穴と橋とあれやらこれやら -299ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

つうことで(何が?)、久々に我が敬愛する浜田省吾さんを。いや、辛いとき、悲しいとき、困ったときには浜省っつうのは常識でしょ(笑)。

 


 

曲は“日はまた昇る”。う~ん、何をかいわんや(笑)。

改めて考えさせられる、そしてわたくしとしては腑に落ちる歌詞。しみる。ホントしみる。

 

 

 

 

 

この曲が収録されているのは、

01年発表のアルバム「SAVE OUR SHIP」。楽曲はいいのだが、このジャケットはやっぱあんま好きになれない…(苦笑)。浜省に「赤」のイメージ、ないわぁ。

 

 

 

 

 

 

これだけだとアレなんで(謎)、もういっちょ。

曲は“君がいるところがMy Sweet Home”。

 

しかしまあこの当時の浜省、たぶん59歳(!)のはずなのに、なんだこのカッコよさ。そしてこの素敵な魔法の声…。

 

 

 

 

 

ちなみにこの曲は96年のアルバム「青空の扉」に収録。

 

もちろん、

初回限定紙スリーブケース(笑)。

 

 

浜省ファンってどうしても過去(70~80年代)に生きる人が多い(笑)のだけど、90年代も00年代も10年代も、浜省の楽曲にハズレは存在しないのだ!

…つうか、どっちも最近の曲だと思ってたが、それでもすでにそれぞれ19年、24年も前の曲になるのか~。そりゃおっさんにもなりますわ…。

 

 

 

 

これらいずれも「ON THE ROAD 2011」からの映像。このツアーは参戦したぞ。懐かしのセンターステージ。あ~、ウェーブしたなあ…(笑)。年代別調査で十代がいると、どよめいたなあ…(爆)。

 

 

 

しかしこんなん観てしまうと、また行きたい。浜省がまだツアーをやってくれているうちに最低一回は行っとかないと、一生後悔しそう。

ただ…これまでのようなライヴって、またできる日が来るんだろうか?一人ひとり距離をとって歓声をあげないライヴ…辛すぎる(笑)。

 

 

 

 

 

2019年11月3日、六厩川橋アタックの翌朝。この午前中は、RKパパさんにご案内いただいての荘川名所めぐり(謎)。パパさん、その節はありがとうございました。

 

今宵ご紹介するのは、その中で最大のインパクトを受けた、「例の」吊り橋。既に先日寿さんも記事にされたので、完全に出遅れたわたくしもここらで記事にしておこうかと…。一応、一文字伏せてみた(笑)。そして地図もやめておこうかと。まあ意味があるのかないのかはわからないけども。

 

 

 

つうわけで、いきなり、ドン。

いかした吊り橋、登場~!

この吊り橋のことは、パパさんの記事で見てすでに知っており、絶対行ってみたい!と思っていた。こんなにも早く訪問の機会が訪れるとは、うれしい限り!

 

 

 

 

 

ちょっと引くと、こう。

主塔の役目を果たすのは、立木。角度により見えにくいが、二本の木にそれぞれ左右のメインケーブルが結わえられている。アンカーレイジがわりも一本の丸太。この丸太の固定方法はどうなってたんだっけ。

 

 

 

 

そこに立ってる看板は、

河川占用許可標識だった。この吊り橋設置に関わるものと思われる。

 

そこに書かれた許可の内容は、「立木伐採作業に関わる作業用歩道の設置」とあり、尾上郷川対岸での伐採作業に赴くための吊り橋だということだ。やはりというか、パパさんの記事によればこの吊り橋、作業が休みとなる冬場には踏み板が撤去されて渡れなくしてある。

つまり必要な時期にだけ踏み板が設置されて橋の体をなす完全プロ仕様(謎)ということで、寿さんはラッキーにもこの吊り橋を管理・設営している方と遭遇されている。うらやましい~。

 

 

 

 

 

 

速攻でなんの躊躇もなく渡り始める、

前日からの流れで引き続きご一緒していたよととさんとtellさん。

 

 

 

 

 

ごくごくリラックスした様子で

スタスタと渡って行かれてますな~。いや、モノが違う(笑)。

 

 

 

 

 

よし、次は

わたくしの番だな!

