G Talk-173まさかの事態!現代基準に一番そぐわなかった人物とは誰だったのか? 答.ワシ
5/27東京ドーム。
交流戦・ホークス戦。
野球観戦としては、久々の東京ドーム。

しかし、その直前、
衝撃が・・・激震が・・・
まさかの事態!
阿部監督辞任!
ま、ま、まさか・・・
まさかの事態は発生した。
楽しみにしていた野球観戦のはずが、こんなことになるなんて・・・
こんなにワクワクしない野球観戦は、この歳になって初めてだ・・・
どこか空虚感に包まれたものになる。
この歳になってこんな思いをするなんて・・・。
まさに人生、何が起こるかわかないものなんですね・・・。
実は今回は「9人野球の終焉」について、
グダグダグダグダと記すつもりだった。
「9人野球の最後」を見届けるつもりで、今日ドームに来たはずだった。
それなのなのに・・・
それなのなのに・・・
(そう、ワシは「DH制反対派」です)
まあ、いい・・・。
今回発生した前代未聞の騒動。
まさに現代を映す鏡のように、様々な問題・視点が盛り込まれているが、
あまり話が膨らみすぎないよう、
箇条書き的に、時系列的にまとめておく・・・あくまでもワシの備忘録としてね汗
●事件発生
ワシがそのニュースに最初にふれたのは25日の、おそらく22時過ぎ。
風呂入って「さあ~て」と思っていたら、
「阿部監督現行犯逮捕」のニュースが入ってきた。
「現行犯逮捕」って・・・このワードの強烈さに慄く。
衝撃過ぎて、一瞬これは現実のことなのか整合がとれない・・・これは悪夢なのか・・・ふわふわっとしたカンジになる。
「一体、なにをやらかした?」
そしたら「暴行」だという。
暴行・・・暴行・・・誰と何を、どのように? やらかした??
事態がのみ込めないのと同時に、
「即解任」というワードが脳裏にチラつき始める。
これが真実ならそれは当然だろう。
それどころか事案によっては「永久追放」などの事態もあり得るのかも知れない。
・・・あの阿部慎之助が永久追放かも・・・??
と、まさに戦慄が走る状態。
・・・で、
・・・で、
時間の経過とともに、少しづつ続報が入り始めると、
どうやら暴行の被害者はなんと・・・実の娘だという・・・。
は? 家庭内暴力ということか?? 児、児、児童虐待??
ん、ん、どういう状態なんだ??
だとしたら、だとしたら・・・
ちなみにジャイアンツでは、明文化はされてはいないはずだが、禁止薬物などを使用した場合、それが判明次第「いかなる選手」(当然、監督・コーチ・スタッフも含むのだろう)でも「即刻解雇」というのは通達されている。
(過去に外国人選手が一人、解雇になっている。ちなみに当該選手は「無実」を主張していた。風邪薬だか、痛み止めがなんちゃらと・・・)
たしかに家庭内暴力・虐待があったとすれば、それに匹敵する事案となるだろう。
●暴行の内容
で、伝聞によると、
姉妹が喧嘩をして→阿部が「うるさい」と言う→娘が言い返す→それに対しカッとなった阿部が突き倒した? 投げ飛ばした? 首を絞めた? とも、と言う。
・・・は?
・・・は?
・・・こ、こ、これって・・・??
で、ここからなのだが・・・
暴力を受けたという娘は「チャッピー」に相談したという。
どのような状態でスマホ(おそらくPCではなくスマホでしょ、娘は18歳だそうだ)を操作したのか?
まさか、殴られている中・殴られながら、スマホを操作する・・・なんて状態は考えられないから、暴力は継続していなかったのだろう、一過性だった、と言うのが判る。
どうやら、危惧したような激しい・深刻な・継続的なものではないのではと推察できた。
しかもその原因が「親の言うことを聞かなかった」っつー・・・
・・・これって・・・
・・・これって・・・
暴行・・・たしかに令和の現代ではそうではある。
たしかに暴力なんだろうけど・・・汗汗汗。
・・・これって・・・
・・・
●当該女性の対応と「チャッピー」
チャッピーは児相に連絡しろという。
この娘さんはすでに18歳で実は児童のカテゴリーではないらしいのだが、
おそらく「父から暴力を受けた」と入力したのだろう。だもんで「児相に連絡しろ」という検索結果が出たんだろうと思われる。
(「チャッピー」には入力者=娘が18歳という認識がなかった)
なんで「チャッピー」に相談? ・・・何人かのオールドなオトナはそう思うかもしれない。
しれないが・・・令和の今時の10代20代であれば、むしろ当然「チャッピー」なんだろう。
人に聞くよりもAI。人に聞く前にAIに聞けよ。なんでAIにきかない? ・・・そういう時代である。
・・・いや、
ふざけるわけではないが、むしろこれが「チャッピー」ではなく、「クロード」だったら? 「ジェミニ」だったら? ・・・などと、ちょっと思っちゃったりもする・・・
「あなたは何歳ですか?」
「どの程度の暴力ですか?」
など問い直してくれていたら、また事態は違っていたかも知れない。
そういう時代である。半笑。
なので、当該女性の対応に「現代基準に則るなら」なんら特別な問題はない。当然である。フツー。
●児相の対応
児相に電話すると「警察に連絡する」と言われたらしい。
児相としては「暴力」+「首を絞められた(=命の危険性)」+「父は飲酒している」などのキーワードの「条件が当てはまった」時点で、即通報案件だった、ということなのだろう。
この対応もいろいろ言われている。
ちゃんと話を聞けば、そのような深刻な事態ではなかっただろう、と。
しかし、これは過去の痛ましい事件から得た現代基準なんだろう。
過去に痛ましい事件(例えば小さい児童が犠牲になるような事件)が起きる度に、
「どうして児相は子を親から引き離さなかった?」「児相は機能してない」「怠慢」などと散々非難されてきた。
結果、その場で判断しない(=事情は考慮しない)ということ。そして「まずは、とにかく子を親から引き離すことが大事」というのが、現代の答えである。
で、そのようにした。(=事情を判断せず、即刻通報した)
それだけの話なんだろう。
なので、児相の対応にも「現代基準に則るなら」なんら特別な問題はない。当然である。フツー。
(当該女性(娘)が18歳で、児相の範疇ではないので警察に回した、という説もある)
この時点で当該女性は「警察沙汰」になるのを拒否すれば良かったとも言われる。
が、それもやはり10代20代ではなかなか難しいと思う。
電話の向こうで「専門家(児相)」に「警察を呼ぶ」とが言われると、10代の人間ではなかなか抗し難いと思う。
こちらの意向をいくら伝えても、「いえ、それは通報案件です」などと言われると「そういうものなのかな・・・」となってしまうのだろう。
児相側もマニュアル的には本人の意向はあえて組まないとなっているのかも知れない。
子どもは、暴力の恐怖などから「呼んでくれ」とは言えないだろうという状況・状態も「ある」というのが過去の教訓なんだろう。実際、虐待されている子どもの中には、それでも最後まで親を庇うケースもあるという話を聞いたこともある。
それこそ、呼ばずにその後にもし「大事件」にでもなったらマズイわけだからね。
●警察の対応
現場に向かった警察。
警察も被疑者がジャイアンツ現役監督・阿部慎之助というのは直ぐに・早い段階でわかったでしょう。
その社会的影響に対して、なんら考慮がないのはどうなんだ? ともいわれてもいる。
しかし、これも
現行犯逮捕という事態・・・ということから考えると、
ここはワシの憶測だが、
警察が来宅した時点でまだ被疑者(=阿部)は「飲酒をしていた(続けていた)」そして「(どの程度かわからないが)酔っていた」のカモ知れない。
娘を「うるせー」と突き飛ばしたり・投げ飛ばしたり、した後は、またそのまま飲食を継続していたということは当然考えられる。
むしろ、まさか警察が来るとは全く考えてなかったんだろうね。
(ま、ここからも暴力は一過性で、当該女性は一旦自室などに戻って、そこでスマホなりを操作し電話をしたんだろう、と言うのが推察される)
そこに警察が突然来たものだから、
阿部としては「なに~!」なんて一瞬言葉を荒げてしまったのかも知れない。
あるいは「お前が警察を呼んだのか!」などと瞬間的に激昂してしまったのかも・・・
・・・なので、現行犯逮捕ということになってしまったのかも知れない。
そうでなければ、その場で話を聴取しただけで済んだかも・・・と。
過去に警察も、民事不介入などと俗に言われ、
夫婦喧嘩、親子喧嘩、痴話喧嘩・・・などは、放っておかれた。(らしい)
それこそ、親が子を殴っても「子どもの教育に手を出すな!」なんてキレられて、警察も「そーですね」というのが過去だった。
しかし、実際これも過去に痛ましい事件・事故に発展した経緯があり、児相と同様「警察は何やっているだ?」「警察がもっと早く動くべきだった」「警察は機能してない」「怠慢」などと散々非難されてきた。
なので、「酒が入っていたせいで、つい手が出た・力があまった」→なのに、まだ酒が残っている・本人も興奮している→ならば当然、(暴力の対象者=娘を)引き離すべき、という事になったのだろう。
阿部的には普通に娘に「呼んだのか?」と言ったつもりが、周りには「呼んだのか!」と激昂しているように・乱暴に見えた・・・ということなのかも知れない。
まあ、それが酒の勢い・力があまった、ということなんだろうけどね。本人にはそのつもりはなくてもね・・・酒の力というのは、本当に怖いもの。
で、現行犯で連行された。
なので、警察の対応も「現代基準に則るなら」なんら特別な問題はない。当然である。フツー。
現代基準に「ジャイアンツ現役監督」だから配慮する、という基準はない。
それこそ後々、大いに問題になるよね。
警察が帰った後、酒+興奮した被疑者が当該女性に「お前、警察なんて呼んでんじゃねーよ」と、また「つい手が出て・力が余って」暴行などがあったら、これまた、さらに大問題となる。
実際、警察に連行されてから4~5時間で釈放されたのをみると、多分「酔いが醒める」までの時間だったと思われる。
(普通、取り調べだなんだで48時間くらいは拘留されるらしい)
あ、ここはくり返しますが、
「酒を飲んでいた程度(少なくとも「飲んでは」いたみたいだが・・・)・声を荒げた」などはワシの妄想だが・・・「現行犯」という状況から考えるとね・・・
●刑罰の均衡
ここまでが25日深夜(日を跨いて26日)までの動き。
当初は即解任は避け難いのか、と思っていたワシも・・・
つまり、これは、
お、お、親子喧嘩・・・なんじゃないか・・・
とも思えなくもない、と思いはじめた。
少なくとも、継続的に児童に暴力を振るっていた、
児童を虐待していた、
あるいは重傷を負わせた、
というようなケースでもないようだ、
(もちろん報道の通りだとすると、だが)
・・・だとすれば・・・
と・・・少し考えが変わってきた。
もちろん罪がないと言っているわけではない。
暴力は暴力。
「(酒を飲んで)女性(娘)に暴力を働いて、警察に連れていかれた」という事実。という罪。
ただただ、酒を飲んでいた男がカッとなって女性を殴った、というヒドイ話だ。
現代では「(子どもへの)教育と体罰」については侃侃諤諤あるが、そういう話でも全くない。
親と子がどうの、教育がどうの、という範疇ですら話せない「程度の低い」話だ。
それらを総合的に鑑みた時、応分の罰とはなにか?
妥当な罰とはどのあたりなのか・・・??
そう考えた時に、
・・・ワシ的には、
その「程度の低い話」ではあるが・・・あるだけに・・・
さすがに、
さすがに・・・
これのみで「解任(辞任)」は罰が重すぎるのでは? とも思った。
罪刑は均衡であるべきである。
罪に対して罰が重すぎる・・・罪刑不均衡というのは、よろしくない。
大は小を兼ねるではないが、「世の中がうるさいことを言うから、とにかく罰を重くしておけば良い」というのは、違うはずだ。
過剰な罰というのは、むしろ世の中に悪影響を与えるだろう。
結論から言うと、
シロートのワシが考えるに・・・汗、
自宅謹慎1ヶ月(6月25日まで)くらい、
あるいは約2ヶ月としても、オールスター前後(7月29日まで)まで。
罰金5,000万かな、1億かな・・・ワシ的にはそのあたりが落とし所かな、とも考え始めた。
これとて、重すぎるのか?? 軽いのか? その判定はなかなか難しいのだが・・・
まー、絶対「それでは軽い」という人は出てくるだろう。
世の中は厳罰主義になりやすいというか、
とにかく「罰が重い」方が話が通りやすい(?)というのも事実である。
「罰は重くしておきましたー!」という方が、そりゃー皆さん納得しやすいもんね。
罰金で5,000万~1億というのも、常識では考えられない金額設定のはずだ。
(だいたい・・・「罰金」という名目でそんな高い額を法律的に設定できるのか、それもわからないが・・・損害賠償請求??)
古い例だが、1990年(平成2年)に金田正一(故人)オリオンズ監督がグランドで「大暴れ」して、出場停止が30日だった。
罰金(制裁金)100万円だった。
まー時代が違いすぎるか。
2023年(令和5年)イーグルスの安・・・A投手としておきましょうか。
チーム内で継続的ないじめ(ハラスメント)をしていたということで、自由契約となっている。クビになった、っつーことだね。(罰金などはない。クビだからね)
どのような裁定になるのか・・・
・・・ワシは不安な面持ちで床についた。
●読売・球団の対応
明けて26日。
結果的にワシの考えは大甘だ、ということだった。
「辞任」・・・まー、実質的に解任ということだろう。
(オーナーも「暴力を振るった事実は重く、監督を続けることは許されない」と言っている)
阿部はクビになった。
正午前に読売は阿部に謝罪会見をさせ、監督を解任(辞任)とした。
事件発生から24時間も経っていない。
リスクマネジメント(クライシスマネジメント)・・・
BCPを含め、今企業は様々な不祥事・事件に対応できるよう準備をしている。
「こーきたら」→「こー」
「あーきたら」→「こー」と、
あらゆる状況を想定して、対応・処分・処置を準備し、
判断を誤って組織が窮地に陥らないようにしている。
もちろん、それによって事業、事業に関わるステイクホルダー(従業員とその家族も含む)を守る、ということだ。
その意味では今回の件、
見事な手際の良さだった。
それこそ「娘の手紙」なるものまで用意して、事態の沈静化に成功した。
(到底18歳の女性が書いた文章には思えなかったが・・・汗笑)
(↑聞き取りの上、弁護士がリライトしたのでしょう・・・と、フォロー)
過去に球界に起きた事件・騒動では常に悪役になってきた読売が、今回はほとんど叩かれてない、というね・・・
(現在ネット界隈では、阿部が「暴力漢・パワハラ漢」として悪者役になっているケースが多い)
これもまさに、過去の教訓を集積した現代基準に則った対応だったからなんでしょう。当然。フツー。
たしかに読売・球団としては組織を守りきった。
・・・しかし、しかし・・・
ワシは愕然とした。
混乱もした。
呆然ともした。
明日(27日)に野球観戦を控え、まさか・・・
まさか、こんなことになるなんて・・・
まさか、シンノスケがこんな終わり方をするとは・・・
まさに人生、何が起こるかわかない。
●プロ野球の価値


