『弥縫録』- 陳舜臣 ●左遷
『弥縫録』- 陳舜臣●左遷右と左はどっちが上か?言葉のならべ方でいえば「左右」というぐらいで左が上である。中国では丞相が二人いるときは、左丞相の方が右丞相より上位となっている。礼を尽して賢人を迎えることをーー左を虚しうする。と言ったものである。馬車で賢人を迎えに行く場合、迎えに行く人は右の席にすわり、左側の席を空けておくのである。それに対して右の方が上だという説もある。そもそも人間は右利きが多いように右をたっとばないとならない。その証拠が「左遷」という言葉である。左へ移されるのは降格を意味する。右と左とはどちらが上なのか。中国では考証学者は古くから論じているが、どちらとも言えないという。左も右も、中があってこその話である。中という基準がなければ、左も右もないではないか。もっとも、これを中道派があってこその左派であり右派 であると、政治の話にまちがわれては困る。政治とは関係のない話である。人間にたとえると、背骨の線を基準にしての「中」があり、目も耳も手足も、みな左右にわかれている。手はたいていの人が、右のほうをよく使うが、だかといって、そちらが上と考えてはいけない。左右ににんべんを付けると「佐」と「佑」という字になる。「補佐」「天佑」などの例のように、どちらも「タスケル」という意味で、仲良く助け合いたいものである。