ヴァーティゴ 著:深見真

著:深見真
幻冬舎 ISBN:978-4-344-81658-9
2009年7月発行 定価945円(税込)

「ヤングガンカルナバル」や「ジーンズ」の深見真による新シリーズ(なのかな?)…、幻狼ファンタジアノベルスという新書の書き下ろし。女刑事が活躍するガンアクションものだけど、舞台は近未来なので、サイバーパンクなSF要素もかなり入っている。さしずめ深見流の攻殻機動隊か、イノセンスかといったところだろう…。
2030年…治安の悪化した東京、警視庁組織犯罪対策第五課の刑事・夏目静香は、元自衛隊海兵隊員の新人警部補・羽柴澪緒とコンビを組むことになり、二人で中国系銃器密売組織を追いかける。二人ともサイバネと呼ばれる機械化の手術を受けており、この時代はサイバネ化は珍しいものではなくなっていた。ある日、捜査中の二人は凄惨な殺人現場に遭遇…それは一課が捜査中の連続バラバラ殺人の新たな犯行現場だった!
機械化してても、生殖機能までは排除していないという設定になっていて、深見真の十八番であるレズ描写をはじめとする性描写はいつもよりも、いっそう過激に描かれている(ページを捲って1枚目のカラー口絵が、主役二人のキスシーンのイラストだし)。レズだけじゃなく、ホモの話も出てくるし、下ネタギャグから、レイプシーンまでエロはふんだんに盛り込まれている。
もちろん、それだけではなく…いつものように銃器描写や格闘技描写もリアルで詳細。ただ、SF要素が入っているので「ヤングガン・カルナバル」みたいに実銃だけにとどまっていないのもこの作品の魅力。しかも…豊平重工製の武器ってことは、これは「ヤングガン・カルナバル」と同じ世界で、その未来の話って事ですか?ファンなら思わずニヤリとしてしまう遊び心が嬉しい感じ。
アクション、SF、エロ以外にも…話のメインは猟奇殺人だったりするので、今まで読んだ他の深見真作品よりも、より推理小説っぽい展開にもなっていて面白かった。自分は読んでないんだけど、昔は富士見ミステリー文庫なんかでも作品を書いてたくらいだから、推理小説的なテイストも意外と得意なのかもしれないね。
本当に「攻殻機動隊」「イノセンス」にそっくりな展開も多少はあったが、近未来の世界観などは、けっこう作り込まれていてわりと独創的で面白い。そこにお得意のサブカルネタなどもうまく融合させ、深見ワールドを形成している。今現在は続編は出ていないようだけど…この世界観、設定を使い捨てにするのはもったいないので、ぜひシリーズ化を検討願いたい。
個人的採点:75点
霧のソレア 著:緒川怜

著:緒川怜
光文社 ISBN:978-4-334-92599-4
2008年3月発行 定価1680円(税込)

第11回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作というものを獲った作品だとかで、帯には有栖川有栖、石田衣良、田中芳樹、若竹七海らの選評が踊る。アクシデントに見舞われた航空機が無事に着陸できるかという話をメインに、政府機関やなんやらの思惑が錯綜する国際謀略ものといった感じの作品。2010年3月に既に文庫化されている模様…。
日本トランス・パシフィック航空73便はバードストライクが原因で、一度はロサンゼルス国際空港に引き返すも、7時間遅れで、成田に向けて出発し…その影響で、テロリストが仕掛けた時限爆弾が太平洋上で爆発してしまい、爆発に巻き込まれ機長を失ってしまった。女性副操縦士の高城玲子はなんとか成田空港へ無事にたどり着こうと、飛行継続、着陸を試みるのだが…。
スケールのでかいハリウッド映画みたいな話なんだけど、航空関係の専門用語がやたらと多いので、“ノンストップ”な内容の割に、ちょっとばかりとっつきにくさがある。登場人物の説明、描写なんかちょっとまわりくどいところがあったし。自分は苦手なんだけど、海外翻訳ものなんかが好きな人なら、すんなりと読めるのではないだろうか?
後半はこの著者の文章にも慣れてきて、作品を楽しむ余裕も出てきた…自衛隊機のスクランブルや、アンノウン(読んでいる読者には正体はわかっています)との戦闘あたりは、かなり手に汗握る感じ。飛行機が着陸できるか、できないかというパニック小説的な部分では、展開は読めちゃうので、アメリカやら日本政府の駆け引きがどういう決着を見せるのかというところで最後まで興味は持続できた。
エピローグ部分で、投げっぱなしに見えた伏線なんかも回収し、一応、どんでん返し的なオチも用意されている。前にDVDで「フライトパニックS.O.S.」って映画を見たことがあって、それは米軍が民間機を誤射してしまい、それを隠蔽するために、さらに撃墜命令まで下しちゃうって話だったんだけど…もっと後味の悪い話だったよねこれ。アメリカ兵による虐殺映像とかyoutubeで見ちゃうと…アメリカ人は本気でこれくらいのことしそうな気もしてくるけどな(笑)
文庫版 霧のソレア
光文社 2010年3月発行 定価740円(税込)
個人的採点:65点
ヒーローの声 飛雄馬とアムロと僕の声優人生 著:古谷徹

