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絵を見る 20世紀を生きたワイエス。その絵画の真髄とは? 

今年のGWは前半は天気がちょっとアレでしたけど、
ようやく快晴になりました。



久々に絵画展。
↑こちらに参りました。
絵画展自体、ホント、久々だなー。



こちらの美術館は、なんと開館して100年だそーです。
へー、素晴らしいね。

100年かー・・・
100年前は大正15年であり、昭和元年でもありますね。
(昭和元年は1週間くらいしかない)
つまり、今年は昭和でいくと昭和100年ということになりますね。
昭和っつーのは、日本の歴史の中でも屈指の激動期となりました。
この100年、本当にいろいろありました。
その評価さえまだ定まっていないし、
詳らかにされてない部分もまだまだあるし・・・
歴史というには、まだまだ生々しいのでしょうねー。
・・・次の100年はどうなるのかなあ・・・

ぶっちゃけ、不安しかない。

まあ、ワシにはカンケーないか・・・

まあ、いい。

また、いきなり話が逸れた・・・。




アンドリュー・ワイエス
わしは、過去に何度か観ていて、わりと好きなんですかねー。
ワシの中でも、まだ評価が定まってない。汗。
多分・・・観るのは3回目くらいかなー。
今までは、ちょっと小さめの場所で開催されてきたけど、
ここまで大きな会場での展覧会は初めてじゃないかなあ。
世間でも徐々にその評価を上げているところでしょーか。

20世紀のアメリカを生きたという意味では、
例えばウォーホルと同世代と言っても良いのでしょうか。
(ウォーホルの9歳上)
ウォーホルとは対照的に、
地味? 保守的? ミニマム? ・・・人によっては「つまらん」と思う人もいるのでしょうか?
ちなみに、20世紀という同時代性という意味で言えば、
ワイエスはロックウェルの13歳下、
ホッパーとはその25歳下になります。

ワイエスとは
ひたすら、自分の身近な世界をたんたんと? 粛々と? 描き続けた画家・・・っぽく見えましたねー。
こうして拝見させていただくと、
「外からの評価」をまるで気にしていない、気にならない、
ひたすら「内なる欲求」にのみに従って題材を選んでいたように見えます。
自分の描きたいモノを描く、っつーね。
それが必然と、自分の想い入れのあるモノ、ヒト、コト、風景、っつーね。
わりと日本人なら、こーいう世界観好きな気がします。
オレは百獣の王様だー! っつーギッシュな顕示欲より、
市井の中で粛々と生きています・・・みたいな。汗。
(あ、令和の時代は違いますかねー・・・オレがお前をロンパーしてやる、みたいなギッシュ汗)

まあーアレだね、
ワシが見る限り、ワイエスは絶対「モノを捨てられない」タイプだね。きっと。笑。
自分の周りにあるモノ、ヒト、コトに執着、そして愛着があるからこそ、捨てられない、っつーのかなー・・・。
逆に言えば、自分の「肌感覚」が絶対、っつーか・・・
「世間の物差し」よりも自分がどー感じるかが大事(絶対)というタイプなんでしょーかー・・・汗。

わかるわかる笑。
ワシがそういうタイプというワケではないのだが、
そういう人、たくさん見てきた。笑。

まあ、
ある意味、自分の見える範囲の視界、自分が感じる範囲の肌感覚が世界の全てであり・・・アーティストなどに「〇〇ハンターイ」という人が多いのもそのせいなんでしょーねー・・・汗。
その自分の感じる絶対の感覚がある・・・だからこそ「表現したい」っつー、創作意欲にもつながるわけで、ね・・・。



今回の展覧会は、
3階(だったかな)のフロアは撮影オーケーでした。





こうした日常の中にも「想い」を見つけて、形として構築していく。
何気ない姿として見せているが、きっとかなりの「省略」と「再構築」が画面の中にあるのでしょー。

また「油」ではない「水彩」を選んでいる(好んでいる)のもミソなのかも知れないですね。
自分(ワイエス)には、水彩の淡々としたところが合う、みたいな。
油だと描きすぎてしまう=語りすぎてしまう、みたいな。
ゴリゴリゴリゴリね。
アーティストは時に語りすぎてしまうものなのですが、そこを回避しているところが、きっとワイエス絵画のミソであり、キモなんでしょーねー。
そんなところも、ワシ的には良いです。