今日も何事もなかったようにたくさんの人がドームに集まった。
さすが日本。みなさんオトナだ。
今回の件でギャーギャー騒ぐような人はいない。
ソレはソレ。
コレはコレ。
今日、この日を楽しもうとされている。
この姿こそ、
プロ野球が守らなければならない資産である。
「ここ(球場)は楽しむ場である」
みんな、そう知っている。信じている。
だからこれだけの人が集まってくる。
ドームに4万人・・・全6球場でいえば約20万人が毎日(週6日)集まる。楽しむ。
これって、どんだけスゲーことか。
金の話で言っても、1日でどれだけの金額が動いているか・・・球場はもちろん、テレビ、ラジオ・・・ネットやYTでも野球ネタで稼いでいる人、いるでしょ? 笑。
ホント、スゲーよね。
プロ野球に参入したことによって、商売が広がった、やりやすくなった、業界でトップになった、企業価値が上がった・・・そんな球団(親会社)の話もよく聞く。
これこそ長年かけてプロ野球が築いてきた資産=信用である。
信用=まー、ブランドってことになるね。
この信用は到底、一朝一夕では築くことはできない。
この信用(ブランド)を毀損させるわけにはいかない。
八百長、賭博、薬物・・・そして暴力。
「プロ野球の価値」を守るためには、社会正義に反するいかなる事象も許容するわけにはいかない。
そのためには「暴力を働いた者は排除」する。
この大義名分のためには妥当な処分だった、ということなのでしょう・・・。
ワシもジジーなんて、
この組織(読売・球団、ひいてはプロ野球全体)の論理を十分理解しているつもりだ。
「プロ野球の価値を守る」・・・阿部もジャイアンツ監督として、むしろ、それを一番ヒシヒシと感じて監督を勤めてきたと思う。
「プロ野球の価値を守る」・・・こんなことを感じながら現役監督をやるのはジャイアンツの監督くらいのものだ。
(・・・とか、言うと、またジャイアンツファンは傲慢だ、とか言われるか・・・近年は小久保ホークス監督も意識しているようだ)
その重圧とも闘ってきたはずだ。
・・・でも、過ちを犯した。
残念ながら過ちを犯した・・・。
阿部も外出している時は、十分警戒していたと思う。
ジャイアンツ監督として下手なことはできないぞ、と。
それこそファンにどれだけ野次られようが、
グッと我慢していたハズだ。
逆に自宅に居たからこそ、身内だからこそ、ちょっと油断したというか・・・
まさに油断、
魔が刺すというか・・・カッときてしまった。
公の場で我慢しているからこそ、余計私しの場でカッと来てしまったのだろうか・・・
その過ちに対して、
球団は・・・
社会は・・・
「即クビ」を言い渡した。
・・・
・・・
いや、たしかにこの世の中はキビシイ。
ワシの考えが「大甘」で、だからダメ人間なんだ、っつーのがよくわかる。
実際、世の中の然るべく立場に就いている人は、任期の間は「酒を飲まない」など、自らを厳しく律している人も実際にいる。相当数いる。
酒も飲まずに、楽しみはジムでバイクを漕ぐこと・・・なんて人の話も聞きますよね?
これが「組織の長の任を務める人」の現代基準なんだろう。
阿部も47歳の人間である。
野球しかやってこなかっただけの、
ただの47歳の人間である。
まだまだ若い。
まだまーだ若い。
そのような世の中の立派なワイズマン様・エクゼクティブ層の皆様からすれば、
阿部なんて「まだまだ」なんだろう。
「家で酒を呑むなんて」自分に甘いよね。(は?)
身内にこそ、笑顔で余裕を持った態度で接し得ない人間が、
どうやって他人の集まりである大組織の運営・経営ができる? (へ?)
ぶっちゃけ、タイガーズに3連敗した鬱憤が溜まっていたんだよね? だったらプールで何キロでも泳いだら?? (ほー)・・・
そんな話なのだろう。
そんなまだまだ若い人間に対して、
まだまだこれからの未成熟な人間に対して、
社会・組織が与えた罰は・・・「即クビ」だった・・・・
・・・
やっぱり、ちょっと厳密にいって厳しすぎやしませんか??
・・・という感がワシは否めない。
しつこいが、
罪がないとは言っていない。
暴力を許せ、という話でもない。
でも、その罪に対して、罰がつり合ってますか? と。そこんとこである。
読売・球団としては組織・球界を守るという大義名分がある。
その組織のリスクヘッジのために、
「即刻クビにしたんだから、文句はないでしょう」「これ以上の重罰はないんだから、話は終了ですよね」「その人間はすでに排除にしました」と。
そのエクスキューズのために、
阿部という「野球人」を見殺しにしたかのようにも見える。
・・・
・・・
過ちは許さない・許されない・・・
過ちを犯したら軽重に関わらず即アウト。
ある種、潔く見えるのだが・・・
・・・
ホ、ホワイトすぎる・・・潔癖社会。
潔癖社会・・・それは=厳罰主義社会となる・・・
罪刑不均衡というのが、よろしくないというのはまさにここであり、
現代が「息苦しく」感じているのも、ここなのでしょう。
「失敗したら終わり」
最大級の罰以外が存在しないのなら、もはや罰を受けることによって罪を償うためにあるはずの罰(段階性)=司法が「存在しなくなる社会」という逆説的な話になる、という恐ろしいことになる。
「(段階性の)評価」というものが存在しなくなり、
何かしたらアウト。
何かしたら、とにかくアウト・・・正当な評価ができなくなり、社会がどんどん硬直化していく。
だったら、何もしない方がリスク回避できるじゃん、って・・・。
で、生産性も創造性も・・・全てを失っていく社会となる・・・。
なんとなく今の日本ってかる~くそんなカンジになってない?
決められた枠から出ようとしない、
ライン踏んだらアウトでしょ? みたいな、
とにかく「正解だけ」を教えて・・・みたいな。
「セカンドチャンス」「セーフティネット」・・・美辞麗句は踊るが、実際の世の中はどうなっているのか・・・そんなに甘くないよねー、というのが今回から受ける印象だ。
全くの蛇足だが、
ワシの持論としては、
将来の監督候補の人間こそ、現役引退したら一旦球団・球界の外に出てほしいと思っているんだよね。
現役の間には知り得なかったことがたくさんあると思う。
このような世の中の「偉い人」の話を聞くだけでも、全然違うとも思うんだよねー・・・。
って、YTで「持ち上げられまくっている」だけなら、意味ないが・・・
・・・まあ、いい・・・
●罪の評価
ワシ的には少し時間を置いても良かったのではないか? とも思っている。
まー、阿部的には一旦「進退伺」を出すという形をとり、球団としては一旦「預かり」とする。
そうやって世論の推移を見ても良かったのではないか、とも思っている。
世論の推移=つまり「世の中の評価」を待っても良かったのではないか、ということである。
ま、昭和的な「腹芸」である。
ま、今風に言えば「リプレイ検証」ね。(は?)汗笑。
しかし、この「待つ」・・・というのは「現代基準」のリスクマネジメントとしては、ダメなんでしょう。
悪評が出た時点で・・・現代的な観点で言えば、株価が下がり組織の利益を損なう。
そうならないためのリスクマネジメントなのである。
悪評が出る前に手を打つ。
どんどん、パッパッ片付けて、ソレは終わった話ですよ、
もう「善処」して私たちは問題点を取り除きました・・・って。
それによって、組織、ひいてはそこに纏わるステイクホルダーの損失を最小限に抑える。
実際にジャイアンツ現オーナーは「阿部が続けることは、すぐにムリだ」と思っていたそうである。
これも何項目もある基準にチェックを入れていった結果なのでしょう。
(本来リスクマネジメントとはそういうものなのだろう。窮地の場面で属人的な判断を避ける。事前に用意しておいたシナリオを進めていく)
「世の中の評価」を待つよりも、即断即決で収束させていく。問答無用である。
「腹芸」なんてとんでもない、ってことである。
たしかに、結果的に
今回程球界内に「暴力はダメ」という意識を浸透させた事例はないだろう。
球界OBでも、そのような事件(暴力事件、あるいはハラスメント)が過去に起きるたびに、
「今の時代、そういうのはダメ」と必ず「今の時代」とエクスキューズをつけていた。
ダメなのは暴力ではなく、「時代だ」と言っていることになる。
で真意は「本当はそれ(暴力)もアリだと思っている」というのが透けて見えていた。
何故なら、彼らはそのような社会の勝者だからね。
しかし、今回の阿部の事件で、そういった「本当はアリ」と思っていた層にもかなりショックがあったのではないだろうか。
世の中に対して、これほど「暴力」が自身の社会的立場を失わせるということを痛感させられた、という意味でね。
「ジャイアンツ監督」でさえ、その身は護られなかったという意味でね。
それらの層は完全に口を噤むことになる。
この事件がキッカケで、
球界から「暴力を完全に追放した」=「問題点を取り除き私たちは新しくなりました」となれば、
まさにリスクマネジメントとしては大成功となるわけですね。
・・・皮肉な話ですね。
刑罰の「段階性」を喪失した(司法の形骸化)ホワイト社会。潔癖社会。
世の中、どうなっていくんですかね・・・。
ワシ的にはちょっと怖いようなカンジもするが・・・
・・・
いやいや、
・・・ワシもね、
なんだかんだ言って、
ホント、良い世の中になったと思っているんですよ。ホント。
・・・それこそ、世の中これほど禁煙社会になるなんて思ってもいなかったし、
みんなシートベルト締めているし、
散歩していても、道端に犬の●が落ちていることなんてないし・・・(笑)
良い世の中になりました。笑。
・・・
言葉の暴力、
態度の暴力、
処遇の暴力・・・
昔はね、テレビで「〇〇に密着!」とかの番組があると(〇〇は例えば、料理人だったりする)、厨房の裏の方へ師匠の先輩コックが新人を連れていって「お前、料理をなめてるのか!」と、殴ったり蹴ったりする=それが仕事の厳しさだ! みたいな。逆に熱心な師匠だ、先輩だ、みたいな・・・
いやはや・・・汗汗。
こんなのは、ワシもさんざん見てきた・・・。
そういう意味じゃ、こんなにホワイト化するとは思ってもいなかった。
世の中は変わるんだね。
ぶっちゃけ、こんな世の中になるなんて、思ってもいなかったス。
まー・・・
逆に戸惑っているんでしょーね、ワシらジジーは・・・。
ワシらってか、ワシはね。笑。
若い頃に比べ、
急に世の中のルールが変更になっているので、ね、
戸惑っているんでしょー・・・。
世の中に適応できない・・・まさに社会不適合者なのですね。
・・・。
・・・まあ、いい。
●若手の起用


今年のジャイアンツ。
若手が「台頭しそうだな」・・・というところまでは来ていた。
「台頭した」まではもうちょいカナ、とは思っているところ。
というのも、
菅野が抜け、今年は四番の岡本まで抜けた。
開幕直前には山崎も抜けた。
これで新外国人がハズレたら、
相当マズイぞ、と。
下手したらジャイアンツ史上「最弱」なんじゃないか、と。
Bクラスもあり得る、と思っていた。
その新外国人がボチボチやってくれているので、
なんとか最悪は免れているが、
その中で阿部前監督は、辛抱強く若手を起用していてくれていたと思う。
例えば、試合の終盤、ここは代打を出したいだろー、という場面。
坂本、丸、大城などが残っていても、
若手にいかせていた。
今日・この試合の勝利のためであれば、
ベテランを起用した方が良い。
なんで代打起用しないんだ? そもそも先発起用しないんだ? と。
ベテランなら「チョンと犠飛」を打ったり、「コツンとゴロ」を打ったりしてくれて、なんとかなる可能性もある。
そういった「引き出し」があるのが、プロの世界で10数年やってきたベテランだ。ンなことは阿部監督だって百も承知だったろう。
そこを若手はブルンブルンブルンと3つ振って帰ってくるワケだ・・・
阿部監督としては、我慢だったろーね。笑。
「ンだよ! テメー、それでもプロか!」って吐き捨てたくなる気持ちもわかる。
プロでヒットを2000本、ホームランを400本以上打ってきた人には尚更だろう。
でも、その我慢が、
早ければシーズン後半へ向け、
そして何より来年、再来年に向けての糧になるはず・・・だった。
次の新しい選手が出てこなければ、未来のジャイアンツはない。
最も上手くいった例が、竹丸の開幕投手起用だろうね。
阿部監督は、なんと新人を開幕投手に抜擢したのである。
山崎がケガをした時点で、
とりあえず開幕はベテランの田中か則本でいくしかないのかな、とも思っていた。
外国人投手というのもあり得ただろう。
そこを新人投手を起用した、っつーね・・・。
これはちょっとした博打だったと思う。
失敗していたら、采配も酷評されていただろう。
それこそ、それが故に竹丸の出だしの結果がしばらく良くなかったら「竹丸を潰した」と、また阿部監督の「パワハラの例」として数えられていただろう。
我慢して・・・我慢して・・・
機会を与えて・・・機会を与えて・・・きたのがここまでのシーズンだった。
そういった若手たちが、少しづつ、少しづつ台頭するかも知れないなー・・・というところであった。
(もちろん水野のスカウトとしての力も大きかったのだろう)

ちなみにこの試合はベテランの丸、松本、大城がスタメンだった。

その丸のキャッチボールの相手は4年目を迎える浅野。
たしかに良いものは持っていると思うが、
・・・なにか将来像が見えないのが浅野なんだよねー・・・。
それはドラフト指名の時から思っていた。
甲子園で見て、良い打者だとは思ったけど、
でも、どういう打者になっていくのか?
簡単に言えば、四番打者タイプなのか一番打者タイプなのか??
四番打者タイプでないのなら、さすがにドラフト1位という評価は厳しい(高すぎる)のではないか・・・と。
(一番打者としても盗塁をバンバンするカンジでもなさそうだし・・・)
ある意味、それが今も浅野を苦しめているようにも思えるし、迷いにもなっているような気がする。
行く道が定まらないのは苦しい。
頑張ってほしいものである。

いちいち場内が暗転する。
演出が過剰である。
もうワシらが知っている「野球場」・・・というカンジではないなー・・・
けど、それも致し方ない。
そういう時代なんでしょう。
野球も他の「アリーナ競技」と争っていかなくてはいけない。
あちらさんも、演出スゴイもんね。
ライトピカピカ、煙もゴー、って・・・。

ジャイアンツが勝利した。

場内に「勝利のセプテンバー」が流れない。
・・・
・・・
寂しい。
やっぱり寂しいなー。
さすがに、
・・・何事もなかったように、
今日という日を楽しんでいた皆様からも、
「セプテンバーがないのは寂しいなー」という声が
スタンドのあちらこちらから聞こえた。
心の中だけで聞こえる。
寂しい。
虚しい。
哀しい・・・。
●まさかの橋上監督代行
今日の試合の指揮を執ったのは橋上オフェンスチーフコーチ。
今年はヘッドコーチを置いていなかっただけに、
誰が代行するのか? と思っていた。
チーフコーチは4人置かれていた。
橋上の他に、ディフェンスが川相、投手が杉内、バッテリーがゼンゾーである。
ワシ的には当然、血脈的に川相かゼンゾー、
長幼で川相なのかな、とも思っていた。
コーチ歴・経験上申し分ない。
(たしかワシの記憶だと、1回代行監督の経験もあったはず)
と、と、ところが・・・なんと橋上コーチが指揮を執るという。
これもまた愕然とした。
な、な、なんで・・・??
・・・
いや、なんで? と言われれば、
ベンチに立つ阿部監督の周りには、
守備の時にはゼンゾーと実松(阿部も含め3人の捕手が戦況を見守っていたという、ちょっと面白い光景だった・・・このことも、いつか記したいと思っていた)、そして内海。
攻撃の時はウィーラーと後方に橋上。
という陣形だった。
このメンバーで作戦が立案されていた。
なので、なんでだ、と言われれば、
川相は三塁コーチャだったので、ベンチワーク(作戦)に携わってなかった、というのがあるのでしょう。
三塁コーチャとして、むしろベンチワークのレシーバー役(伝達係)だったからね・・・。
(まー、内海も電話番だね汗汗)
でも・・・
しかし・・・
なんで・・・
べつに「橋上さん」にはなんの恨みもアレもない。
でも・・・
やっぱり・・・
橋上はスワローズなんだよね・・・
ワシらにとっては・・・
あ、いや、ワシにとっては(としておかないと、まずいね。汗。勝手に代弁するな、って笑)
なんで、
橋上の姿を見ながらジャイアンツ戦を見なければならない・・・これはキツイ。
ワシらにとっては、ワシにとっては、
橋上はただの知らないオジサン。
そこにワシらとなんの「関係性」もない・・・
一応、ワシだって貴重な時間と金を割いて、
野球を観る。
なのに、
なんでただのオジサン・知らない人の橋上が指揮するチームの野球を見なくてはアカンの? 応援せなアカンの? と。
・・・
いやー、ムリ。
もー、ムリ。
いや、知ってますよ。
そんな「生え抜き」に今時こだわるのは老害だって。
ジャイアンツだって、
生え抜きにこだわらず、優秀な人物を監督にするべきだって。
そんなことを言われているのは知ってます。
それが現代基準なんですよね?
「橋上さん」はきっと優秀な人なんでしょ。
だから、ジャイアンツに仕事しに来ているワケで・・・。
だから阿部監督・橋上コーチでなんら文句はなかった。
(高校の先輩後輩)
でも、
やっぱり、
橋上監督でジャイアンツ戦を観るのは・・・キツイ。
カンケーない。カンケーなさすぎ。
川相監督代行・橋上コーチで良かったんじゃないですかねー・・・。
もともとジャイアンツの監督というのは「そういう意味」ですから・・・
ハイ、
一番「現代基準」に則ってないのは、
ワシでした。笑。

