『大人の教養教えます』ー鷲田小彌太
●教養の技術化-②


ゼネラリスト

教養は、常に、ゼネラリストを目指す。器用貧乏ともいうが、万能選手ともいう。

映画も、小説も、ゼネラリストの仕事だ。小説は、政治の世界も、経済の世界も、現存しない世界だって、描くことができる。できなくてはならない。

しかし、小説は、政治のスペシャリストではない。だが、読者にその世界を届けるためには、政治の仕組みや生理を、表現によって技術化できなければなない。簡単に言うと、マンガの一コマ一コマのように、きちんと定着できなければならない。

 

小説家は、創作家としてはスペシャリストだが、その作品が読者に向かう場面においては、いつも、ゼネラリストでなければならない理由が、ここにある。

ベトナム戦争があった。それについて、たくさんのドキュメント、報道、評論、歴史書、映像、・・・・・・・があった。しかし、開高健の『輝ける闇』(新潮社)がなければ、この戦争は、たんなる年代記の一コマとして消えていったかもしれない。それほどに小説の威力は凄いのだ。ゼネラリストの力だ。でも、こんな力技は、本当に稀である。