・・・良いですが、

この何気なさを構築した画面から・・・だからこそ? ・・・逆に? ・・・ワイエスの情念みたいなのがヒシヒシと伝わってきます。
このモノ、この家、この何気ない日常に想いを寄せるワイエスの情念みたいなものが・・・。
この瞬間という「今」を手放したくない~・・・っつーね。

・・・ワイエスは絶対「モノを捨てられない」タイプだね。きっと。笑。(←本日2度目)

んまー・・・ちょっと・・・今のワシには・・・個人的感想としては、ちょっと(ポップの反対語として)ヘビーに感じたな・・・わかるだけに(勝手な個人的感想ですが)・・・汗汗。


その中で異彩を放っていたのが、こちらでしょーかー。



知人(モデル)のクリスティーナ・オルソンが亡くなった際に描いたそうがだ、逆にワイエスの深い哀しみが伝わってきます。
タイトルが「薄氷」・・・氷・・・そして水・・・

ワイエスはクリスティーナが亡くなった1968年、そして1969年に氷、そこから溶け出す水を題材にして描いてます。



「氷塊 I」(1968年)



こちらが「浮氷」(1969年)

氷と水・・・
これは仏教の中では表裏一体のモチーフとして例えられることがあるのですが・・・つまり彼女の死も生の一部である(生も死の一部である)と、
彼女への永遠の想いみたいなのが伝わってきます。
薄い氷に「生」への儚さ(すぐ溶けてしまう)を感じつつ、
氷と水っつーのは一体であり、生と死も同じである・・・と。
氷も水も一体=だから生も死も同じで=衆生も仏も同じっつーね・・・。
肉体という塊(氷)を失っても、そこから出でた魂(水)は存在しているし、巡り巡って(?)また再び氷となってその姿を現すこともある・・・っつーね。汗汗。
ワイエスがそういった精神世界に傾倒していたのかは知りませんが・・・汗。

「衆生本来仏なり、水と氷の如くにて、水を離れて氷なく、衆生の外に仏なし」

ワシには「薄氷」の画面右上あたりに、埋葬される人の姿のようなものが見える気がするのだが・・・汗汗。
(十字架にも見えなくもない・・・え? 見えない?? 汗)
つまりこれはクリスティーナの埋葬シーンでもある、っつーか・・・ね汗。

まあ、いい・・・。
幻覚が見えるとは、ワシもいよいよヤバイ・・・笑。

解説によると、
もともとワイエスは、父の突然の事故死から画家になったと言います。
その突然のショックが・・・その後のワイエスの周辺・身近なモノへの執着・愛着となったのでしょうねー。
ワイエスのプライベートなことは何も知りませんが、
きっと死・喪失・消えてしまうモノ・コトに対して、すんごく考え、怯え、すんごく人知れず悩み哀しみ、苦しんだこともあったのかも知れません。
それが、この整然と構築した画面から、そこ知れず伝わってくるペイソスとしてワイエス絵画の下地となっているのかも知れませんねー。そう思いました。
ワシがヘビーに感じたのもそこなんだと思います。

大量生産、大量消費の20世紀のアメリカ(まー日本もね)という世界を生きたワイエス。
21世紀に入った現代はさらに・・・何事も瞬時に生成され、瞬時にスワイプ(?)されていく。
この世界をワシらは生きていかなくてはいけない。
いやはや・・・人間はどうなっていくのでしょう・・・汗。
ぶっちゃけ、不安しかない。(←本日2度目)

まあ、ワシにはカンケーないか・・・

まあ、いい。



美術館を出て、不忍池の方へ。
天気も良く、たくさんの人。



このあたりも、いろいろと懐かしいなー・・・。
最近は来ることも少なくなってましたね。
初めて上野に来たのはいつだったかな・・・ふと、そんなことも考える・・・思い出せない。汗汗。

