先ごろの福井県宿題回収ツアーから、まずはこれを。
やっぱいろんな意味で、ここがカギでしたんでね~。
【前篇】に続く。
2023年11月23日、三日間にわたる「中国地方TSHO周遊」、初日。朝イチのメインターゲット・大倉隧道続いてやってきたのが、今回のお題。ええ、お察しのとおりです(笑)。
事前下調べでQ地図様で見つけて、
わざわざ立ち寄ったのよ。
まあこんなつまんない橋なんだが、
そう、理由はお察しのとおり。場所はこちら。
もちろん、
この破壊力抜群のお名前、ひとえにそれ。
ストビューでつまんないビジュアルは承知していたがそんなんどうでもよくて、ちゃんと銘板が付いてることだけを確認してきたからね(笑)。このお名前が撮りたかった。「土器セン橋」。なんやそれ。
「土器」はまあそれとして、「セン」とはなんぞや?しかもカタカナ?最高ですやんこの不条理な名前。
わたくし、Q地図様でこの手の「名前ありき物件」を見つけたら、
すぐストビューで橋名を記した銘板なり親柱がありそうかを確認してるんだが、なぜかそういう橋に限ってどこにも橋名表記のない殺風景な橋だったりするのがあるあるなのだ。こんなん気にしてんの少数派なんだろうが。
一例を申し上げると、我が家からも近場である京都府和束町に「日本一橋」なる橋があるんだが、これがまた残念なことに橋名を示すものがなにもないのよね。宝の持ちぐされですやんこんなん。これをアピらなくてどうする(笑)。
一応なんとか通常の橋記事とするべく、
サイドビューなんかも載せてみるが、つまらんもんはつまらん(笑)。
名前がこれでなきゃあ、
記事にする以前に撮影さえしない類の橋だ。
名前以外はつまらん橋だったが、
こういうロケーションは大好き。滋賀にいるみたいで。
以上。
2024年5月9日、福井県に長年の宿題を回収しに行ってきた。自宅近辺で何度か出かけたものの、実質今年初めてのまともな趣味活。もう今年半分近く終わっとるのに~。
いやあもう、楽しかった、抜群に。
わたくしにとって福井県ってシバキ残しの宝庫で、2020年にも宿題回収ツアー(1日目、2日目)を行ったりしたが、実はまだ「ちょっとめんどくさい超有名物件」を複数残していた。これもまた近場の甘え、その気になればいつでも行けると思い続けて、実に15年(笑)。ようやくこのたび、訪問してきた。同好の方にはピンとくる写真も多々あろうかと。
では以下、ダイジェスト。
マジで未訪問だったところ、サッと走り抜けただけでまともに記録できていなかったところ、近年知って訪ねたかったところ、どうなったか気になってたところ…。それらを一気に回れて、最高に楽しい1日だった。潮風を浴びたりダートを走って泥だらけになったりしたので、最後はしっかり洗車~。
遠からずどれか記事にしようと思っているが、どれにしよっかな~。
2022年8月28日、中国地方縦断迷走の最終日。この日のネタで記事にしているのは、序盤の川上橋と最終盤の力谷隧道。ってことで今宵ご紹介するのは、中盤に訪ねた、楽しみにしてた物件。
物件への分岐にやってきた。
この時点でかぐわしいかほり(笑)。
ここは事前調査のQ地図様で見つけたのだが、
ヒョロヒョロ市道にある、大正9年製隧道表記!これは惹かれる!
なので、あえてストビューは見ずにやってきた。楽しみ~。エントリーは南側の延畑地区から。
わずか1分少々で…
見えた。
が…退避スペースもなんもないやん。
路面の状態を見てもそうそう車が通ることもなさそうだが、とはいえ「こんな時に限って…」ってのもあるあるなので、
小走りに接近。
こちら側は坑門がほぼなく、地山からコンクリの巻き立てが直で飛び出してるやつ。
そして洞内も…
完全コンクリ巻き立て!
うーむ、完全に改修済み。大正隧道っぽさは失われてるな。狭さはなかなか。
となれば、
狭さを楽しもうじゃないの~。
実は、ノートさんからゴルフに代わって以来この時点まで、狭小隧道を訪ねる機会がなかった。
なので、きっと狭いであろうという点でもここは楽しみにしてたのだが、
まあ極限に狭いなんてことはなく、
ミラーをたたまずとも行けるレベルではあった。
ただ、ゴルフはミラーの先端が尖ってるので、ちょっと気を遣うな~って感じだった。
それ以外には洞内に特筆すべきこともなく…
抜けた。まあ幅員はこんな感じっすな。
で、左側にあった石碑が見切れてるとか、どんだけヘボイ写真なんだと。もっとちゃんと撮れ!