なにかこんなに空虚な勝利もないなあー・・・
勝っても、
負けても、
あんまり意味がない・・・。
関係ない。
関係がなくなってしまった・・・。
ここ数年、
いろいろと野球のルールも改正され、
いろいろなものが様変わりしていく。
それは世の流れとして仕方ないことは理解してます。
してますが・・・
しかし、しかし・・・なあ・・・
歳を取るというのはこういうことなんですねー・・・
どんどん関係がなくなっていく。
いかなるものから・・・。
1本1本、
関係性の糸のようなものがプツンプツンと切られていく。
昨年長嶋さんも亡くなられ、
YGマークもそのうちなくなるのでしょうねー・・・
9人野球も終わり・・・
知らない人が監督になり・・・
まー、もちろん関係性なんて、そちらからすれば、ワシこそ
関係のない人間なんですが・・・笑。
まー「ワシは関係がない」のだ、とすれば、
なんでワシのような底辺の人間が、金持ちのお金稼ぎする場面を見なくちゃいけないんだ、金払って・・・っつーことになるね。毒。
もう終わりの時が来たんですかねー・・・。
まあ、いい・・・。
●陰謀説
最後に、
ヤケクソなんで、陰謀説・陰謀論について。笑笑。
10年監督として就任したはずの阿部監督。
まー、実際にはその指導にいろいろ噂はあった。
何がどこまで本当かはワシにはわかりません。知りません。
なんだかんだ言って、3年を終えて今年で退任もあり得たことかも知れません。
それはそれで致し方ないでしょ。
そこはちゃんと、ソレはソレで評価をしなくてはいけないワケですから。
ただし今回の件とは別な話。ごっちゃにしてはいけない。
コレはコレ。
「ちゃんとした評価」した上で「難しい」ということであれば、退任するべきだったでしょう。
それにしても、ワシ的には、
10年監督と思われていた阿部監督への球団の空気が変わったように感じていたのも事実。
なんとなく、なんとなくだけどね。
指導法云々、パワハラ云々という悪評が流れるようになったのも、その頃からだったような・・・。
いや、なくはなかったが、量が増えたという意味でね・・・
(悪評を流すことによって、阿部退団の流れを作る、っつーね・・・)
空気が変わったと思ったのは、
長嶋さんが亡くなられた時。
その愛弟子・松井氏の言葉である。
「長嶋さんとの約束」
・・・
その言葉の意味に、関係者はざわめいた。
その意味の真意については明らかにされていないが、
まさに「それしかない」だろう、というのが関係者の見立てだ。
「それは」まさに、読売・球団の悲願でもあったといえる。
本来、松井氏も自分の言葉の重みを知っているだけに、
軽々しいことは言わない人なんだが・・・
さすがに長嶋さんの逝去に気持ちが動揺していたのだろうか・・・。
本当の本当のところはわからない。
わからないが、
しかし、そうだとしたならば・・・
本当の本当のところはわからない中ではあるが・・・
読売・球団は三顧の礼を持って迎えるよう動き出したのだろうか。
しかし、仮に「周り」が勝手に動き出したとしても、
松井氏側も後輩・阿部が頑張って指揮を執る中で、監督要請の交渉を受けるだろうか?
少なくとも「応援している」という体をとっている以上、
明からさまに自ら「倒閣運動」のようなことはできないだろう。
でも・・・
仮に・・・(仮の上に仮の話をする・・・まさに妄想説なのだが・・・笑)
「ジャイアンツの監督が不在」だったら・・・。
(つまり、「今」の状態)
交渉を受けない理由はない、ということになる。
特に松井氏の場合、
ヤンキースとの関係がある。
仮に、シーズン終了して、10月頃そこで監督を解任して、そこから交渉しても、翌年の2月を考えると時間切れになる可能性もある。
松井氏との交渉、ヤンキースとの調整が間に合わない。
しかし、今からなら・・・
5月、6月から交渉をスタートしたならば・・・時間は十分ある、ということになる。
「今、ジャイアンツに監督はいません。代行は外様です」
「今、ジャイアンツの歴史はピンチです」
「長嶋さんの作ったジャイアンツを守ってください」
となれば・・・
お膳立ては十分である。
そのためには阿部に・・・となる。
ワハハハ・・・・
推理小説並みの陰謀論に自分で失笑してしまいました。
読売が当該女性さんを買収したとでも言うのかね??
警察に手を回したとでも言うのでしょうか???
妄想にも程があると言うことです。
どうやら、今回の件で、
そしてスワローズ橋上が監督代行というダブルパンチで、
頭がおかしくなってますね。
目を汚しました。
申し訳ございません。
お詫びいたします。
バカげた話だ。

なん度もやって来たこのグランド。
・・・
・・・
これが最後になるのかな・・・
寂しいよな・・・
寂しすぎるよな・・・
まさかこんなことになるなんてな・・・
阿部の痕跡を全て消された東京ドーム。
しかし、ここにいました!
阿部慎之助笑。

ジジー(ワシね)が物欲しそうにしていると、
係のお姉さんが、
ニコッと手渡してくれました。笑。
お姉さんも同じ気持ちなんですね!! 笑。
・・・
交流戦・ホークス戦。
野球観戦としては、久々の東京ドーム。

しかし、その直前、
衝撃が・・・激震が・・・
まさかの事態!
阿部監督辞任!
ま、ま、まさか・・・
まさかの事態は発生した。
楽しみにしていた野球観戦のはずが、こんなことになるなんて・・・
こんなにワクワクしない野球観戦は、この歳になって初めてだ・・・
どこか空虚感に包まれたものになる。
この歳になってこんな思いをするなんて・・・。
まさに人生、何が起こるかわかないものなんですね・・・。
実は今回は「9人野球の終焉」について、
グダグダグダグダと記すつもりだった。
「9人野球の最後」を見届けるつもりで、今日ドームに来たはずだった。
それなのなのに・・・
それなのなのに・・・
(そう、ワシは「DH制反対派」です)
まあ、いい・・・。
今回発生した前代未聞の騒動。
まさに現代を映す鏡のように、様々な問題・視点が盛り込まれているが、
あまり話が膨らみすぎないよう、
箇条書き的に、時系列的にまとめておく・・・あくまでもワシの備忘録としてね汗
●事件発生
ワシがそのニュースに最初にふれたのは25日の、おそらく22時過ぎ。
風呂入って「さあ~て」と思っていたら、
「阿部監督現行犯逮捕」のニュースが入ってきた。
「現行犯逮捕」って・・・このワードの強烈さに慄く。
衝撃過ぎて、一瞬これは現実のことなのか整合がとれない・・・これは悪夢なのか・・・ふわふわっとしたカンジになる。
「一体、なにをやらかした?」
そしたら「暴行」だという。
暴行・・・暴行・・・誰と何を、どのように? やらかした??
事態がのみ込めないのと同時に、
「即解任」というワードが脳裏にチラつき始める。
これが真実ならそれは当然だろう。
それどころか事案によっては「永久追放」などの事態もあり得るのかも知れない。
・・・あの阿部慎之助が永久追放かも・・・??
と、まさに戦慄が走る状態。
・・・で、
・・・で、
時間の経過とともに、少しづつ続報が入り始めると、
どうやら暴行の被害者はなんと・・・実の娘だという・・・。
は? 家庭内暴力ということか?? 児、児、児童虐待??
ん、ん、どういう状態なんだ??
だとしたら、だとしたら・・・
ちなみにジャイアンツでは、明文化はされてはいないはずだが、禁止薬物などを使用した場合、それが判明次第「いかなる選手」(当然、監督・コーチ・スタッフも含むのだろう)でも「即刻解雇」というのは通達されている。
(過去に外国人選手が一人、解雇になっている。ちなみに当該選手は「無実」を主張していた。風邪薬だか、痛み止めがなんちゃらと・・・)
たしかに家庭内暴力・虐待があったとすれば、それに匹敵する事案となるだろう。
●暴行の内容
で、伝聞によると、
姉妹が喧嘩をして→阿部が「うるさい」と言う→娘が言い返す→それに対しカッとなった阿部が突き倒した? 投げ飛ばした? 首を絞めた? とも、と言う。
・・・は?
・・・は?
・・・こ、こ、これって・・・??
で、ここからなのだが・・・
暴力を受けたという娘は「チャッピー」に相談したという。
どのような状態でスマホ(おそらくPCではなくスマホでしょ、娘は18歳だそうだ)を操作したのか?
まさか、殴られている中・殴られながら、スマホを操作する・・・なんて状態は考えられないから、暴力は継続していなかったのだろう、一過性だった、と言うのが判る。
どうやら、危惧したような激しい・深刻な・継続的なものではないのではと推察できた。
しかもその原因が「親の言うことを聞かなかった」っつー・・・
・・・これって・・・
・・・これって・・・
暴行・・・たしかに令和の現代ではそうではある。
たしかに暴力なんだろうけど・・・汗汗汗。
・・・これって・・・
・・・
●当該女性の対応と「チャッピー」
チャッピーは児相に連絡しろという。
この娘さんはすでに18歳で実は児童のカテゴリーではないらしいのだが、
おそらく「父から暴力を受けた」と入力したのだろう。だもんで「児相に連絡しろ」という検索結果が出たんだろうと思われる。
(「チャッピー」には入力者=娘が18歳という認識がなかった)
なんで「チャッピー」に相談? ・・・何人かのオールドなオトナはそう思うかもしれない。
しれないが・・・令和の今時の10代20代であれば、むしろ当然「チャッピー」なんだろう。
人に聞くよりもAI。人に聞く前にAIに聞けよ。なんでAIにきかない? ・・・そういう時代である。
・・・いや、
ふざけるわけではないが、むしろこれが「チャッピー」ではなく、「クロード」だったら? 「ジェミニ」だったら? ・・・などと、ちょっと思っちゃったりもする・・・
「あなたは何歳ですか?」
「どの程度の暴力ですか?」
など問い直してくれていたら、また事態は違っていたかも知れない。
そういう時代である。半笑。
なので、当該女性の対応に「現代基準に則るなら」なんら特別な問題はない。当然である。フツー。
●児相の対応
児相に電話すると「警察に連絡する」と言われたらしい。
児相としては「暴力」+「首を絞められた(=命の危険性)」+「父は飲酒している」などのキーワードの「条件が当てはまった」時点で、即通報案件だった、ということなのだろう。
この対応もいろいろ言われている。
ちゃんと話を聞けば、そのような深刻な事態ではなかっただろう、と。
しかし、これは過去の痛ましい事件から得た現代基準なんだろう。
過去に痛ましい事件(例えば小さい児童が犠牲になるような事件)が起きる度に、
「どうして児相は子を親から引き離さなかった?」「児相は機能してない」「怠慢」などと散々非難されてきた。
結果、その場で判断しない(=事情は考慮しない)ということ。そして「まずは、とにかく子を親から引き離すことが大事」というのが、現代の答えである。
で、そのようにした。(=事情を判断せず、即刻通報した)
それだけの話なんだろう。
なので、児相の対応にも「現代基準に則るなら」なんら特別な問題はない。当然である。フツー。
(当該女性(娘)が18歳で、児相の範疇ではないので警察に回した、という説もある)
この時点で当該女性は「警察沙汰」になるのを拒否すれば良かったとも言われる。
が、それもやはり10代20代ではなかなか難しいと思う。
電話の向こうで「専門家(児相)」に「警察を呼ぶ」とが言われると、10代の人間ではなかなか抗し難いと思う。
こちらの意向をいくら伝えても、「いえ、それは通報案件です」などと言われると「そういうものなのかな・・・」となってしまうのだろう。
児相側もマニュアル的には本人の意向はあえて組まないとなっているのかも知れない。
子どもは、暴力の恐怖などから「呼んでくれ」とは言えないだろうという状況・状態も「ある」というのが過去の教訓なんだろう。実際、虐待されている子どもの中には、それでも最後まで親を庇うケースもあるという話を聞いたこともある。
それこそ、呼ばずにその後にもし「大事件」にでもなったらマズイわけだからね。
●警察の対応
現場に向かった警察。
警察も被疑者がジャイアンツ現役監督・阿部慎之助というのは直ぐに・早い段階でわかったでしょう。
その社会的影響に対して、なんら考慮がないのはどうなんだ? ともいわれてもいる。
しかし、これも
現行犯逮捕という事態・・・ということから考えると、
ここはワシの憶測だが、
警察が来宅した時点でまだ被疑者(=阿部)は「飲酒をしていた(続けていた)」そして「(どの程度かわからないが)酔っていた」のカモ知れない。
娘を「うるせー」と突き飛ばしたり・投げ飛ばしたり、した後は、またそのまま飲食を継続していたということは当然考えられる。
むしろ、まさか警察が来るとは全く考えてなかったんだろうね。
(ま、ここからも暴力は一過性で、当該女性は一旦自室などに戻って、そこでスマホなりを操作し電話をしたんだろう、と言うのが推察される)
そこに警察が突然来たものだから、
阿部としては「なに~!」なんて一瞬言葉を荒げてしまったのかも知れない。
あるいは「お前が警察を呼んだのか!」などと瞬間的に激昂してしまったのかも・・・
・・・なので、現行犯逮捕ということになってしまったのかも知れない。
そうでなければ、その場で話を聴取しただけで済んだかも・・・と。
過去に警察も、民事不介入などと俗に言われ、
夫婦喧嘩、親子喧嘩、痴話喧嘩・・・などは、放っておかれた。(らしい)
それこそ、親が子を殴っても「子どもの教育に手を出すな!」なんてキレられて、警察も「そーですね」というのが過去だった。
しかし、実際これも過去に痛ましい事件・事故に発展した経緯があり、児相と同様「警察は何やっているだ?」「警察がもっと早く動くべきだった」「警察は機能してない」「怠慢」などと散々非難されてきた。
なので、「酒が入っていたせいで、つい手が出た・力があまった」→なのに、まだ酒が残っている・本人も興奮している→ならば当然、(暴力の対象者=娘を)引き離すべき、という事になったのだろう。
阿部的には普通に娘に「呼んだのか?」と言ったつもりが、周りには「呼んだのか!」と激昂しているように・乱暴に見えた・・・ということなのかも知れない。
まあ、それが酒の勢い・力があまった、ということなんだろうけどね。本人にはそのつもりはなくてもね・・・酒の力というのは、本当に怖いもの。
で、現行犯で連行された。
なので、警察の対応も「現代基準に則るなら」なんら特別な問題はない。当然である。フツー。
現代基準に「ジャイアンツ現役監督」だから配慮する、という基準はない。
それこそ後々、大いに問題になるよね。
警察が帰った後、酒+興奮した被疑者が当該女性に「お前、警察なんて呼んでんじゃねーよ」と、また「つい手が出て・力が余って」暴行などがあったら、これまた、さらに大問題となる。
実際、警察に連行されてから4~5時間で釈放されたのをみると、多分「酔いが醒める」までの時間だったと思われる。
(普通、取り調べだなんだで48時間くらいは拘留されるらしい)
あ、ここはくり返しますが、
「酒を飲んでいた程度(少なくとも「飲んでは」いたみたいだが・・・)・声を荒げた」などはワシの妄想だが・・・「現行犯」という状況から考えるとね・・・
●刑罰の均衡
ここまでが25日深夜(日を跨いて26日)までの動き。
当初は即解任は避け難いのか、と思っていたワシも・・・
つまり、これは、
お、お、親子喧嘩・・・なんじゃないか・・・
とも思えなくもない、と思いはじめた。
少なくとも、継続的に児童に暴力を振るっていた、
児童を虐待していた、
あるいは重傷を負わせた、
というようなケースでもないようだ、
(もちろん報道の通りだとすると、だが)
・・・だとすれば・・・
と・・・少し考えが変わってきた。
もちろん罪がないと言っているわけではない。
暴力は暴力。
「(酒を飲んで)女性(娘)に暴力を働いて、警察に連れていかれた」という事実。という罪。
ただただ、酒を飲んでいた男がカッとなって女性を殴った、というヒドイ話だ。
現代では「(子どもへの)教育と体罰」については侃侃諤諤あるが、そういう話でも全くない。
親と子がどうの、教育がどうの、という範疇ですら話せない「程度の低い」話だ。
それらを総合的に鑑みた時、応分の罰とはなにか?
妥当な罰とはどのあたりなのか・・・??
そう考えた時に、
・・・ワシ的には、
その「程度の低い話」ではあるが・・・あるだけに・・・
さすがに、
さすがに・・・
これのみで「解任(辞任)」は罰が重すぎるのでは? とも思った。
罪刑は均衡であるべきである。
罪に対して罰が重すぎる・・・罪刑不均衡というのは、よろしくない。
大は小を兼ねるではないが、「世の中がうるさいことを言うから、とにかく罰を重くしておけば良い」というのは、違うはずだ。
過剰な罰というのは、むしろ世の中に悪影響を与えるだろう。
結論から言うと、
シロートのワシが考えるに・・・汗、
自宅謹慎1ヶ月(6月25日まで)くらい、
あるいは約2ヶ月としても、オールスター前後(7月29日まで)まで。
罰金5,000万かな、1億かな・・・ワシ的にはそのあたりが落とし所かな、とも考え始めた。
これとて、重すぎるのか?? 軽いのか? その判定はなかなか難しいのだが・・・
まー、絶対「それでは軽い」という人は出てくるだろう。
世の中は厳罰主義になりやすいというか、
とにかく「罰が重い」方が話が通りやすい(?)というのも事実である。
「罰は重くしておきましたー!」という方が、そりゃー皆さん納得しやすいもんね。
罰金で5,000万~1億というのも、常識では考えられない金額設定のはずだ。
(だいたい・・・「罰金」という名目でそんな高い額を法律的に設定できるのか、それもわからないが・・・損害賠償請求??)
古い例だが、1990年(平成2年)に金田正一(故人)オリオンズ監督がグランドで「大暴れ」して、出場停止が30日だった。
罰金(制裁金)100万円だった。
まー時代が違いすぎるか。
2023年(令和5年)イーグルスの安・・・A投手としておきましょうか。
チーム内で継続的ないじめ(ハラスメント)をしていたということで、自由契約となっている。クビになった、っつーことだね。(罰金などはない。クビだからね)
どのような裁定になるのか・・・
・・・ワシは不安な面持ちで床についた。
●読売・球団の対応
明けて26日。
結果的にワシの考えは大甘だ、ということだった。
「辞任」・・・まー、実質的に解任ということだろう。
(オーナーも「暴力を振るった事実は重く、監督を続けることは許されない」と言っている)
阿部はクビになった。
正午前に読売は阿部に謝罪会見をさせ、監督を解任(辞任)とした。
事件発生から24時間も経っていない。
リスクマネジメント(クライシスマネジメント)・・・
BCPを含め、今企業は様々な不祥事・事件に対応できるよう準備をしている。
「こーきたら」→「こー」
「あーきたら」→「こー」と、
あらゆる状況を想定して、対応・処分・処置を準備し、
判断を誤って組織が窮地に陥らないようにしている。
もちろん、それによって事業、事業に関わるステイクホルダー(従業員とその家族も含む)を守る、ということだ。
その意味では今回の件、
見事な手際の良さだった。
それこそ「娘の手紙」なるものまで用意して、事態の沈静化に成功した。
(到底18歳の女性が書いた文章には思えなかったが・・・汗笑)
(↑聞き取りの上、弁護士がリライトしたのでしょう・・・と、フォロー)
過去に球界に起きた事件・騒動では常に悪役になってきた読売が、今回はほとんど叩かれてない、というね・・・
(現在ネット界隈では、阿部が「暴力漢・パワハラ漢」として悪者役になっているケースが多い)
これもまさに、過去の教訓を集積した現代基準に則った対応だったからなんでしょう。当然。フツー。
たしかに読売・球団としては組織を守りきった。
・・・しかし、しかし・・・
ワシは愕然とした。
混乱もした。
呆然ともした。
明日(27日)に野球観戦を控え、まさか・・・
まさか、こんなことになるなんて・・・
まさか、シンノスケがこんな終わり方をするとは・・・
まさに人生、何が起こるかわかない。
●プロ野球の価値


