想像で遊び創造で遊ぶ -36ページ目

天使の笑顔

日曜日には街のほとんどの人が教会に行き、

99パーセントお店が閉まるトンガで僕はひどい下痢になった。



日曜日、トンガの首都、ヌクアロファのゲストハウスのベッドで横になり天井を眺めていた。

備え付けの扇風機は僕が破壊してしまい、部屋の隅にころがっている。

熱気に耐えつつ、定期的にやってくるお腹の雷さまに刺激され、トイレに10分おきに駆け込む。





いくぶんお腹がマシになったので、

食べ物を探しにいく。



首都なのに静まりかえった街を夢遊病者のようにほっつきあるき、

ようやく一軒のパン屋さんを見つけた。

おいしそうなにおいがただよっている。



ミートパイをください、

というとお店の女の子が袋にアツアツのミートパイを入れてくれた。





が、熱すぎたミートパイはビニールの袋を溶かしてポテーンと床に転がった。

女の子はすまなさそうに笑って、落ちたミートパイを紙袋につつんで僕にわたしてくれた。

病身の僕は反論する元気もなく、ようやくありつけた食べ物にただ感謝した。







ゲストハウスへの帰り道、

祖母、母、娘とおぼしき3人が遠くから歩いてくる。



近くにきたとき、

僕と同じ歳ぐらいの娘がこっちにむかってニッコリと美しい笑顔で微笑んだ。

フラフラの僕にとって、その笑顔は天使が微笑んでいるのと同等の感じがした。





宿のベッドに横たわって、ミートパイをほおばりながら美しい笑顔を思い出す。

弱っているときは、ささいなことでも元気の源になるのだな、と思った。

偶然の音

日曜日のライブの音源をメンバーがyoutubeにあげてくれたので見ていた。


そうしたら、チビッコの声がたまたま入っていて曲を引き立てていた。

子供はどこでも歌うのだ。




一瞬と永遠だ

パーカッションを叩いている一瞬一瞬と、

家具を作っているとき以外は死体同然だ。

裏を返せば、それらをしているときは最もハイな時間だ。



ハイとロー。



一瞬と永遠。





昨日はライブだった。

楽しかった。

いつも前日練習でハリキリすぎて、ライブ当日にパーカッションを叩くときに手の痛みが残っている、

というジレンマがある。

曲が始まると、痛みはすべて消えてしまう。

痛みは、リズムによってシャットアウトされる。



毎回、同じ曲でも全然違うからおもしろい。

即興のおもしろさが集中と緊張と歓喜をもたらす。





何かを作るという行為は、

排出でもあるけど、

自分が何か別のものになってしまうような感覚がある。

吐きそうになる

夕方、友達から電話があって

別の友達がやっている柔術道場にて人手が足りないらしく、急遽見学に行った。





のんびり見学するつもりが、

いきなり道着に着替えさせられ、

わけのわからないままレクチャーを受けることになった。





格闘技未経験の僕は道着を着るとなかなかサマになっているらしく、

鏡で自分の姿を見てニヤッとなった。





ブラジル体操などをしてアップしてから、

いきなり技の練習。



体の使い方ひとつでこんなに簡単に人を転がしたりできるものなんだなあ、と思った。

最後になぜか軽くスパーリング3分×3回。





技もクソも知らない僕は、必死で関節をきめられないようにするのだけど、

ケチョンケチョンにやられる。

視界には星が見えるし、息があがって吐きそうになった。









傍から見ていると地味な感じの柔術だけど、

実際にやるとめちゃくちゃおもしろかった。

体のちょっとした使い方がクライミングに似ているな、と思った。





見学者

先週、知り合いの所へ職場体験に来ていた建築関係の19歳学生が、

僕の工房にも見学にやってきた。



仕事道具・工具などを見せてあげた。

木をはこぶのをついでに手伝わせる。





途中で制作放棄した、ワークチェア(自分のための椅子)を分解して、

構造やホゾの組み方などを見せてあげる。





わかったのかわからないのか、

学生は気のない返事。



部屋に入れ、お茶を淹れてあげて家具の構造や制作手順や設計想像図などを見せてあげた。







見学にこられるというのは恥ずかしいもので、

たいしたことのない自分がさらに恥ずかしくなった。

だけど、ちょっぴり誇らしい気分にもなった。