隧道正面にスペースがあったのでとりあえずゴルフを突っ込んで、
改めて隧道北側を。
こっちにはコンクリートポータルがあり、扁額を収めるスペースもあったがギャランドゥ がらんどうだった。
先ほど入ってきた南側をズームで。
まあこれはこれで…なかなかええですな~。
お約束、鉄板の構図。
これは撮っとかんとね。
さて、これだ。
「新道墜道の由来」。漢字間違ってますよ~「隧」ですよ~。
これちょっと面白かったので、以下に書き下してみる。
此の峠は難所にて多年に亘り困難に耐えて居りましたところ昭和の始めに西谷木次嘉一郎氏が熱心にお世話をされ昭和四年奥井谷延畑沖谷西谷四部落共同出資をもって請負者森山喜太郎も西谷の生れにて無●(判読できず)を覚悟にてこれを引き受け昭和五年三月作業に着工致したものであります工事中は幾多の困難も総て神様の加護と助言を頼り施工し昭和六年四月災も無く竣工致しましたことは喜にたえません
其の後市の改修に依り現在に至る
設計 高八尺幅六尺四十間八歩工費九百拾九円六銭
昭和五十二年八月吉日
現住所三刀屋町旭町 森山喜太郎 建之
なんか客観的というよりは主観的な書き方ですな~と思ってたらなんのことはない、碑文において請負者として名前の挙がっている森山喜太郎氏が自ら建立された碑だった。しかも隧道完成から46年も経過した、昭和52年に。
なんでこの時になってなのかは知る由もないが、もしかしたらこの時が「市の改修」のタイミングだったのかも。それに合わせて、改めて由来の石碑でも、って流れだったのかなと想像。
そもそも、「あれ?昭和6年竣工?大正9年じゃないの?」って思ったのだが、地元在住かつ隧道を掘ったご本人がそう記されているのだから間違いないのだろう。
てわけで奥井谷隧道、大正隧道ではありませんでした。大正9年説がどっから来たのか、これまた不明ではある。
なにげに面白かったのが、「幾多の困難も総て神様の加護と助言を頼り」のくだり。加護はともかく「助言」?神様が夢枕に立ってアドバイスを賜ったのだろうか。まあ、くさすわけではなく、なんかお人柄が偲ばれるな~、と、ちょっとほっこりしたって話。
いや~、この線形よ。
悪いね~、好きだね~(笑)。
ありがたく突っ込ませてもらったこのスペース、
退避所を兼ねてるが、北側の奥井谷集落の上水設備保守のためのスペースと思われる。
以下おまけ。
森山喜太郎氏が「難所」と表現されたとおり、奥井谷へと下っていく市道はなかなかのスパルタンロード(笑)で、これも楽しめた。隧道ができる前の峠越え道とは違うのかとは思うけど。
写真を何枚かご紹介。
奥井谷集落内も激狭。最後の写真の先のとこ、フェンスを川側に広げてくれてる優しさ最高(笑)。あれがまっすぐだったら変な汗が出るレベルだった。
以上。
時たまやってくる急激なアクセス増がまた起こったのだが、今回のは凄かった(当社比)。
急激にドーンと来たのは…4日夜だったかな。そっからドーンと伸びて、最終的には6,885まで行った。で5日になってもその勢いは衰えるどころかむしろ加速、寝る前にはすでに2,000近く行ってたっけ。
朝起きたらもう9,000超えてて、その後もとにかくもうエゲツナイ勢いでアクセスがどんどこ増えていき、秒単位で更新するたびに数十も増えてるような、ヤダもう怖い(笑)。
結果、5日の23:59、日付が変わるギリギリでのスクショによると、
52,400に到達。
上のスクショにあるようにこれまでのベストは10,612だったので、一気に5倍近くのレコードブレイクとなった。いやーびっくりしたわ。
が、なぜか6日朝に見直したら5日のアクセス数が51,096に減ってたけど、なんじゃこれ?まあいずれ新記録には違いない。
どんな記事が見られてるのか、何となく予感しながらチェックしたら…やっぱいつものやつ、当ブログ最大のヒット作(笑)「廃村・狂小屋とその奥探索記」だった。
が、いつもと明確に違うことがあって、
今回は(先ほどリンクを貼った)【序】ではなく、ピンポイントに【10】が見られてる。【10】というと、狂小屋の様子をレポートしたもの。つまりまさに「狂小屋」そのものが見られてたわけだ。
こんだけのビッグウェーブとなると、誰かのXとかじゃなくテレビでなんかやった可能性が高いなと思った。で、改めて調べてみたら、どうやらテレビ東京で放送された某番組が「引き金」らしかった。気になる方は「イシナガキクエを探しています」で調べてみてタモレ。
もちろんわたくしは見てないんで成り行きを知る由もないんだが、その番組内容から視聴者が考察した結果、「狂小屋」という場所にたどり着いた、的な、てきな。なんか結構な話題になってるようなんですな。
これ、単発番組じゃなくて5月10日に第2回があるようなんで、もしかしたらしばらくシンドロームが続くのかもしれんですな。
「人気記事ランキング」には皆目入らんのね?ってこと。5ケタも見られててそれはなくない?公式ハッシュタグ「岐阜県」ではほぼ上位独占なんだけどね~。
このあたりが、どうにも信用できない感ありありなのよね~。いや、別にランクインしないのが不満なんじゃないんだが(笑)。
それとはたぶん全然関係ないんだが、6日日中に、つい先ごろの記事「比叡平への最短ルート車道訪問記【6】」への「いいね!」がなぜか殺到し、当ブログでは空前の数字「93」に達した。
これまでは、先述の「狂小屋」シリーズの【2】に積み上げた「61」が最高記録だったんだが、いやマジで、なんですのん!?もしかしてアメトピとかに載っちゃった?とも思ったが、それなら記事へのアクセス数もドーンと増えるはずだがそこは大したことないし…。
しかもそのドーンと増えた「いいね!」、夜になった頃にはいつものお客様が戻ってきていただいて嬉しかったが、それまでは大半がいわゆる「ビジネスブログ的な」感じの方々ばっかだったのがまた萎え。
ビジネスブログ的なのをなんら否定するものではないが、内容問わず、個人が各々の趣味嗜好をあーだこーだ書いてるブログが好きだし、そういう人たちに読んでもらいたいのでね。
いや~さすがにこれ…いつもやってる「いいね!ありがとうございます。」返し…こういう数になってくると考えないといかんな。
以前もいつだか書いたことあったと思うが、実はわたくしの中で「いいね!」の数っていうのはあるモチベになってて、だからこそこんな謎な形でダントツ新記録なんて正直複雑。謎やわ~。
まあそんな悲喜こもごも、なブログの動きをお伝えいたしました。