飛雄馬とアムロと僕の声優人生
古谷徹:著
角川書店 ISBN:978-4-04-715275-5
2009年7月発行 定価1260円(税込)

久しぶりに小説以外の本を読む…ガンダムのアムロ役でおなじみ、声優の古谷徹の自伝。中身は漫画じゃないんだけど、多くのガンダム漫画を出している角川コミック・エースと同じ版型なんで、漫画の100円コーナーで見つけた。
内容:「機動戦士ガンダム」アムロ・レイ役で知られる声優古谷徹が語るヒーロー列伝。ガンダム秘話をはじめとして、アニメ声優業界の裏側に迫ります。(出版社説明より抜粋)
安彦良和によるイラストや、写真なんかもあるけど、ほとんどは文章。ページ数は190ページ弱といったところなんですけど、ガンダムエースとか買ってる人をターゲットにしているので、中身はサクサク読めます。早い人なら、1時間かからずに読めちゃうくらいの内容。
物心つく前に実父が亡くなっていた…という告白から始まるなど、生い立ちなどもけっこう赤裸々に語っていて興味深い。声優ファンなんかにはよく知られているエピソードで、アラレちゃん役の小山茉美との結婚・離婚、そしてガンダムのミハル役で有名な間嶋里美との再婚の話なども、包み隠さず自分の言葉で語られている。
アニメ好きなら、古谷徹にお世話になっていない人はまずいないだろう…それくらいのベテランなわけで、懐かしの作品から、ガンダム00やワールド・デストラクションといった最近の作品に至るまで、声優仲間やスタッフたちの裏話が読める。
聖闘士星矢の声優交代劇などにもしっかりと触れているし、セーラームーンの現場はハーレム状態だったと嬉しそうに語っているのも愉快。ガンダム00への参加経緯なども、シャア役池田秀一への対抗心もあった正直に漏らすところなども、かえって好感がもてる。
Wikipediaなんかを調べると、それこそ事細かく声優の情報が書き込まれているので、既に知っているような事柄も少なくなかったが、やはりネットで情報として読むよりは、本人の言葉で語られている方が親近感がわくし、それこそ読んでいる文章が、頭の中で置き換えられ、まるで古谷徹がナレーションを聴いているような錯覚を覚えてしまう。
個人的採点:75点
少年テングサのしょっぱい呪文 著:牧野修

著:牧野修
アスキーメディアワークス
ISBN:978-4-04-868080-6
2009年10月発行 定価662円(税込)

