『司馬遼太郎が考えたこと』ー司馬遼太郎
●儒教についてー②

✪私は、この本で日本のサラリーマンの原型をサムライにもとめた。そのサムライも発生から数百年間、サラリーマンではなかった。戦闘技術者という、レッキとした、末川さんのいう職業人であったのだ。だから当然、イクサの駆け引きや、刀槍の使い方、戦陣での心得などの 面で、彼らの行動や思考ヒントになる金言が山とあった。

 

ところが、徳川幕府の平和政策は、いちように彼らをサラリーマン化してしまったのである。もはや、刀槍をふりまわす殺人家としての金言は要らない。が、彼らのブッソウなキバは抜いてしまったものの、平凡な俸禄生活者としての公務員に甘んじさせるために何らかの"サラリーマン哲学"が要った。

これが儒教というやつである。その前の時代までは、せいぜい僧侶の知的玩具にしか過ぎなかったこの実用哲学が、ホコリを払ってサラリーマン教範として武士という公務員の上に君臨した。