今日も何事もなかったようにたくさんの人がドームに集まった。
さすが日本。みなさんオトナだ。
今回の件でギャーギャー騒ぐような人はいない。
ソレはソレ。
コレはコレ。
今日、この日を楽しもうとされている。
この姿こそ、
プロ野球が守らなければならない資産である。
「ここ(球場)は楽しむ場である」
みんな、そう知っている。信じている。
だからこれだけの人が集まってくる。
ドームに4万人・・・全6球場でいえば約20万人が毎日(週6日)集まる。楽しむ。
これって、どんだけスゲーことか。
金の話で言っても、1日でどれだけの金額が動いているか・・・球場はもちろん、テレビ、ラジオ・・・ネットやYTでも野球ネタで稼いでいる人、いるでしょ? 笑。
ホント、スゲーよね。
プロ野球に参入したことによって、商売が広がった、やりやすくなった、業界でトップになった、企業価値が上がった・・・そんな球団(親会社)の話もよく聞く。
これこそ長年かけてプロ野球が築いてきた資産=信用である。
信用=まー、ブランドってことになるね。
この信用は到底、一朝一夕では築くことはできない。
この信用(ブランド)を毀損させるわけにはいかない。
八百長、賭博、薬物・・・そして暴力。
「プロ野球の価値」を守るためには、社会正義に反するいかなる事象も許容するわけにはいかない。
そのためには「暴力を働いた者は排除」する。
この大義名分のためには妥当な処分だった、ということなのでしょう・・・。
ワシもジジーなんて、
この組織(読売・球団、ひいてはプロ野球全体)の論理を十分理解しているつもりだ。
「プロ野球の価値を守る」・・・阿部もジャイアンツ監督として、むしろ、それを一番ヒシヒシと感じて監督を勤めてきたと思う。
「プロ野球の価値を守る」・・・こんなことを感じながら現役監督をやるのはジャイアンツの監督くらいのものだ。
(・・・とか、言うと、またジャイアンツファンは傲慢だ、とか言われるか・・・近年は小久保ホークス監督も意識しているようだ)
その重圧とも闘ってきたはずだ。
・・・でも、過ちを犯した。
残念ながら過ちを犯した・・・。
阿部も外出している時は、十分警戒していたと思う。
ジャイアンツ監督として下手なことはできないぞ、と。
それこそファンにどれだけ野次られようが、
グッと我慢していたハズだ。
逆に自宅に居たからこそ、身内だからこそ、ちょっと油断したというか・・・
まさに油断、
魔が刺すというか・・・カッときてしまった。
公の場で我慢しているからこそ、余計私しの場でカッと来てしまったのだろうか・・・
その過ちに対して、
球団は・・・
社会は・・・
「即クビ」を言い渡した。
・・・
・・・
いや、たしかにこの世の中はキビシイ。
ワシの考えが「大甘」で、だからダメ人間なんだ、っつーのがよくわかる。
実際、世の中の然るべく立場に就いている人は、任期の間は「酒を飲まない」など、自らを厳しく律している人も実際にいる。相当数いる。
酒も飲まずに、楽しみはジムでバイクを漕ぐこと・・・なんて人の話も聞きますよね?
これが「組織の長の任を務める人」の現代基準なんだろう。
阿部も47歳の人間である。
野球しかやってこなかっただけの、
ただの47歳の人間である。
まだまだ若い。
まだまーだ若い。
そのような世の中の立派なワイズマン様・エクゼクティブ層の皆様からすれば、
阿部なんて「まだまだ」なんだろう。
「家で酒を呑むなんて」自分に甘いよね。(は?)
身内にこそ、笑顔で余裕を持った態度で接し得ない人間が、
どうやって他人の集まりである大組織の運営・経営ができる? (へ?)
ぶっちゃけ、タイガーズに3連敗した鬱憤が溜まっていたんだよね? だったらプールで何キロでも泳いだら?? (ほー)・・・
そんな話なのだろう。
そんなまだまだ若い人間に対して、
まだまだこれからの未成熟な人間に対して、
社会・組織が与えた罰は・・・「即クビ」だった・・・・
・・・
やっぱり、ちょっと厳密にいって厳しすぎやしませんか??
・・・という感がワシは否めない。
しつこいが、
罪がないとは言っていない。
暴力を許せ、という話でもない。
でも、その罪に対して、罰がつり合ってますか? と。そこんとこである。
読売・球団としては組織・球界を守るという大義名分がある。
その組織のリスクヘッジのために、
「即刻クビにしたんだから、文句はないでしょう」「これ以上の重罰はないんだから、話は終了ですよね」「その人間はすでに排除にしました」と。
そのエクスキューズのために、
阿部という「野球人」を見殺しにしたかのようにも見える。
・・・
・・・
過ちは許さない・許されない・・・
過ちを犯したら軽重に関わらず即アウト。
ある種、潔く見えるのだが・・・
・・・
ホ、ホワイトすぎる・・・潔癖社会。
潔癖社会・・・それは=厳罰主義社会となる・・・
罪刑不均衡というのが、よろしくないというのはまさにここであり、
現代が「息苦しく」感じているのも、ここなのでしょう。
「失敗したら終わり」
最大級の罰以外が存在しないのなら、もはや罰を受けることによって罪を償うためにあるはずの罰(段階性)=司法が「存在しなくなる社会」という逆説的な話になる、という恐ろしいことになる。
「(段階性の)評価」というものが存在しなくなり、
何かしたらアウト。
何かしたら、とにかくアウト・・・正当な評価ができなくなり、社会がどんどん硬直化していく。
だったら、何もしない方がリスク回避できるじゃん、って・・・。
で、生産性も創造性も・・・全てを失っていく社会となる・・・。
なんとなく今の日本ってかる~くそんなカンジになってない?
決められた枠から出ようとしない、
ライン踏んだらアウトでしょ? みたいな、
とにかく「正解だけ」を教えて・・・みたいな。
「セカンドチャンス」「セーフティネット」・・・美辞麗句は踊るが、実際の世の中はどうなっているのか・・・そんなに甘くないよねー、というのが今回から受ける印象だ。
全くの蛇足だが、
ワシの持論としては、
将来の監督候補の人間こそ、現役引退したら一旦球団・球界の外に出てほしいと思っているんだよね。
現役の間には知り得なかったことがたくさんあると思う。
このような世の中の「偉い人」の話を聞くだけでも、全然違うとも思うんだよねー・・・。
って、YTで「持ち上げられまくっている」だけなら、意味ないが・・・
・・・まあ、いい・・・
●罪の評価
ワシ的には少し時間を置いても良かったのではないか? とも思っている。
まー、阿部的には一旦「進退伺」を出すという形をとり、球団としては一旦「預かり」とする。
そうやって世論の推移を見ても良かったのではないか、とも思っている。
世論の推移=つまり「世の中の評価」を待っても良かったのではないか、ということである。
ま、昭和的な「腹芸」である。
ま、今風に言えば「リプレイ検証」ね。(は?)汗笑。
しかし、この「待つ」・・・というのは「現代基準」のリスクマネジメントとしては、ダメなんでしょう。
悪評が出た時点で・・・現代的な観点で言えば、株価が下がり組織の利益を損なう。
そうならないためのリスクマネジメントなのである。
悪評が出る前に手を打つ。
どんどん、パッパッ片付けて、ソレは終わった話ですよ、
もう「善処」して私たちは問題点を取り除きました・・・って。
それによって、組織、ひいてはそこに纏わるステイクホルダーの損失を最小限に抑える。
実際にジャイアンツ現オーナーは「阿部が続けることは、すぐにムリだ」と思っていたそうである。
これも何項目もある基準にチェックを入れていった結果なのでしょう。
(本来リスクマネジメントとはそういうものなのだろう。窮地の場面で属人的な判断を避ける。事前に用意しておいたシナリオを進めていく)
「世の中の評価」を待つよりも、即断即決で収束させていく。問答無用である。
「腹芸」なんてとんでもない、ってことである。
たしかに、結果的に
今回程球界内に「暴力はダメ」という意識を浸透させた事例はないだろう。
球界OBでも、そのような事件(暴力事件、あるいはハラスメント)が過去に起きるたびに、
「今の時代、そういうのはダメ」と必ず「今の時代」とエクスキューズをつけていた。
ダメなのは暴力ではなく、「時代だ」と言っていることになる。
で真意は「本当はそれ(暴力)もアリだと思っている」というのが透けて見えていた。
何故なら、彼らはそのような社会の勝者だからね。
しかし、今回の阿部の事件で、そういった「本当はアリ」と思っていた層にもかなりショックがあったのではないだろうか。
世の中に対して、これほど「暴力」が自身の社会的立場を失わせるということを痛感させられた、という意味でね。
「ジャイアンツ監督」でさえ、その身は護られなかったという意味でね。
それらの層は完全に口を噤むことになる。
この事件がキッカケで、
球界から「暴力を完全に追放した」=「問題点を取り除き私たちは新しくなりました」となれば、
まさにリスクマネジメントとしては大成功となるわけですね。
・・・皮肉な話ですね。
刑罰の「段階性」を喪失した(司法の形骸化)ホワイト社会。潔癖社会。
世の中、どうなっていくんですかね・・・。
ワシ的にはちょっと怖いようなカンジもするが・・・
・・・
いやいや、
・・・ワシもね、
なんだかんだ言って、
ホント、良い世の中になったと思っているんですよ。ホント。
・・・それこそ、世の中これほど禁煙社会になるなんて思ってもいなかったし、
みんなシートベルト締めているし、
散歩していても、道端に犬の●が落ちていることなんてないし・・・(笑)
良い世の中になりました。笑。
・・・
言葉の暴力、
態度の暴力、
処遇の暴力・・・
昔はね、テレビで「〇〇に密着!」とかの番組があると(〇〇は例えば、料理人だったりする)、厨房の裏の方へ師匠の先輩コックが新人を連れていって「お前、料理をなめてるのか!」と、殴ったり蹴ったりする=それが仕事の厳しさだ! みたいな。逆に熱心な師匠だ、先輩だ、みたいな・・・
いやはや・・・汗汗。
こんなのは、ワシもさんざん見てきた・・・。
そういう意味じゃ、こんなにホワイト化するとは思ってもいなかった。
世の中は変わるんだね。
ぶっちゃけ、こんな世の中になるなんて、思ってもいなかったス。
まー・・・
逆に戸惑っているんでしょーね、ワシらジジーは・・・。
ワシらってか、ワシはね。笑。
若い頃に比べ、
急に世の中のルールが変更になっているので、ね、
戸惑っているんでしょー・・・。
世の中に適応できない・・・まさに社会不適合者なのですね。
・・・。
・・・まあ、いい。
●若手の起用


今年のジャイアンツ。
若手が「台頭しそうだな」・・・というところまでは来ていた。
「台頭した」まではもうちょいカナ、とは思っているところ。
というのも、
菅野が抜け、今年は四番の岡本まで抜けた。
開幕直前には山崎も抜けた。
これで新外国人がハズレたら、
相当マズイぞ、と。
下手したらジャイアンツ史上「最弱」なんじゃないか、と。
Bクラスもあり得る、と思っていた。
その新外国人がボチボチやってくれているので、
なんとか最悪は免れているが、
その中で阿部前監督は、辛抱強く若手を起用していてくれていたと思う。
例えば、試合の終盤、ここは代打を出したいだろー、という場面。
坂本、丸、大城などが残っていても、
若手にいかせていた。
今日・この試合の勝利のためであれば、
ベテランを起用した方が良い。
なんで代打起用しないんだ? そもそも先発起用しないんだ? と。
ベテランなら「チョンと犠飛」を打ったり、「コツンとゴロ」を打ったりしてくれて、なんとかなる可能性もある。
そういった「引き出し」があるのが、プロの世界で10数年やってきたベテランだ。ンなことは阿部監督だって百も承知だったろう。
そこを若手はブルンブルンブルンと3つ振って帰ってくるワケだ・・・
阿部監督としては、我慢だったろーね。笑。
「ンだよ! テメー、それでもプロか!」って吐き捨てたくなる気持ちもわかる。
プロでヒットを2000本、ホームランを400本以上打ってきた人には尚更だろう。
でも、その我慢が、
早ければシーズン後半へ向け、
そして何より来年、再来年に向けての糧になるはず・・・だった。
次の新しい選手が出てこなければ、未来のジャイアンツはない。
最も上手くいった例が、竹丸の開幕投手起用だろうね。
阿部監督は、なんと新人を開幕投手に抜擢したのである。
山崎がケガをした時点で、
とりあえず開幕はベテランの田中か則本でいくしかないのかな、とも思っていた。
外国人投手というのもあり得ただろう。
そこを新人投手を起用した、っつーね・・・。
これはちょっとした博打だったと思う。
失敗していたら、采配も酷評されていただろう。
それこそ、それが故に竹丸の出だしの結果がしばらく良くなかったら「竹丸を潰した」と、また阿部監督の「パワハラの例」として数えられていただろう。
我慢して・・・我慢して・・・
機会を与えて・・・機会を与えて・・・きたのがここまでのシーズンだった。
そういった若手たちが、少しづつ、少しづつ台頭するかも知れないなー・・・というところであった。
(もちろん水野のスカウトとしての力も大きかったのだろう)

ちなみにこの試合はベテランの丸、松本、大城がスタメンだった。

その丸のキャッチボールの相手は4年目を迎える浅野。
たしかに良いものは持っていると思うが、
・・・なにか将来像が見えないのが浅野なんだよねー・・・。
それはドラフト指名の時から思っていた。
甲子園で見て、良い打者だとは思ったけど、
でも、どういう打者になっていくのか?
簡単に言えば、四番打者タイプなのか一番打者タイプなのか??
四番打者タイプでないのなら、さすがにドラフト1位という評価は厳しい(高すぎる)のではないか・・・と。
(一番打者としても盗塁をバンバンするカンジでもなさそうだし・・・)
ある意味、それが今も浅野を苦しめているようにも思えるし、迷いにもなっているような気がする。
行く道が定まらないのは苦しい。
頑張ってほしいものである。