電撃文庫のライトノベル…萌え萌え要素たっぷりな表紙なので、いつもならちょっと購入を控えそうだが、なんとホラー作家の牧野修が書いてるではないですか!これはちょっと気になる…ということで、勇気をふりしぼって購入!
邪神ジゴ・マゴに憑依された少年、テングサこと柳原心太は、鈴木地球、通称あっちゃん、佐藤流星愛、通称サトルとつるんでいつもバカ話に華を咲かせる。その日も、行きつけの喫茶店“不眠症”たむろっていると…邪神の生み出した仮想人格の小津ゲスチエと木村ネチカが果し合いの申し込みに現れた!さらに「人を殺してほしい」と訴えるおばさんが、ジゴ・マゴに呪殺の申請にやってきた…。
正直に言うと、よく意味がわからない話…というか設定があまり理解できない。邪神に憑依された高校生の話なんだけど…そもそもその邪神が、なんで人類と遭遇したのかとか、そういった点の説明をまるっきりするつもりがないらしい。いや、説明らしきものはあるんだけど、邪神と人間が遭遇し、色々あって現在の共存関係みたいな世界ができたよって、たった数行で強引に納得させ終わり。
ぜんぜん世界観が理解できないまま、さらに邪神が作りだす仮想人格なるものまで登場するんだけど、これは一応、人のような容姿をしているものもいれば、化け物みたいな場合があったりと…で、普通に人間の社会、高校生の日常に、そういうものが脈絡なく登場し、事件が色々と起きる。
どこにでもいるボンクラ高校生が、邪神の力で、人助けをするとんだと納得すれば、深く追求せずに楽しめるようにはなるんだけど…単純にヒーローものになるんじゃなくて、相手を呪い殺すとかそういう方向にいくのが、普段はホラーを書いてる牧野らしい展開かなと。
イジメを苦に自殺した子供の親が、相手を呪い殺してくれっていうんだけど…実際に女子中学生がとんでもない死に方を。ここで何かに気付いた主人公が事件を調べ始め、あっと驚く新事実がと、ちょっとミステリータッチな展開。バカっぽい文章なのに、唐突に残酷エログロ描写がドーンと出てくるのが妙な味わい。牧野らしくブラックで面白い。
設定がろくに理解できないまま暴走しまくるので、しばし置いてきぼりをくう場面もあるが、後半は、仮想人格の殺し屋とのバトルなどが中心になっていき、物語や設定の核となる秘密も関わってくる。最終的にSFファンタジーっぽいオチが用意されていて、そこはそれでちょっと感動的だったりもする。
わけわかんない作品なんだけど、三バカトリオのバカな駄弁りなんかは、著者自身の高校時代の思い出が色濃く反映されているのではないかと推測。ネタが微妙に古臭く、なんだか親近感がわいてしまい…自分の学生時代なども思い出してしまう。そこが一番、読んでいて面白かったかなぁと。ライトノベルの皮をかぶってますが、牧野作品に親しんでいる人なら、けっこう楽しめるのでは?
個人的採点:65点
告白 著:湊かなえ

湊かなえ:著
双葉社 ISBN:978-4-575-23628-6
2008年8月発行 定価1470円(税込)