こういう景色・風景を見るのも大事ですね。
東京も100年で大きく変わってしまいましたが・・・
いや、この10年でもだいぶ変わってしまったのですが、
この池だけは、この水面だけは100年前と変わらないのですね。
この水面は100年間、時代を写してきたということになりますね。



足を伸ばして、こちらへ。



都民になんだか「ポイント?」が都から配られて、
そのポイントで入館しました。
東京都、金あるなー。
このアプリを入れさせて何をしたいんじゃ~?? 笑。
金が余っているなら、どうか有用な使い方をしていただきたいものですねー。
困っている人はたくさんいます。



さらに足を伸ばして、こちらへ。
こちらはクラフトビールだそーです。
最近はビールのことを考えると、涙が出ます。笑。
歳をとったな・・・

もう捨てな、いかんなー・・・いろいろと。汗。
若けーころは、
それこそ、何もかもかなぐり捨てる・ぶん投げる力・勢いがあったけど・・・汗汗。
もー、今はそのパワー・気概すらないなー・・・いかんなー。嘆。



人生の投げっぱなしジャーマン! 笑。
あ、ワシはいつも投げられるほうね。
(受け身を取るほうが難度が高い)

もー、これ以上受け身は取れません・・・って。笑。

SAKURA SAKURA 2026

春ですねー。
今年は「盛り」の時期に雨がつづいたので、
今日になってしまいました。





もう葉桜ですね。
ちょっと残念です。



でも、みなさん、
お花見を楽しまれていました。
良き日です。



来年もまた桜は咲いてくれますから。
ですよね??

こちらまで、足をのばしてみました。



やっぱり葉桜ですねー。



夕映と桜もいいですね。

G Talk-172 あの頃はみんな若かった。長嶋さんの背中にあったものとは?

本日はこちら。



こちらの建物自体、重要文化財です。



ぬぬぬ・・・。

入り口がどこかわからず、迷う。
ぐるっと一周してしまった・・・



ありました。
ようやく辿り着く。
気持ちが急いたせいか、ちょっと苛立ってしまいました。汗。
いい歳して恥ずかしいです。汗汗。



ぐぐぐ・・・。

この打撃フォームのシルエット・・・
昔風ですな。
背中を丸めて、トップの位置も低い。
ボールに対して、いかにバットをレベルにスイングするか?
それに対して、当時の最新の理論がコレ↑だったのでしょうねー。
これより、モーちょい後の時代(それでも数年)だと思いますが、
メジャー(当時は「大リーグ」と言いましたね)では、
「クラウチングスタイル」というのも流行りました。
(極端に屈んで構える)
王さんも、70年代後半くらいの晩年? は、かなり背中を丸めて構えてましたね。
もちろん、現代ではこのような構えの人はほぼいません。
真っ直ぐ立ちますね。
トップの位置もこれ程低くはないですが、
その代わり、手首をくねっとさせる「ラケット打ち」が流行りみたいですね。
ボールに対して、いかにレベルにスイングするかは同じなんでしょう。
ヘッドを効かせるとか、リストが効いているとは、今は言いませんよねー・・・

まあ、いい・・・いきなり、グダグダと・・・汗。



おっしゃる通りです。
ワシも野球によって人生を無駄にしました・・・笑。

今回の展示会、
なんと、撮影は静止画ならオーケーとのこと!
素晴らしいです、さすが讀賣新聞様、報知新聞様です。
誰もが楽しめる、誰でもアクセスできる・・・それがプロ野球の姿ですよね。ハイ。
ネトフリ、早速解約しました。ハーイ。



こちらは入団時の長嶋さんのグラブだそーです。
かなり古いですねー。



こちらは大学時、当時の新記録8号ホームランを打ったバットだそーです。



こちらは再びグラブ。
こうして並べると、グラブの進化もわかりますね。
右↑くらいの時代だと、ワシも馴染みがある雰囲気ですね。
今のグラブの進化はホント素晴らしくて、
はめているだけで、スポスポとゴロが入る感じがします。
横も正面、逆シングルだって、最新のグラブでしたら全然アリなんでしょー。