 

なーんて。無理っす(笑)。

 

 

いや、厳密に言うとそうじゃない。ここでわたくしの知られざる葛藤を激白(誰も興味ないちゅうねん)しておくと…。

 

 

この時のわたくしは、ひと月ちょい前にやらかしたガチ遭難騒ぎのため、嫁さんから活動を禁じられていた時期(笑)で、六厩川橋アタックについては「単独じゃない」ことと「以前から約束してたので」ということで、特別にお許しを得て参加していた。「無茶なことはしない」という条件付きで。

 

なので、前日に念願の六厩川橋に到達した時も渡橋を自重したのだ。確かに怖かったから渡らなかったのもあったが、理論上鉄骨の上を歩けば落ちる可能性はほぼナッシン、ということもわかっていたし、謹慎期間中じゃなければ勇気を出して渡っていたはずだ。そこをグッと我慢した。

 

 

 

 

そして翌日のこの吊り橋。

ここも単独で行ってたなら絶対渡れないと思う。

 

 

 

 

 

見るからに

心細いし。

 

 

 

 

 

この絶妙な

踏み板の間隔も気持ち悪いし(笑)。

 

しかし、サクサクと渡り切ってしまった先行のお二人を見ていて、自分も渡れそうな気がしていたのだ、実は。

 

 

 

 

 

そんな感覚で三分の一ほど渡ってきたが、ここで思ってしまった。

昨日我慢した六厩川橋よりもこの吊り橋の方がよっぽど危ない、と。

 

いやもちろんここだってプロが作業で使うんだから安全に決まってるのだが、鉄骨の上を歩けるあちらに引き換え、こっちは板きれ一枚のみ、その下には何もない。この橋を渡ってしまったら、何のためにきのう我慢したのか、その意味がなくなってしまう…。よくわからん理屈だが、ここへきてそういう思考になってしまって。

 

 

なので、負け惜しみとかじゃなくリアルな感情として、やれば行けそうな気がしたがここでやめておいた。我ながらナンギな性格…(苦笑)。機会があれば、次こそ渡ってやろう。たぶん…(笑)。



以上、誰も興味ない、かつ言い訳がましい葛藤の告白でした(笑)。



 

 

 

 

 

引き返す前に、上流側を。

後ほどあの発電所にも行ってみた。いや、もちろん立ち入りはしてない(笑)。

 

 

 

 

 

下流側。

紅葉のピークにはほんの少しだけ早かったかな。

 

 

 

 

 

これを一枚一枚、

打ち付けたり外したりされてるんですなあ…。その作業、めっちゃ怖そう(笑)。

 

 

 

 

 

かくして、消化不良ではあったが、素晴らしい吊り橋を堪能した。

こんなに垂れ下がった吊り橋は初めてだったな~。

 

 

 

 

 

予告篇で使った写真。

これがベストの一枚だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

最後に、吊り橋よりも二十mほど奥の林道上の看板。

見にくいが、「頭上注意 一旦停止」と書いてある。

 

 

 

 

 

見上げれば、

こんな搬機が上空のワイヤーにあった。

 

吊り橋を渡った対岸で伐採した材木を林道そばに搬出するためのものだろう。これが動いてるのも見てみたいが、それこそ仕事の邪魔になるな。

 

 

 

 

最後の最後に、寿さんの記事はコチラ

 


 

以上。

 

 

 

思い立ったが吉日。

 

 

このへんで記事にしておこうかな。

 

 

 

 

【本篇】に続く。

 

 

 

 

2017年7月13日、福岡出張の前に商談で立ち寄った広島で、商談前に駅から近い三本の橋を訪ねた(そのためちょっと早起きした)。今宵ご紹介するのは、一番最初に訪ねた物件。

 

 

 

第一印象は、

いろんな意味で「ゴツイ」!だった。

 

まず幅員がとても広い。ここは二本の県道の重複区間で交通量があり、中央に広島電鉄を通す併用橋でもあるために、幅員もぐぐっとワイド。

 

 

 

 

 

そしてなおさら?ゴツイのが、

この立派な親柱!

 

「重厚」を具現化したような佇まいだ。そうそう、現在地はコチラ

 

 

 

 

 

お名前は、

「荒神橋」。

 

 

 

 

 

左岸上流側からのサイドアングル。

五径間のゲルバー桁橋である。

 

先に書いておくと(現地では発見できなかったのだが)、この橋の架橋は昭和14年。大正元年架橋の初代橋は軌道専用の橋だったという。

 

 

 

 

 

橋詰には、

なにやら巻き上げ機?っぽい遺構が。かつての舟運と関連するものだろうか?