S中学校の終業式、一年B組の教室…担任教師の森口悠子が、生徒の前で教職を辞す事を伝えはじめる…その背景には、愛娘の愛美を学校内で起きた不慮の事故が原因で亡くした事が関わっているのではないかと生徒の誰もが感じていた。森口は、教師ってなんだろう?という事柄から様々な自分の気持ちを語り聞かせるのだが、途中でこんな言葉を発する「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです。」と…。
イジメやら復讐やら、屈折した心理、感情がテーマになっているので、話題作、人気作の反面、後味の悪さを指摘する人も少なくなく、賛否両論の様子。自分はブラックな毒がやたら仕込んであるあたりは、嫌いじゃない…根底の発想力は大石圭のホラー小説なんかにも通じるところがあるなぁと。
少年犯罪が起きた時に、少年法なんてなめた法律つくりやがってという、ワイドショーを見て憤る素人コメントのような考えも臆することなく、作品に出しているところなんぞ、親近感すら覚えてしまう。自分の息子可愛さで、モンスターペアレンツ化していく世の中のバカ親、表面しかみていない無能な教師を罵り、小生意気なクソガキ連中の浅知恵を否定、嘲り笑う姿勢も、現代の世相をよく皮肉っていると思う。
さらに、毎章ごとに語り手が変わり、そうすることで事件の新たな真相が明るみになり、新しい事件へと連鎖していくとう構成力なんかも、ミステリーとしては上出来だと思う。最初の発表形態をみると、第一章の教師の告白部分“聖職者”は短編みたいだけど…最初からこういう風にまとめるつもりだったのか?それとも後付けでアイデアを出していったのか、その辺も興味あるけど、よくまとまっていると思う。
ただ、“告白”というだけあって…登場人物たちの語りだけで話が進んでいくのが、読み物としては自分にはちょっと淡泊に感じてしまった。あと、生徒のひとりが行う色々な発明なんかも、物語に深く関わってくるんだけど、天才少年が作ったという表現だけでは弱い気が。小説の描写をまねされて“腹腹時計”代わりにされても困るから、最近は詳しく表現することができないのかもしれないけど…そういうところを逃げないで、描いて欲しい。全員が理解できなくても、それっぽい専門用語なんかをちゃんと書き足すだけで、説得力や雰囲気は増すと思うだよなぁ。
つまらなくはないけど、ベタ褒めするほどでもないかな?この作品がデビュー作だという新人作家さんなので、そういうくくりの中では、悪くないと思います。今後の作品に期待…あと映画版も見てみたいなとは思いました。
文庫版 告白
双葉社 2010年4月発行 定価650円(税込)
個人的採点:65点
ブラックチェンバー 著:大沢在昌【新刊購入】
ブラックチェンバー
大沢在昌:著
角川書店 ISBN:978-4-04-873975-7
2010年3月発行 定価1890円(税込)
久々にハードカバーの新刊購入したので優先して読む…大沢在昌の最新刊「ブラックチェンバー」。ロシアンマフィアから命を狙われた刑事が、ブラックチェンバーと呼ばれる組織にスカウトされ、巨悪に立ち向かう。在昌センセの十八番的なお話的な内容だが、ファンなら安心して読めるかと…。
警視庁組織犯罪対策二課の河合は山上連合とロシアンマフィアが共同経営するストリップバーを内偵中に、拉致されてしまった!河合はマフィアの大物コワリョフを潰そうと躍起になっていたのだが、逆に彼の逆鱗に触れて命を狙われたのだ。そんな窮地を救ったのは、“ブラックチェンバー”と呼ばれる組織。その組織は犯罪絡みのブラックマネーを奪うことで、利益をあげ組織を運営。結果として犯罪の削減につながっているというもの。日本支部の北平と名乗る男からスカウトを受けた河合は、警察組織にいては犯罪を撲滅できないと悟り、ブラックチェンバーへの参加を決意するのだが…。
犯罪を取り締まるために、犯罪者から金をちょろまかして、それを資金にするという集団…正義をなすためには、まずは金がなきゃ、何もできないよってお話ですよね。企業と一緒で、慈善事業をしてるわけじゃないので…肝心なのは利益を得ること。そうすると大きな犯罪に介入するために、利益につながらない小さな犯罪は見逃すこともでてくるわけで…元警察官の主人公は、理屈じゃ仕組みを理解してても、倫理的にそういうところが許せなかったりするわけですよ。終始、そういうジレンマと格闘していくことになる…。
基本、ロシアンマフィアと日本のヤクザが手を組んで、何やら大きな犯罪を企ててるらしいぞというのを探っていく物語…ネタばれになるので、多くは語れないけど、昨年大流行した、とある事柄なんかも物語に大きく関わってくるんだけど、単行本になる前は、もともと経済新聞の連載小説だったとかで…ちょうどアレが騒がれてる頃、連載が終了している。こういうアイデアが出てくるあたりは、ブラックチェンバーの組織云々よりも面白かった。先見の明があったのかな?
ただ、途中でヒント出しすぎ、犯罪の真相をもう少し後半まで引っ張ってもよかったかも?まぁ、そっから先も…チェンバー、ヤクザ、マフィア、警察と色々な組織が入り乱れることで、誰が主人公の敵、味方なのかわからなくなり…追っかけていた犯罪以外にも、そんな秘密があったの?という展開も残してあります。相変わらず、主人公の周りにいるヤクザさんたちが、わりと憎めないヤツが多かったなぁと。
あとは、主人公と同じ組織で、頻繁にパートナーを組む、元朝鮮人の女スヒが、なかなかクールでかっちょいい。北の元工作員という経歴で、機械的な言動ばかりするんだけど…少しずつ主人公に感化されていくあたりが、なんとなくツンデレキャラっぽい(笑)デレまでなかなかいかないんだけど…主人公も初対面でちょっと欲情したから、いつ、いい関係になるのか楽しみだったんだけどなぁ、はたしてどんな関係になるのかな?
個人的採点:70点
漂泊 警視庁失踪課・高城賢吾 著:堂場瞬一