こちらが天覧試合のバット。
先日、しれっとWBCで天覧試合が行われていましたね。
ワシは天覧試合が行われるとしたら、
もっと政治的意味合いも相まって、大ゴトになるのかなーと思っていたのですが・・・しれっと行われました。
まー、
逆に、そんな大ゴトにせずに、しれっと、さらっと、行われて良かったのでしょーね。きっと。
いちいち、編な意味合いを付けられていたら、天皇陛下も大変でしょーしね。
「ただ試合をご覧になられた」それ以上それ以下の意味はなくなった。それで良いのでしょー。
これで、陛下もお気軽にちょくちょくいらしていただければと存じます。

それほど・・・
1959(昭和34)年の天覧試合にはいろいろと意味があった・・・。
日本の戦後の歴史においても、
プロ野球という存在においても・・・ですね。

まあ、いい・・・それについてグダグダと記す必要は、もーないのでしょー・・・汗。



現役時代のユニフォーム。
やっぱ、胸番は欲しいなー。



あまりにも有名なシーン。
大パネルになっていました。

長嶋さんの引退とともに、当時はプロ野球も終わる・・・廃れるのではないかと噂されていた言います。
戦後、さまざまなスポーツが隆盛しました。
それぞれのスポーツにスター・ヒーローが現れ、人気を博したのですが、
そのヒーローの引退・没落とともに、
そのスポーツも下火になっていったという経緯がすでにありました。
プロ野球もその道を辿る可能性も大いにあったはずです。
そんな世情の声に対して、
発せられた言葉が「永久に不滅」だったのでしょー。
たしかに実際には「我がジャイアンツは~~」とおしゃっていますが、
当時は「ジャイアンツ=プロ野球」は同義語(お?)ですから、
「絶対に野球を廃れさせない」という長嶋さんの決意表明でもあり、「これからもよろしく」という世間への宣言でもあったのでしょうねー。
「よろしくお願いしまーす」という言葉は、
後ちの自身の国民栄誉賞受賞の挨拶を東京ドームで行った時も、
ご病気の後遺症が残る中でもおしゃってましたからね。
長嶋さんほど、
野球の隆盛と今後を気にかけていた方もいないのでしょー。きっと。




それだけに、
現役を引退した翌年から監督として、このユニフォームの袖に腕を通しました。

こちらのユニフォームも復刻してほしいですね。
SFジャイアンツとの間に何か問題があるのでしょーかねー。



こちらも監督時代のユニフォームですね。



90と33と、そして3。
いいねー。カッコイイねー。
皆様は何番が一番好きなんですか??



そしてナガシマジャパン。
アテネの時の日本代表には、思い入れがあるなー。笑。



あれから・・・22年ですか・・・
光陰矢の如しですね。
・・・はああ・・・(ため息)





ちなみにこの時は「侍ジャパン」という名称はありませんでした。
ユニフォームも「アマチュア日本代表」のデザインを踏襲したものとなってましたね。



長嶋さんのVTRに皆さん、釘付け。
平日の本日は、ボチボチの入り。
車を押している方もいれば、
障がい者の方もいらっしゃる。
概ね、年齢層は「かなり」高めですね。
今の世の中、高齢者は若者の敵として肩身の狭い思いをしておりますが・・・
皆様の人生も長嶋さんの背中とともにあったのですね。
あの頃は、
みんな若かった。
若い皆様も歳を必ずとるのだけどなー・・・。

まあ、いい・・・。



国民栄誉賞受賞の際のユニフォームと「金のバット」



こ、こ、これが陛下からくだされる授与証書ですか。
ホンモノだ。



人の混み具合と、展示物のボリュームがちょうど良いバランスでした。
良い写真もたくさんありました。
さすがです。読売新聞様、報知新聞様。
そーいや、久しくスポーツグラフィティなんて見てないなー・・・
なんでも「消費」されていく世の中で
(スワイプされていく世の中で)
クオリティなんて二の次になってしまっている。
んで、クリエイティブはどんどんAIで「賄われて」・・・
・・・どんな世の中になっちまうんだろ・・・末恐ろしいですね・・・。

