見るもののこと
ここ最近の空は青い。
でも青さが足りない。
ちょっと高い山に登ると信じられないぐらい空が青い時がある。
かすんだ空の下で暮らすのは、なんだか損している気分になる。
とても日差しの強いところへ行くと、明るいというよりはむしろ暗く見える。
あの感覚はとても不思議だ。
街灯のないところで、新月で、足元もなにも見えない暗い小さな町を手探りで歩く。
上をみたら見たこともないぐらい星があった。
お盆に里帰りして、
夜、真っ暗な仏間で眠っていた。
ふと目が覚めると仏壇の前に白い人間のシルエットがあった。
無人島でひとりでスノーケリングをしてたらいきなり太陽が顔を出して、
コントラストと彩度がとても強い世界に変わった。
田植えの季節、夕方に山の上から下界を見下ろすと、
太陽が田んぼにたくさん反射して地上が水没したように見えた。
夏の夜に山の上から下界を見下ろすと、
あちらこちらで自分より下の位置で、花火があがっていた。
思ったより小さく見えるものだ。
どこかにいきてえな。
里山のこと
田舎に住んでいるわりには自然がものたりない今日このごろ。
ちょっとだけの時間、家にあったDVD、NHKスペシャルの「フィンランド里山紀行」を20分ほど見た。
緑の数がとても多くて、家の周りの敷地の広大さがとてもいい感じ。
フィンランドの森はほとんどが人間が手を加えて作ってきたもの。
それを有効に活用したり、
クマやいろいろな鳥やフクロウたちと一緒にくらしている。
木を尊敬をこめて利用したり、
木を家に飾ったり、
昔の日本人がやっていたようなことを普通にやっていた。
とあるおじいさんの家のすぐ横に一本の白樺があって、
その木の洞にフクロウがある日巣ずくりを始めた。
「私はフクロウが大好きだったから、うれしくて心臓が止まりそうだったよ。
その日は本当に嬉しくてその白樺の下で眠った。
耳をすまして本当にここにフクロウがいるのかを何回も確かめながらね。」
で、そのフクロウの映像があったけど、フクロウの子供が寄り固まってかわいい。
おじいさんの喜びがまたいい。
草むらに寝ころんでとてもとても大きな木を眺めるおじいさんとおばあさんは、
本当の人間だった。
現在の日本の人工林はお金のためにつくられ、
時間がたって様々な問題で放棄されている。
昔から利用されてきた雑木林は荒れている。
調和をわすれた人々は、自然の何たるかがわからないし、
もっとも大切な美意識がない。
種々雑多な木々の美しさを感じる心より、
のっぺりとした、紅葉さえしない杉林・檜林に涎をながす様はとても無様な印象をうける。
美意識を忘れた人間は、醜く見えるし、その人の目を見れば濁っている。
エコノミックアニマルと言われはじめてから、なんだか日本は殺伐とした雰囲気になっているなあ。
日本の大自然はとうの昔になくなってしまった。
もうちょっと歩みをおそめてみようと思う。
生み出すものがないこと
お盆あたりから、何かを創り出す気力がだんだんと消えていった。
先週にそれはピークになり、
地獄の苦しみとなって自分をおそった。
ここに書くべき言葉さえもなかったし、
頭には靄のようなものがずっとまとわりついてすべてがくもって見えていた。
土曜日は久しぶりにスタジオに入った。
最近はメンバー全員がそろうのがなかなかない。
適当にジャムって、
最後は1時間ほど延々とみんなで演奏をする。
目を閉じれば音のかさなりとかビートとかリズムとかが形となって脳の中で音楽になる。
ほんの0コンマ数秒に入れる、スラップ音が抜群にかっこよかったり、
みんなの昂ぶりが音となり、テンションが同調していく心地よさ。
目を閉じていても太鼓の場所はわかるし、
演奏したいリズムが自然と出てくる。
本当に気持ちよい演奏で、
「あー」とか「うー」とか叫びそうになる。
最後は手が変な色に変色して、痛みが骨まできた。
やってるときは痛みより音への集中がすごいな、と思った。
昨日はみんな神がかってた気がした。
ナチュラル・音楽プレイ・ハイ。
こんな感じでライブできたらおもしろいだろうなと思った。
おそろしい話のこと
お盆が終わって、
いきなり涼しくなった。
頭が少し正常に戻り、「はっ」と気づくと仕事がかなり遅れていた。
先週から怒涛の忙しさ。
最近の小さな幸せは、
早めにお布団に入り音楽を聴いて本を読むこと。
音楽は8割同じ音楽。
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ガルバレク、ヘイデン、ジスモンチのトリオが奏でる最高の音楽。
ジスモンチの雨のようなギターのうしろでヘイデンのベースが忘れかけたころに現れる。
ガルバレクのサックスが澄んだ空気のように流れる。
時おり消え入りそうな音や、誰かが鼻歌を歌っていたり、
最後の曲をメキシコかどこかのジイサンが孫と聴きながら毎日涙したとかしないとか。
とりあえずこれを聴きながら読書。
今読んでいるのはこの音楽には全く似つかわしくない話。
日本最大の獣害である、大正期に起こったヒグマによる村人惨殺事件の話。
この話をモデルにした小説を吉村昭が書いている。
吉村昭は事実を小説に仕立て上げる天才だ。
このおそろしい話を暖かい布団にくるまって読む。
魂彷徨のこと
日・常があって、そこでほとんどの人が生きていて、
誰が決めたか知らないような決まり事とか、
こうあるべきであるという考えがある。
何かがそうあるべきなのは、
誰かがそう決めたもので、
自分で決めたものではない。
生きるのは自分で自分のルールをつくるべきで。
(ここでいうルールとは自分を律したり守るべき堅苦しいものではない)
そういうものを押し付けられるものほど、苦しいものはないだろう。
そういうときはひとり心の中でつぶやく。
「僕は、自由に楽しく生きたいだけなのに・・・」
インスピレーションで生きるのは、
ある意味ではとても難しい。
インスピレーションで創造された音楽のすばらしい音。
こういった音は心臓の鼓動がなぜかとても強くなる。
そしていてもたってもいられない。
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