堂場瞬一:著
中央公論新社 ISBN:978-4-12-205278-9
2010年2月発行 定価900円(税込)

仕事帰りに、同僚の醍醐や明神と共に酒を飲んでいた警視庁失踪課の高城賢吾…帰り際にビル火災に遭遇し、その時にバックドラフトに巻き込まれ明神が負傷してしまった!行きがかりで火災の捜査を手伝うことになった高城と失踪課の面々…火災現場から2体の焼死体が発見され、鑑識の調べでどうやら他殺の線が濃厚になるも、うち一体の死体の身元が判明しない。捜査を進めていくうちに、失踪人として捜索願が出ている作家の可能性がでてきて話は思わぬ方向へ…。
ページをめくってまだ数ページなのに、明神が負傷という大波乱の幕開け!捜査中でもないのに、こんな巻き込まれ方って思ってしまうんだけど…その後、火災現場から他殺体が発見されたり…身元不明の死体が、捜索願が出ている失踪人ではないかという事になったりと、意外とミステリアスな方向へ向かう。
さらに、今回は作家が事件に関わっているということで、高城が事情聴取する関係者の中に…かつて鳴沢了シリーズで何度か登場している、編集者の井村が登場する。しかも「鳴沢さんって知ってます?」なんて会話まで始める。ファン受けを狙ったサービスシーンみたいなもんだけど、鳴沢シリーズと、高城シリーズが同じ世界観であることが判明し、もしかしたら鳴沢も出てくるんじゃね?みたいな期待に胸が膨らむんですけど、さすがにそれはなかった。ただ、今後はそういう展開も無きにしも非ず…高城と鳴沢が一緒に会話を交わしているシーンを頭で思い描いてしまう。
明神の一時不在をカバーするように、捜査一課の長野の部下で、これまたひとクセある女刑事が登場するなど…シリーズものとして、今回はなかなか、面白い作品ではないかと思ったんだけど…後半に向かってテンポが失速していくのが、やはり堂場作品らしいなぁと。先述の通り、今回は犯罪小説を書いているミステリー作家が事件の鍵を大きく握っているわけで、 実はこういうタイプの話は、かつて鳴沢シリーズでもあったんですよね。そう、ちょうど編集者の井村が登場し、鳴沢の知合いであった新聞記者兼作家の長瀬(まるで著者の分身のようなキャラ)が物語に大きく関わってくる作品で。
作中でミステリー批判なんかもしたりしてるんですけど、堂場瞬一本人の愚痴ではないかと錯覚してしまう部分も少なくなく、ちょっとそういう描写がくどい。鳴沢シリーズの時は笑って読めたんですけど、さらにそういうのが前面に出てきちゃったなぁと。事件の展開なんかは違うんだけど、作品の印象が似てきてしまった。実は、作品内に登場する作家や編集者、さらには捜査の資料として作品に目を通した刑事達の言葉を借りて、そういうジレンマをやたらと語ってるんですよ。なんかそういうところが余計に引っかかってしまって、肝心な警察ミステリーを楽しむ余裕がなくなってしまった。
個人的採点:65点
TOKYO BLACKOUT 著:福田和代
TOKYO BLACKOUT
福田和代:著
東京創元社 ISBN:978-4-488-02396-9
2008年10月発行 定価1680円(税込)
この作品が発刊された時はまだ新人だったそうだが…最近、何度か名前を見かけた福田和代の本を初めて読んでみる。テロリストの犯行により東京中が未曾有の大停電に…犯人、犯人を追う者、そして停電を復旧させようとする技術屋などが入り乱れて織りなす群像劇スタイルの作品。
8月24日午後4時、東都電力の社員が保守点検中に不審人物と遭遇…犯人たちによって射殺されてしまった。この事件を皮切りに…各地で鉄塔を狙った爆破テロが相次ぎ、電力供給のバランスが崩れてしまう。中央給電指令所のスタッフの努力で、なんとか急場をしのげそうだったのだが…。
電力関係の専門用語の多さと、登場人物がやたら多いので…とっつきにくさはあったんだけれども、電気という生命線が断たれて、東京という街が孤立していく様は、映画版パトレイバーの二作目の首都攻撃みたいでなかなかスリルが味わえた。ただ、後半になると若干ストーリーのテンポが失速気味。やはり登場人物が多いので、あっちこっちに話が広がりすぎて散漫な感じが否めない。
小説として読ませるなら、テロ実行犯の正体をもう少し隠しておくとかしないと…飽きちゃうね。テロの裏に隠された犯人の意図なんかも容易に見ぬけてしまい、東京拘置所や東京都庁を使ったせっかくの見せ場で驚きが少なかった。また、テロリスト一味の外国人たちなんかも…あんなに大それたことしたのに、結局、狙いはそれかよというショボイもの…それこそ、最初の感じじゃハリウッド映画的な派手な展開も期待してたんだけれども、わりと地味だったなぁ。まぁ、発想自体はダイハードと一緒かなぁ(笑)
文章力、文章量は活字として適度な読み応えがあり、エンターテイメントとして申し分ないんだけど、もう少しキャラクターの整理や物語の転がし方が巧くなればという感じ。まだまだ新人さんということだけど、今後はけっこう化ける作家さんなんじゃないかな?機会があれば、他の作品も読んでみたい。
個人的採点:65点
少女ノイズ 著:三雲岳斗

