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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【7】より続く。

 

 

 

14時45分、およそ5時間以上ぶりに進軍再開。

ここから先、笹ノ瀬国有林にそってさらに深く深く、大塔川を遡上してゆく。

 

 

 

 

相変わらず、見にくい路面。

何を撮ったかと思ったが、背が低すぎる落石注意標識、かな。

 

 

 

 

で、進軍再開して5分後(またかーい)の14時50分、

次なる橋に出会った。

 

例によって親柱には何の情報もなかったが、Q地図によれば大塔線6号橋だという。場所はこのへん

 

 

 

 

ごらんの通りこの橋も、

 

苔生した経年感たっぷりの高欄がとてもいい感じだったんだが、

 

 

 

 

残念なことにその後、

2号橋と同じく高欄が更新され、ワビサビの観点からは残念極まりない姿になってしまったようだ。

 

 

 

 

上の写真とおおむね同位置から、この通り。

うーむ、補修は大事なのは大前提の上で、味気なさは否めない。そして、橋上は舗装されたようですな。

 

 

 

 

やっぱ、いつだって出逢いは一期一会。

間に合う時もあれば、

 

 

 

 

時すでに遅し、もあり。

だよねー。(独り語り)

 

 

 

 

14時54分、進軍再開。

先はまだまだ。まだまだ長い。ここは、深い山の中…。

 

 

今月は2回連続。ってことで【9】に続く。

 

 

7月22日、オジー・オズボーンが亡くなった。享年76歳。

 

 

我が青春のロックスターの一人だったオジーだけに、その訃報に接した時、もちろんショックを受け、悲しい気持ちになり、大きな喪失感を覚えた。と同時に、やっぱりこういうタイミングなのか~との思いが。

というのもまさに今月初め、生まれ故郷のバーミンガムでのイベント「Back to the Beginning」で、キャリアの締めくくりを飾ったばっかりだったから。しかも、奇跡的なオリジナルのBLACK SABBATH集結…最後にオジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー、ビル・ワードが一堂に会してプレイするという、これ以上はない幕引きを終えた直後で、不謹慎ながら究極だと思った。これぞ選ばれし者だけの去り方、…神の采配か?と。

 

 

 

当ブログでも過去に何度かオジーのこと書いたりしてるんだが、思わずつれづれにいろんな曲を聴き返して…名曲がめっちゃ多いなと改めて認識した。その中からいくつか選んで貼っておきたい。

 

 

一番最初に聴いたのは高校の時、親友がオジーオジー言ってたので聴かせてもらった、これだった。3rdアルバム「Bark at the Moon」からタイトル曲。

当時はBLACK SABBATHなんて名前さえ知らず、ようわからん変なおっさんだと思ったが、とにかく衝撃を受けた。ジェイク・E・リーの派手なギターもほんとカッコよかったし。

 

 

 

そっから遡って聴いたソロとしての1stアルバム「Blizzard of Ozz」から、”Mr.Crowley”。

これは問答無用でしょう~。

 

 

 

4thアルバム「The Ultimate Sin」、本人は気に入ってなかったようだが、わたくし的にはまさにザ・リアルタイム。あの有名な?”暗闇でドッキリ!”を挙げたいとこだが、ここは地味ながらお気に入りな”lightning Strikes”。

こういうポップでキャッチーなナンバーが必ず入っていて、これらがまた良かったんだよなあ~。

 

ところでこのMV、ステージ上を熊のようにウロウロ歩き回る姿、まさにこれこそわたくしのイメージするオジーのステージアクションだ。あとは両手を上に上げて、左右にウェーブするやつとか。

 

 

わたくし、オジーの来日公演には2回行った…ような気がする。86年の「The Ultimate Sin」、89年の「No Rest for the Wicked」それぞれのツアーの大阪公演に行ったと思うのだが、もはや手元に何も残っておらず。

だとしたらジェイクもザック・ワイルドも観ているはずなんだが、結局覚えてるのはオジーのことなんだよな…。

 

 

 

最後にこの曲。1995年の7thアルバム「Ozzmosis」から”See You on the Other Side”。

エキセントリックなパブリックイメージが先行し、ロックアイコンとしてもてはやされながらも、決して「ヴォーカリスト」として評価されていたとは思えない(まあ実際歌唱力や技術で圧倒するタイプではないけど)オジーだけど、この曲はそんなオジーの「歌」をじっくり味わえる。優しい声してるよな~。大好きなのよねこの曲。

 

今回記事を書くにあたって初めて見つけたこのMV、95年当時じゃなく「 Memoirs of a Madman」というソロデビュー35周年の映像作品からのフッテージみたいだが、これまた素晴らしいね。様々な表情がとても魅力的で。

 

本当にthe Other Sideに行ってしまったオジーへの「お見送り」に、これを見て感慨にふけっていた次第だ。

 