いちいち場内が暗転する。
演出が過剰である。
もうワシらが知っている「野球場」・・・というカンジではないなー・・・
けど、それも致し方ない。
そういう時代なんでしょう。
野球も他の「アリーナ競技」と争っていかなくてはいけない。
あちらさんも、演出スゴイもんね。
ライトピカピカ、煙もゴー、って・・・。

ジャイアンツが勝利した。

場内に「勝利のセプテンバー」が流れない。
・・・
・・・
寂しい。
やっぱり寂しいなー。
さすがに、
・・・何事もなかったように、
今日という日を楽しんでいた皆様からも、
「セプテンバーがないのは寂しいなー」という声が
スタンドのあちらこちらから聞こえた。
心の中だけで聞こえる。
寂しい。
虚しい。
哀しい・・・。
●まさかの橋上監督代行
今日の試合の指揮を執ったのは橋上オフェンスチーフコーチ。
今年はヘッドコーチを置いていなかっただけに、
誰が代行するのか? と思っていた。
チーフコーチは4人置かれていた。
橋上の他に、ディフェンスが川相、投手が杉内、バッテリーがゼンゾーである。
ワシ的には当然、血脈的に川相かゼンゾー、
長幼で川相なのかな、とも思っていた。
コーチ歴・経験上申し分ない。
(たしかワシの記憶だと、1回代行監督の経験もあったはず)
と、と、ところが・・・なんと橋上コーチが指揮を執るという。
これもまた愕然とした。
な、な、なんで・・・??
・・・
いや、なんで? と言われれば、
ベンチに立つ阿部監督の周りには、
守備の時にはゼンゾーと実松(阿部も含め3人の捕手が戦況を見守っていたという、ちょっと面白い光景だった・・・このことも、いつか記したいと思っていた)、そして内海。
攻撃の時はウィーラーと後方に橋上。
という陣形だった。
このメンバーで作戦が立案されていた。
なので、なんでだ、と言われれば、
川相は三塁コーチャだったので、ベンチワーク(作戦)に携わってなかった、というのがあるのでしょう。
三塁コーチャとして、むしろベンチワークのレシーバー役(伝達係)だったからね・・・。
(まー、内海も電話番だね汗汗)
でも・・・
しかし・・・
なんで・・・
べつに「橋上さん」にはなんの恨みもアレもない。
でも・・・
やっぱり・・・
橋上はスワローズなんだよね・・・
ワシらにとっては・・・
あ、いや、ワシにとっては(としておかないと、まずいね。汗。勝手に代弁するな、って笑)
なんで、
橋上の姿を見ながらジャイアンツ戦を見なければならない・・・これはキツイ。
ワシらにとっては、ワシにとっては、
橋上はただの知らないオジサン。
そこにワシらとなんの「関係性」もない・・・
一応、ワシだって貴重な時間と金を割いて、
野球を観る。
なのに、
なんでただのオジサン・知らない人の橋上が指揮するチームの野球を見なくてはアカンの? 応援せなアカンの? と。
・・・
いやー、ムリ。
もー、ムリ。
いや、知ってますよ。
そんな「生え抜き」に今時こだわるのは老害だって。
ジャイアンツだって、
生え抜きにこだわらず、優秀な人物を監督にするべきだって。
そんなことを言われているのは知ってます。
それが現代基準なんですよね?
「橋上さん」はきっと優秀な人なんでしょ。
だから、ジャイアンツに仕事しに来ているワケで・・・。
だから阿部監督・橋上コーチでなんら文句はなかった。
(高校の先輩後輩)
でも、
やっぱり、
橋上監督でジャイアンツ戦を観るのは・・・キツイ。
カンケーない。カンケーなさすぎ。
川相監督代行・橋上コーチで良かったんじゃないですかねー・・・。
もともとジャイアンツの監督というのは「そういう意味」ですから・・・
ハイ、
一番「現代基準」に則ってないのは、
ワシでした。笑。

なにかこんなに空虚な勝利もないなあー・・・
勝っても、
負けても、
あんまり意味がない・・・。
関係ない。
関係がなくなってしまった・・・。
ここ数年、
いろいろと野球のルールも改正され、
いろいろなものが様変わりしていく。
それは世の流れとして仕方ないことは理解してます。
してますが・・・
しかし、しかし・・・なあ・・・
歳を取るというのはこういうことなんですねー・・・
どんどん関係がなくなっていく。
いかなるものから・・・。
1本1本、
関係性の糸のようなものがプツンプツンと切られていく。
昨年長嶋さんも亡くなられ、
YGマークもそのうちなくなるのでしょうねー・・・
9人野球も終わり・・・
知らない人が監督になり・・・
まー、もちろん関係性なんて、そちらからすれば、ワシこそ
関係のない人間なんですが・・・笑。
まー「ワシは関係がない」のだ、とすれば、
なんでワシのような底辺の人間が、金持ちのお金稼ぎする場面を見なくちゃいけないんだ、金払って・・・っつーことになるね。毒。
もう終わりの時が来たんですかねー・・・。
まあ、いい・・・。
●陰謀説
最後に、
ヤケクソなんで、陰謀説・陰謀論について。笑笑。
10年監督として就任したはずの阿部監督。
まー、実際にはその指導にいろいろ噂はあった。
何がどこまで本当かはワシにはわかりません。知りません。
なんだかんだ言って、3年を終えて今年で退任もあり得たことかも知れません。
それはそれで致し方ないでしょ。
そこはちゃんと、ソレはソレで評価をしなくてはいけないワケですから。
ただし今回の件とは別な話。ごっちゃにしてはいけない。
コレはコレ。
「ちゃんとした評価」した上で「難しい」ということであれば、退任するべきだったでしょう。
それにしても、ワシ的には、
10年監督と思われていた阿部監督への球団の空気が変わったように感じていたのも事実。
なんとなく、なんとなくだけどね。
指導法云々、パワハラ云々という悪評が流れるようになったのも、その頃からだったような・・・。
いや、なくはなかったが、量が増えたという意味でね・・・
(悪評を流すことによって、阿部退団の流れを作る、っつーね・・・)
空気が変わったと思ったのは、
長嶋さんが亡くなられた時。
その愛弟子・松井氏の言葉である。
「長嶋さんとの約束」
・・・
その言葉の意味に、関係者はざわめいた。
その意味の真意については明らかにされていないが、
まさに「それしかない」だろう、というのが関係者の見立てだ。
「それは」まさに、読売・球団の悲願でもあったといえる。
本来、松井氏も自分の言葉の重みを知っているだけに、
軽々しいことは言わない人なんだが・・・
さすがに長嶋さんの逝去に気持ちが動揺していたのだろうか・・・。
本当の本当のところはわからない。
わからないが、
しかし、そうだとしたならば・・・
本当の本当のところはわからない中ではあるが・・・
読売・球団は三顧の礼を持って迎えるよう動き出したのだろうか。
しかし、仮に「周り」が勝手に動き出したとしても、
松井氏側も後輩・阿部が頑張って指揮を執る中で、監督要請の交渉を受けるだろうか?
少なくとも「応援している」という体をとっている以上、
明からさまに自ら「倒閣運動」のようなことはできないだろう。
でも・・・
仮に・・・(仮の上に仮の話をする・・・まさに妄想説なのだが・・・笑)
「ジャイアンツの監督が不在」だったら・・・。
(つまり、「今」の状態)
交渉を受けない理由はない、ということになる。
特に松井氏の場合、
ヤンキースとの関係がある。
仮に、シーズン終了して、10月頃そこで監督を解任して、そこから交渉しても、翌年の2月を考えると時間切れになる可能性もある。
松井氏との交渉、ヤンキースとの調整が間に合わない。
しかし、今からなら・・・
5月、6月から交渉をスタートしたならば・・・時間は十分ある、ということになる。
「今、ジャイアンツに監督はいません。代行は外様です」
「今、ジャイアンツの歴史はピンチです」
「長嶋さんの作ったジャイアンツを守ってください」
となれば・・・
お膳立ては十分である。
そのためには阿部に・・・となる。
ワハハハ・・・・
推理小説並みの陰謀論に自分で失笑してしまいました。
読売が当該女性さんを買収したとでも言うのかね??
警察に手を回したとでも言うのでしょうか???
妄想にも程があると言うことです。
どうやら、今回の件で、
そしてスワローズ橋上が監督代行というダブルパンチで、
頭がおかしくなってますね。
目を汚しました。
申し訳ございません。
お詫びいたします。
バカげた話だ。

なん度もやって来たこのグランド。
・・・
・・・
これが最後になるのかな・・・
寂しいよな・・・
寂しすぎるよな・・・
まさかこんなことになるなんてな・・・
阿部の痕跡を全て消された東京ドーム。
しかし、ここにいました!
阿部慎之助笑。

ジジー(ワシね)が物欲しそうにしていると、
係のお姉さんが、
ニコッと手渡してくれました。笑。
お姉さんも同じ気持ちなんですね!! 笑。
・・・
絵を見る 20世紀を生きたワイエス。その絵画の真髄とは?
今年のGWは前半は天気がちょっとアレでしたけど、
ようやく快晴になりました。

久々に絵画展。
↑こちらに参りました。
絵画展自体、ホント、久々だなー。

こちらの美術館は、なんと開館して100年だそーです。
へー、素晴らしいね。
100年かー・・・
100年前は大正15年であり、昭和元年でもありますね。
(昭和元年は1週間くらいしかない)
つまり、今年は昭和でいくと昭和100年ということになりますね。
昭和っつーのは、日本の歴史の中でも屈指の激動期となりました。
この100年、本当にいろいろありました。
その評価さえまだ定まっていないし、
詳らかにされてない部分もまだまだあるし・・・
歴史というには、まだまだ生々しいのでしょうねー。
・・・次の100年はどうなるのかなあ・・・
ぶっちゃけ、不安しかない。
まあ、ワシにはカンケーないか・・・
まあ、いい。
また、いきなり話が逸れた・・・。

アンドリュー・ワイエス
わしは、過去に何度か観ていて、わりと好きなんですかねー。
ワシの中でも、まだ評価が定まってない。汗。
多分・・・観るのは3回目くらいかなー。
今までは、ちょっと小さめの場所で開催されてきたけど、
ここまで大きな会場での展覧会は初めてじゃないかなあ。
世間でも徐々にその評価を上げているところでしょーか。
20世紀のアメリカを生きたという意味では、
例えばウォーホルと同世代と言っても良いのでしょうか。
(ウォーホルの9歳上)
ウォーホルとは対照的に、
地味? 保守的? ミニマム? ・・・人によっては「つまらん」と思う人もいるのでしょうか?
ちなみに、20世紀という同時代性という意味で言えば、
ワイエスはロックウェルの13歳下、
ホッパーとはその25歳下になります。
ワイエスとは
ひたすら、自分の身近な世界をたんたんと? 粛々と? 描き続けた画家・・・っぽく見えましたねー。
こうして拝見させていただくと、
「外からの評価」をまるで気にしていない、気にならない、
ひたすら「内なる欲求」にのみに従って題材を選んでいたように見えます。
自分の描きたいモノを描く、っつーね。
それが必然と、自分の想い入れのあるモノ、ヒト、コト、風景、っつーね。
わりと日本人なら、こーいう世界観好きな気がします。
オレは百獣の王様だー! っつーギッシュな顕示欲より、
市井の中で粛々と生きています・・・みたいな。汗。
(あ、令和の時代は違いますかねー・・・オレがお前をロンパーしてやる、みたいなギッシュ汗)
まあーアレだね、
ワシが見る限り、ワイエスは絶対「モノを捨てられない」タイプだね。きっと。笑。
自分の周りにあるモノ、ヒト、コトに執着、そして愛着があるからこそ、捨てられない、っつーのかなー・・・。
逆に言えば、自分の「肌感覚」が絶対、っつーか・・・
「世間の物差し」よりも自分がどー感じるかが大事(絶対)というタイプなんでしょーかー・・・汗。
わかるわかる笑。
ワシがそういうタイプというワケではないのだが、
そういう人、たくさん見てきた。笑。
まあ、
ある意味、自分の見える範囲の視界、自分が感じる範囲の肌感覚が世界の全てであり・・・アーティストなどに「〇〇ハンターイ」という人が多いのもそのせいなんでしょーねー・・・汗。
その自分の感じる絶対の感覚がある・・・だからこそ「表現したい」っつー、創作意欲にもつながるわけで、ね・・・。

今回の展覧会は、
3階(だったかな)のフロアは撮影オーケーでした。


こうした日常の中にも「想い」を見つけて、形として構築していく。
何気ない姿として見せているが、きっとかなりの「省略」と「再構築」が画面の中にあるのでしょー。
また「油」ではない「水彩」を選んでいる(好んでいる)のもミソなのかも知れないですね。
自分(ワイエス)には、水彩の淡々としたところが合う、みたいな。
油だと描きすぎてしまう=語りすぎてしまう、みたいな。
ゴリゴリゴリゴリね。
アーティストは時に語りすぎてしまうものなのですが、そこを回避しているところが、きっとワイエス絵画のミソであり、キモなんでしょーねー。
そんなところも、ワシ的には良いです。
・・・良いですが、
この何気なさを構築した画面から・・・だからこそ? ・・・逆に? ・・・ワイエスの情念みたいなのがヒシヒシと伝わってきます。
このモノ、この家、この何気ない日常に想いを寄せるワイエスの情念みたいなものが・・・。
この瞬間という「今」を手放したくない~・・・っつーね。
・・・ワイエスは絶対「モノを捨てられない」タイプだね。きっと。笑。(←本日2度目)
んまー・・・ちょっと・・・今のワシには・・・個人的感想としては、ちょっと(ポップの反対語として)ヘビーに感じたな・・・わかるだけに(勝手な個人的感想ですが)・・・汗汗。
その中で異彩を放っていたのが、こちらでしょーかー。

知人(モデル)のクリスティーナ・オルソンが亡くなった際に描いたそうがだ、逆にワイエスの深い哀しみが伝わってきます。
タイトルが「薄氷」・・・氷・・・そして水・・・
ワイエスはクリスティーナが亡くなった1968年、そして1969年に氷、そこから溶け出す水を題材にして描いてます。

「氷塊 I」(1968年)

こちらが「浮氷」(1969年)
氷と水・・・
これは仏教の中では表裏一体のモチーフとして例えられることがあるのですが・・・つまり彼女の死も生の一部である(生も死の一部である)と、
彼女への永遠の想いみたいなのが伝わってきます。
薄い氷に「生」への儚さ(すぐ溶けてしまう)を感じつつ、
氷と水っつーのは一体であり、生と死も同じである・・・と。
氷も水も一体=だから生も死も同じで=衆生も仏も同じっつーね・・・。
肉体という塊(氷)を失っても、そこから出でた魂(水)は存在しているし、巡り巡って(?)また再び氷となってその姿を現すこともある・・・っつーね。汗汗。
ワイエスがそういった精神世界に傾倒していたのかは知りませんが・・・汗。
「衆生本来仏なり、水と氷の如くにて、水を離れて氷なく、衆生の外に仏なし」
ワシには「薄氷」の画面右上あたりに、埋葬される人の姿のようなものが見える気がするのだが・・・汗汗。
(十字架にも見えなくもない・・・え? 見えない?? 汗)
つまりこれはクリスティーナの埋葬シーンでもある、っつーか・・・ね汗。
まあ、いい・・・。
幻覚が見えるとは、ワシもいよいよヤバイ・・・笑。
解説によると、
もともとワイエスは、父の突然の事故死から画家になったと言います。
その突然のショックが・・・その後のワイエスの周辺・身近なモノへの執着・愛着となったのでしょうねー。
ワイエスのプライベートなことは何も知りませんが、
きっと死・喪失・消えてしまうモノ・コトに対して、すんごく考え、怯え、すんごく人知れず悩み哀しみ、苦しんだこともあったのかも知れません。
それが、この整然と構築した画面から、そこ知れず伝わってくるペイソスとしてワイエス絵画の下地となっているのかも知れませんねー。そう思いました。
ワシがヘビーに感じたのもそこなんだと思います。
大量生産、大量消費の20世紀のアメリカ(まー日本もね)という世界を生きたワイエス。
21世紀に入った現代はさらに・・・何事も瞬時に生成され、瞬時にスワイプ(?)されていく。
この世界をワシらは生きていかなくてはいけない。
いやはや・・・人間はどうなっていくのでしょう・・・汗。
ぶっちゃけ、不安しかない。(←本日2度目)
まあ、ワシにはカンケーないか・・・
まあ、いい。