三雲岳斗:著
光文社 ISBN:978-4-334-92589-5
2007年12月発行 定価1785円(税込)

ライトノベル、SF、推理小説と幅広く活躍する三雲岳斗の青春ミステリー…タイトルからあまり内容を想像できず、表紙だけで判断すると、もっとラノベっぽいものかと思ってしまったが、読んでみるとそれなりに推理小説の体裁は整っています。どこか空虚な天才美少女女子高生と、趣味で殺人現場の写真を撮り続ける大学生が様々な事件に挑む連作短編。
Ⅰ Crumbling Sky
准教授の皆瀬梨夏の紹介で予備校でバイトをすることになった大学生の高須賀克志…内容は、一人の少女の専属担当係という奇妙なもの。その担当相手、斎宮瞑は授業を受けるわけでもなく、毎回塾内のどこかでサボってばかりいる問題児。彼女はいったい何者であり、このバイトにどんな意味があるのか?
語り手の大学生とヒロインのファーストコンタクト…いったいこの不思議な美少女は何者なのか?というのを語るのと同時に、主人公の抱えているあるトラウマを冥が見破り解決していくという話だ。
主人公が幼少期に遭遇した奇妙な事件…とある式典に出席した際に、空から何かが降ってきて、目の前で担任教師が死んだというもの。以来、何もないはずの空に恐怖を抱いてしまう。
話を聞いただけで真相にたどり着く瞑…ミステリー的には、そんな卑怯なって感じのオチではあったけど、彼女の推理力を印象付けるための前座みたいなものでしょう。他にもいくつか推理力を発揮するエピソードができたが、どれもお飾りな感じ。結局、一番の読みどころは彼女の正体って事になるのでしょうか…。
Ⅱ 四番目の色が散る前に
趣味の写真を撮るため、殺人事件が起きたレストラン跡地に忍び込んだ高須賀克志は、殺人現場に献花する女子高生と遭遇。被害者も女子高生だったのだが、何か関係があるのか?制服から斎宮冥と同じ学校であることに気づき、瞑に質問をするのだが…。やがて、新たに男子高校生の死体が河川敷で発見され、特徴が女子高生殺しと似ていたため、連続殺人ではないかということになったのだが…。
続けて起きた高校生殺しが…共通して死体の一部が切断されていたことから、同一犯の仕業による連続猟奇殺人ではないかということになり話は進んでいくと…ようやく血なまぐさくなってきました。実は第一の事件の詳細を聞い時点で、真相を看破していたという冥だが…ある一部を読み違えしまい、犠牲者を増やしてしまう。
犯人や動機を示すためにポツリと冥がつぶやく“ABC”という言葉が、読み手にもかなり重要なヒントとなる…高校生でABCというと、アレの事か?と想像しちゃうんだけれども(作中人物にもそういう反応を示す人がいましたし)、そうではなく…ミステリー好きの人だったらもう一つ浮かぶものがあるでしょうって事です。
Ⅲ Fallen Angel Falls
予備校の屋上で自殺をしそうな女子生徒に声をかけた高須賀克志、ある日、予備校内で何者かが机に仕掛けた悪戯により、生徒が手に怪我を負うという事件が発生したのだが、被害者は例の女子生徒だった!さらに、彼女・浦澤華菜は、以前にも駅の階段から突き落とされるというトラブルに見舞われていたらしい。しかし犯人には心当たりがないといい、自分は呪われているからだと話す。いったい彼女に何が起きているのか?高須賀と斎宮瞑は真相を探りだすのだが…。
Ⅱに比べると地味な内容だが…女子高生とバイト大学生が解決する事件としては、このくらいの方が自然なのか?と思うところもあり。一番の読みどころは…ある犯行の直後に現場から逃げ出した、容疑者(犯人)の消失トリック。このあたりをしっかりと読んでいれば、犯人には簡単に到達できるのだが…もうひとひねり秘密が。
