象なんですかねー・・・汗汗汗。

「The Art of Loving」(2025年:album)
♪
ねえ、
私に話して、話して。
私に話して、話して。
なんか、私たちって、失った時間を元に戻そうとしているみたい。
私に話す必要があるんじゃない。
一晩中ボサノヴァをかけて。
まるで誤魔化そうとしているみたいね。
あなたの親友を紹介してよ。
そっちに行って、すぐ仲良くなれるわよ。
衛星だって、そんなに遠くないでしょう。
ホント、あなたはどこにいるっていうの??
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
あなたも同じように思っていてくれたらいいな。
でも、時々そうじゃないなと思うのよね。
ねえ、同じように考えましょうよ。
行間を読ませるようなことはやめてちょうだい。
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
話してよ。話してよ。話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
ンンー・・・ンンー・・・
ンンー・・・
♪
ワシらはなんのために生きてきたんじゃ・・・汗汗。
平静を装うのが精一杯汗汗。
これも時代の為せる事象なんですかねー・・・汗汗汗。

「The Art of Loving」(2025年:album)
♪
ねえ、
私に話して、話して。
私に話して、話して。
なんか、私たちって、失った時間を元に戻そうとしているみたい。
私に話す必要があるんじゃない。
一晩中ボサノヴァをかけて。
まるで誤魔化そうとしているみたいね。
あなたの親友を紹介してよ。
そっちに行って、すぐ仲良くなれるわよ。
衛星だって、そんなに遠くないでしょう。
ホント、あなたはどこにいるっていうの??
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
あなたも同じように思っていてくれたらいいな。
でも、時々そうじゃないなと思うのよね。
ねえ、同じように考えましょうよ。
行間を読ませるようなことはやめてちょうだい。
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
話してよ。話してよ。話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
ンンー・・・ンンー・・・
ンンー・・・
♪
ワシらはなんのために生きてきたんじゃ・・・汗汗。
Runaway Horses
今年は午年ですねー。笑。

「Runaway Horses」(1989年/album)
「Heaven Is a Place on Earth」の大ヒットを受けてのサードアルバムですね。
1989年かー・・・良い時代でしたねー。汗汗。
♪
今夜は眠れない。
すごく動揺している。
ねえ、風がまた変わったわ。
どこからか真っ直ぐに
あなたがやってきた。
行ったことのないところへ
連れていってくれる。
突然、私の全てのフェンスが打ち壊し、
人生の手綱が断ち切られたの。
走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
この旅の中で、
全てが変わる。
ここにとどまるものは何もないわ。
真実も変わっていくもの。
夢だって捨てられるものなのよ。
チャンスは毎日訪れるわ。
私はあなたと一緒にいたいの。
私たちの運命を祈って。
この不可思議な旅程の中で。
走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
目を開いて。
そこは光輝いているわ。
あなたといると、生きているって感じるの。
どんな終わりがあっても、
私たちはまた始めることができるわ。
走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって・・・
♪
老馬も走っていきます
・・・走れるかな・・・

「Runaway Horses」(1989年/album)
「Heaven Is a Place on Earth」の大ヒットを受けてのサードアルバムですね。
1989年かー・・・良い時代でしたねー。汗汗。
♪
今夜は眠れない。
すごく動揺している。
ねえ、風がまた変わったわ。
どこからか真っ直ぐに
あなたがやってきた。
行ったことのないところへ
連れていってくれる。
突然、私の全てのフェンスが打ち壊し、
人生の手綱が断ち切られたの。
走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
この旅の中で、
全てが変わる。
ここにとどまるものは何もないわ。
真実も変わっていくもの。
夢だって捨てられるものなのよ。
チャンスは毎日訪れるわ。
私はあなたと一緒にいたいの。
私たちの運命を祈って。
この不可思議な旅程の中で。
走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
目を開いて。
そこは光輝いているわ。
あなたといると、生きているって感じるの。
どんな終わりがあっても、
私たちはまた始めることができるわ。
走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって・・・
♪
老馬も走っていきます
・・・走れるかな・・・
ぶらり 筑州の旅
朝一番。

皆さん、お早いですねー。
前泊ですか??

朝焼けの中、出発!
テイクオフ!

