想像で遊び創造で遊ぶ -22ページ目

音を出す日々のこと

今週末から、3週連続ライブが始まる。


1週目は京都北白川で、

2週目は地元で音楽フェス、

3週目は京都新風館で。


明日明後日はスタジオ練習。

日曜日のライブはメンバーが2人ほど出られないので、

リズムのキープは僕の役割。



ウェザー・リポートを聴いて気分を盛り上げようとするも、

上手すぎて残念な気持ちになった。


アンドリュー・バードを聴いて自分をなぐさめる。

が、マーティン・ドッシュのここでの堅実でポイントをついたドラミングはなかなかに気持ちがいい。

バードのメロディとバイオリンと口笛が湿っぽい夜にはなかなかあっていた。




友達からアサラトという楽器を買う。

一年前に作っておくれと頼んでおいて、ようやく自分のものが手に入った。

シャカシャカと楽しい。


中古ギターを買う。

珍しい1979年製ギターシンセサイザーにつないで、

ピヨピヨと音出し。



感情を一番すなおに表現できる楽器は、

やっぱり太鼓かな、それも手で叩くやつ。


にしてもこのウェザーのCD安すぎるなあ。

2枚組みだのに。




8:30/Weather Report
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アームチェア・アポクリファ/アンドリュー・バード
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種をまくこと

種をまいた。


この前のブログで書いたいっぷう変わったレタスの他に、

二十日大根、

大根、

小松菜。



種をまき終わったあとにじょうろで水をやる瞬間が好きだ。

大きくなれよー、と思いつつ水をかける。


他にもまきたい種はたくさんあるけど、

それはまた今度にとっておこう。

冬野菜の主役の白菜もあるし。




本がここ最近いっきに増えた。

本屋さんで3冊ほどと、

アマゾンで6冊ほど。


奇跡的におもしろい本はこの中にあるのだろうか。



奇跡的に面白い本のひとつで僕の心のバイブル、

ジョン・クラカワーの「荒野へ」がなんと映画化。

映画名は、原題そのままに「In to the wild」。

ハードカバーで買って、

なぜか文庫になってからも買ってしまった秀作。


なんとしてでも見に行きたいな。


荒野へ/ジョン クラカワー
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秋晴れのこと

今日は秋晴れだった。


空がスコーンと青い。



きれいだけどもの寂しい感じ。

これが秋。


夜はもう寒い。



大学の時を思い出した。

学校で友達としょうもない話を暗くなるまで外でしてた。


昼間暑いから半そでで、夜にバイクで家に帰るときはガタガタ震えてた記憶がよみがえる。

会いたい人がいっぱいいる。




小田実の「HIROSHIMA」を読んだ。

最後は狂っていた。

戦争で狂っていた。

人間は狂っている。

世界は狂っている。

それが正常なのかもしれない。

それは誰も知らない。


それは僕達のことでもある。



ガルシア・マルケスの、歯が3、4本しかない背中に羽の生えた天使のじいさんの話を読む。

この本、まだ途中だけど、でてくる舞台は絶望的に寒村ばかりで、

希望があるのかないのかわからないけれど、

美しいものもいっぱいでてくる。




世界を変えたおそろしい爆弾から、歯のぬけた奇跡すら起こせない天使のじいさん。


エレンディラ (ちくま文庫)/ガブリエル ガルシア・マルケス
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十五夜のこと

今夜は十五夜の次の日だから、十六夜になる。

空がとても明るくて、夜友達の家へちょっと行く。


いく途中の小高い丘の上からは、遠くの山々とかひときわ明るい星が見えてとてもきれいだった。



いつもの夜よりだいぶ明るい。




ストリング・チーズ・インシデントがここ数年の心の音楽で、

一年ほど前のライブ音源がたまらなくいい。

昨日のブログで出てきた友達はフジロックでライブを見たらしく、

「どうだった?」と聞いたら、「あれはバケモノだった」という言葉が返ってきた。


CDでさえ感じるジャムバンド特有の高揚感。

1曲目、ウェザーリポートの名曲「バード・ランド」のカバーで始まるライブは、間に別の曲を挟みこんで、

また「バード・ランド」に戻ってくる。

が、この一連の流れは、高揚感というよりはエクスタシー、最高の恍惚感。

なんかいきいても鳥肌がたつ。


最近、聴いて、体がゾクゾクするような音楽が少なくなったなあ。





そういうものを創りたい気持ちは多々あるし、

それに反して人生が終わってもいいという気持ちも多々あるし、

今、あきらかに変化を求めている自分がいる。

ダライ・ラマは人間は自己矛盾を抱えている生き物だと言った。




僕の最高傑作だと思ってあげた絵を、あの国にすんでいるジョンはまだ大事に飾ってくれているだろうか?

ジョンのように歳をとれたらいいな、と思う。

死にそうな顔で悩み事しか持っていなかった僕に、

無条件でやさしくしてくれたあのジョンのように。






睡眠と友達と種のこと

なんともひさしぶりに友達のライブを見に京都まで行った。

1年かそれ以上ぶりに見るそのバンドの成長は、なぜか我が子の成長を見るかのような感じがした。

とても楽しげに演奏するその姿は見ているこちらまでが楽しめる。




友達のバンドとかすべてのバンドが終わってふと横に、ずっといたんだ、2年ぶりに会う友達が。

お互い全く気がつかず。

このライブハウスであいつに会ったなあ、とかちょうど考えてたその時に。



2年ぐらい前に、たまたま出会ったそいつはギタリスト。

その日は別の友達のライブを見るために行ったのに、そいつと閉店間際までずっとしゃべってた記憶がある。


2年ぶりだから話もはずみ、その日演奏した友達の家へ行ってさらに話は弾み、京都の街中を夜中に歩いて、

ちょっぴり学生に戻った気分。

ひさびさにお酒もたしなみ、ちょっぴりいい気分。



泊まらせてもらった友達はなんともいいやつ。

よく手がふるえてるけど、一緒にいるのが心地いい。






街を歩いていて思った。

僕はもう大きな町には住めないだろうと。


空間が狭いから、心が押しつぶされそうになった。

大好きな人たちはいっぱいいるけれど、暮らしを考えれば空とか森とかがたくさん見えるところで、

空気のよどみが少ない田舎で生まれた宿命か、大きく深呼吸ができる場所がいい。




たくさん寝た。

夜9時ごろから寝た。

本を読んでる途中で気がつかずに寝てた。

友達からの電話の音で一回起きた。

うるさいから、ふとんをばっさりかけて、

まだ点いたままの電気を消して朝の途中まで、寝た。




畑にレタスの種をまいた。

フランスうまれ、種の採取地はイスラエル、買った場所は湖北の山里の雑貨屋、まいた場所は僕の家。