消えてしまった人々のこと
小さいころ、いっぷう変わった人達が何人かいた。
リョーちゃんは、第二次世界大戦から生きて帰ってきたのはいいけど、
少しアタマをやられてしまった。
戦争から帰ってきて一度も着替えたことがないかのような服を着てずっと、ずっと散歩している。
子供たちはみんな、なぜか、
「リョーちゃん、今なんじー?」と聞く。
「い、いまか、い、いまは3時や。」とうれしそうに答えるのだ。
一度リョーちゃんを怒らせてしまったばかりに、2時間くらい追いかけられた。
ジュンちゃんは、右手を猫のように折り曲げて、びっこをひきながら散歩していた。
いつも笑顔だった。
友達が夏祭りで調子にのって、水の入った風船ヨーヨーをジュンちゃんの股間にあてたばかりに、
ジュンちゃんに追いかけられた。
ドウサクさんか、マタさんかどちらかは忘れたけれど、
怒らせると鎌をもって追いかけてくるという逸話がある。
然るべき世に存在するはずの人々は、
不自然に皆、消えてしまった。
なぜだろう。
世界には深い海と高い山があるように、人間にも然るべき存在がいなくては、と思う。
平均化。
遺伝学的に考えても、ニンゲン・ホモサピエンスの先はあまり長くないのかな。
生物は変態を生み出しながらきびしい環境に適応できるよう、進化してきたというのに。
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スナイダー、ちょっとした詩のこと
詩、昔はとても退屈だった。
本の詩、退屈な歌詞。
でも、
ボブ・ディランが、「Don`t think twice, it`s all right.」とうたい、たったこのひとつのフレーズが心を揺する。
ボブ・マーリーが、「Everything`s gonna be all right.」とうたったから救われた。
短い、言葉にはときおり奇跡のような内容物を含んだものがある。
友達がくれた本、尾崎放哉の句集にそれはちりばめられていたり、
詩人として唯一好きなゲーリー・スナイダー、そういう言葉をつむぎだす。
「バケツの凹みをたたいていると
啄木鳥(キツツキ)が
森のなかから応えてくれる」
「バケツの凹み」と題されたこの詩、もしくはスナイダーが行った行為。
たった3行になんともいえないいい感じがある。
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南軍将軍のこと
どうやら、僕はあのころのアメリカ文学から漂ってくるあの感じが好きらしい、ということを改めて思った。
あのころというのは1950年代~1960年代のことだ。
遠い国の夢のような世界。
憧れと嫌悪が同居しているような矛盾した思いを抱かせる。
もしもそのころに生きていたとしても、
きっとマジョリティの人々とは仲良くはなれなかっただろうな、とも思う。
クルーカットのスクエア(スポルツメン)でも夏草の蔦が絡みついたようなヘアースタイルのヒッピーでもなく。
だけど、あのころの匂いが好きだ。
可能性と広がり。
一瞬と永遠。
ブローティガンのこの作品、
そういう匂いがしてくる。
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このジャケが素敵だ。
ところどころ途切れたようなフォント。
スタンド・バイ・ミーで悪ガキがオープンカーに乗りながらバットで根こそぎ殴り倒していた、銀のデカいポスト。
胡散臭い服装で顔と不釣合いな体型のかっこつけている、作者のブローティガン。
正気と狂気が同居した世界。
もしくは、最後の正気の時代だったのかもしれないけど。
それとも狂気の時代の始まり?
狂気の世界から抜け出して、
友達と騒いで、バカみたいに笑った次の日には涙をながし、
その次の日には遠くに旅立つ。
旅先ではやけに崇高なことを考えたり、話したり。
そんなときがあったけれど、そろそろいつもの道に最後は帰らなければと最後には思う。
それを思い出させてくれる。
アメリカの最果ての地での寂しいような、楽しいような、そういう話。
焚き火のこと
仕事柄、焚き火をよくする。
火はなんかい見ても興味深い。
このような美しいものを初めて見た人間はいったいどんな気持ちだったのだろう。
燃えきっていない木を集めたり、炭を集めたりするのに一本の棒きれを使う。
ただの棒きれだけど、ずっと使っている。
先端はちょっとづつ燃えてしまい、黒くなってしまっている。
今日の光は彩度が非常に高かった。
新緑はあふれんばかりに視覚に飛び込み、
上をみあげるとあおすぎる空。
足元では火がちらちらと燃えている。
藪に隠れていたヤマバトが空にとびたつ。
家の横の川には犬の死骸。
裏の森にフクロウがいるのか、夜、ホウホウとけっこうな間隔で聴こえてくる。
眠たくなって意識が落ちかける頃、ホウ
少し目がさめる。
また意識が落ちそうになる頃、ホウホウ。
アイルランドのこと
アイルランドはいつか行ってみたい国のひとつだ。
初めての海外旅行、一泊目、ドミトリーに泊まった。
南国らしく白と碧色で壁がペイントされ、天井では真っ白なファンがまわっている。
そこにはドイツ人とアイルランド人が泊まっていた。
3人でヒンドゥーのお寺を見に行く。
次の日、ドイツ人が旅立ち、
その次の日、アイルランド人が旅立っていった。
外出していた僕が宿に帰ると、ベッドの上にぽつんと食べかけのパンが置いてあった。
蒸し暑いドミトリーの、スプリングがやわらかすぎる2段ベッドの上で、ぐるぐるまわっているファンを見ながらパンを食べた。
別の日、またアイルランド人がやってきた。
ジェームスと名乗ったそいつは、赤ら顔で骨太な見るからにアイリッシュだ。
ドミトリーの外にでると、プールサイドでジェームスがオレンジジュースを飲みながらガイドブックを見ていた。
横に座って、どこに行くの?なんていう会話をしていると、
「お前も飲むか?」とオレンジジュースを勧めてきた。
その瞬間、こいつはいいやつだ!と単純な思考が働き、親近感が湧いた。
「俺は明日、カヌーツアーに出かけるんだ」と興奮気味に話す彼と一緒に連れ立って、
街をブラブラ。
どうしてもカレーが食べたい、と言い張るので二人でパキスタン人のやっている「インド」カレー屋に行った。
観光客向けのぼったくりカレー屋で味もイマイチ。
失敗した顔をしているジェームスに「おいしくないね」、
「うん、あんまりだ」。
次の日の夜、出かけていた僕が宿に帰ってくるとベッドの上に紙がある。
そこには、
「Best of luck on your travels!! James」
Good Luckではなくて、Best of luck。
とても素敵な言葉がノートの切れ端にはしり書きしてあった。
そのおかげかどうか知らないけれど、たくさんのBest of luckがあった。
だからいつかアイルランドに行きたい、と思っている。
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