富士山です。

雲海が広がってます。
現地はあまり天気が良くありませんでした。

まずは腹ごしらえです。

ワシは地方の、郊外型のスタバが好きなんです。
できれば、必ず行きたんです。(?)汗。

ハイ、見事な石垣ですね。
織豊期~と思われる見事な石垣ですね。

こちらは久留米城ですね。
歴史は古いのですが、現在の城はあくまでも豊臣秀吉の九州制覇以降のお城でしょーねー。
(それ以前の城は篠山城と言ったよーです)
まずは小早川氏(秀包)が手をつけ、
実際に整備を完成したのは、有馬氏の時代でしょーねー。
以降、有馬氏の居城(本拠)として明治を迎えてます。
筑州と肥州が接続する重要な地点だけに、魏志倭人伝が示す地域はこのあたりではないかとも考えられるし、
(古代から邑が栄えた可能性があるという意味ね)
明治以降も陸軍の関係機関が置かれていますね。

本丸の入り口は桝形虎口になってますね。
往年の久留米城は連郭式となっており、現在残っているのは本丸の郭(曲輪)のみですね。
二の丸、三の丸などは市街地となっています。

本丸跡ですね。

現在は神社となってます。
当時も天守閣はなかったようですね。
最終的に整備されたのが、もう元和年間に入っていたようですから・・・その頃あたりから、いわゆる「天守閣」というのは作られなくなっていくんですねー。
ここには本丸御殿があったということですね。

篠山神社というそうです。


本丸の背後には、やはり川が流れてました。
筑後川と宝満川の合流地点に突き出した舌状地帯。
織豊期のパターンですね。

現在は本丸の外郭に沿って、散歩できるようです。


艮櫓跡。
現在はベンチが置いてありました。

晩秋の佇まい。




見事な高石垣。

それにしても、
柵とか、何もない。汗。
これ、
夜中とか、酔っ払ってとか、
特に土地勘がなかったりすると・・・キケンですよね?? 汗。


こちらの階段はおそらく当時のものではないですよね・・・?

それにしても、スゴイ。
よく整備されてますね。
この後、午後はヤボ用を済ます。
俄かに天気が良くなってきました。

これまたスゴイ、太陽光パネル・・・。
地方に行くと、見かける風景です。

夜には福岡に戻りました。
皆様、とても良い顔をされてました。
ちょっと昔に戻ったような気がしました。
その言い分、昔、よく聞いた気がします。
一周回って何とやら、と申しますよね・・・。
ワシの現状を考えれば、ワシが間違っていたということになりますかね・・・汗。
つらいです・・・。

皆さん、お早いですねー。
前泊ですか??

朝焼けの中、出発!
テイクオフ!

富士山です。

雲海が広がってます。
現地はあまり天気が良くありませんでした。

まずは腹ごしらえです。

ワシは地方の、郊外型のスタバが好きなんです。
できれば、必ず行きたんです。(?)汗。

ハイ、見事な石垣ですね。
織豊期~と思われる見事な石垣ですね。

こちらは久留米城ですね。
歴史は古いのですが、現在の城はあくまでも豊臣秀吉の九州制覇以降のお城でしょーねー。
(それ以前の城は篠山城と言ったよーです)
まずは小早川氏(秀包)が手をつけ、
実際に整備を完成したのは、有馬氏の時代でしょーねー。
以降、有馬氏の居城(本拠)として明治を迎えてます。
筑州と肥州が接続する重要な地点だけに、魏志倭人伝が示す地域はこのあたりではないかとも考えられるし、
(古代から邑が栄えた可能性があるという意味ね)
明治以降も陸軍の関係機関が置かれていますね。

本丸の入り口は桝形虎口になってますね。
往年の久留米城は連郭式となっており、現在残っているのは本丸の郭(曲輪)のみですね。
二の丸、三の丸などは市街地となっています。

本丸跡ですね。

現在は神社となってます。
当時も天守閣はなかったようですね。
最終的に整備されたのが、もう元和年間に入っていたようですから・・・その頃あたりから、いわゆる「天守閣」というのは作られなくなっていくんですねー。
ここには本丸御殿があったということですね。

篠山神社というそうです。


本丸の背後には、やはり川が流れてました。
筑後川と宝満川の合流地点に突き出した舌状地帯。
織豊期のパターンですね。

現在は本丸の外郭に沿って、散歩できるようです。


艮櫓跡。
現在はベンチが置いてありました。

晩秋の佇まい。




見事な高石垣。

それにしても、
柵とか、何もない。汗。
これ、
夜中とか、酔っ払ってとか、
特に土地勘がなかったりすると・・・キケンですよね?? 汗。


こちらの階段はおそらく当時のものではないですよね・・・?