 

 

愛すべきマッドマン。オジー・オズボーン、安らかに。

 

 

 

 

 

昨日、2025年7月21日。先日の電車でのお出かけに続いて、今度は車でお出かけしてきた。

 

わたくし「目が治ったら行きたいとこリスト」を作ってるのだが(笑)、その中から地理院地図で見つけて気になりすぎていた案件をメインターゲットとして、三重県~奈良県を回ってきた。

眼を病んで以降、車の運転は時々しているものの、せいぜい近所のみ。昨年8月1日のそうだ、七宗行こうツアー以来ほぼ一年ぶりに、それなりの距離を運転した。

 

電車でのお出かけ以降、休みをダラダラ過ごさず、趣味活もなんとか「やれる範囲で」再開していこうという前向きな気持ちが高まっていて、その中で今回のステップは大きかった。

運転時間や距離のみならずそれなりな狭小路、険道なんかも走ってみたが特に問題なし。視界の違和感を踏まえた不整地踏破も軽くやってみたが、まあそれなりに適応できた。

 

 

とりあえず、以下ダイジェスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝に出発してお昼前にはほぼ終了、その行き返りに他のネタを回収する感じで、ゆっくり帰宅したのが17時ごろだったかな。厳しい暑さを考えれば、このくらいで正解だったかと思う。結果メインターゲットは大ハズレ、かつ熱中症になりかけたけど、それでも久々のガチめ探索は楽しかった~。

 

楽しかっただけじゃなく、今回は趣味活再開に向けての実地テストで自信がついたのが大きかった。あとは、夜間の長距離運転がどうか、かな~。

 

 

 

近いうちに、どれかは記事にするつもり。

 

 

 

今宵は、このシリーズの原点に立ち帰ったテイストで。

 

 

川向うからの視線を感じてふと見ると…

あっ。目が合った!

 

 

 

ニカッ!

 

もみじも可愛いね!

 

 

 

ロケ地:岡山県井原市某所

 

 

 

2025年7月10日、久々のお出かけにて訪ねた橋をご紹介。結果この一件のためにわざわざ出かけたわけだが、個人的にはそれで損したとかは全然思わない、いい物件だった。執拗に似た感じの写真を貼るが、なんせ好きなんだな、と生暖かくご覧いただければ。

 

 

お昼前に、

最寄り駅に到着。関西圏以外の方にはなかなかに難読かもしれない。

 

 

 

 

そこから歩くこと20分(日陰を求めての寄り道休憩含む)で、

逢いたかったやつ!一目見て古い橋、わたくし的にどストライクな感じだ。現在地こちら

 

ちなみに、なんでこの橋にわざわざ?という点は、特に意味はない。単にQ地図で見つけて、逢いたい!となったから、ただそれだけ。

実はこの周辺に他に複数のターゲットを見つけていて、本来は併せて訪ねたかったんだが、他の物件群はある程度まとまった地域にあったのに対してこれだけ少し離れてたので、酷暑を考えればこの離れ物件一件をメインにして、行けそうなら他も、という計画とした(結果頓挫したのはダイジェストで書いたとおり)

 

 

 

 

はい、この辺からはコメント少なめの手抜きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

河原橋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河川名は

飛鳥川。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋上の様子。

これでも意外と車が通る。

 

 

 

 

上流側の景。

 

 

 

 

そして下流側の景。

 

 

 

 

渡って対岸より。

 

 

 

 

 

 

 

 

かなでの橋名、

「かはらはし」。「かわはら」かと思っていた。てか。Q地図ではそうなっとったぞ。

 

 

 

 

で、残る一か所の親柱前には、

お地蔵様と、岡寺への道標が建っていた。いい感じですな~。

 

岡寺はここからおおむね飛鳥川を遡った南東方向約3kmにある古刹。「右」とあるから元は橋を渡った正面(東詰)に建っていたものではないかと思われる。てか、他に何か刻まれてないか見るの、忘れた…。

 

そういや折しも自転車で通りかかったおばあさんが、「お地蔵さ~ん、お地蔵さ~ん」と鼻歌を歌いながら渡っていったっけ。手は合わさへんのかい(笑)。

 

 

 

 

それらに存在感を奪われている親柱、

「昭和七年五月架橋」と。素晴らしい!戦前橋なのにすべての情報が揃ってる!銘板たち、金属供出を逃れたのだろうか?

 

 

 

 

最後に、下流側の新河原橋より。

意外とわたくし、奈良県北部(平野部)はあんまり回ってないんだよな…。こういう味のある橋、奈良県でもけっこう少なくなってきてるので、このエリアもしっかり網羅していかないと。

 

 

ここまでのところで、もう暑さにヘロヘロ。結果的にここで止めといて正解だったと思う。

 

 

 

以上。