まあ、いい・・・

今回の展示会は
全国を巡回するよーですね。
そのあとは、「長嶋茂雄野球記念館」ですかね?? 読売新聞様、報知新聞様。笑。



桜が咲き始めてました。
明日には満開ですかね。
春は毎年、やって来てくれますね。



久しぶりに生ビ。
く〜、美味い。涙出るなー。笑。

隣の席ではリーマンの皆様が打ち上げ?
大きな喪失感の中、
ワシはダッチロール状態。
・・・どうしようかなー・・・

ぶらり 再び播州へ

再び、播州へ参ります。



途中新幹線が止まりそうになる。汗。
焦ったー。汗。



予定より約1時間遅れ。
ギリ。

今回は天気は良いみたいです。
前回は天気がダメでした・・・それが・・・ね・・・。



やっぱり右だ!!



初日はおかげさまで、とても楽しい1日になりました。
これをなんとか成果につなげていきたいのですが・・・汗。



また行っちゃいました。
前回と全く同じ席。笑。
宿は前回の反省から、しっかり休める宿へ。



2日目は朝イチでちょいと楽しんできます。



お城!
駆け足で一周したが、
やはり、時間が足りませんでしたね。
堪能・・・とまではいかず。汗。
また是非、参りたいですね。
次回はゆっくり観たいです。



午後は市内某所。
しかし、ここで不測の事態発生!!
・・・ort



いろいろなヒントと、課題と、気づきと・・・。
今日も良い1日となったと思います。



今夜のお城はグリーンでした。



旅もそろそろ終わりです。
昨年の後半から駆け抜けた数ヶ月・・・どうなんだろうな・・・?



今回はスタバにはインしません。笑。
帰ります。

雪が降った

朝起きたら雪。
慌てて公園へ行ってきました。















寒い。寒い。

I Went To Election4

しばらくは選挙はナイナイと云われてたわりには、ここのところ続いていますねー。
それだけ、激動の時代に入ったんでしょー。きっと。

例えば、「戦後」というと、
日本では1945年以降を指すわけですけど、
世界的にはそれ以降も数々の大戦争をやってきて、
そこは、もーはるか昔の話になっている。
それなのに日本だけは、
いまだに1945年以降の体制と思想を引きずってゴニョゴニョやっている。
日本だけ「戦後時代」をずーっとやっていて、
他の国はとっくに次の時代に進んでいる、っつーね、
そりゃー、世界の潮流から乗り遅れますわな。
30年停滞しますわな。
どうして、そこにスタックされ続けたのか?
(ま、戦後レジームってやつですかねー・・・)
・・・まー、そこには今回はあえて触れませんが・・・汗、
・・・
そして、今はまた、
新しいワールド・オーダーが出来あがろうとしている時なのでしょーねー。
今後、どのような世界になっていくのか・・・。

今度こそ乗り遅れるわけにはいきません。
対応できるように、今から体制作りをバシバシやっていかなくてはいけないわけなんでしょー。
そりゃー、できれば安定多数・絶対安定多数がほしいですよね。

もちろん、
結局、誰が実はパルパティーンなのか?
それは今のワシらにわからんし、
正解を知っているのは後世の歴史のみですが、
その意味では、選挙という形でしっかり注視していくしかないのでしょう。
今できることは、ね。汗。


んまー、
それに関して、金がもったいないだの、
時季がどーだのと、言う人もおりますけどねー、
・・・
まー・・・
それら手間やコストを考えれば、
今後、ネット投票がどーとか言われるでしょーねー。
ネット投票が可能であれば、
圧倒的にその手間やコストは省くことはできるだろーからね。
技術的には現段階でも可能なんだろーし、
どーだろーねー・・・

しかし、
やはり、懸念されるのがその投票結果が本当に正しいのか? っつー、公平性っつーの? 正確性っつーの?
デジタルだからこそ、電磁的にパパッと、なにか細工されちゃうんじゃないか? っつー疑念も拭えない。シロウト考えとしてね。
それに加え、
本当にその人が投票した一票なのか? 一人一票は確保されるのか? っつー疑念ね。
(誰か別の人が、その人の分も投票することが可能になるっぽいでしょ)