登場人物の名前に、多少違和感を感じたけど、そういうオチがあったのか。そんな大胆なトリックまで使って行うほどの犯行なのかなって思うけど…高校生なりの悩みがバックボーンに色々とあり、瞑はそういうところにまで踏み込み、表面的なことに囚われず、ある人物を助けるために躍起になって事件を調べていたということらしい。
Ⅳ あなたを見ている
高須賀克志は、バイト先の予備校で、ストーカー被害に悩む森澤恵里という生徒からある相談を受けていた…。ある日、帰宅した恵里は、家の中でストーカー男を鉢合わせしてしまい、とっさに近くにあった刃物で刺してしまったというのだが、気がつくと男は消えており、警察が調べても事件の痕跡が消えていたのだ…本人は幽霊を見たのではないかと言う。それとは別件で…皆瀬梨夏とある通り魔殺人を調べることになったのだが、事件現場に被害者の足跡が残されていたのに、犯人の足跡がない…またも幽霊の仕業ではないかと思えるような事件だった!斎宮瞑は二つの事件からある真実を導きだすのだが…。
二つの事件の関連性っていうのはピーンとくるわけですよ、短編作品だし、まったく関係ないって事はないだろうと…。普通に考えると、ストーカー男と通り魔の被害者が同一人物なんだろうなぁって事なんだけれども、一応、ミステリーなんでもうひとひねり用意されていましたね。
Ⅰで最初に登場した時はなかなかインパクトがあった、皆瀬梨夏も…その後、本当のヒロイン斎宮瞑が登場して以降は、すっかり影をひそめてしまい、あまり活躍の場がなかったんだけれども(登場はするんだけど出番が少ない)、ようやく今回のエピソードで目立つ活躍を見せてくれたって感じ。っていうか、もともと知合いのはずの瞑と梨夏が、作中で実際に顔を合わすのも、初めてだったんじゃないかなぁ?
Ⅴ 静かな密室
高須賀克志の前から斎宮瞑が姿を消して三カ月…高須賀は惰性で塾講師のバイトを続けていた。ある日、塾内で試験監督を務めている最中に、一緒に監督を務めていた同僚の女性バイト講師が教室内で撲殺された!試験が終わるまで高須賀も生徒もそれに気づかず…いわば現場は密室状態だった。警察は同じ部屋にいた高須賀を疑うのだが…その後、大学構内の部室で、写真を現像中だった高須賀は火災に遭遇し、重傷を負ってしまう。火災は偶然だったのか、それとも…。
探偵役の瞑が失踪・不在だというのに、高須賀は殺人容疑を掛けられるは、殺されそうになるは、まったくどうやって事件を解決するんだと最大のピンチに陥る…最終エピソード。実質密室状態だった、予備校の教室内で、誰が、どのように犯行が行えるかということが焦点になるんだけれども…なんか森博嗣っぽい感じのトリック。
そうだよな、三雲岳斗って、もともとSFで本格推理をやった人だもんな、こんな展開もありだよな。登場人物が少ないので、自然と犯人は検討がつく…その人の得意分野とかで、何かトリックを編み出したんだろうなぁと思いつく。ただ、あるアイテムがトリックを解く重要なヒントになるなどは…構成の巧さを感じました。読者の前に大胆に堂々とヒントが提示されてたんですよね~。
高須賀と瞑の珍コンビ…恋愛未満の微妙な感じなどは面白く読めたし、ミステリー的にも面白いものがいくつかあったが、それにしても、塾内で事件が多すぎ。ほとんど、生徒とか講師が被害者か加害者…こんなに頻繁に事件が起きたら、いくら大手の予備校だという設定でも経営やばいんじゃない?まぁ、そこをつっこんだら物語は進まないんだけど…短編作品なので、余計にそう感じてしまうよ。このコンビ、せっかくなんで長編で、もう少し本格的推理小説っぽいものを読んでみたい気が…。
個人的採点:70点
月への梯子 著:樋口有介