それにしても、スゴイ。
よく整備されてますね。
この後、午後はヤボ用を済ます。
俄かに天気が良くなってきました。

これまたスゴイ、太陽光パネル・・・。
地方に行くと、見かける風景です。

夜には福岡に戻りました。
皆様、とても良い顔をされてました。
ちょっと昔に戻ったような気がしました。
その言い分、昔、よく聞いた気がします。
一周回って何とやら、と申しますよね・・・。
ワシの現状を考えれば、ワシが間違っていたということになりますかね・・・汗。
つらいです・・・。
G Talk-171 さらばミスター FOR3EVERとともに刻まれたものとは?
1日歩き回って、
もー足が棒のよーだったのだが・・・
行って参りました。

水道橋で降りると、さっそくサイネージに・・・↑。
(見えますか~?)

あれれ・・・
もークリスマスムードですか??
マライアの毎年恒例のクリスマスソングが
ガンガン鳴っている。
若けー人がたくさん屯している。
ドームで何が行われているか・・・そりゃー、Zな人にはカンケーないですよね。汗。
クリスマスがめでたいですよね。(?)汗。

ハイ、こちら。
もー時間ギリギリでしたので、
人の列はそれほどではありませんでした。
昼間には長蛇の列になったそーです。
疲れ果てた老体(ワシね)としては、
長時間並ばなくてはいけないのか、と危惧していたのですが、
全てはスムーズでした。
そうです。
本日はナガシマさんの「お別れの会」という式典が、ここ東京ドームで行わています。

ドーン。
25年前? 26年前? にこの写真を撮った人、スゴイですねー。こうして今だにメインビジュアルとして使用されている。


スポーツ報道畑のカメラマン冥利ですよねー。

んぐー、
この二人の後ろ姿・・・
神々しすぎる・・・。

久しぶりのドーム。
黒を基調にイメージがだいぶ変わっとる。
ふーん・・・。

本日はグラウンド内に祭壇(?)が設けられている。

グランド内に降ろしていただく。
いつ以来かなあ・・・。
最新の人工芝ってヤツだと思いますが・・・ちょっと、ツルッとしてますね。
浅野がデビュー戦でコケていたけど、
たしかに滑るカンジはしますね・・・。
(ケガ防止のため、あえて滑りやすくしているのかな?=スライディングしやすいよーに)
ゴソゴソっとすると、チップ(?)が舞い散る。
これもケガ防止用のクッション材として、
改良されている点なんですねー。へー。
たしかに、大昔はこういうチップはなかった。
(ズタボロ靴があまりに見苦しいのでボカシました。汗。滑るのはツルツルの靴底のせい?? 新しい靴買いたい・・・泣)

記帳台。
ここでみなさんナガシマさんへのメッセージを書く。
ワシも書かせていただきました。

この位置からホーム方向を見たことはなかったなー・・・。
知らんかったけど、
最上部にジャイアンツの優勝年度が刻まれている。
リーグ優勝年度になるのかー。
ふーん。
本来、ジャイアンツはリーグ優勝ではなく、日本一(チャンピオン)を目標として戦ってきたチームなのだが・・・
まあ、いい・・・
どうでもアレだが・・・
最後にチャンピオンになったのは2012年なのかあ・・・。

一塁ベンチ。
かつてはここでナガシマさんは指揮を執られました。
1994年と2000年に監督としてチャンピオンになられている。

バッターボックス。
打者としてのタイトルは数知れず。
しかしそーいった数字以上のナニカで、ファンを魅了し続けてこられたのがナガシマさん。
その独壇場ですね。

18.44メートル。
時間にすれば1秒ない世界。
その瞬間にファンは固唾を飲みました。
打球がスタンドに入るまでは5秒ないくらいの世界?
濃密すぎる時間ですねー。