その意味では、ネット投票になったとしても、
少なくとも投票所には行っていただく(来ていただく)必要は残るのかなー・・・ちゃんと、あなたが投票しましたね、と。
わざわざ行くのなら、意味ないかー?? 汗。
ま、それでも、
地元の投票所だけではなく、出かけた先・勤務先などのどの投票所でも投票はできるようになるのだろうから、
投票する人の負荷を省減できる部分は少なからず、あるのかなー。

とにかく、
投票結果に不正がないこと。そして一人一票は絶対守られなければならない、ってことですねー。
それが「絶対担保」できる形にならないとネット投票もなかなか踏み切れないでしょーかねー・・・汗。

・・・
・・・てか、
あらためて、手元の投票券を見てみると・・・ちょっと、ゾッとする。汗汗。

っつーかさ、
名前しか書いてない。汗汗。

よくよく思い出してみると、
投票所に言っても、これを差し出して、
「お名前に間違いはありませんか?」
と聞かれて、
「ハイ、そーです」
これしかない。
身分証を出して、本人確認など一斎ない。
もちろん、この投票券を持っていることが、その証だということなんだろうけど、
この投票券には顔写真もなければ、年齢すら書かれてない。
つまり、
この投票券を持っていけば、ま、一応、誰でも「自分」として投票ができる、っつー・・・汗汗。
若かろーが、中年だろーが、ジジーだろーが、関係ない・・・。

ま、ま、まさかね・・・汗。

まー、
地方の方なら、
お互いみんな、顔を知っていて、
誰かになりすますなんて、できませんよ、ということなんだろーけど・・・
まー、
もともと選挙区(投票所)っつーのは、
それぞれの地域にあるわけで、お互い顔はわかりますから、という時代の名残なんだろーとは思いますが・・・

そ、そ、それにしても、
今時、どーなんだろうー・・・汗汗。

例えば・・・
なにかの組織が、
投票券を回収して、
ある特定の人物(あるいはグループ)がその投票券を持って、
それぞれの投票所をぐるぐる回っていたりしたら・・・
(例えば「男性っぽい名前」の投票権であれば、とりあえず男性であれば、年齢は関係ないので、それが可能になる・・・)
・・・そんな疑念が生まれてきてしまう・・・汗汗。
よくね、
組織票がどーのとか、言ってますが・・・汗汗。
・・・汗汗。
・・・汗汗。
いや、
ここ日本いおいて、そのような不正はないと信じているが、
信じているが、
そのような疑念が生まれる余地を残しておくのは、
絶対良くないと思いますね。汗。

今時、
免許でもマイナンバーでも、
身分確認はできるんだろーから・・・
そーか・・・昔は、それは技術的になかなかできなかったってことなのかー・・・。
免許は誰でも持っているわけではないし、
マイナンバーなんてなかったし・・・
保険証には顔写真はないし・・・。
(え・・・マイナンバーに反対している人って、そーいうこと??汗汗。・・・いやいや・・・汗汗)
次回の選挙以降の検討課題にしてもらいたいですね。

なんと、
今回はその投票券すら期日前投票には間に合わなかったのですが、
期日前投票所でどのように本人確認するのかと思っていたら・・・
なんと、なんと、
口頭で名前と住所を伝えるのみ、という・・・!!
(地方・地域によって違うのでしょうか??)
・・・ちょっと驚愕の運用方法だった。
運転免許やマイナンバーカードすらいらない、って・・・汗汗。

いやー、
ホント、大丈夫かなー汗汗汗。
令和の時代に、そんなガバガバなことをしている、っつーね・・・汗汗。

・・・
・・・
激動の時代に突入する中で、
これから意見の対立というのは、かなりシビアになっていくと思う・・・。
となると、
多数をとれなかった側は「不正があったのではないか?」という疑念が、今後必ず持たれますから。
(今のアメリカの状態ですね)
自分にとって信じ難いことが起きると、人間っつーのは、そういう疑念=陰謀説を持ちやすいものです。
(え? ワシだけ?? 汗)
ですので、
そのような疑念が生まれる余地はしっかり潰しておく必要があると思いますねー。

ま、ま、・・・
まあ、いい。
マイノリティなワシですが、謹んで投票に行かせていただきます。

Born to Rock

やっぱりカッコイイっですなー。
ある意味、なんか奇抜なこととか、派手なことは全くやってないんだけど、
オーソドックスなんだけど、カッコイイ。
でも、
ちゃんとソング・アイディアもある。
(ドゥドゥドゥドゥのとことか、歌詞も自らをパロっててユニーク)
センスあるよねー。
でも・・・若い人が聴いたら、
すごーく、古臭く聴こえちゃうのかな・・・??