美術館を出て、不忍池の方へ。
天気も良く、たくさんの人。

このあたりも、いろいろと懐かしいなー・・・。
最近は来ることも少なくなってましたね。
初めて上野に来たのはいつだったかな・・・ふと、そんなことも考える・・・思い出せない。汗汗。
こういう景色・風景を見るのも大事ですね。
東京も100年で大きく変わってしまいましたが・・・
いや、この10年でもだいぶ変わってしまったのですが、
この池だけは、この水面だけは100年前と変わらないのですね。
この水面は100年間、時代を写してきたということになりますね。

足を伸ばして、こちらへ。

都民になんだか「ポイント?」が都から配られて、
そのポイントで入館しました。
東京都、金あるなー。
このアプリを入れさせて何をしたいんじゃ~?? 笑。
金が余っているなら、どうか有用な使い方をしていただきたいものですねー。
困っている人はたくさんいます。

さらに足を伸ばして、こちらへ。
こちらはクラフトビールだそーです。
最近はビールのことを考えると、涙が出ます。笑。
歳をとったな・・・
もう捨てな、いかんなー・・・いろいろと。汗。
若けーころは、
それこそ、何もかもかなぐり捨てる・ぶん投げる力・勢いがあったけど・・・汗汗。
もー、今はそのパワー・気概すらないなー・・・いかんなー。嘆。

人生の投げっぱなしジャーマン! 笑。
あ、ワシはいつも投げられるほうね。
(受け身を取るほうが難度が高い)
もー、これ以上受け身は取れません・・・って。笑。
ようやく快晴になりました。

久々に絵画展。
↑こちらに参りました。
絵画展自体、ホント、久々だなー。

こちらの美術館は、なんと開館して100年だそーです。
へー、素晴らしいね。
100年かー・・・
100年前は大正15年であり、昭和元年でもありますね。
(昭和元年は1週間くらいしかない)
つまり、今年は昭和でいくと昭和100年ということになりますね。
昭和っつーのは、日本の歴史の中でも屈指の激動期となりました。
この100年、本当にいろいろありました。
その評価さえまだ定まっていないし、
詳らかにされてない部分もまだまだあるし・・・
歴史というには、まだまだ生々しいのでしょうねー。
・・・次の100年はどうなるのかなあ・・・
ぶっちゃけ、不安しかない。
まあ、ワシにはカンケーないか・・・
まあ、いい。
また、いきなり話が逸れた・・・。

アンドリュー・ワイエス
わしは、過去に何度か観ていて、わりと好きなんですかねー。
ワシの中でも、まだ評価が定まってない。汗。
多分・・・観るのは3回目くらいかなー。
今までは、ちょっと小さめの場所で開催されてきたけど、
ここまで大きな会場での展覧会は初めてじゃないかなあ。
世間でも徐々にその評価を上げているところでしょーか。
20世紀のアメリカを生きたという意味では、
例えばウォーホルと同世代と言っても良いのでしょうか。
(ウォーホルの9歳上)
ウォーホルとは対照的に、
地味? 保守的? ミニマム? ・・・人によっては「つまらん」と思う人もいるのでしょうか?
ちなみに、20世紀という同時代性という意味で言えば、
ワイエスはロックウェルの13歳下、
ホッパーとはその25歳下になります。
ワイエスとは
ひたすら、自分の身近な世界をたんたんと? 粛々と? 描き続けた画家・・・っぽく見えましたねー。
こうして拝見させていただくと、
「外からの評価」をまるで気にしていない、気にならない、
ひたすら「内なる欲求」にのみに従って題材を選んでいたように見えます。
自分の描きたいモノを描く、っつーね。
それが必然と、自分の想い入れのあるモノ、ヒト、コト、風景、っつーね。
わりと日本人なら、こーいう世界観好きな気がします。
オレは百獣の王様だー! っつーギッシュな顕示欲より、
市井の中で粛々と生きています・・・みたいな。汗。
(あ、令和の時代は違いますかねー・・・オレがお前をロンパーしてやる、みたいなギッシュ汗)
まあーアレだね、
ワシが見る限り、ワイエスは絶対「モノを捨てられない」タイプだね。きっと。笑。
自分の周りにあるモノ、ヒト、コトに執着、そして愛着があるからこそ、捨てられない、っつーのかなー・・・。
逆に言えば、自分の「肌感覚」が絶対、っつーか・・・
「世間の物差し」よりも自分がどー感じるかが大事(絶対)というタイプなんでしょーかー・・・汗。
わかるわかる笑。
ワシがそういうタイプというワケではないのだが、
そういう人、たくさん見てきた。笑。
まあ、
ある意味、自分の見える範囲の視界、自分が感じる範囲の肌感覚が世界の全てであり・・・アーティストなどに「〇〇ハンターイ」という人が多いのもそのせいなんでしょーねー・・・汗。
その自分の感じる絶対の感覚がある・・・だからこそ「表現したい」っつー、創作意欲にもつながるわけで、ね・・・。

今回の展覧会は、
3階(だったかな)のフロアは撮影オーケーでした。


こうした日常の中にも「想い」を見つけて、形として構築していく。
何気ない姿として見せているが、きっとかなりの「省略」と「再構築」が画面の中にあるのでしょー。
また「油」ではない「水彩」を選んでいる(好んでいる)のもミソなのかも知れないですね。
自分(ワイエス)には、水彩の淡々としたところが合う、みたいな。
油だと描きすぎてしまう=語りすぎてしまう、みたいな。
ゴリゴリゴリゴリね。
アーティストは時に語りすぎてしまうものなのですが、そこを回避しているところが、きっとワイエス絵画のミソであり、キモなんでしょーねー。
そんなところも、ワシ的には良いです。
・・・良いですが、
この何気なさを構築した画面から・・・だからこそ? ・・・逆に? ・・・ワイエスの情念みたいなのがヒシヒシと伝わってきます。
このモノ、この家、この何気ない日常に想いを寄せるワイエスの情念みたいなものが・・・。
この瞬間という「今」を手放したくない~・・・っつーね。
・・・ワイエスは絶対「モノを捨てられない」タイプだね。きっと。笑。(←本日2度目)
んまー・・・ちょっと・・・今のワシには・・・個人的感想としては、ちょっと(ポップの反対語として)ヘビーに感じたな・・・わかるだけに(勝手な個人的感想ですが)・・・汗汗。
その中で異彩を放っていたのが、こちらでしょーかー。

知人(モデル)のクリスティーナ・オルソンが亡くなった際に描いたそうがだ、逆にワイエスの深い哀しみが伝わってきます。
タイトルが「薄氷」・・・氷・・・そして水・・・
ワイエスはクリスティーナが亡くなった1968年、そして1969年に氷、そこから溶け出す水を題材にして描いてます。

「氷塊 I」(1968年)

こちらが「浮氷」(1969年)
氷と水・・・
これは仏教の中では表裏一体のモチーフとして例えられることがあるのですが・・・つまり彼女の死も生の一部である(生も死の一部である)と、
彼女への永遠の想いみたいなのが伝わってきます。
薄い氷に「生」への儚さ(すぐ溶けてしまう)を感じつつ、
氷と水っつーのは一体であり、生と死も同じである・・・と。
氷も水も一体=だから生も死も同じで=衆生も仏も同じっつーね・・・。
肉体という塊(氷)を失っても、そこから出でた魂(水)は存在しているし、巡り巡って(?)また再び氷となってその姿を現すこともある・・・っつーね。汗汗。
ワイエスがそういった精神世界に傾倒していたのかは知りませんが・・・汗。
「衆生本来仏なり、水と氷の如くにて、水を離れて氷なく、衆生の外に仏なし」
ワシには「薄氷」の画面右上あたりに、埋葬される人の姿のようなものが見える気がするのだが・・・汗汗。
(十字架にも見えなくもない・・・え? 見えない?? 汗)
つまりこれはクリスティーナの埋葬シーンでもある、っつーか・・・ね汗。
まあ、いい・・・。
幻覚が見えるとは、ワシもいよいよヤバイ・・・笑。
解説によると、
もともとワイエスは、父の突然の事故死から画家になったと言います。
その突然のショックが・・・その後のワイエスの周辺・身近なモノへの執着・愛着となったのでしょうねー。
ワイエスのプライベートなことは何も知りませんが、
きっと死・喪失・消えてしまうモノ・コトに対して、すんごく考え、怯え、すんごく人知れず悩み哀しみ、苦しんだこともあったのかも知れません。
それが、この整然と構築した画面から、そこ知れず伝わってくるペイソスとしてワイエス絵画の下地となっているのかも知れませんねー。そう思いました。
ワシがヘビーに感じたのもそこなんだと思います。
大量生産、大量消費の20世紀のアメリカ(まー日本もね)という世界を生きたワイエス。
21世紀に入った現代はさらに・・・何事も瞬時に生成され、瞬時にスワイプ(?)されていく。
この世界をワシらは生きていかなくてはいけない。
いやはや・・・人間はどうなっていくのでしょう・・・汗。
ぶっちゃけ、不安しかない。(←本日2度目)
まあ、ワシにはカンケーないか・・・
まあ、いい。

美術館を出て、不忍池の方へ。
天気も良く、たくさんの人。

このあたりも、いろいろと懐かしいなー・・・。
最近は来ることも少なくなってましたね。
初めて上野に来たのはいつだったかな・・・ふと、そんなことも考える・・・思い出せない。汗汗。
こういう景色・風景を見るのも大事ですね。
東京も100年で大きく変わってしまいましたが・・・
いや、この10年でもだいぶ変わってしまったのですが、
この池だけは、この水面だけは100年前と変わらないのですね。
この水面は100年間、時代を写してきたということになりますね。

足を伸ばして、こちらへ。

都民になんだか「ポイント?」が都から配られて、
そのポイントで入館しました。
東京都、金あるなー。
このアプリを入れさせて何をしたいんじゃ~?? 笑。
金が余っているなら、どうか有用な使い方をしていただきたいものですねー。
困っている人はたくさんいます。

さらに足を伸ばして、こちらへ。
こちらはクラフトビールだそーです。
最近はビールのことを考えると、涙が出ます。笑。
歳をとったな・・・
もう捨てな、いかんなー・・・いろいろと。汗。
若けーころは、
それこそ、何もかもかなぐり捨てる・ぶん投げる力・勢いがあったけど・・・汗汗。
もー、今はそのパワー・気概すらないなー・・・いかんなー。嘆。

人生の投げっぱなしジャーマン! 笑。
あ、ワシはいつも投げられるほうね。
(受け身を取るほうが難度が高い)
もー、これ以上受け身は取れません・・・って。笑。
G Talk-172 あの頃はみんな若かった。長嶋さんの背中にあったものとは?
本日はこちら。

こちらの建物自体、重要文化財です。

ぬぬぬ・・・。
入り口がどこかわからず、迷う。
ぐるっと一周してしまった・・・

ありました。
ようやく辿り着く。
気持ちが急いたせいか、ちょっと苛立ってしまいました。汗。
いい歳して恥ずかしいです。汗汗。

ぐぐぐ・・・。
この打撃フォームのシルエット・・・
昔風ですな。
背中を丸めて、トップの位置も低い。
ボールに対して、いかにバットをレベルにスイングするか?
それに対して、当時の最新の理論がコレ↑だったのでしょうねー。
これより、モーちょい後の時代(それでも数年)だと思いますが、
メジャー(当時は「大リーグ」と言いましたね)では、
「クラウチングスタイル」というのも流行りました。
(極端に屈んで構える)
王さんも、70年代後半くらいの晩年? は、かなり背中を丸めて構えてましたね。
もちろん、現代ではこのような構えの人はほぼいません。
真っ直ぐ立ちますね。
トップの位置もこれ程低くはないですが、
その代わり、手首をくねっとさせる「ラケット打ち」が流行りみたいですね。
ボールに対して、いかにレベルにスイングするかは同じなんでしょう。
ヘッドを効かせるとか、リストが効いているとは、今は言いませんよねー・・・
まあ、いい・・・いきなり、グダグダと・・・汗。

おっしゃる通りです。
ワシも野球によって人生を無駄にしました・・・笑。
今回の展示会、
なんと、撮影は静止画ならオーケーとのこと!
素晴らしいです、さすが讀賣新聞様、報知新聞様です。
誰もが楽しめる、誰でもアクセスできる・・・それがプロ野球の姿ですよね。ハイ。
ネトフリ、早速解約しました。ハーイ。

こちらは入団時の長嶋さんのグラブだそーです。
かなり古いですねー。

こちらは大学時、当時の新記録8号ホームランを打ったバットだそーです。

こちらは再びグラブ。
こうして並べると、グラブの進化もわかりますね。
右↑くらいの時代だと、ワシも馴染みがある雰囲気ですね。
今のグラブの進化はホント素晴らしくて、
はめているだけで、スポスポとゴロが入る感じがします。
横も正面、逆シングルだって、最新のグラブでしたら全然アリなんでしょー。

こちらが天覧試合のバット。
先日、しれっとWBCで天覧試合が行われていましたね。
ワシは天覧試合が行われるとしたら、
もっと政治的意味合いも相まって、大ゴトになるのかなーと思っていたのですが・・・しれっと行われました。
まー、
逆に、そんな大ゴトにせずに、しれっと、さらっと、行われて良かったのでしょーね。きっと。
いちいち、編な意味合いを付けられていたら、天皇陛下も大変でしょーしね。
「ただ試合をご覧になられた」それ以上それ以下の意味はなくなった。それで良いのでしょー。
これで、陛下もお気軽にちょくちょくいらしていただければと存じます。
それほど・・・
1959(昭和34)年の天覧試合にはいろいろと意味があった・・・。
日本の戦後の歴史においても、
プロ野球という存在においても・・・ですね。
まあ、いい・・・それについてグダグダと記す必要は、もーないのでしょー・・・汗。

現役時代のユニフォーム。
やっぱ、胸番は欲しいなー。

あまりにも有名なシーン。
大パネルになっていました。
長嶋さんの引退とともに、当時はプロ野球も終わる・・・廃れるのではないかと噂されていた言います。
戦後、さまざまなスポーツが隆盛しました。
それぞれのスポーツにスター・ヒーローが現れ、人気を博したのですが、
そのヒーローの引退・没落とともに、
そのスポーツも下火になっていったという経緯がすでにありました。
プロ野球もその道を辿る可能性も大いにあったはずです。
そんな世情の声に対して、
発せられた言葉が「永久に不滅」だったのでしょー。
たしかに実際には「我がジャイアンツは~~」とおしゃっていますが、
当時は「ジャイアンツ=プロ野球」は同義語(お?)ですから、
「絶対に野球を廃れさせない」という長嶋さんの決意表明でもあり、「これからもよろしく」という世間への宣言でもあったのでしょうねー。
「よろしくお願いしまーす」という言葉は、
後ちの自身の国民栄誉賞受賞の挨拶を東京ドームで行った時も、
ご病気の後遺症が残る中でもおしゃってましたからね。
長嶋さんほど、
野球の隆盛と今後を気にかけていた方もいないのでしょー。きっと。

それだけに、
現役を引退した翌年から監督として、このユニフォームの袖に腕を通しました。
こちらのユニフォームも復刻してほしいですね。
SFジャイアンツとの間に何か問題があるのでしょーかねー。

こちらも監督時代のユニフォームですね。

90と33と、そして3。
いいねー。カッコイイねー。
皆様は何番が一番好きなんですか??