三塁ベース付近。
この場所も
ナガシマさんの舞台でしたね。

「ジャイアンツの四番」は、かつては球界の顔、金看板でした。
野球少年の憧れ、っつーかね。
中島治康、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜、阿部慎之助・・・
岡本の退団でその系譜が途絶えようとしている。
来年、ジャイアンツは、四番をホント・・・どーすんだろなー・・・??
四番打者がいない。
候補すら皆目いない。
将来の四番候補すらちょっと見当がつかない状態・・・汗汗。
こんな事態、未だかつてありましたっけ?? 汗。
由々しき事態だと思うんだが・・・案外、世の中は静か・・・。
それだけ世の中の関心がなくなったんだろーねー、ジャイアンツに・・・。
それよりはLA、オオタニサン、っつー時代だもんねー・・・。
新設された長嶋賞。
第一号は是非ジャイアンツから・・・なんて、息捲きたいところだが・・・ぶっちゃけ、この時点でお手上げ・・・今後しばらくは、ジャイアンツからはムリなんじゃん、っつーね・・・汗汗。
どーすんだろなー・・・??
寂しい話だなー・・・。

プレイのみならず、
監督として、たくさんの人材を遺してくれたのもナガシマでしたねー。
批判的な人は「外から選手を集めてばかりいた」とおっしゃると思いますけど・・・
第一次政権後の80年代ジャイアンツのメンバー。
中畑、篠塚、江川、西本、松本、山倉・・・
(あくまでも「後」ね・・・それらの選手が本当に主力として活躍したのは、ナガシマ監督退任後の1981年以降ですね)
それに第二次政権時の松井、高橋・・・ルーキの阿部を抜擢したのもナガシマさんでした。
楽しかったですねー。
そして、
あのアテネ五輪。
(監督はキヨシ。笑)
メンバーから後に、メジャーリーガーを9人も輩出している。
いやー、楽しかったですねー。
今や数々の国際試合がありますが、
あのアテネは特別だったなー・・・。


感謝。
感謝しかございません!
(ありがとうの「う」が抜けた笑)

祭壇(?)前へ。
いよいよお別れの時です・・・

バットが飾られていました。

グラブも飾られてました。
見たからに昔型のグラブだなー。笑。
それにしても、
今のグラブの発展はスゴイよね。
使ってみると、まるで虫取り網みたいなカンジがします。
スポスポとゴロが入るカンジ。笑。
(メーカーさんの努力の賜物でしょー)
→んでね、最近は「横も正面」とか言ってますが、
このグラブの発展が大きいのでしょー。
昔は、そーはいかんかったのよー。笑。
昔はね、まず、体のどこかに当てて止める。体に当てるなら「こーだ!」みたいな・・・笑。
その中でグラブの捌きが良い人を「センスある~」なんて、言っていたのですが・・・
たしかに、最近のグラブだったらね、横だろーが、逆シングルだろーが、スポスポ入るカンジがしますもんねー。
野球の基本も変わりますよねー。

いよいよ正面に来た。
係の人は「立ち止まらないでくださーい」と連呼している。
その中、ワシは脱帽して一礼・・・。
・・・。
真ん中の勲章は文化勲章ですかねー?
(国民栄誉賞は勲章とかあるんですかね??)
右側はアテネオリンピック時のフラッグですね。
ナガシマ・ジャパン。

おお!!
こ、これは!!
第一次政権時のユニフォーム!!
1975~1980年の6シーズン、着用されました。
ワシはサンフランシスコ型と呼んでいます。
(ロゴがSFジャイアンツと同じ)
んんー、コレだなー、ワシにとっては・・・汗汗。
数試合でよいので、復刻しませんかねー。
来年の1周忌の記念試合で是非!
(SFジャイアンツとの間に商標の問題でもあるんだろーかー)

右中間スタンドの柱に「3」が掲げられています。

お隣には「1」も。
LAからジャイアンツが再びその地位を奪還するには、
このような強力なコンビが必要でしょう。
それには、発掘・育成の問題もあるでしょー。
さらに、長くジャイアンツでプレイしてもらうためには、
環境・運営(経営)の課題もあるでしょうねー。
(要は、メジャーに匹敵する生涯年棒が支払えるか、なんでしょーけど、ぶっちゃけ汗。プロ野球選手としては一番稼げる場所=夢の舞台なのでショーから・・・)
まあ、いい・・・。