「Born to Rock」(2025年:single)

ロックは死んだ・・・まさにこんな時(時代)が来るなんて思いもよらなかったね・・・。
ワシも若けーころは、ロックは永遠だ、ずっーと「若者の音楽」として続いていくものだ、と思っていたもんね。汗。

いやはや・・・


ある人は「ロックは死んだ」と言うだろう。
でも、オレはここで言ってやるよ、あんたら、頭おかしいよって。
この自由の世界でロックしている、ただのジュークボックス少年さ。
たくさんの自由をオレに与えてくれたものは、他にない。それがロックンロールがしてくれたことだ。
ギターを手に入れて、
どうやってプレイするか独学で学んで、
そして今はサイコーの気分だ。
誰も、奪うことはできないぜ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ

最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

ロックロールがある限り、オレはロックするぜ。
オレは岩が転げ落ちるようなゴングが鳴らすぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ


有名人みたいだぜ。
MTVでやっていた。
オレの隠れた楽しみは、オレのゴシップニュース。
ママは壁から写真を外したもんさ。
壁から落っこちた。
馬小屋で若い種馬が暴れているみたいだぜ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ

オレは星をキスして、金にはツバしてやるさ。
「デッド・オア・アライヴ」がラジオで流れている。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。
オレはギターを手にしながら眠る。
もしあんたに曲があるなら、バンドに入ってやってもいいぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

ハイ、失敬するよ。

ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥー
ドゥドゥドゥドゥ

最初のギターを手にしたとき、
オレはマジでスターになるって思ったんだ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。

まさにロックするためなら、
オレは旅に出てオレは歌うぜ。
オレはロックのため・・・
オレはロックのために生まれてきたんだ。


お身内にご不幸があったリッチー。
ご愁傷様でございます。
心よりお悔やみ申し上げます。

心が癒えたら、
またアルバムを作って、ツアーに出てもらいたいなー。
・・・あ、
このアルバムを作って・・・っつー発想が古いんだなー・・・汗。

Call It What You Want

TESLA(←バンド名ね)のサードアルバム。
「Love Song」(←これ、曲名ね)の大ヒットの後で、力作となっています。
(予算もだいぶいただけたのでしょー)



「Psychotic Supper」(1991年:album)

隠れた名盤といっても良いのではないでしょーか。


オレはあの子が好きだ。
そしてそのあの子もオレのことが好きだってわかっている。
彼女はいつもそこにいる方法を知っているんだ。
なぜなら、彼女はそれだけで嬉しそうなんだ。

でも時々、たまにね、
オレの中で何かが・・・多分、彼女の中でも・・・
あんたにもそんな日があるだろう、
全てが上手くいかなくて。
全然意見も合わなくてさ。
でも、それでも、
きみは上手くいくってわかっているんだ。

これを本当の愛って呼ぼう。
運命だったと言ってもいい。
なんと呼んでもよいよ。まあね。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全て同じさ。


音楽はオレにとっていろんな意味がある。
愛みたいなもんで、できる時にオレはそうする。
すべてがオレであり、これからもずっとそうだ。
それがテキサスから来たこのオレさ。

でも時々、そう、時々だ。
ヤツらがオレをスーパースターみたいに扱い始める。
結局のところ、気をつけないといけないのは、
何が問題かっつーと、
どこにいるかとか、どこから来たとかではなく、
何が言いたいかっつーと、
あんたはどうとでも言えるんだ

ヘビーメタルだろーが、
ハードコアだろーが、
ポップ、パンク、あるいはスラッシュ、
なんてあんたが呼ぼうが、オレには関係ない。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては全てミュージックさ。

