『弥縫録』- 陳舜臣 ●典型
『弥縫録』- 陳舜臣●典型武術にはカタというものがある。それが基本になるのだ。カタをしっかり習っておかないと上達しない。絵画のデッサンの習練を怠ると、表現すべき芸術的センスがいかに豊かでも、作品となって結ぶことはない。カタはそっくりそのまま学ばねばならない。そっくり同じものを造るためのカタは、殷周の青銅器時代からよく用いられた。貨幣を鋳造するのも、まずカタをつくらねばならない。この種のカタは、木でつくるのを「模」と称し、竹でつくるのを「范(はん)」と呼び、土でつくるのを「型」と名付けた。竹製のカタは、いつの間にか范から「範」に変わった。サンズイがクルマヘンになってしまったのである。木や竹や土でつくつた三つのカタを意味する文字を組み合わせることによって、「模型」や「模範」といったことばが生まれた。模型は実物大にせよ、縮尺にせよ、そっくりそのままでなければならない。またカタはそっくり学ぶお手本であるわけなので、「模範」という意味の由来もうなずける。カタにいれた上、それを囲ってしまえば、「範囲」となり、限られたスペースという意味になる。「範疇」などという難しいことばも、カタから出たものだ。範が范に取って代わったのは誤用による。もともと範は、旅行に出るときのマジナイの儀式のことであった。だからクルマヘンになっている。古代、最も効果のあるマジナイは血であった。犠牲を捧げるのだ。そこで、門出に際して、犬をひき殺し、車輪を血でぬらして、旅行の安全を祈ったという。このシキタリを「範」と称した。それがいつの間にか、カタの范と同じ意味になった。むかし憲法のことを、日本では「不磨の大典」と呼んだ。とこしえに不変のものと考えられたからである。「古典」ということばがあるように、典は不変のモラルを書きしるしたものを意味した。書物をあらわす冊の下に、書台がついている形が典なのだ。不変の刑法を「典型」と称した。これは殷の老成人(老臣)が定めたといわれている。『詩経』のなかに、---老成人無しと雖(いえど)も尚(なお)典型有りという句がある。殷の老臣は亡くなったけれども、彼が定めた典型は厳然として存在して、人間や社会を律しているという意味にほかならない。