そしてナガシマジャパン。
アテネの時の日本代表には、思い入れがあるなー。笑。

あれから・・・22年ですか・・・
光陰矢の如しですね。
・・・はああ・・・(ため息)


ちなみにこの時は「侍ジャパン」という名称はありませんでした。
ユニフォームも「アマチュア日本代表」のデザインを踏襲したものとなってましたね。

長嶋さんのVTRに皆さん、釘付け。
平日の本日は、ボチボチの入り。
車を押している方もいれば、
障がい者の方もいらっしゃる。
概ね、年齢層は「かなり」高めですね。
今の世の中、高齢者は若者の敵として肩身の狭い思いをしておりますが・・・
皆様の人生も長嶋さんの背中とともにあったのですね。
あの頃は、
みんな若かった。
若い皆様も歳を必ずとるのだけどなー・・・。
まあ、いい・・・。

国民栄誉賞受賞の際のユニフォームと「金のバット」

こ、こ、これが陛下からくだされる授与証書ですか。
ホンモノだ。

人の混み具合と、展示物のボリュームがちょうど良いバランスでした。
良い写真もたくさんありました。
さすがです。読売新聞様、報知新聞様。
そーいや、久しくスポーツグラフィティなんて見てないなー・・・
なんでも「消費」されていく世の中で
(スワイプされていく世の中で)
クオリティなんて二の次になってしまっている。
んで、クリエイティブはどんどんAIで「賄われて」・・・
・・・どんな世の中になっちまうんだろ・・・末恐ろしいですね・・・。
まあ、いい・・・
今回の展示会は
全国を巡回するよーですね。
そのあとは、「長嶋茂雄野球記念館」ですかね?? 読売新聞様、報知新聞様。笑。

桜が咲き始めてました。
明日には満開ですかね。
春は毎年、やって来てくれますね。

久しぶりに生ビ。
く〜、美味い。涙出るなー。笑。
隣の席ではリーマンの皆様が打ち上げ?
大きな喪失感の中、
ワシはダッチロール状態。
・・・どうしようかなー・・・

こちらの建物自体、重要文化財です。

ぬぬぬ・・・。
入り口がどこかわからず、迷う。
ぐるっと一周してしまった・・・

ありました。
ようやく辿り着く。
気持ちが急いたせいか、ちょっと苛立ってしまいました。汗。
いい歳して恥ずかしいです。汗汗。

ぐぐぐ・・・。
この打撃フォームのシルエット・・・
昔風ですな。
背中を丸めて、トップの位置も低い。
ボールに対して、いかにバットをレベルにスイングするか?
それに対して、当時の最新の理論がコレ↑だったのでしょうねー。
これより、モーちょい後の時代(それでも数年)だと思いますが、
メジャー(当時は「大リーグ」と言いましたね)では、
「クラウチングスタイル」というのも流行りました。
(極端に屈んで構える)
王さんも、70年代後半くらいの晩年? は、かなり背中を丸めて構えてましたね。
もちろん、現代ではこのような構えの人はほぼいません。
真っ直ぐ立ちますね。
トップの位置もこれ程低くはないですが、
その代わり、手首をくねっとさせる「ラケット打ち」が流行りみたいですね。
ボールに対して、いかにレベルにスイングするかは同じなんでしょう。
ヘッドを効かせるとか、リストが効いているとは、今は言いませんよねー・・・
まあ、いい・・・いきなり、グダグダと・・・汗。

おっしゃる通りです。
ワシも野球によって人生を無駄にしました・・・笑。
今回の展示会、
なんと、撮影は静止画ならオーケーとのこと!
素晴らしいです、さすが讀賣新聞様、報知新聞様です。
誰もが楽しめる、誰でもアクセスできる・・・それがプロ野球の姿ですよね。ハイ。
ネトフリ、早速解約しました。ハーイ。

こちらは入団時の長嶋さんのグラブだそーです。
かなり古いですねー。

こちらは大学時、当時の新記録8号ホームランを打ったバットだそーです。

こちらは再びグラブ。
こうして並べると、グラブの進化もわかりますね。
右↑くらいの時代だと、ワシも馴染みがある雰囲気ですね。
今のグラブの進化はホント素晴らしくて、
はめているだけで、スポスポとゴロが入る感じがします。
横も正面、逆シングルだって、最新のグラブでしたら全然アリなんでしょー。

こちらが天覧試合のバット。
先日、しれっとWBCで天覧試合が行われていましたね。
ワシは天覧試合が行われるとしたら、
もっと政治的意味合いも相まって、大ゴトになるのかなーと思っていたのですが・・・しれっと行われました。
まー、
逆に、そんな大ゴトにせずに、しれっと、さらっと、行われて良かったのでしょーね。きっと。
いちいち、編な意味合いを付けられていたら、天皇陛下も大変でしょーしね。
「ただ試合をご覧になられた」それ以上それ以下の意味はなくなった。それで良いのでしょー。
これで、陛下もお気軽にちょくちょくいらしていただければと存じます。
それほど・・・
1959(昭和34)年の天覧試合にはいろいろと意味があった・・・。
日本の戦後の歴史においても、
プロ野球という存在においても・・・ですね。
まあ、いい・・・それについてグダグダと記す必要は、もーないのでしょー・・・汗。

現役時代のユニフォーム。
やっぱ、胸番は欲しいなー。

あまりにも有名なシーン。
大パネルになっていました。
長嶋さんの引退とともに、当時はプロ野球も終わる・・・廃れるのではないかと噂されていた言います。
戦後、さまざまなスポーツが隆盛しました。
それぞれのスポーツにスター・ヒーローが現れ、人気を博したのですが、
そのヒーローの引退・没落とともに、
そのスポーツも下火になっていったという経緯がすでにありました。
プロ野球もその道を辿る可能性も大いにあったはずです。
そんな世情の声に対して、
発せられた言葉が「永久に不滅」だったのでしょー。
たしかに実際には「我がジャイアンツは~~」とおしゃっていますが、
当時は「ジャイアンツ=プロ野球」は同義語(お?)ですから、
「絶対に野球を廃れさせない」という長嶋さんの決意表明でもあり、「これからもよろしく」という世間への宣言でもあったのでしょうねー。
「よろしくお願いしまーす」という言葉は、
後ちの自身の国民栄誉賞受賞の挨拶を東京ドームで行った時も、
ご病気の後遺症が残る中でもおしゃってましたからね。
長嶋さんほど、
野球の隆盛と今後を気にかけていた方もいないのでしょー。きっと。

それだけに、
現役を引退した翌年から監督として、このユニフォームの袖に腕を通しました。
こちらのユニフォームも復刻してほしいですね。
SFジャイアンツとの間に何か問題があるのでしょーかねー。

こちらも監督時代のユニフォームですね。

90と33と、そして3。
いいねー。カッコイイねー。
皆様は何番が一番好きなんですか??

そしてナガシマジャパン。
アテネの時の日本代表には、思い入れがあるなー。笑。

あれから・・・22年ですか・・・
光陰矢の如しですね。
・・・はああ・・・(ため息)


ちなみにこの時は「侍ジャパン」という名称はありませんでした。
ユニフォームも「アマチュア日本代表」のデザインを踏襲したものとなってましたね。

長嶋さんのVTRに皆さん、釘付け。
平日の本日は、ボチボチの入り。
車を押している方もいれば、
障がい者の方もいらっしゃる。
概ね、年齢層は「かなり」高めですね。
今の世の中、高齢者は若者の敵として肩身の狭い思いをしておりますが・・・
皆様の人生も長嶋さんの背中とともにあったのですね。
あの頃は、
みんな若かった。
若い皆様も歳を必ずとるのだけどなー・・・。
まあ、いい・・・。

国民栄誉賞受賞の際のユニフォームと「金のバット」

こ、こ、これが陛下からくだされる授与証書ですか。
ホンモノだ。

人の混み具合と、展示物のボリュームがちょうど良いバランスでした。
良い写真もたくさんありました。
さすがです。読売新聞様、報知新聞様。
そーいや、久しくスポーツグラフィティなんて見てないなー・・・
なんでも「消費」されていく世の中で
(スワイプされていく世の中で)
クオリティなんて二の次になってしまっている。
んで、クリエイティブはどんどんAIで「賄われて」・・・
・・・どんな世の中になっちまうんだろ・・・末恐ろしいですね・・・。
まあ、いい・・・
今回の展示会は
全国を巡回するよーですね。
そのあとは、「長嶋茂雄野球記念館」ですかね?? 読売新聞様、報知新聞様。笑。

桜が咲き始めてました。
明日には満開ですかね。
春は毎年、やって来てくれますね。

久しぶりに生ビ。
く〜、美味い。涙出るなー。笑。
隣の席ではリーマンの皆様が打ち上げ?
大きな喪失感の中、
ワシはダッチロール状態。
・・・どうしようかなー・・・
ぶらり 再び播州へ
再び、播州へ参ります。

途中新幹線が止まりそうになる。汗。
焦ったー。汗。

予定より約1時間遅れ。
ギリ。
今回は天気は良いみたいです。
前回は天気がダメでした・・・それが・・・ね・・・。

やっぱり右だ!!

初日はおかげさまで、とても楽しい1日になりました。
これをなんとか成果につなげていきたいのですが・・・汗。

また行っちゃいました。
前回と全く同じ席。笑。
宿は前回の反省から、しっかり休める宿へ。

2日目は朝イチでちょいと楽しんできます。

お城!
駆け足で一周したが、
やはり、時間が足りませんでしたね。
堪能・・・とまではいかず。汗。
また是非、参りたいですね。
次回はゆっくり観たいです。

午後は市内某所。
しかし、ここで不測の事態発生!!
・・・ort

いろいろなヒントと、課題と、気づきと・・・。
今日も良い1日となったと思います。

今夜のお城はグリーンでした。

旅もそろそろ終わりです。
昨年の後半から駆け抜けた数ヶ月・・・どうなんだろうな・・・?

今回はスタバにはインしません。笑。
帰ります。

途中新幹線が止まりそうになる。汗。
焦ったー。汗。

予定より約1時間遅れ。
ギリ。
今回は天気は良いみたいです。
前回は天気がダメでした・・・それが・・・ね・・・。

やっぱり右だ!!

初日はおかげさまで、とても楽しい1日になりました。
これをなんとか成果につなげていきたいのですが・・・汗。

また行っちゃいました。
前回と全く同じ席。笑。
宿は前回の反省から、しっかり休める宿へ。

2日目は朝イチでちょいと楽しんできます。

お城!
駆け足で一周したが、
やはり、時間が足りませんでしたね。
堪能・・・とまではいかず。汗。
また是非、参りたいですね。
次回はゆっくり観たいです。

午後は市内某所。
しかし、ここで不測の事態発生!!
・・・ort

いろいろなヒントと、課題と、気づきと・・・。
今日も良い1日となったと思います。

今夜のお城はグリーンでした。
旅もそろそろ終わりです。
昨年の後半から駆け抜けた数ヶ月・・・どうなんだろうな・・・?

今回はスタバにはインしません。笑。
帰ります。
I Went To Election4
しばらくは選挙はナイナイと云われてたわりには、ここのところ続いていますねー。
それだけ、激動の時代に入ったんでしょー。きっと。
例えば、「戦後」というと、
日本では1945年以降を指すわけですけど、
世界的にはそれ以降も数々の大戦争をやってきて、
そこは、もーはるか昔の話になっている。
それなのに日本だけは、
いまだに1945年以降の体制と思想を引きずってゴニョゴニョやっている。
日本だけ「戦後時代」をずーっとやっていて、
他の国はとっくに次の時代に進んでいる、っつーね、
そりゃー、世界の潮流から乗り遅れますわな。
30年停滞しますわな。
どうして、そこにスタックされ続けたのか?
(ま、戦後レジームってやつですかねー・・・)
・・・まー、そこには今回はあえて触れませんが・・・汗、
・・・
そして、今はまた、
新しいワールド・オーダーが出来あがろうとしている時なのでしょーねー。
今後、どのような世界になっていくのか・・・。
今度こそ乗り遅れるわけにはいきません。
対応できるように、今から体制作りをバシバシやっていかなくてはいけないわけなんでしょー。
そりゃー、できれば安定多数・絶対安定多数がほしいですよね。
もちろん、
結局、誰が実はパルパティーンなのか?
それは今のワシらにわからんし、
正解を知っているのは後世の歴史のみですが、
その意味では、選挙という形でしっかり注視していくしかないのでしょう。
今できることは、ね。汗。
んまー、
それに関して、金がもったいないだの、
時季がどーだのと、言う人もおりますけどねー、
・・・
まー・・・
それら手間やコストを考えれば、
今後、ネット投票がどーとか言われるでしょーねー。
ネット投票が可能であれば、
圧倒的にその手間やコストは省くことはできるだろーからね。
技術的には現段階でも可能なんだろーし、
どーだろーねー・・・
しかし、
やはり、懸念されるのがその投票結果が本当に正しいのか? っつー、公平性っつーの? 正確性っつーの?
デジタルだからこそ、電磁的にパパッと、なにか細工されちゃうんじゃないか? っつー疑念も拭えない。シロウト考えとしてね。
それに加え、
本当にその人が投票した一票なのか? 一人一票は確保されるのか? っつー疑念ね。
(誰か別の人が、その人の分も投票することが可能になるっぽいでしょ)
その意味では、ネット投票になったとしても、
少なくとも投票所には行っていただく(来ていただく)必要は残るのかなー・・・ちゃんと、あなたが投票しましたね、と。
わざわざ行くのなら、意味ないかー?? 汗。
ま、それでも、
地元の投票所だけではなく、出かけた先・勤務先などのどの投票所でも投票はできるようになるのだろうから、
投票する人の負荷を省減できる部分は少なからず、あるのかなー。
とにかく、
投票結果に不正がないこと。そして一人一票は絶対守られなければならない、ってことですねー。
それが「絶対担保」できる形にならないとネット投票もなかなか踏み切れないでしょーかねー・・・汗。
・・・
・・・てか、
あらためて、手元の投票券を見てみると・・・ちょっと、ゾッとする。汗汗。
っつーかさ、
名前しか書いてない。汗汗。
よくよく思い出してみると、
投票所に言っても、これを差し出して、
「お名前に間違いはありませんか?」
と聞かれて、
「ハイ、そーです」
これしかない。
身分証を出して、本人確認など一斎ない。
もちろん、この投票券を持っていることが、その証だということなんだろうけど、
この投票券には顔写真もなければ、年齢すら書かれてない。
つまり、
この投票券を持っていけば、ま、一応、誰でも「自分」として投票ができる、っつー・・・汗汗。
若かろーが、中年だろーが、ジジーだろーが、関係ない・・・。
ま、ま、まさかね・・・汗。
まー、
地方の方なら、
お互いみんな、顔を知っていて、
誰かになりすますなんて、できませんよ、ということなんだろーけど・・・
まー、
もともと選挙区(投票所)っつーのは、
それぞれの地域にあるわけで、お互い顔はわかりますから、という時代の名残なんだろーとは思いますが・・・
そ、そ、それにしても、
今時、どーなんだろうー・・・汗汗。
例えば・・・
なにかの組織が、
投票券を回収して、
ある特定の人物(あるいはグループ)がその投票券を持って、
それぞれの投票所をぐるぐる回っていたりしたら・・・
(例えば「男性っぽい名前」の投票権であれば、とりあえず男性であれば、年齢は関係ないので、それが可能になる・・・)
・・・そんな疑念が生まれてきてしまう・・・汗汗。
よくね、
組織票がどーのとか、言ってますが・・・汗汗。
・・・汗汗。
・・・汗汗。
いや、
ここ日本いおいて、そのような不正はないと信じているが、
信じているが、
そのような疑念が生まれる余地を残しておくのは、
絶対良くないと思いますね。汗。
今時、
免許でもマイナンバーでも、
身分確認はできるんだろーから・・・
そーか・・・昔は、それは技術的になかなかできなかったってことなのかー・・・。
免許は誰でも持っているわけではないし、
マイナンバーなんてなかったし・・・
保険証には顔写真はないし・・・。
(え・・・マイナンバーに反対している人って、そーいうこと??汗汗。・・・いやいや・・・汗汗)
次回の選挙以降の検討課題にしてもらいたいですね。
なんと、
今回はその投票券すら期日前投票には間に合わなかったのですが、
期日前投票所でどのように本人確認するのかと思っていたら・・・
なんと、なんと、
口頭で名前と住所を伝えるのみ、という・・・!!
(地方・地域によって違うのでしょうか??)
・・・ちょっと驚愕の運用方法だった。
運転免許やマイナンバーカードすらいらない、って・・・汗汗。
いやー、
ホント、大丈夫かなー汗汗汗。
令和の時代に、そんなガバガバなことをしている、っつーね・・・汗汗。
・・・
・・・
激動の時代に突入する中で、
これから意見の対立というのは、かなりシビアになっていくと思う・・・。
となると、
多数をとれなかった側は「不正があったのではないか?」という疑念が、今後必ず持たれますから。
(今のアメリカの状態ですね)
自分にとって信じ難いことが起きると、人間っつーのは、そういう疑念=陰謀説を持ちやすいものです。
(え? ワシだけ?? 汗)
ですので、
そのような疑念が生まれる余地はしっかり潰しておく必要があると思いますねー。
ま、ま、・・・
まあ、いい。
マイノリティなワシですが、謹んで投票に行かせていただきます。
それだけ、激動の時代に入ったんでしょー。きっと。
例えば、「戦後」というと、
日本では1945年以降を指すわけですけど、
世界的にはそれ以降も数々の大戦争をやってきて、
そこは、もーはるか昔の話になっている。
それなのに日本だけは、
いまだに1945年以降の体制と思想を引きずってゴニョゴニョやっている。
日本だけ「戦後時代」をずーっとやっていて、
他の国はとっくに次の時代に進んでいる、っつーね、
そりゃー、世界の潮流から乗り遅れますわな。
30年停滞しますわな。
どうして、そこにスタックされ続けたのか?
(ま、戦後レジームってやつですかねー・・・)
・・・まー、そこには今回はあえて触れませんが・・・汗、
・・・
そして、今はまた、
新しいワールド・オーダーが出来あがろうとしている時なのでしょーねー。
今後、どのような世界になっていくのか・・・。
今度こそ乗り遅れるわけにはいきません。
対応できるように、今から体制作りをバシバシやっていかなくてはいけないわけなんでしょー。
そりゃー、できれば安定多数・絶対安定多数がほしいですよね。
もちろん、
結局、誰が実はパルパティーンなのか?
それは今のワシらにわからんし、
正解を知っているのは後世の歴史のみですが、
その意味では、選挙という形でしっかり注視していくしかないのでしょう。
今できることは、ね。汗。
んまー、
それに関して、金がもったいないだの、
時季がどーだのと、言う人もおりますけどねー、
・・・
まー・・・
それら手間やコストを考えれば、
今後、ネット投票がどーとか言われるでしょーねー。
ネット投票が可能であれば、
圧倒的にその手間やコストは省くことはできるだろーからね。
技術的には現段階でも可能なんだろーし、
どーだろーねー・・・
しかし、
やはり、懸念されるのがその投票結果が本当に正しいのか? っつー、公平性っつーの? 正確性っつーの?
デジタルだからこそ、電磁的にパパッと、なにか細工されちゃうんじゃないか? っつー疑念も拭えない。シロウト考えとしてね。
それに加え、
本当にその人が投票した一票なのか? 一人一票は確保されるのか? っつー疑念ね。
(誰か別の人が、その人の分も投票することが可能になるっぽいでしょ)
その意味では、ネット投票になったとしても、
少なくとも投票所には行っていただく(来ていただく)必要は残るのかなー・・・ちゃんと、あなたが投票しましたね、と。
わざわざ行くのなら、意味ないかー?? 汗。
ま、それでも、
地元の投票所だけではなく、出かけた先・勤務先などのどの投票所でも投票はできるようになるのだろうから、
投票する人の負荷を省減できる部分は少なからず、あるのかなー。
とにかく、
投票結果に不正がないこと。そして一人一票は絶対守られなければならない、ってことですねー。
それが「絶対担保」できる形にならないとネット投票もなかなか踏み切れないでしょーかねー・・・汗。
・・・
・・・てか、
あらためて、手元の投票券を見てみると・・・ちょっと、ゾッとする。汗汗。
っつーかさ、
名前しか書いてない。汗汗。
よくよく思い出してみると、
投票所に言っても、これを差し出して、
「お名前に間違いはありませんか?」
と聞かれて、
「ハイ、そーです」
これしかない。
身分証を出して、本人確認など一斎ない。
もちろん、この投票券を持っていることが、その証だということなんだろうけど、
この投票券には顔写真もなければ、年齢すら書かれてない。
つまり、
この投票券を持っていけば、ま、一応、誰でも「自分」として投票ができる、っつー・・・汗汗。
若かろーが、中年だろーが、ジジーだろーが、関係ない・・・。
ま、ま、まさかね・・・汗。
まー、
地方の方なら、
お互いみんな、顔を知っていて、
誰かになりすますなんて、できませんよ、ということなんだろーけど・・・
まー、
もともと選挙区(投票所)っつーのは、
それぞれの地域にあるわけで、お互い顔はわかりますから、という時代の名残なんだろーとは思いますが・・・
そ、そ、それにしても、
今時、どーなんだろうー・・・汗汗。
例えば・・・
なにかの組織が、
投票券を回収して、
ある特定の人物(あるいはグループ)がその投票券を持って、
それぞれの投票所をぐるぐる回っていたりしたら・・・
(例えば「男性っぽい名前」の投票権であれば、とりあえず男性であれば、年齢は関係ないので、それが可能になる・・・)
・・・そんな疑念が生まれてきてしまう・・・汗汗。
よくね、
組織票がどーのとか、言ってますが・・・汗汗。
・・・汗汗。
・・・汗汗。
いや、
ここ日本いおいて、そのような不正はないと信じているが、
信じているが、
そのような疑念が生まれる余地を残しておくのは、
絶対良くないと思いますね。汗。
今時、
免許でもマイナンバーでも、
身分確認はできるんだろーから・・・
そーか・・・昔は、それは技術的になかなかできなかったってことなのかー・・・。
免許は誰でも持っているわけではないし、
マイナンバーなんてなかったし・・・
保険証には顔写真はないし・・・。
(え・・・マイナンバーに反対している人って、そーいうこと??汗汗。・・・いやいや・・・汗汗)
次回の選挙以降の検討課題にしてもらいたいですね。
なんと、
今回はその投票券すら期日前投票には間に合わなかったのですが、
期日前投票所でどのように本人確認するのかと思っていたら・・・
なんと、なんと、
口頭で名前と住所を伝えるのみ、という・・・!!
(地方・地域によって違うのでしょうか??)
・・・ちょっと驚愕の運用方法だった。
運転免許やマイナンバーカードすらいらない、って・・・汗汗。
いやー、
ホント、大丈夫かなー汗汗汗。
令和の時代に、そんなガバガバなことをしている、っつーね・・・汗汗。
・・・
・・・
激動の時代に突入する中で、
これから意見の対立というのは、かなりシビアになっていくと思う・・・。
となると、
多数をとれなかった側は「不正があったのではないか?」という疑念が、今後必ず持たれますから。
(今のアメリカの状態ですね)
自分にとって信じ難いことが起きると、人間っつーのは、そういう疑念=陰謀説を持ちやすいものです。
(え? ワシだけ?? 汗)
ですので、
そのような疑念が生まれる余地はしっかり潰しておく必要があると思いますねー。
ま、ま、・・・
まあ、いい。
マイノリティなワシですが、謹んで投票に行かせていただきます。
Born to Rock
やっぱりカッコイイっですなー。
ある意味、なんか奇抜なこととか、派手なことは全くやってないんだけど、
オーソドックスなんだけど、カッコイイ。
でも、
ちゃんとソング・アイディアもある。
(ドゥドゥドゥドゥのとことか、歌詞も自らをパロっててユニーク)
センスあるよねー。
でも・・・若い人が聴いたら、
すごーく、古臭く聴こえちゃうのかな・・・??