共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねーよ。


赤ん坊はゆりかごの中に横たわり、
手の届くところが世界の全てさ。
ボロ布だろうが、ミンクとテンの毛皮だろうが、
誰かの世話が必要。
そうでなければ、路上に投げ出される。

今、母ちゃんは出ていって、家にいない。
父ちゃんは仕事に忙しく、まだ帰ってこない。
土砂降りの雨の中でも、
子どもたちは、世間という嵐に立ち向かわないといけない。

これを特別なこと呼ぼうが、
ある人は運命と言い、ある人は現実と言う。
呼びたいように呼べばいいよ。
そんなのはオレにとっては問題じゃない。

共産主義だろーが、自由主義だろーが、
ある人は大海と呼び、ある人は大洋と呼ぶ。
呼びたいように呼べばいいよ。
オレにとっては違いはないよ。
何も違わねー。


人は好きなように批評する。
あーだ、こーだ、ね。
要は本質の問題だよね。
・・・って、それが一番難しい。

Man I Need

若い人の話を聞いて、ジジーは驚愕した。汗。
平静を装うのが精一杯汗汗。
これも時代の為せる事象なんですかねー・・・汗汗汗。



「The Art of Loving」(2025年:album)


ねえ、
私に話して、話して。
私に話して、話して。

なんか、私たちって、失った時間を元に戻そうとしているみたい。
私に話す必要があるんじゃない。
一晩中ボサノヴァをかけて。
まるで誤魔化そうとしているみたいね。
あなたの親友を紹介してよ。
そっちに行って、すぐ仲良くなれるわよ。
衛星だって、そんなに遠くないでしょう。
ホント、あなたはどこにいるっていうの??

私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。

なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。

ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。


あなたも同じように思っていてくれたらいいな。
でも、時々そうじゃないなと思うのよね。
ねえ、同じように考えましょうよ。
行間を読ませるようなことはやめてちょうだい。

私があなたを放っておけないのはわかっているでしょう。
うん。あなたは私のもの。
もうすでにたくさんのコトと時間をあなたに許しちゃったわ。
そんなに考え込まないで。
ただ来て、カレになってくれればいいの。

なにが欲しいか言ってよ。言ってほしいの。
あなたに「最高」って言われるのが好きなの。
どんな話でもいいわ。さあ。
あなたがカレになってくれるか知りたいの。
ねえ、話してよ。話してよ。

話してよ。話してよ。話してよ。話してよ。

ねえ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。ねえ。ねえ。
さあ、話してよ。話してよ。
カレになってほしいのよ。ねえ。
話してよ。話してよ。
カレになって、なって、なって、なって、なって。

ンンー・・・ンンー・・・
ンンー・・・


ワシらはなんのために生きてきたんじゃ・・・汗汗。

Runaway Horses

今年は午年ですねー。笑。



「Runaway Horses」(1989年/album)

「Heaven Is a Place on Earth」の大ヒットを受けてのサードアルバムですね。
1989年かー・・・良い時代でしたねー。汗汗。


今夜は眠れない。
すごく動揺している。
ねえ、風がまた変わったわ。
どこからか真っ直ぐに
あなたがやってきた。
行ったことのないところへ
連れていってくれる。
突然、私の全てのフェンスが打ち壊し、
人生の手綱が断ち切られたの。

走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。


この旅の中で、
全てが変わる。
ここにとどまるものは何もないわ。
真実も変わっていくもの。
夢だって捨てられるものなのよ。
チャンスは毎日訪れるわ。
私はあなたと一緒にいたいの。
私たちの運命を祈って。
この不可思議な旅程の中で。

走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。

暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。


目を開いて。
そこは光輝いているわ。
あなたといると、生きているって感じるの。
どんな終わりがあっても、
私たちはまた始めることができるわ。

走りゆく馬たち。
夜通し私たちを連れっていって。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。

暗闇を走りぬけるわよ。
光を探し求めて。
あなたと私。
走りゆく馬に跨って。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。
さあ、しっかりつかまって。

しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって。
しっかりつかまって・・・


老馬も走っていきます
・・・走れるかな・・・
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