ワシが訪問したこの時間帯は、
意外にも若い世代が多かったです。
仕事帰りのリーマンがほとんど。
意外です。
皆様お忙しいのに、
仕事を切り上げて、いらしているのかもしれませんねー。
2000年のあのシーンを、例えば10歳で観ていれば35歳かあ・・・。
そんな世代なんでしょー、きっと。
この殺伐とした世の中で戦われているリーマンの皆様の心の奥底に、ジャイアンツ・野球があるなんてステキです。
高齢者の皆様は、この時間帯的にはほとんど見かけませんでした。
(おそらく高齢者は昼間の時間帯に済まされているんでしょう)
それでもチラホラいらっしゃる高齢者の皆様は、
辿々しい足取りながらグランドの上を必死に歩いていらっしゃる。
共に人生を歩いてこられたナガシマさんに一言お伝えしたかったんでしょーねー・・・。
スタジアムは広い上に、どうしても階段が多いから大変でしたね。


んんー、コレね!
今のユニフォームはデザインは全て印刷(プリント)の球団が多いけど・・・なーんか、違うんだよなー。
(印刷なので、デザインも自由過ぎちゃっている=それがデザイン性が高い?=それが今の時代だね)
この質感というんですかねー汗。
現代の方が軽量化されていて優れている、と納得はできるのですが・・・汗



時代が終わりました・・・。
時代が終わりましたね・・・
たしかにワシの中でも、今日・・・
何かが終わった気がします・・・。
そうだな・・・
終わったのかあ・・・。
これから、
時代とともに野球もさらに変わっていくのでしょう。
それも必然。
今のままであるものはない。
新しい時代には、新しい時代の野球がある。
球界はむしろ、それに対応していかなくてはいけないのでしょう。
抗っても老害と言われるだけ。
ワシらはワシらの時代の野球があった・・・それで良いのでしょう・・・。
一期一会とは言いますが・・・
時代とともにワシらは・・・ワシは退場するしかないのでしょう。もー、きっと。
・・・。
王さんは「ナガシマさんは永久です」と言った。
そうですね、
永久に刻まれるナガシマさんの名前。
・・・その名前にワシらの人生も一緒に封印(Sealed)されたのが今日だったのかも知れません。

退場すると
ラクーア方面。
本日はこちらから帰りましょう。汗。

「ありがと」ございました。
ナガシマさん。
お疲れ様でした。
さようなら・・・さようなら・・・
もー足が棒のよーだったのだが・・・
行って参りました。

水道橋で降りると、さっそくサイネージに・・・↑。
(見えますか~?)

あれれ・・・
もークリスマスムードですか??
マライアの毎年恒例のクリスマスソングが
ガンガン鳴っている。
若けー人がたくさん屯している。
ドームで何が行われているか・・・そりゃー、Zな人にはカンケーないですよね。汗。
クリスマスがめでたいですよね。(?)汗。

ハイ、こちら。
もー時間ギリギリでしたので、
人の列はそれほどではありませんでした。
昼間には長蛇の列になったそーです。
疲れ果てた老体(ワシね)としては、
長時間並ばなくてはいけないのか、と危惧していたのですが、
全てはスムーズでした。
そうです。
本日はナガシマさんの「お別れの会」という式典が、ここ東京ドームで行わています。

ドーン。
25年前? 26年前? にこの写真を撮った人、スゴイですねー。こうして今だにメインビジュアルとして使用されている。


スポーツ報道畑のカメラマン冥利ですよねー。

んぐー、
この二人の後ろ姿・・・
神々しすぎる・・・。

久しぶりのドーム。
黒を基調にイメージがだいぶ変わっとる。
ふーん・・・。

本日はグラウンド内に祭壇(?)が設けられている。

グランド内に降ろしていただく。
いつ以来かなあ・・・。
最新の人工芝ってヤツだと思いますが・・・ちょっと、ツルッとしてますね。
浅野がデビュー戦でコケていたけど、
たしかに滑るカンジはしますね・・・。
(ケガ防止のため、あえて滑りやすくしているのかな?=スライディングしやすいよーに)
ゴソゴソっとすると、チップ(?)が舞い散る。
これもケガ防止用のクッション材として、
改良されている点なんですねー。へー。
たしかに、大昔はこういうチップはなかった。
(ズタボロ靴があまりに見苦しいのでボカシました。汗。滑るのはツルツルの靴底のせい?? 新しい靴買いたい・・・泣)

