『文藝読本ー永井荷風』ー中村 光夫 ●荷風の青春ー⑨
『文藝読本ー永井荷風』ー中村 光夫●荷風の青春ー⑨✪フランスの滞在がたとえ短くとも荷風の夢を充分に満たしたことについては、今さら云うまでもありません。「西洋日誌抄」と「ふらんす物語」とがこの証人です。「現実に見たフランスは見ざるときのフランスよりも更に美しく更に優しかった」とそのなかで彼は云います。しかし現実はどんなに「美しく」また「優しく」とも畢竟(ひつきょう)夢ではありません。人はそのなかで醒(さ)めて生きなければなりません。したがって僕等が人生に希(ねが)う夢は、それが実現されるとき、或る意味では破れてしまうので、夢が現実に所有されることによってもはや夢でなくなったとき、それを裏付ける憧れが強ければ強かっただけ、僕等の心は拠り所を失った空虚に苦しみます。荷風の半生を貫いた無償の憧れの強さは、それがフランスの土を踏んで満たした瞬間に、偽りでない歓喜とともにこの空虚を心の片隅に感じさせたに違いないので、これは四年半にわたるアメリカ滞在が彼を外国の旅に馴れた大人にしてしまったという事実とも順応するものです。「ふらんす物語」の「雲」はこの集中で作者が「小説」と最初に頭註した唯一の作品であり、荷風の全集を通じて見てもすぐれた短篇ですが、その主人公である外交官小山貞吉は---芸術的野心を差し引いた---荷風と大した誤りはないと思われます。外国生活の刺激のなかに青春をすりへらし、人生に退屈の連続以外を見ず、自分の職業はもちろん、恋にも都会のさまざまの快楽にも一夜の無聊(むりょう)の慰めしか見出せなくなっている、聰明で弱気で、そして体裁屋なこのエゴイストは、このような自分の「新しさ」に酔う甘さを持つと同時に、自分の「堕落」をたえず内面に感ずる或る古風な良心の針を持っている点で、漱石の「代助」をはじめ多くの作家の描いた明治40年代のダンデイに共通の特色を持つとともに、作者自身の面影も濃く映しているようです。