46年前、我が家は崩壊してひとりで引越しする羽目に陥った。
恋人はいたが、ふたりでやるにしても母、妹と三人で暮らしていた家の家財は手に余った。
おまけに俺ときたら、生まれてきてやっと二つ目のバイトを始めたばかりってな調子の完璧な世間知らずだった。
当然、免許なんてものもない。さらにはまったく金がない。
親が残していった未払い家賃を払い続けるだけでバイト代のほとんどは消えていたし、
引越す先の最初の払いも恋人の家族に借りていたくらいだったのだ。
そんな俺に全面的に力になってくれたのが大学の友人たちだった。
東北学院大学放送会。
その同級(二年)生、上級(三年)生、そして下級(一年)生のみんな。
とにかく人数がいるクラブだったから助かった。自分で何をしたかも覚えてないくらいだった。
その中に、庄司徳男くん(技術部の一年生)はいた。
何から手を付けていいかもわからずに当日を迎えた俺の前で、「なんだよ、何にもやってねえんじゃねえかよ」と言いつつどんどんことを進めてくれた放送会の奴等。そして荷造りされていったモノたち。運び込まれたトラック。
何tトラックだったんだろう、免許も持たない俺にはまったくわからなかった。
その見覚えのないトラックの運転席にいたのが庄司徳男(あえて呼び捨てにさせてほしい)だった。
ちなみに俺は制作部の二年で、徳男とはそれほど接点はなかった。そんな彼が自分でレンタカーを借りてきてくれたのだった。
こんなのを借りたらいくらかかるんだろう、いくら払えばいいんだろう。そんなことを思いながら、もう荷物も運び終えた、トラックも返しに行く、という段階に至った時、「徳男!いくら払えばいいんだ?」みたいなことを俺は恐るおそる聞いたと思う。
その時の徳男の返事と表情を俺は覚えている。
「いいっすよ!」
明るくそう言って三分目くらいの笑みだけを俺に向けて、とっととトラックを走らせて去ったのだ。
一生かかってもかなわない顔が、はっきりとそこにあった。
明日、そんな男にさよならを言いにかねばならない。
Only the good die young.....世話になった年下に先に逝かれるって、やりきれない。





