記帳台。
ここでみなさんナガシマさんへのメッセージを書く。
ワシも書かせていただきました。

この位置からホーム方向を見たことはなかったなー・・・。
知らんかったけど、
最上部にジャイアンツの優勝年度が刻まれている。
リーグ優勝年度になるのかー。
ふーん。
本来、ジャイアンツはリーグ優勝ではなく、日本一(チャンピオン)を目標として戦ってきたチームなのだが・・・
まあ、いい・・・
どうでもアレだが・・・
最後にチャンピオンになったのは2012年なのかあ・・・。

一塁ベンチ。
かつてはここでナガシマさんは指揮を執られました。
1994年と2000年に監督としてチャンピオンになられている。

バッターボックス。
打者としてのタイトルは数知れず。
しかしそーいった数字以上のナニカで、ファンを魅了し続けてこられたのがナガシマさん。
その独壇場ですね。

18.44メートル。
時間にすれば1秒ない世界。
その瞬間にファンは固唾を飲みました。
打球がスタンドに入るまでは5秒ないくらいの世界?
濃密すぎる時間ですねー。

三塁ベース付近。
この場所も
ナガシマさんの舞台でしたね。

「ジャイアンツの四番」は、かつては球界の顔、金看板でした。
野球少年の憧れ、っつーかね。
中島治康、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜、阿部慎之助・・・
岡本の退団でその系譜が途絶えようとしている。
来年、ジャイアンツは、四番をホント・・・どーすんだろなー・・・??
四番打者がいない。
候補すら皆目いない。
将来の四番候補すらちょっと見当がつかない状態・・・汗汗。
こんな事態、未だかつてありましたっけ?? 汗。
由々しき事態だと思うんだが・・・案外、世の中は静か・・・。
それだけ世の中の関心がなくなったんだろーねー、ジャイアンツに・・・。
それよりはLA、オオタニサン、っつー時代だもんねー・・・。
新設された長嶋賞。
第一号は是非ジャイアンツから・・・なんて、息捲きたいところだが・・・ぶっちゃけ、この時点でお手上げ・・・今後しばらくは、ジャイアンツからはムリなんじゃん、っつーね・・・汗汗。
どーすんだろなー・・・??
寂しい話だなー・・・。

プレイのみならず、
監督として、たくさんの人材を遺してくれたのもナガシマでしたねー。
批判的な人は「外から選手を集めてばかりいた」とおっしゃると思いますけど・・・
第一次政権後の80年代ジャイアンツのメンバー。
中畑、篠塚、江川、西本、松本、山倉・・・
(あくまでも「後」ね・・・それらの選手が本当に主力として活躍したのは、ナガシマ監督退任後の1981年以降ですね)
それに第二次政権時の松井、高橋・・・ルーキの阿部を抜擢したのもナガシマさんでした。
楽しかったですねー。
そして、
あのアテネ五輪。
(監督はキヨシ。笑)
メンバーから後に、メジャーリーガーを9人も輩出している。
いやー、楽しかったですねー。
今や数々の国際試合がありますが、
あのアテネは特別だったなー・・・。


感謝。
感謝しかございません!
(ありがとうの「う」が抜けた笑)

祭壇(?)前へ。
いよいよお別れの時です・・・

バットが飾られていました。

グラブも飾られてました。
見たからに昔型のグラブだなー。笑。
それにしても、
今のグラブの発展はスゴイよね。
使ってみると、まるで虫取り網みたいなカンジがします。
スポスポとゴロが入るカンジ。笑。
(メーカーさんの努力の賜物でしょー)
→んでね、最近は「横も正面」とか言ってますが、
このグラブの発展が大きいのでしょー。
昔は、そーはいかんかったのよー。笑。
昔はね、まず、体のどこかに当てて止める。体に当てるなら「こーだ!」みたいな・・・笑。
その中でグラブの捌きが良い人を「センスある~」なんて、言っていたのですが・・・
たしかに、最近のグラブだったらね、横だろーが、逆シングルだろーが、スポスポ入るカンジがしますもんねー。
野球の基本も変わりますよねー。