 

舟運といえば、「ひろしまリバークルーズ」という川の遊覧船が運航されているようで、いつかこれに乗って、川から橋を愛でて見たいものだ。

ちなみにこの川の名前は、猿猴(えんこう)川という。さらにちなみに(笑)中央あたりの橋桁に赤字で書かれているのは「航路」の文字。

 

 

 

 

 

重厚な親柱から続く、

これまた重厚な欄干。

 

 

 

 

 

この赤茶けた風合いが何とも言えない。

白く見える部分とは石材が違うのだろうか?あるいは更新されて色が違うだけかな?

 

 

 

 

 

束柱…

と呼ぶのも憚られるサイズ(笑)。立派やな。

 

 

 

 

 

上流側に見える橋は、

猿猴橋という。

 

選奨土木遺産にも指定されている非常に壮麗な橋で、もちろんこの後訪ねているが、あちらはまたいつか。

 

 

 

 

 

川を渡ってやってきたのは、

右岸上流側。

 

 

 

 

 

親柱には、仮名での橋名。

右書きで「くわうじんはし」と。

 

 

 

 

 

で、横断歩道を渡って、

右岸下流側へ。

 

親柱のかたわらにひっそりと手向けられた花が気になる。ちなみにここの銘板も、「荒神橋」という漢字表記だった。

 

 

 

 

 

で、今さらだが、

親柱上部のココ、かつて各面に何か取り付けられていたっぽく、金具やコードらしき痕跡が残っている。ガス燈とか、そんな類いのものだろうか?

 

 

 

 

 

右岸下流側からの、サイドアングル。

そういえば、暑かったな~この日は…。

 

 

 

 

 

橋を渡り返して、

左岸下流側へ。

 

この親柱は、仮名での橋名。つうわけで冒頭近くで書いたように、現地ではお誕生日は判明しなかったのだったが…。

 

 

 

 

 

最後にご紹介するのは右岸側、荒神橋から猿猴橋へと向かう途中にあったコチラ。

原爆慰霊碑。

 

 

 

 

 

後で知ったことだが、世界的に有名な平和記念公園以外にも、こうした慰霊碑が広島市内にはあちこちにあるようだ。考えてみれば当たり前のことだが。

しばし頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

75年前の今日、広島に投下された原子爆弾。

 

一瞬にして市内を塵灰へと変えたその爆発に耐えた橋が五本、現存している。いわゆる「被爆橋梁」と呼ばれ、そのうちの一本が本日ご紹介した荒神橋である。爆心地からの距離、1.9km。欄干は爆風で破壊されたものの落橋は免れたとのことだ(ちなみに猿猴橋も被爆橋梁のひとつである)

 

 

 

 

 

 

原子爆弾の衝撃に耐え残った橋。

被災後の市内での救護・復旧活動への貢献はもとより、爆発に耐えたその姿は、生き残った人たちにも勇気を与えたのではないだろうか、人々がそうと意識はせずとも。

 

 

その被爆橋梁が、今日も市民の足元を支え、広島の街を見守っている。なんて素晴らしいことだろう。まさに広島の宝だと言いたい。

 

 

荒神橋は齢八十を超えた。まだまだ末永く頑張ってもらいたい。

 

 

 

以上。

 

 

 

本日は、予定していた記事を差し替え。

 

というのも、まああまりに暑すぎて、ちょっとした、ほんとにちょっとした納涼動画を二本ほどアップしようかなと。いずれもたぶん単独では記事にしないだろうし、とりあえず水音を楽しんでいただき、少しでも涼やかになっていただけたらと思いましてね。

 

 

 

一本目は、

素掘りの水路隧道with滝。

 

 

 

 

 

 

これは昨日記事にした地代隧道の後の通りすがりでたまたま見つけたもの。きれいな水が、勢いよく流れ落ちておりましたよ。

PCだと横向きになってしまうのかな?大丈夫なのかな?まあそうなったら、顔を傾けてご視聴くださいな(笑)。

 

 

 

 

 

 

二本目は、琵琶湖疏水が蹴上の舟溜に流れ落ちる様子。

なかなかの勢いで、ちょっと圧倒されます。

 

 

ここは、琵琶湖疏水記念館に入館すればだれでも行ける場所です。舟溜の向こうは京都市動物園になります。夕暮近いのでちょっと薄暗いですが…。

後半に登場する煉瓦ちっく隧道は、疏水の銀閣寺分線からの余水?が合流する水路のものです。

 

 

 

二本ともまあなんてことない動画ですが、音声だけでもちょっと涼しくなれるのでは?…いや、無理かな(爆)。

 

 

 

 

とりあえず、テーマわけに困る(笑)。