樋口有介:著
文藝春秋 ISBN:978-4-16-753107-2
2008年12月発行 定価620円(税込)

亡き母にアパート管理の仕事だけはちゃんと仕込まれた知的障害の主人公…ずっと自分の周りには良い人しかいないと信じていたけど、アパート内で殺人事件が起きたことから…日常が変わっていくという樋口有介のミステリー…2005年のハードカバー書籍を文庫化したもの。
知的障害だが、母親が遺したアパートの経営・管理をこなし、平和に、幸せに暮らしていたボクさんこと福田幸男、40歳。ある日、彼のアパートで住人の一人が殺されたことで事態は一変。死体発見時に梯子から落ちてしまったボクさんは一時、意識不明に陥るが奇跡的に大した怪我もなく…それどころか頭の回転がよくなり、自分でもびっくりしてしまう。さらにボクさんを戸惑わせたのは、事件後…他の住人も一人残らず消えてしまったことだ!
まるで裸の大将でも見ているような錯覚に陥る、ボクさんの日常…完璧頭の中ではボクさん=塚地武雅のイメージが出来上がってしまう。でも、これはミステリー…いきなり血なまぐさい殺人事件が起こり、それだけではなくどこにでもある下町アパートの見知った住人が、事件を境に全員消えてしまうというとんでもない謎が勃発する。
梯子から落っこちて、急に利口になって、本人はハンフリー・ボガードを気取って探偵まがいの行動をはじめてしまうボクさん…名推理とずば抜けた行動力を発揮するものの、殺人事件そのものを解決するというわけではなく…消えた住人探しの方が重要なようで、住人達の色々な秘密が次から次へと明るみになっていくというのが物語のメイン…。
もちろん、その過程で殺人事件の真相なんかも解明されていくんだけれどね…ただ、いくらなんでもご都合主義的な展開が多い。利口になっただけではなく、入院生活のせいで容姿まで変わってしまったというのが、なんだかひかっかる。で、途中で、もしかして、ああいう系統のオチなのかな?って予想はしてましたけど…やっぱね、どんでん返しが用意されています。
きっと他の作家が書いた、他の作品だったら許せないオチだと思うけど…樋口作品特有の、ユーモアと切なさを兼ね備えた物語、文章力だからこそ感動的な内容に昇華したんだと思います。似たようなオチって、映画や漫画なんかでもときどきあるけどさ、オチだけで勝負してないから良かったんだと思います。
自分が恋焦がれていた同い年の幼馴染の女の子…その女の子が結婚に失敗して出戻ってきて、いつも身近にいる。中年のおじさんとおばさんの不器用なラブストーリーが、ミステリーの本筋と見事に融和していて、こういうところも最後のジンワリとした変な感動に繋がるんだよね。
個人的採点:75点