いよいよ正面に来た。
係の人は「立ち止まらないでくださーい」と連呼している。
その中、ワシは脱帽して一礼・・・。
・・・。
真ん中の勲章は文化勲章ですかねー?
(国民栄誉賞は勲章とかあるんですかね??)
右側はアテネオリンピック時のフラッグですね。
ナガシマ・ジャパン。

おお!!
こ、これは!!
第一次政権時のユニフォーム!!
1975~1980年の6シーズン、着用されました。
ワシはサンフランシスコ型と呼んでいます。
(ロゴがSFジャイアンツと同じ)
んんー、コレだなー、ワシにとっては・・・汗汗。
数試合でよいので、復刻しませんかねー。
来年の1周忌の記念試合で是非!
(SFジャイアンツとの間に商標の問題でもあるんだろーかー)

右中間スタンドの柱に「3」が掲げられています。

お隣には「1」も。
LAからジャイアンツが再びその地位を奪還するには、
このような強力なコンビが必要でしょう。
それには、発掘・育成の問題もあるでしょー。
さらに、長くジャイアンツでプレイしてもらうためには、
環境・運営(経営)の課題もあるでしょうねー。
(要は、メジャーに匹敵する生涯年棒が支払えるか、なんでしょーけど、ぶっちゃけ汗。プロ野球選手としては一番稼げる場所=夢の舞台なのでショーから・・・)
まあ、いい・・・。

ワシが訪問したこの時間帯は、
意外にも若い世代が多かったです。
仕事帰りのリーマンがほとんど。
意外です。
皆様お忙しいのに、
仕事を切り上げて、いらしているのかもしれませんねー。
2000年のあのシーンを、例えば10歳で観ていれば35歳かあ・・・。
そんな世代なんでしょー、きっと。
この殺伐とした世の中で戦われているリーマンの皆様の心の奥底に、ジャイアンツ・野球があるなんてステキです。
高齢者の皆様は、この時間帯的にはほとんど見かけませんでした。
(おそらく高齢者は昼間の時間帯に済まされているんでしょう)
それでもチラホラいらっしゃる高齢者の皆様は、
辿々しい足取りながらグランドの上を必死に歩いていらっしゃる。
共に人生を歩いてこられたナガシマさんに一言お伝えしたかったんでしょーねー・・・。
スタジアムは広い上に、どうしても階段が多いから大変でしたね。


んんー、コレね!
今のユニフォームはデザインは全て印刷(プリント)の球団が多いけど・・・なーんか、違うんだよなー。
(印刷なので、デザインも自由過ぎちゃっている=それがデザイン性が高い?=それが今の時代だね)
この質感というんですかねー汗。
現代の方が軽量化されていて優れている、と納得はできるのですが・・・汗



時代が終わりました・・・。
時代が終わりましたね・・・
たしかにワシの中でも、今日・・・
何かが終わった気がします・・・。
そうだな・・・
終わったのかあ・・・。
これから、
時代とともに野球もさらに変わっていくのでしょう。
それも必然。
今のままであるものはない。
新しい時代には、新しい時代の野球がある。
球界はむしろ、それに対応していかなくてはいけないのでしょう。
抗っても老害と言われるだけ。
ワシらはワシらの時代の野球があった・・・それで良いのでしょう・・・。
一期一会とは言いますが・・・
時代とともにワシらは・・・ワシは退場するしかないのでしょう。もー、きっと。
・・・。
王さんは「ナガシマさんは永久です」と言った。
そうですね、
永久に刻まれるナガシマさんの名前。
・・・その名前にワシらの人生も一緒に封印(Sealed)されたのが今日だったのかも知れません。

退場すると
ラクーア方面。
本日はこちらから帰りましょう。汗。

「ありがと」ございました。
ナガシマさん。
お疲れ様でした。
さようなら・・・さようなら・・・