「Born to Rock」(2025年:single)
ロックは死んだ・・・まさにこんな時(時代)が来るなんて思いもよらなかったね・・・。
ワシも若けーころは、ロックは永遠だ、ずっーと「若者の音楽」として続いていくものだ、と思っていたもんね。汗。
いやはや・・・
♪
ある人は「ロックは死んだ」と言うだろう。
でも、オレはここで言ってやるよ、あんたら、頭おかしいよって。
この自由の世界でロックしている、ただのジュークボックス少年さ。
たくさんの自由をオレに与えてくれたものは、他にない。それがロックンロールがしてくれたことだ。
ギターを手に入れて、
どうやってプレイするか独学で学んで、
そして今はサイコーの気分だ。
誰も、奪うことはできないぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ロックロールがある限り、オレはロックするぜ。
オレは岩が転げ落ちるようなゴングが鳴らすぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
有名人みたいだぜ。
MTVでやっていた。
オレの隠れた楽しみは、オレのゴシップニュース。
ママは壁から写真を外したもんさ。
壁から落っこちた。
馬小屋で若い種馬が暴れているみたいだぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
オレは星をキスして、金にはツバしてやるさ。
「デッド・オア・アライヴ」がラジオで流れている。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
オレはギターを手にしながら眠る。
もしあんたに曲があるなら、バンドに入ってやってもいいぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ハイ、失敬するよ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
まさにロックするためなら、
オレは旅に出てオレは歌うぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
♪
お身内にご不幸があったリッチー。
ご愁傷様でございます。
心よりお悔やみ申し上げます。
心が癒えたら、
またアルバムを作って、ツアーに出てもらいたいなー。
・・・あ、
このアルバムを作って・・・っつー発想が古いんだなー・・・汗。
ある意味、なんか奇抜なこととか、派手なことは全くやってないんだけど、
オーソドックスなんだけど、カッコイイ。
でも、
ちゃんとソング・アイディアもある。
(ドゥドゥドゥドゥのとことか、歌詞も自らをパロっててユニーク)
センスあるよねー。
でも・・・若い人が聴いたら、
すごーく、古臭く聴こえちゃうのかな・・・??

「Born to Rock」(2025年:single)
ロックは死んだ・・・まさにこんな時(時代)が来るなんて思いもよらなかったね・・・。
ワシも若けーころは、ロックは永遠だ、ずっーと「若者の音楽」として続いていくものだ、と思っていたもんね。汗。
いやはや・・・
♪
ある人は「ロックは死んだ」と言うだろう。
でも、オレはここで言ってやるよ、あんたら、頭おかしいよって。
この自由の世界でロックしている、ただのジュークボックス少年さ。
たくさんの自由をオレに与えてくれたものは、他にない。それがロックンロールがしてくれたことだ。
ギターを手に入れて、
どうやってプレイするか独学で学んで、
そして今はサイコーの気分だ。
誰も、奪うことはできないぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ロックロールがある限り、オレはロックするぜ。
オレは岩が転げ落ちるようなゴングが鳴らすぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
有名人みたいだぜ。
MTVでやっていた。
オレの隠れた楽しみは、オレのゴシップニュース。
ママは壁から写真を外したもんさ。
壁から落っこちた。
馬小屋で若い種馬が暴れているみたいだぜ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
オレは星をキスして、金にはツバしてやるさ。
「デッド・オア・アライヴ」がラジオで流れている。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
オレはギターを手にしながら眠る。
もしあんたに曲があるなら、バンドに入ってやってもいいぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
ハイ、失敬するよ。
ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ
最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
まさにロックするためなら、
オレは旅に出てオレは歌うぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
♪
お身内にご不幸があったリッチー。
ご愁傷様でございます。
心よりお悔やみ申し上げます。
心が癒えたら、
またアルバムを作って、ツアーに出てもらいたいなー。
・・・あ、
このアルバムを作って・・・っつー発想が古いんだなー・・・汗。
Call It What You Want
TESLA(←バンド名ね)のサードアルバム。
「Love Song」(←これ、曲名ね)の大ヒットの後で、力作となっています。
(予算もだいぶいただけたのでしょー)

「Psychotic Supper」(1991年:album)
隠れた名盤といっても良いのではないでしょーか。
♪
オレはあの子が好きだ。
そしてそのあの子もオレのことが好きだってわかっている。
彼女はいつもそこにいる方法を知っているんだ。
なぜなら、彼女はそれだけで嬉しそうなんだ。
でも時々、たまにね、
オレの中で何かが・・・多分、彼女の中でも・・・
あんたにもそんな日があるだろう、
全てが上手くいかなくて。
全然意見も合わなくてさ。
でも、それでも、
きみは上手くいくってわかっているんだ。
これを本当の愛って呼ぼう。
運命だったと言ってもいい。
なんと呼んでもよいよ。まあね。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全て同じさ。
音楽はオレにとっていろんな意味がある。
愛みたいなもんで、できる時にオレはそうする。
すべてがオレであり、これからもずっとそうだ。
それがテキサスから来たこのオレさ。
でも時々、そう、時々だ。
ヤツらがオレをスーパースターみたいに扱い始める。
結局のところ、気をつけないといけないのは、
何が問題かっつーと、
どこにいるかとか、どこから来たとかではなく、
何が言いたいかっつーと、
あんたはどうとでも言えるんだ
ヘビーメタルだろーが、
ハードコアだろーが、
ポップ、パンク、あるいはスラッシュ、
なんてあんたが呼ぼうが、オレには関係ない。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全てミュージックさ。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねーよ。
赤ん坊はゆりかごの中に横たわり、
手の届くところが世界の全てさ。
ボロ布だろうが、ミンクとテンの毛皮だろうが、
誰かの世話が必要。
そうでなければ、路上に投げ出される。
今、母ちゃんは出ていって、家にいない。
父ちゃんは仕事に忙しく、まだ帰ってこない。
土砂降りの雨の中でも、
子どもたちは、世間という嵐に立ち向かわないといけない。
これを特別なこと呼ぼうが、
ある人は運命と言い、ある人は現実と言う。
呼びたいように呼べばいいよ。
そんなのはオレにとっては問題じゃない。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねー。
♪
人は好きなように批評する。
あーだ、こーだ、ね。
要は本質の問題だよね。
・・・って、それが一番難しい。
「Love Song」(←これ、曲名ね)の大ヒットの後で、力作となっています。
(予算もだいぶいただけたのでしょー)

「Psychotic Supper」(1991年:album)
隠れた名盤といっても良いのではないでしょーか。
♪
オレはあの子が好きだ。
そしてそのあの子もオレのことが好きだってわかっている。
彼女はいつもそこにいる方法を知っているんだ。
なぜなら、彼女はそれだけで嬉しそうなんだ。
でも時々、たまにね、
オレの中で何かが・・・多分、彼女の中でも・・・
あんたにもそんな日があるだろう、
全てが上手くいかなくて。
全然意見も合わなくてさ。
でも、それでも、
きみは上手くいくってわかっているんだ。
これを本当の愛って呼ぼう。
運命だったと言ってもいい。
なんと呼んでもよいよ。まあね。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全て同じさ。
音楽はオレにとっていろんな意味がある。
愛みたいなもんで、できる時にオレはそうする。
すべてがオレであり、これからもずっとそうだ。
それがテキサスから来たこのオレさ。
でも時々、そう、時々だ。
ヤツらがオレをスーパースターみたいに扱い始める。
結局のところ、気をつけないといけないのは、
何が問題かっつーと、
どこにいるかとか、どこから来たとかではなく、
何が言いたいかっつーと、
あんたはどうとでも言えるんだ
ヘビーメタルだろーが、
ハードコアだろーが、
ポップ、パンク、あるいはスラッシュ、
なんてあんたが呼ぼうが、オレには関係ない。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全てミュージックさ。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねーよ。
赤ん坊はゆりかごの中に横たわり、
手の届くところが世界の全てさ。
ボロ布だろうが、ミンクとテンの毛皮だろうが、
誰かの世話が必要。
そうでなければ、路上に投げ出される。
今、母ちゃんは出ていって、家にいない。
父ちゃんは仕事に忙しく、まだ帰ってこない。
土砂降りの雨の中でも、
子どもたちは、世間という嵐に立ち向かわないといけない。
これを特別なこと呼ぼうが、
ある人は運命と言い、ある人は現実と言う。
呼びたいように呼べばいいよ。
そんなのはオレにとっては問題じゃない。
共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねー。
♪
人は好きなように批評する。
あーだ、こーだ、ね。
要は本質の問題だよね。
・・・って、それが一番難しい。
Man I Need
若い人の話を聞いて、ジジーは驚愕した。汗。
平静を装うのが精一杯汗汗。
これも時代の為せる事象なんですかねー・・・汗汗汗。

「The Art of Loving」(2025年:album)
♪
ねえ、
私に話して、話して。
私に話して、話して。
なんか、私たちって、失った時間を元に戻そうとしているみたい。
私に話す必要があるんじゃない。
一晩中ボサノヴァをかけて。
まるで誤魔化そうとしているみたいね。
あなたの親友を紹介してよ。
そっちに行って、すぐ仲良くなれるわよ。
衛星だって、そんなに遠くないでしょう。
ホント、あなたはどこにいるっていうの??
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
あなたも同じように思っていてくれたらいいな。
でも、時々そうじゃないなと思うのよね。
ねえ、同じように考えましょうよ。
行間を読ませるようなことはやめてちょうだい。
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
話してよ。話してよ。話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
ンンー・・・ンンー・・・
ンンー・・・
♪
ワシらはなんのために生きてきたんじゃ・・・汗汗。
平静を装うのが精一杯汗汗。
これも時代の為せる事象なんですかねー・・・汗汗汗。

「The Art of Loving」(2025年:album)
♪
ねえ、
私に話して、話して。
私に話して、話して。
なんか、私たちって、失った時間を元に戻そうとしているみたい。
私に話す必要があるんじゃない。
一晩中ボサノヴァをかけて。
まるで誤魔化そうとしているみたいね。
あなたの親友を紹介してよ。
そっちに行って、すぐ仲良くなれるわよ。
衛星だって、そんなに遠くないでしょう。
ホント、あなたはどこにいるっていうの??
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
あなたも同じように思っていてくれたらいいな。
でも、時々そうじゃないなと思うのよね。
ねえ、同じように考えましょうよ。
行間を読ませるようなことはやめてちょうだい。
私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。
なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。
話してよ。話してよ。話してよ。話してよ。
ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。
ンンー・・・ンンー・・・
ンンー・・・
♪
ワシらはなんのために生きてきたんじゃ・・・汗汗。












